「社会学講座」アーカイブ(競馬学関連・2)

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講義一覧

4/27 競馬学特論「G1予想・天皇賞(春)」
4/20 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(11)
4/13 競馬学特論「G1予想・皐月賞編」
4/6  競馬学特論「G1予想・桜花賞編」
3/30 競馬学基礎論「緊急企画〜検証・新賭式(馬単・三連複)馬券」
3/23 競馬学特論「G1予想・高松宮記念編」
3/17
 競馬学概論「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(10)
3/9  競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(9)
3/2  競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(8)
2/26 
労働経済特論「競馬騎手の収入格差から見た、競馬社会のあり方に関する考察」
2/23 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(7)
2/16
 競馬学特論「G1直前予想・フェブラリーS編」
2/9  競馬学概論「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(6)
2/5  競馬学概論「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(5)
2/2 
 競馬学特殊講義「女性のための競馬場デートガイダンス(前編)」「女性のための競馬場デートガイダンス(後編)」 (特別講師:栗藤珠美)

 

4月27日(土) 競馬学特論
「G1予想・天皇賞(春)」

◆天皇賞(春) 予定調和と裏切りの中で◆

 あれはいつだったろうか。研究室で珠美ちゃんがこんな事を言っていた。

 「春の天皇賞って、良いですよね。馬券は獲りやすいし、レースそのものも、大抵はハッピーエンドで終わるじゃないですか。良いレースが観られて、少しだけでもお金が増えるなんて、“ささやかな幸せ”って感じで良いと思いません?」

 珠美ちゃんが競馬を見始めたのは高校に入学した1996年の春からだが、当時は完全な初心者で、レースの印象どころじゃないはずだから、彼女が話の前提としているのは翌97年以降のレースだと考えていいと思う。
 確かに97年以降の天皇賞(春)の成績を見てみると、珠美ちゃんの言う通り、馬券的に平穏で、レースも見応えがあって、なおかつハッピーエンド的結末というレースが続いている。シルクジャスティスが凡走した98年だけが例外と言えなくともないが、それでも当時中・長距離で最強と言われたメジロブライトが勝っているところを考えると、許容範囲内と考える方が自然だろう。

 では、僕も珠美ちゃんと同じ考えかというと、実はそうでもない。この天皇賞(春)というレースで僕は、ハッピーエンドとほぼ同じ数だけのバッドエンドを見せられている。96年のナリタブライアン−マヤノトップガン不発の時なんて、精神的にも経済的にも大いにダメージを受けたものだ。当時の僕は、量産型・福沢諭吉の肖像画を馬券販売機に突っ込んでしまう青臭いガキだったのだ。
 そう、僕にとっての天皇賞(春)は、予定調和と裏切りがアンバランスなハーモニーを奏でる、どうにもこうにも複雑なG1レースなのである。

 それにしても、このイビツなハーモニーはどこに根源があるのだろうか。とりあえずはその理由を探るため、少しばかりこのレースの分析を試みてみたい。

 過去10年の天皇賞(春)を振り返ってみると、各年度のメンバー構成によって、10のレースが大きく分けて4つのパターンに分類される事に気が付いた。

 (1) 1頭の馬に人気が集中している“一本被り”
 (2) 2頭の馬が人気を分け合う“一騎討ち”
 (3) 3頭の有力馬による“三つ巴”
 (4) 有力馬不在による“群雄割拠”

 普通のレースでは、“卍どもえ(4頭で接戦)”や“実力伯仲(今年の皐月賞のような大接戦)”というパターンも見受けられるが、少頭数で個々の出走馬間の実力差が比較的大きい天皇賞(春)では、なかなかお目にかかれないようだ。

 まず、(1)の“一本被り”パターンに当てはまるのが、93年(1番人気:メジロマックイーン)、94年(同:ビワハヤヒデ)、01年(同:テイエムオペラオー)の3回で、これらは3度とも平穏な結果に終わっている。即ち、1番人気馬の2勝2着1回、平均馬連配当443円である。

 次に(2)の“一騎討ち”パターン。これは92年(メジロマックイーンVSトウカイテイオー)、96年(ナリタブライアンVSマヤノトップガン)、98年(メジロブライトVSシルクジャスティス)の3回。
 こちらは対照的に人気馬の成績が悪い。人気2頭の成績を挙げていくと、92年は1着-5着、96年は2着-5着、98年は1着-4着で、マッチレースの実現は一度もない。平均馬連配当は2517円。3ケタ配当の多いこのレースでは破格と言える高額配当が続いている。

 (3)の“三つ巴”はどうだろうか? こちらは97年(マヤノトップガン、サクラローレル、マーベラスサンデー)、99年(スペシャルウィーク、メジロブライト、セイウンスカイ)、00年(テイエムオペラオー、ラスカルスズカ、ナリタトップロード)が該当する。00年に関しては(1)パターンに足を半分突っ込んでいるが、人気馬の成績などを考慮すると、こちらの方に入れた方が良いと判断した。
 これらの3つのレースの結果はと言うと、なんと全てのレースで人気上位3頭が上位3着を独占している。平均馬連配当は387円。
 人気3頭による名勝負が繰り広げられ、馬券も平穏。どうやら珠美ちゃんの天皇賞(春)に対する認識は、ここから来ていると見て間違い無さそうだ。彼女が観てきた5回のレースの内、3度がこのパターンである。

 最後の(4)、“群雄割拠”パターンは95年。レース直前にナリタブライアンが戦線離脱をして、一気に混迷の度を深めたレースである。今に比べて最強馬クラスの故障が多かった当時には時折見られる光景であった。
 この年の結果は、1着に古豪・ライスシャワー、2着には2年前の菊花賞2着馬・ステージチャンプが滑り込んだ。4番人気と6番人気の組み合わせとなって、馬連は4090円。やはり天皇賞(春)にしてはかなりの高額である。

 人気通り収まったのは(1)と(3)のパターンで10年間に6度。荒れるのは(2)と(4)のパターンで4度。見事なまでに“イビツなハーモニー”といったところだろう。
 特に、戦前の期待が高まりやすい(2)のパターンが全て不完全燃焼に終わっているのが印象深い。これではバッドエンドがより目立ってしまうのは仕方がない話だ。

 一騎討ちが成立しないとしては、ただ単に「2頭とも凡走しない確率が低い」という理由の他に、人気馬の騎手が相手を潰しにかかるからでもあるのだろう。騎手は己が勝つことが最優先。客がどんな馬券を握ってようが関係無いのである。
 対して、三つ巴がことごとく成立する理由としては、1頭で他の有力馬2頭を同時に潰す事が出来ないため、自然と正々堂々とした実力勝負になってレースの紛れが少なくなるのだろう。

 …というわけで、僕がこのレースに抱く印象は、おそらく(2)のパターンが大きく影を落としていると言えるのではないかと思う。
 まさに予定調和と裏切りの繰り返し。まるで人生模様を見ているか……いや、ここは競馬界の偉大な先輩に倣って、「予定調和と裏切りの繰り返しだなんて、人生は競馬に似ているなぁ」と言うべきなのだろう。

 さて。では今年の天皇賞(春)はどうか。
 各馬の実績や単勝オッズを見る限り、どうやら(3)のパターンに当てはまると見て良さそうだ。となると、今年も過去の例に従って、人気上位3頭による名勝負が繰り広げられるのであろうか。

 まずマンハッタンカフェは、年明け緒戦となった前走の日経賞で、自身を除けばオープン特別のようなメンバー相手に不可解な惨敗を喫した。
 レース中に蛯名騎手が後ろを振り返るなどしたため、一時は「故障か?」とも思われたが、どうやら荒れた馬場に足を滑らせたというのが真相のようだ。
 それにしてもこの馬、以前にも競馬学特論で述べたが、非常に騎手泣かせの“異議申し立ての多い馬”である。3コーナーから4コーナーでの脚の使い方が非常に難しく、ここでヘソを曲げるとどうしようもない。しかしながら、このポイントを上手に切り抜けられた時の瞬発力は菊花賞と有馬記念で発揮した通りで、どんな相手やペースだろうが問答無用の末脚を見せつける。
 信じられないような惨敗と目の覚めるような好走を繰り返すタイプとしてはマヤノトップガンがいた。菊花賞と有馬記念を制しているところまで、この馬とよく似ている。血統は全く違うが、“他人の空似”にしては非常に面白い2頭の関係とも言える。

 次はナリタトップロード。いやはや、それにしてもナリタトップロード、である。
 京都記念→阪神大賞典を快勝という、2年前にテイエムオペラオーが通過してきた轍を踏みしめて来たというのに、この馬から滲み出てくる“大物感の無さ”は何なのだろう。「一応はこの馬だってG1馬なのに……」と、G1実績を語る際には何故か“一応”と付けてしまうのがこのナリタトップロードという馬なのである。
 この馬に付き纏う頼りなさの原因は、やはりG1レースでの成績にあるのだろう。
 10戦して1勝、2着1回で、3着がなんと4回。さらに生涯3度ある6着以下の惨敗が、3度とも最も注目の高い有馬記念である辺りに、この馬の得体の知れぬダメッぷりが凝縮されているように見えてならない。今回の当面の相手であるマンハッタンカフェとジャングルポケットにも、それぞれ1度ずつ完敗を喫している。地力の面で考慮すると、この馬が3強の中で3番手である事は否定できまい。阪神大賞典の快勝も、使った馬の強みがあったからだと言う事もできる。
 しかし、困った事に(敢えてこう書く)今シーズンにおいて一番チャンピオンらしいレースをしているのは、紛れも無くこの馬なのである。さらに、今回ではスローペースの絶好位を追走できる強みもある。考えれば考えるほど、この馬が有利なのである。問題は、果たしてこの有利さが成績に繋がっていくかどうか。これまでチャンスを幾度と無く潰してきただけに、容易に信用ならないのである。遅咲きの王者誕生か、やっぱりナリタトップロードなのか、事の顛末を見届けさせてもらう事にする。

 さて、3強最後の1頭はジャングルポケット
 ダービーを勝ち、ジャパンカップではテイエムオペラオーを完封。文句のつけようの無いパフォーマンスで年度代表馬にも輝いたこの馬だが、意外とみっともない敗戦も多いのが気にかかる。
 特に気がかりなのは、2度の3000m戦での不甲斐なさである。いずれも直線で伸びあぐねて土壇場で失速。2400mでの強さと父トニービンという血統から、これまで「3000m級でも安心」と、根拠薄弱な思い込みをしてきたが、ひょっとするとこの距離では実力が発揮できないのではないかと疑うようになって来た。
 下馬評では「乗り替わりの武豊騎手に期待」とする声もあるが、前走の鞍上・小牧太騎手は武豊騎手と遜色ない実力の持ち主であり、もっと言えば、前走のように手応えが悪くて伸びあぐねる馬を強引に押し上げていく技量というのは、パワー優先の地方競馬で活躍している小牧太騎手に一日の長があるとも言える。乗り替わりによって生じるプラス要素は決して大きくは無い。
 今回はマンハッタンカフェをマークしながらの差し・追い込み作戦か。菊花賞で末脚勝負に敗れた相手にこの舞台で挽回なるかは微妙なところ。陣営にしてみれば、真っ向勝負で勝ちたい反面、完敗するくらいなら他力本願(相手の凡走待ち)ででも勝てれば御の字という気持ちも強いだろう。

 

 ところで、三つ巴の枠外に置かれた8頭はどう扱えば良いだろうか。
 これまでの例によれば、三つ巴になった場合、4番人気以下の馬に出番が巡ってくる可能性は、確かに著しく低い。
 だが、今回の3強は、どうも例年の三つ巴に比べると、各馬とも死角が多すぎるような気がしてならないのだ。ひょっとすると、今回のパターンは(3)の三つ巴ではなく、変形の(4)、“群雄割拠”ではないかとも思えるのである。
 そうなると、当然人気中〜下位の馬にもチャンスが巡ってくる。
 今回の人気中〜下位の馬の特徴として、中・長距離の前哨戦、またはその更に前哨戦を勝って来ている馬が多いという事が挙げられる。ここでは、各馬が勝ったレースの過去の勝ち馬の傾向から、今回のレースにおける展望を行ってみたいと思う。

 阪神大賞典はナリタトップロードが勝っているので詳しくは割愛するが、天皇賞(春)への影響度はダントツであるとだけ述べておこう。

 阪神大賞典と並ぶ、天皇賞(春)のステップレース・日経賞を勝ちあがったのはアクティブバイオ。条件馬の身分から、大金星を挙げた形である。
 ここ10年の日経賞勝ち馬から2頭の天皇賞馬が出ている。阪神大賞典組の5頭には及ばないものの、なかなかの成績といえるだろう。
 ただし、日経賞1着経由で天皇賞を勝った2頭はいずれも1番人気で日経賞を勝った馬。穴を開けて勝った馬は軒並み討ち死にしている。
 もともと日経賞は、有馬記念と同じでコーナーのやたら多い中山の2500mを舞台としているせいか、やたらと波乱が多い。紛れに乗じて身分不相応な実績を挙げてしまった馬にとって、淀の3200mという舞台は少々荷が重過ぎるのであろう。

 もう1つのステップレースとされている大阪杯。これを勝ったのはサンライズペガサス。1番人気での快勝の上に、エアシャカールを破ったという付加価値も大きい。
 しかしこの大阪杯は、やたらと天皇賞(春)との相性が悪い。安田記念や宝塚記念などへの別路線を歩む馬が多い事もあるが、過去10年間の大阪杯勝ち馬から天皇賞馬は出ていない。93年メジロマックイーンの2着が唯一の連対例だ。
 競馬界には時々、このようなジンクスがつきまとう。特に有名なのは天皇賞(秋)の1番人気が勝てないジンクスだったが、他にもNHKマイルCの前身、ダービートライアル・NHK杯勝ち馬が、本番で10年以上勝てないままだったというものがあった。
 どのような怪しげなジンクスでも、10年以上続くという事は、何らかのデジタルな要因があると考えた方が自然であり、恐らく大阪杯から天皇賞(春)というローテーションは、一気の距離延長や詰まったレース間隔などが微妙に馬の調子を狂わせてしまうのだろう。
 そう言う意味では、このサンライズペガサスは新たな“犠牲者”になってしまう可能性が高いと言わざるを得ない。昨年の菊花賞で惨敗しているのも悲観材料の1つに挙げられよう。
 だが競馬とはおかしなもので、そのように理詰めで考えると、どうしても実力が1枚足りない馬に限って、いざレースになるとスルスルと抜け出してしまったりするものなのである。この馬には最後まで頭を悩ませられそうだ。

 貴重な3200mの重賞レース・ダイヤモンドSを勝ったのはキングザファクト
 このダイヤモンドSの勝ち馬には、マチカネタンホイザ、センゴクシルバー、エアダブリン、ユウセンショウ、ユーセイトップランなど、阪神大賞典や天皇賞(春)で人気の一角を占めた馬が多数名を連ねるが、その割には成績がイマイチである。結局は二線級によるハンデ戦という条件が、いわゆる“お山の大将”を生み出してしまうのだろうか。

 現在、日本の平地レースでは最長距離のレース・ステイヤーズSを勝ったのはエリモブライアン
 このレースでは、97年にメジロブライトが大差勝ちを飾って、翌年の天皇賞制覇に繋げた例が挙げられるものの、他の勝ち馬はダイヤモンドSと似たり寄ったり。最近ではむしろG1で実績を残している3歳馬が苦渋を舐めさせられるレースになってしまっている。天皇賞へ繋がるレースというよりも、独立した特殊なレースという性格が強いのかもしれない。

 変わったところではオープン特別の万葉S。今年の勝ち馬はアドマイヤロードだが、かつてラスカルスズカが圧倒的人気に応え、後の天皇賞2着に繋げたケースもあり、全く無視は出来ないであろう。
 しかし、この馬はその後がいけない。ダイヤモンドS、阪神大賞典と完敗を喫していては頭打ちと判断されても文句は言えないだろう。

 さらに変わったところでは、ダービー4着が勲章というボーンキング
 過去のダービー4着馬で主だったところを羅列すると、マチカネタンホイザ、ホッカイルソー、ロイヤルタッチ、エリモダンディー、オースミブライト、トーホウシデンといった、非常に味のあるメンバーが揃っている。セイウンスカイもいるが、この馬は前後の成績を考えると別格と考えて良さそうだ。
 ダービー4着馬は、G2上位、G1出走の常連が揃っていながら、イマイチ存在感が薄い連中の集まり、といったところだろうか。中途半端な進学校の同窓会みたいな、これまた微妙なむず痒さが走ってしまう。

 結局、3強への挑戦権を獲得出来そうなのはサンライズペガサスだけ、ということになるのではないか。本来はエリモブライアンも圏内に入れなければならないのだろうが、あまりにも臨戦過程が悪すぎる。調教で走れない馬が、3200mのレースで番狂わせを演じるだなんて、ちょっと虫が良すぎる話だ。

 さて、ちょっと長々と文章を書き連ねすぎた。そろそろまとめに入ろう。

天皇賞 京都・3200・芝外

馬  名 騎 手
    トシザブイ 池添
  × ボーンキング デムーロ
    ホワイトハピネス 小原
マンハッタンカフェ 蛯名
ナリタトップロード 渡辺
    アクティブバイオ 四位
ジャングルポケット 武豊
    キングザファクト 後藤
サンライズペガサス 安藤勝
    10 エリモブライアン 藤田
    11 アドマイヤロード 須貝

 結局、本命は地力の最大値を買ってマンハッタンカフェとした。しかし、もちろん他の3強の2頭と差は無い。
 馬券的にはサンライズペガサスからが勝負になるか。儲け優先で考えるなら、9番から流し馬券というのも一考だろう。しかし、僕自身は正攻法で4.5.7のBOXと4-9とする。

 珠美ちゃんは珠美ちゃんなりのハッピーエンドを思い浮かべているようだ。それもまた、良し。
 4.5.7のBOXは僕と同じだが、7-9と2-7の2点にフトコロのハッピーエンドを賭けているところが微笑ましく思える。

 貴方のハッピーエンドは、もう浮かんでいるのだろうか? 

 


 

4月20日(土) 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(11)
1993年宝塚記念/1着馬:メジロマックイーン

駒木:「ほぼ1ヶ月ぶりになるのかな、この競馬学概論講義は……?」
珠美:「そうですね…。最近は競馬学特論の方も多いですから。
 あら、今日はメジロマックイーンの宝塚記念が題材なんですね。93年の6月というと、私が中学1年生の時ですねー(苦笑)。残念ですけど、ビデオでしか知りません」

駒木:「うわー、そうなるのかぁ。珠美ちゃんが中1! …何だか物凄く新鮮に聞こえるのは気のせいだろうか(笑)。えーと、受講生のみんなに代わって訊いておこう。ちなみに当時の制服は何だったの?(笑)」
珠美:「(苦笑)。ブレザーでした。ちゃんとエンジ色のネクタイ付きの。…って、どうでもいいじゃないですか、そんな事は。何言わせるんですか(笑)」
駒木:「はいはい。……しかしそうだよな、当時は僕も高校生だったんだ。珠美ちゃんが中学生でも当たり前と言えば当たり前か。まぁその時の僕は、ちゃんと馬券握って阪神競馬場で生観戦してたんだけど(笑)
珠美:「(笑)」
駒木:「さて、今回のレースは『名勝負』というより、『名勝負になりきれなかったレース』と言った方が良いかもしれないね。それでも自分の中で妙に印象深いレースなので採り上げさせてもらう事にした。あんまり広く知られていないレースでもあるし、講義で扱うに足りるレースだとは思っているよ。
 それじゃ珠美ちゃん、レースの紹介をどうぞ」
珠美:「……ハイ。このレースが行われたのは1993年の6月13日でした。当時は6月の中京開催と阪神開催の順序が逆で、宝塚記念の開催が今より4週間ほど早かったんですよね。
 えーと、宝塚記念の概要については、この競馬学概論の第4回で紹介していますので、その時のレジュメを参照してください。
 では取り急ぎ有力馬の紹介から。
 このレースの出走馬は11頭。G1レースにしては少し寂しい頭数と言って良いんじゃないかと思います。ただ、これには複数の理由があったみたいです。また後で博士に詳しく説明して頂きましょう。
 このレースでは上位2頭の人気がずば抜けていて一騎討ちムードだったんですね。しかもその2頭とも、日本を代表する生産者馬主・メジロ牧場の馬でした。
 まず1番人気はメジロマックイーン。当時(旧)7歳ながら、中・長距離で1、2を争う最強クラスの名馬でした。この時までに菊花賞、天皇賞・春を2回と、G1を3回制覇していますし、スタート直後の進路妨害で18着降着になったものの、天皇賞・秋でも1位入線の経験があります。
 この93年は、1年ぶりに故障から復帰した4月の大阪杯で快勝したものの、天皇賞・春ではライスシャワーの前に3連覇ならず。この宝塚記念で巻き返しを誓っての出走となりました。
 2番人気はメジロパーマー。こちらもマックイーンと同じ(旧)7歳馬ですね。
 デビュー当時は地味な戦績で、初重賞は(旧)5歳の札幌記念(当時はハンデ戦G3)。500万下からの昇級&2段階格上挑戦ということで、斤量50kgの軽ハンデを活かしての快走でした。
 その後、成績が伸び悩んで障害レースを走った時期もありましたが、(旧)6歳の宝塚記念で驚きのG1初制覇。秋シーズンも一時は大スランプに陥りながらも、今度は有馬記念を逃げ切ってG1レース2勝目をマークしました。
 93年シリーズは阪神大賞典でナイスネイチャ、タケノベルベットらを相手に驚異的な“逃げ差し返し”で優勝。続く天皇賞・春でも逃げて3着と大善戦しました。この宝塚記念は、人気・実績で勝る僚友マックイーンに挑戦状を叩きつけた……という感じでしょうか?
 あと、他の有力馬については簡単に紹介しておきますね。
 まずは3番人気のニシノフラワー。前年の桜花賞とスプリンターズSを制した快速牝馬です。この93年もマイラーズC(G2)を快勝し、ますますスピードに磨きのかかったところを披露しています。ただ、前走の安田記念では弱点の気性難が影響して10着惨敗。この精神面の弱さと2200mという距離に課題を残したまま参戦することになりました。
 次にもう1頭の牝馬、イクノディクタス。(旧)3歳の夏から精力的に活動を続けた、ここまで重賞4勝の(旧)7歳牝馬です。これまでG1クラスのレースでは苦戦続きだったんですが、前走の安田記念で14番人気ながら2着と大健闘。そこで足がかりを作っての春の大一番挑戦となりました。
 他には2年前の皐月賞2着馬・シャコーグレイドや関東で人気上昇中だったステイヤー・アイルトンシンボリなどがいました。
 ……私からは以上です、博士」

