「社会学講座」アーカイブ

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講義一覧

1/27(第85回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評・分割版」(1月第5週分・合同)
1/22(第84回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評・分割版」(1月第4週分・合同)
1/20(第83回) 
人文地理「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(3)
1/16(第82回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評・分割版」(1月第3週分・合同)
1/11(第81回) 
人文地理「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(2)
1/7(第80回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評・分割版」(1月第2週分・合同)
1/5(第79回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評・分割版」(12月第5週/1月第1週分・合同)

1/2(第78回) 
人文地理「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(1)

 

2004年度第85回講義
1月27日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評・分割版」(1月第5週分・合同)

 現在「コミックアワード」の準備で大忙しの駒木研究室ですが、レギュラーの講義も落とせないという事で、とりあえずゼミを実施しておきます。

 さて、今週では、通常のレビューとチェックポイントの他、一足先に「コミックアワード」部門賞の最終ノミネート作品を発表させて頂くことにしました。これは、今年の「コミックアワード」では、クオリティ面ではノミネートに全く問題ないものの、授賞の妥当性の面からノミネートを見送った方が賢明…という作品が複数ありまして、これは先に公表して事情を説明しておくべきかな…と思った次第であります。
 また、賞レースならではの、ノミネート作品から受賞作を予想する楽しみというものを、もっと皆さんに味わって頂こうという狙いもあります。まぁ予想が当たった所で何の自慢にもならない話になると思いますけどね(笑)。

 ……そういうわけで、今週のゼミは通常よりボリューム多目でお送りします。ではまず、いつも通りのレギュラー企画からお送りしましょう。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報 

 ◎「週刊少年ジャンプ」では次号(9号)『征次郎の道』作画:長友圭史)が掲載されます。
 この作品は、04年10月期「十二傑新人漫画賞」の佳作・十二傑賞受賞作品です。長友さんは00年11月期に当時の月例賞・「天下一漫画賞」で最終候補に残っており、“新人予備軍”歴4年でのデビューとなります。しかし、それでもまだ23歳というのですから、やはり「ジャンプ」の新人さんは若い人が多いですね。 
 

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…2本
 「ジャンプ」:読み切り1本
 「サンデー」
:新連載1本

 ※7段階評価の一覧表はこちらから(←今週、少し加筆してます)。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2005年8号☆

 ◎読み切り『多摩川キングダム』作画:風間克弥

 作者略歴
 78年9月22日生まれの現在26歳。
 02年9月期の「天下一漫画賞」で最終候補
に残り“新人予備軍”入りした後、「赤マル」03年春号にて『ドスコイン〜遊星から来たあんちくしょう〜』でデビュー。
 
その後、「赤マル」04年冬(新春)号04年秋発売のギャグ増刊にそれぞれ読み切りを発表し、今回が週刊本誌初登場。
 なお、今作はギャグ増刊掲載作品と同タイトル・同設定の作品。

 についての所見
 昨秋発表の作品と比べると、これでも表情やポーズの不自然さが少し改善された(ボロが出なかった?)ような気もしますが、それ以上に画力全般の拙さが目に付いてしまう現状ですね。主人公の顔からして、場面ごとで輪郭から形が合わない超低予算のアニメ状態では……。
 あと、背景処理や動的表現といった作画の基礎的な部分にも課題が山積みで、いくらギャグ作品としても、この画力では若干の減点材料とせざるを得ない水準でしょう。

 ギャグについての所見
 結論から先に言えば、ギャグマンガを構成するあらゆる要素が中途半端な作品になってしまっています。ギャグ作品としての体裁は一応保たれているのですが、その中身の出来に関しては疑問符を山ほど付けざるを得ません。
 まず、前フリでコマ数・ページ数を消費し過ぎてネタの密度が薄くなってしまっていますね。しかも、その割に肝心のギャグの“間”が性急で、文字通りネタが上滑りしている場面が数箇所で見受けられます。
 また、ネタはビジュアルで見せる“出オチ”中心のモノが多かったですが、画力不足もあって狙い通りのインパクトが生み出せたとは言い難いデキ。ましてや“出オチ”以外のネタの中にはギャグになっていないのではないかと思えるのもチラホラと。例えば腕とボールを大きくして思いっきりブン投げるというだけの行為に3ページ使ったのは、一体何を意図したものだったのでしょうか。恥ずかしながら駒木の理解能力の限界を越えていた1シーンでありました。
 そしてずっと以前からの欠点であるツッコミの弱さも“健在”で、ただ驚くかボケの内容を説明するだけで終わっています。これでは“料理”次第では笑えるかも知れないボケでも、全く活きて来ないのではないかと思うのです。

 ……何と言いますか、ギャグで笑わせる以前に所定のページ数を埋めるのに必死…という風に感じられてしまう作品でした。2本立て・37ページというのは如何にも酷だったような感じですね。

 今回の評価
 ちょっとこれは「無残な完成度」と申し上げる他ないですね。一応、形ばかりはギャグ作品になっているということで評価はC寄りB−としますが、今回の週刊本誌進出は余りにも無謀なチャレンジだったとしか。

◆「ジャンプ」今週のチェックポイント◆ 

 さて、先週から急展開で大注目だった『DEATH NOTE』ですが……。
 今回で一気に進んだタネ明かし、個人的には“アウトにしたいギリギリセーフ”といった感じでした。記憶喪失以後のストーリー展開を、記憶喪失以前に遡って全部予測していた事にする…というのは、言葉を選ばずにズバリ言ってしまえば「ズルい」と思います。それやっちゃうと何でもアリになってしまうんで。まぁ確かに、この修羅場でそういう手段を思いつくという悪魔的な発想力は相変わらず素晴らしいのですけれども。
 この“計画通り”の件の他、ノートの所有権の遣り取りについても、読み手によって評価が分かれそうな気がします。何となくですが、本格ミステリが好きな方はこういうものも好きそうな気がしているのですが、どうでしょう?

 ……今週は個人的にはやや低調な号だった感じでしょうか。あ、でも『いちご100%』を最終ページまで読んでから3ページ素っ飛ばして、『HUNTER×HUNTER』のフェイタンぶち切れシーンに繋げて読むと、何だか知りませんが気持ちがスカッとしました(笑)。

☆「週刊少年サンデー」2005年9号☆

 ◎新連載『兄踏んじゃった』作画:小笠原真

 作者略歴
 77年12月19日生まれの現在27歳。
 04年6月期の「サンデーまんがカレッジ」で努力賞を受賞
して“新人予備軍”入り。今回、デビュー作がいきなりの週刊連載という大抜擢。

 についての所見
 人物の顔〜上半身のアップを見ていると達者に見えるのですが、全身を描いた時にはバランスが悪くなり、動的表現は不自然で、ロングショットの教室風景には遠近感がありません。そういう部分も含めて壮大なネタという可能性も無きにしも非ずですが、少なくとも今回の絵だけで判断するとすれば、「ギャグ作品としてなら何とか及第点」…といったところでしょうか。

 ギャグについての所見
 全力を挙げてネタの密度を上げ、良いテンポを維持し、ビジュアルで見せるギャグと言葉のギャグを両立させよう…という気持ちは十分に伝わって来る作品です。ただ、伝わって来るのが気持ち“だけ”になっているのが残念なのですが。
 物足りなく思える最大のポイントはボケの弱さと、それに対するツッコミが律儀すぎる所でしょう。ギャグ作品の出来事として、大して変わった事をしているわけではないのに、それをいちいちツッコミで1つのギャグに成立させようと頑張り過ぎているため、得も言われぬ“無理矢理感”が全てのページから滲み出てしまっています。
 ボケの畳み掛けにしても、畳み掛けるボケが後になればなるほどインパクトが弱くなってゆくため、それに対するツッコミも尻すぼみになってゆく悪循環に。結果として、「ただボケとツッコミという一連の作業を繰り返した」…というような状態に陥ってしまったのではないでしょうか。

 見たところ、正統派のボケ&ツッコミよりも、もっとシュール系ギャグの方が向いてそうな作風に思えますので、一度そういうギャグも試してもらいたいところです。「サンデー」はギャグ作品の短期打ち切りは滅多にありませんし、また、分かり易すぎるギャグがお好きな人が編集長から左遷された事ですし、色々試すだけの価値はあると思うのですけれどね。

 現時点での評価
 現時点においては、やはり失敗作と言わざるを得ず、評価はB−とさせて頂きます。

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 巻頭から嫌事を言いたくなる作品が4色カラーで登場してますが(笑)、「ジャンプ」に続いてあんまりネガティブな事を言い過ぎるとアレですのでパスします。同じ理由で短期集中連載作品掲載順ケツから3番目の作品についても、苦言を啓上するのは次回以降という事で。

 ……というわけで、今週は『いでじゅう!』をピックアップ。類稀なるギャグの才能を埋もれさせたまま、ヌルめの恋愛コメディを続けるのはモリタイシさん的にどうなんだろう? ……などと思いつつも、何気ない細かい仕草を描くことで心理描写までしてしまう卓越したセンスは、やっぱり素直に凄いんじゃないかと。
 この作品、何やかんや言っても、読んでて安心させられるんですよね。特にここ最近、ベテラン作家さんの手堅い作品が続々と終わってしまっただけに余計そう感じてしまうのですよ。ただモリさんの才能は、青年向け月刊誌辺りで『茂志田★諸君!!』のような先鋭的なギャグ作品を描いてこそ活きるような気がするので、その辺りは複雑なんですが……。

 ──というわけで、今週のレギュラー企画は物理的な事情もありましたがアッサリめに留めさせてもらいました。
 では、ここからは来週開催予定の「第3回仁川経済大学コミックアワード」の部門賞ノミネート作品発表に移りたいと思います。
 回を数える事、今年で3回目。こんな心底エエ加減なイベントではありますが、近頃は微妙な注目を集めるようになって来たようで嬉しい限りであります。各賞の受賞作・作家がかなりの確率で伸び悩んだり、「ラズベリーコミック賞」にノミネートされた新人作家さんがその後プッツリと命脈を絶つ…という後味の悪い賞ではありますが、今回もどうか何卒。

 さて、喋るにしてもネタ無しでは喋れませんので、早速ノミネート作品を発表させて頂きます。どうぞご覧下さい。

各部門・最終ノミネート作品
(優秀作品賞受賞作一覧・順不同)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀長編作品賞
『DEATH NOTE』作:大場つぐみ/画:小畑健
『スティール・ボール・ラン』作画:荒木飛呂彦
『あやかし堂のホウライ』作画:金田達也/原案協力:藤田和日郎

◆ジャンプ&サンデー・最優秀短編作品賞
『SNOW IN THE DARK』作画:叶恭弘
『ホライズン・エキスプレス』作画:中島諭宇樹
『雨女、晴れ男』作:長谷川尚代/画:藤野耕平
『PMG-0』作画:遠藤達哉
『賈允』作画:内水融
『スーパーメテオ』作画:高橋一郎) 

◆ジャンプ&サンデー・最優秀新人作品賞
『ホライズン・エキスプレス』作画:中島諭宇樹
『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所(増刊掲載版読み切り)作画:西義之
『PMG-0』作画:遠藤達哉
『スーパーメテオ』作画:高橋一郎

◆ジャンプ&サンデー・最優秀ギャグ作品賞
『無敵鉄姫スピンちゃん』(作画:大亜門)
『吉野君の告白』(作画:坂本裕次郎)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀新人ギャグ作品賞『吉野君の告白』(作画:坂本裕次郎)

 ──今回のノミネート作品選出は、純粋な作品のクオリティでは全く遜色無いものの、“授賞の妥当性”の観点から苦渋の選択を強いられたケースがありました。

 特に困ったのが短編作品賞。この部門では、『絶対可憐チルドレン』『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』というレビューの評価点上位2作品をノミネートから外すという事になりました。
 素直にノミネートさせていれば間違いなく最有力候補になったであろう作品ですので非常に迷ったのですが……。

 まず『絶チル』に関しては、

●昨年度に同タイトル・ほぼ同設定の読み切り作品が同じ部門にノミネート&落選しており、年度をまたいでの“再チャレンジ”は違和感が否めない。

●今回の短期集中連載作品は、1つの短編作品であると共に、05年春より連載開始予定の長編作品の第1話〜第4話という性質も併せ持っており、短編作品として表彰対象とするのは若干の疑問が残る。

●長編連載が決定している現在の状況において、『絶対可憐チルドレン』という作品の真価を問うには、長編連載版のクオリティを見て判断するのが望ましい。

 ……という3つの理由から、今回はノミネートを見送り、今春開始の長編連載でその真価を問う事にさせて頂きます。ただし、これだけの作品が2年連続で“無冠”というのも、それはそれで問題でもありますので、表彰式当日に何らかの形で特別表彰をしようと思っています。

 また、『ムヒョ』についても『絶チル』で3番目に挙げたのと同じ理由をもって、今回は短編作品賞のノミネートを見送りました。ただし、新人作品賞については、西義之名義のソロデビュー作品である増刊読み切り版こそがこの賞に相応しいという事で、最終ノミネートに挙げさせてもらいます。この辺は我ながらかなりファジーな判断なのですが、エエ加減な賞らしい微妙な匙加減としてご容赦願いたいと思います。

 あと、新人ギャグ作品賞についてですが、『無敵鉄姫スピンちゃん』は、プロトタイプ短編である『スピンちゃん試作型』が前年度に同部門を受賞していますし、同一作家が2年連続で“新人賞”を受賞するのもアレだと思いますのでノミネートから外しました。
 よって、この部門は1作品のノミネートになりますが、これは受賞決定というわけでなく、「該当作無し」という選択肢も残されていますので、ご承知置き下さい。なお、最終審査はこれから改めてノミネート作品を精読し、発表当日ギリギリまで熟考を重ねて決定します。

