観戦レポート・全文掲載

 駒木さん! 凄いです! 凄い事が起こりました!!

 嗚呼、今日の“ビッグサプライズ”をどこからお伝えすれば良いのでしょうか……。どこから書いたら良いものか、判断に迷っている所です。昂奮のため、文脈などに乱れが生じるかも分かりませんが、その点はどうかご了承下さい。

 今、九段下駅近くの喫茶店でこれを書いています。今日あった事を全て書き出すとなると、相当の時間がかかると思いますが、ここで粘れる限りこれを書いて、なるべく身体の中に残った昂奮が冷めない内に駒木さんにお届けしたいと思います。

 以下に、お約束していた“観戦レポート”を記します。
 添付ファイルは、“熱戦譜”…つまり、結果、勝負タイム、決まり手の一覧表です。私が場内アナウンスを聞きながらメモしたものですので、正確さを書いているかも分かりませんがご了承下さい。
 あと、熱戦譜はいわゆる「ネタバレ」の塊のようなものですので、これを先にお読みになるか後にお読みになるかは、駒木さんの判断に委ねたいと思います。私個人の感情からすれば、熱戦譜は後に読んで頂きたいのですが、推理小説を結末から読まなくては気がすまない方もいらっしゃいますし、楽しみ方は人それぞれだと思いますので……


 最大のサプライズが発生したのは、トリプルメインイベント最終試合の選手入場シーンでした。
 安倍なつみの入場テーマが流れ出してどれくらい経った頃でしょうか。いつまで経っても入場してこない安倍を待ちわびた観客が騒然としてきた、その時でした。
 突然、鳴っていたテーマ曲が止むや、この日特設されていた巨大スクリーンに血まみれになった安倍の顔が大写しになったのです! しかもその顔は横向きで控え通路のコンクリート床へ何者かに踏みつけられていました。
 場内は怒号で渦巻き、半ばヒステリー状態になりました。私は観戦レポートを書くために、極めて冷静な精神状態でいましたので、何とか平静を保てましたが、これが普通の状態ならどうなっていたか分かりません。
 これから行われるはずのタイトルマッチはどうなってしまうのか。
 安倍なつみを踏みつけている暴漢の正体は誰なのか。
 いや、そもそも、どうしてこんな事になってしまったのか。
 不安、疑問、困惑といったネガティブな感情が、広い日本武道館のアリーナから3階席までギッシリ詰まった、超満員札止め12000人の心に影を差し込みます。その拒否反応が会場を異常な状態に陥れたのでしょう。
 その時、スクリーンの中の映像が、所謂“引き”に切り替わりました。安倍なつみを足蹴にしている“犯人”が衆人の前に露わにされた瞬間です。
 一瞬の静寂。
 その直後、物凄い「うおおおおおおぅ」という絶叫が武道館を揺るがしました。それは、12000人の悲鳴、怒号、歓声、あらゆる叫び声が奏でた異様なハーモニーでした。
 安倍なつみを流血に追い込み、足で顔をコンクリートの床に擦りつけていた暴漢の正体、それは−−−


 勘の良い方は、もうその“犯人が”お分かりかもしれません。
 しかし、この謎解きは、然るべき時のために一度置いておきたいと思います。ここで一度、時計の針を第1試合まで戻させていただきます。

◎第1試合・モーニング娘。新メンバーデビュー戦(20分1本勝負)
高橋愛&紺野あさ美VS小川麻琴&新垣里沙

 前回の新人デビュー戦(吉澤&石川VS加護&辻)に引き続き、新人同士によるタッグマッチです。前回の惨憺たる試合を直に見ている私としては、若干の不安は否めないものではありましたが、それでも対戦カードを眺めていると、何故だか好試合になりそうな予感がしてくるから不思議です。私の隣に座っていた男性客2人連れも、
 「この組合せ、絶妙だよな」
 といった感想を漏らしていた所を見ると、私と同じような考えを抱いた人間は意外と多いようでした。