駒木:「はい、ご苦労様。そうだねえ、まずはやっぱり出走メンバーが寂しかった理由について話さなきゃいけないよね。
 …この年の宝塚記念はね、実はレース直前になって有力馬の故障が相次いでねぇ。トウカイテイオー、カミノクレッセ、ヒシマサルといったG1〜G2級の強豪が次々とリタイヤしてしまったんだ。それに加えて春の天皇賞馬・ライスシャワーが早々に欠場を発表していたし、メジロの2頭が強すぎるから、エントリー頭数も増えてこない。その結果、このレースはどうにも締まらないメンバーになってしまった。G1馬が3頭(マックイーン、パーマー、ニシノフラワー)いる他は、言っちゃ悪いけど皆、G2級の馬ばっかりだね。
 救いはメジロの2頭のマッチレースというドラマティックなサイドストーリーが出来て、一応は盛り上がりを見せたってところだろうか。確か2頭の馬連オッズが2倍ちょうどくらいだったんじゃないのかな。これでメジロの2頭で決まってたら、それなりにファンの記憶にも残る名勝負になっていたと思うんだけどね。でも。そんなに甘くないのが競馬なんだよね(苦笑)」
珠美:「当時の評判はどんな感じだったんですか? マックイーンが単勝オッズ1倍台で1番人気ですから、そっちの方が優勢だったのは分かるんですけど……」
駒木:「そうだねぇ。やっぱりマックイーンの方が格上っていう認識はあったよ。ライスシャワーには負けたけど、『それでも現役最強馬はマックイーンだ』って声は強かったし、実績だってダントツでマックイーンが上だからね。
 でもメジロパーマーも、この年の春シーズンは本当に強かったからね。阪神大賞典のレース振りは鳥肌が立つくらい強かったし、天皇賞の逃げ粘りも渋太かった。少なくともトップ・コンテンダーの資格は十分にあったし、このレースで逃げ切り、王者交代という事になったって、別におかしくなかったと思うよ」
珠美:「ニシノフラワーや他の馬についてはどうだったんですか?」
駒木:「う〜ん、どうだろ。ニシノフラワーはともかくとして、他の馬はちょっと力が足りないって認識だったと思うよ。余程の穴党じゃない限り手が出せないって感じかな。
 ただ、記憶では馬連オッズがかなり偏っていた気がするんだよ。メジロの2頭からでも4番人気以下の馬との組み合わせは軒並み20倍を超えてたからねえ。今から考えたら、馬券的に妙味のあるレースだったかもしれない」
珠美:「なるほど、わかりました」 
駒木:「それじゃあレース解説に移ろうか。ちょっと今回は資料不足なんで、若干大雑把な回顧になるけど、ご勘弁願いたい」
珠美:「ではスタートからなんですが、ロンシャンボーイがゲート入り完了後、スタート直前にゲートを突っ切って飛び出してしまいました
駒木:「あー、そうそう。これがあったね。どうもこれがレース全体に大きな影響を与えたっぽい。ロンシャンボーイはもちろん、気性に問題のあったニシノフラワーや、スタートに向けてテンションを高めていたメジロパーマー辺りが影響を受けてしまった感があった。これが無ければレースの結果は大きく変わっていたかもしれない。まったく、勝負は水物だよね」
珠美:「改めてゲート入りをやり直して、今度はちゃんとスタートが切られました。やはり逃げたのはメジロパーマー。メジロマックイーンはほぼ中団につけてレース全体を窺う構えです。ニシノフラワーは引っ掛かってしまって折り合いに苦しんでいたように見えました。
 この日の芝コースはかなり荒れていて、インコース側は土が丸見えの酷い状態でした。そのため、逃げていたメジロパーマーも含めて、ほとんどの馬は距離損を承知でコースの真ん中辺りに固まって走っていました。でも、ただ1頭、オースミロッチだけが内ラチ一杯を走っていました」

駒木:「コーナー曲がるたびに順位が一気に上がるんだよね、オースミロッチ(苦笑)。まぁこの辺りは人気薄の馬の特権って言うか、一種の冒険だよね。大体こういうレースになると、走りにくいのを承知でインコースに突っ込む馬が1頭必ずいる。それがこの時はオースミロッチだったわけ。
 オースミロッチって変な馬でね。勝った8つのレース全てが京都競馬場で挙げたものっていう、コース適性が極端な馬だった。だから『普通にやっても勝てない』って考えが鞍上の松本騎手の頭の中にあったのかも知れない。まぁ、これは推測だけど」
珠美:「レースは淡々と3コーナーまで進んで行くんですが、4コーナー手前でもうメジロパーマーにムチが入り始めます。もうアラアラ一杯という感じになって失速です」
駒木:「これが原因不明なんだよねぇ。さっき挙げたロンシャンボーイの一件が影響してたのか、逃げ馬らしくないラチに頼らないレースをしたために馬がパニクっちゃったのか……。まぁとにかく、ここでパーマーは終わっちゃった。ニシノフラワーも引っ掛かった影響で反応が鈍かったし、にわかに波乱ムードが広がってきたね」
珠美:「直線に入って、メジロパーマーは後退。代わってメジロマックイーンが進出を開始します」
駒木:「あー、その前にインを通っていたオースミロッチが先頭に立った(笑)。ビックリしたよ。僕はラスト300mくらいの地点で生観戦してたんだけど、そこに先頭でオースミロッチが通過していくんだもの(笑)。マックイーン×オースミロッチの馬券は持ってたけど、でも『このままオースミロッチが粘るのはどうかしてる』って未熟者ながら危惧したのを思い出すね(笑)。オースミロッチの関係者各位には申し訳ないけれども」
珠美:「そんな駒木少年の心配をよそに(笑)、メジロマックイーンはラスト200mの地点で先頭に立つや、後は差を広げる一方で、1馬身3/4差で堂々の優勝。そして2着争いは、走り辛いインコースでモタつくオースミロッチを交わして、イクノディクタスが大外強襲を決めて2着を確保しました。
 人気を裏切る結果になったメジロパーマーはブービーの10着、ニシノフラワーも8着に大敗しました」

駒木:「結局、凡走した2頭の有力馬を除けば、当時の力量関係の通りだったって気がするね。それでも、3頭の有力馬の内、2頭が凡走したんだから、レースそのものは酷く締まらないものになってしまったんだけど……」
珠美:「その辺りがこの年の宝塚記念の認知度が低い理由なんでしょうか。……では、最後にこのレースに出た馬たちのその後について簡単に触れて頂きましょう」
駒木:「メジロマックイーンは、秋の京都大賞典で、(旧)7歳秋という年齢ながら生涯最高のパフォーマンスを示して圧勝するも、直後に故障を起こして無念の引退。G1レース4勝の実績を手土産に種牡馬入りを果たした。その後の活躍は、現在の競馬新聞を見ての通りだね。
 メジロパーマーはその後、またスランプに陥って勝ち鞍に恵まれなかった。でも、(旧)8歳1月の日経新春杯で、60kgを超えるハンデでムッシュシェクルの2着に粘って、現役生活の最後で貫禄を示した。この馬も今は種牡馬になってるね。
 イクノディクタスはその後もコツコツと賞金を稼いだりして、一時は歴代賞金獲得ナンバーワン牝馬の地位を得たりもした。その後、繁殖入りしたんだけど、初年度の相手はメジロマックイーンだったんじゃなかったかな。因縁深いと言うか何と言うか……。
 ニシノフラワーもその後はG1タイトルには恵まれず。主馬場が苦手だったのに、レース直前に大雨が降って、馬場状態が良から一気に不良になってしまう不運に見舞われたりもしたしね。引退後はもちろん繁殖牝馬。クラシック候補を輩出したり、なかなかの名牝振りを披露しているよ。
 そうそう、オースミロッチも引退後は種牡馬入りしているね」
珠美:「ありがとうございました。ちなみにこのレース、博士の馬券は?」
駒木:「それが、未だに信じられないんだけど○▲で的中。2370円の配当を200円か300円持ってたのかな。今より太い勝負してるよな、高校生のくせに(笑)」
珠美:「(笑)」
駒木:「それじゃ、講義を終わろうか。来週の競馬学は天皇賞の直前予想。お楽しみにね」
珠美:「では、また来週お会いしましょう♪」

 


 

4月13日(土) 競馬学特論
「G1予想・皐月賞編」

駒木:「今週も競馬学はG1予想。明日の皐月賞について、例によって珠美ちゃんと話をしてゆくよ」
珠美:「よろしくお願いします♪」
駒木:「さて、時間も無いし、早速予想に移ろうか」
珠美:「ハイ。……でも博士、今週の皐月賞は本当に予想が難しいですね」
駒木:「うん、確かにそうだ。先週の桜花賞も難しかったけど、あれは強い馬を探すのに苦労するレースだった。ところが今週は強い馬だらけで、今度は比較的力の劣る馬を絞り出す事が難しい。むしろ今週の方が難しい気がするね」
珠美:「…本当にそうですよね。どの馬も強そうに見えてしまって、予想を立てるのが本当に大変でした。もう、どれもこれも目移りしちゃって……」
駒木:「そうだよね。…でもさ、こういう時こそ、買い目は出来るだけ絞らなきゃダメなんだよ。難しいレースって事は、正直言って、的中する確率って高くないだろ? そういう時に『絞れないから』って言って、10点も15点も買うって言うのは大怪我の元。正直感心できないんだ」
珠美:「……(ぎくっ)」
駒木:「あらら、ひょっとして図星ついちゃったかな?(苦笑) あのね珠美ちゃん、こういう時って言うのはね、麻雀の勝負どころでの戦略によく似てるんだよ」
珠美:「……麻雀です…か?」
駒木:「そう。麻雀でね、こっちが思いっきり手を広げて役を作ってたら、いきなり親からリーチが入った。自分の手元には危険牌が山ほどある。しかもベタオリしない限り安全牌はゼロ。さぁどうしようか? ……こういう場面。
 ……で、こういう時はね、中途半端が一番いけない。ベタオリ…つまりもう勝負を投げてしまうか、1つ1つ危険牌を切っていくか、そのどちらか。思い込みに近い薄弱な根拠と推測を元にして、それでもロンされる可能性の低い牌から順番に勝負していくしかないんだ。
 こういう時の競馬も、まさにそんな感じ。目をつぶって、有力馬を1頭、1頭と叩き切って行く。これしかないね」
珠美:「はぁ……。いつも馬券を買い過ぎて痛い目に遭っている私には耳の痛いお話です(苦笑)」
駒木:「まぁでも、競馬は結局当たった者勝ちだからね。偉そうな事言ってても、当たらなきゃ、それはもう価値が無いのと一緒だから、何とかして当てに行くというのも正しい姿ではあるんだよ。
 ……さぁ、もう時間が無い。出馬表を見ながらの解説に移ろうか」
珠美:「ハイ。皐月賞は中山競馬場の芝コース内回りの2000mで争われます。それでは、出馬表をご覧下さい」

皐月賞 中山・2000・芝内

馬  名 騎 手
× バランスオブゲーム 田中勝
    ノーリーズン ドイル
    サスガ 安藤勝
    メガスターダム 松永
    メジロマイヤー 中館
    シゲルゴッドハンド 柴田善
    ダイタクフラッグ 江田照
× アドマイヤドン 藤田
  タイガーカフェ デムーロ
10 ローマンエンパイア 武幸
11 タニノギムレット 四位
12 モノポライザー 後藤
    13 ゼンノカルナック 福永
    14 ホーマンウイナー
× 15 ヤマノブリザード 岡部
    16 ファストタテヤマ 安田
    17 マイネルリバティー
× 18 チアズシュタルク 蛯名

駒木:「さっき言ったように、もう目をつぶって叩き切ったような有力馬には『注』を付けておいたよ。馬券は買わないけど、勝ってもおかしくないと思う馬」
珠美:「でも、今週は博士と私で随分と印が変わっちゃいましたね」
駒木:「う〜ん、でもこういう時は珠美ちゃんの正統派予想の方がアテになったりするからね(苦笑)。まぁ、予想の当たらない分、緻密な解説でフォローさせてもらうよ(笑)」
珠美:「(微笑)……ハイ、では1枠から順番に、有力馬を中心に解説して頂きます。では、まず1枠の2頭からお願いします」
駒木:「1番のバランスオブゲーム。いきなり有力馬だね。前哨戦の中で一番メンバーが揃った弥生賞を逃げ切り勝ち。スローペースに他の馬をハメたとは言え、見事な勝ち方だったよね。その実力はここでも通用しそうだよ。でも今回は逃げられないし、道中で良い位置をキープするのにも苦労しそうだ。その辺の不利をどう克服するかがカギなんじゃないかな?
 2番のノーリーズンは、前走で化けの皮が剥がれた感じがするね。今回は見送りかな」
珠美:「ハイ。次は人気薄の2枠ですが、何か特におっしゃりたいことは有りますか?」
駒木:「……そうだねえ。3番のサスガは決め手不足、4番のメガスターダムは、本質的に2000mは長そうだね。年末に重賞勝った時とメンバーの質も違うし。共に見送りが妥当だね」
珠美:「3枠も人気薄ですけど、2頭とも前走は大き目のレースを勝ってますよね。これは?」
駒木:「あー、そうだね。ただ、メジロマイヤーの勝ったきさらぎ賞は、そんなに強調できるようなハイレベルじゃなかったし、シゲルゴッドハンドの勝った若葉Sも、人気馬の凡走に助けられた感も強かった。それに今回は逃げ馬に優しい流れじゃ無さそうだしね。大穴開けるとすればこんな馬たちなんだろうけど、果たしてどうだろうか?」
珠美「……なるほど、分かりました。さぁ、いよいよ有力馬が顔を出し始めます。4枠の2頭はいかがでしょうか?」
駒木7番のダイタクフラッグ、これも先行馬だよね。うーん、ちょっと回りで同タイプの馬に囲まれるから、レースはし難いだろうなあ。実績も強調できるものが無いし、こりゃあ苦戦だね。
 で、2歳王者の8番・アドマイヤドン。前走の凡走は、何かと理由があるから度外視はしていいと思うんだ。でも、どうも追い切りの動きは完調には戻って来ていないらしい。普通のレヴェルならば、それでも黙って推すんだけど……。うーん、2着以内ってのは、ちょっと難しいかな。ワイド馬券なら(可能性が)あるかもしれないけど」
珠美:「次は5枠ですね。博士は2頭ともに印を打っておられますが…?」
駒木:「9番タイガーカフェね、好走と凡走を繰り返すようなこんなタイプ、怖いんだよねえ(苦笑)。感じとしては、5年前のサニーブライアンに近いものがあるね。前走で瞬発力を見せつけているし、他の有力馬に比べて前々でケイバが出来るのも強み。地力勝負では辛いけど、レースの流れ如何では、ひょっとしたら…の思いはある。
 10番のローマンエンパイア。やっぱり凄いよ、この馬。前走は騎手のエラーで2着になっちゃったけど、これまで対戦してきた相手とか考えると、4戦3勝2着1回ってのは凄すぎるくらいの成績だよ。問題は鞍上がまたポカをしないかどうかというのと、馬場の荒れた部分を通らされるとヤバいって事くらいかな。実力的には間違いなく最右翼だよ」
珠美:「……次も有力馬が2頭。6枠です。ここには前日時点での1番人気・タニノギムレットがいますね」
駒木:「うん。最後まで◎にしようかどうか迷ったんだけど……。タニノギムレットの持ち味は安定感だね。どこからでもどんな時でも34秒台の末脚を炸裂させて来る。これまでのレースを観る限りで死角は少ないように思えるんだけど、ただ、これまで対戦してきた相手が今ひとつインパクトに欠けるのが気になった。弥生賞組より積極的に上に評価できる材料が見当たらなかったんだよ。だから敢えて2番手評価。……でも、こういう時にアッサリ勝っちゃうんだよな(苦笑)。
 12番のモノポライザー。この馬がカギだね。さっきの喩えで言うと、危険牌中の危険牌。麻雀知ってる人向けに言うと、場に1枚切れているドラのダブ東ってとこ。もうアッサリ勝たれても仕方が無いんだけど、僕は事実上無印の『注』にした。休み明けはやっぱり不利だし、これまでの3戦が、いかにも対戦相手に恵まれた緩いレースだったからね。こういう時にいきなり厳しいレースに混じると、リズムが狂って惨敗するケースが多いんだ」
珠美:「今日の博士の予想は、ちょっと大胆ですね…。さて、次は7枠の3頭なんですけど……」
駒木:「ゼンノカルナックホーマンウイナーは多くを語らなくていいよね。ちょっと力不足だと思う。
 15番のヤマノブリザードだけど、この馬の前走は他の馬にブロックされて行き場所を無くしてしまったがための5着。実力負けじゃないから、人気の落ちた今回は逆に不気味だよね。実力の裏付けもあるし、これは軽視できないよ」
珠美:「最後に8枠ですね」
駒木:「この枠もファストタテヤママイネルリバティーに関しては力不足だと思う。
 で、大外のチアズシュタルク。この馬は、いわゆる“裏街道の王者”だよね。メンバーの比較的軽い重賞を渡り歩いてここまで来たって感じ。タニノギムレット相手に1/2馬身差っていうのは評価できるし、展開も割と向くんだけど……。うーん、この馬の取捨選択は最後まで迷ったんだけどね。まぁ、皆さんは買ってやってください(笑)」
珠美:「……ハイ、以上で解説は全て終わりました。最後は馬券の買い目を紹介ですね。まず、博士からお願いします」
駒木:「10、11、15のBOXに、9-10、1-10。本線以外は中穴ばかりになっちゃったね」
珠美:「私は……1、10、11、12のBOXに、10と11から8、15、18に流します。ええと、12点ですね(苦笑)」
駒木:「まぁ、こんな難しいレース、皆さんはくれぐれも無理しないように。それでは、今日の講義を終わります」
珠美:「ありがとうございました♪」


皐月賞 結果(5着まで)
1着 ノーリーズン
2着 タイガーカフェ
3着 11 タニノギムレット
4着 ダイタクフラッグ
5着 メガスターダム

 ※駒木博士の“敗戦の弁”
 コーシロー、お前ってヤツは……(絶句)。弥生賞の時にヤマノブリザード相手にやった事を逆にヤラれてどうすんだ。マンガのチンケな悪役か、キミは。
 まぁ、こんな結果となってはどうしようもないんだが。安全牌だと思って切ったら国士無双に当たった気分だよ(苦笑)。◎をタニノギムレットにしたところで2着3着だしね。タイガーカフェに印打って、モノポライザーを叩き切ったのがせめてもの抵抗ってとこか。
 2週続けて、伏兵が展開に恵まれて抜け出すレースが続いてるなあ。勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしってこの事だね。

 ※栗藤珠美の“反省文”
 私の推した馬、タニノギムレット以外ボロボロじゃないですか……。いつも競馬学のお仕事をしているのに…。もう、ただただショックです。
 もう、自信喪失気味です。次はどうにか当たりますように……。 

 


 

4月6日(土) 競馬学特論
「G1予想・桜花賞編」

駒木:「さて、今週は正式なスタイルで競馬学特論だ。珠美ちゃんと一緒に、明日の桜花賞の予想をしていこう」
珠美:「ハイ。いよいよ本格的なG1シーズンに突入ですね。でも、今年の桜花賞は難しいですよね……」
駒木:「まったくだね。ただでさえ例年難しいレースなのに、たまったもんじゃないよね(苦笑)。おまけに明日は馬場状態が微妙と来た。不確定要素だらけで、今でも逃げ出したい気分だよ(苦笑)」
珠美:「私もです(苦笑)」
駒木:「…まぁ、これも仕事だから頑張ろうか(笑)。じゃあ、出馬表と僕らの予想を皆さんに見てもらうとするか。とりあえずこの表ではやや重以上に悪化した馬場であることを前提に予想させてもらったよ。良馬場の時の予想は、また最後に紹介すると言う事で…」

桜花賞 阪神・1600・芝

馬  名 騎 手
× スマイルトゥモロー 吉田
× キョウワノコイビト 松永
シャイニンルビー 岡部
タムロチェリー 蛯名
    カネトシディザイア 河内
    ブルーリッジリバー 四位
    オースミバーディ 坂井
オースミコスモ 後藤
    アイノブリーズ 岩田
    10 マチカネテマリウタ
    11 ミスイロンデル 小牧太
    12 サンターナズソング 柴田善
    13 シェーンクライト 福永
    14 ツルマルグラマー 川原
    15 アローキャリー 池添
  × 16 チャペルコンサート 熊沢
  × 17 ヘルスウォール デムーロ
  × 18 サクセスビューティ 藤田

珠美:「今年の桜花賞は、主役不在・フルゲート18頭の激戦になりました。それでは博士には、1枠から順番に有力馬を中心に解説して頂きます。それでは、まず1枠の2頭から…」
駒木:「今週から仮柵を取り外したんで、内ラチから2頭分くらいは、とても走りやすいはずなんだ。その上、内枠有利の阪神1600mでしょ。否応なしに注目は集まるよね。
 で、まずスマイルトゥモロー。500万下、G3と2連勝しているんだけど、これまでは色々な面で恵まれていたかなって気はする。実績を額面通り受け取り難いんだよね。でも、瞬発力がありそうだし内枠だしね。『ひょっとしたら……?』という未知の魅力はあるよ。
 キョウワノコイビトは末脚の鋭さに欠ける分、今ひとつパッとしない戦歴になってしまってる。安定感は抜群なんだけどねえ。今回は、激しい先行争いを内ラチ沿いに追走して直線半ばで先頭。んで、そのまま粘り込みと行きたいところだろうね。僕の読みでは、必ず一度は見せ場を作れるチャンスが来ると思ってるんだけど、さてどうだろうか?」
珠美:「…ハイ、では続く2枠の馬2頭をお願いします。博士も私も、2頭とも重い印を打っていますけど」
駒木:「3番のシャイニンルビー、この馬の評価が難しくて……あ、この馬というより、この馬が勝ったクイーンCの評価が難しいんだけどね。タイムの面ではハイレヴェルだし、メンバー構成を振り返るとそんなに高い水準でもない。ソツの無いレースをしたとも言えるけど、理想的過ぎる流れに恵まれたレースだったとも言える。プラス・マイナス両方の材料があるんだよ。結局は18頭中随一の末脚を評価して、対抗の評価にさせてもらったんだけど。……あ、それとこの馬には、岡部騎手の桜花賞初制覇が懸かってる事にも注目だね。
 タムロチェリーは、とにかく気難しい馬だから。ツボにハマったらとんでもない力を出すんだけど、それには道中揉まれない事が必須条件なんだ。今回、4番枠を引いて、馬場の良い所は通れそうなんだけど、思いっきり内ラチ沿いでいじめられそうだからねぇ。外を回ったら回ったで、荒れた馬場が応えそうだし…。少なくとも連複の軸には出来ない馬って事になるかな。敢えて単勝で勝負に出るのも面白いかもしれないけど」
珠美:「博士の話で思い出しましたけど、岡部騎手って、まだ桜花賞を勝っていないんですよね。毎年この話を聞くたび、不思議に思えて仕方が無いんですけど…」
駒木:「柴田政人さん(現・調教師)が引退間際までダービーだけ勝てなかったりとか、騎手には何故か勝てない大レースっていうのがあるよね。岡部騎手も、もうあと現役生活は1年、2年だろうから、出来たら勝つところを見てみたいんだけどねぇ。…でも、こればかりは勝負事だからね」
珠美:「…そうですね。武豊騎手も、ダービーだけ勝てない年月が続いたと思ったら、アッサリ2連覇しちゃったりとか、ありましたものね。何だか複雑です……。
 あ、では次に3枠の2頭をお願いします。博士も私も無印なんですけど、私は×印をつけるかどうか、最後まで悩みました。博士はいかがでしたか?」

