「社会学講座」アーカイブ(競馬学関連・1)

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講義一覧

1/26 競馬学概論「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(4)
1/19 
競馬学概論「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(3)
1/12 
競馬学概論「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(2)
1/5  
競馬学概論「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(1)
12/31 犯罪社会学「田原成貴(元)調教師・覚せい剤所持&使用で逮捕・シリーズ完結編」
12/30 集中講義・競馬学特論「2001年中央競馬総括」

12/22 集中講義・競馬学特論「G1予想・有馬記念編」
12/20 
馬事文化学特論ステイゴールド号・G1制覇記念企画・ショートストーリー「Stay Gold Forever」《作:栗藤珠美 監修:駒木ハヤト》
12/15 
ギャンブル社会学「憲法違反の身分差別規定についての諸問題」
12/8  集中講義・競馬学特論「G1予想・朝日杯フューチュリティS編」

12/1  集中講義・競馬学特論「G1予想・阪神ジュベナイルフィリーズ編」
11/25 (オープンキャンパス)競馬学特論「G1プレイバック」

 

1月26日(土)競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(4)《サイレンススズカ三番勝負・2》
1998年宝塚記念/1着馬:
サイレンススズカ

駒木:「今週はサイレンススズカ三番勝負の2回目。唯一のG1勝ちになった宝塚記念を振り返ってみるね」
珠美:「こんな事言っては失礼なんですけど、不思議と印象に残ってないレースですよね」
駒木:「宝塚記念って、どうもそんなレースらしい(笑)。勝った馬は有名どころが多いんだけどねぇ。ここ10年でも、メジロのパーマーとマックイーン、ビワハヤヒデ、マヤノトップガン、マーベラスサンデー、グラスワンダー、テイエムオペラオー、メイショウドトウ。比較的マイナーなのはダンツシアトルくらいだもの。
 まぁ、あれだろうね。強い馬なら、他にもっと印象深いレースがあるし、このレースで大駆けした馬は、本当にこの場限りの活躍で終わっちゃって、僕たちの記憶から消えてしまうってことだろうね
珠美:「そうですよね。サイレンススズカにしても、このレースよりむしろ金鯱賞とか毎日王冠の方が印象に残ってますし……」
駒木:「そうだねぇ。まぁだからこそ、今回は毎日王冠じゃなくてこちらを採り上げたんだけどね。
 ……と、いうわけで、早速レースの紹介をしてくれるかな?」
珠美:「……ハイ。このレースは1998年の7月5日に行われました。宝塚記念は1959年に創設された重賞レースで、『冬の有馬記念のような、ファン投票で出走馬を決めるグランプリレースを、春に関西で』という、中央競馬会(現:JRA)の意向で始まったとされています。グレード制導入と共にG1に格付けされ、春競馬の最後を飾る中距離馬ナンバーワン決定戦として、年間スケジュールの中でも重要な位置を占めています。なお、この前年の1997年より国際競走となり、2001年より国際G1競走の格付けを認定されています。
 あと、距離は芝の2200m。競走名の“宝塚”にもあるように、改装時などを除いて阪神競馬場で施行されます。
 この年の有力馬ですが、サイレンススズカも有力馬の1頭として名を連ねています。これは後で博士に解説していただきましょう。他の有力馬としては、前年の秋に天皇賞・秋1着、ジャパンカップ2着、有馬記念3着という好成績を残していたエアグルーヴや、年末のステイヤーズSから春の天皇賞まで4連勝でやって来たメジロブライト。さらには前年の有馬記念覇者・シルクジャスティスに、この年の天皇賞・春2着で、いよいよシルバーコレクターの活動を開始したステイゴールド、そして前走・鳴尾記念(G2)でエアグルーヴ相手に大金星をあげたサンライズフラッグなど、錚々たるメンバーが名乗りをあげていました。
 ……私からは以上です、博士」

駒木:「はい、ありがとう。…それにしても凄いメンバーだよね。この他にもメジロドーベルとかローゼンカバリーとかいるんだよ。古馬の有力どころは、ほとんど全部揃ってる。こんなレースがあったのに、競馬雑誌の投稿欄では『毎年、宝塚記念はメンバーが揃わないので、時期を変えたらどうだ』みたいな文章が載るんだからねぇ。どれだけ宝塚記念が皆の記憶に残ってないか、よく分かる(笑)」
珠美:「最近は有馬記念まで『ファン投票が反映されてない』って言われてるみたいですけどね」
駒木:「頭数が揃わなかったのは大昔から一緒だよ。要は良いメンバーが集まって良いレースになればO.K.なわけでね。
 ……でもさ、ジャパンカップも海外遠征も無かった頃と比べて文句を言ってる方がナンセンスだよ。僕たちはあくまで外野なんだから、与えられたモノで如何に楽しむかを考えてればいいのさ。文句を言うのは、根本的な間違いがある時だけでいい。
 ……っと、なんで説教じみたことを言ってるんだ(苦笑)。あ、そうそうサイレンススズカの話だったね」
珠美:「ハイ」
駒木:「先週の講義では、サイレンススズカがまだ二流馬だった頃の話をしたんだけど、それから約半年で、この馬は全く違うレヴェルまでに成長していたんだ。
 サイレンススズカは、あの惨敗したマイルCSの後、無謀にも香港国際カップに遠征。どう考えても惨敗するパターンだったんだけど、それが果敢に逃げて0.3秒差の5着に健闘。今から考えると、騎手が武豊JKに替わったのが良かったんだろうね。後のステイゴールドの時もそうだったけど、この人、気性の悪い馬を手なずけるのがとても上手い。
 で、帰国した後が凄かった。エイプリルS、中山記念、小倉大賞典、金鯱賞と逃げ切りで4連勝。しかも最後の2つはレコード勝ちで、さらに金鯱賞は勝った着差が『大差』。1.8秒差だから、約11馬身ってところだろうか。しかもその時の2着馬が、G2勝ちを含む4連勝中のミッドナイトベット。後に香港国際カップを勝つ馬だね。…まぁ、この時にサイレンススズカの能力は完全に開花されたと言っていいんじゃないかな」
珠美:「何がどうして、こんなに変わっちゃったんでしょう?」
駒木:「ムキになって走って、スタミナを浪費する癖が影を潜めたのが大きいね。多分、武豊JKに走り方を叩き込まれたんじゃないかと思うんだけど。後は、気性の成長と能力の完成が同時に訪れたって事だろうか」
珠美:「…なるほど、分かりました。このレースもサイレンススズカは1番人気だったんですが、これは実力が評価されて、と解釈して良いんですか?」
駒木:「それはちょっと微妙かな。実績ならエアグルーヴ、メジロブライト、シルクジャスティスの方が数段上だしね。ただ、この時は実績上位の3頭が揃ってスランプか調整途上でねぇ。100%キッチリ仕上がってたのはサイレンススズカくらいなものだった。まぁ、勢いとツキも加味しての1番人気ってところだったね。
 サイレンススズカの不安点と言ったら、騎手が武豊JKから南井JKに乗り替わってた位かな。武豊JKは先約を優先してエアグルーヴに乗っていたんだ。南井JKも下手な騎手じゃないけど、サイレンススズカの全てを知っている武豊JKを敵に回したのは、正直大きな懸念材料だったよ。でも、それを考えても、この時は『サイレンススズカで仕方ないかな』って感じはあった。何せ、僕もサイレンススズカを軸に流し馬券を買ってたくらいだからね。僕がこの馬を初めて本命にした時だったよ(笑)」
珠美:「なるほど、よく分かりました(笑)。 それでは、レースの回顧に移りますね。
 まず、メジロブライトがゲート内で暴れて外枠発走になってしまいました…」

駒木:「これでメジロブライトは終わっちゃったね。これじゃあ、どうしようもない。レースの方でも不利を受けちゃったし、この時は運が無かった」
珠美:「ハイ。そしてスタートです。やはりハナを切ったのはサイレンススズカ。他に競り合う馬もいませんでしが、ハイペースでグングン差を広げて逃げます。離れた先行グループにはメジロドーベルなど。他の有力馬は、脚質の問題もあって中位より後方に位置します。
 サイレンススズカのペースは前半1000mで58秒6。折り合いはついていたみたいですが、やっぱり速いペースです。向正面では大逃げの形になりました」

駒木:「サイレンススズカにしてみれば、普通の“形”だね。……今から考えてみると、南井JKにしてみれば、負けても言い訳の出来る乗り方を選んだみたいだね。良い意味でも悪い意味でも“代打”精神というか。あ、これは責めてるわけじゃないよ。いかにもプロらしい騎乗ということだね」
珠美:「前走の金鯱賞では最後までリードを縮めさせなかったサイレンススズカですが、さすがにG1レースですね、4コーナーから後続との差が詰まり始めます。中でも目立った動きを見せたのがステイゴールドでした。中位から一気に捲り上がって行きます」
駒木:「微妙に違うけど、これってステイゴールドの引退レースの香港国際カップと似てる展開だよね。で、この時でも香港でも、4コーナーで動いたのが熊沢JKで、我慢したのが武豊JK。どっちがどう、という評価は避けるけど、意味深長な話ではあるよね」
珠美:「直線の攻防ですが、メジロブライトとシルクジャスティスの2頭は伸びを欠いて失速。早めにスパートしていたステイゴールドと、脚を貯めていたエアグルーヴがサイレンススズカを懸命に追う形になりました。でも、序盤から中盤で作った“貯金”が大きかったみたいですね。差は3/4馬身差まで詰まったんですが、結局サイレンススズカが逃げ切りました。2着はステイゴールが粘り込み。エアグルーヴは馬込みを捌くのに手間取ったために3着に終わりました。シルクジャスティスは6着、メジロブライトは11着でした」
駒木:「着差を考えると、ちょっと危ない勝ち方だったんだろうけど、勝てば官軍だよね。2着争いは、思わず『ぎゃあ』と叫んだのを今更ながらに思い出す(苦笑)」
珠美:「(笑)」
駒木:「いいメンバーの割には、ちょっと締まらないレースだったかな。勿体無いレースだよね、色んな意味で。
 ただ、もしもこのレースのメンバーが100%の力を出していたら、サイレンススズカは勝てなかったんじゃないかな。それを考えると、これはこれで良かった気がするけどね。まぁ、勝負事ってのは因果なモノだよね」
珠美:「タラ・レバの話は尽きませんものね。……それでは、出走馬のその後についてお話してください」
駒木:「サイレンススズカは、例によって次回にね。
 で、エアグルーヴは、どうやらこの辺りを境にピークを過ぎたらしくて、徐々に成績の方もフェードアウトしていった。それでもジャパンカップでエルコンドルパサーの2着があるんだから、大したもんだよね。
 あと、メジロブライトとシルクジャスティスの2頭は、下の世代からの突き上げに遭ってチャンピオンの座を追われることになる。まぁ、もともとG1馬にしては地力に問題のある馬だったんだけれども。
 結局、このメンバーの中で一番出世したのはステイゴールドということになるのかな。物凄く遅咲きだったけれども、その分出した結果も凄かったよね」
珠美:「……ハイ、博士、ありがとうございました」
駒木:「珠美ちゃんもお疲れ様。さて、来週は1998年の天皇賞・秋。このレースについて講義するのは、かなり心苦しい作業になるんだけど、避けるわけにはいかないからね。…まぁ、来週もどうぞよろしく、ということで」(来週に続く)

 


 

1月19日(土)競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(3)《サイレンススズカ三番勝負・1》
1997年マイルチャンピオンシップ/1着馬:タイキシャトル

駒木:「今日で3回目の競馬学概論だね。今回からは、『サイレンススズカ三番勝負』として、悲運の名馬・サイレンススズカの競走生活を3回にわたって追いかけていこうと思うんだ」
珠美:「サイレンススズカといえば、私が仁経大付属高校で競馬を習い始めたばかりの頃の馬なんです。大差で勝ったり、最後もレース中に故障を起こしたり……だから、とっても印象深くて」
駒木:「それは他の競馬ファンも同じじゃないかな。この馬は結局、G1レースは1勝しかしてないんだけど、それでも『20世紀の名馬100』で、この馬はナリタブライアンに次いで2位に選ばれたからね。それが果たして正しいあり方かどうかは別にして、それだけその姿が、ファンの印象に残っていたという事なんだろう。そして、それは僕も同じ事だよ。その『名馬100』には別の馬を投票したけれども(苦笑)」
珠美:「あら、じゃあ博士は、どの馬に投票されたんですか?」
駒木:「ええとね、エルコンドルパサー、シンボリルドルフ、イナリトウザイ(微笑)」
珠美:「またマニアックな組み合わせですね(笑)。受講者の方も、ほとんどがポカーンとされてますよ」
駒木:「(笑)……まぁ、分かる人にだけ分かったら良いんだよ、そのあたりはね。
 さぁ、本題に戻ろう。この「三番勝負」では、サイレンススズカのレースを3つ振り返ってみる。ただし、採り上げるレースは、サイレンススズカが勝ったレースばっかりじゃないよ。有名なレースに関しては、ある意味語り尽くされてるからね。“最期”のレースは別格だから、ちゃんと話をするけれども…」
珠美:「具体的に、どのレースを採り上げるのか紹介してくださいますか?」
駒木:「うん。第1回、つまり今日は、サイレンススズカの“下積み時代”として、1997年のマイルチャンピオンシップを振り返ってみる。『名馬』の下に、まだ『候補生』という言葉が付く頃のサイレンススズカの姿を回顧するつもりだよ。
 そして来週の第2回は、1998年の宝塚記念。サイレンススズカが、唯一のG1勝ちを果たしたレースだね。
これは“絶頂期”ということになる。
 最終回は、1998年の天皇賞・秋。これは分かるね? サイレンススズカがレース中に故障を発症して、安楽死処分になってしまったレースだよ。振り返るのは辛いレースだけれども、やっぱり見てみないふりをするわけにはいかないからね」
珠美:「……ハイ、分かりました。それでは、今日は1997年のマイルチャンピオンシップについてのお話になります。
 このレースは、1997年の11月16日に行われました。このマイルチャンピオンシップは、1984年に新設されたレースです。歴史は浅いですが、当初から短距離戦線のチャンピオン決定戦として、重要な役割を占めているG1レースですね。条件は、京都競馬場の芝コース外回り1600m。現在は国際競走ですが、当時はまだ日本調教馬限定のレースでした。
 この年、1997年のマイルチャンピオンシップは、フルゲートの18頭で争われました。主な出走馬としては、まずサイレンススズカがいるのは当然として、後に海外G1制覇を果たすことになるタイキシャトルがいますね。当時はG1未勝利ですけど、前走でスワンS(G2)を勝っています。そして、昨年のこのレースの勝ち馬で、その他に皐月賞優勝や安田記念2着などの実績を持つジェニュイン。さらに高松宮杯(現:高松宮記念)の勝ち馬・シンコウキングや、桜花賞馬で秋華賞2着から転戦して来たキョウエイマーチなど、なかなかの豪華メンバーが揃っていました。……あら、そういえば、単勝一番人気はスピードワールドなんですね。安田記念3着、毎日王冠3着…ですか。今から考えると、ちょっと不思議な気がしますね」

駒木:「うん。このレースは、“人気先行”ってのがキーワードみたいなレースでね。今から考えると、『何、コレ?』って馬が人気になってたりする。……まぁ、競馬ではありがちな事なんだけど、後から見ると滑稽だよね(笑)……いや、失礼。
 例えば、一番人気のスピードワールドね。実績は4歳(旧表記)限定G3が1勝だけ。まぁそれも6馬身の大差だし、他に安田記念3着もあるから、ただのG3馬ではないんだけどさ。でも、今になれば『え? この馬が一番人気?』とは思うよね。
 で、このレースで、人気先行が一番酷かったのが、サイレンススズカだったりする。
 何がいけなかったって、デビュー戦の新馬戦で7馬身差の圧勝。大体、コレが悪かったんだな(苦笑)。その姿を目の当たりにしたトラックマン(競馬記者)の人たちがトチ狂っちゃった。「これは大器だ! 逸材だ!」って。……で、2戦目が格上挑戦の弥生賞(G2)。新馬勝っただけなのに、いきなり2番人気さ(苦笑)。ところがこのレース、サイレンススズカはスタート直後に大出遅れをやって、8着惨敗。まぁ、典型的な『やっちゃった』パターンだよね。でも、これでトラックマンの方たちが諦めたわけじゃない。彼らは口を揃えて言ったね。『出遅れなければ分からなかった』って。いや、そりゃそうだけどさ(苦笑)。
 …そうしたら3戦目の500万条件の平場戦で、また7馬身差の圧勝。またこれで『うわ〜、やっぱり凄いぞ、この馬! G1候補だ!』ってなっちゃった。いや、ちょっと待て、と。この馬まだ、新馬と条件戦しか勝ってないやんか、と(笑)。でも、もう止まらなかったね。いや、サイレンススズカはレースでは止まったんだけどさ(笑)。人気が止まらないんだよ」
珠美:「(笑)」
駒木:「で、続くダービー指定オープンのプリンシパルSは何とか勝った。勝った相手も考えると、まぁギリギリG2クラスってところかな。勿論ダービーへ乗り込んだんだけど、当時は力が足りなかったから、当然のように9着惨敗。秋緒戦の神戸新聞杯でも、春に負かしたマチカネフクキタルにアッサリ差し切られて2着。3着以下はどうしようもない格下だから、自慢にも何にもならない。
 これで人気先行も終わったかと思ったら、天皇賞・秋で4番人気。『おいおいおいおい!』と(笑)。『良いのか、それで』、と思ったよ(苦笑)。で、レースの方は、案の定逃げて暴走した挙句にバテて6着。そして、このマイルCSは……」
珠美:「ハイ、6番人気ですね。売り文句は『このスピードは非凡だから、400m短縮で勝負になる』ですか?」
駒木:「さすが珠美ちゃん。その通り。……と、調子に乗って、ダラダラと喋っちゃったけど、この時のサイレンススズカは、G2クラスの力しかない存在に過ぎなかった。その事をレース回顧の前に頭に入れて欲しいんだ。何せ、レースになったら、ほとんど出番が無いから(笑)。このレースでは」
珠美:「(笑)……それでは、レース回顧に移りますね。
 スタート直後、いきなりタイキフォーチュンが落馬します」