 ……というわけで、「コミックアワード」最終ノミネート作品の“発表会”をお届けしました。また受賞作予想や、“極私的受賞作”などを聞かせて頂けると幸いです。では、週明けのコミックアワード当日にお会いしましょう。

 


 

2004年度第84回講義
1月22日(土) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評・分割版」(1月第4週分・合同)

 コンディションも良いし、週2回講義でも大丈夫だ…などとタカを括っていましたらこの始末。「サンデー」だけならまだしも、「ジャンプ」のレビューを土曜日深夜にやってるようじゃいけません。
 来週はコミックアワードの準備でバタバタしますが、何とかゼミは滞りなく済ませたいと思ってます。どうか何卒。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報 

 ◎「週刊少年ジャンプ」では次号(8号)『多摩川キングダム』作画:風間克弥)が掲載されます。
 風間さんは「赤マル」03年春号でデビューしたギャグ系若手作家さんで、これが3度の増刊掲載を経ての週刊本誌初登場となります。今週の大石浩二さん&ポンセ前田さんと同じく昨秋発売のギャグ増刊からの抜擢となりますね。ただ、デビュー作から追いかけて来た立場からすると、やや時期尚早という感じがしなくもないのですが……。

 ◎「週刊少年サンデ−」では次号(9号)より『兄ふんじゃった!』作画:小笠原真)が新連載となります。
 小笠原さんは04年6月期の「まんがカレッジ」で努力賞を受賞していますが、増刊等での掲載歴は無く、今回が何と週刊連載でのデビューということになります。
 恐らくは今週限りで終了した『俺様は?』作画:杉本ペロ)の後釜なのでしょうが、ショートギャグ枠にしてもこれは異例の大抜擢。果たして実力は如何ほどか注目と言えそうです。

 ★新人賞の結果に関する情報

第20回ジャンプ十二傑新人漫画賞(04年11月期)

 入選=該当作無し
 準入選=該当作無し
 佳作=該当作無し
 十二傑賞=1編
(週刊本誌or増刊に掲載決定)
  ・『ママん

   吉たけし(24歳・熊本)
 《秋本治氏講評:絵は仕上げが丁寧で非常に好感が持てる。ただ、物語は引っ張る割に今ひとつパンチ力不足。意外性のある展開や衝撃的なギャグが欲しかった》
 《編集部講評:絵の読み易さ、ギャグの分かり易さは評価出来る。が、ギャグの密度が薄くインパクトも欠けていた。内容もパロディが多すぎで、もっとこだわりを持って欲しい。》
 最終候補(選外佳作)=5編

  ・『THE HAVES AND THE HAVE NOTS』(=審査員特別賞)
   伊万里裕介(21歳・滋賀)
  ・『斬るWEST!』
   平方昌宏(19歳・東京)
  ・『蜉蝣』
   山添泰平(22歳・東京)
  ・『start!』
   高山憲弼(23歳・大阪)
  ・『雪嵐』
   木住千夜(21歳・愛知)

 受賞者の過去のキャリアについては以下の通りになります(もしチェック漏れがありましたら、BBSでご指摘下さい)
 ◎最終候補の平方昌宏さん…04年3月期「十二傑」にも投稿歴あり
 ◎最終候補の高山憲弼さん…04年8月期&03年8月期「十二傑」で最終候補、03年2月期「天下一漫画賞」で編集部特別賞

 ギャグ作品が月例賞で最終候補の壁を突破するのは難しいのですが、今回は「十二傑」始まって以来初の十二傑賞受賞のギャグ作品が出ましたね。ただ、選評を見る限りでは、他の作品の水準もそれほど高くなかったようではありますが……。
 ともあれ、大半の若手ギャグ作家さんが代原作家で消えてゆく中、貴重な正規デビューの機会を掴んだのですから、これを是非とも今後の活躍に繋げて欲しいものですね。

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…3本
 「ジャンプ」:読み切り2本
 「サンデー」
:新連載第3回1本

 ※7段階評価の一覧表はこちらから(←今週、少し加筆してます)。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2005年7号☆

 ◎読み切り『おれたちのバカ殿』作画:ポンセ前田

 作者略歴
 
生年月日は未公開だが、「赤塚賞」受賞時の年齢から推測すると現在25〜26歳
 03年下期「赤塚賞」にて、水溜三太夫名義で佳作を受賞。その後現在のペンネームに改名し、週刊本誌04年33・34号に2週連続掲載された『機動球児山田 〜めぐりあい稲木〜』でデビュー。その後、04年秋発売のギャグ増刊で今作と同タイトルの作品を発表している。

 についての所見
 秋のギャグ増刊から中2ヶ月ということもあり、絵柄に大きな変化は見られませんでした。
 よって、指摘する内容も前回とほぼ同じとなりますね。ギャグ作品としては及第点の水準、しかし動的表現が甘く、背景の描き込みも少々不足気味。あと、そろそろ人物の表情のバリエーションを増やして欲しいかな…というところです。贅沢を言うならば、いわゆる出オチを効果的に表現出来るようなインパクトのあるタッチも使えるようになってもらいたいですね。

 ギャグについての所見
 ギャグ増刊の同タイトル作品同様、『魁!!クロマティ高校』の亜流ですね。ここまで似せるなら完全にパロディにしてしまった方が読んでて気持ち良いのですが、まぁその辺は大人の事情もあるでしょう(笑)。
 ギャグの方は、1つ1つのネタを吟味すれば見所も窺えるのですが、それ以上に相変わらずの内容の薄さが気に掛かります。1ページあたり3〜6コマのコマ割りにしては話の展開が淡々とスローモーなものですから、実際以上に密度の薄さを体感してしまうのでしょう。
 また、こちらも以前からの課題なのですが、ボケに対するツッコミが全般的に弱いですね。現状はボクシングで言うなら単調な大振りパンチの連続で、ギャグで大事な要素である意外性に乏しくなってしまっています。これでボケ→ツッコミ→ボケの畳み掛け…という、ジャブ、ストレート、フックのトリプルのようなコンビネーション・ギャグを意識して組み立てるようにすれば、もっと印象も違って来ると思うのですけれども。

 今回の評価
 評価は昨秋の増刊掲載時から据え置きでB寄りB−とします。週刊本誌の正規枠として大きく扱われるにしては物足りないデキだったのではないでしょうか。

 ◎読み切り『モグリ陰陽師 SAYMAY!』作画:大石浩二

 作者略歴
 82年7月14日生まれ現在22歳
 週刊本誌04年24号にて、代原掲載による暫定デビューを果たし、それ以後も26号、31号にそれぞれ代原掲載を果たしている。
 正式デビューは「赤マル」04年夏号。04年秋のギャグ増刊では4コマ作品を発表した。今回は正式デビュー以来初の週刊本誌掲載。

 についての所見
 こちらも中2ヶ月での“登板”という事で、前回のギャグ増刊から大きな絵柄の変化は認められませんでした。
 しかし、デビュー以来専ら4コマや1ページ作品を描いて来たためか、今回の通常のスタイルではコマの大きさに対して絵が小じんまりとし過ぎている感がありました。この辺は慣れの問題でしょうが……。
 あと、“間”のギャグを得意とする作風の大石さんにとっては、これも良い“味”になっているのですが、もうちょっと動的表現も磨いて欲しいかな…と思います。 
 とはいえ、ギャグ作品という事を考慮すれば、決して見苦しくはない絵ではないかと思います。後は、先ほども申し上げましたが迫力を持たせられれば更に良いですね。

 ギャグについての所見
 正式デビュー前の代原に比べると、格段の進歩が窺えます。
行き当たりばったりではなく、テクニックで狙った笑いを追及しようという貪欲な姿勢が窺えて好感が持てます。得意の“間”で笑わせるギャグの他に、ツッコミを読者に委ねる“ボケっ放し”のギャグ、シュール系のギャグなど、やや玄人ウケに偏っているものの、ギャグに随分とバリエーションが出て来ましたね。

 ただ、まだ1つ1つのギャグの練りが今一つ足りない印象で、不用意な“凡打”がまま見受けられました。特にツッコミのセリフが不発気味のまま終わる事が多く、この辺が今後の課題になるのではないでしょうか。
 あと、コマ割りが随分と無神経というか、「いかにも適当に割りました」と見える場面が目立つのも(本当は適当なんかじゃないんでしょうが、あくまで「そう見える」という意味で)残念でした。ギャグ作品の場合、同じネタでもコマ割り1つでクオリティが大違いになったりしますので、次回作以降では、その辺の配慮も怠らないようにしてもらいたいと思います。

 今回の評価
 評価は少々甘めですが、“瞬間最大風速”の強さとギャグセンスが徐々に洗練されて来た…ということでB+とさせて下さい。これで“打率”が9割以上になっていればAクラス評価なんですが。


◆「ジャンプ」今週のチェックポイント◆
 

 今週はやはり急展開の『DEATH NOTE』でしょうね。この作品の製作手法で「計画通り」とやるのは苦笑を禁じ得ませんが、見事な(良い意味での)ハッタリの効かせ方です。ライトの人格歪んだ顔も見事ですね。さすが小畑さんです。
 しかし、来週以降しばらくは色々な意味で目が離せない局面が続きますね。一歩間違えれば奈落の底というポイントをどのようにしてクリアしてゆくのか、興味は尽きません。

 あと、今週号では『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』も素晴らしいデキでした。ギリギリまで無駄な部分を削ぎ落とし、説明と描写を併用してページ数の浪費を防ぎ……といった具合で、ありとあらゆる方法を駆使して内容の濃さを追求し、それを見事に成功させています。
 また、クライマックスの盛り上げ方も申し分なく、余韻の残し方も良好。読み切り版から連載開始以後をも通じて、今回が最高のクオリティだったのではないでしょうか。正直、ここまでA−評価をつけた作品としては物足りないデキの回もあったのですが、今回でまた印象がガラリと変わりました。
 ……でも、こういう地味な努力がアンケートに反映されるかどうかとなると、微妙なんでしょうね。 

☆「週刊少年サンデー」2005年8号☆

 ◎新連載第3回『最強! あおい坂高校野球部』作画:田中モトユキ

 についての所見(第1回時点からの比較)
 特筆事項はありません。第1回の時に申し上げた通り、積み重ねたキャリアによって文句の付け所の無い絵であると言って良いでしょう。

 ストーリー&設定についての所見(第1回時点からの比較)
 第2回、第3回と、大目標の設定や主人公の周辺環境の描写など、着実に定跡に従った“布石”が次々と打たれていますね。能力のズバ抜けた主人公ら“シニア組”と、ザル守備の外野など“古参組”のギャップという後のエピソードの伏線となりそうな“置石”もあり、この辺りの組み立ては見事です。
 前作でもインパクト強烈な序盤をメイクしながらも、そこから一気に中弛みして見事に散った“前歴”がやや気になる所ではありますが、今の所は全く問題が無く、それどころか良作・傑作になる可能性も秘めていると言って良いでしょう。

 ただ、手放しで褒められない部分もあります。
 まず、前回から指摘させてもらっている登場人物のキャラクター面。これに関しては、ネット界隈での声を聞くと「上手くキャラ立ちさせている」という意見もあるようですので多分に主観的なジャッジという事になるのかも知れませんが、個人的には、まだ1人1人の個性が希薄で“動く記号”の域から脱し切れていないような気がするのです。現状でも必要最低限のレヴェルはクリアしていますが、作品で果たす役割以外に何か“人間”を感じさせるポイントが感じられれば、もっと良くなると思うのですが……。
 それともう1点。ストーリー展開が極端と言うか、ちょっと“読者にストレスを与えておく→主人公を活躍させて、ストレスの反動で大きなカタルシスを与える”…という図式を狙い過ぎているように感じられ、過剰な作為というか、あざとさのようなモノが見え隠れするのは如何なものかと。かなりの高望みではありますが、今少し緻密なストーリーテリングを期待したいのです。

 現時点での評価
 多少の懸念材料はありますが、現時点においては設定・ストーリー共に完成度は高く、評価はA−とします。前作が前作でしたので若干の不安は禁じ得ませんが、なかなかの好スタートを切る事が出来たようですね。
 次は第10回の時点で“チェックポイント”内で再評価をする予定です。

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆ 

 『俺様は?』が今週で最終回となりました。最後の最後で作者本人が「本当に最後までよく分かりませんでした」と発言しましたが、確かに2年も続いた割には掴み所の見出せない微妙なテイストの作品だったような気がしますね。
 明らかにベタなギャグ作品ではないのですが、かといってシュール・不条理といった感じでもなく、時には極度にマニア向けのネタが仕込まれている…といった感じで、駒木個人としても最後まで作品世界にハマれなかったなぁ…という印象です。
 最終評価は無難にということにしておきましょうか。

 さて、連載作品の中でまず目に付いたのは、“メイド國生”という、もしイラクに彼女がいたならば、アメリカが宣戦布告する理由として十分過ぎる正当性が確保出来たと思われる超ド級の大量破壊兵器が登場した『こわしや我聞』ですね。
 何と言うかもう、あざといにも程があるだろうという。こんなツッコミ所満載な作品が暴走する中で、どうして『かってに改蔵』は終わってしまったのかと思うと無念でなりません(笑)。ただ、ここまで國生さんに頼らないと、もうこのマンガはやっていけないのかと思うと逆に悲しくもなりますが。

 最後に巻末付近から『道士郎でござる』をピックアップ。
 ちょっと前の“馬に乗った侍様”ネタも凄かったですが、今回も下手なギャグマンガより強烈な展開に悶絶しそうになりました。不良と侍が物凄い形相で「エーリーターン、あーそーぼー」って、もう立派な不条理ギャグ作品ですな、これは(笑)。また、エリが持って来たのが遊び用のバドミントンセットなのがポイント高し。
 掲載順を見ると今にも壮絶な討ち死にをしそうで心配なのですが、何とか長期間この作品で楽しみたいものですね。