駒木:「僕も似たようなもんかな。一応、馬券対象の最終候補には挙げていたよ。
 …じゃあ、まずカネトシディザイアからね。前走のフィリーズレビューで人気を背負ったりして評論家筋の評価は高い馬ではある。けど僕からすると、どうも地力そのものが一線級に足りない気がしてならない。この馬、阪神ジュベナイズフィリーズで10番人気7着か。大体、ポジション的にはこんなところなんだと思うよ。あくまで入着候補。
 で、ブルーリッジリバー。前走フィリーズレビュー4着だね。ただでさえ差し馬不利の阪神1400m、しかも先行馬が残るレースだったことを考えると、この馬は着順以上の評価をしていいと思う。でもね、この馬はヒヅメが平らなんで、道悪になると二束三文なんだよ。あくまで良馬場が前提になってくるね」
珠美:「当日の馬場状態が気になりますよね…。明日の天気は、朝の9時ごろまで雨、そして昼過ぎから晴れという予想です。本当に微妙ですよね(苦笑)。
 では、次に4枠をお願いします」

駒木:「まずオースミバーディーね。前走は全く精彩を欠いた走りだったから、これは度外視していいと思う。でもこの馬って、好走してる時って人気薄の時ばかりなんだよね。これって、確固たる実力の裏づけが無いって事でもあるんだよ。『二度ある事は三度ある』とも言えるんだけど、世の中そんなに甘くないよって言いたくもなる。
 そして同一馬主・染め分け帽のオースミコスモ。この馬のセールスポイントは安定感と道悪上手。展開的には決して恵まれているわけではないんだけど、道悪だったら、他の馬が末脚を殺されてもがく中をただ一騎、スルスルと抜け出してしまいそうな気がする。だから、道悪前提ならこの馬が本命って事になるね」
珠美:「今回は、私も博士も本命が同じ馬なんですよね。これって、有馬記念以来ですよね。縁起悪……いや、なんでもありません(苦笑)」
駒木:「…まあいいけどさ(苦笑)。
 で、次は5枠、6枠なんだけど、ちょっとこの枠の4頭は力不足って気がするね。だからここは割愛させてもらおう。
 …というわけで7枠。ただここも、シェーンクライトツルマルグラマーの2頭は格下感が拭えないね。で、残るはアローキャリー。スンナリ逃げたら渋太い馬なんだけどねえ。でも、今回は逃げ馬に同厩舎のサクセスビューティがいるんだよ。で、池添騎手には悪いんだけど、どう考えても彼は“勝負ジョッキー”じゃないんだよね。穿った見方をすると、いかにも因果を含めやすい騎手を選んだかなって気がするんだ。だから、今回に関してはハナに立てずに失速してしまう可能性が極めて高いと思う」
珠美:「……というわけで、博士は5、6、7枠の馬は全馬無印ということになりました。では、いよいよ最後、大外の8枠3頭なんですけど……」 
駒木:「前にも話したと思うけど、とにかく阪神1600m芝コースは外枠が絶対に不利。余程図抜けた力が無い限り、『外枠だから』という理由だけで消せるくらい不利なんだよ。
 で、今回8枠に入った3頭は、一応どれも有力馬ではあるんだけど、とてもじゃないけど、以前8枠から連対したキョウエイマーチやフサイチエアデールほどの力があるとは思えないんだよね。逃げる最外枠18番のサクセスビューティは、当然ハナを切るまでに随分距離損を被るだろうし、チャペルコンサートヘルスウォールに至っては、ずっと馬場の荒れた外を追走させられる羽目になる。これではちょっとねぇ」
珠美:「一応、どの陣営もそんなに大外枠を気にはしていないみたいですけど……?」
駒木:「そりゃ、走らせる立場にしてみたら、枠順だけで勝負を投げるわけにはいかないしさ。それに、管理馬ゆえの贔屓目ってヤツもある。とにかく、この大外枠3頭に関しては、もし2着までに残ったら『敵ながら天晴れ』とカブトを脱ぐしかないだろうね」
珠美:「以上で一応は全有力馬を紹介したことになりますね。…あ、忘れないうちに良馬場の時の印をお願いします」
駒木:「そうだね。じゃあ、下に表を出すよ」

3番 シャイニンルビー
8番 オースミコスモ
2番 キョウワノコイビト
4番 タムロチェリー
× 6番 ブルーリッジリバー
× 1番 スマイルトゥモロー

珠美:「本命と対抗が入れ替わって、ブルーリッジリバーが2着候補に追加されてますね。なるほど……」
駒木:「馬券の方は、いつも通り◎○▲の3点ボックスが本線で、あとは◎から印の付いた馬へ流すパターンだね」
珠美:「私は、また手を広げすぎだと叱られちゃいそうですけど、1、3、4、8番の6点BOXと馬連2-8。押さえに枠連で4-8ですね」
駒木:「これで当たったら大きいね(笑)。まぁ、期待しないで待っていようか(笑)」
珠美:「皆さんも頑張ってくださいね〜♪」


桜花賞 結果(5着まで)
1着 15 アローキャリー
2着 ブルーリッジリバー
3着 シャイニンルビー
4着 カネトシディザイア
5着 17 ヘルスウォール

 ※駒木博士の“敗戦の弁”
 まぁ、アレだね。山内調教師が「まさか」って言ったくらいだから、こっちが当たるはずないよね、アローキャリー。それに馬体重発表の時点で僕の予想は終わってたから、むしろよく2着3着まで格好がついたな、と。
 今回に関しては、良馬場のブルーリッジリバーについて言及した事と、8枠の3頭を完全に見切った事で勘弁してくださいな。また、皐月賞で頑張るんで、よろしく。

 ※栗藤珠美の“反省文”
 私の◎と○はどこへ行っちゃったんでしょうか……(苦笑)。またボロボロに外れちゃいました。
 オースミコスモ、散々でしたね。途中で不利を受けた上、一番馬場の荒れた所走らされてましたものね…。タムロチェリーはずうっと後ろのままでしたし……。
 何だか自信喪失しちゃいそうです。これからまだG1レース続くのに、不安です……。

 


 

3月30日(土) 競馬学基礎論
「緊急企画〜検証・新賭式(馬単・三連複)馬券」

 こんばんは。講師の駒木ハヤトです。
 当大学キャンパス中に数多く潜んでいると思われる珠美ちゃんファンには悪いのですが、今日も駒木1人で講義を行う事になりました。来週の桜花賞予想では、ちゃんと2人で講義をやりますのでね。

 さて今日の講義は、当講座では初めてとなる「競馬学基礎論」。一部公営競馬では今春から、JRAでも今年6月の福島開催で試験導入され、翌7月から本格導入される“新賭式”馬券──馬番連勝単式、馬番三連勝複式馬券──についての検証を行おうというものです。
 要は「競馬学概論」の資料整理が全く間に合わなかっただけなのですが、それでも何とか受講生の皆さんの期待に応えられるよう、多少なりとも実用的な講義にしたいと思います。

 ……では、改めて“新賭式”馬券発売に至る経緯の解説から講義を進めていきたいと思います。

 “新賭式”馬券は、文字通り、日本の競馬ではこれまでに無かった新しい種類の馬券で、昨年2月の競馬法施行規則改正により実現するところとなりました。
 この新しい馬券の導入に関する動きは、昨今の長期化した不景気による馬券売上額減少に歯止めをかけたいとするJRA・国側の意向が反映された形となっており、その分、今回導入される新種の馬券は高配当が望める刺激的なものとなっています。よって、馬券を購入する競馬ファンにとっては非常に興味をそそられるものとなっていると言えるでしょう。

 ところで、新しい種類の馬券で思い出されるといえば、1999年末に導入された“ワイド(拡大連複)”です。
 これはフランスで発売されている“ジュムレ=プラッセ”をモデルにした馬券で、1〜3着馬のうち2頭をピックアップできれば的中となる、比較的的中しやすい上にソコソコの配当も望めるという馬券でした。
 この“ワイド”馬券は、以前から評論家筋で導入を期待する声もあり、導入を決めたJRAと南関東公営競馬も大規模なキャンペーン活動を行ったのですが、フタを開けてみると肝心の馬券売上の方はイマイチ。発売当初こそ物珍しさもあって売上は若干伸びたのですが、一月もしない内に、“意外と当たり難い割には配当が低い”という構造的な欠陥が露呈されてしまい、たちまち伸び悩んでしまいました。
 つまりは儲からない馬券的中よりも、滅多に当たらなくてもいいから高額配当を、というのが競馬ファンの願いだったというわけです。

 そんな“ワイド”馬券の失敗に追い撃ちをかけるように、深刻化した大不況が競馬ファン、特に高額購入者の懐を直撃。馬券売上高は減少の一途を辿り、さしものJRAも事業縮小の憂き目に遭ってしまいます。競馬ファンの方なら、ここしばらくの間にJRAのファンサービスが微妙に悪くなっている事にお気づきではないかと思います。

 と、そうしたジリ貧傾向に歯止めをかけるべく、満を持して登場したのが、今回の“新賭式”馬券なのです

 これまで、特に昭和時代の日本の公営ギャンブルでは、“いかに高額配当が出ないようにするか”というのが運営側のテーマになっていました。
 これは、「高額配当を求めてギャンブル熱が高まるのを阻止しよう」という、バクチの胴元としては本末転倒な発想によるもの
です。
 そもそも日本は先進国でも稀に見るギャンブル文化後進国であり、国ならびに国民全般のギャンブルに対する蔑視と誤った認識は目を覆うばかりの惨状であります。
 最近でこそ多少は緩和されましたが、わが国では「ギャンブル=悪」であるとか、「ギャンブルをする人間は人格破綻者である」とか、とかくギャンブルとその愛好者に対する姿勢は悪意に満ちています。そのくせジャンボ宝くじなどといった、世界で稀に見る危険極まりないギャンブルを「ギャンブルでなくてクジである」などとのたまわって放置しているのですから、処置無しです。
 旧来の馬券に関する発想もそうでした。「高額配当の出る馬券は国民の射幸心を煽るので良くない」などとされ、6枠式連勝単式や8枠式連勝複式などといった奇妙キテレツな馬券が発売されてきました。
 で、その結果はと言えば、馬券購入者は低い倍率で多額の儲けを出すために多額の賭けに走るようになり、生活破綻者が続出。それによって更にギャンブルに対する認識は悪化の一途を辿ってしまったのでした。悲劇としか言いようがありません。

 ちょっと話が逸れましたか。
 まぁそういう経緯もあり、日本で今回のように配当倍率100倍以上の、いわゆる“万馬券”の続出が見込まれる“新賭式”馬券が発売されるという事は、極めてエポックメイキングな出来事なのです。逆に言えば、それだけJRA側も、そのJRAの収入をアテにせざるを得ない日本政府が追い詰められているという事にもなるのですが。

 まぁしかし、何はともあれ事態が好転するのは喜ばしい事です。過程はどうであれ、こうして我々が利益を享受できるのは幸せな事なのですから。

 それでは、いよいよこの“新賭式”馬券についての検証を行ってゆきましょう。新しく発売される種類の馬券のメリットとデメリット、そして正しい活用法を講義していきたいと思います。

 ◆馬番連勝単式馬券(略称:馬単・二連単)

 この馬券は、従来までの“馬番連勝(複式)馬券”のマイナーチェンジ型で、レースの上位2頭を着順通りに当てなければ的中にならない方式のものです。この馬券の発売に従い、これまで「馬連」という略称で呼ばれて来た“馬番連勝複式馬券”は、「馬複」と呼ばれるようになります。
 これまでの“馬連”では、例えば“1−2”という馬券を買った場合、上位2頭のの馬番号が1番と2番なら、どちらが1着でどちらが2着だろうが関係なく的中になっていました。着順の前後を問わない連勝複式ゆえの話でした。
 しかし、この“馬単”では“1−2”の馬券なら、1着が1番の馬で2着が2番の馬でなければならず、1着馬が2番で2着が1番の場合は“2−1”の馬券でなければ的中になりません。いわゆる連勝単式の“裏目”というヤツです。
 1、2着を順番通りに当てる、この“連勝単式”は、既に競輪、競艇、オートレース、そして一部の公営競馬で導入されており、公営ギャンブル愛好家の中では比較的馴染みの深い形式と言えます。
 よって、この講義を受講されている方の中にも、既にこの馬単馬券を体験済みの方がいらっしゃるかと思われますが、この場を通じて、改めてこの形式の馬券について深く知識を得てもらいたいと思います。

 まず、この馬券の最大のメリットは、やはり配当が“馬複”に比べて高くなるという事でしょう。単純に考えても、馬券の組み合わせが“馬複”の2倍なのですから、配当もざっと2倍になるというわけです。さらに、上位2頭の組み合わせの内、人気が低い方が1着になった場合は“裏目”で、配当はさらに高くなります。
 例えば、一昨年の宝塚記念から昨年の宝塚記念に至るまで続いた「テイエムオペラオー=メイショウドトウ」馬券は、馬連(“馬複”)でもそのほとんどが2倍程度の低配当になりましたが、今回導入される“馬単”なら、人気の低かった方のメイショウドトウが1着になった昨年の宝塚記念ではある程度高い配当が期待できたというわけです。

 反対にデメリットはと言うと、当たり前の事ですが的中する確率がガクっと下がります。特に、これまでは意識しないでも済んだ“裏目”での不的中が増え、ストレスが溜まる事請け合いであります。競馬なんてモノは、もともとが動物相手のファジーな競技。これの正確な着順を当てようと言う方がおかしいわけで、“馬単”なんて難しい馬券の的中がそうそうある方が不自然なのです。
 さらに、購入する馬券の組み合わせ数(点数)が増えるため、投資金額もそれに比例して増えてしまったりします。つまり、的中が難しい上に投資金額が増えていくという悲惨な状態に陥りやすくなる諸刃の剣が、この“馬単”馬券といえるでしょう。
 また、これは当大学の本拠地である兵庫県の公営競馬(園田・姫路)における“馬単”の傾向なのですが、“馬単”は、人気サイドの組み合わせの配当が極めて低い傾向にあります。特に1番人気→2番人気の組み合わせなど、“馬複”の配当とほぼ同じ、なんてこともあります。要は、本命党に向かない馬券なんですね。

 というわけで結論です。
 この“馬単”は、穴党のための勝負馬券という認識でいれば良いと思います。本命党の方は“馬複”を購入した方が期待値は高いですので、そちらをお薦めします。“馬単”は、配当の高い“裏目”を狙ってこそ華と言えるでしょう。“馬複”を基本に、穴馬から1着流しで数点勝負馬券を狙うのが賢い買い方です。

◆馬番三連勝複式馬券(略称:三連複)

 さて、こちらは日本の競馬では初めての試み、そして公営ギャンブル全体でも、競艇と、一部の競輪場でのみ(しかもそちらには、もっと刺激的な“三連単”があるので人気が無いまま)発売されているレアな形式、それが“三連複”であります。

 この“三連複”は、レースの上位3着までの馬を順位に関係なく的中すればO.K.となります。馬券に少し詳しい方に分かり易くなるように言えば、従来の馬連3頭ボックスでワン・ツー・スリーを決めれば的中というわけです。
 ただし、この三連複は、とりあえず16頭立て以内のレースに限られます。これ以上の頭数で三連複をやると、馬券の組み合わせが増えすぎて射幸心を煽りすぎるからだそうです。売上増を狙ったゆえの三連複導入なのに、肝心のG1レースでは18頭立てが多くて、“三連複”を発売できない。アホですな。

 この馬券のメリットは、なんといってもやはり高配当でしょう。多頭数になった時の馬券の組み合わせの数がハンパではありません。それに、馬券の対象になる上位3頭のうち、1頭だけでも人気薄が飛び込んだ場合は高配当の可能性があります。
 また、全部の組み合わせの数が膨大になる割には、こちらが買う馬券の組み合わせの点数は、さほど多くならないのも特徴です。例えば、A、B、C、D、Eという5頭の絡む全ての組み合わせの馬券を購入する場合は、
 「ABC」「ABD」「ABE」「ACD」「ACE」「ADE」の6種類となります。これは従来の馬連で5頭全ての絡む馬券を買った場合の10点よりも、まだ少ないのです。
(訂正:5頭の場合は10通りで、“馬複”ボックスと同数でした。三連複の組み合わせが少ないのは4頭ボックスまでです)
 よって、三連複のメリットは、少ない投資で莫大な利益。これであります。

 ただし、デメリットも当然あります。
 中でも最大のデメリットは「とにかく当たらない」という事になるでしょう。
 これまでの、上位2着を当てる形式でもかなり難しかったと言うのに、そこへもう1頭増えるわけですから……。
 また、少頭数のレースの場合は、意外と配当が伸び悩む事が予想されます。出走頭数が10頭を割るレースの場合など、1番人気の組み合わせで、配当が10倍を割るケースが十分考えられます。これだけ難しいのに配当の面で報われないなど、ハッキリ言って拷問に近いものがあります。

 ですから結局、この三連複馬券もまた、従来の“馬複”馬券などと併用しつつ、いわゆる“ボーナス狙い”で一穫千金を狙うのが得策と言えるでしょう。ナメてかかって、いたずらに購入点数・金額を増やすとドツボにハマる可能性が大です。絶対に“大怪我”する事の無いように自らを戒めたいものですね。

 
……と、こうして、今日は“新賭式”馬券の分析をしてみました。やはり的中の難度が高い分だけ、より長期的かつ理性的な馬券戦術を立てる必要があるでしょう。JRAに儲けてもらいたいのはヤマヤマですが、かといって当講座の受講生がJRAの策略に呑まれて大金を失う事の無いように気をつけてもらいたいものです。
 では、今日はこの辺で講義を終わります。また来週からは通常の競馬学講義のスケジュールに戻りますので、どうかよろしく。 

 


 

3月23日(土) 競馬学特論
「G1予想。高松宮記念編」

 こんばんは。講師の駒木ハヤトです。
 通常、この競馬学特論の講義は、助手の珠美ちゃんと対談形式で行うのですが、今回は諸事情により、余りにも時間がありません。(実は、現在翌24日の朝5時半を回っています)。
 ですので、今回は予想の発表と、有力馬の簡単な解説に絞って、“時間短縮バージョン”として講義を進めていきたいと思います。ご了承ください。
 それでは、早速予想の発表です。

12番 トロットスター
9番 アドマイヤコジーン
5番 ショウナンカンブ
14番 ディヴァインライト
× 10番 エアトゥーレ
× 16番 スティンガー

 本命はトロットスターに打ちました。
 実は、今回の高松宮記念、スプリント戦としてはかなりメンバーの層が薄いです。生粋のスプリントタイプで目ぼしい実績を挙げている馬は、この馬くらいしか見当たりません。ハイペースで一応は展開も向きますし、体調も戻って来たとあっては、主力の座は揺らぎません。

 対抗はアドマイヤコジーン。
 G1レース・朝日杯3歳S(当時)の覇者であるこの馬、G1制覇直後に故障に見舞われて長期の休養を強いられました。復帰後もメンタル面での問題が発生し、途中でレースを止めてしまうケースが多々見られました。
 しかしここに来て、明らかな復調気配。前哨戦・阪急杯(G3)を3馬身1/2差で圧勝し、たちまち最有力候補の1頭に名を連ねています。
 純粋なスプリンターでないこの馬が、果たしてスプリントG1戦の流れに対応できるかという点や、ハイペースの中を先行グループで追走して余力が残るかどうかなどの懸念材料はありますが、地力の面で話をすると、出走馬の中では明らかに上位です。

 単穴・▲印はショウナンカンブ。ダートから芝に転向して1200mレースを2戦し、いずれも抜群のスタートダッシュからの粘りこみで逃げ切り勝利を飾っています。まだ実績は足りませんが、生粋のスプリンターである事は強調材料と言えます。
 ポイントは、ハイペースでレースを引っ張り、なおかつ他の馬に絡まれた場合、いかに凌ぐかでしょう。が、ハイペースで飛ばす事により他の馬のスタミナを浪費させ、巧みに粘りこみを果たす事も十分考えられます。メンバーが比較的手薄なここは、大出世のチャンスです。

 これ以降はちょっと総合力で差のある“伏兵”たちです。まず、2年前のこのレース2着馬・ディヴァインライト。最近のスランプを考えると、年齢的な事もあり推し辛いのですが、また展開に恵まれて最内コースをすくう事が出来れば、また2着に突っ込み位の可能性はあります。
 不気味な存在がエアトゥーレです。前走の京都牝馬Sに敗れた事で評価が下がっていますが、実力・実績的には他の馬に対して引けをとりません。人気薄だけに一発も十分考えられます。
 1400m左回りに強いスティンガーですが、2000mを超えるレースでも健闘しているところからも1200mは明らかに不向きでしょう。1400mのレースというのは面白いもので、スプリンターでもマイラーでも活躍できるようになっています。ですので、1400mの京王杯スプリングC2連覇という記録も大して強調材料にはなりません。かなり人気になる存在かもしれませんが、これはあくまで押さえとしておきたいです。

 買い目は5、9、12のBOX。それと押さえに12-14、10-12、12-16の以上6点。ただし、オッズ的に妙味が薄いので、押さえの3点のうちいくらか削る事も考えなければならないでしょうね。

 ちなみに、珠美ちゃんの予想印は以下の通りです。

12番 トロットスター
9番 アドマイヤコジーン
16番 スティンガー
14番 ディヴァインライト
× 6番 サイキョウサンデー
× 8番 メジロダーリング
× 5番 ショウナンカンブ

 僕の予想と似ているようで似ていないような感じでしょうか。

 では、今日はこれで終わる事にします。次回以降は、またじっくり時間をかけて予想をお届けしたいと思います。それでは、皆さんも頑張ってください。


高松宮記念 結果(5着まで)
1着 ショウナンカンプ
2着 アドマイヤコジーン
3着 16 スティンガー
4着 15 リキアイタイカン
5着 12 トロットスター

