「社会学講座」アーカイブ

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講義一覧

2/28(第58回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(2月第4週分)
2/21(第57回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(2月第3週分)
2/12(第56回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(2月第2週分)
2/7(第55回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(1月第5週/2月第1週分)

 

2005年度第58回講義
2月28日(火) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(2月第4週分)

 2月最終週のゼミをお送りします。「赤マル」レビューも、「コミックアワード」関連も無くなってホッとしたのも束の間、読み切りは載るわ代原は載るわで、いきなりレビューが指折り数えて4本。30符以上なら満貫確定です。本当、楽したい時に限って楽させてくれませんなぁ。
 ところでその、今週号にて「作者急病のため休載」で代原のスペースを作ってしまった『D.Gray−man』ですが、次号以降「作者がケガのため」長期休載となるとか。またキナ臭い話ですねぇ……。

 一足先に休載に入った『HUNTER×HUNTER』なんかでも、よく「サボってる」と非難されますが、大手出版社経由のカネとマンパワーさえあれば、原稿を間に合わせるだけなら何とでもなっちゃうんですよ、実は。編集とアシスタントが協力すれば完全代筆だって出来ちゃうわけです。実際「ジャンプ」でも、公然の秘密状態になってる『きまぐれオレンジロード』や、秘密にすらなってない本宮ひろ志作品全般など前例もありますからね。
 結局、休載までいっちゃうというのは、作家さんの理想が高過ぎて現実に対応し切れなかったり、作品に対する愛情と商業主義との間で軋轢が起こった結果だったりするんでしょうね。プロとして褒められた話ではありませんが、かといって同情の余地も有るような。
 それでも大作家クラスになると、寡作・遅筆も一つの個性になりますが、星野桂さんみたいに連載1作目の若手作家さんが、ここまで事態をこじらせてしまうと厳しいですね。今の連載はどうにかするにしても、次が来るかどうか。冨樫さんですら、連載第2作で大ヒット作の『幽☆遊☆白書』から『HUNTER×HUNTER』に至るまでには、随分長い間をかけましたし、なおかつ今これですからねぇ。
 星野さんの休載が、本当に単純な怪我でお休みであれば良いのですが……。

 ──それはそうと、既にネット界隈では広く話題になっていますが、凄かったのが「小学館漫画賞」の作者受賞コメントでしたね。あれほど正視に堪えない文章は、綾辻行人のスプラッタ・ホラー『殺人鬼』シリーズ以来でした。消火器のホースを口に突っ込まれ、その中身を一気に胃と肺に噴射されて爆死した看護士のシーン以来の衝撃がここに。
 あの文章を読んで思い出したのが、一時期、プロレス雑誌や麻雀マンガ誌の裏表紙によく載っていた怪しい開運グッズの広告。ほらあの、小さいアクセサリー持ってるだけで競馬で億稼いで、女にモテてウハウハ、みたいなアレですよ。万札で埋め尽くされた浴槽にモデルを侍らせて入浴中の微笑みデブの写真が禍禍しいアレです。
 いっそのこと、サンデーの裏表紙に載せちゃったらどうですか。「冠茂さんに編集になってもらったお陰で人生バラ色!」みたいな広告

 「編集の書いたシナリオに従って絵を描けば、印税で億万長者!」
 「小学館の経費で連れてってもらったキャバクラでモテモテ入れ食いだぜ!」
 ……そして印税風呂でモデルを侍らせる作家の写真。江川達也並にヨゴれたのを、担当の若手作家から選んでサクラにして撮影して。
 決めのキャッチコピーは「冠茂さんに編集になってもらうと97.3%の確率で『小学館漫画賞』が受賞できます!」……残り2.7%が『東遊記』だったんだな、というオチでどうか一つ。

 酒井ようへいさんの前途にエールを送りつつ、2月最終週のゼミを開始します。   


  「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報 

 ◎「週刊少年サンデー」では、次号(13号)より、『妖逆門(ばけぎゃもん)(ばけぎゃもん)(ばけぎゃもん)(作画:田村光久/原案強力:藤田和日郎)が新連載となります。
 昨年の『あやかし堂のホウライ』に続く、藤田和日郎プロデュース作品の第2弾。なんと4月からのアニメ化も決まってるそうで。田村さんのブログによると、連載を決めるコンペは10月中旬開催だったようなので、準備期間は半年以下。なんかメチャクチャなスケジュールですね。全米が泣く前にアジア各国のアニメーターが泣いてそう。
 実は、ちょうど1年ぐらい前に『ホウライ』の方のアニメ化の話があるという噂を、とある筋から聞いたんですが、諸々あってこちらに企画が変更になったのでしょうか。まぁ真相は一ツ橋の空の下という事で。 

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…4本
 「ジャンプ」:新連載第3回1本&読み切り1本&代原読み切り1本
 「サンデー」
:新連載1本

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2006年12号☆ 

 ◎新連載第3回『ツギハギ漂流作家』作画:西公平《第1回掲載時の評価:B−

 についての所見(第1回掲載時からの推移)
 基本的には良い意味でも悪い意味でも平行線といったところですが、気になる点が2つ。

 まず1点目が、顔のアップばかりで単調な構図。動きが感じられない絵が延々と続くので、説明的なセリフの連続が輪にかけて冗長に感じられてしまいます。
 2点目は細かい所なのですが、腹が膨れてウナギ鮭を腹に収めているのが分かる直前、子供を助けた時の絵で腹が膨れていないという事。これ単品は些細なミスとも言えますが、見せ場でこういう単純な描き損じをするのは、少々無頓着過ぎるように思えました。

 決して見苦しくは無い絵柄なのですが、もう少し細かい配慮をしてもバチは当たらないと思います。

 ストーリー&設定についての所見(第1回掲載時からの推移)
 第3話になって唐突に主人公の正パートナーが登場し、ようやく次回からメインストーリーに突入することになりました……が。どうなんでしょう、この第3話を読むと、第1話、第2話が全く必要無いように思えて仕方が無いのですが。いや、ひょっとするとこの第3話ですら、メインシナリオが進行してから回想シーンで語られるべき所だったかも知れません。
 結局の所、シナリオの構成が極めて拙劣で、しかもキャラやストーリーよりも設定の提示を重んじていて、優先順位の付け方を根本的な所で錯誤しているのではないのかなぁと。読者が何を求めているのか、何を見せれば作品に没入してくれるのか、その辺のセンスがズレているように思えてなりません。

 また、1話ごとの小エピソードの内容も、総じて内容希薄で、しかも一本調子。第3話のウナギ鮭を掴まえる話にしても、「何故ウナギ鮭なのか」というギミックが皆無なために、話を楽しむ以前に「何故?」という風になってしまいます。最後の見せ場は上手く決まっていただけに、余計に勿体無いですね。
 先程の内容とも重なりますが、読み手が求めるモノとのギャップが非常に大きいように思えます。これが駒木の単なる思い込みでなければ良いのですが……

 今回の評価
 もう少し下げようとも思いましたが、一応評価はB−で据え置きます。ただ、個人的な印象では前途は極めて厳しいように思えます。


 ◎読み切り『新・沖田はつらいよ 〜空次郎サラダ記念日〜』作画:ポンセ前田

 ●作者略歴
 生年月日は未公開だが、「赤塚賞」受賞時の年齢から推測すると現在26〜27歳
 03年下期「赤塚賞」にて、水溜三太夫名義で佳作を受賞。その後現在のペンネームに改名し、週刊本誌04年33・34号に2週連続掲載された『機動球児山田 〜めぐりあい稲木〜』でデビュー。その後、04年秋発売のギャグ増刊、週刊本誌05年7号にて『おれたちのバカ殿』を、05年春発売のヒーローズ増刊、「赤マル」05年夏号、週刊本誌05年46号に『闘魂パンダーランド』シリーズを発表。
 今回はデビュー以来、7作目の読み切り掲載&4度目の週刊本誌登場。新シリーズで仕切り直しして初の連載を狙う。

 についての所見
 
前作までと比較すると、若干ですが進歩の跡が窺えますね。
 動的表現が甘いのは相変わらずですが、人物造型のバリエーションが増した分、以前の単調さが解消されつつあります。特にヒロインキャラが活き活きとした描写が出来ていて、非常に良い感じですね。
 背景の白さも必要最低限レヴェルまで達していますし、見栄えが良くなって来ました。あとは、ギャグ作品ならではのアクの強さみたいなものが感じられるようになれば、なお良いでしょう。

 ギャグについての所見
 1コマ内でセリフを多数交錯させる、『銀魂』『太臓もて王サーガ』などで見られるパターンを採用し、テンポは良くなったと思います。個人的な笑える・笑えないは別にして、細かいギャグを集めて何とか読み手の関心を繋ぎ止めようという気持ちは窺えました。
 しかしながら、“ギャグの密集地帯”の前後で極端にギャグの密度が落ちて単調な会話が続く場面があるのは頂けません。また、大ゴマでキメようとしたネタが内容的に小ネタと変わらないため、大ゴマの度に随分と肩透かしに遭わされてしまいました。

 まとめますと、全体的な印象としては、細かい“ジャブ”ばかりに終始し、文字通りパンチ力不足の20ページ余だったように思えました。ギャグ作品の評論には大きく主観が入ってしまうので、果たして読者全体の多数意見になっているかどうかは分からないのですが……。 

 今回の評価
 評価は、形式だけは割と整っているので一応Bとしておきます。個人的には全く笑えませんでしたが、笑う・笑わないは人それぞれ嗜好と感性の問題なので、あとは皆さんの見識にお任せします。

 ◎読み切り『タロ・ザ・フューチャー』作画:大江慎一郎

 ●作者略歴
 1981年10月11日生まれの現在24歳
 02年4月期「天下一」で最終候補に残り“新人予備軍”入りし、2年8ヶ月の空白期間を経て「赤マル」05年冬(新年)号にて『メガネのベクトル』でデビュー
 その後、今作で05年下期「赤塚賞」に応募、佳作を受賞し、「ジャンプ」では非常に珍しい“正規デビュー後の新人賞初入賞”を果たす。また、その受賞作は週刊本誌06年3号にて代原枠で掲載された。
 今回も『D.Gray−man』休載に伴う代原枠での本誌登場。