 試合は大方の予想通り、地力で勝る高橋と小川が試合を引っ張り、それにお互いのタッグパートナーが喰らいつく、といった内容になりました。そしてこれも大方の予想通り、紺野が捕まってローンバトルを強いられるという展開に。
 小川のキレの有るキックが面白いように紺野のボディを捕らえます。紺野も反撃を試みたり、タッチをしようとしたりするのですが、その都度、小川や新垣がラフプレーを交えながらそれを阻止してゆきます。高橋は最初の出番の1〜2分以外はずっとコーナーに張り付けられた状態で、大半は紺野の3カウントやギブアップを防ぐためのカットプレーに終始するという有り様。
 これはベビーフェース(善玉)とヒール(悪役)に分かれたタッグマッチで良く見られる光景ではあるのですが、それをこの日デビュー戦の4人が務め上げているというのは、正直言って驚きです。観客の受けもかなり良く、ブーイングやカウント3寸前の時に起こる“重低音ストンピング攻撃”まで起こっていて、とても新人デビュー戦の第1試合とは思えない盛り上がり方でした。
 試合が動いたのは10分過ぎ。ついに紺野からのタッチに成功した高橋がリングに躍り出るや、相手の2人を文字通り蹴散らしていきます。長身から繰り出される打撃技や、しなやかなスープレックスが次々と決まってゆきます。あわやカウント3か? と思われたシーンも有りましたが、小川&新垣組の巧みなカットプレーに阻まれます。ローンバトルのダメージが残っていて、紺野の動きが鈍っていたのも影響していたでしょう。
 最後は、再びタッチを受けた紺野が小川のエグいダイビングフットスタンプの前に沈み、3カウント。その間、高橋を場外に釘付けにしていた新垣のさりげない働きも光っていました。

 やはり目に付いたのは、高橋と小川でした。特に高橋のスープレックスは新人離れしていたように思えます。この2人はこれからもライバル関係として、お互いを高めあってゆく存在になるのでしょう。
 新垣がやけにタッグマッチに馴染んでいたのは意外でした。ひょっとしたら、シングルよりもタッグの方で映える選手かもしれません。
 それと紺野。やはり力量差は如何ともし難く、良い所はほとんどありませんでしたが、それでもこの試合を成功させたのは、彼女の粘り強さであったことも事実です。しばらく苦労する期間が続くでしょうが、落ちこぼれが大化けして歴史を築いてきたのがモーニング娘。です。今後の活躍に期待したいですね。

 

◎第2試合・ココナッツ・ミルク争奪マッチ(30分1本勝負)
  《カントリー娘。》りんね&あさみVSアヤカ&レフア《ココナッツ娘。》

 第1試合が好試合だったギャップもあるのでしょう、やけに散漫な印象を受けてしまいました。これならこっちが第1試合の方が良かったかもしれませんね。
 内容的にも書くべき事があまり無いので、割愛させていただきます。

 

◎第3試合・ミニモニ。2学期中間考査(30分1本勝負)
加護亜依&辻希美&ミカVS矢口真里&吉澤ひとみ&前田有紀 

 ミニモニ。のリーダーである矢口が、直接対戦することによってメンバーの成長を確かめる、という趣旨で行われたこの一戦。しかし、ミニモニ。の試合が普通の試合になるはずもなく、いつも通りの爆笑マッチとなりました。
 ロープに振っておいての、3人全員距離の合わない“全弾不発”合体ドロップキックや、相手の頭頂部ではなく爪先に命中する辻のカカト落とし、どう見ても自分の頭が先に落ちている“加護ジャーマン”など、ツボを押さえまくった珍技の連発で場内を大いに沸かせます。
 しかし、このままでは中間考査は欠点・落第です。最後くらいはビシッと締めてもらわなくてはなりません。
 そういう所でやってくれました。さすがは辻ちゃんです。
 辻が繰り出したのは、あの往年のコミックレスラー・ドン荒川の伝説上の必殺技・「サラ金固め」。技をかけられた相手の首が回らなくなる、というところから名付けられた関節技です。予想外の妙技に、前田がたまらずギブアップ。そこで歓声、そしてフィニッシュホールドがアナウンスされてからまた歓声。最後にキッチリと合格点を叩き出してくれました。