駒木:「初代NHKマイルC優勝馬なんだけどねぇ。この馬は頭が悪い(笑)。天然ボケの馬ってなかなかいないよ」
珠美:「今日の博士は面白いですね(苦笑)。…先行争いは白熱します。キョウエイマーチ、サイレンススズカ、ヒシアケボノといったあたりが先頭に立とうと仕掛けていきました。最終的に、先頭に立ったのはキョウエイマーチでしたが、サイレンススズカは折り合いを欠いて、俗に言う“引っ掛かった”状態になってしまいます」
駒木:「この頃のサイレンススズカは気性が悪くてねえ。すぐムキになって走っては暴走する癖があった。この時も、その悪癖が出たね」
珠美:「その3頭の後ろにタイキシャトルで、あとの有力馬は軒並み後方から。ペースはとても速くて、前半の1000mが56秒5でした。これって速いですよね?」
駒木:「恐ろしいほど速い。今は直線1000mが始まったから、56秒って言っても驚かないけど、これはコーナー回っての数字だからね。ちなみに最初の600mは33秒2。正気の沙汰じゃないよね」
珠美:「…そんなハイペースでしたから、直線入口でサイレンススズカは後退。でも、キョウエイマーチは後続を振り切って独走状態になります」
駒木:「さすがは阪神の大外18番枠から桜花賞を逃げ切った馬だよね。尋常じゃないよ。『テレビの前の良い子は真似しちゃダメだよ』って感じ(笑)」
珠美:「余りにもペースが凄かったせいか、展開有利のはずの後続馬も、追走でスタミナを使い果たして続々と力尽きてゆきます。でも、その中でも1頭、2頭と脚を伸ばす馬もいました。その中でも、一際凄い勢いで伸びたのが、4番手で脚を貯めていたタイキシャトルでした。弾かれたように伸びて来て、一気に先頭に立ちます」
駒木:「もう1頭のバケモノがここにいた(笑)。もうね、この時のタイキシャトルとキョウエイマーチの2頭は全てにおいて抜きん出ていたね。他の馬は相手が悪かった。これしか言い様が無い」
珠美:「最後は、タイキシャトルが2馬身半のリードをつけて1着。キョウエイマーチは後続に1馬身半のリードを守ったまま2着でした。直線でバテたサイレンススズカは15着。完走した馬の中で、後ろから3番目の惨敗でした」
駒木:「気性の悪いところが出て、まともに走ってないってことなんだけど、それを言い出したらキリがない。気性の良さも能力の内と考えると、やっぱり当時のサイレンススズカは二流馬に過ぎなかった。これは確かだね」
珠美:「それでは、このレースに登場した馬たちのその後を簡単に紹介してください」
駒木:「うん。タイキシャトルはこの後、スプリンターズSも完勝して、日本短距離界の“絶対君主”になる。そして翌年、海外遠征でジャック・ル・マロワ賞を完勝して世界のトップにまで昇りつめることになる。キョウエイマーチも、ずっと後までマイル路線で長く活躍したね。残念ながら、もうG1タイトルには恵まれなかったけれども。ジェニュインやシンコウキングも、G1ではその後もあまりパッとしなかった。
 スピードワールドは、このレースで12着に敗れた後、見事にジリ貧。気が付いたら人気も無くなって、普通の馬になってたね。よく考えたら、結構かわいそうな馬だったかもしれないね。サイレンススズカに関しては、また来週、ということで」
珠美:「ハイ、ありがとうございました」
駒木:「お疲れ様。それでは、また来週だね。どうぞよろしく」(来週へ続く)

 


 

1月12日(土)競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(2)
1995年4歳牝馬特別(現:フィリーズレビュー)/1着馬:ライデンリーダー

駒木:「今日採り上げるレースは、先週扱った阪神大賞典からちょうど1年前の、桜花賞トライアル・4歳牝馬特別(G2)だよ」
珠美:「地方競馬所属のライデンリーダーが勝ったレースですね」
駒木:「そう。今や地方競馬と中央競馬の敷居は大分低くなっていて、毎週のように地方競馬の馬と騎手が中央競馬を賑わせているけれど、それはつい最近の事でね。ちょうどそのターニングポイントになったのが、このレースなんだよ」
珠美:「私はよく知らないんですけど、少し昔は地方競馬の馬が出られるレースって、随分限られてたらしいですね」
駒木:「今のように、地方競馬所属のまま、全てのG1レースに出走するチャンスが与えられたのは、実はこの1995年からなんだ。それまで地方競馬の馬が出られる中央競馬のレースといったら、随分と数が限られていてね。夏の各競馬場で行われる、「○○オープン」ってレースが数レースと、あとはオールカマー(G2)と、ジャパンカップ(G1)くらいだったんじゃないかな。ひょっとしたら見落としがあるかも知れないけれど、まぁそんなもんだった」
珠美:「それじゃ、中央競馬に出たい地方競馬の馬はどうしてたんですか?」
駒木:「中央競馬に完全移籍するしかなかった。オグリキャップみたいにね。地方競馬の関係者は、自分たちが発掘して、手塩にかけて育てた馬を黙って手放すしかなかったわけだから、よく考えたら随分な時代だよな」
珠美:「今から考えると信じられませんね」
駒木:「まぁ、そんな事を振り返るのも、また競馬学の醍醐味さ。じゃあ時間も無いし、レース回顧に移ろうか。珠美ちゃん、資料の紹介をよろしく」
珠美:「ハイ。このレースが行われたのは、1995年の3月19日でした。この4歳牝馬特別は、現在のフィリーズレビュー(G2)の前身で、条件も現在と同じ芝の1400mです。ただ、このレースは通常、阪神競馬場が使用されるんですが、この年は、1月の阪神・淡路大震災の影響で阪神競馬場が使用不可能だったために、京都競馬場で行われることになりました。また、このレースは桜花賞トライアルで、上位3着までの馬に桜花賞の優先出走権が与えられます。
 この年の4歳牝馬特別はフルゲートの16頭で争われました。有力馬としては、まず中央勢から紅梅賞→バイオレットSと、オープン特別を連勝したエイユーギャルや、前走の500万特別で0.8秒の大差で逃げ切ったマークプロミス、さらには前の年のデイリー杯3歳S(当時)に勝ったものの、年明けから成績が伸び悩んでいたマキシムシャレードなどがいました。そして、笠松競馬からライデンリーダー。この時、10戦10勝だったんですね。凄い……」

駒木:「それも大抵のレースは1秒以上の大差だったからね。ダートの走りは半端じゃなかったよ。ダートレースの価値が上がった今なら、桜花賞挑戦じゃなくて、ダート路線でジャパンダートダービーあたりを目指してたんじゃないかな。ダートレースの価値が上がるのはこの年の下半期からでね。ライブリマウントやホクトベガといったあたりが地方競馬のダートレースで大暴れしてから、ダート路線が注目されるようになったんだ。だから、当時はまだダートレースの価値は低かった。それを考えると、ますますレア度が高いレースだよね、コレ(笑)。
 で、このレースの下馬評なんだけど、一言で言うと、『ライデンリーダーをどう扱うか』の一点に尽きたんだよね。珠美ちゃんに紹介してもらった通り、中央所属の有力馬はやや小粒な感が否めない。だから、ライデンリーダーの笠松での戦績を考えると、上位争いは間違いないところだったんだけど……。でも実のところ、評価はかなり分かれてたみたいだね。」
珠美:「それは、『地方競馬の馬だから……』という、偏見みたいなものがあったから、ですか?」
駒木:「ん〜、近からずとも遠からじ、だね。笠松競馬っていえば、あのオグリキャップを輩出した所だし、その前の年はその妹のオグリローマンが、兄貴と同じように笠松から中央に移籍して桜花賞を勝ってる。だから『笠松の馬=中央でも走る』っていう認識はあったんだよ。それにこの年は、既に弥生賞で北関東公営のハシノタイユウが3着に滑り込んで、皐月賞の出走権を獲得していた。だから、『地方競馬の馬、侮るべからず』という認識も有ったはずなんだよ。
 だから、結局のところは、『ダートばかり走ってる馬が芝コースでどうか』という定番の懸念と、あとは『地方競馬の馬を認めたくない』っていう中央競馬ファンのプライドが正当な評価を邪魔したってところじゃないかな。今でも似たような事はあるだろうけど、当時は今と比べるべくも無いくらい、そんな感情は大きかったからね」
珠美:「なるほど、分かりました。だから単勝2番人気という微妙な評価だったんですね」
駒木:「そういうことだね。…あ、当日の馬体重が14kg減ってたってのもあったかな。後から考えると、勝つためにギリギリの仕上げをしてたってことなんだろうけど」
珠美:「意外と複雑な話ですね(苦笑)。それではレースの回顧に移ります。
 スタートは少しバラけたくらいで、ほぼ順調でした。そして、序盤からエイユーギャル、マキシムシャレードといった有力馬が先行集団を形成します。競り合う形になったせいか、ペースは速めでした。ここで、ライデンリーダーはちょっとモタつくんですよね?」

駒木:「そう。安藤(勝)JKが、手綱を懸命に押して付いて行こうとしていたんだけど、なかなかスピードが乗らなくてね。多分、初めて体験する芝のスピードに戸惑っていたんだと思う。ただ、この時点では、典型的な“初めての芝で失敗するダート馬”の走りにしか見えなかったけどね。ホント、競馬って結果論だと何とでも言える(苦笑)」
珠美:「1400mの短距離戦だけあって、レース展開はシンプルです。3コーナーで一度、やや隊列が長くなるんですが、4コーナーではもう一度馬群が詰まります。ほぼ10馬身以内に、ほとんどの馬が一塊になっていました。ライデンリーダーは少し差を詰めて4馬身ほどの差ですね」
駒木:「この時点でも、『ああ、ちょっとは頑張るな』程度。まさか、この直後からとんでもない大逆転があるとはね」
珠美:「ハイ。直線に入って、レースの様相は一変します。直線入り口で人気のエイユーギャルが先頭に立って、一瞬は押し切るかと思われたんですが、その時、馬群の外に飛び出たライデンリーダーが、突然物凄いスピードでスパートを開始します。その勢いはケタ違いで、先頭のエイユーギャルを並ぶ間もなく交わしてしまします」
駒木:「この時の実況が、あの杉本清さん。『ライデンリーダー、来たぞ来たぞ来たぞ! ライデンリーダー、これは先頭に立つ勢いだ!』ってね。ビデオを何十回も観たからよく憶えてるよ。で、『先頭に立つ勢いだ』って来て、次の瞬間には『抜け(だし)た〜! ライデン!!』と一足飛び。『交わした』を言う間もなく抜け出してたんだ。で、杉本さんはその後あまりの衝撃に数秒絶句(笑)。そして『これは強い、恐れ入った』と。晩年の“杉本節”の中でも屈指の名実況だね。実況を再現するだけでレースが分かる」
珠美:「結局、直線だけで3馬身1/2の差がついてしまいました。これは完全に力の差、ですか?」
駒木:「だね。この時、僕の知り合いの人が生でレースを観てたんだけど、曰く、『1頭だけ別次元。他の馬が止まって見えた』だって。生で観てた人が言うんだから間違いない」
珠美:「2着にはエイユーギャル、3着はデビュー2戦目のタニノルションが入りました」
駒木:「1番人気の馬が2着に入っている、というのも価値がある。実力勝負で負かした、ということだからね」
珠美:「このレースで、ライデンリーダーの評判は凄く上がったんでしょうね。そのへんの話も含めて、その後のお話をして頂きましょう」
駒木:「うん。このインパクトだからね。この瞬間に桜花賞の1番人気は決まったも同然だった。けどそれは、桜花賞では徹底的にマークされることを宿命付けられる瞬間でもあったんだ。桜花賞はメチャクチャ厳しいマークに遭って、結局4着。そして、この4着で出走権を獲得したオークスでは、逃げが不発に終わって大敗。
 この後、笠松に凱旋してダートのレースを圧勝するんだけど、それがライデンリーダーの最後の輝きだったのかもしれないね。早熟のワカオライデン産駒ということもあって、この後は自分の能力の減退と戦う事にもなるんだ。秋も中央競馬に挑戦して、ローズS(G2)をなんどか3着。現在の秋華賞にあたる存在だったエリザベス女王杯の出走権を獲得したんだけど、もう本番では通用する力は残っていなかった。その後は、もう輝いていた頃のライデンリーダーじゃなかったから、語るのは止めておこう。
 結局はG2レース1勝しか出来なかった馬だったけど、そんな記録以上に、今の中央・地方ボーダレス時代を切り開いてくれた事が素晴らしいよね。いい馬だったよ、ホントにね」
珠美:「ハイ、ありがとうございました」
駒木:「珠美ちゃんもお疲れ様。来週からは、2、3回にわたって、サイレンススズカについて語ってみようかな、と思う。お楽しみにね」(来週へ続く

 


 

1月5日(土)競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(1)
1996年阪神大賞典(1着:ナリタブライアン)

駒木:「さて、今日から『競馬学概論』が始まります。題名を見ての通り、1990年代に行われたレースの中で、“名勝負”と呼ばれるものを振り返る企画です。で、『特論』の時と同様、この『概論』でも助手の珠美ちゃんに聞き手として手伝ってもらいます。それじゃ、改めて挨拶を」
珠美:「ハイ、助手の栗藤珠美です。引き続きよろしくお願いします♪」 
駒木:「さて、ここからはざっくばらんな口調に。…で、この講義では、レースそのものも当然振り返るんだけれども、それよりもそのレースが行われた当時のファン心理とか、競馬界全体の雰囲気とかにシフトを置いて回顧していきたいと思ってるんだ。例えば、馬券を買った人の心理状態とか、レース直後の競馬場の雰囲気とかね」
珠美:「あ、それは面白いかもしれませんね。私みたいに競馬歴の浅い人間は、どうしても知識がレースの内容だけに偏ってしまいますから」
駒木:「そうなんだよね。そもそも、この講義をやろうと思ったのは、若い人と……僕もまだ若いんだけどさ(笑)、若い人と少し昔の競馬の話をしていると、どうも噛み合わない事が多いんだよね。どうしてかな、と思ったら、知識がレースの内容、それも結果を知ってから観たレースVTRの中身に限られてるからなんだよ。彼らにとって、そのレースや出てくる馬というのは、あくまでもビデオの中だけの存在。別世界の住人なんだよね。アイドルと言ってもいい。でも、僕らは違うわけ。同じ時代を共に生きて、ウンウン唸りながら馬券を買って、感情移入しながらリアルタイムで見てた。言ってみれば“等身大のお付き合い”をしてるんだよね。その差は大きいよ」
珠美:「そう言えば、博士とトウカイテイオー号の話をした時、認識にギャップがあったのを思い出しました」
駒木:「そうそう。あの、1年ぶりに出走したトウカイテイオーが勝った有馬記念(1993年)の話ね。今じゃ“感動の名シーン”扱いになってるけど、その場にいた競馬ファンの多くは、実のところ感動するどころじゃなかった。“穴馬”トウカイテイオーに勝たれて頭抱えてたんだよね(笑)。『こんなんじゃ、年越せない』って(笑)。騒いでたのは、馬券を当てた人か、ヤケクソでロマンに浸るしかなかった人だけなんだよね」
珠美:「そうだったんですね(苦笑)」
駒木:「ま、そんなわけで、レース以外の部分にも目を向けて、競馬を語ろうじゃないか、ということ。G1レースだけじゃなく、色々なレースに目を向けていきたいと思ってるので、どうぞよろしく。……それじゃ、そろそろ本題に移ろうか。珠美ちゃん、進行よろしく」
珠美:「ハイ、分かりました。それでは始めますね。第1回の今日採り上げるのは、1996年の阪神大賞典(G2)です。ナリタブライアンとマヤノトップガンが壮絶なマッチレースを繰り広げた、超A級の名勝負として有名です」
駒木:「もう6年経つんだね。早いもんだ。その頃、僕はまだ20歳だったし、珠美ちゃんは当時15歳だから中学生か(笑)。ということは、リアルタイムでは知らないね?」
珠美:「ハイ。この直後に仁経大付属高校に入学して、それから初めて競馬を覚えたんで、ちょうど入れ違いの形になりますね。
 ……えーと、それじゃ、このレースについての資料を読み上げますね。このレースは1996年の3月9日に行われました。阪神大賞典は、原則として阪神競馬場の芝3000mで争われる、日本を代表する長距離レースの1つですね。毎年G1レース「天皇賞・春」(京都・芝3200m)の6週間ほど前に行われるので、そのステップレースとしても重要視されています。この年の阪神大賞典は、比較的お客さんの少ない土曜日に行われたんですが、それでも約6万人の入場者で、阪神競馬場の土曜日入場者レコードとなりました。たくさんのファンの人たちが、これから始まろうとする名勝負を今か今かと待ち構えていた、というところだったんでしょうか。
 このレースには10頭が出走しました。有力馬としては、その2年前に、史上5頭目のクラシック3冠を達成したナリタブライアン、前年度の菊花賞と有馬記念を勝ったマヤノトップガン。…この2頭がマッチレースをするんですね。他にはG2レース優勝の常連で、前年度のこのレースでナリタブライアンの2着になったハギノリアルキングや、マヤノトップガンが勝った菊花賞の2着馬トウカイパレス。さらには地方競馬のチャンピオンホース・ルイボスゴールドや、阪神芝3000mのレコードホルダーだったノーザンポラリスなどがいました。
 以上です、博士。」