 ※駒木博士の“勝利宣言”
 ○▲的中。辛勝だなあ……。
 トロットスターは、ここまで負ける要素が見当たらないんだけど、やっぱり競馬は波乱のスポーツだよね。
 競馬学的に言えば、スティンガーの走りは“中距離以上に適性のある馬が短距離を走った時の走り”だと覚えておいてください。「距離適性が合わない」とは、ああいう事です。

 ※栗藤珠美の“反省文”
 ううぅ……(涙)。フェブラリーSの時に「博士に勝ちました!」なんて言ってたら、キッチリお返しされちゃいました……。2着3着って、やっぱりショックですね(苦笑)。
 それにしても、いつもは実績不足の昇り馬を軽視している博士が、ショウナンカンプを▲にしているんですね…。この辺りのカンの働きがキャリアの差なんでしょうか…。

 


 

3月17日(日) 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース(10)
1996年高松宮杯/1着:フラワーパーク

駒木:「1日遅れての競馬学概論、今日は予告していた通り、1996年の高松宮杯──今は高松宮記念と呼ばれているけど──を題材にする事にしたよ。ちょうど来週が今年の高松宮記念だし、タイムリーな話題という事で」
珠美:「この1996年の春に、私は仁経大付属高校に入って、それから競馬を観るようになったんです。だからこのレース、この時は5月開催だったんで、ちゃんとTVか競馬場の大画面で観てるはずなんですけど、まだ本当に競馬について何も知らない頃だったんで、全然リアルタイムで観ていた実感が無いんですよね……」
駒木:「競馬をする人なら、皆が体験する道だからね(苦笑)。で、観てたはずなのに観てた感覚が無いから悔しいんだよね。」喩えるなら、まだ小さい頃にオフクロと一緒に入ってた女湯の様子が思い出せない、みたいな…
珠美:「……博士、その喩えは下品です…」
駒木:「そうだ、珠美ちゃんはオヤジさんと男湯に入ったこ……」
珠美:「ありません! それに講義中なのに、研究室でやるような雑談は止めてください!」
駒木:「…おい、ちょっと待て、それじゃ研究室でそんな話してばかりいるように思われるじゃないか!」
珠美:「……レースの紹介に移らせて頂きます」
駒木:「おいおいおいおい(狼狽)」
珠美:「(毅然と無視して)このレースが行われたのは、1996年の5月19日でした。
 高松宮杯は1970年に創設された、中京競馬場で最もグレードの大きなレースです。創設当初は、宝塚記念から約1ヵ月後に行われる芝2000mの中距離戦で、その時その時の超一流馬が出走する、夏競馬の名物レースでした。グレード制導入時はG2の格付けだったんですね」

駒木:「ローカル開催のG2にしては出走馬のレヴェルも高くてね。今の札幌記念みたいな存在だったと言ったら分かりやすいかな? 
 1974年にはハイセイコー、1977年にはトウショウボーイ、そして1988年には当時(旧)4歳で、クラシック登録が無くて裏街道驀進中だったオグリキャップが出走して、みんな勝ってる。特にハイセイコーの時は、もうとんでもない人出で、半ばパニック状態だったとか聞くよ。
 そして1994年と95年は、ナイスネイチャとかマチカネタンホイザとかいった“イマイチ”系名馬が、ここで悲願の勝利を飾って話題になった。特にナイスネイチャの時なんか、ステイゴールドの香港国際ヴァーズの時に匹敵するくらいのインパクトと感動があった」
珠美:「それが、この年から5月の中京開催で実施されるようになって、さらに距離が1200mに短縮された上でG1レースに昇格したんですよね」
駒木:「でも、この条件変更は不評でねえ。
 当時、JRAは短距離レースの地位向上を目指していたんだ。で、それに伴うレースプログラム大幅変更の一貫として、このレースに一種の“白羽の矢が立った”形になったわけだね。スプリンターズSの春版ってわけ。
 でもね、前にも話したかも知れないけれど、当時の短距離レースは中・長距離のレースよりも一段下に見られていたんだ。それを無理矢理、夏の名物レースを春の短距離G1にしてしまったものだから、当時の競馬雑誌には毎週のように『JRAに物申す』投書が掲載されていたよ。
 でも、結果的にこの年の高松宮杯が短距離レースの地位を確立する、文字通り画期的なレースになった。いや、天皇賞の枠を巡ってクロフネとアグネスデジタルのファン同士が揉めた時も思ったけど、やってみないと分からないものだね、競馬ってさ」
珠美:「その辺の話は、また追ってお話して頂きましょう。
 …現在は、2000年のレースプログラム改変に伴って3月の中京開催へと、さらに時期が繰り上げられて実施されています。そして、今では外国の調教馬も出走できる国際競走となっています」

駒木:「先週採り上げたスプリンターズSが9月にズラされたのと対応しているわけだね。何故、そういう事になったのかは、いつも言ってるようにJRAの変な癖としか言いようがないけどさ」
珠美:「この年の高松宮杯の出走馬は13頭でした。
 では、いつものように、単勝人気順に有力馬の紹介をしてゆきます。まず、1番人気がヒシアケボノ。当時活躍されていた横綱・曙を名前の由来にした通り、馬体重550kgを超える巨漢馬で、前年スプリンターズS勝ち馬です。ここまで6勝のうち、1200mのレースが5勝と、この距離を特に得意にしていました。前走はシルクロードSで3着に敗れていますが、馬体の仕上がりが遅い大型馬の休み明けということで、敗戦にも評価は下がったわけではなかったようです。
 そして2番人気は、なんとあのナリタブライアン。この講義の第1回で扱った阪神大賞典の後、天皇賞・春2着を挟んで、スプリントのレースに参戦してきました。このブライアンの挑戦に関しては、後で詳しく博士に解説して頂きます。
 3番人気がフラワーパーク。当時は(旧)5歳馬だったんですが、デビューが(旧)4歳の秋と遅れに遅れました。しかし、その後はトントン拍子に条件戦を勝ちあがり、前走のシルクロードSでヒシアケボノらを好タイムで完封。一気にG1の有力馬に登りつめました。
 4番人気が、スプリンターズSの2年連続2着馬・ビコーペガサス。重賞勝ちはG3が2勝だけと、なかなか勝ち運には恵まれませんが、戦績以上の地力を評価されての4番人気というところでしょうか。
 これから先は単勝オッズ10倍以上になりますね。5番人気がシルクロードSで2着に食い込んだドージマムテキ。重賞勝ち鞍こそG3を1勝しているだけですが、幅広い距離条件で活躍し、当時ではファンの間でお馴染みのバイプレイヤーでした。それから、6番人気のフジノマッケンオーは皐月賞やダービーでも健闘したという実力馬です。しかし、得意なのは1600m以上のレースで、このレースは自身の距離適性との戦いでもあったようです。
 ……私からは以上です、博士」

駒木:「……うん、ありがとう。まず、上位人気馬の層が若干薄いように感じるのは、これはまだ芝スプリント戦線が整備されてなくてレース数が少なかっただけ。今のスケジュールだったら、もうちょっとマシに映ったんじゃないかな、と思う。
 で、やっぱりこのレースのポイントはナリタブライアンだよね。
 今では当然の話だけど、当時も中・長距離馬と短距離馬の“棲み分け”は確立されてて、いくらそのカテゴリのトップクラスと言えども、お互いの縄張りを荒らすことはしなかった。あるとしても、2000m前後が得意な中距離馬が1600mのレースに出てきたり、逆にマイラーが中距離のレースにチャレンジして来るって程度。これは今でも時々見られる話だから、実感できると思うけど。
 だから、長距離のチャンピオンであるナリタブライアンがスプリントのレースに出走するという事が判明した途端、競馬界はそれこそひっくり返るような騒ぎになった。有り体に言うと、賛否両論おしなべて不評ってところでね、『いくらなんでも無謀すぎる』、『時代逆行も甚だしい』と、特に“良識派”と呼ばれてた硬派の競馬評論家の間で評判が悪かった」
珠美:「でも、どうしてナリタブライアンの関係者は、そんな批判を圧してまでこのレースを使おうと考えたんでしょうね?」
駒木:「それは永遠の謎……と言いたいところだけどね。まぁ、レースを使いながら馬を仕上げてゆく大久保正陽厩舎だからね。純粋にここを叩き台にして宝塚記念に臨もうとしたというのが、一番考えられるセンだね。ナリタブライアンは収得賞金を稼ぎ過ぎていて他に出るレースが無かったし。
 それに、やっぱり『1200mから3200m、オールカテゴリのチャンピオン』という肩書きが欲しくないといったら嘘になるだろうね。また、当時は『中長距離>短距離』という認識があったから、『長距離馬が短距離に出るハンデを考えても、地力の差で何とかなるんじゃないか?』という思いもあったんだろうし。第一、長距離のチャンピオンが短距離の大レースに出るなんて事、ここ数十年無かったから、実際にやってみないと本当のところは分からなかったっていうのもあるんだよ。先に挙げた“良識派”の人たちも含めてね。
 『長距離馬が1200mを走るなんて、マラソン選手が100m走に出るようなものだ』『いやいや、距離を考えると、400mの選手が100m走に出るようなものだから、実力がずば抜けていれば充分対応できる』……とか、まぁブライアンが出走を決めてからレースまでの2週間は、激しい論議が絶えなかった。30年ほど昔に活躍して、長距離、短距離、ダートまでまんべんなく走った、競馬史上に残るゼネラリスト・タケシバオーを引き合いに出す人までいた。
 当時は僕もただの競馬ファンだったわけだけど、傍から観てても楽しかったね。競馬ってのは、レースそのものよりも、その手の議論の方が楽しい時も多々あるし
珠美:「博士はどういう立場のお考えだったんですか?」
駒木:「『やってみなくちゃ分からない』(笑)」
珠美:「(笑)。博士らしいですね」
駒木:「そうかい(苦笑)? …まぁそれはさておき、こうして出走についての賛否を議論している内は楽しいだけで済んだんだけど、実際にエントリーして来て、いざ予想をする段になると、これがメチャクチャ難しい事に気が付いた。本命にするのは冒険だけど、無印にするのはもっと冒険だからね。例えば珠美ちゃん、全盛期のテイエムオペラオーがジャパンカップダートに出てきたら、どうする?」
珠美:「うわぁ……それは、ちょっと考えたくないですね(苦笑)」
駒木:「だろ?(苦笑) だからこのレースの予想には、専門紙の評論家はもちろん、どこにいる競馬ファンまでも、ウンウン頭を悩まさせられた。結局ナリタブライアンは、予想紙の印は2番手の“○”から4番手の“△”が中心。単勝オッズの2番人気は期待料込みでってところだろう。
 ……まぁ、というところで、実際にレースを振り返ってみようか」
珠美:「まずはスタートですが、1、2頭出遅れた馬はいましたけど、有力馬はナリタブライアンも含めて五分のスタートでした。そこからまず、当時スタートダッシュ日本一と言われた馬・スリーコースが先頭に立ってハイペースで飛ばしてゆきます。フラワーパークは、それを悠々と追走して2番手。そのすぐ後ろからヒシアケボノとビコーペガサスがペースを上げながら3番手、4番手。ナリタブライアンは五分のスタートから、徐々に他の馬に遅れるような形で、道中は10番手あたりを走っていました。これはどうしたんでしょうか?」
駒木:「VTRを見てみると、鞍上の武豊JKは特に手綱を押している様子は見えない。馬なりなんだね。恐らくブライアンはいつも通り走ってる感覚なんだけど、いつもの中・長距離のレースとはレース全体のペースが違うから、形として遅れてしまったように見えたんだろうね」
珠美:「レースはこのままコーナーを回って最後の直線入口まで流れてゆきます。しかし、いつもは最終コーナーで捲り気味に追い上げていくナリタブライアンが、この日は上がってゆけません。結局、馬群の内側に包まれる形になって、順位はほぼそのままで直線に入ってゆきます」
駒木:「中・長距離のレースなら、3〜4コーナーでバテる馬が多くなって、逆にブライアンはスピードを上げる。だからいつもは大外捲りが利いたんだけど、短距離レースってのは、なかなか馬がバテてくれないからね。簡単に言うと勝負所が違うんだよ。ブライアンはそれに対応できなかったって事だね。中京競馬場の直線は平坦で短い。結果的にこれが致命傷になった」
珠美:「直線に入って先導役を務めていたスリーコースが後退、勝負の行方はフラワーパーク、ヒシアケボノ、ビコーペガサスの3頭に絞られた形になりました。逃げるフラワーパークを後の2頭が追い詰めますが、やがて逆に差が広がってゆきます。2着争いは、ややコーナーで外に膨らんだヒシアケボノの内を掬う形でビコーペガサスが伸びて来て、これを征します。ナリタブライアンは、直線になってようやくグングン差を詰めてきますが、上位3頭の影を踏むのが精一杯でした。
 フラワーパークが1分7秒4という、当時としては好タイムで1着。リニューアル後の初代勝ち馬に輝きました。2着にビコーペガサス、3着ヒシアケボノ、そしてナリタブライアンは4着でした。以下、フジノマッケンオー、ドージマムテキと、大まかには人気順にまとまりましたね」

駒木:「ナリタブライアンも、明らかに格下の馬にはキッチリ先着して最低限の面目は保ったね。このレースの結果、1200mのレースでは、
 『短距離のチャンピオン級>長距離のチャンピオン級>短距離の二線級』
 …という力関係なんだ、という確固たる認識が生まれた。そして、『ナリタブライアンでダメだったら、もうダメだな』って感じで、これ以降、中・長距離のチャンピオンが高松宮杯やスプリンターズSに挑戦することは無くなった。このレースをきっかけに、日本の競馬では完全に中・長距離馬と短距離馬の棲み分けが確立されたことになる。まさに画期的なレースだったんだよね」
珠美:「それでは、このレースで活躍した馬のその後について解説をお願いします」
駒木:「まずナリタブライアンは、この直後に屈腱炎を発症してしまって、引退。種牡馬になったけど、2シーズン供用されたところで、残念ながら病死している。
 フラワーパークは、この年が全盛期で、暮れのスプリンターズSも、エイシンワシントン以下を僅か数cm差の写真判定で勝って勲章をもう1つ加えることになる。
 対照的にヒシアケボノはこれ以降大スランプに陥ってしまい、それを脱する糸口も見えないまま、惨めにターフを去る羽目になる。父馬がウッドマンの馬に時々見られるケースらしいんだけど、可哀想な晩年だったね。
 ビコーペガサスは、これ以降も惜しいレースを続けたけど、結局G1は未勝利で引退。あとは、ドージマムテキが(旧)10歳まで走っていたのは印象深い話だよね」
珠美:「…ハイ。博士、ありがとうございました」
駒木:「はい、お疲れ様。次回は競馬学特論の方だよね。例によって直前予想をお送りする予定です。それでは、また来週」

 


 

3月9日(土) 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース(9)
1998年スプリンターズS/1着:マイネルラヴ

駒木:「ちくしょー、ネタが無いぞー!
珠美:「は、博士…大きな声でそんな事を…。それに、『ネタ』って言い方は……(汗)」
駒木:「実は、来週にまとめて映像資料を入手することができそうなんだけど、今週はその谷間なんだよね。せっかく映像が観られるのに、それを入手する前に講義するわけにいかないじゃない(苦笑)。
 で、入手できるレース以外で、手元に映像資料が残っていたり、当時の様子を克明に記憶しているレースを探すとなると非常に骨が折れた(苦笑)」
珠美:「そういうわけでしたか(苦笑)。それで、今日扱うレースは……1998年12月のスプリンターズステークス(以下、スプリンターズSと略)ですね。
 ……なるほど、約3年前だったら当時の様子もよく覚えてるわけですか(笑)」

駒木:「おいおい、助手だったら、もう少し聞こえが良いようにフォローしてくれよ(苦笑)。
 まぁ、そう言われると反論できないけど(苦笑)、一応テーマを決めた上で題材にしたんだからね。行き当たりばったりってワケじゃないぞ」
珠美:「テーマですか?」
駒木:「そう。今日観るレースは、有名な競馬格言の1つ『競馬に絶対は無い』っていうのがテーマなんだ」
珠美:「そう言えば、よく聞く言葉ですね。これは勝負事全体に言えることかもしれませんけど……」
駒木:「でも競馬は特にそうだよ。そもそもギャンブルってのは、確率100%という要素があると成立しないものだから、必ず波乱の目はある。それに加えて、競馬は人間じゃなくて別の生き物が絡んでくるわけだからね。同じ人間の考えや行動でも予測不可能なのに、馬のする事が分かりっこない。そうだろ?」
珠美:「ええ、まぁ…確かに」
駒木:「『どうして今更そんな事言うんですか?』って顔してるね(笑)。でもさ、競馬やってる人って、よく言うじゃないか。『このレースは堅い。鉄板だ!』とか『絶対大丈夫! 勝てるって!』とかさ。珠美ちゃんも競馬場とかウインズ行ったら聞く言葉じゃないかな?」
珠美:「そういえば、皆さん言ってますね(笑)。……確かにそうですね」
駒木:「だろ? 気持ちは分かるけど、矛盾してる事この上ない。だから今日の講義は、そんな『絶対だ!』みたいな事を二度と言わないよう戒める意味で、このレースを採り上げたんだ。芝短距離の日本競馬史上最強馬・タイキシャトルが、まさかの3着敗退を喫して馬連の対象から外れてしまったレースをね。
 事実、僕はこのレース以来、競馬の予想をする時に『絶対』と言う言葉を使わないようになったんだ。ちょっとした授業料を払ったおかげでもあるけど(苦笑)」
珠美:「そうだったんですね。分かりました。あ、私は当時、仁経大付属高校の生徒でしたからレースは観てても馬券は買ってませんでした。ちょうど仁経大編入飛び級入試の勉強中でもありましたし。ただ、『馬券買えなくて良かった〜』って思った覚えはありますね(笑)」
駒木:「まぁ、そういうわけで、レースの紹介をしてもらえるかな?」
珠美:「ハイ、分かりました。……このレースが行われたのは、先程も言いましたが1998年12月の20日でした。まだこの頃は冬のレースだったんですよね。
 このスプリンターズSは昭和42年に創設されたレースですなんですが、当時はまだ短距離レースの地位が低く、あまり大きな扱いはされなかったようです。昭和59年のグレード制導入の際も、初めはG3格付けでした。それでも、その後短距離レースの地位向上と共にグレードも上がってゆき、1990年からG1に格上げされました。なお、1994年から海外調教馬にも開放されていますが、これまで上位に入った馬はいません。
 現在は秋シーズンに施行時期がずらされてますけど、レースの条件は長い間変わらないままですね。中山競馬場の芝外回り1200mです。ただし、今年は東京競馬場の改修工事の影響で、新潟競馬場で行われますけれど」

駒木:「まず、短距離路線の地位云々って言うのは、つい最近までのダート競馬を思い浮かべてくれればいいと思う。つい十数年前までの競馬は、あくまで中長距離がメインであって、短距離は従属物に過ぎなかったんだよ。
 それから施行時期の話。JRAってのは、矛盾に満ちた競馬法は変えようとしないくせに、レースの条件とか施行時期はコロコロ変えるよね。競馬ファンはともかく、厩舎関係者はたまったもんじゃない。
 例えば宝塚記念。『3歳馬の出走が見込めない時期に行うのはいかがなものか』ってクレームがあって、わざわざ中京と阪神の開催を入れ替えるまでして今の時期に移転されたんだ。だけど少し考えてみたら、どんな時期であれ、ダービーで目一杯走ったトップクラスの3歳馬が宝塚記念に大挙出走するなんて有り得ない事くらい分かりそうなもんだけどね。案の定、以前にも増してファンからのクレームがつくようになってしまった
 この時期変更で一番災難だったのは、宝塚記念に出走した馬とその厩舎だった。秋シーズンとのインターバルが1ヶ月近く短くなった事で、夏場の調整を失敗する馬が相次いでしまったんだな。JRAも慌てて札幌記念を別定のG2にしたりして、臨時ステップレースを組んだけどね。
 ……で、このスプリンターズSに関してだけど、12月の中山競馬場っていうのは、とにかく馬場が荒れていてねえパンパンの良馬場が理想の馬には鬼門みたいなレースだった。スギノハヤカゼとかマサラッキとかは、レースに出てくる前から終わってたような印象があったものね」
珠美:「……それでは、この時のレースの有力馬を紹介します。出走馬は16頭だったんですが、イギリスから来日したボルショイ号がレース前の最終調整で骨折してしまい、出走を取り消し。結局レースに出たのは15頭でした。
 まず、単勝オッズ1.1倍というダントツの1番人気がタイキシャトル。戦績は12戦11勝2着1回、この時点で8連勝中、G1は国内外合わせて5連勝中という凄い馬でした。戦績の詳細については、また後で博士に解説していただきましょう。
 2番人気はシーキングザパール。でも、単勝オッズは10.5倍だったんですね。タイキシャトルに先立つ事1週間、フランスのモーリス・ド・ギース賞で日本調教馬初の海外G1制覇を達成した馬です。前年のNHKマイルカップも勝っていて、G1を2勝していることになりますね。前走のマイルCSは8着。実力以上の惨敗で、道中掛かり気味だったことと、本質的に1600mは長すぎたことが敗因とされています。
 3番人気はワシントンカラー。ダートを中心に使われていた馬ですが、昨年のこのレースを3着、そしてこの年の高松宮記念を2着と、芝の1200m戦でも通用することを戦績で実証していますが、G1無冠では、海外で活躍している2頭に比べて見劣りするのは仕方の無いところだったのかもしれませんね。
 これ以下になると、もう単勝オッズは20倍以上です。(旧)4歳限定の1200m戦重賞を2勝しているトキオパーフェクトや、当時はまだ全盛期に突入する前のエイシンバーリンが4、5番人気でした。
 ……このレースを勝ったマイネルラヴは7番人気だったんですね。前年の朝日杯3歳S(当時)でグラスワンダーの2着に健闘した以後はG3・セントウルSを1勝だけ。確かにこれでは単勝人気が低迷するのも仕方ないところでしょうか。
 ……私からは以上です、博士」