 

◎第4試合・敗者ハロープロジェクト追放マッチ(時間無制限1本勝負)
   
《メロン記念日》
村田めぐみ&斉藤瞳&大谷雅恵&柴田あゆみ
VS
稲葉貴子&北上アミ&末永真己&荒井沙紀
《シェキドル&稲葉貴子》

 第2試合と同様、なんとも締まらない試合になってしまいました。また、この試合は懸かっている物が懸かっている物だけに、まともな試合になりません。何というかシュートマッチの出来損ないのようなお粗末な試合でした。このカードを組んだ会社側の意図は、あえて彼女たちを極限状態に追い込んで、その中で光明を見出そう、といったところにあったのですが、残念ながら逆効果だったようです。相手の技を受けないだけならまだしも、それを反撃する自分の技もまともに決められないようではどうしようもありません。何故、彼女たちが、こんな条件のついた試合に臨まなければならなくなったのか、良く分かる気がします。
 試合は、なし崩し的に場外乱闘に雪崩れ込み、そのまま両軍リングアウト。規定により両軍プロジェクト追放、とアナウンスされました。彼女たちは涙ながらに再戦を懇願していましたが、果たしてどうなることか。もし再戦が認められても、このままでは今日の試合を繰り返してしまうだけのような気がします。

 

★トリプルメインイベント・1〜信念昇華〜
 
◎モーニング娘。リーダー争覇戦(60分1本勝負)
 飯田圭織  VS  保田圭

 この2人が、トリプルの1試合目とはいえ、シングルで武道館のメインを務めるという事実を目の当たりにして、私の眼にはこみ上げて来る熱い物がありました。
 初期メンバー5人の中で一番目立たぬ存在だった飯田、そして第1次追加メンバーとしてモー娘。に加入して以来、全く光の当らぬポジションで冷や飯を食わされつづけた保田。その2人が、地道に実績を積み上げ、こうして桧舞台に立っているという事実が、私の胸を打って止まないのです。

 試合内容も、ここしばらくで指折りの名勝負となりました。
 恵まれた体格を活かして、パワーで保田を追い込む飯田。その飯田の流れを巧みに断ち切りながら、試合そのものの流れは決してブツ切りにさせないテクニックを駆使する保田。
 めくるめく技の応酬を、私たちは時の経つのも忘れて魅入っていました。気がつけば、試合時間は30分…40分…50分…と経過していきます。経過した時間を告げるアナウンスが入るたびに客席からどよめきが起こります。
 残り試合時間1分を切って、保田が関節技で勝負に出ました。飛びつき腕ひしぎ逆十字です。しかし、飯田はそれを強引に振りほどくや、豪快な超急角度のジャーマンスープレックスを決めます。どう考えても3カウント級の威力だったのですが、カウントが2つまで数えられた所でゴング。時間切れの引き分けです。
 60分に及ぶ激闘を終え、汗だくになった両者が抱き合って健闘を称え合います。場内から万雷の拍手。トリプルメインの1試合目は、見事なハッピーエンドで終わりました。
 ああ、この試合で今日の武道館が終わってくれれば、私たちはどれだけ幸福な気持ちで家路に着くことが出来たでしょうか……。
 ですが、試合はまだ続くのです。
 運命の時は迫っていました。

 

★トリプルメインイベント・2〜執念炎上〜
◎ツインスター・オブ・ハロープロジェクトタイトルマッチ(60分1本勝負)
(王者組)石川梨華&松浦亜弥VS中澤裕子&平家みちよ(挑戦者組)