駒木:「はい、珠美ちゃんご苦労様。まぁ大体、今、珠美ちゃんが紹介してくれた通りなんだけど、少し現実とニュアンスが違うところが有るね」
珠美:「えっ!? どこでしょうか?」
駒木:「『たくさんのファンの人たちが、これから始まろうとする名勝負を今か今かと待ち構えていた』…というくだりね。ここがちょっと違う
珠美:「あら、そうなんですか? ちょっと意外……」
駒木:「だろうね。最近は阪神大賞典といえば一騎討ちの名勝負、という感じになってるから。まぁ、このレース以前から一騎討ちの形で決着する事は多かったけど、戦前からマッチレースの“名勝負”を期待するようになったのは、このレースから後の事なんじゃないのかな。つまりは、それだけこのレースがエポックメイキングなものだったわけなんだけれども」
珠美:「観客動員が土曜日のレコードだっていうんで、皆さん随分期待されたんだなあって思っていたんですけど(苦笑)、ちょっと違うんですか」
駒木:「この頃は、オグリキャップから始まった競馬ブームが、まだギリギリ続いていたからね。有名な馬やレースがある日には、放っておいても驚くくらいの人が来るような時代だったんだよ。
 それに、この『入場者レコード』のタネ明かしをするとね、今でこそ土曜日にもG1やG2を結構たくさんやるようになったけれども、それまでの中央競馬では、重賞は原則として日曜日だけだったんだよね。例を挙げると、1993年に土曜日に行われた重賞は21で、その内障害レースが8つ。一方、2001年には40の重賞が土曜日に行われていて障害レースは9つ。その中身も全然違う。これはね、この年(1996年)からJRAが、土曜日のレース内容を充実させる方向へ方針を転換したからなんだ。その目玉が阪神大賞典だったわけ。それで入場客数のレコードを作ったんだから、まさに面目躍如ってところだろうね。もっとも、この年のレースが盛り上がりすぎたせいで、『やっぱり阪神大賞典はTV中継も充実している日曜日だな』ってことになっちゃったんだけど」
珠美:「(笑)」
駒木:「それから、今から考えるとブライアンとトップガンの一騎討ちは必然だったように思えるけれども、当時はとてもそんな空気じゃなかったよ。せいぜいが『この2頭で仕方ないかな、馬券的には面白くないけど』ってところで、それでもブライアンとトップガンの2頭には、みんな半信半疑だったんだよ。そんな複雑な心境の中、『それでもまぁ観に行くか。ブライアンとトップガンが生で観れるし』というお客さんで競馬場が埋まったってのが現実(微笑)。まぁ、現実なんて、えてしてそんなもんだよね(笑)」
珠美:「何だか俄かには信じられませんね(苦笑)。私たちの世代にとっては、『“あの”ナリタブライアンと“あの”マヤノトップガン』ですから……」
駒木:「あぁ、そうか。例の2頭についても説明しなくちゃいけないんだな。
 まずナリタブライアン。これは有名な話だから、珠美ちゃんも少しは知ってると思うけど、改めて説明するね。ブライアンは3歳(注:年齢は新表記に修正してます)で3冠を獲った後、有馬記念を完勝、返す刀で翌年の阪神大賞典──このマッチレースの前年のだね──も、ハギノリアルキングに8馬身差で圧勝している。春の天皇賞もまず間違いないと思われていたんだけど、股関節炎を発症してリタイヤ。春シーズンを棒に振ってしまったんだ。で、復帰は秋の天皇賞なんだけど、ここからがブライアンの苦悩の始まりだった。その天皇賞は12着で、続くジャパンカップが6着。マヤノトップガンが勝った有馬記念でも伸びを欠いて4着に敗れている。凄い頃のブライアンを知っている人にとって、それは信じられないし信じたくない、悪夢のような情景だったよ。珠美ちゃん世代に分かりやすく言うと、グラスワンダーがスランプだった頃あったでしょ? ちょうどアレみたいなもの。いや、やっぱりあれより衝撃的だったかな」
珠美:「ああ、そう言ってもらえると、なんとなく分かる気がします」
駒木:「そんなブライアンが、『今度こそ復調したぞ』という前評判で乗り込んで来たのが、この阪神大賞典だったんだ。確かに、調教の動きもこれまでとは雲泥の差だったし、『どうやら今度こそは本物かな』とは、みんなも思っていたはずなんだ。でもね、これまでもそうやって3度連続で裏切られてきたわけだから、どうしても半信半疑になっちゃったんだよね」
珠美:「話には聞いてましたけど、改めてお聴きすると新鮮です」
駒木:「そう?(笑) まぁいいや。で、もう1頭のマヤノトップガンね。珠美ちゃんに紹介してもらった通り、この馬はその前の年の菊花賞と有馬記念を連勝しているんだけど、この年の菊花賞は不作でねえ。全然説得力の無いレースだったよ」
珠美:「昔はよく、『皐月賞は速い馬、ダービーは運の強い馬、菊花賞は強い馬』って言ったそうですけど?」
駒木:「物事には何でも例外ってモンがある(苦笑)。その年はサンデーサイレンス産駒の第1世代だったんだけどねぇ、どうも大粒なようで小粒でね。
 具体的に言うと、大将格になる予定だったフジキセキ皐月賞前に脱落。その代わりに皐月賞を勝ったジェニュインは典型的なマイル〜中距離の馬で、菊花賞じゃなくて天皇賞・秋に行ってしまう。で、ダービー勝ったタヤスツヨシは、秋の時点で早くもピークを過ぎちゃっててね、マンガのタイトルになぞらえて『ツヨシしっかりしなさい』って書かれる始末でね。結局、菊花賞の1番人気はオークス馬のダンスパートナー。何と牝馬だよ、牝馬(苦笑)。まぁ、多分に物珍しさも影響してたんだけど、それにしても限度がある。
 で、マヤノトップガンは、そんな牡馬連中に混じって、重賞未勝利・トライアルG2連続2着で3番人気を背負って菊花賞を勝つ。このレースはよ〜く覚えているよ。何せ、“1着−3着4着5着6着7着8着”で馬券を外したから(苦笑)。最強の抜け目が炸裂さ」
珠美:「(しばらく爆笑)……すいません、でも…可笑しくって(笑い泣き)」
駒木:「まぁ、珠美ちゃんもいずれ体験したらいい。きっと腰が抜けるから(笑)。
 ……で、そんな菊花賞を勝って勇躍、有馬記念へ。でも、このレースでトップガンは12頭中6番人気。いかに菊花賞に価値を見出せなかったか分かろうというものだよね(苦笑)。んで、この有馬記念、トップガンは奇襲の逃げ戦法でまんまと逃げ切る。ブライアンや女傑・ヒシアマゾンといった有力馬が軒並み凡走するのを尻目にね。喩えて言うなら、頼りないマンハッタンカフェっていうかな、そんな感じ(苦笑)。だから、いくらG1を2つ勝ったからって、どうにもこうにもピンとこない。『何だよ、それ』ってのが正直なところだったね。
 そんなわけで、この阪神大賞典は、確かにナリタブライアンとマヤノトップガンの2頭が実績ではずば抜けているんだけど、どうも信頼しきれない面が大いにあったんだよ。2頭とも“沈没”ってのは無いにしても、ハギノリアルキングかトウカイパレスくらいは2着に飛び込んできてもおかしくないなって雰囲気はあったよ。だから、まさかこんな名勝負になるとは想像もつかなかった。その証拠に、馬連のオッズは最初3倍近かったんだよ。徐々に下がっていって、最後には2.1倍になったけど、それでも1度たりとも2倍を切る事は無かった。マッチレースが予想される時は、大体2倍を切るからね。その上でも、この“名勝負”が意外な結果だった事がよく分かる」
珠美:「そんな状態から名勝負が生まれるなんて、分からないものですね…」
駒木:「いや、むしろそんな状態だったから名勝負になったのかもね。騎手も潰しあいをしようとせず、自分の馬の力を試したいと思ったからこそ実現した
、正々堂々たる真っ向勝負。そんな感じがするね」
珠美:「ハイ、分かりました。……では、レースの方に話を向けましょうか。このレース、博士は生で観戦してらっしゃるんですよね?」
駒木:「そう。普段は滅多に土曜日には競馬場に行かないんだけど、この日ばかりはね。僕もまんまとJRAの策略に乗せられたクチさ(笑)。
 ……あ、そうそう。この時印象深かったのが返し馬の時でね。ブライアンに乗ってた武豊JKってのは、返し馬の時、意識的に観客のいる方向へ馬を持っていくことが多いんだけど、この時もそんな感じでね。外ラチ一杯をゆっくりと歩いていってた。そうしたら、ナリタブライアンが僕が見ている真正面で立ち止まってね、ジィ〜っと観客席の方を眺めたんだよ。馬が。『うわ、ブライアンと目が合った!』てなもんで、客席が大いにどよめいた。勿論、僕もその中の1人だったよ」
珠美:「うわあ……いいなぁ。うらやましいです」
駒木:「だろ?(笑) 僕にとっても貴重な体験だったよ。さぁ、それじゃあレースの回顧に移ろうか」
珠美:「ハイ。それじゃあスタートから順番に」
駒木:「そうだね。まずブライアンが凄く良いスタートを切ってね。それだけでも『ああ、今日のブライアンは違うな』って思わせるに充分な1シーンだったよ」
珠美:「しかし、ハナに立ったのは逃げ馬・スティールキャストでした。ナリタブライアンは一旦下げて、ちょうど真ん中辺りから。マヤノトップガンはそのすぐ前を走っているような格好になりました」
駒木:「そうだね。多分、武豊JKにしてみれば、勝っても負けても、相手はトップガンただ1頭、という気持ちだったのかも知れない。で、トップガンの騎手……あの田原成貴なんだけどさ(苦笑)。彼も、トップガンの力を試すためにも.『ブライアン? 来るなら来い!』って心境だったのかもね。でも、それは直接話を聞いたわけではないから、あくまでも推測だよ」
珠美:「…分かりました。そんな隊形でレースは2周目の第3コーナーまで淡々と進みます。ここまでは、よくあるパターンのレースなんですよね」
駒木:「そう。まったくそう。この時点でも、まだ名勝負になるとは全く思っていなかった。それどころか、何とも言えない緊張感が漂っていたよ」
珠美:「始めに仕掛けたのはマヤノトップガンの方でした。残り800mの時点でスルスルと順位を上げてゆき、早々と先頭に立ちます。そこへ間髪入れず、ナリタブライアンも外々を回って並びかけてきます。遂にマッチレースの始まりですね」
駒木:「2頭に何とか食い下がろうとしたノーザンポラリスが、全然付いていけないんだよ。他の有力馬も後方から伸びてくる気配は無いし、この時点になって、ようやくみんなが『このレースはただ事じゃない』と気付き始めた。地鳴りのような歓声が沸き起こったのを、とても印象深く覚えているよ」
珠美:「2頭はピッタリ馬体を合わせたまま、最後の直線に入って来ます」
駒木:「まさにデッドヒートの追い比べ。こういう展開だと、先に仕掛けたトップガンの方が不利なんだけど、そんなことお構いなしに粘る粘る。本当に凄いよね。
 あ、そうだ。この時、僕の隣で見てた若い男が、万単位で買ったマヤノトップガンの単勝馬券を握っていてね。そいつがエキサイトするする(笑)。僕は2頭の馬連1点買いだったから、的中は確定してたんだけど、ブライアンにはちょっとした思い入れがあってね。期せずして応援合戦が始まった(笑)」
珠美:「生々しい話、ありがとうございます(笑)」
駒木:「そのための企画だからね(笑)。さあ、レースの結末にいこうか」
珠美:「そうですね。そのいつまで続くかというデッドヒートの競り合いだったんですが、最後の最後でナリタブライアンが頭だけ前に出て、ついに復活の1勝をあげました。2着は当然、マヤノトップガン。3着以下は大きく離されました。9馬身差で地方競馬のルイボスゴールドが滑り込みます」
駒木:「誰も3着なんて見てなかった(笑)。本職の競馬記者の人たちも、うっかり見落としてたくらいだからね。いかに2頭のマッチレースに目を奪われていたか、よく分かる」
珠美:「私はビデオでしか観てませんけど、それでも凄いなって思いますものね」
駒木:「うん。あと、ナリタブライアンが勝ったってのも良かった。これは個人的な心情は抜きでね。この場合、どっちが勝った方が後味が良いかって、やっぱりナリタブライアンの復活劇っていう付加価値が付いた分だけ、こっちの方が良いと思うんだよね。言っちゃ悪いけど、トップガンが勝ってたら、ここまで印象深いレースだったかどうかは分からないね」
珠美:「様々な要因が積み重なって、生まれるものなんですね、名勝負って」
駒木:「多分ね。名勝負になり損ねたレースの方が圧倒的に多いわけだし」
珠美:「では最後に、このレースの後のブライアンとトップガンについてお願いします」
駒木:「うん。この後、2頭は天皇賞・春へ直行する。そこでは勿論、マッチレースの再現が予想されたんだけど、世の中、そう簡単に物事は運ばないものでね。3コーナーで2頭が並んだところまでは良かったんだけど、トップガンが早々と失速。抜け出したナリタブライアンも、当時は伏兵の域を出なかったサクラローレルに交わされて2着。今度はとても後味の悪いレースを演出する事になってしまったんだ。僕は僕で、阪神大賞典で増やしたお金を全額1点買いに注ぎ込んで、あえなく惨敗(苦笑)。二度と大本命の1点買いに大金を賭けるのは止めようと心に誓ったよ(笑)。
 さらにその後は、また詳しく採り上げる時が来るだろうけど、ブライアンは1200mの高松宮杯に出走して、その直後に故障を発症して引退。一方のマヤノトップガンは、その後立て直して、翌年の天皇賞をレコードタイムで勝つことになる。ホント、人生万事塞翁が馬だよね」
珠美:「……ハイ。貴重なお話を有難うございました」
駒木:「珠美ちゃんもお疲れ様。でもアレだね、この企画は長い講義になってしまうねえ。次からは2日にまたがることになるかもね」
珠美:「……そんな感じですね(汗)」
駒木:「まぁ、その辺は馬なりでいくってことで。おいおい決めていきましょう。それでは、今日の講義を終わります」(来週へ続く

 


 

12月31日(月)/1月1日(火・祝) 犯罪社会学
「田原成貴(元)調教師・覚せい剤所持&使用で逮捕・シリーズ完結編」

 え〜と、諸事情有りまして、この講義は2001年最後の講義であり、2002年最初の講義ということに相成りました。せめてボリュームだけは2日分に相応しいものとしたいと思いますので、ご了承を。

 さて、そんな講師の不徳の限りを尽くしたような“2日合併”講義は、せめていかにも仁川経済大学の社会学講座らしい題材を……というわけで、競馬関連の社会学を講義したいと思います。
 今年の競馬界は、馬やレースといった“表舞台”に関しての話題には良いものが多かったのですが、所謂“舞台裏”の話には暗いものが多かったような気がします。地方競馬場の相次ぐ閉鎖決定や、野平祐二元調教師の死去、さらに安藤勝己騎手のJRA騎手試験不合格事件etc……。
 しかし、その中でも飛びぬけて印象的な出来事だったのが、田原成貴調教師(当時)の起こした不祥事に関する話題でした。
 覚せい剤取締法違反で逮捕、起訴という衝撃的なその不祥事の内容は、当然、ワタクシ駒木にも強烈なインパクトを与えました。当時は『最後の楽園』というサイトをプライベートで運営していた駒木は、その中の「今日の特集」というコンテンツの中で、計6回にわたって採り上げ、記事にしました。(現在、アーカイブにて公開中。未読の方は、こちら《正編》とこちら《後日談》を先にご覧下さい)
 ただし、この時はまだ公判が始まる前ということもあり、残念ながら未完の形でまとめざるを得ない状況でした。
 ですが、先日ついに判決公判があり、この事件が決着の時を迎えました。
 そこで今日はシリーズ完結編。この事件の顛末と、そして田原成貴のこれからについて語ってみたいと思います。

 田原成貴の初公判が行われたのは12月10日の事でした。
 捜査段階で、物的証拠が揃っているのに、およそ1ヶ月間黙秘権を行使、ダンマリを決め込んだ田原は、警察・検察に対する心証が最悪でした。普通、覚せい剤犯罪の初犯では、実刑判決が下る事は稀なのですが、“ひょっとしたら危ない”というところまで事態は悪化していました。
 そのためでしょう、起訴されてからというもの、田原サイドは(恐らく弁護士のアドバイスに従って)態度を一変させます。これまでとは手のひらを返したように素直に罪を認め、反省のポーズを取り始めました。もっとも、これは反省したり謝ったりするのが死ぬより嫌いな田原のやることですから、本心からとった行動とはとても思えません。しかし、競馬のケの字も知らないエリート育ちの裁判官の目くらいは誤魔化せるとは思っていたのでしょう。確かにこれは有効な手段でありました。ですがまぁ、駒木は、保護司の前だけでは素直な態度をとる高校中退の非行少年を見ている元担任、みたいな心境になってしまうのですが。
 話がややズレました。初公判です。
 その初公判、田原は判決後の身元引受人・本宮ひろ志氏を証言台に立たせるなど、執行猶予を“勝ち取る”ためにあの手この手を使います。この辺り、三田佳子の次男が、唐十郎氏を身元引受人にしたことで、再犯にも関わらず執行猶予判決を受けた事を研究しての行動なのでしょうか。
 では、その証人2人がどのような証言をしたのかを検証してゆきましょう。
 まず、身元引受人でマンガ家の本宮ひろ志氏の証言から。彼は、田原を自分のマンガ原作者として“雇用”し、原作・田原成貴作品の連載も立ち上げると明言しています。

「やったことは仕方ない。彼にはこれからはゆっくり歩いてゆっくり考えてゆっくり生きていこうと諭しました」

 「やったことは仕方ない」で済むのなら、モンテスキューも三権分立を訴えなくて済んだ気がしますが、そこんトコ、どうよ? ……いや、失礼。しかし思わず2ちゃんねる用語を使いたくなるような証言ですなあ。
 それに、「ゆっくり歩いてゆっくり考えてゆっくり生きていこう」ですか。何だか往年の標語「ゆっくり走ろう・東京都」を思い出させるフレーズですが。そういえば、昔、ビートたけしさんが作ったギャグで、「眠くなったら車を停めて、頭スッキリ覚せい剤」なんてニセ標語がありましたね。まぁ、さしずめ田原は「辛くなったら仕事を捨てて、頭スッキリ覚せい剤」てなところでしょうが。
 それに、ゆっくり生きるならば、締め切りに追われるマンガ原作者生活よりも、禅寺かどこかへ出家した方が余程効果的だと思いますが。……あ、本宮氏の信仰を考えると禅寺はまず無理ですか。鎌倉時代からの因縁がありますものね。…今からでも遅くないですから、禅寺はナシにしても身元引受人を瀬戸内寂聴さんに切り替えたらどうでしょうかね? 関係諸氏にはご検討願いたいと思います。

 さて、次に妻・裕子さんの証言です。本来なら、完全な“シロウトさん”をイジる槍玉に挙げるのは本意では無いのですが、今回は心を鬼にして採り上げたいと思います。

「元々スポーツマンらしい人。調教師の仕事は過酷で精神的に追い込まれたのだと思う」

 記者を呼び出して、しかもムチの柄で不意打ちして前歯を叩き折るチンピラのどこがスポーツマンらしい人なのか、『朝まで生テレビ』で討論したい気持ちで一杯になりました。まぁマイク・タイソンあたりを基準にすれば、そう言えなくもありませんけど、それはそれで裁判の証言としては最悪だと思います。
 また、中央競馬では、200人以上の調教師さんたちが日夜頑張って仕事に励んでいらっしゃいます。辛いことがあっても、せいぜいカンチューハイを呑んで気を紛らわす位で頑張ってるんです。ですから調教師の皆さんも、シャブチューハイやった奴にそんな事言われたくはないでしょう。
 しかし、こんな証言でも情状酌量の材料になるんですから、さすがは法治国家日本でございますね。いやはや、感動の余り鼻水が出ます。

 …と、以上が弁護側証人の証言でした。ただ、これはあくまでも証人の話。肝心なのはやはり、被告人本人の証言です。それでは、報道された田原成貴の法廷での証言を検証しましょう。 

★覚せい剤所持・使用の動機について
「調教馬の耳に発信機をつけたことで、JRAから理由の説明のないまま罰金50万円の処分を受けてむしゃくしゃしており、スカッとしたかった」

 この他に、「この事件のため、来年度以降の入厩予定馬が相次いでキャンセルされ、厩舎の存続は無理だろうと思っていた」との証言もありました。そりゃそうです。例えば、保護者や担任に内緒で、校長が生徒のカバンに発信機を着けるような学校に誰が子どもを学ばせたいと思いますか。
 …それに、理由の説明ってアンタ、そりゃ「危ない」からに決まってるでしょうが。そんなもん、「中に出したら妊娠するかもしれない」くらい明白な事だと思いますよ。
 と、「むしゃくしゃしており、スカッとしたかった」ですか。なんかジャイアンがのび太を殴る理由と同じですね。脳ミソは小学5年生並なんでしょうか。知能テストを実施して、結果を提出したら刑が軽減されるかもしれませんぞ。  

★覚せい剤の使用に関して
「2度とも針は刺したが液は注入していない。陽性反応が出たのは2回目にどんな味がするかなめてみたからだ」

 講義が長引いて冗長になるのを避けるため、多くは申し上げませんが、
 「俺はその場にいたが、レイプには参加してない。観てただけ」
 と、いうチーマー時代の東幹久の証言と肩を並べる“迷言”だと思います。

★常用を裏付けるとされた注射痕について
「10年前に落馬で入院。1カ月以上点滴を打っていたのでその跡です」

 まぁ、確かに彼は長期入院してましたので、この証言は信ずるに足りるでしょう。ただ、1つ付け加えますと、覚せい剤の常用者は、注射痕を残さないように爪の間に針を刺し込んで注射します。