 についての所見
 以前よりも無駄な線が消え、見苦しさは薄れて来ているのですが、その残った線が細くて弱々しくなってしまっています。そもそもの画力がそれほど高くない事もあって、迫力、インパクト不足ばかりが目立ってしまっています。
 これは画材(ペン先)選択の問題もあると思います。力強い線が引ける道具を試してみると、それだけで随分と印象が変わって来るんじゃないでしょうか。

 背景処理や動的表現などはソツが無くなって来ましたね。ただ、トーン貼りやそれに準ずる表現がまだ少々粗いのは気になりました。特にスクリーントーンは種類の少ない手持ちで何とか工夫しようとして、それが出来ていないのが分かってしまい、ちょっと興醒めです。
 何と言うか、マンガ家としてケチってはいけない部分をケチっているので、絵がセコく見えてしまうんですよね。全体的な水準としては、「ジャンプ」のギャグ作品としてなら及第点にはあるのでしょうが、まだ良くなる余地を残しながら、それを追求する気持ちが感じ難いのが残念です。

 ギャグについての所見
 コマ割りや演出など、ネタの見せ方に関しては十分合格点の水準ではないでしょうか。ビジュアル系の一発ギャグや“間”を使ったネタなど、ギャグのパターンを増やそうという工夫も為されています。
 しかし、全般的に見てセリフが説明口調で野暮ったく、ツッコミも単純なリアクションとボケを説明しているだけの単調なモノが目立ちました。わざとスベらせるネタを使ったり、その笑えないネタを作中人物にバカウケさせて読み手との精神的距離を広げてしまったりと、笑いを獲るための方向性にも疑問が拭えません。

 磨けば良くなりそうな部分もあるのですが、そこを悪い意味でカモフラージュしてしまう要素が多い現状でしょうか。プッシュしたくてもうーんちょっと……と思わせてしまう、そんな作品になってしまいました。まぁそんな作品だから代原でもないと載らないのだ、という事なのでしょうが……。

 今回の評価
 評価はB−寄りBとしておきましょうか。こちらも笑える、笑えないは別にしてテクニック面を重視した評価です。これくらいのランクのギャグ作品の評価付けって、本当に難儀なのですよ。


☆「週刊少年サンデー」2006年12号☆

 ◎新連載『ハルノクニ』作:浜中明/画:中道裕大

 ●作者略歴
 ※浜中明さん
 1976年3月1日生まれで、この講義翌日に30歳。
 02年募集、03年5月結果発表の「サンデー原案・原作ドリームステージ」の読み切り原作部門で大賞を受賞。受賞作『ソフィアの掟』画:中道裕大=今作のパートナーと同一人物が月刊増刊03年11月号に掲載され、デビュー。それ以後、増刊には04年1月号に『ハードボイルド・キャット』(画:杉信洋平)、05年5月号に『BABEL』(画:杉信洋平)、週刊本誌には04年20号に『ゴーストロジック』(画:ネモト摂)を発表している。

 ※中道裕大さん
 1979年5月8日生まれの現在26歳

 01年9・10月期「サンデーまんがカレッジ」で努力賞に入賞し、“新人予備軍”入り。02年前期「小学館新人コミック大賞」少年部門で大賞を受賞。受賞作『風』が月刊増刊02年8月号に掲載され、デビュー。
 その後は増刊で断続的に読み切りを発表。03年5月号、11月号(=浜中さん原作の『ソフィアの掟』)、04年2月号、04年8月号に作品が掲載されている。
 今回は週刊本誌初登場にして、初の週刊連載獲得。 

 についての所見
 パッと見の印象を率直かつ乱暴に言い表すと、「やっつけ仕事感の無い紫門ふみ」といったところでしょうか(笑)。輪郭の描線が力強く太い、個性的なタッチがいかにも印象的です。
 絵柄は随分とこなれており、背景処理などもみっちり描き込まれていますね。ただ、ロングショットの構図を使うべき所でもアップになっている事が多く、そのためアクションシーンが若干迫力不足になった嫌いがありました。また、人物造型で、顔のパーツのバリエーションが少ないため、老若美醜で同系統のキャラ同士で雰囲気が似てしまうという印象も少々。この辺は減点材料としては微々たるものですが、若干気になったので指摘させてもらいます。 

 ストーリー&設定についての所見
 外界と隔たれた閉鎖的環境の学園を主舞台にして、勇敢な一高校生が、友の敵を討つために国家権力を相手に闘う……というのが、現時点でのプロット。「一個人VS国」というのは、青年・一般誌では手垢の付いた設定ではありますが、少年誌では珍しいですね。
 ただ、プロットだけではなく、世界観設定といい、キャラクター設定といい、その組み合わせ方といい、既視感が強いというか、モチーフがすぐに探せそうなほどベタな内容であるのが気掛かりです。もう少しオリジナリティを醸し出す手法は無かったものでしょうか。

 ストーリーの展開のさせ方では、伏線を盛んに用いた演出や、決めゼリフを要所に盛り込んだ脚本など、こちらもなかなか良くまとめられています。全体的な技術レヴェルも高いと言えます。
 が、ここでもやはり、手垢感が漂います。色々なドラマや映画などでありがちなシーンをありがちなパターンで挿入し、ありがちなセリフを並べているような印象が拭えないのです。第1話ラストで主人公の親友が死ぬシーンも、驚きというより「ああ、またこのパターンか」という感じですし……。
 あと、ドラマの展開を、丁寧に心情を語りまくるセリフ劇に頼り過ぎているような感もありました。この辺は原作モノ作品ゆえのギクシャクさのようなモノなのでしょうか?

 まだ全体としてはプロローグ的なエピソードの最中ですので、今後一気に作品の見方が変わる事態が起こるかも知れません。が、今のところは「一定の水準にあり、よくまとめられたストーリー・設定ではあるが、オリジナリティの欠如が著しく、全てを借り物で組み合わせたような作品」という評価をせざるを得ませんね。
 もっと砕けて言えば、悪くはないんだけど、良い作品と手放しで褒めるには躊躇する、という感じでしょうか。

 現時点の評価
 評価は、レビューで述べた否定的部分がやや主観に偏ったかな、という自戒も含めて、少々甘めにA−寄りB+としておきます。
 ただ、何にせよ、浜中さんの前作で超迷作の『BABEL』を読んだ身にしてみれば、よくぞここまで…といった感じですね。何しろ、この増刊掲載の読み切りは、酷すぎて「ラズベリー」にノミネート出来なかったぐらいでしたから(苦笑)。それを考えると長足の進歩です。

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 今週は『聖結晶アルバトロス』が10回の区切り。この忙しい時ですから、評価変更なしならパスしたかったのですが……。

 ◎『聖結晶アルバトロス』作画:若木民喜
 旧評価:A−新評価:B+

 1段階の下方修正としました。根拠としては、延々と設定の提示が続く間延びした展開、またなかなかストーリーの軸が見えて来ないまま、毎回同じようなパターンが続くシナリオ構成などです。
 また、聖結晶の設定はともかくとして、全体的な世界観の設定の描写が甘く、読み手が作品世界に没入する手掛かりがなかなか見当たらない、というのもマイナス材料ですね。せっかく好スタートを切ったと思った作品なのですが、ちょっと残念な現状になってしまいました。

 

 ──というわけで、2月分のゼミも一応これで終了し(正確に言えば3月第1週に2月最終週が混じってるのですが……)、いよいよこの後は「コミックアワード」となります。
 世を忍ぶ仮の本業が一足早い年度末繁忙期に入っているため、準備には少々時間がかかると思いますが、出来るだけ早いイベント開催を実現したいと思います。それでは皆さん、「コミックアワード」でお会いしましょう。

 


 

2005年度第57回講義
2月21日(火) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(2月第3週分)

 たびたびの1週遅れで失礼しております。

 ゼミを始める前に、先に今後の日程について。
 既に告知の通り、今回のゼミで「コミックアワード」の最終ノミネート作発表を行いますが、授賞式は3月第1週辺りを予定しています。実は3月は8〜10日、12〜16日と旅行に出るので、その前に終わらせてしまおうという感じです。
 まぁちょうど、ラジー&アカデミー賞の発表と同時期なんで、スケールの格差を味わいながら楽しんで頂けるのではないかと(笑)。

 ──それでは、ゼミの模様をお送りします。今回も変則進行で、レジュメの準備が出来た分から随時追加してゆくという形を採らせてもらいます。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報 

 ◎「週刊少年ジャンプ」では、次号(12号)に読み切り『新・沖田はつらいよ 〜空次郎サラダ記念日〜』(作画:ポンセ前田)が掲載されます。
 11号から連載を開始した大石浩二さんと読み切り競作をした事もあるポンセ前田さんですが、新キャラクターで読み切りを発表することに。そろそろ連載に繋がる作品とキャラクターが欲しいところですが……。

 ◎「週刊少年サンデー」では、次号(12号)より、『ハルノクニ』(作:浜中明/画:中道裕大)が新連載となります。
 11号で短期連載終了の『グランドライナー』と入れ替わりで始まるのは、若手コンビによる社会派ドラマ。
 浜中さんは02年開催の「サンデー原案・原作ドリームステージ」 読切原作部門で大賞を受賞。これまでも読み切りの原作はいくつか手掛けて来ましたが、連載はこれが初めてとなります。
 漫画担当の中道さんは02年前期「新人コミック大賞」の大賞受賞者。浜中さんとのコンビでの作品の他に、単独名義でも数作の読み切りを描いていますが、連載はやはりこれが初めて。
 題材といい人選といい、「サンデー」にしては、かなり思い切った新連載ですが、果たしてどうなりますか。

 ★新人賞の結果に関する情報

第33回ジャンプ十二傑新人漫画賞(05年12月期)

 入選=該当作無し
 準入選=該当作無し
 佳作=該当作無し
 十二傑賞=1編
(週刊本誌or増刊に掲載決定)
 