 新調された黒一色のコスチュームに身を包んで、石川組が入場。通路に群がるファンを掻き分けながら、リングへと歩を進める2人の表情は、いつに無く険しいものがありました。
 一方、そんな2人をリングの上で待ち受けるは、余裕綽々と言った感じの元王者コンビ。
 入場シーンを見る限り、どちらがチャンピオンチームか分からない、というのが実感でした。もし石川と松浦の腰にベルトが巻かれていなかったら、本当に混乱してしまう所だったでしょう。
 そんな4人のたたずまいを眺めていると、「挑戦者チーム攻勢の試合展開」という言葉が頭をよぎります。ひょっとしたら、意外とアッサリと中澤組の王座復帰なんてこともあるかな、などと考えていた、そんな矢先の事。
 ベルトを返還し、これからボディーチェックという所で、なんと石川組が突然、中澤と平家に飛び掛かるではないですか! まさかの奇襲攻撃です!
 まず合体のショルダータックルで平家をコーナーポストにブチ当てて、動きを止めるや、中澤にはダブルのドロップキックを浴びせて場外に叩き落した後(ここでようやくゴングが鳴りました)、なんとノータッチトぺの2連発! 場外フェンスに激しく体を打ちつけた中澤はこれで戦闘不能状態に陥ってしまいました。
 リングに戻った王者組の2人はフラフラとリングの中央に棒立ち状態の平家に、初公開となるサンドイッチ・アックスボンバー! そしてダウンした平家を、松浦が足から肩に担ぎ上げるや、石川がトップロープへ。そう、まさかまさかのダブルインパクトです!!
 それをまともに喰った平家は完全にK.O.状態。すかさず石川が平家に覆い被さります。ゴングが鳴った時点で、挑戦者組の内、リングにいたのは平家しかいませんでしたから、当然試合の権利は彼女にあります。その彼女がフォールされているわけですから………
 騒然とした空気の中、カウント3。勝負タイムは僅か1分03秒。フォールする時間を除けば、1分で中澤と平家の2人を完全にK.O.させたことになります。
 正直、これには吃驚させられました。と、いうよりも、どうしてこの強さをこれまで隠していたのだろう、という疑問の方が大きかったかも知れませんが。
 数分前に手放したばかりのベルトを、再び手中に収めるや、石川と松浦は記念撮影を拒否して、足早にリングを後にしました。2人の顔は依然険しいまま。一体2人に何があったのだろう? と、私は訝しまずにはいられませんでした。
 しかし数分後、私は根本的なところから間違えていたことに気付かされたのです。
 彼女たちに何があったのか、なんて考える必要は無かったのです。
 彼女たちには何も無かったのです。いや、何かあったとするならば、その対象は、昨日までの彼女たちだったのでしょう。
 この時、私の中の世界観が、音を立てて崩れていくのを自覚していました。

★トリプルメインイベント・3〜情念決着〜
 ◎クイーン・オブ・ハロープロジェクトタイトルマッチ
※ストリートファイトデスマッチ・ルール(反則・リングアウト裁定なし)
(時間無制限一本勝負)
 <女王>後藤真希  VS  安倍なつみ<挑戦者>