 ……といったところで今日はこれまで。
 来週は公務多忙の上にコミックアワード準備もありますので、通常の講義はゼミ1回だけになってしまうと思います。ご辛抱を強いる事になりますが、どうか何卒。

 


 

2004年度第83回講義
1月20日(木) 人文地理
「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(3)

 ◎前回までのレジュメはこちらから→第1回第2回

 タイトルとは裏腹に、未だコミケ前日の早朝で停滞している旅行記のお時間がやって参りました。前回などは、駒木の旅行記本文にではなく、順子ちゃんの余話に直リンクを張られる始末(笑)。いよいよこのデタラメな企画、主客も本末も何もかもが転倒し始めたようであります。
 ……しかし、そろそろ何とかしないと受講生の皆さんより先に駒木が飽きて来そうですので、ちょっとずつでもペースを上げてゆきたいと思います。今回は28日の午前6時頃、築地場外市場前からスタートです。レポート文中においては文体は常体、人物名は現地で実際にお会いした方以外は原則敬称略とします。


 築地は大雑把に言って“場内”“場外”の2エリアに分かれる。主に業務用の食材卸売をしている、いわゆる「築地市場」が“場内”で、そこに隣接して小売の店舗が所狭しと並ぶ商店街が“場外”である。
 こう言うと、まるで“場内”は一般人立ち入り禁止のような印象を受けるが、実は全くそうではない。地元の人は勿論のこと、駒木のような旅行者でも堂々と正門から入って行ける。中で買い物も出来るし、出入り業者用の食堂で食事も出来る。それどころか人気店には朝の6時、7時から行列が出来ているほどだ。
 この時期のこんな時間帯に人がズラリと並んでいるなんて、築地東京ビッグサイトぐらいなもんだろう。まぁ売ってる物は生モノ生々しいモノで大きく違うが。

 ……そんな東京23区内に存在する異次元空間・築地に、駒木は足を踏み入れた。“場外”は既に全ての店が営業中で、おせち料理の材料を買い求める地元の人や駒木のような観光客で道はかなりの混雑具合である。下調べした時に得た情報によると、年末は築地が最も混雑する時期とのこと。確かになるほど、と肯けるだけの人通りがある。
 “場外”は“雑多な条坊制”という表現が最適と言える設計が為されていて、広くない道路の両側に商店が軒を連ねる通りが東西方向と南北方向にそれぞれ何本か走っている。昔ながらの商店があったかと思えば、上品な佇まいの寿司屋があり、ふと斜め上を見上げれば回転寿司屋の大看板が悪趣味な電飾をキラキラさせている。食い物関連であれば何でもアリというコンセプトなのだろう。文字通り縦横無尽に自転車や小型車輌が人込みの間を縫って走ってゆく様子と併せて見ると、中国か東南アジアの市場に近い雰囲気なのかも知れない。
 銀座と築地を隔てる境界線代わりの広い表通りに面した一列には、スタンド式の簡易食堂が並んでいる。コーヒーとトースト・サンドウィッチの店の隣にはカレー屋、その隣にはラーメン屋、更に隣は丼屋…といった具合に和洋折衷も甚だしい。しかも朝6時を回ったばかりなのに、既に客足も順調だ。中にはどう考えても業者や地元の人とは思えない感じの人までいた。わざわざ築地まで来てスタンドで適当にカレーやラーメンを食うというのは如何なものなのだろうか。ここで敢えてジャンクな食事を摂るのが“通”なのか、それとも「宇多田ヒカルの歌よりも、だいたひかるの歌う『♪ど〜でもい〜ですよ〜』の方が好きです」という趣味嗜好の偏ったタイプの人もいらっしゃるという事なのか。

 さて、時間を相当持て余している駒木はシラミ潰しに“場外”を歩き回っていく。しかし気軽に1個単位で買い食い出来るような店はほとんどなく、本格的な食料品店ばかりなので少々ガッカリ。数少ない“その手”の店として有名なテリー伊藤の実家の玉子焼き屋は、何と朝6時半の時点で完売御礼だった。それにしても、始発で駆けつけないと買えない玉子焼きとは凄い話だ。
 そうして小一時間ほど“場外”を歩き倒しただろうか。新橋駅を出てから2時間弱、さすがに体がキツくなってきたので休憩場所を探したのだが、余り良い所が見つからずに、結局は早朝から営業していた近くのマクドナルドに入って腰を落ち着ける。コーヒーだけというのも馬鹿馬鹿しいので、ソーセージマフィンの朝マック。いつもならこれにホットケーキも付けるのだが、これから“本当の朝メシ”を食うというタイミングなので止めておいた。しかし、築地で朝マック食うなんて、スタンドでラーメン食ってた人を笑えないなぁ。まぁ確かに駒木も宇多田ヒカルの歌より、だいたひかるの芸の方が好きなクチではあるが。

 30分ほど道すがらのコンビニで購入した「週刊プロレス」最新号を眺めつつ休息を摂った後、いよいよ“場内”へ向けて出発する。“場内”は商店街のような“場外”とは違って原則的に業者エリアなので、その内と外は明確に区切りがされている。
 初めて訪れた旅行客(しかも方向感覚がジャイアン並に音痴な駒木)にとっては入口を探すだけでも結構骨が折れたが、それでも案内標識を参考にしつつ外周沿いを歩いていたら何とか正門に辿り着いた。警備の人が立ってはいるが、勿論見咎められる事もない。業務用車輌の間を縫うように歩いて、門から程近くにある、食べ物屋が並ぶエリアへと潜入する。
 そこには社宅か独身寮用のアパートのような2階建ての建物が狭い間隔でズラリと並んでおり、その決して大きくない建物の1階部分を10〜12分割して各店舗が入居している。当然、1店舗あたりの敷地は狭い。まるでワンルームマンションを無理矢理にカウンター式の食堂に改装したかのようだ。
 一通り店舗を見て回ると、やはり寿司屋を始めとする和食系の店が圧倒的に多い。次に多いのが喫茶店で、洋食系の店はやはり少数派。また、市場で働く人の生活エリアの一部という事で、キヨスクのような売店(公営の競馬新聞がやたら充実していたのは、さすが朝のお仕事)に雑貨屋、衣料品店(外国人観光客向けのお土産も売られていたのはご愛嬌)、また、食堂の2階部分には歯医者まである。ここも早朝から開業しているのかまでは、さすがに確かめなかったが。

 冬至を過ぎたばかりの寝坊気味の太陽も元気な姿を現す時間帯で、食堂エリアには豪華な朝食を求める一般客の姿が多く見受けられる。いくつかの人気店の前には10〜20人程度の行列が発生しており、寒空に放置された人たちは恨めしそうな顔でガラス越しに先客が温かい味噌汁をすすっている様子を眺めていた。
 本来なら駒木も「旅を実感するために敢えて…並ぶッ!」と、炎尾燃ばりに宣言して長蛇の列の最後尾に着くのであるが、実は駒木、今回の旅行で1つ強く心に決めていた事がある。それは、

コミケ会場以外では絶対に並ばない

 ……駒木は歩く事は(脂肪が燃えるので)嫌いじゃないが、並ぶのは本質的に大嫌いという典型的な関西人である。ただ、そんな駒木でも、1年前の冬、そしてこの夏と東京の至る所で長時間の行列待機に甘んじて来た。が、もうそろそろウンザリだ。
 本当はコミケでも並びたくないのだが、これは仕方ない。コミケで良い思いをしたいが並びたくないと言うのは、ウンコはしたいがトイレ行くのとズボン脱ぐのが面倒臭いと言い放つようなものだ。だが、他の事では極力並ぶのは勘弁願いたい。
 ……と、そういうわけで、駒木はあらかじめ目星を付けていたいくつかの店から行列の出来ている所をスルーし、ほとんど並ばずに済む店に飛び込んだ。“場内”唯一の天ぷら専門店・『天房』。文字通り新鮮な穴子芝海老を贅沢に使った天丼が有名な店である。
 満席の店内で唯一空いていたカウンター席に着いて、まずはオーダー。ここはやはり名物2つを優先的に頂こうという事で、芝海老天丼に単品で穴子の天ぷらを追加。とても朝早くから食うようなボリュームではないが、既に昼食を抜いてでもここで“食べ貯め”をする覚悟である。
 出された緑茶(これがまた濃くて美味かった)で体を温めながら15〜20分ほど待つと、堂々たる風格で長方形の盆に載せられた芝海老天丼with穴子天が登場! 『炎のファイター』か『パワーホール』が良く似合う威風堂々たる入場シーン……というのはさすがに言い過ぎか(笑)。
 芝海老天丼は4〜5匹横一列の芝海老天が丼の上に4つ、5つ所狭しとひしめいている贅沢なレイアウト。ご飯はいわゆる並盛だが、これは“おかわり自由”とのこと。これで1300円は決して高くは無いだろう。穴子天も重量感タップリの出で立ちで500円。これに丼のサービスとして香の物とミニ冷奴が付く。

 盆が卓上に置かれるや、駒木は猛烈な“美味そさ感”に誘われて一気に天ぷらへ齧り付いた。たちまち香ばしさと旨味が口内に溢れ出して来る。それなのに脂っこさはほとんど感じられず、いくら食べても飽きが来ない。これは本当に美味いと一心不乱に芝海老と穴子を胃袋に葬り去っていると、気が付けば完食していた。時間にして僅か10分強の出来事である。
 いやはや、満足、満足。築地と言えども店の当たり外れは大きいらしいが、ここは少なくとも外れではないだろう。というか、これで特に大人気という店でも無いのだから築地恐るべし、だ。
 ちなみに、築地通の方たちが口を揃えて推薦するのが『高はし』というお店。勿論と言うべきか、駒木が訪れた日も朝早くから行列が出来ていた。この店の評判を総合すると「ちょっと値は張るが味は絶品の昔気質の店」といったところで、築地初心者はちょっと予算に余裕を持って「今日のお薦めは何ですか?」と尋ねるのが吉だそうだ。運が良ければ絶品のアンコウやブリが賞味出来るらしいので、「自分も築地へ行ってみようか」という方は是非お試しあれ。但し、築地は原則的に日曜定休で、他に月1〜2度の休場日があるので注意して頂きたい。

 ──こうして、今回の弾丸旅行第一の目的をクリアした駒木は、早くも雰囲気的には黄昏時を迎えつつある築地を後にして、再び銀座へ向けて歩き出した。しばらく行くと、風景はあっという間に無機質なビル街だ。
 時刻は8時を回ったところ。一般的には仕事納めの日とあって、道にはスーツ姿のサラリーマン・OLが不機嫌そうな顔で早足を使っている。そんな中、神戸から来たダメな大人が1人(笑)。まったく、何やかんや言っても日本は平和だよ。ポル=ポト時代のカンボジアだったら速攻で射殺されてるだろうな、俺。(次回へ続く

 


 

2004年度第82回講義
1月16日(日) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評・分割版」(1月第3週分・合同)

 今週は「ジャンプ」が合併号休みで、「サンデー」もレビュー対象作が1本のみ──しかも、また後でお話しますが、その1本もイレギュラーな事態に──と寂しいラインナップ。そこで今回のゼミは、このタイミングを有効的に活用いたしまして、これまで出来ないでいた「コミックアワード」関連の企画を色々と済ませてしまいたいと思います。
 まずは昨年末に公募しましたグランプリノミネート推薦作品の選考結果発表とノミネート作品のレビューを。そして、これからのノミネート作品選考にあたり、04年度開始の連載作品の中でレビュー実施当時よりクオリティ等に大きな変化があった作品について、評価の変更を告知させてもらいます。
 この04年度開始の連載作品の評価変更については、既に一部を年末にコミケで頒布した総集編の中で発表しているのですが、今回はそれも含めてここで改めて紹介させて頂くこととします。

 ……それでは、本日のゼミを始めます。最初に「サンデー」関連の内容を、その後に特別企画へをお送りします。それでは最後までどうか何卒。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報

 今週は新連載と読み切りに関する告知はありませんでした。

 ★新人賞の結果に関する情報

少年サンデーまんがカレッジ
(04年9・10月期)

 入選=1編(週刊本誌または増刊に掲載決定)
  ・『メッセンジャー』
   大谷昭(22歳・山梨)  
 
《講評:圧倒的な画力・演出力で新しいヒーロー像を生み出した力作》
 佳作=2編
  ・『ボクらの又一先生』
   クリスタルな洋介(24歳・秋田)
  ・『僕は君が好き』
   後藤隼平(23歳・東京)
 努力賞=7編
  ・『Hopスイミング』
   佐藤かや(20歳・群馬)
  ・『TERUWO HAZARD 〜それでも彼女を愛せるか〜』
   野中咲織(19歳・福岡)
  ・『Boy hood』
   村上敬助(20歳・愛知)
  ・『オヅの魔法使い』
   笠原隆広(24歳・群馬)
  ・『はなまる!』
   明日葉マーク(26歳・北海道)
  ・『願いカナエさん』
   池渕孝幸(22歳・東京)
  ・『戦国プリズナー』
   篠原健輔(27歳・群馬)

 受賞者の過去のキャリアについては以下の通りになります(もしチェック漏れがありましたら、BBSでご指摘下さい)

 ◎佳作のクリスタルな洋介さん04年期「爆笑王決定戦」で最終候補
 ◎努力賞の村上敬助さん04年7月期「まんがカレッジ」であと一歩で賞

 ……前期(04年8月期)に続いて今回も入選作が出た他、多数の作品が入賞する大豊作となったようですね。

 

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…1本
 「ジャンプ」:雑誌発売なし(チェックポイントも休止)
 「サンデー」
:短期集中連載第1回1本

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年サンデー」2005年7号☆

 ◎短期集中連載第1回『あやかし堂のホウライ』作画:金田達也《原案協力:藤田和日郎》

 ●作者略歴
 生年月日、年齢は未判明。
 藤田和日郎さんのスタジオで6年以上もの間アシスタントを務め、チーフ格として作画を支えるベテランスタッフ。詳細なデータは不明ながら、過去(02年以前)に増刊号で読み切りを発表した経歴があるとのこと。 
 今作は、増刊04年GW号よりシリーズ連載中作品の週刊本誌出張版。金田さんにとってはこれが週刊本誌初登場となる。

 についての所見
 2ヶ月ほど前(04年11月第3週)に増刊連載分のレビューをしたばかりですので、今回敢えて付け加えないといけないポイントは有りません。気になる点もあるものの、マンガの絵としては及第点に達している……という見解です。
 ただ、若手・新人中心の増刊号から週刊本誌に移籍して来ると、及第点程度のクオリティでは、やはり全体的に見劣りが否めない印象ですね。背景や特殊効果が優れているのは週刊連載作品では当たり前の事ですし、人物作画がもう少し洗練されて来れば…といったところでしょうか。 

 ストーリー&設定についての所見
 今回、週刊本誌版を読んでビックリしました。

 なんと内容の大半が増刊版第1回と同じ!

