毎度お馴染、年に3度のマンガ評論修羅のお時間がやって参りました。春の「赤マルジャンプ」全作品レビューです。
去年の春号では、『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』(作画:西義之)の読み切り第1作が登場。その時もA寄りA−の評価をつけたんですが、まさかその1年後に週刊本誌で巻頭カラーを獲得する事になるとは思いもよりませんでした。更に2年前の春号にて『天上都市』で鮮烈なデビューを果たした中島諭宇樹さんは、間もなく連載獲得との噂。どんな分野でもそうですが、無名の新人時代から目を付けていた人が出世していくのを追い掛けて行くのは楽しいものですよね。
……まぁそういうわけで、1年後、2年後に喜びを得るために今年もやります、全作品レビュー。今回はどのレビューも通常サイズでお届けしますので、恐ろしく長いです。会社の仕事の合間に受講されている方は、知らぬ間に上司が近くに立っていないか、どうぞお気をつけて(笑)。
※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。
◆「赤マルジャンプ」05年春号レビュー◆
◎読み切り『ノラ・ソラ』(作画:加治佐修)
●作者略歴
1973年12月30日生まれの現在31歳。
「赤マルジャンプ」99年夏号にて『ハプニングゴーゴー!!』でデビュー。その後「赤マル」00年冬(新年)号、本誌00年45号に読み切りを発表した後、岸本斉史さんのスタジオでのアシスタント活動に専念し、キャリアが一時中断。
しかし02年末の新連載シリーズで突如抜擢され、00年45号掲載の読み切りを長編にリメイクする形で、03年2号から『TATTOO HEARTS』の連載を開始。ただし、これは1クール14回で打ち切り終了となってしまう。
それからは、03年47号に読み切りを発表して復帰を果たすものの、その後1年以上に渡って作家としての活動を休止。今回が久々の新作発表となる。
●絵についての所見
連載経験に加え、長期のアシスタント経験もあるだけに、「赤マル」では抜群のハイクオリティの画力を見せつけてくれました。週刊本誌連載陣に混じっても中位以上にはランクされるでしょう。
洗練された線、数々の戦闘シーンでも全く違和感の無い動的表現、密度の高い背景処理、無国籍風の世界観設定を活かした登場人物の描き分けと、ほぼ全てのファクターにおいて合格点以上の水準に達しています。
敢えて言えば、シリアスタッチ系の絵柄にしては、人物の等身数が小さ過ぎる(頭がデカイ)ような気がするのですが、まぁこれも大きな減点材料にはならないでしょう。
●ストーリー&設定についての所見
まず、いわゆる“起承転結”がよくまとまっていますね。プロット・シナリオも目新しさはないものの、良作エンターテインメントの特徴を押さえた丁寧なモノに仕上げられているのではないでしょうか。
少なくとも、完成度という観点では相当に高い評価をしていいと思います。
ただ、その完成度の裏返しでしょうか、お話のスケールが小じんまりとし過ぎている気もします。華々しい武道の世界を題材に採り上げておきながら、結局は裏の空き地でのチンピラとの喧嘩で話が終わってしまったわけですし。
また、主人公以下、主要登場人物の行動についての動機付けやキャラクターの掘り下げが甘く、読み手の感情移入が得られ難い設定になってしまったのも残念でした。この作品、本来なら90〜120分程度の長編映画になりそうな設定やストーリーだけに、今回のような短編読み切りにまとめるには少々無理があったのではないでしょうか。
●今回の評価
立派に商業誌の作品として通用する水準には達しているでしょう。丁寧にプロの仕事が施されていて好感も持てるのですが、それが作品全体のクオリティに繋がり切らなかった感じですね。評価はB寄りB+とします。
◎読み切り『八と八百万の神々』(作画:イワタヒロノブ)
●作者略歴
1976年12月9日生まれの現在28歳。
01年3月期「天下一漫画賞」で最終候補に残り、“新人予備軍”入りした後、01年下期「手塚賞」で準入選。その受賞作『AX 戦斧王伝説』が「赤マル」02年冬(新年)号に掲載され、デビュー。