 …だから、どうというわけではありませんが。

★逮捕時に覚せい剤と注射器を所持していた事について
「捨てるつもりだったがどこに捨てていいか分からず持っていた」

 そりゃあ「ゴミはゴミ箱に」でしょうが。バカボンパパは植木屋、くらいの常識です。
 また、「資源ごみはリサイクルに」ですので、覚せい剤の水溶液を入れていた容器は、水洗いの上、リサイクル用のゴミ箱に入れるべきでしょう。
 …って、そんな幼稚園児でも分かるような事をいちいち言わせないで頂きたいですね。ここは大学なのですぞ、一応は。

 圧巻はナイフ所持に関する証言でした。

「やくざビデオを見ていて友人から借り、北海道の友人に見せに行くつもりだった」

 こんなバカがいるから、ゲームやマンガを葬り去ろうと考える辻本清美チックなオバハンPTAのご婦人方が現れ出でるんですよ、まったく。
 しかし、今はそんな事を言ってる場合ではありません。それに続く証言が大変なことになっているのです。

「7日にJRAから(労使関係で)責められたことでむしゃくしゃしていたし、キリをつけたかった。男らしく捕まるつもりでゲートに向かった」

 「友人に見せに行くつもり」と「男らしく捕まるつもり」……証言内容が全然一致してません。支離滅裂です。この際、裁判を中断してもう一度薬物検査をした方がいいと思います。

 で、証言の最後には突如号泣しまして、

「私の罪は許されるものではない。二度と罪を犯さないし今後、待ち受けるいばらの人生を妻と子供を守りしっかり生きていくことを誓います」

 などと締めました。これまでの証言とその検証を踏まえてこの発言を読むと、行間に込められた真実が浮かび上がってくるようで感慨深いものがありますね。我が仁川経済大学の、国語の入試問題にしたいくらいです。

 ……と、いうわけで初公判は終わり、即日結審。残るは27日の判決公判のみということになりました。
 そんな中、田原成貴が調教師として在籍していたJRAが、判決を待たずして彼の調教師免許を取り消します。これは、田原自身が自らの罪状を認めたことなどが決め手となり、調教師免許取り消しの要件を満たしたためです。これにより、田原は即日失職。選挙に落ちた自由連合の候補者のような状態となりました。
 そして、運命の判決公判。文字通り“墜ちた英雄”となった田原に下された判決は、

 被告人田原成貴を懲役2年に処す。ただし、その刑の執行を3年の間猶予する。

 …でした。俗に言う「執行猶予3年」というものです。執行猶予は実質、無罪に等しい判決ですので、田原成貴はこれで自由の身となりました。
 執行猶予の理由としては、「反省しているし、社会的制裁(調教師免許取り消し)も受けている」という月並みなもの。どうして裁判長は、駒木の拙文をチェックしていただけなかったのか、それこそ吉野家で小一時間問い詰めたい心境なのですが、終わってしまった事です。仕方ありません。

 さて、最後にこれからの田原成貴について、少々述べて今日の講義を終わりたいと思います。

 田原成貴はこれからマンガ原作者、つまり作家としての道を歩み始めるわけですが、果たして展望は開けるのでしょうか?
 と、いいますのも、彼の著作の中でも名作の誉れ高いエッセー集「競馬場の風来坊」シリーズは、ゴーストライターを使った著作であることが、出版業界の常識となっています(後にガクンとクオリティが落ちてからは本人の著作だとのことですが)。文才そのものが疑わしいと言うわけです。それに、競馬界を追放された人間の書いた競馬エッセーなど誰が有り難がるでしょうか?
 また、マンガの原作も既に数作手がけていますが、これも競馬の専門的知識については、さすがに舌を巻きますが、やはり肝心のストーリーテリングに関しては凡百の作家を超えるまでのレヴェルには達していない、というのが現実です。作品が競馬に関するものに限られるというのも大きなハンデですし、限りのあるネタをどう使い回ししてゆくか、という悲しい現実に近い将来ぶち当たる事にもなるでしょう。
 結局のところ、彼は騎手なのです。それ以外の何ものでもありません。その天職を捨ててしまったこれからの彼の前途は、奇しくも彼自身が初公判で語った通り、いばらの人生となるでしょう。それだけは間違いありません。そんないばらの人生を、人一倍プライドだけ高い彼がどうやって生き抜いていこうとするのか……? 
 また、ひょっとしたらこの講義で田原成貴を扱う事になるかもしれませんね。その時、彼がどのような肩書きで呼ばれているか、その辺も含めて注目してみたいと思います。それでは、今日の講義を終わります。(この項終わり)。

 ……

 えーと、明日の講義ですが、明日は本来ならゼミ(演習)ですが、1日ずらして、別の講義をやりますので、よろしく。

 


 

12月22日(土)集中講義・競馬学特論
「G1予想・有馬記念編」

駒木:「さあ、いよいよ有馬記念だね。香港国際競走が盛んになったり、地方競馬の東京大賞典に“1年で最後のG1レース”の地位を奪われたりで、以前に比べたら少々影は薄くなったけれども、それでもやっぱり、競馬ファンにとって有馬記念は特別なレースなんだよね」
珠美:「そうですね。でも博士、競馬関係者の皆さんは、『特別なのはダービーだ』って、よくおっしゃいますけど…?」
駒木:「関係者はね。でも、競馬ファンにとっては、やっぱり有馬記念だよ。全部の馬が全力投球で臨んで来るし、何より印象的なレースが多い」
珠美:「そういえば、オグリキャップのラスト・ランとか、トウカイテイオーの復活とか、色々ありますね」
駒木:「僕が生まれたばかりの頃の話だけど、テンポイントとトウショウボーイの壮絶な一騎打ち、なんてのもあった。今でも『日本競馬史上、最高の名勝負』と言われているレースだよ。そう言えば、去年の有馬記念も凄かった」
珠美:「今年も出走している、テイエムオペラオーとメイショウドトウが鼻差の接戦を演じたレースでしたね」
駒木:「直線半ばでは、九分九厘オペラオーが惨敗すると思ったんだけどねぇ。“名馬”と呼ばれる馬たちが突発的に大負けする典型的なパターンにハマったんだけど、馬群を割るようにしてオペラオーが突き抜けて来た時は、本当にシビれたよ」
珠美:「私はその頃、卒業論文の準備に追われてて、テレビで観るのがやっとだったんですけど、それでもよく覚えてます。今年はどうなんでしょうね?」
駒木:「それは後々…ということで。さぁ珠美ちゃん、出馬表を皆さんにお見せして」
珠美:「ハイ、分かりました。それでは、有馬記念の出馬表です」

有馬記念 中山・2500・芝

馬  名

騎手

    アメリカンボス 江田照
  × トゥザヴィクトリー 武豊
    ホットシークレット 横山典
  マンハッタンカフェ 蛯名
ナリタトップロード 渡辺
    ダイワテキサス 柴田善
    メイショウオウドウ 飯田
    テイエムオーシャン 本田
    シンコウカリド 田中勝
  10 トウカイオーザ デムーロ
  11 イブキガバメント 河内
12 テイエムオペラオー 和田
13 メイショウドトウ 安田康

珠美:「有馬記念は、中山競馬場の芝コース・2500mで争われます。コーナー6つとゴール前の急な坂を2回通過するという、特徴のあるコース設定ですね」
駒木:「そう。だから追い込み馬が不利なんだよ。後ろから行く馬は、少なくとも4コーナーから仕掛けていかないと間に合わない。純粋に直線だけの競馬で先頭に届いたのは、それこそ去年のオペラオーぐらいだね。そういう意味でも、去年は凄いレースだったんだ」
珠美:「なるほど、分かりました。…さて、いよいよ本題に入るんですが、今日は特別に、出走馬13頭を1頭ずつ詳しく検討してゆきたいと思います。それでは博士、よろしくお願いします」
駒木「うん、よろしく。じゃあ、枠順の通りに行こうか。その方が最後が締まる気がするし」
珠美「ハイ。それでは、まずは1枠1番のアメリカンボスですね。アメリカンボスは、これまで32戦8勝、うち重賞を4勝しています。特に今年は、年明けからAJC杯と中山記念のG2レースを連勝して好スタートを切ったんですが、その後どうしたことか7戦連続着外と調子を落としています。ちなみに、去年の有馬記念は6着です」
駒木:「7戦連続着外はね、G1レース以外はそれほど悲観する負け方ばかりじゃない。元々、1着か着外かって傾向のある馬だからね、それほど気にしなくていいでしょう。でもね、結局のところ、この馬の地力じゃG1レースに勝つのは難しいんじゃないかと思うんだ。典型的なG2クラスという気がする。だから、今回は相当苦戦させられるんじゃないかな」
珠美:「…分かりました。次は2枠2番、トゥザヴィクトリーです。戦績は18戦6勝で、重賞は今年のエリザベス女王杯など4勝しています。それと、今年春のドバイワールドカップで2着に健闘したのは記憶に新しいところですね」
駒木:「そう、ドバイワールドカップ2着。それを考えたら、このメンバーでも見劣りすることは全く無い。前走は折り合いを欠いて暴走してしまったけれど、今度は主戦の武豊JKに戻るから、そんなことは無いと思うんだ。ただ、この馬ね、最後の最後に末脚が甘くなるんだよね。もしも、ゴール200m前までで強さを競うんなら、この馬は世界最強クラス。100mでも相当なもの。でも、ゴールする時には……ということだね(苦笑)。牝馬相手にはそれでも凌ぎきれるだろうけど、このメンバーに入ったら、どうだろう? ちょっと微妙かな」
珠美:「次、いきますね。3枠3番はホットシークレット。25戦6勝で、重賞2勝です。最近では宝塚記念で、2着のオペラオーに鼻差3着と大健闘したことが記憶に新しいですね」
駒木:「うん。その宝塚記念は、阪神競馬場で生観戦していたんだけど、本当に驚いたよ。いくらスローペースといっても、相手が相手だからねぇ。少なくとも、ただ逃げるだけの逃げ馬じゃない。しっかりした地力を持っている馬だよ。けれど、今回は放牧明け、しかも調子がイマイチときてる。残念だけど、今回はペースメーカー役で終わってしまいそうだね」
珠美:「4枠から1つの枠に2頭ずつになりますね。まずは4番のマンハッタンカフェから。キャリアこそ8戦と少ないんですが、今年の菊花賞を勝った、現3歳世代の頂点に立つ馬の1頭です」
駒木:「菊花賞でアッサリ差し切り勝ちを収めたかと思ったら、その前のトライアルは、伸びあぐねて4着なんだよ。どうもラストスパートを仕掛けるタイミングが難しいみたいだね。こういうのを“異議申し立ての激しい馬”って言うのかな。まぁ、そういう意味では、これまでの4勝したレースの全てに跨っている蛯名JKが乗ってくれるのは有り難いね。今回の有馬記念でも、有力馬のうちの1頭だよ」
珠美:「ついに博士から『有力馬』という言葉が出ましたね。次もそうなんでしょうか? 同じく4枠の5番、ナリタトップロードです。22戦5勝で、一昨年の菊花賞など、重賞4勝をあげています。テイエムオペラオーとは12回も対戦していて、まさにライバルというところでしょうか?」
駒木:「それなんだけど、対オペラオーとの12戦で先着は僅か2回、しかもオペラオーが本格化する以前の3歳時のものなんだよね。4歳になってからは、いくら頑張っても全然歯が立たない。もう完全に勝負付けが済んでしまっている感があるんだ。確かに、日本を代表する馬の1頭ではあるんだけど、未知の魅力が無い分、旨みには欠けるね。唯一、一泡吹かせるとすれば、マイペースで大逃げした時だろうけど、今回はホットシークレットがいるからねえ。まぁ、オペラオーやドトウに、何かアクシデントがあった時の2着候補かな」
珠美:「…ハイ。それでは次は5枠の2頭ですね。6番のダイワテキサスは、これが引退レースになる8歳馬。52戦11勝で重賞を5勝しています。昨年の有馬記念で3着に入って、みんなを驚かせました。7番のメイショウオウドウは26戦6勝、重賞2勝。前走、鳴尾記念を逃げ切って、アッと言わせたばかりですね。何だか、みんなを驚かせるのが得意なお馬さん2頭ですね(笑)」
駒木:「ダイワテキサス、頑張ってるよねえ。あんまり馬券に絡まない範囲で頑張ってるから、余計に好感度が高い(笑)。去年の有馬記念3着は別にして、地力そのものはG2、G3なら勝ち負け出来るけど、G1だと若干、力不足。残念だけど勝ち目は薄いね。メイショウオウドウは、もともとグラスワンダー(有馬記念2連覇など、G1レース4勝の名馬)相手に鼻差の2着とか、ここ一番での実力は評価されてきた馬なんだけど、とにかく成績にムラがある。距離適性に問題があるし、強い馬1頭だけマークすればいいG2と違って、強い馬だらけのG1だと、やはり苦戦は免れないだろうね。前走のような奇襲戦法は通用しないだろうし……」
珠美:「これで勝ったら、本当にビックリってことですね(笑)。それでは次は6枠。こちらも2頭いっぺんにいきましょう。8番はテイエムオーシャン。桜花賞、秋華賞を制した、今年の3歳2冠牝馬です。それらを含め成績は、9戦6勝、重賞4勝。ただし、これは全て牝馬限定の重賞ですね。これをどう解釈するか、博士にお聞きしたいところですね。そして9番がシンコウカリド。7戦3勝、重賞1勝と、ちょっと寂しい成績なんですけど、その重賞はマンハッタンカフェを破ったセントライト記念ですね。これもどう評価すればいいかお聞きしたいと思います」
駒木:「牝馬のチャンピオンっていうのは、格付けが難しいんだよね。ヒシアマゾン(牝馬チャンピオンにして、有馬記念2着、ジャパンC2着など)とかエアグルーヴ(牝馬にして天皇賞・秋を制覇した名牝)みたいに、牡馬真っ青の強い牝馬がいる一方で、同じ桜花賞馬やオークス馬でも、牡馬に混じったらローカルG3が精一杯の馬がいる。本当、難しいんだよね。テイエムオーシャンの場合、今のところは判断が難しいね。でも、馬鹿正直なレースしか出来ないんで、それを考えると不利は不利だね。シンコウカリドはねえ…。勝った相手がどうであれ、やっぱりG2はG2なんだよね。今年の春でも、マックロウとかトウホードリームとか、G2で大金星をあげた馬はいたけど、G1には届かなかったでしょ? 競馬は走ってみないと分からないけど、えてしてそういうものなんだよね」
珠美:「6枠の2頭はやや苦戦、というところでしょうか。さて、7枠も2頭まとめて、ということで。10番のトウカイオーザは13戦6勝。前走のアルゼンチン共和国杯で嬉しい重賞初制覇を果たしています。また、あのトウカイテイオーの弟ということでも注目されていますね。そして11番はイブキガバメントです。30戦7勝で、重賞はG3を1勝しただけなんですが、最近地力強化が顕著な“昇り馬”ですね」
駒木:「2頭とも差し・追い込み馬なんだけど、タイプは全然違うね。まずトウカイオーザは、瞬発力に限界がある代わりに、競り合いとか泥仕合に強いタイプ。一方、イブキガバメントはスローペースからの切れ味勝負で能力を発揮する、典型的なスピードタイプだね」
珠美:「同じ差し馬でも、色々個性があるんですね」
駒木:「うん。だから、予想を立てる時は、そういう点まで気を配らないといけないんだよ。で、この2頭の能力なんだけどね、まずトウカイオーザは、勝ったアルゼンチン共和国杯というのがまずクセモノでね。ハンデ戦の上、G1級の馬が全然出てこないので、勝っても有り難味が無いんだよねぇ。また、この馬の場合、モノサシ代わりになる馬がアドマイヤボスなんだけど、この馬がG1では5着以内に入るのがやっとなんだよ。それを考えると、ちょっと力が足りないかなぁ、という気がもする。イブキガバメントは、道中のペースがどれだけ緩くなるかにかかっているね。ペースが遅くなって、馬群が密集すればするほど有利になる。常識的に考えるとG1では厳しいんだけど、ホットシークレットが出遅れたりして、変な展開になったりすると出番があるかもしれない。そういう点では、人気薄だけど、トウカイオーザよりこの馬の方に妙味があるね」
珠美:「何だか、私が不安になっちゃうような分析でした(苦笑)。それでは、最後に8枠の2頭。こちらは敬意を表して1頭ずつ紹介しましょう。まずは12番テイエムオペラオー。25戦14勝、G1レース7勝を含む重賞12勝は、もちろん出走馬中、最高の実績です。いよいよオペラオーのラスト・ランですね」
駒木:「うん。まず、これはメイショウドトウにも言えることなんだけど、現役生活の間、一度も大きな怪我も無く競走生活を全うさせてくれた厩舎スタッフの皆さんに最大限の敬意を表したいね。レースでよく走る馬というのは、脚にかかる負担も大きいんだ。ここまで走る馬で骨折や屈腱炎にならないのは奇跡に近いことなんだよ。それから、もう一つお礼を言いたいのは、何一つメリットも無いのに、オペラオーの現役生活を1年間延長してくれた竹園オーナーだね」
珠美:「あれ、そうなんですか? レースの賞金とか考えると、メリットも大きいと思うんですけど……?」
駒木:「何言ってるの! 金銭的なメリットを考えたら、さっさと種牡馬にしてしまった方がどれだけ得か。どうして外国の名馬が3歳や4歳で引退するか分かるかい? 競走馬やってるより、種牡馬やってる方が金銭的にメリットがあるからなんだよ。例えば、オペラオークラスだと、種牡馬としての価値は少なくとも十数億円にもなるはずなんだよ」
珠美:「十数億円……。それは凄いですね…」
駒木:「だろ? それこそG1レースを10勝したって追いつかないんだよ。金銭的なメリットだけを考えたら、オペラオーは去年の有馬記念を勝って、年間8戦8勝を達成した時点でスパっと辞めちゃえば良かった。そうすれば、金銭的にも最高の評価をしてもらえたはずなんだ。それをだね、レースに負けて金銭的な評価が目減りするリスク、もっと言えば、レース中や調教中の事故で命を失うリスクを背負ってまで、現役生活を続行させたんだ。これは普通、出来ない事なんだよ」
珠美:「…分かりました。軽はずみな発言は以後慎みますね(苦笑)。さて、もう言うまでもないんですが、オペラオーの能力や、このレースでの展望はどうでしょう?」
駒木:「前にもこの講義で話したけれど、ここ2戦の惜敗は、『負けてなお強し』の内容。連勝を続けていた時に、かなり危なっかしいレースをしていた事を考えると、逆に頼もしいくらいだ。もちろん今回も優勝の最有力候補。それこそ去年の有馬記念のような最悪の展開にならない限り、2着は外さないと思うよ」
珠美:「…だ、そうです。そしていよいよ最後、大外13番のメイショウドトウです。28戦10勝で、G1勝ちこそ、今年の宝塚記念だけなんですが、G1レースにおいて、1着オペラオー、2着ドトウ、というケースが5回、しかも連続でありました。まさにオペラオーの宿敵という存在だと思います。そして、この馬もこれがラスト・ランになります」
駒木:「この秋は天皇賞が3着にジャパンCが5着か。でも、天皇賞は休み明けの上に、ペースメーカー役を強いられるという酷な展開。ジャパンCは前半で大きな不利と、実力負けじゃないのは確か。むしろ、大崩れしていないのを褒めてあげたくらいだ。当然、この馬もオペラオーと同じく、このレースの最有力候補の1頭だね。強いよ、やっぱり」
珠美:「…ハイ、ありがとうございました。以上で各馬のレビューが終わりまして、いよいよ予想に移りたいと思います。ここで皆さんには、もう一度出馬表を見ていただいて、博士と私の予想印をチェックして頂きたいと思います。では、まず博士からなんですが、ちょっと変わった印がありますね。“注”って何ですか?」
駒木:「馬券は絶対買わないけど、来るかもしれないってこと(苦笑)。今回に関してはね、私情だけで言うなら、オペラオーとドトウの2頭で思う存分マッチレースをさせてあげたいんだよ。オペラオーとドトウのワン・ツーで決めないといけないレースだと思う。あ、当然、実力が抜けていると判断したから印を打ったんだけどね。この2頭に割って入ろうなんて、野暮な事この上ないんだけど、それでもマンハッタンカフェあたりがいかにも野暮ったい存在なんだよねえ(笑)。6年前のマヤノトップガンに勝たれた時が思い出されて仕方が無い。ちょうど、あの時のトップガンも、今のマンハッタンカフェと似たような存在だったからね」
珠美:「と、いうことは馬券的には4、12、13のボックスですか?」
駒木:「一応はね。でも、事実上は12-13の一点。4-12は、配当が低くて手を出す気にはなれないね」
珠美:「分かりました。でも、いつになく博士は張り切ってらっしゃいますね」
駒木:「実は、このレースに年間トータル黒字がかかってるんだよ(笑)。1年を締めくくる大勝負だからね。そりゃ気合も入るってもんさ」
珠美:「(笑) さて、私は◎、○は同じなんですが、▲にはトウカイオーザを抜擢しました。出来の良さとデムーロJKの腕を信じます。後は押さえでナリタとトゥザヴィクトリーを。マンハッタンカフェは、菊花賞の結果が実力勝負じゃなかったと判断して消しちゃいました。馬券の買い目は、12から13、10、5、2と、あとタテ目の10-13ですね
駒木:「おや、大分予定をオーバーしてしまったね。それじゃソロソロ講義を終わりましょう」
珠美:「皆さんも、頑張ってくださいね♪」