 ・『花咲か姫』
   藍本松(18歳・岡山)
 《大場つぐみ氏講評:画力が非常に高く、また個性的な部分が好印象。ストーリーは緻密だが、主人公の特殊能力にもう少し説得力が欲しい。あとは少年誌を意識した作風を希望》
 《編集部講評:強い個性を感じたが、主人公のキャラが若干弱い印象。全体的にセリフが多いのも気になる。読者に判りやすく伝えることを意識してほしい》
 最終候補(選外佳作)=8編

  ・『英雄にあこがれて』
   竹沢香介(21歳・静岡)
  ・『生命還元(いのちかえせば)』
   横山誠(18歳・宮城)
  ・『MONSTERS NIGHT FEVER!!!!!』
   吉泉淳(22歳・山形)
  ・『MEGA HEAVEN』
   津留卓也(19歳・東京)
  ・『ADVAN』
   梅田健太郎(20歳・福岡)
  ・『LimeLight』
   浜田哲平(22歳・大阪)
  ・『非凡少年スズリ』
   ミチバタジョージ(17歳・神奈川)
  ・『トラ!トラ!虎! 恋の荒乱大戦争!』
   林裕史(25歳・長野)

 受賞者の過去のキャリアについては以下の通りになります(もしチェック漏れがありましたら、BBSでご指摘下さい)

 ◎十二傑賞の藍本松さん05年10月期「十二傑」にも投稿歴あり。
 ◎最終候補の林裕史さん
03年5月期「十二傑」でも最終候補、02年12月期「天下一」に投稿歴あり。

 ──さすがは「ジャンプ」というか、今回も10代〜20代前半の受賞者が目立ちます。文字通りの青田刈りですね。
 それはそうと十二傑賞の『花咲か姫』、編集部の「セリフが多い」を全く意に介せず、といった辺りに大場つぐみさんのアイデンティティが表れてて面白いですね。

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…2本
 「ジャンプ」:新連載1本
 「サンデー」
:短期集中連載最終回総括1本

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2006年11号☆ 

 ◎新連載『メゾン・ド・ペンギン』作画:大石浩二

 作者略歴
 82年7月14日生まれ現在23歳
 新人賞の受賞歴が無いまま、週刊本誌04年24号にて、代原掲載による暫定デビュー。それ以後も26号、31号にそれぞれ代原掲載を重ねた。
 正式デビューは「赤マル」04年夏号。その後も04年秋のギャグ増刊、週刊本誌05年7号と正規枠での読み切り掲載を重ね、同年39号では「黄金の女神杯」枠で、今作の事実上のプロトタイプ版である『バカ in the CITY!!』を発表した。
 今回は初の週刊連載獲得。ショートギャグ作品の連載としては、94〜96年の巻末枠である『王様はロバ』(作画:なにわ小吉)以来となる。 

 についての所見
 これでも以前に比べると少しは洗練されて来ましたが、相変わらず粗さが目立ち、出来・不出来が不安定な絵柄です。基本的な描写や動的表現といった辺りも怪しい箇所も多く、いくらギャグ系とはいえ、連載作品の絵としては全く物足りないクオリティに甘んじています。
 ただ、多彩な登場人物の描き分けや老若美醜のコントラストのつけ方に関しては見事。もう少し画力の底上げが出来れば、随分と印象が変わって来るはずなのですが……。

 ギャグについての所見
 読み切り版(『バカ in the CITY!!』)と同様、キャラクター・題材別にページ単位で区切りを作った、4コママンガ中心のショートギャグの連作という形式です。まぁ作りも作ったり…というほどに多種多様なキャラクターとギャグのバリエーションは「力作」の一言ですね。
 ですが、このパターンでは、余程ネタを練りこまない限りは、どの読者にとっても“打率”が中途半端なところで平均化されてしまいます。ギャグ作品の場合、笑えずスベった箇所のネガティブな印象というのは相当に強いものですから、この形式は必ずしもプラスとは言えないでしょう。
 また、ページ数が17(※次号の第2回では11ページ)と、4コマ中心の作品にしては多過ぎるのも、“打率”の伸び悩みに拍車をかけてしまうでしょう。ベテラン4コマ作家さんでも、週刊連載で2桁ページ(=4コマ20本以上)を量産している人は皆無に近く、せいぜいが5〜6ページです。キャリアの浅い新人さんにとって、このページ数は過酷であり、無謀な挑戦としか言いようがありません。
 このように、この作品の形式は、作家さんのポテンシャル以前の問題で躓いている感があります。作品の構造的な所で、作家さんの実力が本来のそれよりも低く見られてしまうというのは、少々可哀想な気もします。

 ただ、純粋なテクニックやセンスに関しては非凡な所も多々見受けられました。絵だけでなく文字をビジュアルとして見せる表現や、いわゆる考えオチのレヴェルの高さは特筆モノ。更に“間”の使い方や起承転結のつけ方、「ツンエロ」などといった飛躍した発想など、その端々にポテンシャルの高さを窺わせてくれる作品ではありました。
 まったく、この地力の高さを作品のクオリティに繋げる方法が何かないものでしょうか。少なくとも、欄外をあざとい文字小ネタで埋め尽くしている場合ではないと思うのですが……。

 今回の評価
 評価は読み切り版から据え置いてB+とします。ただ、今の形式では、本質的なギャグのクオリティに関わりなく、アンケートで高い得票率を稼ぎ出すのは難しいでしょう。

☆「週刊少年サンデー」2006年11号☆

 ◎短期集中連載最終回総括『グランドライナー』作画:吉田正紀《第1回掲載時の評価:A−寄りB+

 についての所見(第1回掲載時からの推移)
 第1回とほぼ同じ、安定したクオリティを維持したまま7回の短期連載を無事に全うしました。長期連載へのテストという意味合いにおいては、最良の結果を出したのではないでしょうか。
 ただ、第1回時に指摘した老若美醜の描き分けが甘いせいか、各登場人物ごとの印象がある程度似てしまい、全体としても少々没個性的な絵柄になってしまったような気がしました。許容範囲ではありますが、もう少しエグみのある表現が欲しいところです。

 ストーリー&設定についての所見(第1回掲載時からの推移)
 規定の7回でキッチリとシナリオは完結。練りに練った設定も出せる分だけ出し切ったという感じで、ストーリーと世界観設定の完成度・全体のまとまりに関しては申し分の無い所でしょう。
 ただ、逆に言えば完成度を追求する余り、やや小じんまりとまとまり過ぎたかな…という感も無きにしも非ずでした。伏線の張り方、登場人物の言動のことごとくが丁寧過ぎてわざとらしくなってしまい、先の展開が簡単に読めてしまったのは残念です。
 特に今作は、7回の連載全体の最大の見せ場が「グランドライナーとギルティライナーの固定観念をコペルニクス的転回する」…という、読者の意表を突くべきシーンだったですからね。そのシーンを活かす為なら、全体の構成を多少難解にするぐらいで丁度良かったのではないでしょうか。……まぁもっとも、そういう読者に優しくない作品は「週刊少年サンデー」には向かないのでしょうけれども。

 あと気になったのが、先述した内容と多少被るのですが、脚本でした。セリフのことごとくがストーリーを進行させるための手段になっていて、人間味が全然感じられなかった点。小学館の編集者は、作家を無視して好き勝手にセリフを書き換える…なんてエピソードが『失踪日記』作画:吾妻ひでお)に載ってましたが、そういうのも疑ってしまいたくなるような、無機質なセリフの羅列ばかりが目立ちました。
 主人公のキャラ付けにしても、「ギルティライナーが大嫌い」「グランドライナーに憧れる」という、ストーリー展開上必要な要素を強調するシーン・セリフばかりが目立ってしまい、読み手が感情移入出来るようなキャラクターが伝わって来ませんでした。非常に残念です。

 全体的に見て、シナリオ・世界観の高い完成度がエンターテインメント性に繋がっていない大変に勿体無い作品になってしまったな……といったところでしょうか。

 今回の評価
 評価は大きく下方修正してBとさせてもらいます。最大の見せ場が「意外性皆無の意外なシーン」では、高い評点を出したくても出せません。
 読者の反応次第では長期連載化も念頭に置いた短期連載だったそうですが、出すだけのモノは出し切った(そして失敗した)作品を半年、1年と続ける事にどれほどの意義があるのか、ちょっと疑問ですね。

 

 ──さて、引き続きまして第4回「仁川経済大学コミックアワード」の最終ノミネート作品発表に移りたいと思います。

 まずは皆さんから推薦を頂いた、グランプリの“ワイルドカード”枠ノミネート作品の発表からお送りしましょう。既に再三お知らせしていますが、「得票2票以上」という推薦要件を満たした作品は以下の5作品となりました。

『皇国の守護者』(作:佐藤大輔/画:伊藤悠/「ウルトラジャンプ」連載)
『ヴィンランド・サガ』(作画:幸村誠/「週刊少年マガジン」および「アフタヌーン」連載)
『わたしはあい』(作画:外薗昌也/「週刊モーニング」連載)
『もやしもん』(作画:石川雅之/「イブニング」連載)
『大奥』(作画:よしながふみ/「メロディ連載」)

 ……今回も多数の推薦、誠に有難うございました。日々のノルマに追われて視野が狭くなりがちな現状、このような形で多くの名作・佳作を知る機会を与えて下さったこと、改めて御礼申し上げます。
 本来なら全ての推薦作品をノミネートしたい所ではありますが、やはり聳え立つのは物理的事情の壁。今回も厳正な予備審査を実施し、当ゼミの評価基準でA以上相当の2作品を最終的なグランプリノミネート作品とさせて頂きました。

 では、これよりノミネート作品となりました2作品のレビューをお送りします。それでは一気にどうぞ。

第4回「仁川経済大学コミックアワード」
仁川経済大学賞(グランプリ)ノミネート作品レビュー

 ◎『皇国の守護者』(作:佐藤大輔/画:伊藤悠/「ウルトラジャンプ」連載中)