 ページ数の都合か妖怪とのバトルシーンが次回に回されていて、替わりにアヤカとホウライの擬似バトルが付け加えられていますが、他の部分は丸写しに近い内容に……。
 確かに増刊版の第1回は素晴らしいクオリティでしたし、増刊と週刊本誌の発行部数の格差を考えると、「増刊版第1回のハイクオリティを、週刊本誌読者にも」…という発想は間違ってはいないと思います。ただ、増刊から追いかけて来た立場からすると、どうしても拍子抜けしてしまいますね。特にこれは、増刊版第1回のハイライトシーンが次回に先送りされてしまっているので余計にそう感じる部分があるのかも知れません。

 まぁそういうわけでして、こちらに関しても今回改めて申し上げるべき点は殆ど無しという事になってしまいます。ただ、先程から申し上げているように、ヤマ場のバトルシーンが無い分だけ、個人的には増刊版に比べると物足りない印象がありました

 現時点での評価
 本来の1回分のエピソードも終わっていないですし、今回はとりあえず評価保留とさせて頂きます。
 この度は短期集中連載ということで、少々間が開きますが、次回レビューは6週間後の最終回に行います。さすがに最終回まで来たら増刊版とは違うエピソードも語られるでしょうから、その時にまた改めて“新作”としての評価を行いたいと思います。

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 今週は今春開始となる『MÄR(メル)』のアニメの製作発表告知がありました。どうも今春からは昨年連載終了した『うえきの法則』もアニメ化されるようで、こう言っちゃアレですが、また微妙なポジションの作品ばかりアニメになるなぁ…と。
 しかし、『うえきの法則』アニメ化という事は、『ダンドー』パターンで連載復活という事になりそうですね。マンガの場合、アニメ化そのものには経済的効果は大きくなくて、それによって単行本が売れる事で出版社も作家も潤うわけですから……。でも、せっかく収拾つけた作品を大人の事情で「アニメ続く間だけでもやっといて」と復活させるのは、逆に勿体無い気がするんですけどね。

 ……さて、話を連載作品の方へ。
 『結界師』は画力の高さが演出力に繋がって、その演出が更に作品全体のクオリティに繋がって……という見事な好循環。いよいよ風格が備わって来ましたなぁ。
 それにしても、普段リアル世界の学校に出入りしている人間としては、最後のシーンなんかは高校生にしちゃあ色気が有り過ぎるんじゃないかと思ったりするわけですが(笑)。……でもまぁこの辺はターゲット読者層の感覚を意識した描写なんでしょう。男子中学生にしてみれば女子高生なんてのは大人のお姉さんですから。

 『犬夜叉』は久々のラブコメ・インターミッション。人物の表情といい、小気味良いテンポといい、さすがはラブコメ作家の“真祖”高橋留美子女史。今回は圧巻の内容でございました。
 しかし、こういう最近流行の軽いノリのドタバタを描けば凄いクオリティを出せるというのに、敢えてそういう安易な方向に流されずに一本筋の通ったストーリーを描き続けるというのは、やはり25年以上第一線で活躍し続けた作家としての矜持なんでしょうね。

 ──さて、これで“レギュラー枠”の内容は終了。冒頭で申し上げた通り、これより“読書メモ”枠内で特別企画をお送りします。

◇駒木博士の読書メモ(1月第3週)◇

 では、第3回「仁川経済大学コミックアワード」関連の特別企画に移らせて頂きます。

 まずはグランプリ候補の“ワイルドカード”枠ノミネートにあたり、受講生の皆さんから頂いた推薦作品の選考結果について、発表させて頂きます。
 今回のノミネート作品推薦では、「2票以上の得票があった作品を優先的に審査する」という内規を設けて実施しました。しかしさすがは当講座の受講生さんと申し上げるべきか、票は割れに割れて推薦1票のみの作品が相当数を占める状況に。結局、2票以上の得票を獲得したのは以下の3作品となりました(以前に2作品と発表しましたが、後に集計ミスが判明しました。申し訳有りません)

『おおきく振りかぶって』作画:ひぐちアサ/月刊「アフタヌーン」連載中
『シグルイ』作:南條 範夫/画:山口貴由/月刊「チャンピオンRED」連載
『ヒストリエ』作画:岩明均/月刊「アフタヌーン」連載中

 ……この結果を受けまして、駒木は12月末から1月上旬にかけ、これらの“優先枠”3作品について既刊の単行本を精読。ノミネートにあたっての“審査”を実施致しました。また、これと併せ、推薦1票の作品につきましても“参考作品”として、時間の許す限り精読させて頂きました。
 さすがは当講座の受講生さんが「是非に」とおっしゃる作品だけあって、いずれも魅力的な要素が少なからず込められた佳作・良作ばかり。レビュアーの立場を離れた一読者としてなら「面白い」と断言出来る作品のオンパレードで、当ゼミのレビュー基準に照らし合わせた場合でも、大半の推薦作品についてA−以上の評価を出したことでしょう。
 そんなハイレヴェルな争いの中、力強い伸び脚で馬群から一歩、二歩と抜け出して来たのは、「やはり」と言いますか、推薦投票で最多得票を獲得した『おおきく振りかぶって』でした。並の創り手ではスケールの小さい平凡な作品に留まってしまうであろう題材を、緻密な計算の施された設定・シナリオの組み立てと細微に至るまで配慮の施されたストーリーテリングによって、非常に完成度の高い作品に“大化け”させたのには度肝を抜かれる思いでありました。

 一方、残りの“優先枠”2作品については、それぞれ高く評価出来るポイントがあるものの、若干のマイナス要素も見受けられました
 まず『シグルイ』は、強烈なインパクトを内包しながらも完成度に揺るぎを全く見せないハイクオリティの世界観と、抜群の画力に裏打ちされた高度な演出テクニックが光る良作でした。しかしながら、ストーリー展開にやや一貫性を欠いており、そのためか全体的にどことなく散漫な印象が否めませんでした。
 次に『ヒストリエ』は、我々現代の日本人には縁遠い古代ギリシア世界を現実感タップリに描き上げた表現力にまず舌を巻き、更には長期的展望に基づいて丹念に紡ぎ出され骨太のシナリオにも唸らされる…といういかにも玄人好みのする作品でした。ただ、ストーリー展開はかなりのスローテンポで、しかも淡々とし過ぎる嫌いも有り、エンターテインメント性において少々物足りない部分があったのも事実です。
 また、“参考作品”についても先述のようにそれぞれに見所のある作品ばかりではあったのですが、クオリティ的には概ね上記“優先枠”2作品と互角程度といったところ。残念ながら、推薦投票での劣勢を跳ね返すには至りませんでした。

 ノミネート作品選出にあたっては、皆さんから多数の推薦を頂いた事もあり、当初は2〜3作品程度のノミネートを想定しておりました。しかし『おおきく──』は、駒木個人の評価だけでなく、受講生さんからの推薦投票においても頭一つ以上抜きん出た作品で、結果として他の候補作とは明らかに一線を画する存在になってしまいました。
 こういうシチュエーションで他の作品をノミネートさせても、これは無理矢理に負け戦を強いるようなもの。“ノミネートのためのノミネート”をしてしまっては、こうしてわざわざ審査をしている意義が見出せなくなります。
 よって、今回は『おおきく振りかぶって』1作品のみのノミネートとさせて頂きます。他の作品を推薦された方に対しては心苦しい思いもあるのですが、どうかご理解を頂きたく存じます。

 ──ではここで改めまして、「コミックアワード」のグランプリへのノミネートが決定した『おおきく振りかぶって』のレビューをお送りします。単行本2巻収録分までの内容についてという事で、ひょっとすると「アフタヌーン」読者の方の認識とはギャップがあるかも知れませんが、とりあえず今回はここまででご勘弁を。

 ◎『おおきく振りかぶって』作画:ひぐちアサ/月刊「アフタヌーン」連載中) 

 ●作者略歴
 資料不足のため生年月日、年齢は未判明・調査中。女流作家とのこと。
 新人当時は“ひぐちアーサー”名義。「アフタヌーン四季賞」98年春のコンテストで四季賞を受賞し、受賞作『ゆくところ』が「アフタヌーン」98年8月期に掲載されてデビュー。
 その後、1年余のブランクがあったが、00年2月号から5月号まで『家族のそれから』を短期連載し、同年11月号からは初の長期連載となる『ヤサシイワタシ』を発表した(01年12月号まで、全13回)
 今作は03年9月号より連載が開始、04年3月に単行本1巻が刊行された。05年1月21日には3巻が発売される。

 についての所見
 ディフォルメが弱い割には「ビジュアルでリアリティを持たせよう」という意図があまり感じられないという、ややインパクトの弱い絵柄ではありますね。登場人物の描き分けにも苦心惨憺した様子が見て取れました(笑)。また、線もスッキリと洗練されていないため、見る人によっては若干粗く感じられるかも知れません。
 ただ、野球シーンなどの演出や動的表現の出来映えからすれば画力そのものは決して低いとは思えず、これは「下手ではないが器用さに欠ける絵」と表現するのが妥当ではなかろうかと思います。作品の評価に与える影響としては、「加点材料にも減点材料にもならない程度」といったところですね。

 ストーリー&設定についての所見
 こちらは殆ど文句のつけようの無い、とにかく素晴らしい内容です。 

 まず特筆すべきは、やはり登場人物たちの多彩なキャラクター設定でしょう。それもただ性格を描くだけでなく、その性格にシンクロした行動を、更にその行動にシンクロさせた重厚なエピソードを巧みに組み上げています。キャラクター主導でありながら、決してストーリーがなおざりになっていないという点には大変好感が持てます。
 “性格→行動”はまだしも、“行動→重厚なエピソード”が達成できた作品なんてなかなか見当たりませんし、ましてや“トンデモ”要素に頼る事無く、御都合主義的な要素も殆ど見当たらないケースとなると、本当に貴重な存在ではないでしょうか。
 また、主人公をはじめとする主要登場人物の性格はネガティブな要素も少なくないのですが、読み手が感情移入出来るキャラクターの条件である、“憧れるだけの強さと、共感できるだけの弱さ”になるよう上手に調整出来ているのも見事です。

 しかし、もっと凄いのが試合シーン。とにかく“盛り上がるバトル”の必要条件と言える要素がこれでもか、これでもか、と盛り込まれています
 非常に使い勝手の悪い特殊能力を持ち、終始苦戦を強いられながらも土壇場になるとポテンシャルを完全に発揮する事の出来る、“憧れるだけの強さと、共感できるだけの弱さ”を併せ持つ主人公。
 その主人公を支えるは、“勝負を左右しない程度の大仕事”をタイミング良くやってのける、頼り甲斐があって個性豊かなサブキャラたち。
 そして高い能力を持つ敵役が主人公の前に立ちはだかり、駆け引きと中身の濃い心理戦によって繰り広げられるシーソーゲームに次ぐシーソーゲーム。その中で起こる葛藤と自己成長がもたらす起死回生。
 ……こうして挙げると、まるで「これが『ジャンプ』で成功するバトル物マンガの条件だ!」…みたいですが、正にその通り。言い換えるとこの作品は、「優れた“少年マンガ的戦闘シーン”を上手く野球に“翻訳”したマンガ」です。
 しかもこれを安易なミラクルの濫発や、底抜け脱線ゲーム的な必殺技の応酬無しで実現させているのですから、これはもうとんでもないクオリティです。

 今後は月刊連載というページ数が限定された条件の中で甲子園予選を描いてゆくという難問が待ち構えていますが、是非とも現状のクオリティを維持したまま連載を全うしてもらいたいものです。

 現時点の評価
 勿論、評価は文句ナシのAです。
 『鋼の錬金術師』といい、この作品といい、最近の名作と呼ばれる作品は、マンガ出版業界の中枢から少し離れた所から輩出されるケースが多いですね。名作ドーナツ化現象とでも言うんでしょうか。
 まぁ「ジャンプ」「サンデー」のレビューを専門にしている身としては寂しい話ですが、メジャー誌は出版不況の中で会社の屋台骨を支えるという使命があるだけに、制約も大きくなって来ているのでしょうね。それに引きかえ大手出版社(または他業種メインの会社)のマニア向け月刊誌には、じっくりと構想を練られる環境の中、“大人の事情”に囚われずに作家性を存分に発揮出来る…という、名作を生み出せるだけの豊かな土壌が広がっているのかも知れません。