有馬記念 結果(5着まで)
1着 マンハッタンカフェ
2着 アメリカンボス
3着 トゥザヴィクトリー
4着 13 メイショウドトウ
5着 12 テイエムオペラオー

 ※駒木博士の“敗戦の弁”
 完敗です。ま、どうやったって獲れない馬券なんで、悔しいという感情すら湧きませんが(笑)。有馬記念の馬券と同時に、今年の年間トータル黒字も失敗に終わったけど、まぁ、勝負事だからこういうこともあるよね。実力をつけて、また来年再挑戦。
 マンハッタンカフェは、予想以上の野暮ったさを見せ付けてくれました(苦笑)。これは、まぁいい。誤算は、オペラオーが去年と同じ展開にハマった事と、メイショウドトウまで後手後手になっちゃったこと。もう少し前で競馬出来たはずなのに、それが出来なかったあたり、広義の意味で衰えがきていたのかもね。
 アメリカンボスは…。まぁ、展開利と8枠2頭の凡走に助けられたってことで。でも、2着に来るくらいなら勝っちゃった方がスッキリしたのにねえ。

 ※栗藤珠美の“反省文”
 
ええと……。私の勝負馬券は、馬体重発表の時点で終わってしまいました……(半泣)。
 それに、マンハッタンカフェに勝たれちゃった時点で、私は何もいう事が出来なくなりました。勉強不足でした。また、来年ゼロから出直したいと思います。
 本当に反省文になっちゃいましたね(苦笑)。

 


 

12月30日(日) 集中講義・競馬学特論
「2001年中央競馬総括」

 2001年の中央競馬は、先週の有馬記念をもって閉幕しました。地方競馬でも、昨日の29日に年内最後の重賞レースである東京大賞典が行われ、こちらも事実上閉幕しています。よって、今週の競馬学特論は、これを受けて今年の競馬、特に中央競馬の総括を行いたいと思います。
 本日の講義は二部構成。
 まず前半で、年度代表馬などのJRA賞の私家版を発表したいと思います。後日発表される公式版と見比べてもらえれば一興かと思います。
 そして後半では、当講座を担当する講師・駒木ハヤトの、今年・2001年における馬券収支の詳細を公開します。普段はなかなか窺い知る事の出来ない他人の馬券戦線の顛末を見る絶好の機会ですので、どうぞお見逃し無く。

 それでは早速、前半の「2001年度JRA賞・私家版」の選定に移りましょう。
 「JRA賞」ですので、対象は中央競馬所属馬のみとなります。審査の対象となるレースも、原則として中央競馬開催のレースに限りますが、海外の重賞レースや地方ダートグレード競走(=中央・地方統一重賞)は、審査対象として考慮するものとします。
 それでは、一覧表からご覧頂きましょう。当講座選定のJRA賞・私家版はこうなりました。

2001年JRA賞・私家版(駒木ハヤト選定)

年度代表馬 ジャングルポケット
最優秀4歳以上牡馬 ステイゴールド
最優秀4歳以上牝馬 トゥザヴィクトリー
最優秀3歳牡馬 ジャングルポケット
最優秀3歳牝馬 テイエムオーシャン
最優秀2歳牡馬 アドマイヤドン
最優秀2歳牝馬 タムロチェリー
最優秀父内国産馬 (該当馬無し)
最優秀短距離馬 トロットスター
最優秀ダート馬 クロフネ
最優秀障害馬 ゴーカイ
ベストレース(私家版のみ) ジャパンカップダート

 それでは、順番に選定理由を述べてゆきたいと思います。
 年度代表馬は一番最後に。
 というわけで、最優秀4歳以上牡馬部門から。候補に挙げたのはステイゴールド、アグネスデジタル、トロットスター、レギュラーメンバー、テイエムオペラオー、メイショウドトウの6頭でした。
 まず、トロットスターはG1を2勝しているのですが、共に国内G1、しかも例年に比べて若干レヴェルの低い短距離戦線でのものですので、脱落。レギュラーメンバーもG1を2勝していますが、2つともG1の中では“格下”の地方競馬でのG1ですので、こちらも脱落としました。オペラオーとドトウは、実力は認められるものの、今年に限っては強調できる実績に欠け、こちらも脱落としました。
 で、残るは2頭。G1勝ち数で言うと、アグネスデジタルが3勝(香港国際C、天皇賞・秋、南部杯)に対し、ステイゴールドは香港国際ヴァーズの1勝のみ。しかもアグネスデジタルは、ダートから芝まで、しかも国際競走を含む活躍を見せており、強調できる点も多くありました。しかし、ステイゴールドはグレードこそ国際G2ながら、実質はブリーダーズCターフに勝るとも劣らないレヴェルだったドバイシーマクラシックに勝っており、これは国内G1に換算すると2勝分以上の価値があると判断、年間通じての活躍という点も加味し、こちらを受賞としました。
 最優秀3歳牡馬は、G1を2勝したジャングルポケット、マンハッタンカフェ、クロフネの3頭による争いとなりました。クロフネは、ジャパンCダートの圧勝が高い評価を得ていますが、もう1つのG1勝ちが、中央競馬G1の中でも屈指の低レヴェルとされるNHKマイルCであること、そしてダービーでジャングルポケットに5着完敗を喫していることなどから脱落としました。
 残る2頭は、3冠レースと古馬混合のチャンピオン決定戦的なG1競走を1つずつ勝っており、実績面では甲乙つけ難い状況です。しかし、ダービーやジャパンCといった、王道中の王道を歩んできたジャングルポケットに敬意を表して、こちらを受賞としました。
 残りの部門は順当でしょうから、理由は割愛します。父内国産馬部門は、受賞するならナリタトップロードなのですが、中途半端な成績で受賞させるくらいなら、ここは心を鬼にして「該当馬無し」とすべきだと判断しました。
 また、ベストレースは、「何度でも観てみたい中央競馬のレース」を基準にして選定しました。“好勝負”という点ならエリザベス女王杯も捨て難いのですが、レース後の爽快感という点を考慮すると、こういった結果になりました。
 そして最後に年度代表馬。ジャングルポケットステイゴールドの一騎討ちになったのですが、秋シーズンの3歳馬VS古馬の勢力関係を考えると3歳馬が優勢ですし、「年度“最優秀”馬」ではなく、「年度“代表”馬」であることを考えると、日本競馬界の花形であるダービーを勝ち、今年の重要テーマの1つであった世代交代を成し遂げた急先鋒ということで、ジャングルポケットを選出した次第です。
 恐らく、本家のJRA賞とは食い違う点も出てくるでしょうし、受講生の皆さんとも意見が異なることもあるでしょうが、これも1つの見方であるとの認識をしてもらえれば、と思います。

 ……

 では、続きまして後半戦です。
 この「競馬学特論」は、中央競馬のG1レース開催週に予想や観戦記を掲載してきました。講義の開講の時期が遅かった事もあり、今年に関してはあまり充実した講義とはなりませんでしたが、それでもある程度密度の濃い講義が実現できたのではないかと思っております。
 しかし、受講生の中には、
 「そんなに偉そうに能書きを垂れているアナタは、どれほどのモンなのか?」
 と、思われている方も多いと思われます。
 そこで、今年の駒木ハヤトの馬券収支決算を公開して、皆さんに判断してもらおうかな、と、そういうわけです。
 で、以下はその収支決算表になるのですが、多くの方は馬券の購入金額の少なさに驚かれるかもしれません。しかし、これは駒木が「1点100円、3点買い」を基本戦術にしているからです。(ただし、G1レースはこの限りではありません)
 競馬というギャンブルは、25%という高い控除率のために、長期的な観点で言えば負けて当たり前の設定になっています。それを考えると、賭け金を増やす事は自殺行為に他なりません。また、巷に蔓延る「馬券購入額が大きいものほど偉い」という根拠不明の認識に対するアンチテーゼの意味合いも含めて、駒木は100円馬券のスタンスを貫いています。
 というわけで、その点を認識した上で、収支決算表をご覧下さい。

 ★表1・月別収支決算表(単位・円)

投資
金額
回収
金額
月別
収支
累計
収支

1月

3600 5760 +2160
2月 2200 910 -1290 +870
3月 4500 2540 -1960 -1090
4月 4800 7160 +2360 +1270
5月 5300 4840 -460 +810
6月 3600 840 -2710 -1900
7月 2800 0 -2800 -4700
8月 8月は全休
9月 2600 6280 +3680 -1020
10月 4600 4650 +50 -970
11月 5400 5300 -100 -1070
12月 5700 4330 -1370 -2440
総合 45100 42660 回収率94.59%

 ★表2・G1と他のレースの収支対比(単位・円)

種別 投資
金額
回収
金額
種別
収支
回収率
G1 11100 7360 -3750 66.31%
その他 34000 35310 +1310 103.85%

 ★表3・月別馬券的中率(単位・レース、カッコ内はG1レース)

購入
回数
的中
回数
的中率

1月

12 4 33.33%
2月 6(1) 2(0) 33.33%
3月 13(1) 5(1) 38.46%
4月 14(3) 5(2) 35.71%
5月 15(3) 5(1) 33.33%
6月 10(2) 3(1) 30.00%
7月 9 0 0%
8月 全休
9月 13 5 38.46%
10月 13(3) 5(1) 38.46%
11月 16(4) 7(3) 43.75%
12月 16(3) 6(1) 37.50%
総合 124(20) 47(10) 37.90%

 では、簡単に解説などを。
 総合的な観点から見ると、7月のスランプが全てだったかな、という気がします。他の月は安定して30%台後半〜40%台前半といった、3点買いとしてはハイアベレージといえる数字を叩き出しているのに、この月だけはいかにも酷すぎますね。
 また、的中率の割に金額の収支がバラついているのは、的中した馬券の配当(倍率)が違うからです。配当金が3ケタ(倍率一ケタ)の堅い馬券しか的中しなかった月は赤字ですし、中穴馬券がゲットできた月は黒字になっています。ギャンブル社会学の世界では、「本命党とは、緩やかにそして必ず負ける人たちのことを言う」というのが常識なのですが、この収支を見ると、それが間違っていない事がよく分かると思います。特に、G1レースは的中率50%なのに、買い目が多いのと、エリザベス女王杯(20.5倍)以外は全て3ケタ配当だったことで期待値(約75%)割れの惨劇に。G1だけはどうしても当てにいってしまうので、こういう事態も覚悟の上なのですが、やはり数字と言うのは冷酷なものですね。
 と、いうわけで、今年は回収率約95%の“大健闘の末惜敗”となりました。来年のこの時間で、高らかに勝利宣言ができるように頑張りたいと思います。
 この競馬学特論は、来年の中央競馬G1レース開幕までしばらくお休みとなります。その間は「競馬学概論」として、別企画を立ち上げますので、これからも毎週土曜日をお楽しみに。それでは、今日の講義を終わります。(この項終わり)

 


 

12月20日(木)馬事文化学特論
ステイゴールド号・G1制覇記念企画
ショートストーリー・「Stay Gold Forever」
《作:栗藤珠美 監修:駒木ハヤト》

 私、那須千草が、その馬──ステイゴールドと出会ったのは、5年近く前の阪神競馬場だった。
 私はその時大学2回生で、ちょうどその頃付き合っていた彼氏とのバレンタインデー・デートで競馬場に行った時だったから、季節もちょうどその頃だったんだと思う。
 大学生が競馬場でデートだなんて、ちょっと変に思われるかもしれないけれど、それには少しばかり特別な事情がある。
 と、いうのも、その彼氏が通っていた大学というのが「仁川経済大学」というトコで、日本で唯一、競馬をカリキュラムに取り入れているという、ちょっと、いや、相当ヘンな学校だったのだ。
 この仁川経済大学──正式名称は長いので、「仁経大」と略して「にけだい」と呼ぶのだそうだ──の学生は、男も女も、果ては付属高校の生徒までも、週末のレジャーはもちろん、デート、アルバイトに至るまで、大学近くにある阪神競馬場で済ましてしまうらしい。で、私たちもご多分に漏れず、事あるごとに競馬場でデートをしたっていうわけ。ま、初めは驚いたけど、それなりに楽しいデートばっかりだったから、今では少し良い思い出になっている。
 で、そのステイゴールド。
 どうして私がこの馬を克明に覚えているのかといったら、ステイゴールドはその日のレースで、最後のコーナーを曲がりきれずにあさっての方向へ飛んでいって、騎手を振り落としてしまったのだ。
 ただ1頭、文字通り別次元の走りを繰り広げるステイゴールドと、周りの人たちがあげるどよめき、そしてこの馬の馬券を握っていた彼氏の悲鳴……。
 これが、私の頭の中に、このステイゴールドという馬を強く印象付けたきっかけだった。どれだけ彼にレクチャーを受けても、競馬の専門的なことは全然覚えられなかった私だったけど、こんな事があったら1頭の馬の姿と名前くらいは覚えてしまうってものだ。
 その後、競馬場デートの時にステイゴールドが走るたび、私は本当なら買っちゃいけなかった馬券を、ステイゴールドから少しだけ買った。どういうわけか、私が馬券を買った時のステイゴールドは強かった。あのアクシデント以来、決してステイゴールドの馬券を買わなかった彼の羨望の眼差しを浴びながら、嬉々として払戻しの機械に並んだのをよく覚えている。
 でも、私のステイゴールドにまつわる記憶は、一旦そこで途切れる。その年の夏ごろに、仁経大生の彼氏と別れてしまったからだ。その別れについて、特別なドラマがあったわけじゃない。ごく普通の2人の若い男女がごく普通に出会って、ごく普通にお付き合いをして、ごく普通にお別れした、ただそれだけのこと。
 彼と会わなくなって、私の生活は色々と変わったけれど、その変化の1つとして、私は競馬場に行かなくなった。私にとって、競馬や競馬場は、あくまでもデートの手段や場所でしかなかったのだ。ステイゴールドという馬もその“付属物”に過ぎなかったということになる。ただ、それはあくまでもその時のお話だけれど──

 それから私は間もなくして、他の人がそうするように就職活動を始めた。なけなしのバイト代と親からの援助で揃えたリクルートスーツを着て、慣れない敬語と“面接用語”を駆使し、かなりたくさんの会社で入社試験を受けた。私が高校生の頃からずっと続いていた不景気のせいで随分苦労させられたけれど、1年弱の“戦い”の戦果は、私なりにソコソコ満足の行くものだった。
 その後は、これも就職活動を終えた大学4年生にお決まりの、ゼミ旅行、卒業旅行、海外旅行。まるで何かに憑りつかれたように、親しいんだか親しくないんだか分からない同じゼミの女友達と、それこそ世界中至る所を半ば意地になって巡り歩いた。今から考えたら、香港とかオーストラリアとか、競馬が盛んなところにも行ったのだけれど、ステイゴールドのことすら忘却の彼方に見送ってしまっていた当時の私には、「旅先で競馬」なんて発想は、それこそ微塵も思い浮かばなかった。
 そうやって私は、どこにでもいる普通の女子大生と同じように青春を謳歌し、そして貸衣装の袴姿で卒業証書を受け取った。記念写真を撮りながら「また、会おうね」と約束し合った、同じゼミの女の子たちとはそれ以来一度も会っていない。ま、それもありがちなことだ。
 そして、私は社会人になった。決して甘く見ていたわけではなかったけれど、それからの日々は、本当に辛いことばかりだった。
 新入社員なら誰もが憧れる“花形部署”に配属された女子“総合職”の私。でも、そんな言葉に酔うことが出来たのもほんの一瞬で、研修期間が終わってからというもの、来る日も来る日も「9時5時? 有給休暇? それって何?」って感じで、雑用と社内外の苦情処理に忙殺される日々が私を待っていた。
 それだけじゃない。同じ課の先輩社員が口説いて来たのをあしらった翌日以降、私を誹謗中傷する根も葉もない噂が会社中を駆け巡ったりとか、ミーティングで私が提案したアイディアが好評で喜んでいたら、いつの間にか、それが直属の課長が次長へ昇進する決め手になっていたりとか、マンガやTVドラマでお馴染みの経験は3ヶ月弱で一通り済ませてしまったりした。
 朝起きて、仕事に行って、夜帰って寝る。毎日がその繰り返し。今から考えたら、よくそんな生活に耐えてこられたものだと思うけれど、多分その時は、今が辛いとかどうとか、そんなことを考える気力すら奪われていたのだと思う。
 そう、そう言えばあの日も。
 あの日も、そんな辛い日々の中の出来事だった。