 ●作者略歴
 ※佐藤大輔さん
 1964年生まれで、今年42歳となる。
 1980年代より歴史・戦争物のボードゲーム作家として活動。87年『天界の迷宮』で小説家デビューするが、本格的な活動は、91年の『逆転・太平洋戦記』の発表以後。その後は架空戦記モノを中心に、現在に至るまで著作多数。
 今作は元々小説として、98年6月に第1・2巻が出版されたもので、現在既刊9巻まで出版されている。寡作・遅筆で知られ、今作を含め、多数のシリーズが未完のままとなっている。
 また、88〜93年にかけては、藤大輔名義で架空戦記モノのマンガ原作も手がけていたことでも知られる。

 ※伊藤悠さん
 資料不足のため生年月日、年齢は未判明・調査中
。女流作家で、かつては同人活動も行っていたとのこと。
 「ウルトラジャンプ」誌の新人賞・第1回「ウルトラコンペ」で入選し、同誌99年5/25号にて『影描』でデビュー。同作は、後に読み切り第2作が掲載され、更に99年11月号より92年1月号まで短期連載された。
 同じく「ウルトラジャンプ」00年3月号〜12月号まで『面影丸』を連載、01年10月号には読み切り『黒白』を発表、02年6月号〜8月号までは『黒突』を短期集中連載している。
 今作は同誌04年7月号より連載が開始され、既刊2巻(原作の小説版では1巻終盤までが対応)。 

 についての所見
 伊藤さんはデビュー時から画力には定評のあった作家さんと聞いていますが、なるほど、確かに眼を見張るばかりの画力・表現力です。画力の注文が厳しい「ウルトラジャンプ」で原作付作品の作画を担当するだけのことはありますね。
 人物は勿論の事、機械などの無機物、馬や剣牙虎といった動物、更には架空の生き物である天龍まで、緻密かつ流麗な線で鮮やかに描き出しています。それもただ写実的な描写だけでなく、その中に微妙な愛嬌を覗かせたり、更にはディフォルメなどのマンガ的な表現もお見事。
 そして、この原作小説を忠実にマンガ化するにあたっては、独特の比喩表現(例:「窃盗の常習犯が国事犯をあおぎ見るような顔つき」)を的確に絵で再現する難しさが絶えず付きまとうのですが、それに関しても説得力十分のセンスと画力をもってクリア。まったく、底の知れない才能です。

 ストーリー&設定についての所見
 ストーリー・設定に関しては、原作をほぼ忠実になぞっているそうなので、半ばマンガのレビューというよりも原作小説のレビューになりますが、こちらも大変素晴らしい内容です。

 まず特筆すべきは、オリジナリティ溢れる世界観。現実世界では近代にあたる時代の軍事技術をベースに架空戦記としての設定を作り上げ、そこへ天龍や導術といったファンタジー的な要素も大胆に取り込んで、極めて完成度の高い“リアリティのある架空世界”を構築しています。
 主人公・新城をはじめとする登場人物たちも、それぞれ異なったタイプの人間味溢れるキャラクターを“標準配備”。一人一人の人間が持つ強さと弱さ、そして不完全さが読み手の感情移入を力強く喚起してくれます
 また、絶対的不利な苦境からの状況打開を繰り返すという、盛り上がるバトル物エンターテインメントのツボをさりげなく押えているのも心憎いばかり。しかもそこから主人公らが活路を見出す過程に、安易な御都合主義や予定調和が全く見られない点も高く評価したいです。
 言うまでも無い事ですが、小説版から引き継がれた脚本、そしてハイクオリティな画力に支えられた演出も抜群の出来。文字と絵が絶妙のバランスでハーモニーを奏で、実に心地良いビジュアルのアンサンブルが実現しています。

 そして何よりこの作品の優れている点は、「戦争」というモノに内包されている様々な要素──格好良さ、惨めさ、残酷さ、厳しさ、ユーモラスさ──を、そのいずれも欠かすことなく描き切っている事でしょう。そこには陳腐なイデオロギーは微塵も無く、ただただ戦争という極限状態のありのままが読み手の前に提示されます。
 この、我々の眼前に突きつけられる圧倒的なまでのリアリズム。綺麗事じゃない戦争の現実。ただのありのままの姿を忠実に描いているだけなのに、この作品は不思議なまでに魅力的なエンターテインメント性を感じさせてくれるのです。これぞ、まさに名作。普段、当ゼミがレビューの対象にしている少年マンガ誌では決して許されない重厚かつ良質な内容の作品です。

 現時点の評価
 勿論、評価は文句ナシのAです。原作小説の良質さから考えると、遠い将来、完結の際には今以上の評点となる可能性すらある、そんな作品です。
 実はこの作品が、受講生推薦の最多得票獲得作品でした。去年の『おお振り』といい、さすが当講座の受講生さん、見る目が違いますね(笑)。

 

 ◎『ヴィンランド・サガ』作画:幸村誠/「週刊少年マガジン」→「アフタヌーン」連載中

 作者略歴
 1976年5月8日生まれ現在29歳
 96年より守村大さんのスタジオでアシスタントとして活動し、99年に「モーニング」誌で『プラネテス』を発表。同作は不定期連載の形で04年まで断続的に「モーニング」誌に掲載された。なお、同作で02年には「星雲賞」コミック部門受賞、03年にはNHKBSでアニメ化されている。また、『プラネテス』連載中の04年には、「イブニング」誌で新撰組の沖田総司を題材にした読み切り『さようならが近いので』を発表した
 今作は『プラネテス』終了後初の作品。

 絵についての所見
 非常に力強く洗練された線で描かれた絵でありながらも、細部へのこだわりも感じられる、大変な技術と労力が注ぎ込まれた高水準の作画ですね。この画風なら、雑誌の質の悪い紙ではハッキリした輪郭を描く線が映え、単行本収録時には細かな描き込みを目で楽しむ事も可能となるはずです。
 小畑健さんなど一枚絵としての流麗さを追求した作家さんの絵と比べると、多少垢抜けない印象も受けますが、これは幸村さんの絵柄が、デフォルトでマンガ的なディフォルメを施されているものだからでしょう。リアリティや緻密さといった面では確かに見劣りしますが、マンガの記号としての機能ならば、他の画力自慢のマンガ家さんと比較しても全く遜色がありません。マンガの記号として無駄な部分を極力排している分だけ、見易くて分かり易いという事も言えるでしょうしね。
 あと、駒木個人の印象として、幸村さんの画風は、師匠の守村大さんよりも、ゆうきまさみさんの方に似ているな……と思っていたら、案の定、アマチュア時代にゆうきさんの絵をよく模写していたそうです。人物の顔の造りなんか、ゆうきさんの絵にそっくりですもんね。

 ストーリー&設定についての所見
 作品の舞台設定は、10〜11世紀のフランス〜北欧という、とんでもなくマイナーな年代&場所。恐らく、日本人にとって歴史上最も馴染みの薄い時代背景だと思われますが、読み手にとってキャッチーな要素だけを抜き出すセンスや、持ち前の抜群の描写力によって、必要最低限のページ数で、読み手に作中の世界観の何たるかを提示しています。
 しかも文字情報や説明的な台詞を極力廃し、ドラマを進行させる中で適時舞台や設定を理解させるための描写を的確に挟んでいくという脚本・演出面での技術の凝らしよう。さすがは前作『プラネテス』で奇抜な設定のSF長編を描き切った実力派……といったところでしょうか。

 また、キャラクター設定も素晴らしい完成度です。
 口よりも背中で語るタイプのヒーローに、陰陽のコントラストに凄みを感じさせるアンチ・ヒーロー。悪役らしい悪役にはどことなくコミカルな要素を交えて、読み手の嫌悪感を和らげると言った配慮もお見事。
 計算し尽くされた、かといってその計算高さが嫌らしくない、絶妙なキャラクターメイキングと言えるでしょう。

 これらの極めて完成度の高い設定にも支えられ、シナリオの内容にもスキが有りません。設定上、ヴァイキングたちの戦いに次ぐ戦いの連続がストーリーの中心となるのですが、そこへ主人公・トルフィンと敵役・アシェラッドの複雑な関係がもたらす人間ドラマや、一筋縄ではいかない輩同士の権謀術数の凌ぎ合いなど、様々な要素を絡ませ、立派で重厚なストーリーに仕上げています。
 「週刊少年マガジン」連載時は、ややシナリオの展開が遅い気もしましたが、そこも各回に必ずハイライトシーンと呼べるような緊張感溢れる場面を挿入し、ヤマ場を作ってフォロー。「アフタヌーン」移籍となった今後は、更に充実したストーリーを見せてくれることでしょう。

 そして何よりも魅力的なのが、迫力あるバトルシーン。「息詰まる攻防」とはこの事を言うのか…と思わせるような、スピード感溢れるアクションと高度な駆け引きが、僅かな緩みもスキもなく展開されています。
 勝敗の読めない“対戦カード”は当然のこと、ストーリー上、勝負の趨勢が明らかであるバトルでも、読者を惹き付けて離さないパワーを存分に見せ付けてくれます。

 誰でも素直に作中世界に没入でき、肩の力を抜いて楽しめるエンターテインメント。しかしそれだけでは終わらせず、目の肥えたマニア層や、本格的な歴史好きの高度な要求にも耐え得る奥の深さも兼備。これもまた、名作と呼ぶに相応しい作品と申し上げておきましょう。 

 現時点の評価
 評価はとします。この作品、出来る事なら「マガジン」で結果を出してもらいたかったのですが、やはり「アフタヌーン」が適当な落ち着き場所という気もしますね。


 ──以上の2編を“ワイルドカード”枠のノミネート作品とさせてもらいます。選に漏れた3作品も負けず劣らずの佳作揃いだったのですが、断腸の思いで苦渋の決断をしました。
 特に『もやしもん』の完成度の高い世界観には魅力を感じたのですが、まだ本格的にストーリーが動き出していない段階で、あらゆる面で完成された作品に与えるべき評価Aを出すのは、さすがに躊躇を覚えました。この作品は「コミックアワード」のような新作を対象にした賞ではなく、ある程度連載が進んでから審査を受けるような賞レースでこそ正当な評価を受けるべきだと思います。
 この他の2作品、まず『わたしはあい』は、作品全体を通じたテーマが拡散してしまい、ラストシーンの説得力がやや欠けたのがマイナス材料に。また『大奥』は、主役格の登場人物を早い段階で退場させてしまった事、そして「男女逆転の大奥に、史実をシンクロさせる」という試みに重きを置き過ぎている事が減点材料となってしまいました。
 推薦票を投じて下さった皆さん、ご期待に添えず申し訳有りませんが、どうか当ゼミと「コミックアワード」の趣旨をご理解下さるよう、お願い申し上げます。