その後、「赤マル」02年春号、週刊本誌02年49号、03年44号に読み切りを発表。今回は約1年半のブランクを経ての復帰作となる。
※イワタヒロノブさんについては、以前“レビュー放棄宣言”をしましたが、今作は「敢えて無視するほど酷い作品ではない」と判断し、レビューを実施する事にしました。
●絵についての所見
以前の作品に比べると線の粗さ・乱暴さは影を潜め、良い意味で他の作品と比べての違和感が無くなって来たように思えます。
とはいえ、人物の表情の微妙な描き分けが出来ていないのと、動的表現で不自然な場面が多々見受けられるのは大きな問題点でしょう。これが出来ていないと、いわゆる“大根役者”の芝居に見えてしまうんですよね。
また、競馬シーンなどディティールの描写で明らかな手抜きが見受けられるのも残念でした。この辺の「少し調べれば何とかなる部分を何とかしない」という悪癖が直っていないのは頂けません。
●ストーリー&設定についての所見
最近の「赤マル」でも前例があり、かつては藤子・F・不二雄先生も描いた事のある“運・不運”を題材に扱ったお話。不運を自覚しないで済む人間なんてごく一握りでしょうから、読み手から親近感を得られるテーマではありますよね。
手垢が付いた分だけ目新しさは有りませんが、それでも知識も無いのにドイツを舞台にした『BASTARD!!』もどきばかり描いてた以前と比べると、マイナスからプラマイゼロ以上にリカバー出来た分だけ前進でしょう。(もっとも、神道に詳しい人が見ると、ドイツの時の駒木のようにアレかもしれませんが)
ただ、主人公が徹底して受け身の立場で、美味しい所を全部脇役に持っていかれているというのは、設定上如何なものかと思うのです。敵役とバトルをして一撃必殺でやっつける謎の脇役、それを傍観する主人公…という構成は初めて見ました(笑)。
まぁ新機軸と言えば新機軸なのですが、読み手が注目する焦点がボヤけてしまいますので、成功しているとは言えないでしょうね。
あと、コミカルタッチなので深くツッコんでもアレですが、ストーリー展開も少々強引で御都合主義だったような気もします。良く言えばベタベタ、悪く言えば陳腐だったかな、といったところです。
●今回の評価
評価はB−とします。当ゼミの基準とすれば何とか“問題内”に入って来たかな…といったところです。とはいえ、デビューから既に3年。「ジャンプ」系若手としては若い年齢ではないですし、今回か次回作辺りのアンケート結果で、「ジャンプ」作家を続けていけるかどうかの正念場がやって来そうですね。
◎読み切り『砂人』(作画:小倉祐也)
●作者略歴
1979年7月22日生まれの現在25歳。
04年9月期「十二傑新人漫画賞」にて、十二傑賞は逃したものの、審査員(岡野剛)特別賞を受賞。今回はその受賞作が掲載されてのデビューとなる。
●絵についての所見
デビュー前の作品としては、かなり完成された絵柄だと思います。人物の描き分けや怪物の造型、ディフォルメ表現や背景処理などにおいては、既に新人・若手では上位にランクされて然るべきテクニックです。
ただし、動的表現は落第点。表現したい動きが表現出来ていないな…と、すぐに判ってしまう場面が見受けられましたし、何がどう起こっているのか理解し辛いシーンもありました。アクション物を志向するなら必須の課題ですので、初めて“プロ”として描く次回作では、この辺りのスキルアップに期待したいと思います。
●ストーリー&設定についての所見
主人公のキャラクターは、ちょっとヒネ過ぎている面も有りますが、奇をてらわず主人公っぽい設定にしてあって、悪くなかったと思います。行動の動機付けも丁寧に描けていますし、理屈よりも感情で魅せるバトルシーンも、なかなかでした。
ただ、その主人公を取巻く世界観の設定が全体的に説得力に乏しく、ストーリーも嘘っぽくなってしまったのは残念でした。周囲の人物が、あれほどヒネた主人公にネガティブな感情を抱かずに平然と好感を持って接しているのは(少なくともストーリー前半では)ピンと来ませんし、不便極まりない砂漠の中の無医村に大勢の人が住まなければならない理由が全く描けていないのも、やや不満が残ります。