駒木:「うん、ありがとう。じゃあ、細かい点の解説だね。
 まず、タイキシャトル。デビューが(旧)4歳の4月ってあたりがいかにも藤沢和雄厩舎だけど、初めから短距離志向の馬だったから、焦らずに仕上げたのは正解だったんだろうね。本格化前に、オープン特別で1度だけクビ差2着に負けてるけれど、あとはもうありとあらゆる条件で重賞・G1勝ちを収めている。
 G1デビュー戦になった(旧)4歳のマイルCSについては、サイレンススズカ三番勝負の時に扱っているから、そちらを参照してもらうとして、それからがとにかく凄い。
 まず、前年のスプリンターズSを能力の差で圧勝。年が変わって5月の京王杯をレコ−ド勝ち、安田記念は不良馬場の中、海外の強豪を相手にこれまた完勝。満を持して乗り込んだフランスのジャックルマロワ賞でも、慣れない直線コースを克服して見事に快挙達成。そして、調整が難しいはずの帰国緒戦でもビッグサンデー以下を全く相手にせずに5馬身差で連覇。もうパーフェクトとしか言いようのない成績だったね。シンザンも、シンボリルドルフも、ナリタブライアンも、テイエムオペラオーも、ここまで完璧な成績は残していない。まさに史上最強馬だった。このレースの直前気配も抜群で、死角らしい死角は全く無かったんだよ。それが負けちゃうんだからねえ……。
 あと、シーキングザパールについても少し解説しておこうか。珠美ちゃんが紹介してくれた通り、この馬は日本調教馬初の海外G1制覇を達成したんだけど、実は世間的には、『G1制覇』の第一報が伝わるまで全くのノーマークだった。1週間後に出走を控えたタイキシャトルの方に皆が注目してたからね。だから、ニュースが入って来た時は半ばパニック状態さ。
 今となっては信じられないけれど、当時は国内でNo.1じゃない馬がヨーロッパのG1を勝つなんて、到底考えられない話だったんだよ。特にこれより少し前、ダンスパートナーサクラローレルがチャレンジに失敗していたから、日本の競馬ファンは大きなコンプレックスを抱いていたんだね。タイキシャトルでも『この馬なら、どうにかならないものかなあ?』って半信半疑だったくらいだもの。
 ドバイワールドCで2着馬を出したり、香港国際レースでG1馬がいっぺんに3頭も出るようになった今とは、まったく感覚が違っていたわけ。これがたった4年前だもんなぁ……」
珠美:「そういえば、私が競馬を観始めた5年前は、『いつか海外で日本の馬が活躍できたらいいなぁ……』って感じでしたものね。まるで受験生が『東大に入れたらいいなぁ……』って思うように」
駒木:「ほんとにね。夢物語がたった数年で現実だもんな……。
 あぁ、時間が無いや。レース回顧を急ごう」
珠美:「ハイ。1200mのレースですから、あまり時間はかからないと思いますけど(笑)。
 レースはシンコウフォレストとエイシンバーリンの2頭が、競り合いながらハイペースで引っ張る形になりました。その後ろに本来は逃げ馬のトキオパーフェクトが控えて、それらをマークする形でタイキシャトルがいました。そして、タイキシャトルをさらにマークする形でマイネルラヴとワシントンカラーが馬なりで追走。シーキングザパールは最後方からの追走になりました」

駒木:「これが全盛期のエイシンバーリンなら、競り合うことも無く、単独で超ハイペースを演出しただろうけどね。この当時じゃ、これが限界だったんだろう。あと、シンコウフォレストは、この年の高松宮記念を勝ってるんだけど、秋に入ってから大スランプでね。ちょっとこのレースでは勝ち目が薄かった。
 タイキシャトルは絶好位だよね。観ていて『これは間違いない。絶対に圧勝だ』と思ったよ。でも、『絶対』は無かったんだね。
 シーキングザパールは最後方か。スプリント戦は先行有利だから、武豊JKもかなり勇気のある決断をしたもんだ。さすがは“追い込みの武豊”といったところかな」
珠美:「位置取りが落ち着く間もなく、早くも勝負処を迎えます。まず、早々とタイキシャトルが捲り気味に先頭に並びかけますが、この時、馬体を合わせるようにマイネルラヴも一緒に上がってゆきます。ワシントンカラーは、ここでやや置かれ気味。最後方のシーキングザパールは、ようやく順位を上げていきましたが、まだ後ろの方でした。
 直線入口。タイキシャトルが先頭に立とうとしますが、マイネルラヴの方が脚色が良く、先頭を譲りません

駒木:「ここで初めて、タイキシャトルの様子がいつもと違う事に気が付いた先週の講義で話に出した、京都新聞杯のナリタブライアンとよく似てる感じでね。いつもはスパっと切れるはずのラストスパートで、やけにモタモタしてるんだ
 この時の岡部JKのコメントを見ると、この時のタイキシャトルはご機嫌斜めで、ずっと怒った状態でムキになって走っていたらしい。『そんなの聞いてねえよ』ってのが実感だったけど(苦笑)」
珠美:「それでもタイキシャトルは差し返そうとするんですが、直線半ばでついに力尽きます。そこへ矢のように飛んできたのがシーキングザパール。デビュー以来12戦して2着を外した事の無かったタイキシャトルが3着に敗れた瞬間でした」
駒木:「この時は阪神競馬場のターフビジョンで観てたんだけど、まさに場内騒然と言うか、何と言うか。一言で表現するなら『勘弁してくれ〜』って感じだったね」
珠美:「1着がマイネルラヴ、2着シーキングザパール。なんと万馬券なんですね」
駒木:「そう。タイキシャトル一本被りだったからね。僕もタイキシャトルからの流し馬券しか持っていなかった。
 で、これ以来、『競馬に絶対は無い』ということを実感して、どんなに強い馬が出て来たとしても、その馬が絡まない馬券も最低1点は買うようになった。そう言う意味では、僕にとって非常に教訓になったレースだったね」
珠美:「わかりました(笑)。それでは、その後のお話をお願いします」
駒木:「タイキシャトルはこれで引退。で、シーキングザパールは、翌年以後も高松宮記念2着とか、一応の活躍を見せた後にアメリカへ渡って、1回レースに使われた後、繁殖牝馬になった
 マイネルラヴは……うーん、この後はサッパリだったなあ。このレースで全ての力を使い果たしちゃったのかもしれないね。ワシントンカラーは未だに現役。重賞でも活躍してるね。脇役に徹する立場になったけど、健在なのは素晴らしい限り。
 あとは……そうだなぁ。このレースは6番人気で荒れ馬場が応えて惨敗したマサラッキが、パンパン馬場の高松宮記念に勝ったくらいかなあ。
 ちょっとパッとしないけど、そんなところ」
珠美:「……ありがとうございました」
駒木:「珠美ちゃんもお疲れ様。来週はナリタブライアンが挑戦した、1996年の高松宮記念を採り上げる予定だよ。それじゃ、今日の講義を終わります」(来週に続く)

 


 

 3月2日(土) 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース(8)
1994年菊花賞/1着:ナリタブライアン

駒木:「この講義も8回目になるんだね。題材に困るかなとも思っていたんだけど、まだしばらくは大丈夫そうだ(笑)」
珠美:「あら、今日はナリタブライアンですね。この講義では2回目の登場になりますか?」
駒木:「最近、どうも湿っぽい印象のレースばっかりだったんで、今日は豪快なレースをと思ってさ。90年代のレースで豪快なレースを探していると、どうしてもナリタブライアンが出て来るんだよ。さすがは『20世紀の名馬100』第1位ってところかな」
珠美:「差を広げて勝ったレースが多いですものね」
駒木:「それだけじゃない。3コーナーから大外を捲っていって、全く次元の違う走りで勝っちゃうんだ。ブライアンの全盛期の強さは、少なくとも印象だけならテイエムオペラオーの比じゃなかったよ。全盛期が短かったのが、本当に悔やまれる」
珠美:「前にもお話したかもしれませんけど、ナリタブライアンが走っていたのは私が中学生の頃ですから、リアルタイムでは知らないんですよね。残念です(苦笑)。
 …あ、それに、この菊花賞は三冠達成のレースですよね。私が競馬を観るようになってから、まだ三冠馬が出てないので、とても悔しいんですよ。チャンスがあったはずなのに、三冠達成の瞬間を観てなかった事が(苦笑)」

駒木:「あぁ、少しは分かるよ、その気持ち。僕も競馬を観始めた頃は、キャリアの長い人たちから散々ミスターシービーやシンボリルドルフの話を聞かされたものだから。『三冠達成の瞬間ってのはなぁ…』みたいにね(笑)。で、僕に自慢してた人たちも、若い頃には、もっと年配の人から『シンザンの時は……』とか聴かされていたわけだから、因果が巡り回ってる感じだね(笑)」
珠美:「(笑)」
駒木:「じゃあ、前フリで長くなってもアレなんで、早速レースの紹介に行こうか。珠美ちゃん、よろしく」
珠美:「…ハイ。このレースは1994年11月6日に行われました。この菊花賞は、昭和13年にイギリスのクラシックレース・セントレジャーの日本版として始められた長距離レースです。本家セントレジャーは廃れちゃいましたけど、日本のクラシック三冠レースの最終関門として抜群の存在感を誇っていますね。当然と言うか、グレード制が始まった時からG1の格付けを得ています。
 ちょっと特殊なのが出走資格で、資格があるのは現在で言う3歳、しかも牡・牝限定です。去勢されたセン馬は出られません。これは、クラシックレースが繁殖用馬の選定という性格を持っているためだとされています。また、2001年から限定的に外国産馬にも開放されましたが、この当時は内国産馬限定のレースでした。
 歴史が長いだけあって、距離やコースは数度の変更を経ていますが、現在は京都競馬場の芝コース外回り3000mで固定されています。
 では、この1994年の菊花賞に出走した有力馬ですが、まずは何と言ってもナリタブライアンですね。この年の皐月賞・ダービーを圧勝した二冠馬です。ただし、秋緒戦の京都新聞杯でまさかの2着敗退を喫しています。この辺りは、後で博士に解説してもらいましょう。ちなみに、この前年の菊花賞馬・ビワハヤヒデは、ブライアンの父親違いのお兄さんにあたりますね。これも後で解説して頂きます。
 ナリタブライアンが強すぎて、少々影の薄いライバル馬たちですけど、一応の対抗格に挙げられていたのが2番人気のヤシマソブリンですね。ダービー3着の後、秋緒戦のオープン特別・福島民放杯を、古馬を相手にレコード勝ちで飾っています。トライアルレースを経由しない、いわゆる“裏街道”組ですね。
 3番人気がエアダブリン。皐月賞の後に頭角を現して、あっという間にダービー2着にまで登りつめた馬です。ただし、秋の2レースは、格下のはずの馬にも先着を許して3着、3着。人気を落としたのも、そのあたりに原因があったのかも分かりません。
 そして4番人気がスターマン。神戸新聞杯を勝って注目を集めるや、トライアル・京都新聞杯でナリタブライアン相手に大金星を挙げた馬です。ただ、データによると、距離適性に不安があるとのことで、人気を落としたとされていますね。
 あとは…セントライト記念でエアダブリンを破った5番人気のウインドフィールズまでが“有力馬”になるんでしょうか? 一応、私からはここまでということで……」

駒木:「はーい、ご苦労様。それじゃあ、少しばかり解説をしておこうかな。
 まずはナリタブライアンがスターマンに負けた京都新聞杯か。…これはこれで、丸々1回講義にしてもいいくらいの題材なんだけど、まぁ要は『競馬に絶対は無い』を地で行くようなレースだったね。
 夏を無事に過ごして、仕上がりも見た目はキッチリ出来ているように見えたナリタブライアン。相手はほとんどがダービーまででコテンパンに負かした馬ばかり。だから『これは鉄板、絶対大丈夫』…だということになって、単勝オッズがなんと1.0倍だよ。確か約7割の単勝支持率になってたような気がする。
 でも、外見はともかく、中身は仕上がってなかったんだろうね。休養明け緒戦では絶対に仕上げて来ない大久保正陽厩舎でもあったし。というわけで、最終コーナーの捲り脚も、直線の伸びも、ちょっといつもの精彩が無かった。それでも当面の敵であるエアダブリンは競り落としたんだけど、内から“蹴たぐり”をかましてきたスターマンに出し抜けを食ってしまったわけ」
珠美:「じゃあ、負けたといっても、そんなにナリタブライアン陣営は動揺したわけじゃなかったんですね?」
駒木:「そういうこと。そりゃ確かに不安材料にはなったけど、この敗戦で気を引き締めた分だけ逆にプラスじゃないか、とも言われてたくらい。『ブライアン、ピンチ』って言ってたのは、競馬初心者とネタに困ったスポーツ新聞くらいだったんじゃないかな(笑)」
珠美:「なるほど、分かりました(笑)。あと、ブライアンのお兄さん、ビワハヤヒデについてですけど……」
駒木:「ああ、はいはい。ビワハヤヒデは、ブライアンと同じように、圧勝ばかりでG1を3勝した馬だったんだけどさ。どうにも勝ち方に華が無くてねぇ。三冠レースを2着、2着、1着。さらにデビュー以来15戦連続連対(2着以内)とか、かなり凄い記録も作ったんだけど、2番手抜け出し一辺倒の戦法のせいか、どうにも人気が無くてね。いや、僕は大好きだったんだけどね。で、今では競馬の昔話にもなかなか出て来なくなってしまった。
 けど当時は、この年の有馬記念で兄弟対決が実現するんじゃないかと、大騒ぎになっていた。よくありがちな“どっちが強いか”論争も盛んに起こっていたんだよ。
 ところが、この菊花賞の1週間前、秋の天皇賞で、ビワハヤヒデはレース中に屈腱炎を発症、5着に負けてそのまま引退してしまった。兄弟対決も永遠に叶わないまま。
 …で、もうこうなったら弟には兄貴の分まで頑張ってもらわないと仕方が無い、みたいな感じでね(笑)。まぁ、そんなに期待を膨らませなくても、肩の力を抜いて走ったら勝てそうな感じではあったんだけど。
 以上、今ではあまり知られていないドラマでした」
珠美:「(笑)。ありがとうございます」
駒木:「あとは、ブライアン以外の有力馬についてだけど、まぁ、ハッキリ言って2着争いだった。唯一怖いのは、スターマンによる京都新聞杯の再現だったんだけど、スターマンは中距離系の血統の上に、切れ味勝負のスピード型だったからね。やっぱり不利だろうという見方が強かった。だから4番人気だったんだよねぇ」 
珠美:「じゃあ、もう三冠達成のお膳立ては出来ていたって感じですね」
駒木:「だね。…というか、そんなパターンでもないと、三冠ってなかなか達成できないものだからねぇ。力関係が偏っていないと無理だからさ。いくら強い馬がいても、その馬と同じくらい強い馬が同世代にいたら、三冠は難しいだろうしね」
珠美:「そのへんは、かなり運も関わってくるというわけですね。分かりました」
駒木:「うん、それじゃレースの回顧に行こうか」
珠美:「……ハイ。レースは開始早々、意外な展開になりました。なんと、出走馬中で唯一の1勝馬・スティールキャストがハナに立つや、大逃げを打ちます。リードはあっという間に広がってゆき、最大では10数馬身にもなりました」
駒木:「最近は出なくなったけどね、大逃げする馬。……ああ、去年のマイネルデスポットがそうか。
 でも当時は、メジロパーマー、ツインターボといった大逃げでG1や重賞を獲った馬が複数いた頃だったから、大逃げそのものは珍しくなかったんだ。それよりも、大逃げする馬が出ると、平均ペースで縦長の展開になるだろ? この展開は実力がある馬が有利な展開なんだよ。そう言う意味では、むしろナリタブライアンに絶対有利な流れでもあったわけ」
珠美:「え、でも去年のマイネルデスポットみたいに逃げ粘られるという不安は?」
駒木:「ほとんどゼロだったね(笑)。同じ大逃げでも、去年のは超スローペースで、この頃の大逃げは、大体が平均ペース。これもよくある話だからさ、当時は。逃げ潰れるツインターボの姿がファンの目に焼き付いている頃のお話だから(笑)。
 ……ただ、この逃げていたスティールキャストの母馬が、3200mの頃の天皇賞・秋を大逃げで逃げ切ったプリティキャストなんだよね。この“血”というやつが、どうにも不気味だったのは認めよう(笑)」
珠美:「スティールキャストの後ろは、ウインドフィールズで、あと3頭ほどが2位集団を形成。ナリタブライアン他、有力馬はそこから更に10馬身以上後方でした。これって、先頭から30馬身くらい離れてません?
駒木:「そう…なるね。まぁ、ナリタブライアンの南井JKは馬の力を信じてたし、他の馬の騎手は、とにかくナリタブライアンをマークしておかないと話にならないので、心中覚悟というわけ。これが本当に“集団自殺”になっちゃったのが去年の菊花賞だったけど」
珠美:「有力馬では、ヤシマソブリンはブライアンの1馬身前に。スターマンは逆に1馬身後ろですね。エアダブリンはそれよりも後ろ。ただし、レース後のコメントでは『前に行けなかった』という岡部JKの談話があります。
 ……そしてレースは後半戦へ。依然として縦長の展開のまま、勝負所・坂のある3コーナーに差し掛かります。この時点でも、まだスティールキャストのリードは10馬身以上。……ホント、心臓に悪いレースですね(苦笑)」

駒木:「いや、でもそこから有力馬が一斉に伸びて来てたからね。『よっしゃぁ、ついに来た!』って感じ。もっとも、4コーナー回っても10馬身近くリードあったから、ほんの少しはビビッてたけど(笑)」
珠美:「やっぱり怖かったんじゃありませんか(笑)。
 ……でも、直線に入って間もなく、スティールキャストは力尽きて後退。それに代わって、有力馬5頭による先頭争いへ移ります。一瞬、各馬は横一線になったような気がしたんですが…」

駒木:「なったような気(笑)。まぁ、的確な表現だね。並ぶ間もなく、ナリタブライアンが先頭に立って、あとはぶっ千切ってしまった。もう別次元の強さだったねぇ。ついた着差が7馬身。しかも馬場状態が稍重なのにレコードタイム。もう、常識という常識を全部ブチ破っての三冠達成だったね。負けた馬の陣営も、ただただ呆然とするしかなかったんじゃないかな」
珠美:「2着はヤシマソブリン、3着にエアダブリン。以下、ウインドフィールズ、スターマンと続きます。有力5頭が掲示板独占。さっきの博士のお話の通り、平均ペースで縦長の展開は、実力馬に有利なんですね」
駒木:「特にこの時は極端だったからね。とにかくこのレースは百聞は一見に然ずの典型。まだ見た事が無い人は、競馬場とかにあるディスクボックスか、G1レース年鑑のビデオとかで1回観てみるべきだね。お奨めは杉本節が入ってるフジTV(関西TV収録)版だよ」
珠美:「……じゃあ、それでは最後に、登場した馬のその後を……」
駒木:「ナリタブライアンは、もう説明不要だね。この後、有馬記念へ直行して、そこでもヒシアマゾン以下を3馬身1/2千切って圧勝。年明けも阪神大賞典を圧勝して、無敵の快進撃が永遠に続くと思われたんだけど……後は悪夢の故障、そしてこの講義の第1回で扱った、あの名勝負に繋がってゆく。
 で、あとの馬なんだけど……。エアダブリンは、G1こそ獲れなかったけど、一応は第一線で活躍する。でも、ヤシマソブリンはこれ以後、故障もあって目立った活躍が無い。ウインドフィールズもパッとせず。スターマンも暮れの鳴尾記念を勝ったっきり。…どうも不振の世代だったねえ。ダート路線に転向したキョウトシチーが出世したくらいかな。
 三冠馬が生まれた世代っていうのは、どうも三冠馬以外の馬はパッとしないことが多いみたい。ある意味それは必然でもあるんだけど、でもやっぱり寂しいよね」
珠美:「……ハイ、ありがとうございました」
駒木:「うん、お疲れ様。それじゃ、また来週よろしく。今日の講義を終わります」

 


 

2月26日(火) 労働経済特論
「競馬騎手の収入格差から見た、競馬社会のあり方に関する考察」

 普段、この講座で競馬の話をするのは土曜日だけなんですが、今日は競馬に興味の無い方にもついていけそうな話題なので、別枠「労働経済特論」として実施する事にします。

 競馬ファンならご存知でしょうが、昨年秋、公営・笠松競馬のNo.1騎手・安藤勝己騎手がJRA(中央競馬)の騎手免許試験を受験するも、不合格になるという“事件”が起こりました。
 これが何故、“事件”かと言いますと、2つばかり事情があります。少しややこしいですが、頑張ってついて来て下さい。

 まず1点目。この騎手免許試験では、安藤勝己騎手の他にJRA競馬学校在籍の騎手候補生が受験しており、彼らは全員合格しています。
 安藤騎手が不合格になった理由は、学科の点数が規定に足りなかった事によるものだそうですが、それにしても、キャリアゼロの騎手候補生が、地方競馬で1、2を争う敏腕騎手より“優れている”と判定された事になります
 もしも実際に競馬場で、彼ら新人騎手たちと安藤騎手がレースをした場合、安藤騎手がルーキーたちを圧倒する事は間違いありません。この場合、ボクシングで言えば、4回戦ボーイと世界ランカーくらいの能力差があるでしょう。
 つまり、今回のケースは、「ボクシングで、他国の世界ランカーが日本のプロテストに落ちた」ようなものであるわけです。

 2つ目。安藤勝己騎手は、これまでも試験で落ちた先のJRA(中央競馬)のレースに数え切れないほど騎乗し、正規のJRA所属騎手の大半よりも優れた成績を残しています。
 これは、「公営競馬所属の競走馬がJRAのレースに遠征し、その馬に公営競馬の騎手が騎乗する場合、その騎手には1日限定の臨時免許が与えられる」という規定を活用したものです。この臨時免許に試験は必要ありません。これで安藤騎手は、公営からの遠征馬に加え、その馬が出る以外のレースではJRA所属馬に騎乗する事も可能になります。(ただし、公営からの遠征馬に乗らない場合は、JRAの馬にも乗れません。安藤騎手が敢えて正規免許の試験を受けたのはそのためです)
 ですので安藤騎手は、これ以降も臨時免許を活用してJRAのレースに騎乗する事が可能になるというわけですね。つまり、正規の騎手免許で不合格になった騎手が、平気な顔してレースに出場しているという逆転現象が起きてしまっているわけです。先の例で言えば、「プロテストに落ちた世界ランカーが、日本で世界タイトルマッチに出場している」という感じでしょうか。

  ……と、毎度の事ながら回りくどい説明文になりましたが、以上2つの理由から、この「安藤勝己騎手、JRA騎手試験不合格」は、“事件”と言って申し分ないでしょう。年がら年中事件にてんてこ舞いの、「ホテル」での高嶋(弟)も真っ青です。