 ……それでは、他の部門賞も含めて、最終ノミネート作品を発表することにしましょう。

各部門・最終ノミネート作品
(優秀作品賞受賞作一覧・順不同)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀長編作品賞
『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』作画:西義之
『魔人探偵脳噛ネウロ』作画:松井優征
『絶対可憐チルドレン』作画:椎名高志
『ブリザードアクセル』作画:鈴木央
※以上、いずれも長編連載版

◆ジャンプ&サンデー・最優秀短編作品賞
『HAND'S』作画:板倉雄一
『謎の村雨くん』作画:いとうみきお

◆ジャンプ&サンデー・最優秀新人作品賞
『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所(長編連載版)作画:西義之
『魔人探偵脳噛ネウロ(長編連載版)作画:松井優征
『HAND'S』作画:板倉雄一

ジャンプ&サンデー・最優秀ギャグ作品賞
『太臓もて王サーガ』(作画:大亜門)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀新人ギャグ作品賞
『ハピマジ』(作画:KAITO)


主要賞・最終ノミネート作品

仁川経済大学賞(グランプリ)
『皇国の守護者』作:佐藤大輔/画:伊藤悠/「ウルトラジャンプ」連載中)
『ヴィンランド・サガ』(作画:幸村誠/「週刊少年マガジン」および「アフタヌーン」連載
◎(ジャンプ&サンデー・最優秀長編作品賞受賞作)
◎(ジャンプ&サンデー・最優秀短編作品賞受賞作)
◎(ジャンプ&サンデー・最優秀ギャグ作品賞受賞作)

◆ラズベリーコミック賞(最悪作品賞)
『蹴闘男 最強蹴球野郎列伝』作画:飯島潤/「週刊少年サンデー」掲載)
『マリンハンター』作画:大塚志郎/「週刊少年サンデー」掲載)
『カイン』作画:内水融/「週刊少年ジャンプ」連載)
『大泥棒ポルタ』作画:北嶋一喜/「週刊少年ジャンプ」連載)

 ……以上のようになりました。授賞式当日をどうぞお楽しみに。それでは、今日のゼミはこれで終わります。

 


 

2005年度第56回講義
2月12日(日) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(2月第2週分)

 今回も変則進行で参ります。日付は12日付としますが、限られた時間を有効に使いながら、何日かに分けて追加振替の形でレジュメを完成させていくつもりです。
 具体的に言えば、まずはレギュラー企画分から優先的に、その後に「赤マル」レビュー最終回、そして第4回「仁川経済大学コミックアワード」のノミネート有資格作品まとめへと続きます。
 「コミックアワード」につきましては、次回ゼミ内にて、ワイルドカード枠ノミネート作品レビューをお送りする予定です。5作品の推薦を頂きましたが、予備選考の結果、最終的にグランプリ選考へノミネートされる評価A相当の作品は2編程度に落ち着きそうです。発表をお楽しみに。

 ……それでは、ゼミを始めます。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報 

 ◎「週刊少年サンデー」では、次号(11号)より、作者負傷のため休載中だった『金色のガッシュ!!』が連載再開となります。
 「サンデー」の看板作品がようやく再開となりました。まだ『うえきの法則プラス』の休載が続いていますが、編集部的にはひとまず安堵といったところでしょうか。

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…2本
 「ジャンプ」:新連載1本
 「サンデー」
:読み切り1本

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2006年10号☆ 

 ◎新連載『ツギハギ漂流作家』作画:西公平

 作者略歴
 81年生まれ。生年月日は非公開で現在24〜5歳
 00年9月期「天下一漫画賞」で最終候補となり“新人予備軍”入りし、その後「赤マル」01年夏号にて『GREADOKURO DEAD』でデビュー。次いで、「赤マル」01年冬号、週刊本誌02年31号、03年50号、04年52号と、ほぼ1年につき1作のペースで読み切りを発表していたが、週刊連載はもちろん今回が初。
 なお、かずはじめさん、島袋光年さんのスタジオでアシスタント経験がある。

 についての所見
 以前は絵の密度が薄く、画面が必要以上に白っぽい印象を与える事も多い作家さんだったのですが、いつの間にか相当な描き込みをこなす画風になっています。それでも画面の白さが目立つのは、トーンやベタを極力使わない作画姿勢だからでしょう。鳥山明さんの影響でしょうか?

 その一方で、新人時代以来の欠点である動的表現の拙さが、ここに来てまた酷くなっているのが大変気になりました。人物のポーズが固いのと、動作の起点と終点の間の過程を省いて描いているのが原因でしょうが、大ゴマで決めたシーンまで迫力不足になってしまうのは、演出上大きな問題と言えます。
 また、顔の表情もパターンが豊かな割には、やたらと同じようなアングルで同じような顔が頻出し、この辺にも少し違和感が残ります。予算が足りないアニメのような雰囲気で、この点もちょっと頂けないですね。 

 ストーリー&設定についての所見
 まず気になったのが、シナリオ構成のアンバランスさですね。読み切りばかり描いていた若手時代の癖が抜けないのでしょうか、限られたページで、複雑な設定を全部説明しようとし過ぎです。何だかストーリーマンガではなく、設定資料解説マンガを読まされているような気になってしまいました。
 言うまでも無い事ですが、設定というモノは、ストーリーを展開させる中で適時必要に応じ、練り上げていったり後付けしたりして、小出しにしていくものです。むしろ少し出し惜しみするぐらいが、読み手に「この作者は設定を細かい所までよく練ってるなぁ」という印象(錯覚?)を与え易くなるのですが、この第1回はその真逆を行ってしまったような感じですね。ストーリーを語るより設定を語る方に重点が置かれ、まさに本末転倒です。

 また、この懸念材料を目立たせてしまったのが脚本の拙さでした。とにかく読み手に伝えたい事を全て文字にして、それを余さず登場人物のセリフに転化しまっている状態で、まるで『渡る世間は鬼ばかり』か調子の悪い時の『DEATH NOTE』みたいです。
 それでもモノローグやト書きを交え、演出にも人一倍気を配ってテキストの冗長さを紛らわす配慮が為されていたならば、印象も少しは違って来たのでしょうが、その配慮も不足気味では、ちょっとフォローのしようがありません。

 そして、設定を語る事に力点を置き過ぎた結果、当然の事ながらシナリオは全く物足りないクオリティに。一応小じんまりながらまとまっているものの、「小悪党がひとしきり悪態をついた挙句、主人公にアッサリ退治される」という、こちらも出来損ないの読み切り作品のような薄味の内容となってしまいました。
 また、主人公・真備のキャラクター設定も如何なものでしょうか。「悪意と情熱のツギハギだらけ」とまとめてはいますが、それが果たして主役としてあるべき姿なのかどうか。同系の主人公としては『ONE PIECE』のルフィがいますが、彼は「燃えるような情熱を内に秘めた悪意の無い天然ボケ」ですから、実は全く似て非なる存在ですしね。

 奇抜な設定にいわゆる「面白さ」を感じた読み手には一定の評価を得られるでしょうが、それだけで誤魔化すにしても限界があるでしょう。次回からの数話でどれだけ内容のあるシナリオが描けるかどうかが、この作品の連載回数を決定付ける重要なカギとなって来そうです。

 今回の評価
 第一印象ではB評価ぐらい出せるかな、と思ったのですが、いざまとめてみると出るわ出るわ欠点の山。ここまでネガティブな要素満載になった以上、評価はB−とします。1年前の読み切りの時にも同じ事を言ったのですが、奇抜な設定よりも人間ドラマを重視して頑張ってもらいたいものです。

☆「週刊少年サンデー」2006年10号☆

 ◎読み切り『タイムチャンプルー』(作画:麻生羽呂)

 作者略歴
 
データ不足により、生年月日は不明だが、05年12月・06年1月期「まんカレ」応募時の年齢(24歳)から推定すると、現在25〜26歳
 05年12月・06年1月期「サンデーまんがカレッジ」で入選を受賞。公式メールマガジン「まんカレ通信」内のインタビューにて、「3度目の応募で、前回は努力賞を受賞」とのコメントがあったが、これは別名義での応募と思われ、詳細は不明。
 隔月増刊05年7月号にて、「まんカレ」受賞作『YUNGE!』でデビュー。今回はそれ以来の新作発表で、勿論初の週刊本誌登場となる。

 についての所見
 一見しただけで絵柄の似た(影響を受けた?)「サンデー」系作家さんが1人、2人と浮かんで来るという、いかにも「サンデー」らしい画風ですね。背景処理の充実度や、特殊効果・動的表現の完成度の高さからすると、投稿時代から結構な期間、アシスタントをしているんじゃないでしょうか。
 非アシスタント系スキルである人物作画やディフォルメ表現なども、洗練された描線で手馴れており、画力は本誌連載陣に混じっても全く見劣りしない水準に達していると言えるでしょう。ただ一点、人物の表情を髪の毛や影で隠す表現を多用し過ぎなのが気になりましたが、まぁこれも殊更声高に咎める事でもないでしょう。

 ストーリー・設定についての所見
 文字通りタイムチャンプルーな、古今東西実在の歴史上人物を交えた(とは言っても、名前以外は全くリアリティが有りませんが)ドタバタコメディと、「大切なものを守るためには?」というテーマを主軸にした人情物ドラマの融合。確かに奇抜でオリジナリティのある設定ではあります。
 ただ、本質的に相性の悪い、オチャラケ要素とシリアス要素を無神経に混合させたため、互いの持ち味を相殺して中途半端に終始した感は否めません。土台からフザけた世界観のためにシリアスなドラマに緊張感と説得力を持たせる事が出来ず、また逆に、理屈抜きで楽しめるはずのハチャメチャさが説教臭いテーマのために楽しみ切れなくなったかな…と。
 何と言いますか、水と油の混ぜ方を考えるというか、油以外に水と混ざり易い物質を探してみるというか、もうちょっとその辺を煮詰めてもらいたかったですね。設定の描写の仕方や、脚本・演出などのテクニックそのものに問題があるわけではないので、あとはその技術の使い方一つでしょう。