また、最後のバトルシーンも、主人公の“擬似超サイヤ人化”だけで片付けず、巨大な怪物を一撃必殺でやっつけるための理由付けが1つ欲しかったです。今回の話では、『おおきく振りかぶって』の三橋が気合を入れた途端に、いきなり150km/h台の豪速球を投げたようなもんですからね。
●今回の評価
評価はB寄りB−とします。マンガの世界にプロテストのようなモノがあれば、合格ラインに乗っている水準の作品ではありますね。ただ、プロ同士で実力を競い合う世界に入れば、まだまだ苦しい面も多々あるようです。次回作までの頑張りに期待しましょう。
◎読み切り『少年勇士スタースティング(改め)ハニカミ流星群』(作画:吉原薫比古)
●作者略歴
1984年生まれで、誕生日は未公開。現在は20〜21歳という事になる。
03年8月期、04年1月期「十二傑新人漫画賞」の「あと一歩で最終候補」リストに名を連ねた後、04年上期「赤塚賞」で準入選を受賞。
その後、週刊本誌04年39号に『トイレ競走曲〜序走〜』が代原掲載され、暫定デビュー。次いで同年43号に「赤塚賞」受賞作『KESHIPIN弾』が掲載されて、これが正式デビュー作となった。
最近では「赤マル」05年冬(新年)号にも読み切りを発表しており、今回は増刊2号連続での新作掲載となる。
●絵についての所見
前作までに比べると、良い意味でも悪い意味でもアクの強さが抜けてしまったかな…という感じです。無駄な線が消えて多少洗練されては来たものの、肝心の画力が全く進歩していないので、“下手だけど個性的な絵”から“単なる下手な絵”に落ち着いてしまったような……。
特に深刻なのが、線が弱々しくなった分だけインパクトが大きく殺がれてしまった事。このせいで、ビジュアルで獲るギャグの“爆発力”が完全に失われてしまいました。これで商業誌の作品として成立させるには少々厳しいですね。
●ギャグについての所見
基本的なテクニックと言いますか、効果的なネタの見せ方や、ボケ・ツッコミのタイミング、セリフのテンポの持たせ方などは、ちゃんと出来ていると思います。ただ、これらのテクニックが、実際に読み手の過半数から大多数を笑わせるに至るギャグに繋がっているかというと……相当に微妙でしょうね。
その原因は、まず先に指摘した画力不足が大きく足を引っ張っている…というのがあると思います。いくらページ跨ぎの大ゴマでインパクトを膨らませても、根本的にインパクトに乏しい絵ではしんどいでしょう。
更に、“間”の持たせ方がせっかち過ぎたり、セリフの練りこみが今一つ足りなかったりと、目立たない所で改善の余地を残してもいたのではないかと。とりあえず、今回は色々な面でギャグを上滑りさせてしまったかな…というのが、駒木の抱いた印象です。
●今回の評価
一応、ギャグマンガそのものの組み立ては出来ている…ということで、B−評価とします。とりあえず、絵をどうにかしないと今後も厳しいでしょうね。
◎読み切り『ビーチ・ボム』(作画:榊健滋)
●作者略歴
“榊健滋”名義では、「週刊少年ジャンプ」系雑誌における過去の経歴は無し。しかし、新人紹介ページの掲載も無い事から、既にデビューを果たした若手作家がペンネームを変えた可能性もある。
●絵についての所見
『リボーン』をベースに(どうやら天野明さんのアシスタントのようです)、許斐剛さんの画風のネガティブなエッセンスだけを交えたような、何だか複雑な画風ですね。
背景処理や特殊効果などは新人離れしたテクニックも感じさせてくれます。が、どうも人物作画全般に慣れていないのか、表情のバリエーションが限定されている上に非常に固く、また、動的表現がかかっている所でも人物が止め絵状態になっていて躍動感がありません。これはスポーツ物の作品としては、かなり痛い事なのではないかと……。
大きな発表の場に出て来れば、いわゆる腐女子人気が見込めそうな画風ではありますが、純粋なマンガの絵としてのクオリティを考えた場合、それほど高い評価は出来ない現状ですね。
●ストーリー&設定についての所見