 入社して約半年経った10月下旬のある日曜日。その日の私は、遠い昔に神様が決めた休日なんてお構いなしで、クレームのあった顧客の会社へお詫びに出かけ、その足で帰社して会議に(雑用係として)出席、という無茶苦茶なスケジュールを強いられていた。
 元々ギリギリの時間設定だったのに、訪問先の会社でクドクドと苦情をぶつけられたせいで、そこを出た時には既に“手遅れ”の時刻になってしまっていた。かと言って、それで遅刻していいという理由になれば苦労はしない。私は泣きそうになりながらタクシーに飛び乗った。手取り15万ソコソコの私のお給料から考えると、多分経理に回したって落ちないタクシー代はかなり痛い出費だったけれど、その結果得られる数千円の金額がプリントされた領収書は、遅刻の言い訳ができる“武器”になりそうな唯一の物だったのだ。
 私が「なるべく急いで下さいね」と言ったにも関わらず、運転手さんはヘラヘラと笑うだけで一向に車の速度を上げようとしなかった。それどころか、「ちょっと失礼」なんて言ってラジオのスイッチを入れ、おまけにボリュームまで上げたりするものだから、私は思わず、「ちょっと! 私が上げて欲しいのはラジオのボリュームじゃなくて、車のスピードなんだってば!」って叫びそうになった。
 『……さて、いよいよ天皇賞・秋の発走時刻が迫ってまいりましたが……』 
 しかも、ラジオから流れていたのは競馬中継だった。「何、この人? 仕事中に競馬なの?」とは思ったけれど、もうここまで来ると、怒りを通り越して呆れかえると言うか、すっかり体中の力が抜けてしまった。私はただ、後部座席に身を任せながら、「ああ、なんて私は運がない女なんだろう」なんて、自分自身を嘆くしかなかった。
 と、その時──
 『…そして、今度こそ1着の欲しいステイゴールドなんですが……』
 その馬名を耳にした瞬間、記憶の奥の奥へと追いやられていた1頭の馬とその思い出が、私の頭の中で一気に蘇った。そう、それはまだ私がどこにでもいる普通の大学生だった頃の──
 気が付いたら私は、後部座席から身を乗り出して、ラジオに耳をそばだてていた。
 「え? ステイゴールド…?」
 その途中で、私が思わずポロっと口にした言葉を運転手さんは聞き逃さなかった。彼はルームミラーで私の様子を窺いながら話し掛けてきた。
 「あれ? お客さんも競馬やるんですか? 若い女の人なのに、珍しいねえ」 
 「あ、いや、その……知ってる馬の名前が出てきたもので…」
 「へえ、ステイゴールド? 渋いなあ」
 私には何がどう渋いのか分からなかったけれど、この運転手さんが、私が唯一名前と姿を記憶している馬を知っていることが単純に嬉しかった。
 「でも、どうやろね。どうにもパッとせえへん馬やから…」
 「え? ステイゴールドって弱いんですか?」
 「いや、そういうわけやないけどね。でも、何て言うかなぁ。イマイチって言うか、パッとせえへんて言うか…」
 運転手さんの話こそ、何だかパッとしなかったけれど、どうも今のステイゴールドは、私が直に見ていた頃の強いステイゴールドじゃないことだけは、何となく分かった。
 それから間もなくして「天皇賞・秋」のレースが始まった。運転手さんは「頼むで、セイウンスカイ」なんてブツブツ呟きながら、ソワソワしていた。
 『…セイウンスカイは伸びないか? ちょっと苦しそうだ! セイウンスカイ、ピンチ! 先頭はステイゴールドか、ステイゴールド先頭か? ……大外からスペシャルウィーク! スペシャルウィークが一気に追い込んで来た! 武豊だ、スペシャルウィークだ! スペシャルウィークかステイゴールドか、スペシャルウィークだ! スペシャルウィークが交わして1着ーッ!!』
 ラジオの向こうで何があったのか、私にはあまりよく把握できなかったのだけれど、ステイゴールドは惜しいところで負けてしまったらしい、ということだけは判った。
 「あぁ……これで昨日、今日とタダ働きやがな…」
 運転手さんはハンドルを握ったまま、ガックリと肩を落とした。フロントガラスにボンヤリと映った運転手さんの表情が暗かったのは、最近勢いを増した不景気のせいではなさそうだった。
 間もなく、タクシーは会社の前に到着し、私は財布の中を確かめつつ、領収書を要求した。
 運転手さんは不景気な顔をしたまま領収書を切り、少し憮然とした声で、
 「やっぱり、ステイゴールドはアカンかったね。1着が獲れずに2着とか3着ばっかりや。これやと、ステイ“ゴールド”やなくてステイ“シルバー”かステイ“ブロンズ”に改名せんとアカンで」
 と、言って私にお釣りと領収書を手渡した。馬券が外れた恨み言だったんだろうけれど、その運転手さんの言葉は、やけに私の耳に堪えた。
 そのせいもあったんだろう、その日の会議で私はいつも以上にミスをして、いつも以上に怒られた。もちろんタクシー代は経費で落ちず、領収書は遅刻の言い訳にはなったけど、他の人から白い目で見られることには変わりは無かった。
 すっかり空が暗くなって、ようやく地獄のような会議から解放された私は、今度は電車に乗って、一人暮らしをしているワンルームマンションへ帰ろうとしていた。その電車の中で不規則な振動に揺られながら、いつの間にか私はステイゴールドのことを考えていた。
 別にとりたてて感慨があったわけじゃなかった。多分、懐かしさとその日に起こった出来事がない交ぜになって、その結果、どうにもステイゴールドのことが気になって仕方が無かったんだと思う。
 もしも、私がそこでその気持ちをやり過ごし、また仕事ばかりの日常に帰っていたら、もう私の人生の中でステイゴールドが出て来ることは二度と無かったかもしれない。けれど、自分でも不思議なことに、その日の私はなぜかステイゴールドにこだわった。気が付いたら私は、1年浪人して仁経大に通っている友人の香織──実は、例の元・彼氏はこの子の紹介だった──に電話をかけ、ステイゴールドについての資料を見せてもらう約束を取り付けていた。

 「……ごめんね、急なお願いで」
 そんなことを言いながら部屋を訪れた私を、香織は不思議そうな顔をして出迎えた。
 「いや、資料とかは、どうせ大学で使ってるから別にええけど。でも、いきなりどうしたん?」
 「いや、ちょっとね」
 理由を話さない私──そりゃそうだ。理由なんて私だって知らない──を見て、香織はいかにも腑に落ちない表情をしていたけど、それでも「競馬四季報」という、漢和辞典みたいな分厚い本を私に差し出した。
 香織曰く「中央競馬で走っている馬の成績が全部載ってる」というその本の、ちょうど真ん中辺りのページに、ステイゴールドの成績一覧が載っていた。
 「………あ」
 思った言葉が、そのまま口を突いて出た。
 「これ、私だ……」
 「え? 『私』がどうしたって?」
 近くで見ていた香織が、もっと不思議そうな顔をして話し掛けてきた。でも、私はそれに答えないまま、ずっと同じ言葉を繰り返していた。
 「これ、私だ……」
 私が競馬場に行かなくなってからのステイゴールドは、「阿寒湖特別」というレース──香織の説明によれば、“校内快足ナンバーワン決定戦”程度のレースだそうだ──を勝って以来、全く勝てなくなってしまっていた。私がタクシーの中で聴いた「天皇賞・秋」が22連敗目のレースだった。
 一所懸命、どれだけ頑張っても結果が出ない。誰も認めてくれない……。「競馬四季報」の成績表が語るステイゴールドは、ちょうどその頃の私と同じように、必死にもがいて苦しんでいる姿を映し出していた。

 それ以来、ステイゴールドという1頭の競走馬は、私の、かけがえの無い心の支えになった。
 私は、それまで存在すら知らなかった競馬雑誌を買い、ステイゴールドが次にいつレースに出るのか調べることが習慣になった。そして、ステイゴールドがレースに出るたびに馬券を買うようにもなった。素通りする事はあっても、中に足を踏み入れることは決してなかった、「ウインズ」という馬券売り場にも入るようになった。昔みたいに、私が馬券を買ったらステイゴールドが活躍する、なんてことはなく、相変わらずステイゴールドは、あの10月に“再会”したステイゴールドのままだったけれど、私はそんなステイゴールドに自分を投影し、親近感を覚えていたわけだったから、それはそれで良かった。
 ステイゴールドはその後、泥沼のような連敗を28で止めて、ついに「阿寒湖特別」以来の勝利を収めた。もちろん私は、我が事の様にそれを喜んだ。的中した馬券で儲けたお金でシャンパンを買い、1人、部屋で祝杯をあげる、なんてことまでした。そんな私は、相変わらず職場でもがき苦しんでいた。
 そんな私とステイゴールドとの“蜜月”が、一転して崩壊の危機を迎えたのが今年、2001年の春のことだった。
 1月の「日経新春杯」というレースで、約8ヶ月ぶりの1着を獲っていたステイゴールドは、私がそれまで聞いたことの無かった、UAEのドバイという都市で開催された国際招待レースに参加した。ステイゴールドはそこで、世界中から集まったチャンピオン・ホースを抑えて1着を獲ってしまったのだ。
 電話でこの報せをくれた香織は、
 「良かったね、これでステイゴールドも世界チャンピオンよ」
 と祝福してくれたけど、そんな声とは裏腹に、私はなぜだか酷い虚脱感を感じていた。嬉しいはずなのに、ステイゴールドの快挙を喜ぶことが出来なかった。
 私は、この自分の心について、どうしてこんなことになったんだろうと一晩自問自答した結果、1つの答に行き着いた。
 私はステイゴールドに嫉妬していたのだ。
 その頃になっても、私は相変わらず職場では苦しみ続けていた。不景気で新規採用が滞ったために、私はいつまでも最年少のままだったし、会社の体力低下はストレートに社員の待遇低下を招いていた。待遇低下は社内の人々にストレスを積もらせ、そのはけ口は立場の弱い人間に向けられていた。当然、私はその“はけ口”の1人だった。
 私がそんなふうに苦しんでいたのに、一方のステイゴールドは、知らない間に世界チャンピオンになってしまっていた。いつも私のそばにいてくれたはずの存在が遠くへ行ってしまった。私が行けない所までスイスイと行ってしまった。……そんな事実を突きつけられて、私は嫉妬心を抱いてしまったのだった。
 幸か不幸か、この後のステイゴールドは、また以前の惜敗続きのステイゴールドに戻ってしまって、私とステイゴールドとの関係が切れてしまうことはなかった。それでも、自分の分身にも似た存在に嫉妬心を抱いてしまったという事実は、私の心に深い影を落としていた。

 始まりがあれば、いつか終わりがある。ステイゴールドが年内で引退すると聞いた時、私はそんな当たり前のことを再確認させられた。ステイゴールドはもう7歳。私が学生時代に出会った時は、前途有望な若馬だったステイゴールドも、今では大ベテランになってしまっていた。
 それよりなにより、私を驚かせ、そして失望させたのが、引退レースは日本ではなく、香港の国際レースで迎えるということだった。引退レースは年末の「有馬記念」だと確信し、親戚・祖父母の1人や2人を死人扱いしてでも中山競馬場に駆けつけるつもりだったのに、香港ではどうしようもない。「観戦ツアー」なるパック旅行もあるにはあったけど、入社以来、減ることはあっても増えることのない無いお給料とボーナスでは、とてもじゃないけど海外旅行は無理な話だった。
 どうにかレースを観る方法は無いかと香織に尋ねると、どうやらレース当日の競馬場とウインズで、衛星生中継するみたいだと教えてくれた。その日もまた、日曜日だというのに、みっちりと仕事の予定が入っていたけど、私はどうにかしてステイゴールドの引退レースを見届けることに決めた。それは、もちろんステイゴールド最後の雄姿をリアルタイムで見ておきたい、という素直な願望もあった。でもそれよりも、春、ステイゴールドが世界チャンピオンになった時、私が抱いてしまった嫉妬心と決着をつけたいという気持ちの方が強かった。
 引退レース・「香港国際ヴァーズ」でのステイゴールドは、1着馬の最有力候補になっていた。もう一度、ステイゴールドが私に手が届かない存在になった時、その時、私はどんな心境になるのだろう─? 
 もしも、また私がステイゴールドの活躍を妬むようなことがあったなら、その時は、私なりに“罪”を償うため、勤めている会社を辞めるつもりでいた。自分が心の支えにするようなかけがえの無い存在に、一度ならずに二度までも醜い感情を抱いてしまったなら、それは私のこれまでの生き方が間違っていたということなんだから……

 レース当日、例によってスケジュールは遅れ、仕事が全て終わった時には、最寄りのウインズまで駆け足で行っても厳しい時刻になってしまっていた。それでも私は諦めず、懸命に走った。今日だけは遅れちゃダメだ。今日だけは絶対に……。私はついに道の途中でパンプスを脱ぎ、ストッキングを履いただけの裸足で街中を駆けた。みるみるうちにストッキングは破れ、かかとからは血もにじんで来たけど、その時の私に、そんなことを気遣っている余裕なんて無かった。
 火事場の何とやら、というのだろうか、奇跡的に私は「香港国際ヴァーズ」の発走に間に合った。ぜぇぜぇと息を切らしながら、両手に持っていたパンプスを履き直し、既にモニターの前に集まっていた10数人の中に混じって、ステイゴールドのラスト・ランが始まるのを待ち構えた。
 それからすぐにゲートが開き、レースが始まった。ステイゴールドは全馬一団となった馬群の真ん中辺りに待機して、スパートのタイミングを図る展開になっていた。先頭との差もそんなに開いていなくて、ステイゴールドにしてみれば、いつでも射程圏に捉えることのできるポジションをキープしていた。「これなら多分……」私の心の中で期待感が大きくなっていった。
 ところが、第3コーナーから第4コーナーにかけて、逃げていた馬がスルスルと馬群との差を広げ始めた。
 「え? え?」
 狼狽する私をよそに、逃げている馬とステイゴールドとの差は開く一方。最後の直線に入った時には、7〜8馬身くらいの大きなビハインドになっていた。まだ、ステイゴールドが差を詰める気配は無い。どう見たって、大ピンチだった。

 その瞬間、私の頭の中で何かがバチンと弾けた。

 「頑張ってえ〜〜〜! ステイゴールド、頑張ってえぇ〜〜〜!!」
 こんな大きな声が出るんだ、と自分でびっくりするくらいの大音量で、私は絶叫していた。それと同時に涙が溢れ出して止まらなくなった。私の中で、色々な感情がグチャグチャになってしまっていた。ただ一つだけ、確かなこと。私はただ純粋に、ステイゴールドの勝利を願っていた。あの忌々しい嫉妬心は、もうどこにも無かった。
 「ステイ……ゴ…ル…ド……がんばっ……」
 もう、言葉にならない。私は口元を押さえながら、その場にうずくまった。周囲の視線が痛いほど突き刺さるのを感じる。そりゃそうだ。若い女の子が裸足で息を切らしてやってきたかと思ったら、今度は絶叫した挙句に号泣だ。こんなのを見て、おかしいと思わない方がおかしい。
 「あ! 来た! ステイゴールド!!」
 その時、観衆の1人、私と同い年くらいの男の人が声を上げた。涙で視界は霞んでいたけど、確かにモニター画面には、逃げ馬を単騎で追い詰めるステイゴールドの姿があった。まるでステイゴールドの背中に羽根が生えたような凄いスピード。その姿はまさに空駆ける天馬、黄金の翼のペガサスだった。
 「よし! 頑張れ!」
 「ほら、差せ差せぇ!!」
 「よっしゃ、行けるぞ!」
 いろんな人が、私の代わりをしてくれるようにステイゴールドを応援していた。それに応えるように、ステイゴールドはグングン差を詰めてゆく。そして────
 「よし! やったぁ〜〜!」
 「差したよな、差し切ったよな!」
 「おい、オネエチャン、良かったな、勝ったぞ! ステイゴールド、勝ったぞ!」
 周りにいた人が、歓喜の声をあげながら私にステイゴールドの勝利を伝えてくれた。近くでは万歳三唱まで始まっていた。
 「…ありがとう………ありがとう……」 
 号泣の後のひきつけを堪えながら、私はただただ、「ありがとう」と言い続けていた。
 もちろんそれは、私の分までステイゴールドを応援してくれた、モニター前の人たちに対しての感謝の言葉でもあったけれど、それ以前に、それ以上に、私はステイゴールドに「ありがとう」と言っていたのだ。
 私は、走っても走ってもどうしても勝てないステイゴールドを見て、「私と同じだ」と思った。でも、それは大きな間違いだったのだ。
 ステイゴールドは、頑張っても頑張っても結果が伴わず、周りから正当な評価されない状況にあっても、そんなことはお構いなしだとばかりに、一所懸命努力していた。いつか勝とうと頑張っていた。その名の通り、黄金のように輝き続けようと頑張っていたのだ。そして、今、ステイゴールドは本物の輝きを手に入れたのだ。それも、永久に目映く光り
ける黄金の輝きを。そう、ステイゴールドは、本物の“ステイゴールド”になったのだ。
 それに引きかえ、私はどうだっただろう? 自分の不甲斐なさを棚に上げ、不遇を恨み、それを嘆くばかりの日々。それどころか自分と似た存在を見つけて慰みものにしていたのだ。自分の力で、苦境をどうにかしようなんてことは全く考えずに……
 ステイゴールドは教えてくれた。苦労することだってある。すぐに報われないこともある。でも、大切なのは、諦めないこと、自分を磨き続けることなんだと。そうすれば、近くはなくても遠い将来、必ず報われるのだと。

 ──レースが終わってどれくらい経ったのだろう?
 ステイゴールドの雄姿を映し出していたモニターは、本来の仕事である阪神競馬場のレース放映を始め、私と一緒にステイゴールドの優勝を祝ってくれた人たちもまた、思い思いの方向へ散らばっていった。
 私は、まだ目尻に残っていた涙を手でぬぐい、しっかりとした足取りで歩き出した。いつもは痛い位に感じる冷たい北風も、今日は何だか心地良い。明日から、また辛い日々が始まるのかと思うと、ちょっぴり憂鬱になるけれど、でも、もう私はそれを嘆いたりしない。さあ、胸を張って歩こう。今は苦しいかもしれないけれど、その苦しみを糧にして、私もいつかは誰もがうらやむ輝きを手に入れてみせるんだ。
 そう、遠く海の向こうで、黄金の羽根羽ばたかせ駆けていった、あの努力家のペガサスのように──  (完)

参考資料・ステイゴールド号・全成績(略式)
日付 レース名 着順 騎手 1着馬(2着馬)