 あ、あと、過去からやって来た侍に見せかけて、未来からやって来たサイボーグだった…というギミックとミスディレクションは良かったと思います。こういう趣向が1つ有ると、作品の内容にグッと深みが出て来ますよね。

 今回の評価
 評価は画力とミスディレクションの分を加点してB寄りB+としておきましょうか。今作はやや失敗に終わってしまいましたが、作家さんの地力からすると、もっと上積みが見込めそうです。将来の連載作家候補の1人として、麻生さんの名前は覚えておこうと思います。

◆「赤マルジャンプ」06年冬号レビュー(4)◆

 必要以上に長々とお送りして来た「赤マル」レビューですが、今回が一応の最終回。残る作品の作者略歴紹介と短評をお届けします。

 ◎読み切り『BUG』作画:西嶋賢一

 作者略歴
 生年月日は非公開。03年10月期〜04年7月期「十二傑」応募時23歳で、80年7月〜10月生まれと推測できる。よって現在は25歳か。
 03年10月期「十二傑」で最終候補に残り“新人予備軍”入り。04年3月期及び7月期「十二傑」でも最終候補。その後は投稿活動を中断し、空知英秋さんのアシスタントを務める。
 05年秋発売の「ジャンプ the REVOLUTION!」にて、『大正裏孔雀』でデビュー。今回がプロ2作目となる。

 短評
 絵は前作に比べると完成度が高くなって来たでしょうか。構図の取り方が達者ですね。ただ、ロングショットになるとまだ粗く見えますね。サイケデリックな背景処理も健在ですが、これと相性の良いストーリーにしないと逆に浮きそうです。
 プロットで「一番犯人になりそうにない人物が犯人」という基本を守れていて、シナリオの完成度は高いです。ただし、シリアスなテーマ・ストーリーと相性の悪いオチャラケたギミックを入れ過ぎて、冗長な印象が強く残りました。設定やストーリーの進行をセリフに頼り過ぎたのも如何なものでしょうか。評価はB+寄りとします

 ◎読み切り『SKET DANCE』作画:篠原健太

 ●作者略歴
 生年は非公開の1月9日生まれ。脱サラしてのマンガ家デビューという、「ジャンプ」作家としては異例の経歴を持つ。
 新人賞の受賞歴は無く、03年6月期、9月期の「十二傑」で“最終候補まであと一歩新人リスト”に掲載されたのみだったが、「赤マル」05年冬(新年)号にて、『レッサーパンダ・パペットショー』で、いきなりのデビューを飾る。
 今回はデビュー以来、丸1年振りの新作発表となる。

 短評
 絵は一言でまとめると「一長一短」。洗練された描線と整ったデッサンはデビュー作以来の高いクオリティ、更にディフォルメも上達しています。ただ、表情とポーズの変化が固く不自然で、動感が極端に乏しいのが気になります。
 キャラ設定はよく練られているのですが、このページ数、シナリオの内容からすると許容量オーバーかも知れません。キャラを立てるのには本筋と関係ない余分な部分を入れるのがミソですが、この作品はそれが多過ぎるかなと。
 ストーリーも悪役の行動に不自然な点が多く、読み手の意表を突くために無理をし過ぎているようです。作者の力量不足というより、力の入れ方を間違えた失敗作でしょうか。評価はとします

 ◎読み切り『バクリアン』作画:普津澤画乃新

 ●作者略歴
 1985年4月13日生まれの現在20歳
 00年9月期「天下一漫画賞」で、弱冠15歳にして最終候補に残り“新人予備軍入り”。その後も投稿活動を精力的に続けるが、01年「天下一」特別賞、03年5月期「十二傑」最終候補、04年3月期「十二傑」審査員(河下水希)特別賞と、デビュー間近の所で足踏み。
 
しかし05年3月期「十二傑」で佳作(十二傑賞)を受賞し、「赤マル」05年夏号にて受賞作『JIKANGAE』でデビュー。今回はそれ以来の新作発表となる。

 ●短評
 絵は早くも完成の域に達しようとしています。ほぼ完璧に洗練されたキメの細かい描線と、独特のセンスに支えられた個性的な造型。デビュー作で目立ったゴチャゴチャした部分もスッキリと整理されています。絵だけなら週刊本誌へ持っていっても十分上位クラスに食い込む水準でしょう。
 しかしストーリーは少々お粗末で残念でした。話の流れが御都合主義で強引、説明的な設定の紹介が延々と続き、戦闘シーンもアッサリ終わり過ぎ…という、新人作家さんの描く失敗読み切りの典型例にハマってしまいました。絵と演出の巧さをいかに活かし切るかが今後の課題でしょう。ストーリーの練りこみと脚本力の充実を望みます。評価は加点減点相殺してにします。

 ◎『トライ・アゲイン』作画:宮田大介

 ●作者略歴
 1981年9月17日生まれの現在24歳
 この名義での新人賞受賞経験は無く、デビュー以前の経歴は全く不明。今回が、増刊ながらいきなりの「ジャンプ」デビューとなる。

 ●短評
 劇画風のリアリティのあるタッチを志向しているようですが、まだ未完成。描線がやや粗く、表情のパターンが少ないために、見た目から不自然に見える場面も多々ありました。絵に関しては「要努力」でしょう。
 ストーリーは、作品を通じて伝えたいテーマが拡散してしまっている印象です。ラグビーの面白さを描きたいのか、チームワークの大切さを伝えたいのか、“小よく大を制す”を描きたいのか、ハッキリしないままにその全てが中途半端になってしまいました。
 結果、主人公のキャラクターには共感出来る部分が少なく、ラグビー競技の醍醐味も伝わらず、チームメイトの行動は動機付けが不足していて御都合主義に。アントニオ猪木リスペクトもそうですが、作者の「あれもこれも描きたい」という気持ちが篭りすぎてカラ回りしたのかも知れませんね。評価はC寄りB−とします。

 ◎『格闘王子RIKIDO』作画:松雪ヨウ

 作者略歴
 1979年12月2日生まれの現在26歳
 第14回(05年上期)「ストーリーキング」マンガ部門で最終候補に残り、“新人予備軍”入り。今回は、新人賞受賞を経ないまま、編集会議をクリアしてのデビューとなった。

 ●短評
 明らかに太い描線がいかにも印象的ですね。こういう太い線は、相当巧く描かないと粗さが目立つのですが、デビュー作とは思えない高い技術に支えられて、“個性”として輝いています。宇宙人などの“人外の者”の造型も無難にこなせており、絵については特に駄目を出す点はありません。達者です。
 ストーリーは、世界観の設定を練った割にはシナリオが平凡で、淡白・一本調子な展開に終始したのが残念でした。有り体に言って、作者がプロレスが好きで、プロレスをストーリーの中に取り入れたいと思っている…という所しか伝わりませんでした。もっと骨太のテーマが欲しいですね。評価はB寄りB−とします

 ◎『刀無』作画:平方昌宏

 作者略歴
 1985年9月17日生まれの現在20歳
 専門学校のマンガ学科通学しながら、04年頃より投稿活動を開始。04年11月期に「十二傑」で最終候補に残って“新人予備軍”入りすると、05年8月期には十二傑賞を受賞し、デビュー権を獲得した。
 今作は、その権利を行使しての受賞作デビュー。

 ●短評
 画力は見るからにまだ“発展途上”。粗い描線に、崩れまくりの造型と、プロのマンガ家を名乗るには少々物足りない水準でしょう。背景・特殊効果でも不自然な箇所がチラホラと見えます。ただ、派手なディフォルメを駆使して、根本的な所で足りない表現力を何とか補完しようという気持ちは窺えました。その考え方は間違っていないので、とにかく技術を洗練させてもらいたいです。
 ストーリー関係では、呪いの刀の設定が上手く機能しています。お話の展開の中だけでなく、戦闘シーンでも活用されていて、これは良かったです。ただ、主人公のキャラクターを持てあまし、悪人を“偽悪人”にさせる所にやや無理があったのと、主人公が呪われたという評判を、知らなければストーリー上都合が良くなる人だけ知らないという辺りが強引で、これは減点せざるを得ませんでした、評価は画力の減点を多めに差し引いてとします。

 ◎読み切り『ワンダー少年和ん田〜さん』作画:田辺洋一郎

 作者略歴
 資料不足のため、生年月日不詳。98年上期「手塚賞」応募時22歳とのことで、現在29歳〜30歳
 当講座開講前の資料が不足しているため、月例賞の応募歴は不明。その他の新人賞の成績には98年上期「手塚賞」で準入選を受賞があり、同年の週刊本誌29号にて、その受賞作『カブ吉と僕の夏休み』でデビューを果たす。
 その後は武井宏之さんのスタジオでアシスタントに就いたため、作家活動が中断されるが、01年7号、11号にギャグ短編を代原で掲載し復帰01年秋発売のギャグ増刊にも代原のマイナーチェンジ版作品を発表した。
 それからはまた4年ほど作家活動を中断するが、週刊本誌06年1号にて代原ながら新作を発表して復帰。今回は正規枠での本格復帰第1作ということになる。

 ●短評
 キャリア8年弱でアシスタント経験も豊富なだけあって、画力は見事なもの。デビュー時はストーリー系作家だったという事を差し引いても、「ジャンプ」の若手ギャグ作家陣ではダントツの実力でしょう。ただ、意外に動的表現が甘かったりと、一枚絵の上手さがマンガの上手さに結びついていない所も感じられました。
 ギャグは、“和ん田〜さん”という理屈で語ってはいけない系人物のキャラクターと、その“五・七・五”ネタを全面に押し出した形式。展開にメリハリをつけようという配慮も感じられますが、それでも“五・七・五”ネタがハマらなければ苦痛しかない39ページになってしまいそうです。
 また、読み手よりも作中の人物たちが勝手にウケて盛り上がっているのは、作品と読み手に距離感を生じさせるので好ましくありません。ハマるかどうか、かなり読み手を選びそうな作品ではあると思います。評価はです