こちらも、『リボーン』風のキャラクターシステムと、トンデモ系スポーツマンガのネガティブな要素が交じり合ったような、一言では形容し難い内容になってますね。アシさんが師匠の作風に影響を受けるのは、確かによくある話ではありますが、どうも少々タチの悪い化学反応をしてしまったのでは……。
まず、キャラとしての個性を出すための設定が、各主要登場人物1人1人に“配備”されているのは良いと思います。ただ、その個性だけが強過ぎて、「それは人としてどうだろう?」的な人たちが暴走するばかりの、キャラ優先・内容希薄なシナリオ──それこそまるで『リボーン』のような──になってしまったのは、ちょっと如何なものかと。
確かに『リボーン』のフォーマットは、一話完結系コメディとしてなら非常に有効なのですが、まともなストーリ系作品に落とし込もうとするのは、かなり無理があるような気がします。事実、『リボーン』も初期のストーリー性を廃棄する事によって、ようやく軌道に乗ったわけですからね。
また、先に少々指摘しましたが、ビーチバレーの競技シーンがトンデモな内容です。ビーチバレー競技というよりも、ビーチバレーを利用した特殊能力バトルになっている感じ。高度な駆け引きも主人公の成長や葛藤も無しのパワーゲームに終始しており、少々物足りなかったですね。
全体的に見ると、週刊本誌で連載されている人気作のエッセンスは巧みに吸収しているとは思えるのですが、それを下支えするストーリーテリング力は、まだまだ不足している…というのが当ゼミでのジャッジです。
●今回の評価
“名作崩れの人気作崩れ”ということでB評価とします。いわゆる「商品」としてのマンガとしてなら有望だとは思うのですが、当ゼミの基準では、そういう作品は評価のしようがありません。ファンになった方には「ごめんなさい」ですね。
◎読み切り『トリュフュールとパウロ』(作画:矢萩隼人)
●作者略歴
1981年6月17日生まれの現在23歳。
04年10月期「十二傑新人漫画賞」で佳作(ただし、十二傑賞ではなく次席)を受賞し、“新人予備軍”入り。今回、受賞後第1作でのデビューを果たした。
●絵についての所見
まず、ここまで分かり易く画力がアレな作家に賞を出して、しかも増刊に掲載してしまう「ジャンプ」編集部の懐の深さは凄いと思います。……まぁそういう度量があってこそ『ラッキーマン』が生まれ、『DEATH
NOTE』が生まれたわけですが(笑)。
ただ、この画力の足りない絵が、マンガの記号としての機能を果たしていないかというと、決してそういうわけではないのがマンガの奥の深い所ですね。確かに現状の実力では表現の幅を著しく制限されるでしょうが、少なくとも今回の作品では普通に記号として違和感なく機能していると思います。
とはいえ、高い画力があれば、この作品のクオリティも更に高くなったはずで、そういう意味では勿体無いですね。ぶっちゃけ、絵が達者な人を作画担当にして、矢萩さんは原作に専念する…という手もあるでしょう。
●ストーリー&設定についての所見
現代風ファンタジーの世界観ながら、結構本格的なミステリですね。ストーリー展開の緩急の付け方にセンスを感じますし、また、挿入された童話や怪物との戦闘も蛇足になっていないのも良いと思います。
トリックもなかなか凝った作りになっていて、読み手に意図して誤解を与え、犯人特定を困難にさせるように腐心している様子が窺えます。「一番意外な登場人物を犯人に」というセオリーが守られているのも好感が持てますね。
ただ、犯人(怪物)の仮の姿に冒頭のモノローグを語らせたのは叙述トリックとしては非常に危ういですし、時間の経過を示す具体的な描写を避けて犯人の“擬似アリバイ”を作り出す手法も、余り褒められたものではないでしょう。純粋なミステリとしては、“健闘”ぶりは認められるものの、残念ながら完成度の面で今一つと言わざるを得ません。
また、トリュフールの相棒・パウロがどういう人物なのかという描写が一切無く、設定がブン投げられた状態だったのも、細かい話ですが減点材料です。次回作ではディティールの処理にもう少し配慮して欲しいですね。
●今回の評価
ミステリとして欠陥がある以上、高い評価は出来ません。ギリギリ及第点のB評価がいいところかな、と思います。とはいえ、ストーリーテリング面のセンスや素質といった面では、将来性を感じさせる作家さんですので、今後に期待します。