 QOH(クイーン・オブ・ハロープロジェクト)初代女王・安倍なつみ。
 振り返ってみれば、彼女ほど不運なチャンピオンはいなかったでしょう。
 モーニング娘。そしてハロープロジェクトの黎明期、今よりも随分と全レヴェルの低い
選手層の中、1人気を吐いていたのが安倍なつみでした。QOH王座の防衛を重ねるも、試合内容を酷評されたり、「観客動員に結びつかないチャンピオン」と非難されたり、正当な評価をされないまま、孤立無援の奮闘が続きました。
 1年以上の孤軍奮闘の後、ついにモー娘。がブレイクしました。しかし、その時の彼女の役回りは、初代QOH女王ではなく、「後藤真希の噛ませ犬」だったのです。
 デビュー戦、いきなりメインイベント(6人タッグマッチ)に抜擢された後藤と相対した安倍。普通ならここで現役女王の貫禄と意地を見せつける場面だったのですが、運命は残酷でした。
 結果は、安倍がまさかのフォール負け。その結果を受けて急遽行われたタイトル戦でも敗れ、王座創設以来守り抜いてきたQOHのタイトルを失いました。その後のリターンマッチでも敗れた安倍は、その後、表舞台からしばらく姿を消します。
 一時期は体調も崩し、試合も休憩前の前半戦に出場することも多くなりました。口さの無いファンから「安倍はもう終わった。あとは引退するだけだ」などといった陰口が叩かれたのもこの頃です。
 そんなすっかり澱んでしまった悪い流れが、良い方向に変わり始めたのは、今年の春になってからでした。
 安倍の動きが、誰の目にも良くなっているように見えました。そしてそれは真実でした。気がつけば4月以来、シングル8連勝。ついにはノンタイトル戦ながら女王・後藤相手にも勝利を収め、ついに約1年ぶりにQOH王座の挑戦権を獲得したのです。 
 そして今日、安倍なつみが再び表舞台のトップに立つ日がやってきたのです。しかし………
 その舞台は土足で踏みにじられたのでした。


 特設スクリーンに大写しになった、血塗れた顔の安倍の顔を踏みつけるその暴漢が、誰であるか判った瞬間の衝撃を、どのように表現すればいいのでしょうか、私には分かりません。

 もうそれが誰であるか、お分かりになった方も多いと思います。
 安倍を襲った暴漢、それは石川梨華でした。
 彼女の手には、いつ用意したのか、長さ3mはあろうかというチェーンが握られていました。そして空いた方の手でスクリーンと繋がっているTVカメラを指差し、叫びます。
 「オイ、ゴッチン、聞いてるか! 挑戦者にふさわしいのは、こんなのじゃなくて、アタシだ! 代わりにアタシが相手になってやるからな、いいか、今すぐ出て来い、オラァ!」
 まさかの石川・ヒール転向です!
 この時の客席の雰囲気が、これまた表現不可能な異様なムードでした。驚きと戸惑いが頂点に達すると、人間というのは思考能力がゼロになってしまうものなのですね。
 そんな中、ストリートファイト仕様・アーミールックの後藤が入場テーマもなしに登場して来ました。ベルトを腰に巻いた姿でリングに上がり、仁王立ちします。それは無言の対戦受託宣言でした。

◎クイーン・オブ・ハロープロジェクトタイトルマッチ
※ストリートファイトデスマッチ・ルール(反則・リングアウト裁定なし)
(時間無制限一本勝負)
 <女王>後藤真希  VS  石川梨華<挑戦者>

 石川の入場テーマが鳴り響きます。
 青コーナー側から姿を現した石川、傍らにはタッグパートナーの松浦亜弥です。彼女は木刀片手です。
 この時、私は思わず「あ!」と叫んでしまいました。
 今から行われる試合はストリートファイトデスマッチ。レフェリーが、命に関わると見なしたもの以外の反則は、事実上認められるルールです。ということは、この試合に松浦が乱入、いや、もっと言えば後藤VS石川&松浦のハンデキャップマッチ状態になったとしても、試合は続行されるではないですか! 
 そうです。石川は、この時を待ち構えていたのです。自分が難なくQOH王座を手に入れることが出来るこの時を。

 試合は私の予想通り、一方的なものでした。
 試合の体を為していたのはほんの数分。あとは松浦亜弥が公然と試合に加わり、1対2の状況に。レフェリーは勿論止めに入りますが、レフェリーへの暴行も反則負けの対象にならないのですから、どうしようもありません。後藤は奮闘空しく、やがてフラフラの状態になってゆきました。
 観客を無視した試合内容に怒号の響き渡る中、石川はチェーンを後藤の首に巻くや、トップロープを定滑車のように利用して、いわゆる“チェーン絞首刑”へ。さすがに反則負けが告げられてもおかしくない状況でしたが、その前に後藤が試合続行不可能となり、「失神K.O.」の裁定が下ってゴング。勝負タイムは10分に2秒足らずの9分58秒。あっという間の王座強奪劇でした。