 さて、当然の事ながら、この事件はあちこちで大きな話題となりました。競馬ファンはもちろんの事、競馬評論家の重鎮クラスまでがJRAの姿勢を批判したのです。
 この反響の大きさに驚いたのか、典型的なお役所組織のJRAも腰を上げ、今年度の騎手免許試験からは、以前から騎手として実績のある受験者には、学科免除などの特典が与えられる方向へと検討される事になりました。つまり、ある程度の実績を得ている公営競馬の騎手は、ほぼフリーパスでJRAの騎手免許を得られるようになるわけです。
 と、それに対応して、全国の公営競馬の騎手免許を統括するNAR(地方競馬全国協会)も対応へと動き出しました。
 これまでは、JRAの騎手試験を受ける際にはNARの免許を返上しなければならず(安藤勝己騎手は特例で返上せず)、JRAの試験に失敗した場合は住所不定無職となったのでした。それがこの度、“免許返上規定”を撤廃する情勢となったのです。

 これにより、今年のJRA騎手免許試験を皮切りに、公営競馬のトップ騎手たちが、続々とJRAに移籍するという
事態が予想されます。

 何せ、公営競馬とJRAとでは、騎手の収入が全く違います。同じ仕事をしている人とは思えないほどの格差が存在するのです。
 まず、中央競馬の騎手の収入は以下の通りです。

 ☆所属厩舎からの給与……ピンキリだが、新人で10万円台(フリー騎手はゼロ)
 ☆調教手当……1頭1回につき1700円(所属厩舎管理馬の調教は、給与内労働のためゼロ)
 ☆騎乗手当……1レースにつき、平地4万円〜/障害9万円〜
 ☆進上金……賞金(1〜5着)及び出走奨励金(6〜8着)の5%。※賞金は、最低が未勝利戦8着:30万円(進上金1万5千円)、最高がジャパンカップ1着:2億5000万円(進上金1250万円)
 ☆その他、馬主からの祝儀など雑収入有

 例えば、業界トップの武豊騎手になると、週に20レース前後騎乗しますから、騎乗手当だけで週80万円以上になります。その上、大抵2〜3勝はしますので、進上金が最低でも150万円程度は加算されます。週230万以上、月収約1000万円、というところでしょうか。もしG1レースなんか勝った時には、さらに数百万円加算です。
 週に5レースほど乗る、“中の下”程度の騎手でも、騎乗手当だけで週に20万円平均すると進上金も同額くらい稼げるでしょうから、レースだけで月収160万円以上、年収2000万円というところでしょうか。
 騎乗手当の内、1レースあたり2万円は自動的に積み立てされますし(引退時に受け取り)、雑収入ですので高額の税金がかかったりしますが、それでも相当な収入が得られます。デビュー数年、20歳ソコソコの若造が外車を乗り回して合コンに励むのも、自明の理であります。

 一方、公営競馬の騎手はどうでしょうか。各競馬場ごとに詳細が異なるのですが、ここでは代表的な例を紹介します。

 ☆所属厩舎からの給与……一律10万程度(厩舎の経営状態によって遅延もあり)
 ☆調教手当……1頭1回につき400〜500円
 ☆騎乗手当……1レースにつき1万円程度(ただし、内規により1人1日6レースまでしか乗れない)
 ☆進上金……賞金(1〜5着)の5%。 ※賞金は激しくピンキリだが、JRAの数十%〜数%。
 ☆その他、雑収入もあるが、祝儀の相場は、原則としてJRAとの賞金格差に準ずる。

 胴元の経済力に差があるとは言え、ちょっとコレは酷いですよね。
 公営競馬は原則週3日開催ですから、例えば安藤勝己騎手が地元笠松競馬場でフル活動した場合は、週に18レース騎乗。笠松競馬場での騎乗手当の相場は分かりませんが、上の表の通りであると仮定すると騎乗手当18万円笠松競馬の賞金は、中央の約1割(!)ですので、進上金は週15万円程度でしょうか。都合、週30万円強。月150万弱という計算になります。同じトップジョッキーでも、武豊騎手の収入と比べると約1/8、JRA“中の下”レヴェルの騎手とほぼ同額という事に。

 まさに、恐ろしいまでの収入格差ですよね。
 さっきからお金の話ばかりで申し訳ないですが、これはプロスポーツの話です。賞金や収入というのは非常に大事なテーマなのです。ご理解ください。

 というわけで、これだけの収入格差があるなら、JRAでも通用する技量のあるトップ級騎手は移籍を考えるのが当然。恐らくは、ここ数年の内に公営競馬のトップ級騎手の大半が中央競馬に移籍する事になると思われます。まぁ、実力のある者がそれ相応の収入が得られるのは、プロスポーツとしては極めて正しい姿ですので、これはこれで喜ばしい話と言えるでしょう。

 しかし、物事には全て功罪共にあるのが普通です。このJRAとNARの規則改正、実は大きな問題も孕んでいるのです。

 今回の規則改正は、公営競馬所属騎手のJRA移籍を円滑に進めるためだけのもので、逆のケース(JRA→公営)は、全く保証されていません。
 このままで突き進んだ場合、まず公営競馬ではトップ級騎手が大量に流出してしまい、人材の空洞化が発生してしまいます
 そして、JRAでは騎手の平均レヴェルが上がる一方で、中堅以下の騎手は移籍して来た騎手たちに仕事を奪われ、廃業を余儀なくされる事態に陥ってしまいます。
 ですが、もしJRAから公営への移籍が認められるならば、JRAで居場所を無くしてしまった騎手も(収入大幅減は覚悟の上で)現役生活を続行し、公営で実績を挙げてのJRA復帰を目指すことも出来ますし、公営競馬にしてみても人材の空洞化は避けられます。少なくとも賞金相応のレヴェルの騎手が確保できる事になるでしょう。

 ところが、こちらのJRAから公営への移籍に関しては、全くの白紙状態になっています
 どうやら、免許を事実上JRA・公営で一本化することをきっかけに、JRAと公営競馬そのものの一本化まで進んでしまう事に危機感を感じているような節があります
 何しろ、公営競馬は全国全ての競馬場で赤字を計上。廃止が論議されている競馬場も少なくありません。
 もし、そんな公営競馬の面倒をJRAが看る事になった場合、さしものJRAも大変な事になってしまいます。ただでさえ特殊法人(JRAもNARも特殊法人)に厳しいご時世、最悪、公営もろとも沈没してしまう事もありえます
 これは非常に難しい問題です。

 騎手問題から見え隠れする、日本競馬界の構造的な問題。我々競馬ファンも、日本調教馬の海外での活躍に浮かれる前に、少しはこの事を真剣に考えなければならないかも知れませんね。

 まずは、最寄の公営競馬場に、少しずつお金を落とす事から始めましょうか。あ、難しい事を考えなくても大丈夫です。どうやったって馬券じゃ勝てませんので、普通に競馬をするだけでお金を落とす事が出来ますのでね。

 と、問題提起だけで結論が出せたわけではありませんが(出そうと思っても出せないです)、今日の講義はこれで終わりにしたいと思います。競馬に興味の無い方は、「JRAの騎手って、こんなに儲けてるのか」とでも思って頂ければ、それで結構です(笑)。 (この項終わり)

 


 

2月23日(土) 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース(7)
1997年ドバイワールドC/1着馬:シングスピール

珠美:「今日の講義は海外のレースなんですね、博士」
駒木
:「うん。実は別のレースを採り上げるつもりだったんだけど、偶然資料を見つけてしまってね。先週のフェブラリーSを勝ったアグネスデジタルがドバイに行くということもあるので、こっちを採り上げることにしたんだ。どうせ、レース直前は日本もG1シーズンだし、競馬学概論は出来ないだろうからね」
珠美:「このレースといえば、この競馬学概論でもたびたび登場しているホクトベガが出走したレースですね」
駒木:「そう。ホクトベガは気の毒な事になってしまうんだけどね。それでも、このドバイワールドカップというレースを日本の立場から語るには、この年のレースが一番なんだよ。だから、敢えて採り上げることにしたんだ。
 それじゃ、珠美ちゃん、レースの紹介をしてくれるかな」
珠美:「ハイ。このレースが行われたのは1997年の4月3日。前回の競馬学概論で採り上げたフェブラリーSの2ヵ月後になりますね。
 ドバイワールドカップは、1996年に開始されたばかりで、この年が第2回でした。世界有数の大馬主・UAEのシェイク=モハメド殿下が中心となって開催された世界最高賞金レース。まさに競馬界のワールドカップですね」

駒木:「個人の財力で、世界最高賞金のレースを作っちゃうんだからねえ。まったく、オイルダラーの財力には恐れ入る。
 このレースが出来るまでは、アメリカのブリーダーズCクラシックが最高賞金レースだったはず。で、その前が日本のジャパンカップか、アメリカのアーリントンミリオンだったと記憶しているよ」
珠美:「現在は国際G1競走ですが、当時はまだ開始間もないという事で、国際的には“オープン特別”の扱いでした。凄いオープン特別ですね(笑)。
 このレースは、世界中から登録馬を集めて、その中で地域ごとに実力上位の馬を招待するシステムになっています。アジアにも出走枠があり、第1回のこのレースでは、日本のライブリマウントが出走枠を掴みました。この時の成績は10頭立ての6着。勝ったのはアメリカ史上最強クラスの名馬シガーでした。
 条件は、UAEの砂漠の真ん中に作られた、ナドアルシバ競馬場のダート2000m。芝の2400mと並んで、国際的に“チャンピオン・ディスタンス”と呼ばれる、最も価値があるとされる距離条件ですね。
 この時の出走馬は12頭。有力馬……は、あまり馴染みが無い馬が多いですので、人気上位の馬を簡単に紹介させていただきます。
 UAEはイスラム教国で、ギャンブルに類する行為が禁止されています。ですから、本来は馬券の販売は無いのですが、遠く離れたイギリスのブックメーカー(私設のギャンブル請負会社)では、ちゃんと馬券が売られていました。ですので、ちゃんと単勝人気が出るんですね。
 1番人気はブラジル産でアメリカ調教馬のサイフォン。前年から8戦6勝2着2回という好成績を残していました。絶好調の状態での参戦です。
 2番人気はサンドピット。この馬もブラジル産のアメリカ調教馬で、この時なんと(旧)9歳。実は、6歳、7歳の時にジャパンカップにも参戦していて、その時は芝馬でした。この年からダートに転向して、前走でサイフォンの2着。未知の魅力を買われての人気でしょうか。
 3番人気もアメリカ調教馬(カナダ産)のフォーマルゴールド。前々走で、チャンピオン馬のスキップアウェー相手に金星を挙げたのが評価されているようです。
 4番人気がアイルランド産・イギリス調教馬のシングスピール。でも、馬主はレース主催者でもあるモハメド殿下ですね。前年秋、1着となったジャパンカップ以来の実戦、しかも初めてのダートでした。
 その他には、日本でもお馴染みの種牡馬ラムタラの弟・カムタラなど。前年のジャパンカップ3着馬・エリシオも出走を表明していましたが、レース直前に出走を取り消しています。
 アジア・日本代表馬はホクトベガ。日本中のダート重賞に出走し、その全てで勝利を収めてきた、正真正銘のチャンピオン・ホースでした。前走も川崎記念を完勝して、前年のライブリマウントの雪辱を誓っての参戦でした。
 ……私からは以上です」

駒木:「ええと、ちょっと補足をしておこうか。
 国際レースの格付けは、国際的な格付け委員会があって、そこで決定されるんだ。イギリスやアメリカのように、ほぼ全てのレースが世界中の馬に解放されているような競馬一流国は、グループ1といって、国内の格付けが、そのまま国際格付けになる。で、日本香港、そしてUAEなど、レースが国内調教馬にほぼ限定されていたり、競馬開催国としての歴史が浅い国はグループ2という。これらの国では、国際レースのみ、過去2〜3年間の出走馬レヴェルに応じてグレードが決まるわけ。このドバイワールドカップは、まだ開催2年目だから、グレードを決めてる最中だったわけだね。まぁ、出走馬を考えたら、上に超が付くG1だけどさ」
珠美:「日本の国際レースも、そうして格付けが決まってるわけですね」
駒木:「そう。去年から宝塚記念や毎日王冠が国際格付けをもらったのはそういうわけ。ただ、安田記念やスプリンターズSが、いつまでもグレード外ってのは腑に落ちないけどね。かなりいい加減なものだよねぇ。
 あと、ライブリマウントの事が出てたから、これについても解説しておこうか。
 ライブリマウントは、ホクトベガと同じく、地方・中央のダート重賞を片っ端から荒らしていった当時の最強ダート馬だった。公営水沢競馬の英雄・トウケイニセイとの対決は、当時のコアな競馬ファンに大きな注目を集めたもんだった。強かったよ。今とはレヴェルが違うかもしれないけどさ、“強い”って雰囲気は、少なくともアグネスデジタルよりは持っていたんじゃないかな」
珠美:「私はライブリマウントが活躍した頃から競馬を見始めたので、あまりよく覚えてないんですけど、強かったんですね」
駒木:「うん、強かった。今の制度だったら、G1を幾つ勝っていたか分からない。
 でも、そのライブリマウントでも、ドバイワールドカップでは大きく千切られて6着。しかもこの馬お得意の、日本の地方競馬みたいに深いダートでこれだ。一応、賞金がもらえる着順に来て、翌年からのアジア枠を確保してくれたんだけどね。これでシンガリに負けてたりしたら、昔のジャパンカップのインド枠みたいに、1年で無くなってたかも知れないよ。
 日本で無敵のライブリマウントが6着惨敗で、日本のファンのショックは結構なものだった。『やっぱり日本の馬は、日本の競馬場の芝でないと勝てないのか』って、メチャメチャ暗い気分になったもんさ。
 今の若いファンの人は、当たり前のように『海外へ行こう』とか言うけどさ、当時の海外遠征って、馬にとっては競走馬生命を賭けた大勝負だったんだよ。シンボリルドルフも、サクラローレルも、レース中に故障して引退を強いられたし。ライブリマウントも、レース後は全盛期の力を無くしてしまって、寂しい晩年を過ごす事になったしさ」
珠美:「まだ5年しか違わないのに、今とは大違いですね」
駒木:「ホントにね。日本でG1未勝利の馬が、外国のG1で一番人気背負って勝ったりするわけだから、時代も変わったもんだと、ホントつくづく思う」
珠美:「じゃあ、この年のホクトベガも、『苦戦かな?』って感じだったんですか? 私はまだ競馬歴が浅くて、無邪気に期待してた覚えがあるんですけど(苦笑)」
駒木:「いや、『通用するはずだと思いたかった』、ってところかな(苦笑)。さっき、ライブリマウントがアグネスデジタル以上って言ってたけど、ホクトベガは今で言うとクロフネ級だったからね。『ホクトベガでダメなら、もうどうしようもないぞ』って、そんな感じだったかな」
珠美:「クロフネ級……確かに強かったですものね」
駒木:「うん。強かった。……あ、でもこの時は、ちょっと大きな不安材料も有ったんだった。
 実を言うと、この年のドバイワールドCは3月29日に実施される予定だったんだ。ところが、砂漠気候では珍しい集中豪雨があって、コースのダートが全部外へ流れ出しちゃったんだよね。これは、会場のナドアルシバ競馬場の設計ミスだったことが分かっている。この後に大改修工事が行われて、今ではこんな事は起こりえないけど、この時はどうしようもなかった。結局、レースは緊急復旧工事が終わるまで5日間順延された。これで馬のコンディションを維持出来なくなったエリシオ陣営は出走取り消しを決めた。まぁ、文字通りの災難だよね。
 で、このエリシオの逆を行ったのがホクトベガだった。
 ホクトベガは、国内ではタフで輸送減りしない馬だったんだけど、さすがに飛行機輸送は大分応えたらしくてね。ドバイ到着後はカイバ食いが減って、泣き面にハチのように裂蹄まで起こしてしまった。一時は出走も危ぶまれたらしいんだけど、5日間の順延が功を奏して、なんとか間に合ったというわけ」
珠美:「でも、もし5日間の順延が無くて、ホクトベガが出走を回避していたら……」
駒木:「……そうだね。命は助かったかも知れない。でも、その代わり、今残っている名声は5割減くらいになったかも知れない。名声よりも命が大事とは、僕も思うけれども、この辺のタラ・レバ話はちょっと辛いよね」
珠美:「……あ、すいません……」
駒木:「いや、いいんだ。架空の話で盛り上がれるのも、競馬に関わる人間の特権だと思うしね。
 まぁ、そういうわけで、不安と期待が交錯する、極めて微妙な状況の中、レースは始まったんだ。
 じゃあ、珠美ちゃん、レースの様子を」
珠美:「ハイ。でも、残念ながら研究室に映像資料が無かったので、当時の専門誌に載っていた観戦記の要約に近いものになっちゃいますけど……」
駒木:「じゃあ、ホクトベガを中心に、簡単に紹介してくれるかな」
珠美:「…分かりました。えーと、スタート前、サンドピットがゲート入りを嫌がって、3分レース開始が遅れたとありますね。それでも、ホクトベガは好スタートを切ります。
 レースは逃げ馬のサイフォンが引っ張る展開になりました。ペースはそんなに速くなく、多くの馬が一団となってレースが流れてゆきました。人気馬の多くは先行しましたが、ホクトベガは後方からのレースになりました」

駒木:「日本じゃ、ホクトベガがスピードの差で引っ張って行けたのにね。好スタートから後方待機ってのは、少しおかしい。世界のスピードに戸惑ったのか、それともやはり体調が完全じゃなかったのか……。どっちにしろ、この後の悲劇を案じさせるような展開であった事は確かだね」
珠美:「レースはこのまま4コーナーまで進んでいきますが、ここで悲劇が……。ホクトベガの前にいた馬がバテて下がったところ、その馬の後脚とホクトベガの前脚が当たってしまい、ホクトベガは、つんのめるように転倒してしまいます。一瞬起き上がろうとした所へ、さらに後ろから来た馬が乗り上げてきて……
駒木:「日本だったら、ここまで馬群がギュウギュウ詰めになる事は無いんだけどね。この辺りが世界の超一流騎手が争うレースの怖ささ。ホクトベガの横山典弘JKを責めるのは可哀想だけど、当時の彼には少し荷が重いレースだったのかも知れないね」
珠美:「この後は、アクシデントの影響を受けなかった先行馬有利に終始します。逃げたサイフォンが粘るところを、マークしていたシングスピールが交わしていって、1着。サイフォンとサンドピットのアメリカ勢が2、3着となりました」
駒木:「シングスピールには悪いけど、僕たち日本人にとっては、このレースは4コーナーで終わってしまっていた。ショックだったなぁ………いや、本当にショックだった……。もう、日本にホクトベガが戻ってくる事が無いのか、と考えると、本当に空しくて悲しくて……いや、失礼。ちょっと振り返るのが辛いね、もう」
珠美:「すいません。私も…限界です。……当時を思い出してしまって……(涙声)」
駒木:「…このレースを選んだのは失敗だったかな(苦笑)。とにかくホクトベガは、“砂の女王”と称えられたその経歴に相応しく、砂の国で永遠の眠りについた。
 もし、事故が無かった場合、ホクトベガがどうなっていたか、それは判らない。でも、レース中の動きを観る限り、残念ながら優勝までは手が届かなかったんじゃないかとは思うね。
 この後、日本の馬はたびたび挑戦したけれど、なかなか上位入着すらできない時期が続いた。ある年には、実力が出走レヴェルに達していないとされて、屈辱的な“門前払い”を食らった事もある。
 それが去年、トゥザヴィクトリーが突然2着に激走して、日本中をアッと言わせた。僕は、レース当日の朝、阪神競馬場でレース速報の映像を観たんだけど、嬉しいとか言う前に、とにかく驚いたのを覚えている。
 まさか、ホクトベガが追走すら覚束なかったレースで、トゥザヴィクトリーが逃げて2着に粘るなんて思ってもみなかったからね。いやぁ、あれは衝撃的だった。
 僕は、日本のダートでなら、ホクトベガの方がトゥザヴィクトリーより強いと思ってる。だから、今のナドアルシバ競馬場のダートは芝に近い馬場なんだろうね。それを考えると、今年のアグネスデジタルは有望だと思うよ」
珠美:「…先程は失礼しました。そうですか、楽しみですね」
駒木:「でも、何だか複雑だね。僕個人の勝手な思いを言わせて貰うと、このレースは、いつまでもホクトベガのために取っておいてもらいたいんだよ。どの馬が勝つにしても、その前にホクトベガに勝ってもらいたい。そういうレースなんだよね、ドバイワールドカップって」
珠美:「…博士って、意外とロマンチストなんですね(笑)」
駒木:「よしてくれ(苦笑)。僕にだって、感傷に浸りたい時だってあるんだよ。
 じゃあ、長くなったし、講義を終わろうか。ご苦労様」
珠美:「ハイ、ありがとうございました」
駒木:「それでは講義を終わります。また来週」

 


 

2月16日(土) 集中講義・競馬学特論
「G1直前予想・フェブラリーS編」

駒木:「今日から、今年度の競馬学特論を始めることにしよう。今年も、中央競馬の平地G1レースが実施される週の、土曜深夜に講義を実施するよ。ジャパンCダートについては、また秋に考えよう。
 それでは、今年も聞き手を担当してくれる、助手の珠美ちゃん、一言だけ挨拶を」
珠美:「ハイ。今年もよろしくお願いしますね……って、毎週、競馬学概論でお目にかかってるので、期間が開いた気がしないんですけどね(苦笑)」
駒木:「まぁ、物事には区切りとケジメが必要という事さ。…それじゃ、早速始めようか。今週はフェブラリーステークスだね」
珠美:「ハイ。東京競馬場のダート1600mで争われる、地方との統一G1競走ですね。あ、レースについての詳しい解説は、先週の競馬学概論のレジュメを参考してくださいね。今年でG1レースに昇格してから6回目となります。
 でも博士、正直言って、この時期に中央のG1レースと言われても、どうにもピンと来ないんですが(苦笑)」

駒木:「そうだね(苦笑)。僕も大分慣れたけど、未だにちょっと違和感がある。このレースを2月に施行する必要性は、レース名以外に存在しないとはよく言われたものだけれども(笑)。……まぁ、無駄話はそれくらいにして、とにかく出馬表を見ようか」

フェブラリーステークス 東京・1600・ダート

馬  名 騎 手
    イシヤクマッハ 本田
× ノボトゥルー ペリエ
トゥザヴィクトリー 武豊
    ゲイリーイグリット 松永幹
    サウスヴィグラス 横山典
  × イーグルカフェ 田中勝
× ウイングアロー 岡部
× トーホウエンペラー 菅原勲
アグネスデジタル 四位
    10 スノーエンデバー 村田
    11 ゴールドティアラ 江田照
× 12 トーシンブリザード 石崎隆
    13 ワシントンカラー 後藤
    14 リージェントブラフ 吉田
    15 プリエミネンス 柴田善
  × 16 ノボジャック 蛯名