 
 ──さて、長丁場の講義となりましたが、いよいよラスト。「ジャンプ」「サンデー」04年度連載開始作品の評価修正の告知です。この作業が終了すれば、04年度「コミックアワード」の各部門賞ノミネート有資格作品が確定する事になりますね。

 それではまずは、「ジャンプ」系作品から。評価に変更の無い作品については解説を割愛させてもらいます。

 ◎『DEATH NOTE』作:大場つぐみ/画:小畑健
 旧評価:A−寄りB+新評価:A−

 アドリブに次ぐアドリブによって、その場その場でストーリーを積み重ねていく…という極めてリスキーな手法で描かれているこの作品。大局観を欠いたストーリー展開によってシナリオの重厚さを欠いた場面も見受けられ、その分弱含みの材料も多い作品ではあります。
 ですが現状においては奇跡的に“非常にレヴェルの高いその場凌ぎ”が持続されており、作品全体としても概ね成功を収めているのではないでしょうか。特に閉塞感満点のライト版キラとLとの攻防戦をクリアして新展開に繋げた辺りのストーリーテリングには凄味すら感じさせます。
 ただし、今後シナリオの方向性選択を一歩間違えれば奈落の底…というような作品である事も確か。この作品の評価を高い所に固定させるには、最終回の円満終了を待たなければならないでしょう。しかし、早くも1巻あたりの発行部数がミリオンを突破し、人気作ゆえの連載引き伸ばしが必至な情勢の中、果たしてどこまで明日の見えない戦いを続けていけるのか、心配の種は尽きません。

 ◎『銀魂』作画:空知英秋) 
 旧評価:B+寄りB
新評価:B+寄りB(据置)

 ◎『スティール・ボール・ラン』作画:荒木飛呂彦
 旧評価:A−新評価:A−(据置)

 ◎『未確認生物ゲドー』作画:岡野剛
 旧評価:B+新評価:B

 連載第3回時点では、一話完結型のストーリーを手堅くまとめる技術と高い画力を考慮してB+評価としましたが、ここ最近のストーリーの迷走ぶりは目に余るものがあり、今回を機に下方修正する事となりました。

 ◎『家庭教師ヒットマン REBORN!』作画:天野明
 旧評価:B−新評価:B

 連載第3回時点のレビューでは、主人公がアイテムやサブキャラに支えられながら1つの目標を達成するべく奮闘するという、『タルるーと』路線”の作品として扱い、その上で厳しい評価を下しました。しかし、直後からこの作品は、キャラクター超重視型の一話完結型コメディ路線に大きくテコ入れされ、B−評価を下した根拠が解消されてしまいました。
 現状では、内容の薄いストーリー性が大きな減点材料となるものの、多彩な登場人物によるテンポの良いドタバタ劇によってある程度“読める”作品になっていると言って良いでしょう。当ゼミの評価Bの基準である、「単なる雑誌の中の1作品として割り切って読む分には、さほど問題の無い作品」は満たされていると考え、新しい評価はBとさせて頂きました。

 『D.Gray−man』作画:星野桂
 旧評価:B−新評価:B寄りB+

 第3回時点では、難解な設定提示の連発と余りにもぎこちないストーリー展開のために“前途多難”という事で厳しい暫定評価を下しました。しかしその後は微妙にキャラ重視に路線を変更して読者の興味を繋ぎつつ、時間をかけて設定の難解さを解きほぐしていって、何とか上手く軌道に乗せる事が出来たようです。
 相変わらずストーリーがぎこちなくて難解──作品を読む限り、星野さんは自分が伝えたい事を伝えたいように伝えるのが苦手なようです──なのは頂けませんが、各章のエピローグなどで優れた脚本・演出力を垣間見せる事もしばしば。「大きな問題はあるが見所のある作品」ということで、新評価は弱含みのB+としました。

 ◎『Wāqwāq』作画:藤崎竜
 旧評価:B+新評価:B

 掲載順(人気)降下以後、まるで“投了”のタイミングを探っているかのような中身の薄いバトルの連続に陥り、クオリティの下げ止まりが見えません。長期連載が実現して軌道に乗った『D.Gray−man』とまさに好対照な成り行きと言えるでしょう。商業誌ならではの悲劇ですね。

 ※『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』作画:西義之)に関しては、連載開始間もない(04年53号開始)ため、連載版に限り特例として05年度作品の扱いとします。よって、今回では評価の見直しは行いません。

 ……では、次に「サンデー」系連載作品についても評価の見直しをしておきましょう。

 ◎『こわしや我聞』作画:藤木俊
 旧評価:B新評価:B(据置)

 ◎『思春期刑事ミノル小林』作画:水口尚樹
 旧評価:B+寄りB新評価:B+寄りB(据置)

 ◎『道士郎でござる』(作画:西森博之
 旧評価:B+新評価:B+(据置)

 ◎『クロザクロ』作画:夏目義徳
 旧評価:B+新評価:B 

 恐らくご本人が見ているであろう前で気が引けますが(笑)、今回下方修正の対象となりました。登場人物のキャラクターの弱さ(奇抜な外見や行動ではなく、内面描写が欠けているという部分で)と迷走気味のストーリーを勘案すると、減点材料の多さ故に厳しい評価を下さざるを得ません。
 ただ、ここ最近の展開は確信犯的に「面白いデタラメ」を意識した話作りであるようにも見え、当ゼミの評価基準では量れない魅力を備えた異色作に化ける可能性もありますね。

 なお、この作品を他の評価B作品と同等と扱うのに疑問を抱かれる方もいらっしゃるでしょうが、この作品に限らず、「低い基礎点でほぼ満点の評価B」「高い基礎点から大きく減点されて評価B」とでは同じ評価でも意味合いが違って来ます。作品の7段階評価については、その辺の解釈もどうか適切にと、皆さんにお願い申し上げます。

 ◎『東遊記』作画:酒井ようへい
 旧評価:B+新評価:B寄りB− 

 同人版では新評価Bとしてますが、脱稿後の展開も考慮して更に下方修正しました。
 毎回毎回、週を追うごとにクオリティが目に見えて下がっている悲惨な作品です。序盤こそ“冠茂プロデュース効果”による計算づくのエンターテインメント性が見受けられたのですが、最近はテーマ不在の中、漠然とした目標に向かって、ただのんべんだらりと続いているだけ…といった感じです。
 近況において特に酷いのが脚本力の貧弱さで、セリフに対する配慮の無さは致命的とも言える欠点になっています。最近では誌面の後半に追いやられる事も目立っていますし、前途は極めて厳しいと言わざるを得ません。

 ◎『ハヤテのごとく!』作画:畑健二郎
 旧評価:B新評価:B(据置)


 ……というわけで、これで04年度の全作品について、「コミックアワード」選考時点での評価が確定しました。ではここで、第3回「仁川経済大学コミックアワード」の仁川経済大学賞(グランプリ)ノミネート作品と、各部門賞ノミネート有資格作品を改めて紹介しておきましょう。
 なお、一部ではグランプリ以上に好評という噂の「ラズベリーコミック賞」のノミネート作品も発表しておきます。ただ、今年のラスベリーは、わざわざノミネート作品を発表する意味があるのかな…などと思ったりもするのですが(笑)。

※各部門ノミネート(有資格)作品一覧※

◆仁川経済大学賞(グランプリ)
 …“グランプリ”という名の通り、この1年の間に当ゼミでレビューした作品の中で最も優秀な作品に送られる賞。
 ノミネート資格は、“ジャンプ&サンデー”の名の付く各部門賞の受賞作と、「ジャンプ」、「サンデー」両誌以外のレビュー対象作の中でA評価(但し、連載作品については最新に発表された評価)を獲得した作品。

●(ジャンプ&サンデー・最優秀長編作品賞受賞作)
●(ジャンプ&サンデー・最優秀短編作品賞受賞作)
●(ジャンプ&サンデー・最優秀ギャグ作品賞受賞作)
●(ジャンプ&サンデー・最優秀新人作品賞受賞作)
●(ジャンプ&サンデー・最優秀新人ギャグ作品賞受賞作)
『おおきく振りかぶって』作画:ひぐちアサ/「アフタヌーン」連載中)

◆ジャンプ&サンデー・最優秀長編作品賞
(※ノミネート有資格作品)
…「週刊少年ジャンプ」系と「週刊少年サンデー」系の雑誌で長編連載されたストーリー作品が対象。
 ノミネート資格は対象作品の内、A−以上の評価(但し、連載中に評価が変更されている場合は最新に発表されたもの)を得た作品。

『DEATH NOTE』作:大場つぐみ/画:小畑健
『スティール・ボール・ラン』作画:荒木飛呂彦
  《以上、「週刊少年ジャンプ」連載》
『あやかし堂のホウライ』作画:金田達也/原案協力:藤田和日郎
  《以上、「週刊少年サンデー超(スーパー)」連載》

◆ジャンプ&サンデー・最優秀短編作品賞
(※ノミネート資格保持作品)

…「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」系の雑誌に掲載された読み切り、または短期集中連載のストーリー作品が対象。
 ノミネート資格は、長編作品賞と同じく評価A−以上。

『NOIZ -ノイズ-』作画:樋口大輔
『SNOW IN THE DARK』作画:叶恭弘
『ホライズン・エキスプレス』作画:中島諭宇樹
『雨女、晴れ男』作:長谷川尚代/画:藤野耕平
『窯神』作画:岩本直輝
『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所(増刊掲載版読み切り)作画:西義之
『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所(週刊本誌掲載版読み切り)作画:西義之
『PMG-0』作画:遠藤達哉
『賈允』作画:内水融
『狗童』作画:岩代俊明
『スーパーメテオ』作画:高橋一郎
 《以上、「週刊少年ジャンプ」系雑誌に掲載》
『絶対可憐チルドレン(短期集中連載版)作画:椎名高志
 《以上、「週刊少年サンデー」系雑誌に掲載》

◆ジャンプ&サンデー・最優秀ギャグ作品賞
(※ノミネート資格保持作品)
…「週刊少年ジャンプ」系と「週刊少年サンデー」系の雑誌に掲載された全ギャグ作品が対象。
 ノミネート資格はA−以上の評価(但し、連載作品については、連載中に評価が変更されている場合は最新に発表されたもの)を得た作品。

『無敵鉄姫スピンちゃん』作画:大亜門
『吉野君の告白』作画:坂本裕次郎
『伝説のヒロイヤルシティー』作画:大亜門) 
 《以上、「週刊少年ジャンプ」系雑誌に掲載》

◆ジャンプ&サンデー・最優秀新人作品賞
(※ノミネート資格保持作品)

…「週刊少年ジャンプ」や「週刊少年サンデー」の本誌や増刊において、両誌の週刊本誌で長期連載(=短期集中でない連載)を経験していない作家の発表した読み切り・短期集中連載作品または初の長期連載作品が対象。ただし、その作者が他誌で長期連載経験があっても有資格とする“大リーグ新人王方式”を採用。
 ノミネート資格はA−以上の評価(但し、連載作品については、連載中に評価が変更されている場合は最新に発表されたもの)を得た作品。

『ホライズン・エキスプレス』作画:中島諭宇樹
『窯神』作画:岩本直輝
『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所(増刊掲載版読み切り)作画:西義之
『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所(週刊本誌掲載版読み切り)作画:西義之
『PMG-0』作画:遠藤達哉
『狗童』作画:岩代俊明
『スーパーメテオ』作画:高橋一郎
 《以上、「週刊少年ジャンプ」系雑誌に掲載》

◆ジャンプ&サンデー・最優秀新人ギャグ作品賞
(※ノミネート資格保持作品)
…「週刊少年ジャンプ」や「週刊少年サンデー」の本誌や増刊において、両誌の週刊本誌で長期連載(=短期集中でない連載)を経験していない作家の発表したギャグ作品(初の長期連載作品含む)が対象。ただし、その作者が他誌で長期連載経験があっても有資格とする“大リーグ新人王方式”を採用。
 ノミネート資格はA−以上の評価(但し、連載作品については、連載中に評価が変更されている場合は最新に発表されたもの)を得た作品。

『無敵鉄姫スピンちゃん』作画:大亜門
『吉野君の告白』作画:坂本裕次郎

◎ラズベリーコミック賞(最悪作品賞)
…映画のアカデミー賞に対するゴールデンラズベリー賞をモチーフにした、最悪な作品を表彰する賞。対象作はレビュー対象にした全作品で、作品のクオリティの低さだけにとどまらず、あらゆる意味において「最悪!」という作品を選出する。ノミネート及び審査基準は駒木ハヤトの独断。

『怪奇千万! 十五郎』作画:川久保栄二/「週刊少年サンデー」連載)
『少年守護神(連載版)作画:東直輝/「週刊少年ジャンプ」連載)
『BLACK CAT特別編』作画:矢吹健太朗/「週刊少年ジャンプ」掲載」
『地上最速青春卓球少年 ぷーやん』作画:霧木凡ケン/「週刊少年ジャンプ」連載)
『味覚師ツムジ』作:宇水語/画:佐藤雅史/「赤マルジャンプ」掲載)

 各部門賞につきましては、有資格作品の中からクオリティの充実度や授賞の妥当性などの観点から非公開の予備審査を行い、表彰式前に改めてノミネート作品を発表します。

 ──さて、かなりの長丁場になりましたが、これで今週の講義を終わります。

 


 

2004年度第81回講義
1月11日(火) 人文地理
「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(2)