◎読み切り『Heart Catcher』(作画:神海英雄)
●作者略歴
1982年7月27日生まれの現在22歳。
新人賞の受賞歴の無いまま、「赤マル」04年夏号にて『アンサンブル』でデビュー。今回がデビュー2作目となる。
●絵についての所見
背景処理の線が粗かったり、トーン処理がベタ貼り気味で違和感があったりと、まだ細かい所で気になる点も見受けられますが、全体的に見れば、前作よりもタッチが洗練されて印象が良くなって来たようです。
コマ割りや構図も、相当工夫された跡が窺え、演出面への気配りが感じられます。これ以上凝られると逆に辛い気もしますが、今後もやり過ぎない程度に色々とやってもらいたいと思いますね。
賛否分かれそうなのはディフォルメ表現でしょうか。シリアスタッチとのコントラストが大き過ぎ、また、場面の雰囲気とディフォルメ度が合っていない時もあるように思えますので、もう1つ2つ、ディフォルメの“変則ギア”があれば良いでしょう。
●ストーリー&設定についての所見
ズバリ言って、読み手によって評価が真っ二つに分かれそうな作品ですね。読み手の好意に依存するストーリーと設定と言えばいいのでしょうか。
まずは良い所はダイナミックな演出と、最少の文字数で最大の効果を狙った脚本。天性の素質もあるのでしょうが、巧い人のテクニックをよく研究しているなぁ…と思いました。これらのファクターに関しては、週刊本誌に持っていっても全く遜色無いでしょう。
ストーリーの緩急も良いですね。序盤から中盤にかけての内容が、全てクライマックスの見せ場を活かすように計算されているのは見事です。
ただ惜しむらくは、無理のある設定やストーリー展開を、過度の演出で乗り切ろうとし過ぎた事。そのため、設定やストーリー上の出来事の多くが現実感希薄なモノになってしまいました。
動機付けも含めて唐突で強引過ぎるバンドのギター奏者の実演販売への転向、フジテレビのコメディドラマかと思わせるような分かり易すぎる敵役、そして「なんぼなんでも」と言いたくなる“実演販売バトル”等々。読み手を白けさせかねないケレン味の強い要素が多過ぎで、「読者を選び過ぎる作品」になってしまったかな…といったところです。
この作品、ツボにハマった人にとっては大傑作になるでしょう。ですが、余りの現実感の無さに呆れたり失笑したりする読み手も少なからず出て来るのでは…と思うのです。フィクションは虚構だからこそ強い現実感が必要だと思うのですが、如何なものでしょうか。
●今回の評価
実に評価の難しい作品ですが、当ゼミではB+評価とさせて頂きます。読み手の感性によってはA評価もC評価も有り得る作品ですが、ここでは少し距離を置いて俯瞰し、平均値的な点数をつけてみました。
◎読み切り『ライジングT』(作画:久米利昌)
●作者略歴
1981年8月1日生まれの現在23歳。
04年1月期「十二傑新人漫画賞」にて最終候補に残り、“新人予備軍”入り。その後、04年下期「手塚賞」で準入選を受賞。
今回は一連の応募作・受賞作ではなく、新たに描き下ろされたデビュー作。
●絵についての所見
これがデビュー作とのことですが、キャリアの浅さを感じさせない、完成度の高い絵ではないでしょうか。特殊効果や背景処理なども、既に新人・若手としてはトップクラスの水準に達しています。
強いて言えば、人物造型の顔の描き分けが少々甘い事と、表情のバリエーションがやや乏しい事が残念でしたが、これも許容範囲の中に収まっていると思います。
●ストーリー&設定についての所見
序盤にさりげなく張った伏線を終盤に活かす構成力、意表を突いたストーリー展開などは非凡なモノを感じさせてくれます。ありきたりの話では済まさないぞ…という意気込みを強く感じさせるストーリーではありました。主人公のキャラ設定もアクが強い割に好感度が高くて良いですね。
ただ、「主人公が今、本当は何をしたいのか」という事が最終盤になるまでハッキリしないため、ストーリー全体の“軸”が見えて来ず、中盤まではただ漫然と話が流れていった嫌いもありました。また、シナリオ上、主人公の成功までの過程が気がついたら全て終わっていた…という事になっているので、クライマックスでのカタルシスが今一つ沸いてこないのも少々不満が残ります。