 ……というわけで、4回になってしまいましたが、「赤マル」レビューをお送りしました。今回は巻頭に『武装錬金ピリオド』が載るという、かなり若手作家さんにとっては厳しい誌面構成でしたが、それでもA−評価が2作品、B+も2作品と上々の内容だったと言えるでしょう。
 特に今回は編集会議の段階でストーリーの練り込みをかなり厳しく問うたのか、“「ジャンプ」読み切りフォーマット”に頼らない作品が多かったですね。これも、当ゼミの基準に耐えうる作品が増えた原因でもあると思います。


 ──さて、それでは最後に、お待たせしております第4回「仁川経済大学コミックアワード」の仁川経済大学賞(グランプリ)ノミネート作品と、各部門賞ノミネート有資格作品のまとめをお届けします。
 下記の有資格作品の中から、最終ノミネート作品を選定し、次回のゼミでリストを発表します。皆さんから推薦を頂いたグランプリの“ワイルドカード枠”についても、次回ゼミで最終ノミネート作品の発表と、該当作のレビューをお送りしますので、どうぞご期待下さい。

※各部門ノミネート(有資格)作品一覧※

◆仁川経済大学賞(グランプリ)
 …“グランプリ”という名の通り、この1年の間に当ゼミでレビューした作品の中で最も優秀な作品に送られる賞。
 ノミネート資格は、“ジャンプ&サンデー”の名の付く各部門賞の受賞作(ただし新人賞を除く)と、「ジャンプ」、「サンデー」両誌以外のレビュー対象作の中でA評価(但し、連載作品については最新に発表された評価)を獲得した作品。
※今回からグランプリの有資格作品から、新人作家の作品を対象にした部門賞を除外する事にしました。

●ジャンプ&サンデー最優秀長編作品賞受賞作
●ジャンプ&サンデー最優秀短編作品賞受賞作
●ジャンプ&サンデー最優秀ギャグ作品賞受賞作
 ※以下、受講生推薦ワイルドカード枠
『皇国の守護者』(作:佐藤大輔/画:伊藤悠/「ウルトラジャンプ」連載)
『ヴィンランド・サガ』(作画:幸村誠/「週刊少年マガジン」および「アフタヌーン」連載)
『わたしはあい』(作画:外薗昌也/「週刊モーニング」連載)
『もやしもん』(作画:石川雅之/「イブニング」連載)
『大奥』(作画:よしながふみ/「メロディ連載」)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀長編作品賞
(※ノミネート有資格作品)
…「週刊少年ジャンプ」系と「週刊少年サンデー」系の雑誌で長編連載されたストーリー作品が対象。
 ノミネート資格は対象作品の内、A−以上の評価(但し、連載中に評価が変更されている場合は最新に発表されたもの)を得た作品。

『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所(連載版)』(作画:西義之)
『魔人探偵脳噛ネウロ(連載版)』(作画:松井優征)
『絶対可憐チルドレン(長期連載版)』(作画:椎名高志)
『ブリザードアクセル(連載版)』(作画:鈴木央)
『クロスゲーム』(作画:あだち充)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀短編作品賞
(※ノミネート資格保持作品)

…「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」系の雑誌に掲載された読み切り、または短期集中連載のストーリー作品が対象。
 ノミネート資格は、長編作品賞と同じく評価A−以上。

『@'clock(「赤マル」掲載版)』(作画:やまもと明日香)
『HAND’S』(作画:板倉雄一)

『謎の村雨くん』(作画:いとうみきお)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀ギャグ作品賞
(※ノミネート資格保持作品)
…「週刊少年ジャンプ」系と「週刊少年サンデー」系の雑誌に掲載された全ギャグ作品が対象。
 ノミネート資格はA−以上の評価(但し、連載作品については、連載中に評価が変更されている場合は最新に発表されたもの)を得た作品。

『ハピマジ』(作画:KAITO)
『太臓もて王サーガ』(作画:大亜門)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀新人作品賞
(※ノミネート資格保持作品)

…「週刊少年ジャンプ」や「週刊少年サンデー」の本誌や増刊において、両誌の週刊本誌で長期連載(=短期集中でない連載)を経験していない作家の発表した読み切り・短期集中連載作品または初の長期連載作品が対象。ただし、その作者が他誌で長期連載経験があっても有資格とする“大リーグ新人王方式”を採用。
 ノミネート資格はA−以上の評価(但し、連載作品については、連載中に評価が変更されている場合は最新に発表されたもの)を得た作品。

『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所(連載版)』(作画:西義之)
『魔人探偵脳噛ネウロ(連載版)』(作画:松井優征)
『HAND’S』(作画:板倉雄一)
『@'clock(「赤マル」掲載版)』(作画:やまもと明日香)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀新人ギャグ作品賞
(※ノミネート資格保持作品)
…「週刊少年ジャンプ」や「週刊少年サンデー」の本誌や増刊において、両誌の週刊本誌で長期連載(=短期集中でない連載)を経験していない作家の発表したギャグ作品(初の長期連載作品含む)が対象。ただし、その作者が他誌で長期連載経験があっても有資格とする“大リーグ新人王方式”を採用。
 ノミネート資格はA−以上の評価(但し、連載作品については、連載中に評価が変更されている場合は最新に発表されたもの)を得た作品。

『ハピマジ』(作画:KAITO)

◎ラズベリーコミック賞(最悪作品賞)
…映画のアカデミー賞に対するゴールデンラズベリー賞をモチーフにした、最悪な作品を表彰する賞。対象作はレビュー対象にした全作品で、作品のクオリティの低さだけにとどまらず、あらゆる意味において「最悪!」という作品を選出する。ノミネート及び審査基準は駒木ハヤトの独断。

『蹴闘男 最強蹴球野郎列伝』(作画:飯島潤/「週刊少年サンデー」掲載)
『マリンハンター』(作画:大塚志郎/「週刊少年サンデー」掲載版)
『カイン』(作画:内水融/「週刊少年ジャンプ」連載)
『大泥棒ポルタ』(作画:北嶋一喜/「週刊少年ジャンプ」連載)

 去年までの若手作家さんが軒並み連載作家になってしまったので、その分新人作家さんの読み切りがタマ不足になってしまったのが残念でしたが、長編作品賞やグランプリなどでは骨太の作品が揃い、なかなかの好勝負になりそうです。どうぞ発表をお楽しみにお待ち下さい。

 それでは、今週のゼミを終わります。

 


 

2005年度第55回講義
2月7日(火) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(1月第5週/2月第1週分)

 今回も無念の周回遅れです。まったく、落としてるジャンプ作家さんを馬鹿に出来ませんね。

 もう愚痴ばかり吐いてないで、とりあえず、さっさと進行しましょう。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報 

 ◎「週刊少年ジャンプ」では、
 次号(10号)より『ツギハギ漂流作家』(作画:西公平)が

 次々号(11号)より『メゾン・ド・ペンギン』(作画:大石浩二)が、それぞれ新連載となります。
 ちょっと半端な時期ですが、「ジャンプ」は次号より新連載シリーズが開始となります。西さんも大石さんも、これが初の連載ですね。
 西さんは01年デビューで、これまで3度の本誌読み切り掲載を経験しています。どの作品でもコンスタントにある程度の水準はクリア出来る作家さんですが、果たして連載になってどうなるか注目です。
 もう1人の大石さんは、大亜門さんに続く、2人目の代原作家からの「ジャンプ」週刊連載獲得となりました。しかし現在の情勢から考えると、この新連載はその大亜門さんとの“ギャグ枠入れ替え戦”となる可能性が大でしょう。2人ともかなり毛色の違う作風だけに、クオリティ以前の問題で、どちらの作品が「ジャンプ」読者に好かれるかが決め手になりそうですね。

 ◎「週刊少年サンデー」では、次号(10号)に読み切り『タイムチャンプルー』(作画:麻生羽呂)が掲載されます。
 麻生さんは04年12月・05年1月期「まんカレ」の入選受賞者。昨年6月発売の増刊号で受賞作掲載デビューを果たしています。今回が週刊本誌初登場ですね。

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…2本
 「ジャンプ」:代原読み切り1本
 「サンデー」
:読み切り1本

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2006年9号☆ 

 ◎読み切り『イケてる便器』作画:伊藤直晃

 作者略歴
 1979年9月3日生まれの現在26歳
 「十二傑」への投稿を経て(04年12月期「最終候補まであと一歩」)05年上期「赤塚賞」にて、『たいして良い思い出もできそうにない学校生活』で準入選を受賞週刊本誌05年43、46号にて、その受賞作が15ページずつ分割・抜粋されて代原掲載・暫定デビューを果たす。その後も49号に代原掲載、52号には作者プロフィールが掲載され、正規デビューを果たしている。
 今回は『テニスの王子様』休載に伴う代原枠での掲載。デビュー以前、初めて持ちこみをした原稿とのこと。

 ●についての所見
 
投稿時代の作品とあって、確かに誤魔化しきれない描線の歪みや、根本的な遠近のズレなど稚拙な部分も目立ちます。とはいえ、過度な描き込みが逆効果になっていた赤塚賞入賞作と比べると、まだ見易いぐらいかも知れません。
 代原掲載ばかり重ねていても、まだキャリア的には1年満たない作家さんですから、デビュー前から現在に至るまで、まだ試行錯誤の段階という事なのでしょうね。
 
 ギャグについての所見
 4コマと1ページショートギャグ混合の15ページという構成ですが、いわゆる“起承転結”が成立しておらず、“起承結間”になっている状態です。シュールっぽい“間”の笑いを追求したかったのでしょうが、だったら“間”がオチになるようなギャグにしなければ……。
 そもそも「オチの後に“間”で笑う」というのは、余りにもつまらないオチの後に“間”が来て、その居た堪れなさに笑いがこみあげる事が多いわけで、最初からそんな結果オーライの笑いを狙うのは、ちょっとベクトルが違うような気がしますね。