 ◎前回までのレジュメはこちらから→第1回

 年末の旅行記の2回目をお送りします。
 最近では、ここ一連の旅行記が全カリキュラムの中で一番面白いとおっしゃって下さる方もおり、有り難い話です。こんな行き当たりばったりの企画にニーズなんてあるのか? …と思いながらやってたのですが、やはり往々にして肩の力が抜けた時ほど良い結果になるようですね。
 まぁそういうわけですので、今後も肩の力を抜いた状態で、のんべんだらりんと旅行記を書き連ねて行きます。ゼミや競馬学と違って、講義1回あたりのノルマが無いのが、こちらとしても楽でやりやすいのです(笑)。

 それでは、今回は28日の午前5時過ぎ、JR新橋駅前からスタートです。レポート文中においては文体は常体、人物名は現地で実際にお会いした方以外は原則敬称略とします。


 ◎2日日(12月28日)《承前》

 夜も明けきらぬ早朝の新橋駅前へ降り立った駒木。しかしこの時間帯から見ても判るように、新橋自体には全く用は無い。ここから移動を開始するのである。
 「早朝に新橋駅の近く」と言えば、東京在住の方なら想像がつくかも知れない。地方在住の方なら逆に「え? そこってそんな所にあるの?」…と驚かれるかも知れない。駒木も初めて知った時は驚いた。

 これから駒木が向かう場所は築地市場。そう、東京近郊の水産物を扱う一大卸売市場である。地元の人間からすれば意外すぎる事実だが、この市場は銀座のビル街からちょっとだけ外れた所に存在しているのだ。
 この位置関係を具体的に例示すると、あの東銀座のコスプレ雀荘・little msnから実距離で僅か1km弱。つまり、徹夜で朝まで麻雀を打った後、築地へ行って寿司で朝メシ……なんて粋な(?)事も楽々可能なのである。というか、普通にそうしてる常連さんとかいそうだな。

一色順子の雀荘業界一口メモ

 ……突然ですけどお邪魔しちゃいます。某フリー雀荘アルバイト歴もうすぐ3年の一色順子です♪

 博士のレポートで、ちょっと誤解を招きそうな部分があったので、“業界人”のわたしの方から少し解説しておきますね。
 法律に詳しい人なら知ってると思いますけど、いわゆる雀荘と呼ばれるお店は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(……長!)、よく言うところの風営法で規制の対象となる「まあじやん屋」に当たります。簡単に言うと、エッチなお店とごちゃ混ぜにされちゃってます(苦笑)。
 で、この法律で規制の対象になっているお店は、原則として営業時間は日の出から午前0時(場所によっては午前1時)までと決められています。……けど、それはあくまで建前のお話。
 フリー雀荘みたいに、数千〜1万円単位の賭け麻雀を雀荘ですることが平気で黙認されていることでも分かると思うんですけど、警察はカタギの人が安全な商売をするお店だったら、よっぽどなコトがない限りは取り締まったりしません。本音と建前の使い分け。日本の良いところですね〜(笑)。ただ、店のオーナーさんは近くの警察署に挨拶に行ったり、同業の人とのお付き合いとかで大変って聞きますけど……。

 ……まぁそういうわけで、ほとんどの雀荘では午前0時以降でも営業しています。一応、法律とか条例で決まった時間になったらシャッターを降ろして、「時間が来たので閉店しました。後は営業時間外にスタッフと常連客の皆さんでやってる親睦麻雀大会です」親睦麻雀大会です」という意思表示はするんですけどね。でも、親睦麻雀大会は営業時間中にやっていることと全く区別がつきませんし、夜中に来たお客さんは平気でシャッターを上げて“親睦麻雀大会”に飛び入り参加したりするんですけど(笑)。でも、そういう“誠意”を見せておくと、警察も何も言って来ないわけです。
 昔はそれこそコンビニ状態で営業してた所もあったみたいですけど、普通の学生さんやサラリーマンがメイン客層になった最近では、さすがに毎日オールナイト営業という所は少ないです。週末とか大型連休みたいに“次の日が休みだから徹夜してもオッケー”という日だけ、翌朝の始発の時刻まで営業する…というパターンが多いんじゃないでしょうか。

 ──ですので、雀荘で朝まで麻雀というのは、法律的にはアレですけど、法律を使う側からはアレじゃないという、おかしなお話なんですね(笑)。“親睦麻雀大会”中のフリー雀荘に制服の警察官が突然入って来て、店内の全員が凍りついたのも束の間、
 「最近、このへん物騒なんで気をつけて下さいね」
 ……と言って、何事も無かったように店を出て行った…というウソみたいな本当の話もあるんですからスゴいですよねー。
 あ、あともっとスゴいのは、駒木博士が大学生時代に通っていたフリー雀荘でのお話。そこで麻雀にハマってロクに家へ帰らなくなっちゃった学生がいたんですけど(博士のことじゃないですよ^^;;)、その学生の親が警察にそこのお店が賭け麻雀してるから摘発してくれ…って電話をかけたそうなんです。そうしたら、その警察から雀荘のマスターに電話がかかって来て、「あんたの店、変なのに絡まれてるみたいやけど大丈夫か?」…って心配されたんですって。もうメチャクチャですよね(苦笑)。
 ……ちなみにそのお店、とんでもないことに目と鼻の先に交番があったそうです。駒木博士は「だから安心して麻雀が打てた」って冗談交じりに話してましたけど(笑)。

 以上、長くなりましたけど、雀荘業界一口メモでした。……あ、言い忘れる所でしたけど、そういうフリー雀荘でも、1000点200〜300円以上のレートで賭け麻雀をやっている所は、いつ警察に踏み込まれてもおかしくありませんから気をつけて下さいね。
 捕まってもお客さんは一晩泊まって罰金払って終わりですけど、それ以外に失うモノがスゴくなると思いますので。仕事とか。あと家族とか。賭け麻雀は、刑法で許されている「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまる」範囲で楽しみましょう。では!

 ……と、そういうわけで、駒木は新橋駅から一路、築地市場へと向かう。一応の目的は市場内の食堂街で朝メシを食う事だが、ハッキリ言ってしまえば単なる暇潰しである。
 行きに夜行を使った東京旅行で一番困るのが、5時前に夜行を降りてから街が機能し始める10時頃までの時間の使い方である。取っている宿も昼にならないとチェックイン出来ないので体を休める事も出来ない。これが結構辛いのだ。
 こういう場合、結局はマンガ喫茶に雪崩れ込んでマンガ読んでネットをする…という事になるのだが、よくよく考えてみれば、車中泊で眠れぬ夜を過ごした挙句、朝っぱらから金まで払っていつも研究室でやっているのと寸分違わぬ事をやるというのは本当にアホらしい。歌手が1人でカラオケボックス入って持ち歌熱唱してるみたいなもんだ。
 そんな事情を抱えた駒木が、この度旅行初日早朝の訪問先として、朝から確実に賑やかな事間違いない築地白羽の矢を立てた理由がお解り頂けると思う。ここなら「地元では出来ない事をする」という旅の目的として大前提となる条件もクリア出来るし、朝からファストフードではない本格的なメシも食える。暇も潰せる。一石三鳥ではないか。

 新橋駅から築地市場までは地下鉄で細かい乗り継ぎをすれば楽に行けるのだが、今回は徒歩で向かう。目的の1つが「時間を潰す」なのだから、所要時間を短縮して楽をするのは逆に愚策なのだ。
 それに、これは駒木だけの感覚なのかも知れないが、旅行中にまとまった距離を歩かないと、何だか旅をしたという実感に欠けてしまって仕方が無いのである。実際、今回の10日ほど前に実施した1泊3日東京旅行では、行動範囲がほぼ大井町−水道橋間に限られた上、移動のほとんどを電車移動で済ませたため、全く旅をしている気がしなくて困ってしまった。何かこう、大阪のもうちょっと先まで外出してます…みたいな、何とも微妙な感覚が脳ミソをむず痒くしていた。
 そんな違和感が無くなったのが、最終日の朝に夜行を名古屋で途中下車し、「カフェレスト・ラディッシュ」へ行くまで1時間ほどの暇潰しをするために駅前周辺をうろつき回っていた時だった。ここで初めて「そうか、俺は知らない土地を歩き回っていると『旅してる。充実してる』と思えるんだな」…と、自分の旅行時における精神構造を理解したのである。

 そういうわけで、「旅してる」という実感を得るために夜明け前の北風吹きすさぶ新橋周辺を築地方面へ向かって歩く。余りのクソ寒さに文字では表現できない、“ウ”の字に何か変な記号を付けたような唸り声を上げながら、とにかく歩く。
 ──こうして冷静になって振り返っていると分かるが、それにしても物凄く不毛な行為だ。多分これは、入院患者が朝から晩まで鉛筆片手にパズル雑誌のお絵かきロジックに没頭するぐらいの不毛さだと思う。後々になってきっと、「あんな事をする時間が有ったなら、もっと有効に使っておけば良かった」と思うのだろうな。
 途中、寒さに耐え切れなくなる度にコンビニに駆け込み、ついでに地図を立ち読みして現在の位置確認。あからさまに嫌な客。
 箱根駅伝の開催を告げる歩道橋の垂れ幕を見て東京に来ている実感を噛み締めて、次の瞬間「それもどうかと思うなぁ」とセルフツッコミを加えながらひたすらに歩く。地下鉄東銀座駅を目印に進路を変え、歌舞伎座をやり過ごし、件のコスプレ雀荘もやり過ごして(それにしても、この2つが近接しているという事実が凄い)、更にひたすら歩いてゆく。

 そして、「本当にこの道で合ってるのか?」…と、極度の方向音痴の自分に自信が持てなくなった頃、明らかにこれまでの“眠る街”とは雰囲気が違って来ている事に気が付いた。突然目の前を、変則ギアもカゴも子供を乗せる補助イスも付いていない、やたら重そうで頑丈そうな自転車がイカついオヤジを乗せて横切って行った。通行人と通行人の間をブレーキもかけずにすり抜けて行く。「お?」…と驚く間もなく、今度は原付バイクと荷車が合体したような小型特殊自動車が、いくつも木箱を載せた状態で車道・歩道お構いなく縦横無尽に駆け抜けていった。運転者のくわえタバコが勇ましい。
 空はまだ暗いままで夜明けを待っている。後ろを振り返ってみると、灯りの消えたままのビル街が見えた。前へ向き直る。まるでそこだけ別の標準時が採用されているような光景。通勤時間帯の駅前のような、慌しく歩を進める人たち、もっとせわしなく動く自転車、エンジンから言葉にならない声を喚き散らす小型車。存在感と違和感を振りまきながら鎮座する回転寿司屋のデカい看板には、日の出を待たずして電灯が点いていた。

 そう、ここが築地。オフィス街に隣接しながら独特のオーラを発する、世にも不思議な町がそこにあった。(次回へ続く

 


 

2004年度第80回講義
1月7日(金) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評・分割版」(1月第2週分・合同)

 学校や企業の年末年始休みも終わり、受講生さんの数も戻って来たみたいですね。どのウェブサイトでも大なり小なりそうなんでしょうが、ウチはアクセス解析すると中小のプロバイダーよりも大手企業や大学からのアクセスの方が多かったりする程ですので、盆暮れ正月前後は受講生数の変動が激しくて少々ビビります(笑)。
 ちなみに現在の大学経由のアクセス数ベスト5は、北海道大学、佐賀大学、大阪大学、東京大学、筑波大学。これらの大学は、1つの学校に籍を置きながら別の大学(仁川経済大)の講義も受講するという、非常に勉強熱心な学生さんが揃った模範的な大学です(笑)。
 ……以前はミスマッチもいいとこで東大がトップだったのですが、卒業していった人も多いんでしょうね。そのせいか、最近はgo.jp(日本の政府機関)からのアクセスも少なくありません。何か、この社会学講座が国を組織の内側から徐々に蝕んで行ってるような、そんな気にさせられます(笑)。

 ……というわけで、今日も年明け発売の「ジャンプ」「サンデー」のレビューで着実に日本を駄目にしていきたいと思います。どうか何卒。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報

 ◎「週刊少年ジャンプ」では次号(7号)『モグリ陰陽師SAYMAY!』作画:大石浩二)が掲載されます。
 大石さんは昨年に代原掲載の形で暫定デビューした若手ギャグ作家さんで、3度の代原掲載後、増刊に2度読み切りを発表しています。今回は31ページというまとまったボリュームでの“週刊本誌凱旋”。連載へ向けてのトライアルという事になりそうですね。

 ◎「週刊少年ジャンプ」では次号(7号)『オレたちのバカ殿』作画:ポンセ前田)が掲載されます。
 このポンセ前田さんも若手ギャグ作家さん。「赤塚賞」佳作受賞を経て、昨年04年32〜33号に前・後編形式の読み切りでいきなりの週刊本誌デビュー。今回は昨秋発売のギャグ増刊に掲載された同タイトル作品の改作ということになりそうですね。

 ◎「週刊少年サンデ−」では次号(7号)より『あやかし堂のホウライ』原案協力:藤田和日郎/作画:金田達也)が7回の予定で短期集中連載されます。
 これは、現在は隔月で発行されている増刊号に連載中の作品の“出張版”。増刊で連載されている内容については、04年11月21日付ゼミでレビューを行いましたので、詳細はレジュメを参照して頂きたいのですが、当講座期待の作品と申し上げておきます。

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…2本
 「ジャンプ」:読み切り1本
 「サンデー」
:新連載1本

 ※7段階評価の一覧表はこちらから(←今週、少し加筆してます)。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2005年5・6合併号☆