あと微妙な所としては、脚本がやや野暮ったかったようにも思えるのですが……。個人的には、決めゼリフをもう少し凝って欲しかったですね。
大きな欠陥があるわけではないのですが、自然な成り行きでストーリーが展開していったら、イマイチ感動やカタルシスに浸れない話になってしまっていた…というところでしょうか。
●今回の評価
これも評価の難しい作品ですが、B寄りB+とします。評点は伸び悩みましたが、それでもデビュー作としては上々と言える作品ではないでしょうか。
◎読み切り『ドル箱王者ベルト固め』(作画:松田俊幸)
●作者略歴
1980年7月28日生まれの現在24歳。
同姓同名の人物が02〜03年にかけて「週刊少年チャンピオン」誌系新人賞で入賞しているが、同一人物であるかどうかは不明。確実な経歴は、04年下期「赤塚賞」佳作受賞のみ。
今回は受賞後第1作でのデビューとなる。
●絵についての所見
「ジャンプ」ギャグ系新人作家さんには「画力はちょっと……」という人が多いですが、この作品の松田さんはストーリー系作家さんとしても通用する実力がありますね。事実、前後の作品と見比べてみても全く違和感がありません。
特殊効果や動的表現などのマンガ的技巧も良いですね。ただ、やや線がゴチャつき気味で、状況や人物の表情が判別し辛い場面があるのは、マンガの絵としてどうかと思いますが。
●ギャグについての所見
残念ながら、こちらは「難有り」というところです。悪い意味で「赤塚賞」の佳作なりの水準でしょうか。
まず、内容の薄いストーリーを律儀に追求し過ぎたために、ネタの密度が薄くなってしまいました。その結果、コメディとしては話がグダグダ、純粋なギャグ作品としてはネタが弱すぎる…という最悪な中途半端に陥ったかな、という印象ですね。
更に問題点としてはツッコミが弱い事。後半に入って数ヶ所巧くキメている部分も見られましたが、全体としては工夫の乏しい“ボケを説明しているだけツッコミ”が多くを占め、ただでさえ弱いボケを膨らませられないまま流してしまったかな…という感じです。
あとは贅沢な要求かも知れませんが、今やマイナーになってしまったプロレスを題材にしたのならば、せめてプロレスファンだけでも大喜びできるマニアックなネタを入れて欲しかったですね。
●今回の評価
ギャグとしては弱すぎる…ということで、B寄りB−評価とします。もう少しギャグを練る時はバカになってみても良いんじゃないかと思いますが。
◎読み切り『@'clock』(作画:やまもと明日香)
※注:題名に機種依存文字があります。1文字目は○の中に1が入った文字です。
●作者略歴
1980年7月10日生まれの現在23歳。
新人賞の受賞を経ないまま、「赤マル」04年春号でデビュー。持ち込み活動を経て、今回が1年ぶりの新作で、デビュー2作目となる。
●絵についての所見
まだ線がやや不安定で、全体的に粗い印象が残っていますが、1年前の前作に比べると随分見易くなって来たと思います。まだ週刊本誌に持っていくと辛い水準ですが、変なクセがついていない画風は貴重なので、このまま真っ直ぐ上達してもらいたいものです。
具体的な課題としては、アクションシーンを分かり易く見せるための動的表現やトーンを使った特殊効果、それと人物の顔の造型バリエーションでしょうか。今の内にテクニックの“抽斗(ひきだし)”を多く作っておいて欲しいと思います。
●ストーリー&設定についての所見
気持ちの良い性格の主人公の人物像がよく掘り下げられており、実に好感が持てました。全ての行動の動機づけが明確で、回想シーンの挿入もタイミング・内容共によく考えられていたと思います。最近「ジャンプ」系の読み切りでは、“とりあえず入れておこう”的な回想シーンが目立つのですが、この作品に限っては、上手く機能していたのではないでしょうか。
クライマックスの盛り上がりも文句なし。演出と相まって見事に決まっており、説得力十分の内容でした。欲を言えば、大時計の設定をもう少し明瞭にし、戦闘シーンをもう少し凝って欲しかったかな…とも思いますが。