珠美:「G1馬が1、2、3………わ、10頭もいるんですね。半分以上がG1勝ち馬ということになります」
駒木:「まぁ……ね(苦笑)。でも、いくら統一グレードとはいっても、公営競馬のレースに設定されたグレードは、かなり割引が必要だよ。その時のメンバーをキチンと把握しておかないと痛い目に遭う」
珠美:「と、いいますと……?」
駒木:「公営競馬のグレードレースってのはね、地元のオープン馬が出走馬の半数くらいを占める事が多いんだ。そして、枠の残り半分を、他地区の所属馬と中央所属馬で分け合う。で、公営競馬場の大半はレヴェルがかなり低いから、自然と出走馬の平均レヴェルは下がる事になるわけ。これはG1でも変わらない。勿論、レヴェルの高いG1だってあるけどね。
 だから、G1勝ちってことに惑わされず、戦績と対戦してきた相手関係なんかを注視しておかないとダメってことさ」
珠美:「わ、分かりました。奥が深いですね(汗)」
駒木:「まぁ、これはダートに関わらず、芝のG1レースでも大事な事なんだけどね。それじゃ、予想に移ろうか」
珠美:「ハイ。えー、今回は、あらかじめ博士にピックアップしてもらった馬だけ、具体的な解説を付けて頂く形式にします。ですので、解説に登場しなかった馬は、上位に食い込む可能性が相当低い馬、ということになります。あらかじめご承知おきください。
 それでは、まず1枠2番のノボトゥルーからお願いします。博士の本命馬ですね」

駒木:「そう。で、この馬、昨年の優勝馬だね。その時は、準オープン→根岸S(G3)と連勝して、その勢いそのままにG1まで勝ってしまった。昇り馬が頂点まで登りつめた珍しいケースだったね。
 それからは、やや調子を崩していたりしたけれど、この馬にとっては不得手の中距離レースが多かった。だから、さほど大きな問題じゃない。
 不覚らしい不覚は前走の根岸Sだけど、この馬に不利な条件が重なった上、1着馬がスプリンターのサウスヴィグラスだから、このレースでの影響は少ないよ。
 地力的な面は……そうだね、アグネスデジタルやトゥザヴィクトリーに比べると、ちょっと可哀想な気がするかな。でも、今回は鞍上がペリエになる上、展開有利になりそうな感じがする。今回は有望だね
珠美:「ハイ。それでは次は2枠3番のトゥザヴィクトリーを。有馬記念3着以来のレースになりますね。博士の▲印です」
駒木:「もうお馴染みだね。距離・条件問わず、ゴール前200mまでなら世界最強馬。でも、ゴール板では準一流馬。予想が本当に難しい馬だねぇ(苦笑)。
 去年のこのレースは、ダート適性を疑われはしたけど、3着粘り込みで力を示した。で、その直後のドバイワールドCで大健闘の2着。気が付いたら、ダートでは現役最強牝馬になっていた。
 力量的には申し分ないよ。勝ってもおかしくない。ただ、詰めの甘さがなぁ……。今回、先行馬は息の入らない展開になりそうなんで、特に心配だね。勿論、力とスピードの差で、他の先行馬を千切ってしまう事もあり得るわけだけど。僕的には、また3着かな、という気がしてならないんだけど」
珠美:「いよいよブロンズコレクタークラブからお呼びがかかりそうですね(笑)。……さて、次は3枠6番のイーグルカフェです」
駒木:「2年前のNHKマイルC馬で、ダートはこれで6戦目。昨年の武蔵野Sで、クロフネから約11馬身差の2着したのが、実績らしい実績になるのかな。今回はクロフネがいないわけだから、大差負けも度外視していいんだけど……。う〜ん、でもやっぱり他のメンバーが物足りないね。それ以前のダート実績も心許ないし、ちょっと今回は、微妙に力が足りない気がするなあ」
珠美:「…次は4枠7番、ウイングアローです」
駒木:「東京競馬場で行われたダートG1で、2勝2着2回か。凄いよねぇ。
 前走は大敗してるけど、これは極度に苦手のコースだったから仕方ない。問題は馬の仕上がり具合と展開。仕上がりの方は、この1週間で持ち直したみたいだけど、展開はどうかな。平均ペースが予想される今回のレースで、前の馬が揃ってバテることは考えづらいからねえ。地力そのものは、アグネス、トゥザに次ぐ3番手だと思うけど、今回はやや苦戦かな
珠美:「……もう1頭の4枠、公営の雄・トーホウエンペラーはどうでしょうか?」
駒木:「25戦17勝2着5回か。まぁ、参考になるのは、ここ4戦だけだと思うんだけど、それにしても健闘してるね。だが、問題が無いわけじゃない。
 ……これは後で述べるトーシンブリザードとも共通してる話題なんだけど、東京大賞典で競り合ったリージェントブラフとの力関係をどう解釈するか、というのが結構大きな問題になってくる。
 リージェントブラフは、中央G1だと入着も覚束ない能力しかないんだけど、南関東のコースとの相性が抜群で、大井や川崎だと、とにかく強い
 ただこれが、公営だと能力がこの馬に加算されるのか、それとも公営の重賞だと、中央に比べるとレヴェルが低いから勝てるだけなのか。その真相がどっちなのかが分からない。前者ならともかく、後者のケースだと、公営の2頭は中央では掲示板程度の実力ってことになる。
 僕は、とりあえず“真ん中”で解釈したけどね(苦笑)。
 あ、それとこの馬は左回りが苦手なんだ。これをどう克服するか、だね」
珠美:「受講生の皆さんがついて来れているか、ちょっと心配になってきましたが(苦笑)、大事なことをお話しになったみたいですから、要注意ですよ」
駒木:「おいおい、『なったみたい』って、珠美ちゃんも分かってないのかい(苦笑)?」
珠美:「いえ、私は何とか(苦笑)。では、次は5枠9番アグネスデジタルですね。1番人気が予想される馬ですが、博士は対抗の○印です」
駒木:「公営ダート、中央芝、香港国際とG1を3連勝稀に見るゼネラリストだねぇ。脇役的な存在で参戦して、しれっと勝っちゃう。今になって、ようやく実績に人気が追い着いたってところかな。
 多分、実力的にはナンバーワン。展開も、トゥザヴィクトリーを目標に置いてレースが運べるので不利じゃない。ただし、今回は海外遠征を睨んで、やや余裕残しの調整。レースでも無理して勝とうとはしないだろうしね。そういう馬を本命にするわけにはいかなかったから印を落としたけど、圧勝してもおかしくないよ」
珠美:「アグネスは私の本命馬ですから、頑張って欲しいです(笑)。……では、次は6枠の2頭ですね。11番ゴールドティアラと、12番トーシンブリザードを」
駒木:「ゴールドティアラは、本来なら有力馬なんだけど、すっかりスランプに陥ってしまった。復調気配が見えてこないし、今回は残念ながら圏外かな。
 トーシンブリザードは、とにかく相手関係だろうね。この脂っこいメンツに混じって、正攻法で勝負できるかどうか。トゥザヴィクトリーを競り落として、アグネスデジタルやノボトゥルーの追撃を完封しないと勝てないからね。それを考えると、かなりハードルが高い気がするなあ。勝たれたら『恐れ入りました』だけど、ちょっとねぇ……」
珠美:「差し勝負する可能性はどうでしょう?」
駒木:「うん。公営ローカル重賞で、1度だけ差し切り勝ちがある。でも、それはそれで前残りの可能性が大きくなる要因を作る事になってしまうよ。行くも地獄、引くも地獄だね」
珠美:「う〜ん。この馬が、何だか可哀想になって来ました(苦笑)。それでは最後に大外8枠16番のノボジャックの解説をお願いします」
駒木:「昨年、短距離の公営グレードレースを6連勝した馬だね。今回は1600mの距離と、他の先行馬、特にトゥザヴィクトリーとの兼ね合いが問題になってくるね。それに今回は、同厩舎・同馬主のノボトゥルーのペースメーカー役に徹するんじゃないかって噂もある
 好走の条件を挙げるなら、トゥザヴィクトリーが後方待機を決め込んで、なおかつトーシンブリザードが凡走した場合。……ちょっと厳しいよね。『同一厩舎・馬主の馬は人気薄を買え』って格言があるけれど、常識から考えると、ちょっと辛いかな」
珠美:「……ハイ。ありがとうございました。それでは最後に買い目をお願いします」
駒木:「本線は2、3、9のBOX。押さえを買うなら、2番から印の付いた馬へ。僕は100円馬券師だから、枠連1-4も念頭に入れてるよ」
珠美:「私は3、8、9、12のBOXが基本ですね。あと、9番から2、6、7、16…あぁ、どうしても多くなっちゃいますね(苦笑)」
駒木:「馬連なら、1番人気で10倍程度だから、手を広げても良いとは思うけどね。……ありゃりゃ、また大分時間オーバーだな(苦笑)。講義を終わろうか」
珠美:「ハイ。皆さんも頑張ってくださいね〜」


フェブラリーS 結果(5着まで)
1着 アグネスデジタル
2着 12 トーシンブリザード
3着 ノボトゥルー
4着 トゥザヴィクトリー
5着 トーホウエンペラー

 ※駒木博士の“敗戦の弁”
 えーと、1着-3着、1着-4着、それに2着-3着もか。
 笑うしかないね、こりゃ。まぁ、ノボトゥルーの地力を微妙に読み違えたのが一番大きいかな。競馬って面白いもので、大きな読み違えは“怪我の功名”になるけど、微妙な読み違えは致命的なミスになるからねえ。
 あと、アグネスデジタルの地力と、負けたら言い訳できない戦法で勝負した石崎騎手に脱帽ってところかな。

 ※栗藤珠美の“喜びの声”
 当たっちゃいました♪ しかも、この講座が始まってから、始めて博士に勝つことが出来ました。嬉しいです。10点買いしちゃったんで、当たっても儲からないですけど、嬉しいです(笑)。

 


 

2月9日(土) 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(6)
1997年フェブラリーS(1着:シンコウウィンディ)

珠美:「さて、来週は今年初めてのJRAG1競走・フェブラリーステークスです。もちろん、当講座では『競馬学特論』で直前予想をやりますが、今日はその直前ということで、5年前のフェブラリーステークスを採り上げます。G1に格上げされた年のレースですね、博士」
駒木:「そうだね。この2年ほど前から、地方と中央の交流が盛んになって、全国中の競馬場でダート重賞競走が行われるようになったんだよ。そして、このフェブラリーステークスが中央競馬ダート重賞の目玉として、この年からG1に格上げされたんだ
珠美:「当時のダート競走って、どんな位置付けだったんですか?」
駒木:「今でこそ、だいぶ“芝=ダート”に近付いてきてるけど、これ以前の日本の競馬では、明らかに“芝>ダート”だった。ダート競走は、あくまでも芝コース競走の補完的役割でね。まず、中央競馬でデビューした馬は、芝コースで走る事が前提だった。“ダート馬”っていう言葉には、『芝のレースでは通用しない落ちこぼれ』っていうイメージが強かったね。
 そんなわけで、“ダート重賞戦線”どころか、随分長い間、重賞レースはG3が3つだけ。根岸ステークス、ウインターステークス、そしてフェブラリーステークスの前身であるフェブラリーハンデ。これらのレースが、お情けで実施されていた。
 しかし、昔からアメリカではダート競走が主流だし、この前の年、1996年にはドバイのワールドカップも始まった。地方競馬との交流を盛んにする動きも高まったし、そんな国内外の情勢を勘案して、ダート競走のさらなる充実化が図られる事になったんだ。それがこの直後から始まる統一グレードの制定と、フェブラリーステークスのG1レース格上げだったってわけ。ダート重賞の数も飛躍的に増えた。
 後から話すけど、この頃はまだ情勢が混沌としていてね。ダートの充実化も見切り発車に近かった先にレースのグレードを上げておいて、後から馬のレヴェルを近づけていこうって意図がミエミエだったなぁ。だから随分と評判も悪かった。
 でも、今から考えると、それは大正解だったんだけどね。この無茶をやってなきゃ、たった5年でダート世界最高レーティング馬が誕生するはずが無かったし。JRAもたまには良い事するよね(笑)」
珠美:「(苦笑)。じゃあ、今のダート競馬のスタイルが確立されようとしていた頃のお話ですね?」
駒木:「そういうわけ。それじゃ、珠美ちゃん、レースの紹介をお願い」
珠美:「ハイ、わかりました。
 このレースは、1997年の2月16日に行われました。先程、博士から説明があった通り、このフェブラリーステークスは、以前はフェブラリーハンデキャップというハンデ戦のG3競走でした。昭和58年(1984年)創設ですから、比較的歴史の浅いレースという事になりますね。
 その後、1994年に別定のG2・フェブラリーステークスと改称・格上げされ、ライブリマウントホクトベガといった“砂の王者”を輩出して来ました。そして、この年からG1に昇格ということになったんですね。
 条件は、東京競馬場ダートの1600m。ただし、コースの関係上、スタート直後の100m余りは芝コースを横切ることになります。
 さて、記念すべきG1昇格元年のフェブラリーステークスの出走馬は、フルゲートの16頭となりました。地方競馬からの挑戦が3頭、それを迎え撃つ中央勢が13頭という構成でした。
 人気上位の馬を追って行きますと、1番人気がストーンステッパー。前年の秋から短距離ダート競走5連勝中の昇り馬ですね。根岸ステークス(G3)と、重賞に格上げされていたガーネットステークス(G3)の勝ち馬でした。
 2番人気はバトルライン。デビュー以来11戦全てダート戦という、生粋のダート馬ですね。重賞勝ちは無いんですが、前年新設された(旧)4歳限定ダート重賞・ユニコーンステークスで1位入線・10着降着という記録があります。
 3番人気がトーヨーシアトル。この馬はバトルラインとは逆に、デビュー以来、ずっと芝のレースに使われて来ていたんですが、900万下(現1000万下)条件で頭打ちになったのを契機にダートへ転身。そこから、重賞2勝を含む3連勝で、勇躍乗り込んできました。博士のお話からすると、昔のダート競馬は、主にこういう馬が引っ張っていたんですね。
 4番人気はイシノサンデー前年の皐月賞馬ですね。もちろん、芝のレースを中心に使われていましたけど、時折ダート競走にも出走。前年の秋には交流重賞のダービーグランプリを勝っています。この年は、芝のG3・金杯(現:京都金杯)を勝ったんですが、前走のダート交流重賞・川崎記念では6着に惨敗。そのショックを引きずりながらの連闘でした。
 5番人気がビコーペガサス。芝の短距離馬として活躍していて、1200mのG1レースで2着が3度もありました。ダート競走はこれが4戦目ですが、(旧)3歳時には、条件戦とはいえ、ライブリマウントを5馬身千切って勝った事もありました。
 そして、6番人気が、このレースを勝つことになるシンコウウィンディです。この馬も芝のレースでデビューしたんですが、早い段階で見限ってダート戦線へ。中央・地方と転戦して、重賞を2勝しています。隠れた実力馬というところでしたね。
 ……ちょっと長くなりましたけど、私からは以上です」

駒木:「うん、ありがとう。こちらから補足をしておくと、当時のダートチャンピオン・ホクトベガは、前週の川崎記念に出走したため、こちらは不出走。その前の代のチャンピオン・ライブリマウントは出走していたけれど、もう峠は過ぎてて、残念ながら“別の馬”になっていた。また、地方競馬の馬は、この年は大不作。所謂“馬場掃除”担当だった。
 で、このレースは、これからのダートレースのあり方を占うレースでもあったんだよ。と、いうのも、さっき言ったように当時は『芝>ダート』だったわけで、『ダートの最強馬といっても、芝の強い馬がダートに来たら勝っちゃうんじゃないの?』という疑問がまとわりついていたんだ。
 だからこのレースでは、純粋なダート巧者が強いのか、ダートもこなせる芝のチャンピオン級が強いのか、それをハッキリさせる必要があったわけだよ。
 勢力図から言えば、芝陣営のイシノサンデー&ビコーペガサスVSダート陣営・ストーンステッパー&バトルライン&トーヨーシアトル&シンコウウィンディ…という感じだね。単勝人気を見ていると、当時のファンはダート陣営を支持していたようだけれども」
珠美:「なるほど、分かりました。では、レースの回顧に移りますね。あ、ちなみに、このレースは不良馬場で行われました。
 スタートはほぼ横一線。でも、逃げ馬候補の一角・カネツクロスが控えてしまったので、ペースはやや遅めに。一団の馬群の中から、押し出される形でバトルラインやストーンステッパーなどが先行グループに行きました。そのすぐ後ろにシンコウウィンディがマークする形でした。“芝陣営”の2頭はその後ろからになりました。
 レースは馬群一団のまま、勝負処へ。ストーンステッパーとバトルラインが早め先頭に立ち、それをシンコウウィンディとビコーペガサスが内外から追いすがる形になりました。ここでイシノサンデーはスムーズさを欠いて後退して行きました。
 直線の攻防ですが、前半のペースが遅かったせいでしょうか。前の2頭が競り合ったまま粘りこみを図ります。そこへ、内からシンコウウィンディが差し込んで来ました。一方、ビコーペガサスは脚が止まります。博士、これは?」

駒木:「ビコーペガサスにしては、早め早めの競馬をし過ぎてスタミナを浪費した事、1600mという距離が微妙に長い事、そして、当日の不良馬場が、体の小さな(432kg)この馬には堪えた事。色々な要因が複合した結果だと思うよ」
珠美:「……そうして芝のチャンピオン級を振り切ったダート馬3頭のせめぎ合い。まずバトルラインが脱落、そして残りの2頭の競り合いは、最終的にシンコウウィンディの勝ちでエンディングを迎えます。G1初代王者はシンコウウィンディでした
駒木:「この馬、無茶苦茶でね。その前の年には、隣で競り合ってる馬に走りながら噛み付きに行くくらい、気性が荒かった。それをブリンカーで矯正して、噛み付きに行くエネルギーを走りに転化させたんだね。そして、実績の割には人気が下の方だったのも幸いした。自分の思うようなレースが出来たからね」
珠美:「それで博士、結局、ダートのレースはダート馬が強い、ということで落ち着いたんですか?」
駒木:「一応はね。これ以後、ダート馬と芝馬の住み分けが進んだのは確かだよ。今では、芝で好成績を挙げている馬でも“ダートに挑戦する”って表現を使うだろう? その認識は、このレースから始まったと言って良い。
 ただしこの時期は、さっきも言ったようにまだ情勢が混沌としていてね。この翌年のフェブラリーステークスは、芝のG3くらいしか実績の無いグルメフロンティアがダート馬を完封してしまう。真の意味でダートの地位が確立されたのは、その翌年。当時の地方競馬陣営の副将格・メイセイオペラが中央の馬をアッサリ捻ってしまったあたりからかな」
珠美:「なるほど。わかりました」
駒木:「……あぁ、でもこのレースから、もう5年経つんだね。なんか、感慨深いモノがあるよ…」
珠美:「? 博士、どうかされたんですか?」
駒木:「いや、何。実はこのレースの2日前にね、当時4年8ヶ月付き合ってた女の子に思いっきりフられたんだよ(苦笑)」
珠美:「2日前? …………!! 博士、それってバレンタイン……(絶句)」
駒木:「彼女の名誉のためにディティールは割愛するけど、それで酷く落ち込んでね(笑)。でも、翌日には競馬がある。当時は一番競馬の研究に熱心だった時期だったから、涙をこらえて徹夜でレースの予想をしてた」
珠美:「凄い根性ですね(苦笑)」
駒木:「いや、中身はボロボロさ(苦笑)。次の日からレースというレース、全部外れ。そりゃそうだ。平常心と程遠い状態で予想が当たるはずが無い。
 でも、日曜のフェブラリーステークスだけは、随分前から狙い馬を決めていた、それがシンコウウィンディだったんだ」
珠美:「じゃあ、当たったんですか?」
駒木:「本線的中当たった時は泣いたね。『ああ、これで俺は生きていける。俺は生きてて良いんだ』って(笑)。今から考えたら大袈裟だけど、当時はそれくらい追い込まれていたんだな。
 だから、僕は、シンコウウィンディには一生頭が上がらない(笑)。北海道に足向けて寝られないんだよ(笑)」
珠美:「なんだか、物凄い青春の一ページですね(苦笑)」
駒木:「(笑)。まぁ、最後のは蛇足だったね。じゃあ講義を終わろうか。お疲れ様」
珠美:「ハイ、ありがとうございました」

 


 

2月5日(火) 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(5)《サイレンススズカ三番勝負・3》
1998年天皇賞・秋/1着馬:
オフサイドトラップ

駒木:「さて。いよいよ『サイレンススズカ三番勝負』も今日でフィナーレだね」
珠美:「…ハイ。今日は、サイレンススズカの最期のレースになった、1998年の天皇賞・秋についてお話して頂きます。
 ……でも、なんでしょうね。『引退レース』じゃなくて『最期のレース』と言わなくちゃいけないのが、何だか悲しいです」

駒木:「うん。こんな事言っちゃうのは、本当ならいけないんだろうけど、このレースだけは早いところ忘れたいくらい嫌いなレースなんだよね。
 僕が競馬を真面目に勉強するようになって丸10年。…これを短いと取るか長いと取るかは、受講生の人たちに任せるけれども、まぁ僕の年齢(26歳)を考慮して欲しい。…で、この10年間で観てきたG1レースは200ほどにもなるんだけれども、ハッキリ言って、その200の中で最低のレースだね、この天皇賞は
珠美:「………」
駒木:「まぁ客観的な解釈は、この講義を聴いてもらって、何らかの手段でレースの映像を観てもらって、それから受講生個人個人でしてほしい。僕はあくまで、僕なりの判断材料を提供するだけにしよう。
 じゃあ珠美ちゃん、このレースの紹介をしてくれるかな?」
珠美:「ハイ。このレースが行われたのは1998年11月1日でした。
 この天皇賞というレースの歴史を辿ると、明治末から各競馬場で行われていた『帝国御賞典』まで遡ります。その後、昭和12年に東と西で年1回ずつ施行される現在のスタイルが出来上がり、昭和22年秋から『天皇賞』という名前で定着しました。
 原則的に、春は京都競馬場、秋は東京競馬場の芝コースで行われます。距離は昭和58年までは春・秋とも3200mでしたが、中距離戦線の充実を図るため、翌59年から秋の天皇賞のみ2000mで行われるようになりました。
 また、昭和55年までは、1度『天皇賞』を勝った馬は出走できない“勝ち抜け制”が存在していたり、長年外国産馬の出走が不可能である(平成12年から部分解禁)など、独特のルールがあったことでも知られていますね」