 ◎読み切り『スベルヲイトワズ』作画:森田まさのり

 ●作者略歴
 1966年12月22日生まれの現在38歳
 84年上期「手塚賞」で佳作を受賞(森田真法名義)し、受賞作『IT'S LATE!』が「フレッシュジャンプ(注:80年代に出版されていた、「サンデー超増刊」のような内容の、若手作家の登竜門的月刊誌)に掲載されてデビュー。その後、85年上期「手塚賞」でも佳作を受賞し、86年から87年にかけて当時の「少年ジャンプ」季刊増刊で3回の掲載を果たす。なおこの時期、85年よりしばらくの間、『北斗の拳』を連載中の原哲夫さんのスタジオでのアシスタントも務めていた。
 週刊本誌初登場は87年50号掲載の『BACHI−ATARI ROCK』。これがリメイク、改題の末に連載化されたのが『ろくでなしBLUES』で、8年9ヶ月間・422回(88年25号〜97年10号)にも及ぶ長期連載に。
 その後、1年ほど読み切り中心のマイペースな活動を続けた後、98年より『ROOKIES』を連載(98年10号〜03年39号、途中中断あり。通算239回)
 その後は「赤マル」04年春号、「週刊ヤングジャンプ」04年37・38合併号にそれぞれ読み切りを発表。今回は約1年半ぶりの週刊本誌復帰となる。

 についての所見
 これだけ絵の達者な作家さんの作品だと、何も述べる事が無くて済むので楽で良いですね(笑)。
 しかし、波田陽区顔の悪役には思わずニヤリとさせられました。顔的にも良い人選ですし、この人なら文句なんか絶対に言って来ないでしょうしねぇ。むしろ「切腹!」のネタが1つ増えたって事で喜ばれるんじゃないですか。

 ストーリー・設定についての所見
 森田さんが以前から手がけている、漫才を題材にした青春ドラマですね。しかも今回は漫才師志望の高校生が主人公という、かなり異色な内容のストーリーになりました。
 こういう特殊な作品は、下手をすると無残な企画倒れに終わってしまうものですが、そこはさすがに森田さん、流れるような脚本、盛り上げ所を考えたテンポ良いストーリー展開でキッチリと読み応えのあるお話に仕上がっています。こんな能力バトルもスポーツも出て来ない地味な話で、よくぞここまでキッチリ“起承転結”のメリハリのついた少年マンガに仕上がったものだと、心の底から感心させられます。

 ただ、この作品の厳しい所は、そんな脚本やストーリーの完成度だけでなく、作中に出て来るハガキ職人のネタや漫才と言ったギャグの質についても非常に高い水準を求められる事。しかも“作中で「笑える」という事になっているギャグ”は笑えるように、“作中で「寒い」という事になっているギャグ”は寒くなければならないという、絶妙の匙加減が求められます。
 で、この作品の場合、果たしてその匙加減は上手くハマっていたでしょうか? …まぁこれは読み手個々の判断に委ねられるのでしょうが、駒木には“作中では大爆笑間違いなし”のはずのネタは、そこまで質の高いものであるとは思えませんでした。少なくとも大爆笑出来ない人も相当数にのぼるだろうな、と。
 ただ、漫才に関しては、演者の動きが激しい上に喋りの微妙なトーンの変化や独特の“間”で笑いを生み出すという非常に複雑な演芸ですからね。これをマンガという二次元の静止画で再現するという事自体に、そもそも無理が有ったのではないでしょうか。
 よって、こと漫才シーンに関しては、森田さんの力量云々と言うよりも、マンガという表現手段の限界と言った方が良いのかも知れません。例えば、南海キャンディーズのネタをマンガで再現してくれと言われたって、そうそう出来るもんじゃないでしょうし。

 それともう1点、キャラクター設定について。限られたページ数の中でソツなく主要登場人物のキャラを描写出来ているのは素晴らしいのですが、主人公はもうちょっと読み手が感情移入出来るようなキャラクターでも良かったかも知れませんね。
 まぁそれでも、主人公が相対的に“善属性”になるよう意地悪い悪役を配置したり、主人公を応援する気になれなかった人のための受け皿的なキャラ・蒼太を“第二主人公”にするなど、配慮も抜かりありません。この辺りのフォロー能力は、やはり「さすが」といったところでしょう。

 今回の評価
 たとえそれが困難な作業とはいえ、やはり作品のキモであるギャグの質の再現度が今一つだったのは痛いですね。評価はちと厳しいでしょうがB+とさせてもらいます。

◆「ジャンプ」今週のチェックポイント◆ 

 時間が無いので今日は軽く。

 外伝が最終回を迎えた『NARUTO』。さすが「ジャンプ」の準看板だけあって、しっかりと最後まで読ませてくれました。
 ただ正直言って6回引っ張るだけのプロットだったのかな…という感も否めずで。途中からどう考えてもミエミエの結末だっただけに、ラストシーンで今少し読み手の心を鷲掴みにして握り潰すような盛り上げが欲しかったかなと。特に駒木は、「岸本さんはラストシーンの名手」という認識でいますので、余計に要求レヴェルが高くなっちゃうんですよね。

 そして珍しく1つのエピソードを引っ張っていた『銀魂』も、銀さん記憶喪失回復で一段落。しかし、いくらギャグ色の強い作品でも、あんな御都合主義なストーリー展開だったら普通は辟易するもんですが、それでもキッチリ読ませられてしまうというのは、“お約束”の使い方と脚本が抜群に上手いからなんでしょうね。
 で、空知さんは05年1月期の「十二傑新人漫画賞」の審査員に抜擢。空知さんの事を「十二傑」の前身の「天下一漫画賞」で佳作を受賞した所から追いかけている人間としては非常に感慨深いです(笑)。
 ……というか、当講座開講以降3年の月例賞受賞者で、そこから連載を獲得して審査員を務めるところまで来た作家さんって空知さんだけなんですね。そう考えると、やっぱり「ジャンプ」で成功するのって狭き門ですねぇ……。

☆「週刊少年サンデー」2005年6号☆

 ◎新連載『最強! あおい坂高校野球部』作画:田中モトユキ

 ●作者略歴
 生年非公開の12月26日生まれ。
 1996年に「サンデーまんがカレッジ」で入選、97年前期「小学館新人コミック大賞」少年部門でも入選
 デビュー前後の経歴についてはデータ不足のため現在調査中だが、初の週刊連載は『リベロ革命!!』で、これは00年4・5合併号より02年18号まで2年余に渡って続いた。その連載終了後も、ほとんどインターバルを置かず、同年23号より『リベロ──』連載中に発表した読み切りを大幅に改作した『鳳BOMBER』を連載開始。ただしこれは人気が伸び悩み、03年21号までで打ち切り終了となった。
 その後は月刊増刊03年12月号に、男子チアリーディングを題材にした異色作『ヤンチア!』を発表するも、ここまで約1年のブランクを作っていた。

 についての所見
 合計3年半もの週刊連載経験に裏打ちされた作画技術は熟練の域に達しようとしていますね。主要登場人物の多い高校野球マンガでは必須条件となる多彩な顔の描き分けも巧みにクリアしていますし、試合シーンの動感溢れる描写はまさに過去に積み重ねたキャリアの賜物でしょう。
 前の連載作品も野球マンガでしたし、今後についても不安材料は皆無に近いと言って良いでしょう。ビジュアル面に関しては安心して読める作品になりそうですね。

 ストーリー&設定についての所見
 高校野球、無名校に有望選手が入学、監督が野球一筋の若い女性……となると、どうしても最近の話題作『おおきく振りかぶって』が思い出されてしまいますね。ただ、『おおきく──』が「アフタヌーン」連載作品らしく、十分に時間とページ数を費やしてキャラ描写などの“布石”を進めていったのに対し、こちらの『あおい坂』はいかにも週刊少年誌連載作品らしい、ハイテンポでダイナミックな立ち上がりとなりました。
 まぁ競争の激しい週刊少年誌では、連載当初から読者を掴んでアンケート結果を出さなくてはならない…という大人の事情がありますので、第1回から読み手にインパクトとカタルシスを与えるという考え方は間違ってはいないでしょう。間違ってはいないのですが、ただしかし、さすがにこの作品のストーリー展開は性急に過ぎたような気がします。
 何しろ慌ててストーリーを進めたがために、主役格の5人のキャラクター描写が全く不足したまま最初の試合シーンを迎えてしまいました。これでは読み手は作中世界を、ただ漠然とした状態で受け止めるしかありませんし、第一、誰がどういう人物だかよく判らない内に華々しい活躍をされても、読み手がその状況を感情移入して楽しめるかどうかと言うと……。
 また、読み手に大きなカタルシスを与えるためには、前もって過度に不快にさせない程度のストレスを与えておく必要がありますが、この点に関しても性急な展開が裏目に出てしまっているような気がします。一応は、「学校内で日陰の存在に置かれ、部員不足にも悩んでいる」…というストレス要素を設定してはいるのですが、随分と手垢のついたパターンだけに新鮮味が無く、おまけにページ数の不足から具体的な状況描写をする事が出来ていません。こんな状態では、いくら盛り上げようと工夫を凝らしても、読み手が得られるカタルシスはかなり限定されてしまうでしょう。
 もし、この第1回の内容を2倍から3倍ぐらいのページ数をかけてジックリ描けば、同じプロットでも随分と違った印象を与える事が出来たと思うのですが……。

 ただ、そうは言ってもまだ連載第1回ですから、今後時間をかけて登場人物のキャラクターを綿密に描き、着実に“布石”を打ってゆけば、早い段階で巻き返す事も可能でしょう。なので今はしばらく“経過観察”を続けたいと思います。

 現時点での評価
 というわけで評価は保留。第3回、そしてそれ以降もジックリと様子を見定めていきたいと思います。

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 時間の都合で今週は大きな動きのあった『いでじゅう!』だけ。
 一世一代の告白の結果は、状況はほぼ現状維持、ただし好く好かれるの“攻守”交代? ……という絶妙の玉虫色決着に。ここまで盛り上げておいて焦らされたのはアレですが、でもさすがモリさん落とし所を見つけるのが上手いなぁと。
 しかし、精神的な事に限って言えば、こういう物凄く手応えのある片想い期間ってのが、一番恋愛してて楽しい時期だったりしませんか? ……良いなあ、若いモンは活き活きと恋愛してて(笑)。

 ──といったところで今週はここまで。来週は「ジャンプ」が休みなので、随分と遅れ気味だった04年度開始連載作品の評価修正と、「コミックアワード」“ワイルドカード枠”の推薦作品発表が出来ると思います。それでは。

 


 

2004年度第79回講義
1月5日(水) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評・分割版」(12月第5週/1月第1週分・合同)

 12月30日のコミケット67におきましては、駒木研究室出展のスペースに多数の受講生さんにご来場&「『現代マンガ時評』04年度総集編」のご購入をして頂き、誠に有難うございました。この場を借り、改めて御礼申し上げます。
 なお、本の“メイキング”につきましては、昨日から始まりました旅行記の中でお送りする予定です。そちらも併せて受講下さるようお願い申し上げます。

 さて、今日は旅行等のために実施が遅れておりました、04年末発売の「赤マルジャンプ」05年冬号・全作品レビューをお送りさせて頂きます。例によって週刊本誌連載作品の番外編や企画モノは対象外とし、作品レビューにつきましても、通常より若干簡略化したものにするつもりです。そうは言っても、始めたら長話になるでしょうが(笑)。
 それでは時間も差し迫ってますし、早速参りましょう。

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

◆「赤マルジャンプ」05年冬号レビュー◆

 ◎読み切り『Luck Stealer −ラックスティーラー−』作画:かずはじめ

 ●作者略歴
 1971年9月19日生まれの現在33歳
 新人賞の受賞歴が全く無いまま、94年春の増刊で後の出世作となる『MIND ASSASSIN』でデビュー
 続いて、同年開催された第1回「ジャンプ新人海賊杯」にデビュー作を改作してエントリーし、読者投票で優勝。これにより優先連載権を獲得し、94年52号より同作の連載を開始。しかし翌95年27号までの27回で打ち切りとなり、その後は季刊増刊や「月刊少年ジャンプ」誌で連作短編の形で続編を発表した(作品としては未完のまま)
 その後、週刊本誌96年29号、97年3・4合併号にそれぞれ読み切りを発表した後、『明陵帝 梧桐勢十郎』を週刊本誌に連載。97年52号より99年52・53合併号まで、約2年の長期連載となる。その連載終了直後から、「赤マル」00年冬(新年)号、週刊本誌00年21・22合併号に新作読み切りを発表するなど意欲的な活動を続け、01年春には『鴉MAN』で3度目の連載を獲得(01年24号〜40号/16回打ち切り終了)。早期の打ち切りからのリカバーも早く、「赤マル」02年冬(新年)号、週刊本誌02年37・38合併号にまたもや相次いで新作を発表した。
 4度目の連載は03年31号より開始された『神奈川磯南風天組』ただしこれも2クール18回、同年51号までで打ち切り終了となった。連続短期打ち切りのため、「ジャンプ」復帰が危ぶまれたが、今回で増刊ながら約1年ぶりの復帰を果たす。

 についての所見
 デビューから間もなく10年、もう随分前から画風は固まっている感じですね。動性や人物のパーツ造型の写実性をやや欠く絵柄ながらも、独特なタッチなりに線は洗練されており、クオリティそのものは比較的高い水準にあると申し上げて良いでしょう。

 ストーリー・設定についての所見
 デビュー作『MIND ASSASSIN』を髣髴とさせる現代版『必殺』シリーズ路線のプロットの作品でしたね。かずさんにとって、この手の路線はさすがにお手の物といった感じで、シナリオの“起承転結”は手堅くまとめられていたと思います。“10年選手”らしい演出の巧みさも評価すべき点でしょう。
 ただ、このプロットとそれに基づいて作られたシナリオ、更には“運を操る能力者”という設定は、いずれも先例の多くある手垢のついたモノだけに新鮮味に欠けたかな…といったところです。これで何か目新しい設定でもあれば印象も変わって来たのでしょうが、敵役もステロタイプな悪徳金融業者とあって、余計に“手垢感”が増した感がありました。