ハッピーとは言えないエンディングに関しては、少年マンガという事もあって評価が分かれるところでしょう。ただ、話の必然性を追求してのこの結末ですし、主人公のキャラも合って悲壮感も抑え気味にはなっていました。個人的には、これを「悲劇だからNo」とされると、創作者としては辛いだろうなと思います。
●今回の評価
注文をつけたくなる点は多く残ってはいますが、当ゼミ的にはこの「赤マル」ではイチオシの作品です。評価はやや甘めですがB+寄りA−。
ただ、現状のままで不用意に本誌へ抜擢してしまうと、アンケートシステムに潰されてしまう可能性が高いと思います。“将来の1軍候補の高卒ルーキー”として、今しばらく「赤マル」を舞台に実力養成に励んでもらいたいですね。
◎読み切り『DRUG BOY,』(作画:小林ツトム)
●作者略歴
1982年5月31日生まれのもうすぐ23歳。
投稿時代は“小林マコト”名義。04年5月期「十二傑新人漫画賞」で最終候補に残り、“新人予備軍”入りすると、05年1月期「十二傑」で十二傑賞を受賞。今回はその特典を行使しての受賞作掲載デビュー。
●絵についての所見
線がやや粗く、全体的に画面が黒っぽ過ぎる印象がありますが、マンガの絵として概ね問題無い水準に達しているでしょう。特殊効果や背景処理などもキチンとこなせており、デビュー作としては上々の出来です。線がこなれてくれば、非常に見栄えする絵になるのではないでしょうか。
敢えて注文を1つ出すとすれば、今回は登場しなかったディフォルメ表現を、次回作では見せてもらいたいです。表現の幅を広げて欲しい、というヤツですね。
●ストーリー&設定についての所見
全体的に何でもかんでもセリフとモノローグで“説明”し過ぎで、“描写”が出来ていないのが非常に気になりました。マンガというよりも絵物語みたいになってしまっています。
冒頭の“麻薬”の説明も必要あるかどうか。序盤でもいくらでも世界観を描写出来る余地がありましたし、「1ページ目から事件発生→出来事の顛末を追いながら世界観も描写」…という構成がベストだったのではないでしょうか。
中盤以降の展開も起伏が緩くて不満が残ります。シティアドベンチャーなのに全然アドベンチャーしないまま、主人公がいきなり“運命の友”と再会するのは如何なものでしょう。その後も延々と設定に関する説明中心のセリフ劇が続いて、いつの間にかクライマックスになっていた…という感じで、どうも設定にストーリーが殺されてしまったかな、と。
また、キャラクター設定についても、主人公の仲間2人が話に絡みきれずにやや弱くなってしまっています。せめて主人公との絆を暗示させる遣り取りの1つでも見せてくれれば印象も違ったのですが……。
●今回の評価
絵は合格点ながら、ストーリーと設定は落第点で、このゼミの基準では厳しい点をつけざるを得ません。今回はB寄りB−評価とします。
◎読み切り『ママん♥』(作画:吉たけし)
●作者略歴
1979年12月2日生まれの現在25歳。
04年11月期「十二傑新人漫画賞」で、ギャグ作品では初となる十二傑賞受賞を果たし、今回のデビュー権を勝ち取った。
●絵についての所見
見易くて嫌味の無い画風ですね。ただし、顔のバリエーションが少ない、表情も固い、ポーズや動きがぎこちない…など、人物作画に課題を抱えてもいるとは思います。後に述べるように、この絵のせいで肝心のギャグの足を引っ張ってしまった感がありました。
また、全体的にギャグ作品としてはアクが弱すぎる絵柄であるような気もします。4コマやほのぼの系ショートギャグには向いていると思いますが、ページマンガでインパクト勝負のギャグをカマす時には、これは大きくマイナスに働くのではないでしょうか。
●ギャグについての所見
ギャグを見せるためのテクニックは、結構備わっていると思います。伊達にストーリー系中心の「十二傑」をギャグで獲ってないですね。セリフ回しも抜群の出来とまでは言えませんが、それでもなかなか練られており、一定の地力は感じました。