 まぁ、デビュー前の作品ですから、今となっては過去の過ち。この時の反省を踏まえて、今後の創作活動に繋げてもらいたいと思います。

 今回の評価
 評価はC寄りB−。今回は晒さなくても良い過去を晒されて災難でしたね、というところでしょうか。

◆「ジャンプ」今週のチェックポイント◆

 今週のチェックポイントは連載終了となった『大泥棒ポルタ』の総括を。

 ◎『大泥棒ポルタ』作画:北嶋一喜
 旧評価:B−最終確定評価:B−(据置)

 『ぷーやん』以来、久々の1クール打ち切り。溜まりに溜まっている掲載順低迷作品をごぼう抜きにして、文字通りの“突き抜け”となりました。
 この作品敗因については、これまでのレビューの中で言い尽くしていますが、やはりキャラ設定の軽薄さと、トリックの姑息さと杜撰さが最たる原因でしょうね。
 また、そもそも読み切りの頃から成功していたとは思えなかった作品だけに、連載を始めた事そのものが失敗だったとも言えますか。まぁ作家、編集部が共同して失敗作を1つプロデュースしてしまったという事になるのでしょうね。

☆「週刊少年サンデー」2006年9号☆

 ◎読み切り『THROW OFF』作画:佐久間力

 作者略歴
 
データ不足により、生年月日は不明だが、05年9・10月期「まんカレ」応募時の年齢(27歳)から推定すると、現在27〜28歳
 未確認情報だが、アシスタント修行をしながらデビューを目指し長年活動していたよう。そして、05年9・10月期「サンデーまんがカレッジ」で今作が入選し、いきなりの週刊本誌デビューとなった。

 についての所見
 「アシスタント経験アリ」という話が肯ける、デビュー作らしからぬ洗練された描線が印象的です。背景や動的表現などの特殊効果もソツなくこなせており、必要な画力は既に身についているようですね。
 ただ、少し気になったのが人物の造型。妙なディフォルメの利かせ方をしているのはまだいいとして、表情のつけ方がどのキャラも全般的に下品なのが気になりました。口の開き方が極端だと、いくら綺麗な造りの顔を描いても、どことなくだらしない印象を与えてしまうんですよね。今回は美形キャラが皆無でしたので、作品のクオリティに与えた影響は殆ど無かったですが……

 ストーリー・設定についての所見
 プロットは、やや手垢の付いたパターン。現在連載中の作品では「ジャンプ」の『アイシールド21』でも見られた、「メジャースポーツの部活をお払い箱になった主人公が、別のマイナースポーツの部活に勧誘され、無理矢理プレイさせられる中で、そのスポーツの魅力と自分の隠れた才能に気付く……」というお話です。
 目新しさはありませんが、手堅くまとめられるという意味で、新人賞の応募作に相応しい題材だとは言えるでしょう。また、今作のストーリーは実際に上手くまとまっています。目先の勝負の結果ではなく、主人公の心の動きに主眼を置いたのも、ドラマ的に良かったとは思います。ラストシーンは予定調和的ですが、読後感の良さを考慮したと考えると十分許容範囲内です。

 ただ、惜しむらくは前半と後半で主人公がまるっきり別人格の人間になってしまっている事。冒頭からハンドボール部入部までの傍若無人ぶりと、試合シーンで見せた心境の吐露を繋げる伏線が全く無いために、心の動きが不自然というか作者の都合丸出しになってしまいました。
 これがサッカーをしている内に、見かけより脆弱な本心を窺わせる描写が少しでもあれば、随分と印象も違って来たのですが……。これは非常に惜しいボタンの掛け違いでと言えるでしょう。
 あと、敢えて難題を言えば、主人公がハンドボールに魅せられるきっかけとなる場面にも、もう少し説得力とインパクトが欲しかったです。シナリオ上の“手続き”としては機能しているのですが、1人の人間の指向がコペルニクス的転回する所なのですから、それなりの重みを乗せるのがベストだったと思います。

 今回の評価
 評価はB+寄りBとします。作品のスケールが小じんまりとしていて、少々型にハマり過ぎなのは、やはりアシスタント経験とデビューには遅過ぎる年齢ゆえの事なのでしょうか。このままだと、ある程度の実力は示しつつも、連載で成功するには一歩足りない…というパターンに陥って、フェードアウトしてしまいそうですが……。

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 今週は『クロスゲーム』が第2部20回を迎えました。ストーリーの動きの小さい作品で、語るポイントを見つけるのも一苦労ではあるのですが……(苦笑)。

 ◎『クロスゲーム』作画:あだち充
 旧評価:A−新評価:A−(据置)

 連載が通算30回を迎えて、漸く一軍×二軍の紅白戦が始まると言う、相変わらずの超スロー展開。『おおきく振りかぶって』が高速展開に思えるスピードですね(笑)。大御所作家だからこそ許される所業であります。
 しかし、話の内容がキッチリと充実しています。ここに来て、ジワジワと積み重ねたキャラ設定と伏線の束が機能し始め、ここからの展開に期待を持たせてくれます。よって、今回も期待値込みのA−評価で据え置き。このまま経過観察を続ける事にします。

◆「赤マルジャンプ」06年冬号レビュー(3)◆

 今回は3回目。評価B+以上作品のレビューの後半をお送りします。残りの作品は次週分にて、作者略歴と短評を掲載する予定です。

 ◎読み切り『ISSUN』作画:魔球通司郎

 ●作者略歴
 1982年2月24日生まれの現在23歳
 05年4月期「十二傑新人漫画賞」で十二傑賞を獲得。今回はその特典を行使しての受賞作掲載デビューとなる。

 についての所見
 
弱々しい描線、大胆過ぎる細部の省略、セオリー無視のデッサンとディフォルメなど、パッと見で「下手」と判断される要素山積みの絵柄になってしまっています。そのため、動きのある場面も違和感があったり、詳細な状況の判別が難しかったり…という事に。
 ただし、そんな絵柄でも、登場人物の描き分けや表情の変化などは結構明確に出来ているのですから、実の所は「下手」というより「粗い」と判断した方が良さそうです。これをどこまで洗練させる事が出来るかが、今後、台頭を果たせるかどうかのポイントになって来そうです。

 ストーリー&設定についての所見
 “小よく大を制す”という確固たるテーマ、それに関連付けて、打ち出の小槌と一寸法師という説明不要な設定を盛り込んで、一本筋の通ったストーリーが出来上がりました。説明の要らない“在りモノ”の設定を用意し、しかしそれだけでは終わらせなかった、という練り込みが上手く成功しています。
 ストーリーの展開のさせ方もソツなくこなせています。序盤で軽い伏線を並べて布石をしておいて、それを中盤以降に一気に回収しているので、テンポ良く読めました。

 ただし、ギャグとしか思えない主人公のシークレットブーツを、シリアスな主要設定として引っ張ってストーリーを展開させたのは強引に過ぎた感があります。これに限らず、かなり非現実な内容を含むお話だったので、読者を選ぶ作品かも知れません。
 また、メインシナリオの犯人(魔物)探しにもあと少しヒネりというか、意外性を持たせて欲しかったですね。敢えて謎解き形式にしなかったので拍子抜けする事は無かったのですが、代わりに若干の物足りなさがありました。

 今回の評価
 ポテンシャルの高さこそ感じられるものの、絵の粗さとストーリーの未完成な部分が大きく、これらを差し引いて評価はB+としておきます。次回作でどこまで進歩の跡を見せてくれるか、今から楽しみです。

 ◎『ネコロマンサー』作画:松本直也

 作者略歴
 1982年5月2日生まれの現在23歳
 05年1月期「十二傑新人漫画賞」で最終候補に残り“新人予備軍”入り。その後、同年6月期「十二傑」にて、今作で十二傑賞を受賞。その特典を行使して、今回のデビューとなった。

 についての所見
 線に強弱の出難いタイプ──粗い部分を誤魔化し難いペンを使いこなせていることにまず驚き、そして動物の擬人化やディフォルメ技術の巧さに唸らされました。細かい所を見ると、まだ描線に逡巡のようなモノが窺えますが、それでもこれがデビュー作とは思えないクオリティです。
 老若男女の描き分けや背景処理・特殊効果といった細かい部分も文句なし。これでアシスタント修行をしてからのデビューじゃなかったら仰天します。

 少しだけ気になる所を敢えて抜き出せば、アクションシーンのインパクト(「衝突」の方)の瞬間が省略され過ぎる所でしょうか。これで大ゴマで見栄えのする決めのシーンが描けるようになったら、すぐにでも連載にゴーサインが出せるでしょう。 
 
 ストーリー・設定についての所見
 とにかく素晴らしいのが設定ですね。文字通り活き活きしている特殊能力の完成度も然る事ながら、これを主要登場人物(猫)のキャラ立てと絡め、ストーリーの軸にも直結させています。
 また、演出や脚本も連載作家顔負けというほどに冴えており、キャリアの浅さを全く感じさせません。よく見ればストーリー展開がやや単調で、セリフ劇に頼り過ぎた面もあるのですが、その欠点を欠点にさせないぐらい見せ方が巧く出来ています。

 物足りない部分としては、猫のキャラが活き過ぎていて、主人公の影が薄くなってしまった点が1つ。そして先述の通り、シナリオが単調で一本調子なところがあった事がもう1点です。
 それでも先述の通り、演出や脚本でフォローしたり、タイミング良く回想シーンを挟んだりと、失点は最小限度に押さえ込んではいます。次回作以降、この失点のフォローが全て加点材料に転化出来るようになれば、すぐにでも連載陣の上位どころに食い込めるクオリティにまで上り詰める事でしょう。

 今回の評価
 評価はA−。個人的には、今回の「赤マル」の中では最も大物感のある新人さんだと思いました。将来が非常に楽しみな逸材です。
 あと、更に個人的な感想を言えば「シールドキャット大吉」が最高でした(笑)。


 ……というわけで、今回はひとまず失礼します。次々回辺りには、「コミックアワード」のワイルドカード枠からのノミネート作品を発表したいな……と思ってますが、さてどうなりますか。このままだと、本選は本家ラズベリー&アカデミー賞と同時期になりそうですね。では。


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