96.12.1

新馬戦

/14

ペリエ

マキハタスパート

96.12.21 新馬戦※1 16/16 ペリエ

オースミサンデー

97.2.15 未勝利戦※2 止/12 熊沢 ハリアップスキー
97.3.22 未勝利戦 /13 熊沢 パルスビート
97.4.19 未勝利戦 /18 熊沢 タマモイナズマ
97.5.11 未勝利戦 /18 熊沢 (トップラダー)
97.6.7 すいれん賞(500万下) /10 熊沢 (ビンラシッドビン)
97.6.29 やまゆりS(900万下) 4/13 熊沢 ナムラキントウン
97.9.6 阿寒湖特別(900万下) /14 熊沢 (ミナミノフェザント)
97.10.12 京都新聞杯(G2) 4/12 熊沢 マチカネフクキタル
97.11.2 菊花賞(G1) 8/18 熊沢 マチカネフクキタル
97.11.30 GホイップT(1600万下) /13 武豊 ファーストソニア
98.1.17 万葉S(オープン) /14 熊沢 ユーセイトップラン
98.2.8 松籟S(1600万下) /16 熊沢 アラバンサ
98.2.21 ダイヤモンドS(G3) /16 熊沢 ユーセイトップラン
98.3.29 日経賞(G2) 4/12 熊沢 テンジンショウグン
98.5.3 天皇賞・春(G1) /14 熊沢 メジロブライト
98.6.13 目黒記念(G2) /13 熊沢 ゴーイングスズカ
98.7.12 宝塚記念(G1) /13 熊沢 サイレンススズカ
98.10.11 京都大賞典(G2) 4/7 熊沢 セイウンスカイ
98.11.1 天皇賞・秋(G1) /12 蛯名 オフサイドトラップ
98.11.29 ジャパンC(国際G1) 10/15 熊沢 エルコンドルパサー
98.12.27 有馬記念(G1) /16 熊沢 グラスワンダー
99.2.14 京都記念(G2) 7/10 熊沢 エモシオン
99.3.28 日経賞(G2) /13 熊沢 セイウンスカイ
99.5.2 天皇賞・春(G1) 5/12 熊沢 スペシャルウィーク
99.5.29 金鯱賞(G2) /15 熊沢 ミッドナイトベット
99.6.20 鳴尾記念(G2) /10 熊沢 スエヒロコマンダー
99.7.11 宝塚記念(G1) /10 熊沢 グラスワンダー
99.10.10 京都大賞典(G2) 6/10 熊沢 ツルマルツヨシ
99.10.31 天皇賞・秋(G1) /17 熊沢 スペシャルウィーク
99.11.28 ジャパンC(国際G1) 6/14 熊沢 スペシャルウィーク
99.12.26 有馬記念(G1) 10/14 熊沢 グラスワンダー
00.1.23 AJCC(G2) /14 熊沢 マチカネキンノホシ
00.2.20 京都記念(G2) 3/11 熊沢 テイエムオペラオー
00.3.26 日経賞(G2) /10 熊沢 レオリュウホウ
00.4.30 天皇賞・春(G1) 4/12 熊沢 テイエムオペラオー
00.5.20 目黒記念(G2) /15 武豊 (マチカネキンノホシ)
00.6.25 宝塚記念(G1) 4/11 安藤勝 テイエムオペラオー
00.9.24 オールカマー(G2) 5/9 後藤 メイショウドトウ
00.10.29 天皇賞・秋(G1) 7/16 武豊 テイエムオペラオー
00.11.26 ジャパンC(国際G1) 8/16 後藤 テイエムオペラオー
00.12.24 有馬記念(G1) 7/16 後藤 テイエムオペラオー
01.1.14 日経新春杯(G2) /11 藤田 (サンエムエックス)
01.3.24 ドバイシーマクラシック(国際G2) /16 武豊 (ファンタスティックライト)
01.6.24 宝塚記念(国際G1) 4/12 後藤 メイショウドトウ
01.10.7 京都大賞典(G2)※3 失/7 後藤 テイエムオペラオー
01.10.28 天皇賞・秋(G1) 7/13 武豊 アグネスデジタル
01.11.25 ジャパンC(国際G1) 4/15 武豊 ジャングルポケット
01.12.16 香港国際ヴァーズ(国際G1) /14 武豊 エクラール
 ※1…レース中、故障を発症したため、1着馬より約6秒遅れでゴール
 ※2…4コーナーを曲がりきれずに逸走、騎手が落馬して競走中止
 ※3…最後の直線で、他の馬の進路を妨害し、落馬させたため失格。

 

 


 

12月15日(土)ギャンブル社会学
「憲法違反の身分差別規定についての諸問題」

 突然ではありますが、世に存在する法律というものは、多くの矛盾に満ちています。
 古代ギリシアの哲学者ソクラテスは、悪法もまた法であるから、と言って自ら死刑の毒杯を仰ぎました。
 ドイツ第三帝国のヒトラーが、国内の全ての権限を掌握して独裁政権を築いたのも、よりによって“最も民主的”と謳われたワイマール憲法の矛盾を突いて生まれたものでありました。
 そして、現代の日本もまた、数多くの法律が、矛盾を秘めたまま放置されています。

 例えば、“高校生はアダルトビデオが観られないけれども、正月の深夜などに夜通しTVでやっている洋物ポルノは観放題”という問題。

 また、田代まさし事件で露呈した“スカート盗撮はパンツ覗いただけで痴漢と同じ罰金刑だけど、風呂場を覗くのは、いくら風呂場で本番行為が行われていようと軽犯罪法違反に留まる”という問題。

 さらに、“裏ビデオは何本所持しても、ましてや裏ビデオのレビューサイトを立ち上げて、広告収入で飯が食えるくらい稼いでいても合法なのに、友達にテープ代金と送料だけでダビングしてあげても違法である”という問題。

 そして、“あと1日で18歳なのに男性経験100人を超える、まるで整形前の飯島愛みたいな阿婆擦れギャルとでも、援助交際したのがバレれたが最後、逮捕されて人生メチャクチャに。しかし、16歳になったばかりの処女を、結婚を前提で肉奴隷に調教し、陵辱の末に妊娠させ、挙句の果てには中絶までさせてもバリバリ合法という正視するに耐えない矛盾まであります。

 ……何だか、喩えがシモに限定されている気がしますが、受講生の皆さんに理解しやすい喩えを列記したら自然とこうなっただけです。不可抗力ですので、ご了承を。
 しかし、日本の法律には、もっと矛盾に満ちた法律が跋扈しています。それらの法律は、なんと憲法違反の疑いが濃く、どうして違憲立法審査にかけられないのか不思議で仕方が無いものなのです。

 それは、俗に“3競オート”と呼ばれる公営ギャンブル(競馬、競輪、競艇、オートレース)に関する法規にある、「投票券(馬券、車券、舟券)購入に関する制限」です。
 競技によって定められている法律は違いますが、内容は全く同じです、即ち、
 「学生生徒又は未成年者は、投票券を購入し、又は譲り受けてはならない」
 という条文です。(競馬法第28条、自転車競技法第7条の2、モーターボート競走法第9条の2、小型自動車競走法第10条の2)
 この条文の問題点は、「学生・生徒」と「未成年」が同等に扱われているという点。いくら年齢を重ねていようと、また、職業を持っていようといまいと、高校や大学に籍を置いている人は馬券等を購入する事が出来ない、というわけなのです。
 例えば、自民党所属の参議院議員プロレスラー、さらには自ら個人事務所を経営する実業家でもある大仁田厚氏は、明治大学二部に在籍しているので馬券等を購入する事は出来ません。しかし、20歳以上で学籍が無ければ、ギャンブルで借金まみれだろうが、強姦魔だろうが、オサマ=ビンラディンであろうが馬券は買えます。
 社会的に成功し、さらには国権の最高機関の一員に名を連ねる人がダメで、社会不適合者でも成人で学籍が無ければギャンブルし放題という現実。これを矛盾と呼ばずに何と呼べばよいのでしょうか?
 加えて、先にも述べましたが、この条文は多分に憲法違反の疑いが濃いのです。

 日本国憲法第14条第一項

 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 ギャンブルは健全な娯楽とはいえ、場合によっては高額の金銭を扱う行為です。そこを考慮すれば、経済力の無い低年齢者のギャンブル参加を制限すること、これは公共の福祉の観点からも、合憲とする理由に足るものでしょう。
 しかし、年齢・職業や経済力に関係なく、「学生・生徒」なる社会的身分によって、「馬券の購入」という経済的行為を制限する事は、これは明らかに公共の福祉の範疇を超えた身分差別です。そう、これは明らかに違憲なのです。

 この“「学生・生徒」差別規定”は、他の合法&違法ながら黙認されているギャンブルと比べると、その矛盾がさらに浮き彫りになって来ます。以下の表をご覧下さい。

各ギャンブルの年齢・身分規定 

3競オート 学生・生徒・未成年者が不可
toto(サッカーくじ) 19歳未満が不可
宝くじ 制限なし
パチンコ&パチスロ 18歳未満、または18歳以上でも高校生は不可。(風俗店扱い)
麻雀(フリー雀荘)

 3競オートと同じ、「最小100円、100円単位で上限無制限」のギャンブルであるtoto(サッカーくじ)が、かなり緩やかな制限となっていることが目に付きます。
 さらに恐ろしい事には、賭けの最小額が事実上200円以上で、実質“レート”が3競オートの倍以上である上、控除率(胴元の取り分)が極めて高く危険性の高いギャンブルである宝くじに至っては、一切の制限が存在しないのです。事実、僕が塾講師のバイトをしていた時、当時中1の生徒が有り金叩いて年末ジャンボ宝くじを購入するという暴挙を働いた事がありました。暴挙ではありますが、これは当然合法です。
 受講生の中には、「totoや宝くじはギャンブルじゃなくて、クジだよ」などと言う方がいるかも知れませんが、その認識は危険な誤解です。
 totoは「スポーツベッティング」、宝くじは「富くじ」というカテゴリに属する立派なギャンブルです。ギャンブルは健全な娯楽ではありますが、他の娯楽と同様に、バカがのめり込むと扱い方を間違えると一生傷痕が残る“大ヤケド”を負う危険だってあるのです。特に宝くじ。ジャンボ宝くじを10万単位で買う人々の映像がTVで頻繁に流れますが、あれを競馬場での馬券購入シーンに置き換えてみてください。その行為がどれだけ恐ろしい行為か、想像がつくというモノです。しかも、改めて言いますが、宝くじの控除率は競馬より遥かに危険な設定です。
 また、パチンコやフリー雀荘での麻雀についても一言触れておきましょう。これらは、賭け金の最高額こそ限界がありますが、事実上の掛け金最小額は少なくとも1000円単位。3競オートの10〜数10倍なのです。一応、18歳未満禁止という制限はありますが、普通の学生には少々荷の重いレートと言えるでしょう。

 このように、3競オートと同じ、もしくはそれ以上の危険性のあるギャンブルが、緩やか過ぎるくらい緩やかな制限に留まっているのに対し、遊び方によってはゲームセンターより健全であるはずの3競オートには不必要なほど厳しい制限が設けられている。これが現状です。
 それにしても、どうして3競オートだけが不当な“差別”を受けているのでしょうか? 
 実は、これは明治時代にまで話が遡ります。

 明治時代の開国・文明開化と共に、あらゆる西洋文化が怒涛の如く日本に押し寄せて来ましたが、その中にイギリス生まれの近代競馬の姿がありました。
 始めは外国人居留地のみで行われていた競馬ですが、“世界に通用する良質の軍馬の育成”という目的から、日本各地で競馬が行われるようになります。
 もちろん、競馬といえば馬券がツキモノ。しかし、ギャンブルが合法化されているイギリスと違い、日本でギャンブルをすることは「賭博行為」となり、違法。本来ならば馬券を売る事は不可能です。
 しかし、馬券を売らない競馬では一向に盛り上がりませんし、第一、競馬開催にかかる莫大な費用が捻出できません。どうにかして馬券販売を実行しなくてはなりません。正に板挟みの状態。世にも泥臭いハムレット的状況であります。
 と、ここでさすがは“妥協の国”日本。この難しい状況下で、とんでもない打開策を実行します。
 それは「馬券黙許制度」
 本来なら馬券は賭博行為でありご法度である。ご法度であるがしかし、馬券を売る事で人々が真剣に馬を見るようになり、それが相馬眼、つまり能力の高い馬をみる目を養う事になるならば、国は敢えてこれを黙って見逃す(=黙許する)ことにしよう……
という、いかにも日本人が考えそうな制度ですね。 
 そしてこの時、「学生生徒又は未成年者は勝馬投票券(馬券)を購入する事が出来ない」という規定が生まれたのです。
 この規定の根拠は、タテマエでは「学徒や未成年者は、相馬眼を養うにはまだ未熟であるから、知的・身体的に成熟するまでは粛々と学業に専念すべし」というものでしたが、ホンネを言えば、当時売られていた馬券の最小発売額が、現在の10万円以上にあたる10円だったからでした。「ガキや学生風情が、そんな大金で賭博を働くなど10年早いわ」というわけです。事実、この時は馬券で身を持ち崩す人間が続出し、あっという間に馬券黙許は中断の憂き目に遭いました。その意味では、この厳しい規定も的を得ていたということになります。
 それから随分後になって馬券は再び許可、しかも今度は公認されます。その時も馬券購入に関する規定は明治時代のものが適用され、それが何と2001年の現在まで、しかも競輪・競艇・オートまで巻き込んで生き残りつづけたのです。
 確かに19世紀の明治時代には有効な規定だったでしょう。しかし今は21世紀の平成時代です。馬券の最小額も、当時で言えば銭単位の100円になりました。これほど社会や競馬を取り巻く環境が変わったのに、依然として法律だけは変わらない。これはおかしい、と言うより異常事態です。数年前の刑法改正と同様に、この規定も改正する時期を迎えているのです。
 ですが、現在の日本におけるギャンブルを取り巻く極悪な状況の下、この規定が改正される望みは極めて低いと言わざるを得ません。しかし、1人1人がこの規定の違法性を自覚し、社会における認知度を高めて行けば、いつか法改正も実現する時が来るでしょう。今日のこの講義がそのきっかけの1つになるならば、僕は大変幸せであります。
 予定の時間を大幅に過ぎました。これで今日の講義を終わります。 (この項終わり)

 


 

12月8日(土)集中講義・競馬学特論
「G1予想・朝日杯フューチュリティS編」

 ええと、まず今日の講義に入る前に……。
 受講記録(アクセス解析)を見てて気になったんですが、皆さんは昨日の後期試験の時に配布したプリント(リンクをつなげたページ)4枚を読みましたか? 読んでくれていればいいのですが、そうでない場合は、こちらの出題の意図が全く伝わらないと思いますので、絶対に読んでください。よろしいですか?
 ……
 では、今日の講義です。G1レースのある週の土曜日は「競馬学特論」。G1レース予想です。ただ、いつもなら、珠美ちゃんと一緒に出馬表を見ながらじっくりと予想をしてゆくのですが、今日は諸事情により時間がありません。ので、出馬表を省略し、印を打った馬とその解説にとどめたいと思います。ご了承ください。(明日の夜、出馬表を追加して補完したいと思いますが、それまでは新聞等に掲載された出馬表を参考にして、講義を受講してください)

 さて、それでは早速、予想に移りましょう。
 このレースは、各地の地方チャンピオンが集合してのグランドチャンピオン決定戦のような意味合いが強いレースです。今日行われた、K-1グランプリの決勝大会みたいなものですね。
 こういうレースは、かなりギャンブル性が強くて、推理ゲームというよりもクジ引きと言った方が良いかもしれません。各馬の強さを直接比較する材料が限りなく少ないので、それぞれの前哨戦の中で、どのレースを重視するかにかかって来ます。実は、僕はこういうレースの予想が一番苦手だったりします(苦笑)。まぁ、それでも目一杯脳細胞を動員して頑張ってみることにしますね。
 このレースは18頭が出走するのですが、その中で重賞レース勝ち馬が5頭、さらにオープン特別を勝った無敗の馬が2頭います。馬番だけで失礼しますが、1番・6番・7番・10番・11番・14番・15番の7頭です。まず、これを第1集団としましょう。余程のことが無い限り、この中から勝ち馬が出ると思って良いでしょう。
 次に、第1集団の7頭と同じレースに出て2着や小差3着の経験がある馬たち。この敗者復活を期す馬たちを第2集団としましょう。馬番が3番・4番・5番・9番・12番・13番の6頭ですね。ここからも2着に滑り込んだり、大番狂わせを演じる可能性のある馬がいると考えて良いでしょう。
 有力候補がこの13頭(多!)。あとの5頭は残念ながら、力が若干足りないかな、と思われます。
 で、この多くの有力候補から、さらに絞っていったのですが、僕の予想は以下の通りになりました。

10番 ヤマノブリザード
1番 アドマイヤドン
6番 カフェボストニアン
7番 シベリアンメドウ
× 14番 バランスオブゲーム
× 13番 スターエルドラード

 ……まず第1集団からは、体調に問題がある15番を切り、また、デイリー杯2歳Sはレヴェル的に問題があると考え、11番も除外しました。これで5頭。
 後は展開予想などを加味して序列を付けました。では、1頭ずつ簡単な紹介を加えましょう。
 本命はヤマノブリザード。北海道競馬からの転厩緒戦になります。第1集団の中で、最も展開的に恵まれそうだという点を買って抜擢しました。ここ2年で、地方競馬所属馬が2着、3着していますので、地方競馬出身という点もマイナスにはならないでしょう。
 対抗に1番人気が予想されるアドマイヤドン。日本競馬界でも有数の良血馬で、オープン特別の京都2歳Sを圧勝して勇躍参戦してきました。この馬の問題点は、「果たして能力の絶対値がG1クラスかどうか?」の1点に尽きます。圧勝か惨敗かどちらかが予想されるため、安定性という面を考慮して本命から外しました。
 3番手にはカフェボストニアン。どのような作戦でレースに臨むか分からないのですが、差し脚に賭けるレースに出た時に、台頭する可能性が十分あります。
 シベリアンメドウバランスオブゲームは先行馬。超ハイペースが予想されるレースだけに、バカ正直なレースをしていては勝ち目は薄いでしょう。また、シベリアンメドウがダートや芝の不良馬場でしか走っていないことを不安視する向きもありますが、デビュー2戦目のプラタナスSのタイムを見る限り、スピード勝負に出ても通用するだけの能力を持っていると思われます。全ては展開次第です。
 第2集団からは1頭、スターエストラードだけに印を打ちました。これは、第1集団と第2集団の力量差が、ことのほか大きいと解釈したからです。スターエストラードだけ印を打った理由は、前走の大敗からの立て直し気配が見えることと、ノーマークの馬にはうってつけの、後方一気の展開が望めそうだということです。騎手のデムーロJKも魅力ですね。
 買い目は1-10、6-10、1-6の3点を中心に、7-10、枠連の5-7を押さえに買うかどうか、といったところです。

 ちなみに助手の珠美ちゃんにも予想をしてもらってます。彼女の予想も掲載しておきましょう。

1番 アドマイヤドン
10番 ヤマノブリザード
7番 シベリアンメドウ
14番 バランスオブゲーム
× 3番 アグネスソニック
× 11番 ファストタテヤマ
× 6番 カフェボストニアン

 ……彼女は、かなり手広く馬券を買うみたいですね。さて、今週はどうなることか、皆さんもご注目ください。それでは今日の講義を終わります。(この項終わり)


 ※駒木博士の“勝利宣言”
 ジャパンカップダートと同じような、○−◎の的中でした。先行するはずのシベリアンメドウとバランスオブゲームが差しに回って、中位から差すだろうと思っていたカフェボストニアンが先行した時はどうしようかと思いましたが、何とか形だけは整ってくれました。辛勝だったので、勝利宣言も湿り気味ですね(苦笑)
 残る平地G1は有馬記念。良いフィナーレを飾れるよう、今から研究に取り掛かりたいと思います。

 ※栗藤珠美の“喜びの声”
 やりました♪ ◎−○の完全的中です。スターエルドラードが伸びてきた時はちょっと怖かったですけど、それでも上位2頭の力を信じてましたよ。
 この調子で有馬記念も頑張ります。応援してくださいね♪

 

 


 

12月1日(土)集中講義・競馬学特論
「G1予想・阪神ジュベナイルフィリーズ編」

駒木:「G1レースがある週の土曜日は、競馬学特論として、レースの予想をやることにします。オープンキャンパスの時と同様、競馬学特論では助手の珠美ちゃんと一緒に講義をやってゆきます」
珠美:「ハイ。皆さんよろしくお願いします♪」
駒木:「さて今週のG1は、中央競馬唯一の2歳牝馬G1・阪神ジュベナイルフィリーズだね」
珠美:「阪神競馬場の芝1600m、来春の桜花賞と全く同条件で争われますので、その行く末を占う上でも重要なレースになりますね。事実、去年の勝ち馬は、後の桜花賞馬・テイエムオーシャンですし」
駒木:「でも、波乱に終わる年も多いから、扱いが難しいレースでもあるよね。当然、予想も難しいレースでもあるね」
珠美:「ハイ。では、出馬表をご覧頂きましょう」