 いや、ドラマはまだ終わりを告げていません。
 試合終了後、石川と松浦はレフェリーを場外へ突き飛ばすと、どこに用意していたのか、なにやらガラス製のビンを取り出し、中に詰めていた液体を失神している後藤にかけ始めました。車の給油中に嗅いだ覚えのある嫌な臭い。そう、中身はガソリンだったのです!
 ビンの中身が少なくなると、石川は、なんとそのビンの中身を自分の口に含ませました。そして、松浦からライターを受け取ったじゃありませんか! 石川は、後藤に向かって火炎放射をするつもりなのです!
 ああ、なんてことをするんだ! 後藤が燃やされてしまう!
 と、そこへ、疾風のごとく姿を現した人影がありました。その人物は通路をリングまで全速力で駆け抜けると、素早くトップロープに立ち、今まさにライターの火を点けようとしていた石川に向けてフォームの整った綺麗なミサイルキックを浴びせます。石川はもんどりうって場外へ転落してしまいました。どよめく場内。そして、その後藤を救った人物が、今日デビューしたばかりの高橋愛だということが分かると、どよめきは頂点に達しました。ニューヒロインの誕生を12000人が大いに称えます。
 そんな彼女に罵声を浴びせたのは松浦亜弥でした。
 「アンタ、何? 新人は引っ込んでなさいよ!」
 それを切り返した高橋の一言が強烈でした。
 「うるせえ! お前の歌は歌い難いんだよ! 第一、涙色って何色だ、このヤロウ!」
 会場大歓声です。一言で観客を持っていってしまいました。恐るべき新人です。
 この高橋の一言を合図にして、松浦と高橋の乱闘が始まりました。それを止めるため、大勢のメンバーがリングに集まります。当然、そのほとんどが高橋の味方につく恰好になりましたが、そこへ遅れて吉澤がパイプ椅子を持って現れるや、それを高橋に振り下ろすではありませんか! なんと吉澤も石川グループの隠れメンバーだったのです。もう、リング上は収拾のつかない混乱状態になってしまいました。
 どうやってこの状況を収めるんだ、と私が途方に暮れていると、今日の「真打ち」が漸く姿を現しました。頭に血染めの包帯を巻いた薄幸の美少女。そう、安倍なつみです! 彼女は襲撃を受けた後、医務室で応急処置を受け、リングの混乱を知るや、傷口がまだ塞がらない状態で飛び出してきたのです。
 自分の晴れ舞台を、そして今日の武道館大会をぶち壊されたことで、安倍の怒りはまさに怒髪天を突く、といった有り様でした。混沌のリングに雪崩れ込むや、リング上に残っていた松浦と吉澤に痛烈なジャンピングハイキックを叩き込みます。リングサイドに座っている私の席まで、めりっ、という鈍い音が響き渡る強烈な一撃。たまらず2人は場外に逃れ、同じく場外に逃れていた石川と共に、悪態を突きながら控室に消えてゆきます。石川の右手にはチェーン、そして左手にはQOHのベルト。今日起こったことの全てが、石川の姿に集約されている気がしました。
 悪役の去ったリングでは、安倍、高橋、そしてようやく意識を取り戻した後藤が固い握手を交わします。3人によるスーパービジュアルユニットの誕生です。ヒール転向を果たした石川グループの3人と共に、これからのハロープロジェクトはこの6人を中心に動いてゆくのは間違いないようです。
 両軍フルメンバーによる6人タッグは勿論のこと、石川&松浦VS後藤&安倍のツインスター戦や、石川VS安倍または後藤のQOH戦など、魅力的な対戦が多く期待できそうで、非常に楽しみです。


 いかがでしたでしょうか? 拙文失礼致しました。
 また、何か大きな大会があれば、また駒木さんにお知らせしたいと思います。それでは、また。
 

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