ただ、これらのギャグが、絵のせいで活きて来なかったのは非常に残念ですね。人物の表情や動きが固くて小じんまりとしているため、お笑いで言うところの“リアクションが薄い”状態になっています。
かなりグダグダな感じのオチも、味といえば味なのですが、全体的にインパクトの薄いギャグの構成で最後もこの調子では、ちょっと厳しいかも知れません。
●今回の評価
作品として成立はしているものの、失敗作との評は免れない所で、評点はB寄りB−とさせてもらいます。
◎読み切り『アナグマ』(作画:矢部臣)
●作者略歴
1981年6月生まれの現在23歳。
04年末期「ストーリーキング」マンガ部門で「準キング」を受賞。今回はその受賞作でのデビューとなった。
●絵についての所見
主人公のような典型的なマンガタッチの顔がデッサン狂いまくりで、他の人物も表情のバリエーションに乏しいため、画力以上に下手に見えてしまいますね。アシスタント経験者なのでしょうか、背景処理などのテクニックはソツなく出来ていて、“人物作画以外はバリバリで中堅以上のプロ級”という状態です。
微妙にタイプが違うかも知れませんが、『忍空』の桐山光侍さんの絵柄に印象が似ているような気がしますが、どうでしょうか。
●ストーリー&設定についての所見
ストーリーキング準キング受賞作という事で、期待していたのですが……。どうも設定に根本的な問題があって、ストーリー以前の段階で厳しい事になってるかな、という感じです。
この作品の基本設定は、確かに斬新で壮大な世界観ではあるんです。が、その世界観──地底世界の全貌・詳細がまるで見えて来ないので、その魅力が全くこちら側に伝わって来ません。
アナグマたちが何故、地底を目指すのか。
目指すという地底に辿り着けば、一体何があるのか。
過去のアナグマたちにはどのような英雄がいたのか。 アナグマたちの日常とはどんなものか。
……等々、読み手がこの世界観に魅力を持つためには、描写しなければならない事がいくつもあったはずなのに、これが出来ていません。これでは、どれだけストーリーを練っても、読み手にとっては遠い世界で起こっている得体の知れないエピソードで終わってしまいます。
また、この世界観と読み手の間を取り持つ役割を担う主人公についても、生い立ちや人物像、更には何故ゆえアナグマになりたいのか…という行動に関する動機付けなど、提示しなくてはならない部分が全く提示出来ていません。これでは読み手が主人公に親近感を持ちたくても持てません。
これが現実(かそれに近い)世界を舞台にした、“空を飛びたい男たちと、それに憧れる少年”とかなら、読み手の理解もスムーズなんですが……。まぁ斬新な設定というのは、インパクトこそありますが、扱いが非常に難しい諸刃の剣という事なんでしょうね。
●今回の評価
ストーリーが破綻しているとか、そういうわけではないのですが、設定が余りにも…なのでB−まで評価を落とします。次回作では、是非ともまだ見ぬ真価を拝見したいものです。
※総評…A−がかろうじて1作品。ここ3年豊作が続いていた春号ですが、今年は不作気味でした。
毎号大抵お目にかかる「これは手の施しようが無いな」という問題外の作品は無かったのですが、シナリオや設定の詰めが甘かったために失敗に終わってしまった作品がとても多かったです。持ち前の実力を発揮出来なかった人も少なくなかったように見え、それが残念でした。
ところで今回は特に、主人公がフィジカル面よりメンタル面で勝負する系統の作品が目立ちましたね。以前、ある「ジャンプ」投稿経験者の方から、「『赤マル』は毎号持ち回りでチーフ編集者が1人就いて、その人が中心になって掲載作品を決めるらしい」…という話を聞いた事があったのですが、なるほど、そんな気のする微妙に偏った編集方針でしたね。ただ、そんな編集方針を採った割には、肝心の主人公像が今一つハッキリしない作品ばかりだった気もしますが(苦笑)。
何といいますか、作家だけでなく、編集者の実力も試される「赤マルジャンプ」といったところでしょうか。
──というわけで、長丁場のゼミ、お疲れ様でした。またレギュラーの講義も宜しく。
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