駒木:「“勝ち抜け制”とかのルールは、『天皇陛下から賞典(盾)を賜る』というところから来ていたらしいね。『重複して賞を賜るなど恐れ多い』とか、『日本の天皇の賞なのだから、外国産馬に賞を与えるのはいかがなものか』…とかね。まぁ、色々な意味で日本人らしいレースだね(笑)」
珠美:「…このレースに出走したのは12頭。サイレンススズカは、先週採り上げた宝塚記念の後、3ヶ月休養。秋緒戦の毎日王冠を勝ってこのレースに臨んでいました。
 その他の有力馬と言えば、宝塚記念組のメジロブライト、シルクジャスティス、ステイゴールド、サンライズフラッグといったところでしょうか。サンライズフラッグは朝日チャレンジCと毎日王冠を連続3着、その他の3頭は、京都大賞典に出走してメジロが2着、シルク3着、ステイ4着という結果になっていますね。
 また、このレースを勝つことになるオフサイドトラップは、夏のローカルG3レースを2連勝して、このレースに挑戦していました」

駒木:「サイレンススズカが勝った毎日王冠の2着馬は、あのエルコンドルパサー。まぁ、当時はまだ発展途上の(旧)4歳馬だったんだけど、今から考えると、マイペースの逃げでエルコンドルパサーを2馬身半離して勝ってるんだから凄いよね。あと、5着には故障明けのグラスワンダーがいた。
 一方、宝塚記念組が揃って討ち死にした京都大賞典の勝ち馬は、当時(旧)4歳のセイウンスカイ。この後、菊花賞で見事な逃げ切り勝利を果たすんだけどね。でも、それはまだ1週間後のお話。メジロ、シルク、ステイの3頭は、『2400m以上で真価を発揮する馬だし、(旧)4歳に負かされたのも頼りないからなあ…』って思われていた。オフサイドトラップなんて論外に近い存在だった。結局、宝塚記念の再戦ムード、しかもエアグルーヴはエリザベス女王杯に回って不出走。『このレースもサイレンススズカで仕方ないな』って感じのレースだったね。
 …あと、そう言えばこの年の秋シーズンは、武豊JKに乗り馬が集まっていてね。前週の秋華賞をファレノプシスで勝っていたし、(旧)4歳牡はスペシャルウィーク、古馬中・長距離がサイレンススズカとエアグルーヴ。短距離はタイキシャトルの天下だったけど、対抗勢力筆頭のシーキングザパールに乗っていた。一体、いくつG1を勝つんだろう、なんて言われてたよ。でも、結局勝ったのは秋華賞だけ。ミスらしいミスも無かったのに、勝てなかった。勝負事って、ホントに難しいよね」
珠美:「……簡単だったら良いんですけどね、馬券も当たりますし(苦笑)。…じゃあ、レースの回顧に移りましょうか、博士?」
駒木:「ああ、そうだね。気が重いけど(苦笑)」
珠美:「このレース、逃げ馬はサイレンススズカの他にサイレントハンターがいたんですが、スピードの絶対値が違いましたね。最内の1枠からサイレンススズカがハナに立ってあっという間に大逃げの形になりました。2番手のサイレントハンターも3番手以下を離して、この馬も大逃げしているのと同じような形に。物凄い縦長の展開でしたね」
駒木:「とにかくペースが速いんだよ。最初の600mが34秒6で、1000mが57秒4。今となっては永遠の謎だけど、このペースでサイレンススズカは逃げ切れたんだろうかね? とにかく『無謀』と言って良いような超ハイペースだったよ。……でもこの時、リアルタイムでレースを観ていた人は、ただただ『凄い』と思ってた。逃げ切ってしまう事を前提条件としてレースを観ている人が大半だったはずだよ」
珠美:「3番手以下は比較的固まっていましたね。まずオフサイドトラップがいて、やや下がってステイゴールド、メジロブライト。その後ろはほぼ団子状態。シルクジャスティスとサンライズフラッグはその後方に待機していました」
駒木:「メジロブライトがちょっと前過ぎるかな、という程度で、あとは順当。ステイゴールドも若干前過ぎるけど、先頭との差を考えると、まぁこんなもんでしょう」
珠美:「レースは3コーナーから4コーナーへ。レースを観ていた大半の人が、サイレンススズカの快走を信じて疑わないでいたその時、事故は起こりました。サイレンススズカが左前脚を骨折して急ブレーキ。そのまま競走を中止しました」
駒木:「…この時のどよめきと言うか悲鳴を、どう表現したらいいんだろうね。何というか、空気が歪んでしまったというか……。『世界観が一瞬でガラリと入れ替わった副作用が、空間全体に及んでいた』…とか言えば小説っぽくなるのかな。
 ……あと、この時、僕は阪神競馬場のターフビジョンでレースを観ていたんだけど、どこかのバカが『やった〜(サイレンススズカが)バテた〜』とか叫んでいやがってね。本気でぶん殴りたい衝動を必死で抑えていた。これからサイレンススズカが味わう苦痛をそいつにも味合わせてやりたかったよ」
珠美:「………回顧を続けます。止まったサイレンススズカを交わして先頭に立ったのはサイレントハンターでした。が、あまりにも突然サイレンススズカが下がってきた影響で、馬も騎手も慌てたのでしょうか? ハミが外れてスピードが落ちてしまいます。一気に馬群が詰まり始めました。
 こうなると3番手にいたオフサイドトラップが有利でしたね。直線で先頭に立ちます。追いすがるのはステイゴールドで、あとはサンライズフラッグが後方大外から追い上げていましたが、ビハインドが大き過ぎました。メジロブライト、シルクジャスティスは全くの不発でした。
 早めに抜け出したオフサイドトラップ。ステイゴールドが一瞬交わす勢いだったんですが、肝心なところで内にササる悪い癖が出てしまいました。結局、オフサイドトラップが1馬身1/4の差をつけて1着でゴールしました

駒木:「先頭、2番手がアクシデントで圏外になった時点で、オフサイドトラップは、前半1000mを1分1秒程度のスローペースで逃げているも同然だった。これ以上無い展開利さ。でもね、でもこの馬は、それでもG1を勝てる力を持った馬ではなかった。勝っちゃいけなかった。本当なら他の馬にズブリズブリと差されて3着か4着にならなくちゃいけなかったんだ。
 ところが現実はどうだ? メジロやシルクは世紀の大凡走、ステイゴールドは内にササって、しかもそれを蛯名JKが立て直せないお粗末な事この上ない。ぶち壊しだよ、ハッキリ言って。これじゃあサイレンススズカが可哀想だ」
珠美:「………」
駒木:「それと、もう1つ忘れられない事。レースが確定した直後、フジTVのインタビューに答えた、オフサイドトラップの柴田(善)JKが言い放った第一声が酷かった。彼ね、仏頂面でぶっきらぼうにこう言ったよ。『笑いが止まりませんね』って。
 僕はこのインタビューを家に帰ってから観て、競馬場であのバカに抱いたのと同じような、殺意にも似た怒りが湧いてきた。だって柴田(善)JKは、サイレンススズカが死んだ事も含めて『笑いが止まらない』と言ったんだ。サイレンススズカが死んだ事で、心から悲しむ人がどれくらいいると思ってるんだ? 競馬に携わる人なら、すぐに想像出来そうなものなのに。少なくとも、全国ネットのTV中継で吐く言葉じゃあない。最低の発言だよ。
 そりゃ彼は優れた騎手だし、技術面に関してはリスペクトもしている。でも、この言葉は一生許せない。そして柴田善臣という人間そのものもね。
 1頭の偉大な馬が命を絶つには、馬も人もお粗末過ぎたレース、それがこの天皇賞だった。僕が『このレースは最低だ』といった理由が少しは理解してもらえただろうか」
珠美:「……私からは発言を控えさせてもらいます。では、このレース以後のお話をお願いします」
駒木:「まず、サイレンススズカは左前脚粉砕骨折で安楽死処分。今のところ、G1レースで非業の死を遂げた最後の馬になるのかな。
 勝ったオフサイドトラップは、この後、有馬記念へ。でも距離も向かないし、力も足りないわけだから、当然のように惨敗した。引退後は種牡馬になって、初年度産駒は今年デビューのはず。
 ステイゴールドは説明不要だね。内にササっても立て直してくれるパートナーに恵まれて、3年後に国際G1勝ちを果たす。そのパートナーがサイレンススズカの武豊JKってのも意味深だね。
 メジロブライトはこの後もG1でそれなりの活躍はしたけど、スペシャルウィーク世代の突き上げに屈して脇役に甘んじる事になる。シルクジャスティスはこの後も不振を極めて、挙句の果てには故障を発症して引退。晩年は寂しかったねえ。サンライズフラッグも、これ以後はスランプに陥ったまま引退する。
 結局、この後の競馬界を引っ張っていったのは、サイレンススズカの屍を越えていった馬たちじゃなくて、エルコンドルパサーやグラスワンダーといった、サイレンススズカに胸を貸してもらった若駒たちだった。この2頭のおかげで、サイレンススズカは犬死にしなくて済んだと言っていい。何というか、運命って複雑なものだよね」
珠美:「…ハイ、ありがとうございました。博士、来週は…?」
駒木:「再来週がフェブラリーS。それを考えて、G1昇格元年・1997年のフェブラリーSを振り返ってみようと思う。それじゃ、今日はこれまで。珠美ちゃんもご苦労様」(来週に続く)

 


 

平成14年2月2日 
競馬学特殊講義
(講師:栗藤珠美)
学園祭・ちゆデー仕様です。

女性のための
競馬場デートガイダンス
(前編)

 みなさん、改めまして、はじめまして&こんにちは♪ 栗藤珠美です。今日は私が講義を担当します。
 科目は「競馬学特殊講義」。ちょっと馴染みが薄い人も多いと思いますけど、よろしくお願いしますね♪

 さて。

 競馬のことをあまり知らない人は驚かれるでしょうけど、今、週末の競馬場へ行くとカップルだらけです。

 もちろん、「焼酎焼けの赤ら顔、その手には赤ペン、馬券では赤字計上」なんていう、愛国戦隊大日本に狩られちゃいそうなアカだらけの小父様もいらっしゃいますけど、そんな方たちは、もうすっかり少数派。
 全体の雰囲気は、お台場みたい…とは、さすがにいきませんけど、少なくとも東京・秋葉原や大阪・日本橋とは雲泥の差になりました。

 でも、いくら時代が変わったと言っても、競馬場は競馬場です。大前提としてギャンブルをする場所なのですから、自然と空気は殺伐としたものになってしまいます。

 ですから、競馬場の入場門をくぐった時は、三原じゅん子&コアラ夫妻を思わせるアツアツさだったカップルも、最終レースの頃には、楽屋裏の林家ペー&パー子夫妻を思わせる寒さが漂ってきていたりするのです。
 目をテンパらせて競馬新聞を睨む彼氏、それをまるで、最前列に座った足の不自由な女の子に「立て」と冷たく言い放つ浜崎あゆみのような視線で眺める彼女……。
 そんな情景を眺めていると、

 「ああ、彼氏の目はテンパってるけれど、このカップルはもうすぐ流局なのね」

 …なんて思ってしまいます。

 でも、よく考えてみると、それは若い2人にとって大きな不幸。それに、“競馬のせいで破局”だなんて、ちょっと悲しすぎます。

 と、いうわけで。
 今日は私、栗藤珠美が、競馬場デートで破局にならないための特別ガイダンスをお送りします。一応、女性の立場に立ったガイダンスですが、男性の方も、競馬場で彼女をミスリードしないためにも、ぜひ受講されることをお奨めします。

 では、始めますね。

 ●レッスン1 競馬場デートに誘われたら…

 貴方の彼氏が競馬好きの場合、早かれ遅かれ競馬場デートに誘われる日が来るはずです。
 もちろん、「え〜、そんなトコでデートなんて嫌。」と断ることもできます。けれど、その彼氏と末永くお付き合いしたいなら、やっぱりお互いの趣味を理解しておくことも大事ですよね。1度くらいはお誘いに乗ってあげてもいいのではないでしょうか?

 さて、競馬場デートに誘われたら、まず彼氏に訊いておかなければいけないことがあります。
 まず、当然の事ですがデートの日付。それと、デートで利用する競馬場の名前も教えてもらいましょう。

 で、日付が土曜・日曜だったらいいのですが、もしこれが、平日の昼間だったら問題です。この場合、あなたが連れて行かれようとしているのは、間違いなく地方競馬場です。

 地方競馬場にも素晴らしい点はいっぱいあるのですが、反面、とてもアクの強い場所でもあるのも事実です。少なくとも、初めての競馬場デートで行くような所ではありません。来日したての外国人が鮒寿司を食べさせられるようなものです。
 こんなセンスの無い彼氏とは付き合ってはいけません。悪いことは言いませんから、直ちに別れを告げて電話を切りましょう。

 日付が週末ならば、ひとまず安心です。でも、そこで油断してはいけません。
 彼氏との電話を切った後、競馬好きの知り合いに電話をかけて、行く予定の競馬場と、その日に行われるレースについて質問してみましょう。

 もし、「色々バリエーションがあって、初心者でも楽しめるよ」という答が返ってきたなら、まずは合格です。期待してください♪
 でも、「ん〜、この日は大して面白いレースが無いなあ」と言われた場合、貴方の彼氏はギャンブルする気満々です。貴方よりも馬券に夢中です。「自分が楽しみながら、デートにもなって一石二鳥」…なんて思ってますから、用心してデートに臨んでくださいね。
 
 あと、デートの時の服装をアドバイスしてくれる彼氏なんかはポイント高いですね。

 競馬場は、夏暑くて冬寒いという、フォークソングに出てくる安アパートのような気候です。しかも、キャパシティに対して椅子の数が圧倒的に少なくて、どうしても床や地面に直接座ることが多くなります。

 なので、「出来るだけ涼しい格好で(冬なら暖かい格好で)、椅子に座れないからズボン穿いてくる方がいいよ」なんて、さりげなく言ってくれる彼氏だと理想的ですよね。

 ●レッスン2 競馬場に入る前に…

 さぁ、貴方はデート当日を迎えました。彼氏とどこかの駅前で待ち合わせて、競馬場へ向かいます。

 ……と、ここで、彼氏の手元を注視してみましょう。

 一番オーソドックスなのは、競馬新聞を持っているケース。タブロイド版で、見慣れないデザインなので、すぐに判ります。
 この場合、「それって競馬新聞だよね? ひょっとして、たくさん馬券買うの?」とか訊いてみましょう。

 模範的な回答は、
 「いや、これは習慣だから(苦笑)。今日はデートだから、ちょっと遊ぶだけだよ。こういう時に必死に馬券買っても勝てないだろうし」

 …といったところでしょうか。
 身の程をわきまえた、気持ちのいい発言
ですね。

 これが、
 「おう、当然。今日はバッチリ儲けて、夜はゴチソウ食わせてやるからな」

 …なんていう、威勢だけ充分なセリフになると困りものです。
 この場合、今日のデートは彼氏同伴の日光浴だと割り切って下さい。
 後は、奇跡的な確率で彼氏が大儲けすることでも祈りましょう。ま、多分、気合が空回りして散々でしょうけどね。

 次に、手ぶらの場合。
 このパターンは両極端です。1つは「今日はデートだから、馬券はほとんど買わずにエスコートに徹するよ」という意思の表われ。
 そしてもう1つは、「俺は馬を見るだけで馬券が当たるんだ」という、勘違いしたお方

 注意すべきなのは、もちろん後者のケース
 「すご〜い、○○君って見る目あるんだ」
 …なんて、調子の良いことを言うのは厳禁です。こんなことを言ったが最後、吉澤ひとみにウインクされたモーヲタのようにつけ上がりますので。ここはちょっと冷たくあしらっておくのが、将来のためにも得策です。

 最後にスポーツ新聞の場合。

 この場合、「あれ? 競馬のことばっかり載ってる新聞じゃないの?」みたいな感じで訊いておきましょう。
 ただし、
 「あれ? 『競馬ブック』じゃなくて東スポ?」

 …なんて、具体名を出してはいけません
 例え知っていてもダメ
です。
 
そんなの、ラブホテルに初めて来たはずなのに、やたら場慣れしている女の子みたいなものですので。

 で、彼氏の反応が、「いや、いつもこの新聞使ってるから」というのなら、まあO.K.ですけど、
 「だって、競馬新聞高いじゃん。410円だよ」
 …って言うような彼だったら、ちょっと大変
です。
 大抵はそういう人に限って、1レースで何千円も馬券を買ったりしちゃいます。金銭感覚がボロボロなんですね。
 極端な話、別れるタイミングを計った方がいい
かもしれませんね。

 あ、言い忘れてましたけど、午前中からのデートの場合、お昼ごはんはお弁当を作っておいた方が良いですよ。
 競馬場の食べ物って、高いくせに美味しくないですから。競馬場近くのコンビニでも、食べ物類はすぐに売り切れちゃいますし、ここは貴方が腕を振るってポイントを稼いじゃいましょう♪

 

 ……きーんこーんかーんこーん………

 ──あら、チャイムの音。
 じゃあ、1時間目はここまでにしまして、続きは休憩の後の「後編」で。

 それでは、また。
 (後編はすぐ下にあります)

 


 

平成14年2月2日 
競馬学特殊講義
(講師:栗藤珠美)

女性のための
競馬場デートガイダンス
(後編)

 それでは、2時間目の講義を始めます。みなさん、引き続きどうぞよろしく♪ 

 

 ●レッスン3  さあ、競馬場です

 いよいよ競馬場の入場門をくぐる時がやって来ました。

 ここであなたは、競馬場が思ったよりも綺麗で垢抜けていることに、少しビックリするはずです。
 でもそれが、外れた馬券のお金が姿を変えたものだと考えると、ちょっと引いてしまいますよね。

 ところで、実はここがポイントの稼ぎ時

 ちょっとオーバーなくらい、競馬場が綺麗であることを褒めましょう

 すると彼氏は必ず、初孫を褒められた大工の棟梁のような反応を見せてくれるはずです。
 競馬好きの人が、競馬を知らない人に競馬場を褒めてもらうと、本当に嬉しいんですよ。

 そして、競馬場に入場した後、彼氏が貴方をどこに連れて行ってくれるか、というのも大事なポイントです。

 意外と知られていませんけど、競馬場は馬の競走と馬券の販売だけをしている場所ではありません。

 ちょっとした博物館やメモリアルホールみたいなのがあったりしますし、馬のぬいぐるみなどを売っているグッズショップだって何軒もあります。競馬観戦以外に楽しめる場所はいくらでもあるのです。
 でも、馬頭観音へ行って、今は亡きご贔屓の競走馬に線香をあげる…
というのは、さすがにちょっとどうかと思いますけど。

 でも、少なくとも、真っ先に馬券の自動販売機に並んだりする彼氏は、やっぱりサービス精神に欠けると言っていいんじゃないでしょうか? 

 一番最悪なのは、栄養ドリンク専門の売店へ直行して「リポビタンD」を買い、しかも売店の小母様と顔見知り、というパターン。

 実在するから怖いです

 

 ●レッスン4 馬券を買う時は──?

 たとえ、馬券が主目的ではない競馬場デートでも、やっぱり馬券を買わないわけにはいきません。
 それに、100円でも馬券を買った方が、買わないよりもレースが楽しめるのも事実ですしね。

 大抵の場合、彼氏が貴方に「少しでもいいから、馬券買ってみない?」という言い方でアプローチしてきます。
 この場合、「それじゃあ、せっかくだから…」みたいな感じで、承諾しておけば大丈夫です。
 「ちょっと嫌かな」と思っても、断ったところで2人の間の空気が悪くなるだけですので、妥協してください。男女関係はギブアンドテイクですよ。

 馬券を買うとなると、彼氏は熱心に馬券の種類や的中条件などを説明してくれるはずですが、あなたが買うべき馬券は決まっています。それは、

 単勝(1着になる馬を当てる馬券)
 複勝(3着以内に入る馬を当てる馬券)

 …の、2種類です。
 そして、馬券を買う馬を選ぶ時も、「なんか強そう」とか、「名前がカワイイから」などの、できるだけバカっぽい理由で選びましょう。

 …これには、初々しさを演出するということもあるのですが、一番の理由は、「彼氏の馬券が外れて、あなたの馬券が的中した場合」のための予防線です。彼氏に言い訳のチャンスを与えてあげましょうってことです。

 男性の方は、必ずと言っていいほど、お金と一緒にプライドも賭けて馬券を買っています
 ですので、馬券で自分の彼女に負けちゃうのは、本当に許せないことなんですよね。

 こんなの、女の視点からしてみると、バカバカしいことこの上ないんですけど、菩薩のような心で理解してあげましょうね♪
 
 ですから、初めての競馬場デートの時に、女の子は本気で馬券を買ってはいけません。

 それに、必ずと言っていいほど、初心者の貴方のほうが、自称“中・上級者”の彼氏よりも馬券の才能に恵まれていますからね。
 これは不思議ですけど、世の中そんなものみたいです。

 でも、貴方がそこまで気を遣ったのに、ブチブチと負け惜しみを言う彼氏、これは最低ですね。

 この前も私、目撃したんです。馬券が外れたことを2回も3回も悔しがって、
 「当たってたら、3万円だったのによ〜」
 とか彼女に愚痴ってる男。

 それだけじゃないんですよ。その男の彼女は、100円だけ買った馬券が当たったんで、嬉しそうに当たり馬券を眺めてたんですね。するとその男、
 「何、そんな小さい額当ててニヤけてんだよ。そんなの、ちっとも凄くねえよ」
 …って、彼女を毒づいたんですよ!
 私、思わず、持っていた3色ボールペンで、男の後頭部を思いっきり突き刺そうかと思っちゃいましたよ! もう、絶対許せません!

 もし、そんな男だったら、私に代わって鉄拳制裁をくれてやって下さいね。そのままお家に直帰してもO.K.です。

 ●最終レッスン 戦いすんで…

 そんなこんなで日も暮れて。

 最終レースも終わり、時刻も16時半を過ぎました。長かった競馬場デートもおしまいです。

 さて、今日のデートはいかがでしたか?

 きっと、彼氏の性格について、これまで見えなかった色々な所が分かったんじゃないかと思います。
 ギャンブルは人間の本性を丸裸にします
からね。

 もしも、「やっぱりステキだわ」って彼氏だったら、どうぞお幸せに。
 帰りは満員電車
ですから、思う存分抱きついてあげてください♪

 でも、ひょっとしたら、「こんな人とは思わなかったわ」という気持ちになって、彼氏と別れてしまう人もいるかもしれません。
 けれど、それはそれで仕方ないと思います。むしろ、ギャンブル狂の彼氏と別れることができて幸せだと思ってくださいね。

 あら? 確かこの講座は、「競馬場デートで彼氏と破局しないための講座」だったんでしたっけ?

 ……ま、別れるカップルは、どう頑張ってもいつか別れますしね。
 見切りは早い方が良い
ってことで…。

 とりあえず、バーチャル・バーチャルネットアイドル栗藤珠美は、競馬場でデートをするカップルを応援したりしなかったりしています。


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