阪神ジュベナイルフィリーズ 阪神・1600・芝

馬  名

騎手

    シーバスビコー エスピ
    アローキャリー ファロン
  × オースミコスモ 常石
    チャペルコンサート 熊沢
    ミニーチャン 松永幹
    ワイドパッション 渡辺
ヘルスウォール デムーロ
× × タムロチェリー ペリエ
× ブライアンズイブ
    10 シェーンクライト 福永
11 キタサンヒボタン 須貝
    12 カネトシディザイア 池添
    13 オメガグレイス 蛯名
14 マイネヴィータ 中館
    15 テイエムハーバー 宝来
    16 フォルクローレ 四位
    17 マイネノエル 河内
× 18 ツルマルグラマー 武豊

珠美:「あら、私と博士では、印をつけた馬はほどんど一緒なんですけど、印の種類が全然違いますね」
駒木:「うん。今回はかなり“狙って”印を打ったんでね。珠美ちゃんの印はオーソドックスな打ち方をしてるみたいだから、珠美ちゃんの印の順に展望していこうか」
珠美:「ハイ。では私の本命、6枠11番のキタサンヒボタンから。デビュー以来4戦4勝、前走の重賞・ファンタジーS(G3)を勝っての参戦になります。出走馬の中ではダントツの実績と勢いがあると思うんですが、博士は○印なんですね」
駒木:「確かに、常識的に言えば、◎を打たなきゃいけない馬だとは思ってるんだけどね。でも、どうにも騎手が気になって仕方が無い
珠美:「須貝騎手、ですね?」
駒木:「そう。正直言って、大きなレースでは、あまり活躍していない騎手なんだ。大レースの人気馬にマイナー騎手っていうパターンは、波乱が起きるケースがとても高い。やっぱり平常心じゃいられないんだろうね。それに前走のファンタジーSは、騎手の技量が関係ないくらい楽に勝たせてもらってるだけに、今回シビアな戦いになった時、余計に不安がつきまとう。まぁ、実力は文句ナシに最右翼だから、今回も楽勝してしまう可能性も十分あるよ。でも、こればっかりはギャンブルだから仕方が無い。僕は勝てない方に賭ける」
珠美:「…分かりました。では、次はヘルスウォール。私が○印で、博士が△印です。私は休み明け2走目での変わり身に期待しました。前走は調教不足気味のようでしたし」
駒木:「問題は地力だね。2走前のオープン勝ちをどれだけ評価するか。どうもそれほど強調できるレースでもないような気がするんで、評価を下げたんだ」
珠美:「印が違うから当たり前なんですけど、今日は全然意見が合いませんね(苦笑)。では次はツルマルグラマー。絶対不利の大外枠ですけど、私は前走2着を評価して▲に。博士は×印ですね」
駒木:「一応印は打ったけど、多分馬券は買わない。まず、阪神1600mの大外18番枠は致命的。それに、どうも前走は上手く行き過ぎた感じがするんだ。人気している割には、ちょっとリスクが高すぎる感じがする」
珠美:「私のお奨めの馬、全部文句をつけられてしまいました(苦笑)。では、次からは立場逆転。私よりも博士の評価が高い馬が続きます。まず、私が△印で、博士が▲印のマイネヴィータ。物凄く強い馬かも知れないですけど、不安定な要素が多すぎるので、私は順番を下げたんですが……?」
駒木:「本当は◎にしようかとも思ったんだよ。でも、珠美ちゃんの言う通り、確かに不安定要素が多すぎる。かなり前の方で競馬をする馬だから、展開もちょっと向かない感じだし。ナリタブライアンの仔だから頑張ってほしいんだけどねえ」
珠美:「では、次は博士の◎印、ブライアンズイブです。私は、念のため、という感じの×印なんですけど、これはどうして?」
駒木:「さっき、ヘルスウォールの時に、地力を疑問視して評価を下げたって言ったけど、今度は逆。前走の3着をかなり重く見た結果がこの印につながったということ」
珠美:「でも、デビュー間もない頃の成績が随分悪いように思えるんですけど…?」
駒木:「夏場の成績が悪いことなんて、ブライアンズタイム産駒では頻繁にあることだし、しかも厩舎は、レースを使いながら仕上げていくことで有名な大久保正陽厩舎だからね。あのナリタブライアンとは、同じ父馬で同厩舎の関係なんだけど、あの馬だって、2歳の夏から秋にかけては随分といいかげんなレースをしてる。それが一変して、一躍、一流馬へのステップを踏み出し始めたのが、12月の朝日杯3歳Sだった。そういうことを考えると、この馬だって、ここからサクセスストーリーが始まっても全然不思議じゃない
珠美:「なるほど、そういうわけなんですね」
駒木:「もっとも、サクセスストーリーが始まらなくても全然不思議じゃないんだけどね(苦笑)。ま、イチかバチかの穴狙いということで」
珠美:「分かりました。それでは私と博士が共通して印を打った最後の馬、タムロチェリーです。騎手は先週、博士がベタ褒めしていたペリエ騎手。私は騎手の名前で印を打ったようなものなんですけど」
駒木:「厳密な意味で言う差し馬の中では、一番力がある馬でね。開幕週の芝だから、なかなか追い込みは利かないと思うけど、やっぱり怖いね」
珠美:「では、有力馬最後の1頭、オースミコスモはどうですか? 博士は無印ですけど」
駒木:「怖くないといったら嘘になるけど、でも多分来ない気がするね。条件戦とG1じゃあ、何もかもが違うはずだし。典型的な『消える穴人気馬』とみている」
珠美:「ハイ、ありがとうございました。では最後に、私たちが実際に買う馬券を紹介しましょうか。私は7-11、11-18、7-18、11-14、9-11、8-11、3-11の7点です」
駒木:「外れる可能性が高いから、あまり買いたくないんだよね(苦笑)。まぁ、とりあえず、9-11、9-14、11-14の3点。あとは枠連4-5と、9-18を押さえるかどうか。悪いけど、自信無いね、今回は」
珠美:「というわけで、予想をお送りしました。皆さんも頑張ってくださいね♪ 博士もお疲れ様です」
駒木:「はい、珠美ちゃんお疲れ様。では、今日の講義はここまでにします。それでは、また明日」 (この項終わり)


 ※駒木博士の“敗戦の弁”
 ブライアンズイブのサクセスストーリーは、やっぱり始まりませんでした(苦笑)。狙いすぎだったかな、と反省。しかし、もっと反省しなくちゃならないのは、「多分買わない」と言ってた9-18の馬券を買ってしまったこと。
 ま、キタサンヒボタンを◎から蹴飛ばしたのだけは正解でしたね。ここぞという時には、やっぱり騎手の差が出ちゃうよなあ…

 ※栗藤珠美の反省文
 私が上位に推薦した馬、全滅状態になってしまいました……。
 今から思えば、博士から指摘されたウィークポイントが全部当てはまってることに気付いて、愕然としています、私。
 でも、その博士も的中には程遠い成績ですから、やっぱり今日のレースは難しかったんですよね……。
 また来週、頑張ります。

 


 

11月25日(日)競馬学特論
「G1プレイバック」


駒木:「さて、オープンキャンパスの講義だけれども、仁川経済大学らしく、競馬学でいこうと思います。今週は、ちょうどG1が2つあるジャパンカップウィークだったし、その2レースを振り返ってみよう、と。なお、競馬学特論の講義の時には、助手の珠美ちゃんにも手伝ってもらいます。それじゃ、挨拶して」
珠美:「ハイ。助手の栗藤珠美です。皆さん、どうかよろしくお願いします♪ でも、博士。実はこの講義では、昨日のお昼にジャパンカップ2レースの予想をする予定だったんですよね」
駒木:「そうなんだ。でも結局、昼は時間的に間に合わなかったし、夜もサーバーの不調で講義が出来ない状態になってしまったんだ。」
珠美:「2レースとも予想が的中したのに残念でした」
駒木:「でもまぁ、当たったって言っても、配当は安いしねぇ。人気サイドで終わったレースの予想記事ほど面白くない記事も無いから、結果的には良かったんじゃないのかな?」
珠美:「そうなんですか?」
駒木:「そういうことにしておこう。でないと、あまりの幸先の悪さに泣けてくるじゃないか」
珠美:「………ハイ
…(涙)

ジャパンカップダート 東京・2100・ダート

着順

(馬番)馬名

着差

1

(9)クロフネ

2

(8)ウイングアロー

 

×

3

(1)ミラクルオペラ

1/2

 

 

4

(3)ノボトゥルー

3/4

 

 

5

(4)プリエミネンス

1

 

 

6

(11)リージェントブラフ

1

 

 

7

(2)ワールドクリーク

1 1/2

8

(14)リドパレス

1 3/4

 

 

9

(10)ジェネラスロッシ

3/4

 

×

10

(16)ハギノハイグレイド

3/4

 

 

11

(7)ディグフォーイット

クビ

 

 

12

(5)ミツアキサイレンス

3

 

 

13

(6)オンワードセイント

4

14

(15)レギュラーメンバー

9

 

 

15

(12)アエスクラップ

6

 

 

16

(13)キングオブタラ

10

珠美:「2分05秒9のレコードタイムでクロフネの圧勝でした。強かったですね」
駒木:「強かったねえ。武豊JKも、全然上手に乗ろうと考えてないもの。外、外を回って、しかも早仕掛け。馬の走る気さえ損ねなければ勝てるって確信してたんだろうね。全盛期のホクトベガを髣髴とさせる圧勝だったね。…って、珠美ちゃんは世代的に知らないか」
珠美:「いえ。リアルタイムで見てたわけではないですけど、学生時代に講義で観ましたよ、ホクトベガの南部杯。アナウンサーが興奮して『女王様とお呼び!』って叫んだレースですけど」
駒木:「…………」
珠美:「……? 博士、どうかしました?」
駒木:「……あぁ。いや、女の子から『女王様と…』って言われると、ちょっとね(微笑)」
珠美:「……コホン(ちょっと赤面)。話を戻しましょう。
博士はクロフネに、本命じゃなくて対抗の○印だったんですね。これはどうしてだったんですか?」

駒木:「ん〜、同じように圧勝してた前走の武蔵野Sがね、ちょっと相手が弱過ぎたんじゃないかな、と。格下相手にレコードタイムで圧勝した馬が、次のG1で惨敗するって、結構あることだからね。まぁ、ここでも圧勝されたから、説得力は皆無になっちゃったけど」
珠美:「なるほど。…ええと、クロフネはこれからはどうなるんでしょう?」
駒木:「来年はドバイWCとブリーダーズCクラシックが目標だろうね。スピード競馬にも対応できるし、何より来年4歳で、まだ若い。ひょっとするとひょっとするかもしれないよ」
珠美:「そうですか。期待大ですね♪ ……それじゃ、次いきます。2着には、熾烈な競り合いを制してウイングアローが滑り込みました」
駒木:「ん〜、2着争いにはシビれたね。たかだか5倍チョイの配当のために大声が出た(笑)」
珠美:「私は、配当が安い方が(2着に)来ちゃって、別の意味で声が出ちゃいましたけど(苦笑)。ああ、そっか。博士はこの馬が本命だったんですね。私は他の馬に目移りして△印しか付けてなかったんですが…」
駒木:「本当の意味での実績は、やっぱりこの馬が一番だったからね。明らかにこのレースを目標にして仕上げてきたような感じだったし。ただ、今回は相手が悪すぎたとしか言いようが無いね。去年このレースを勝った時のパフォーマンスは見せているんだから。去年はクロフネがいなくて、今年はいた。それに尽きるね。この馬も強いよ」
珠美:「ハイ。じゃあ次に行きますね。3着はミラクルオペラでした。個人的に残念な着順です(苦笑)」
駒木:「典型的な昇り馬というやつだったね。実績は足りないけど、勢いが物凄いって馬。この手の馬は、大抵G1だと頭打ちになっちゃうんだけど、やっぱり少し足りなかったね。健闘はしてるから、これ以降の成長力如何では、ウイングアローと互角以上に戦えるようになるかもしれないよ」
珠美:「次は2頭いっぺんにいきましょう。4着はノボトゥルー。春のフェブラリーSを勝った後、不振が続いてましたけど、今日のレースは見せ場十分でしたね。5着のプリエミネンスも2着争いに参加してましたね」
駒木:「ノボトゥルー、調教も悪かったんだよね。2100mの距離も長いし、最後に失速したのは当然といえば当然なんだけど、やっぱりこの馬も力があるよね。プリエミネンスもよく頑張ってるけど、ゴール前に突き放された辺りに、格の差が出てる気がしないでもない」
珠美:「次は人気を裏切った有力馬について。アメリカ最強ダート馬と言われたリドパレスは8着でした。これはどうしたんでしょう?」
駒木:「クロフネが仕掛けて行った時に付いていけなかったものねえ。敗因としては、やっぱり日本と外国のダートの違いがあるでしょう。日本の場合、名前こそダートだけど、実際は砂、サンドコースだから。アメリカとかドバイのダートはスピード優先で、日本のダートはパワー優先。求められてるものが違うんだよ」
珠美:「あらら、それは可哀想でしたね」
駒木:「でも、クロフネは、そういう馬場で芝並みのタイムを叩きだしてるわけだからねえ。リドパレスの関係者も言ってたらしいよ。『13馬身も負かされたら、何も言う事はありません』って。本音じゃないかな、それが。アメリカの馬場で同じレースをやったとしても、1着クロフネ、2着リドパレスだね」
珠美:「馬場が半分、実力が半分ってことですね。それじゃあ、次は14着に惨敗したレギュラーメンバーなんですけど、これは実力負けじゃないですよね?」
駒木:「うん。3コーナー手前でバテてたからねえ。中途半端な位置取りになったとはいえ、いくらなんでも負けすぎだ。これは度外視して良いね。事実上のノーカウント」
珠美:「最後に、他の外国馬を総括してください」
駒木:「ジェネラスロッシは、力不足以前にデキ不足。調整の失敗だね。鼻出血も発症していたようだし。あとの2頭はダート適性かな? ヨーロッパの芝馬だから、力の要る日本のダートは向くかも、と思われたんだけど、全然ダメみたい。やっぱり馬場適性は一筋縄じゃ行かないね」
珠美:「ハイ。ありがとうございました。次は芝のジャパンカップの回顧に移ります」

ジャパンカップ 東京・2400・芝

着順

(馬番)馬名

着差

×

1

(6)ジャングルポケット

2

(4)テイエムオペラオー

クビ

 

×

3

(10)ナリタトップロード

3 1/2

4

(8)ステイゴールド

クビ

5

(1)メイショウドトウ

3/4

 

6

(7)ゴーラン

ハナ

 

 

7

(11)インディジェナス

1/2

 

 

8

(9)ホワイトハート

1 1/4

 

 

9

(13)ウィズアンティシペイション

3

 

 

10

(2)アメリカンボス

1

 

 

11

(15)ダイワテキサス

2

 

 

12

(3)ギャグニー

2 1/2

 

 

13

(14)パオリニ

ハナ

×

 

14

(5)トゥザヴィクトリー

大差

×

×

15

(12)ティンボロア

2 1/2

珠美:「なんと、日本調教馬が掲示板(上位5頭)を独占しました。これは史上初ですよね」
駒木:「そうだね。でもまあ、今年の外国勢のレヴェルとかを考えてみれば、それも納得できる結果なんだけれどもね」
珠美:「そうですか。それでは、また上位から1頭ずつ振り返ってください。まずは、1着のジャングルポケットから」
駒木:「なんだかんだ言って、結局、この馬の実力がオペラオー級だったってことに尽きるんだろうけど、1着になった要因とすれば、チャレンジャー精神だろうね。自分から勝ちに行かずに、勝ちに行った馬を負かすレースをしたんだ。それと、ペリエJKの騎乗技術。やっぱり凄いわ、この人」
珠美:「つまり、馬にも勝てる力はあるけれど、今回勝てたのは、騎手の力と時の運ってことですか?」
駒木:「そういうこと」
珠美:「では次、宝塚記念、天皇賞・秋に続いて、G1レース3連続で2着になったテイエムオペラオーです。私たち、2人とも◎印を打ってました。私は、素直にこれまでの実績を評価したんですけど、博士は?」
駒木:「こっちも似たようなものだけれど、敢えて言うなら、皆がオペラオーから浮気をし始めた頃だから、その逆を突いて。ギャンブルは、他人の裏をかくことが鉄則だからね。まぁ、一番人気だから、そこまで力説できるわけでもないんだが」
珠美:「それにしても、勝てなくなりましたね、オペラオーは」
駒木:「そうだね。でも、よく考えたら、今年春までの危なっかしい勝ち方よりも、随分と安定したレースをしているんだよ。確かに、ほんの少しずつ全盛期から衰え始めてるのかもしれないけれど、それでもまだまだG1を勝てる力は充分持ってるさ。ここしばらくは時の運に恵まれていないだけ。有馬記念に期待だね」
珠美:「分かりました。では、次は3頭まとめていきましょう。3着ナリタトップロード、4着ステイゴールド、5着メイショウドトウ
駒木:「ナリタトップロードは……。確かに3着なんだけど、全然勝ちに行ってないんだよねえ。言い方は悪いけど、オコボレを貰っただけってところ。それならむしろ4着のステイゴールドの方が見せ場十分だったね。ナリタは、渡辺JKがあんなレースをやってる内は、いくら頑張ったって勝てないね。2着も無理。あと、5着のメイショウドトウは、かなり道中で不利があったみたい。あれでリズムを狂わせたのなら、災難としか言いようが無いね」
珠美:「ナリタトップロードに関しては、ちょっと辛口の分析でしたね。じゃあ、あとは外国馬を。最高位は6着のゴーランでした。私は○印を打っちゃったんですけど、全然ダメでしたね」
駒木:「いくらなんでも体調が悪すぎたね。10年位前の日本馬なら、それでも相手になったんだろうけど、今の日本馬のレヴェルだったら、ちょっとお話にならないってところだろう。やっぱり凱旋門賞からジャパンカップってのは鬼門なのかな」
珠美:「他の外国馬はどうでしたか?」
駒木:「ほとんどが流れ込みだね。外国の準一流馬が、まともなレースをさせてもらえないなんて、日本の競馬のレヴェルが上がったんだなぁと、しみじみ思うよ。あと、ティンボロア、あのベイリーJKの騎乗は何だったんだろう? 引っかかった馬を追いかけて行くなんて正気の沙汰じゃないよ。ちょっと酷すぎだね。何か原因があったのかもしれないけれど」
珠美:「ハイ。以上で終了ですね。博士、ありがとうございました」
駒木:「珠美ちゃんもお疲れ様。さて、今日は『競馬学特論』として、真面目に競馬のレース回顧をやったわけですが、これはあくまでも色々ある講座の1つにすぎません。正式開講の折には、もっとバリエーションに富んだ、様々なカリキュラムを組んでゆきますので、どうぞよろしく。では、今日の講義を終わります」(終)


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