 あと気になった点としては、今回は脚本力のあるかずさんにしては説明的なセリフが目立ったところと、主役格の1人である恵太少年の扱い方がややなおざりになっていた点でしょうか。結果的に恵太は何もしないままタナボタ式で助けられた形になっており、作品全体のテーマである「正しい事をし続けていれば奇跡が起こる。幸せになれる」との不整合が起きてしまいました。これはシナリオの完成度の面で減点材料にせざるを得ません。

 全体的に見れば、短編巧者のかずさんにしては随分とキズの多い作品で、10年来の読者としては残念でありました。

 今回の評価
 評価は厳しいかも知れませんが、大きな減点材料もありましたのでB+寄りBとさせてもらいます。

 ◎読み切り『大泥棒ポルタ』作画:北嶋一喜

 ●作者略歴
 1985年8月6日生まれの現在19歳。現役大学1年生。
 01年8月期「天下一漫画賞」で特別賞を受賞して“新人予備軍”入りした後、03年3月期「天下一」で準入選を受賞し、受賞作掲載によるデビュー権を獲得する。
 この権利を行使したデビュー作は「赤マル」03年夏号掲載の『SEA SIDE JET CITY』。今回はそれ以来1年4ヶ月ぶり2度目の読み切り掲載となる。

 についての所見
 デビュー作は年齢相応の粗さが否めませんでしたが、それから2年弱経って随分とタッチが洗練されて来た印象です。動的表現などの特殊効果や背景処理もよく出来ており、ひょっとするとアシスタント修行を積んだのかも分かりません。
 改善の余地を指摘するとすれば、表情のバリエーションがやや乏しかった点と、人物(顔)を描く視点が正面アングルで同じような距離感で描かれたのものが極端に多く、画面のメリハリにやや欠けた点でしょうか。必要以上に凝った絵や構図にされても困るのですが、もうちょっと気を遣ってもバチは当たらないと思います。

 ストーリー・設定についての所見
 まず、近未来(という名の架空の世界)を舞台に描かれた怪盗モノという着眼点は悪くないと思います。ただ、その発想を具体的でリアリティのある設定に結び付けられなかった感じで、「非現実な世界を舞台にした非現実なお話」に留まってしまったのは残念でした。
 特に「う〜む……」というポイントだったのがキャラクターの設定です。主人公・ポルタとその相棒・カスケには読み手が感情移入出来る要素が乏しく“動く記号”状態。ヒロイン・カワムラの場合は行動の動機付けとなるオルゴールのエピソードに説得力が全く見出せず(本来の持ち主以外に特に何の価値も見出せないはずのオルゴールに悪徳金融業者が執着するのは何故?)。これでは読み手を作品世界に没入させるのはかなり難しいのではないでしょうか。
 更に、ストーリーのヤマ場となる金庫破りにしても、トリックがかなり使い古された手法である上に、どう考えても敢えて面倒臭い手段を取っているような気がしてなりません。何と言いますか、映画『アルマゲドン』で、宇宙飛行士に穴掘りを教えるか、元々あった穴に爆弾放り込めば良いものを、わざわざ穴掘り屋を宇宙飛行士にして月に放り込んだのを思い出してしまいました。

 作者サイドの「凝った面白い話を作ってやろう!」…という意気込みは確かに感じられるのですが、残念ながら今回に限っては空回りに終わってしまったように思います。

 今回の評価
 設定の完成度の甘さ、ストーリー全体に染み渡っている御都合主義を考えると、“失敗作”の扱いは避けられません。評価はB寄りB−とします。

 ◎読み切り『ガランス』作画:田畠裕基

 ●作者略歴
 1984年7月30日生まれの現在20歳
 01年8月期「天下一漫画賞」で特別賞を受賞して“新人予備軍”入りした後、03年6月期「十二傑新人漫画賞」で最終候補、次いで04年上期「手塚賞」で佳作を受賞。今回がデビュー作。

 についての所見
 構図や人物デザインに極力バリエーションを持たせようという意欲が誌面の端々から強烈に伝わって来ますね。勿論それ自体は大変に好感の持てる事なのですが、いかんせん、それにまだ技術が付いていっていないようですね。
 まず、顔のアップは比較的綺麗に描けているのですが、ロングショットの構図になると途端に線が粗くなるあたりに経験の浅さと練習不足を感じさせられます。また、動的表現にぎこちなさを感じさせる場面も見受けられ、全体的なクオリティを押し下げてしまいました。この辺は早急にどうにかしないと、週刊本誌進出や連載獲得は難しいでしょう。アシスタント修行で身につけたと思しき背景作画を見る限りでは、画力そのものは低くないと思われますので、苦手分野の克服に勤しんでもらいたいものです。 

 ストーリー・設定についての所見
 最初に評価出来るポイントから挙げておきましょう。
 この作品独自の設定である新生物・メテリアンのオリジナリティと、その設定をストーリーの内容を上手く噛み合わせる事が出来ている点、これは良かったと思います。また、結果的に成功しているかどうかは別にしても、演出面に随分と気を遣った跡が見受けられるのも、問題意識の高さを感じさせてくれました。

 とはいえ、この作品は課題の方も山積みで、全体的なクオリティからすれば、かなり低い水準に留まっていると言わざるを得ません
 1点目は脚本。徹頭徹尾、説明的セリフや喋り言葉になっていない長セリフのオンパレードで、これは大変興醒めでした。情報や設定は、極力絵で描写するようにしてもらいたいものです。
 次に2点目は主人公のキャラ設定。義父から受け継いだ人間の愛に触れて凶悪化を避けられたメテリアン…という設定なのに、口も性格も悪い偽悪人キャラにしてしまっては説得力に欠けてしまいませんか? 確かに偽悪人キャラを使うとクライマックスからエンディングの展開で便利なのですが、そんな作者側の都合で主人公のキャラクターに矛盾を生じさせては意味が無いでしょう。
 3点目は戦闘シーンが魅力に欠ける事。主人公側・敵側共に「ゴルァ」系の罵詈雑言を吐きながらのパワープレイに終始し、単なるストーリー展開上の手続きという意味合いに留まってしまったのは、やはり不満が残ります。
 そして最後の4点目は過剰に連載化を意識したエンディング。「この物語はまだまだ続く」という含みを持たせるだけならまだしも、ほとんどパロディギャグとしか思えないほど陳腐な“大ボス会談”をやられては、もはや失笑するしかありません。こういうのを「蛇足」と言いますが、それにしてもこれほど太くて長い蛇の足は久しくお目にかかれませんでした。

 今回の評価
 評価はB−とします。センスを感じさせる部分も有るには有るのですが、それを台無しにしている悪い要素が多過ぎる印象です。偉そうな物言いで恐縮ですが、もうちょっと地に足をつけた作品作りをしてもらいたいと思います。

 ◎読み切り『生徒兵器上本』作画:吉原薫比古

 ●作者略歴
 1984年生まれで、誕生日は未公開。現在は20歳という事になる。
 03年8月期、04年1月期「十二傑新人漫画賞」の「あと一歩で最終候補」リストに名を連ねた後、04年上期「赤塚賞」で準入選を受賞
 その後、週刊本誌04年39号に『トイレ競走曲〜序走〜』が代原掲載され、暫定デビュー。次いで同年43号に「赤塚賞」受賞作『KESHIPIN弾』が掲載されて、これが正式デビュー作となった。
 今回はそれ以来の新作発表。

 についての所見
 特殊効果などはデビュー時よりは若干マシになった感もありますが、それでもプロのマンガ家の絵としては落第点をつけなければならない水準です。
 特に問題と言えるのが、作品内でクオリティが大きく変動する点と、ディフォルメの使い方が全くマンガとしての効果を意識していない点の2つ。「稚拙」というより「雑」という印象が強く残ってしまう絵でした。

 ギャグについての所見
 どうでもいい事を大袈裟に表現したり、必要以上に持って回った長ゼリフの応酬をカマしたりして違和感を醸し出し、読み手の笑いを誘う…という吉原さんの作風が今回も全面に出ていますね。
 ただどうでしょう、今作は“間”の取り方が甘く、セリフもただボケの内容を説明したり、ヒネリの無い反応を返すだけの浅いツッコミが目立ったように思えました。数ヶ所は読む人によってはツボを突かれるようなギャグも見受けられたのですが、“打率”はプロ野球のバッター並に留まってしまったかな…といったところです。

 あと、今回気になって仕方なかったのが、コマ割りに対する無頓着さです。小さいコマと大きいコマの使い分けが酷く適当ですし、前フリからページを跨いでオチに持っていく…というテクニックも見られないまま。理詰めで笑いを誘う技術に乏しい感じで、これでは正直言って先が思いやられます。

 今回の評価
 評価はC寄りB−。……んー、これ以上この作品について述べると、物凄い毒発言になりそうですのでノーコメントっちゅうことで。

 ◎読み切り『ナツキン』作画:本名健二

 ●作者略歴
 過去の増刊・週刊本誌掲載リストに名前が無いが、プロフィール紹介ページも無く、個人データは全く不明。ただし、プロフィール紹介が無い場合は別ペンネームでデビュー済みの公算が高い。
 同じ名字の若手作家さんとしては、「赤マル」00年冬号デビューで、矢吹健太朗さんのアシスタントを務めていた本名健太郎さんがいるが、手元に同氏の絵が掲載された資料が無く、現時点では判別不可。(情報をお持ちの方、よろしければお教え下さい)

 についての所見
 表情の変化や動的表現が少々ぎこちない場面もいくつか見受けられましたが、何箇所かあったディフォルメ表現はなかなかの出来で、総合的に見れば若手作家として及第のレヴェルには達していると思います。ただし、絵で読み手の興味を惹き付けるには個性とインパクトが不足している感じで、数多の若手作家の中で抜きん出るにはもう少し他の人には無い何かが欲しい所ですね。

 ストーリー・設定についての所見
 プロット・シナリオは手垢のついた平凡なモノながら、設定したテーマに忠実に仕上げられた真面目な作品ですね。盛り上げ所もキチンと考えられており、エンターテインメント性を意識した作りになっています。
 ただし、問題点も多く存在します。横田と桜泉学園との因縁を生じさせたシーンはやや唐突で分かり難かったですし、最後の2on2の試合シーンでも、横田が主人公・赤島のパステクニックを完全に失念しているのは物語の展開上かなり無理があるように思えました。
 また、赤島のキャラクター設定がいかにも主人公らしくなく、読み手の感情移入を得られ難いであろうという事、コメディ風味を出すために散りばめられた小ギャグがことごとくスベっている事など、読み手の通読意欲を損ねかねない要因がいくつも見られました。「何をすべきか」は解っているものの、そのために「どうすべきか」が解っていない…というような印象がありましたね。

 今回の評価
 評価はB寄りB−とします。主人公のキャラクター次第では侮れない作品になったと思うのですが、残念です。

 ◎読み切り『レッサーパンダ・パペットショー』作画:篠原健太

 ●作者略歴
 生年は非公開の1月9日生まれ。脱サラしてのマンガ家デビューという、「ジャンプ」作家としては異例の経歴。
 03年6月期、9月期の「十二傑」で“最終候補まであと一歩新人リスト”に掲載されたが特に受賞歴等は無く、今回は実績的には一足飛びでのデビューとなる。

 についての所見
 これがデビュー作とは思えないほど手馴れた印象の有る、線の洗練されたスッキリした絵柄ですね。背景の描き込みや特殊効果なども新人離れしており、技術は相当の水準に達していますね。
 課題を挙げるなら、顔の描き分けがやや甘く、どこを見ても同じような表情ばかりに見えた事でしょうか。また、これは評価の対象にすべきではないのかも知れませんが、人物の造型が若干古臭さを感じてしまいました。

 ……あとこれは完全に評価外の私見ですが、口を大きく開けた表情というのは必要以上に下品な印象を与えてしまうので、あんまり乱発しない方が良いと思うのですが、どんなもんでしょうか。 

 ストーリー・設定についての所見
 まず脚本が非常に素晴らしいです。これは今後の活動の上でも大きな武器になる事でしょう。
 ストーリーテリングの面では、冒頭の流れるような展開に魅力を感じました。主役格の登場人物のキャラクターを簡潔に描写出来ており、状況の提示も非常にスムーズでした。キャラ設定と立場的な位置関係や、物理的ショックで魂が抜けるという設定は記憶喪失ネタ並に定番ですが、これも脚本とテンポの良さで押し切って、ネガティブな印象はそれほど無かったと個人的には感じています。

 ただ、惜しむらくは中盤でストーリー展開がかなりダレてしまった事。火葬場までの道中や2回に及ぶ不良との絡みはもうちょっと内容をスッキリさせる事が出来たのではないでしょうか? その分浮いたページでもっと演出に力を入れたり、ラストシーンでもう少し盛り上げたりすれば、もっと良くなったと思うのですが……。
 あと、コメディと銘打つ以上は、もう少しギャグのクオリティも充実させて欲しかったですね。脚本力はあるのですから、もうちょっと意図的に笑いを取るようなセリフ回しを狙ってみるべきでしょう。

 最後にラストシーンで種明かしされるアキラに関するビジュアルトリックですが、この完成度もなかなか見事でした。伏線提示と処理に関するテクニックも非凡なモノを感じさせてくれます。
 ただ、今回のトリックは、ストーリーの内容や作品のテーマ的には全く関係の無い要素であり、“無闇矢鱈にクオリティの高い蛇足”に終わってしまった嫌いもありましたね。

 今回の評価
 高い技術を感じさせてくれる作品ではあるのですが、中盤のダレ方が激しく、Aクラス評価を出すには躊躇してしまいますね。評価はA−寄りB+とします。ただ、持ち前の高い脚本力と構成力を活かし切るようなアイディアに恵まれれば、週刊本誌でも五分に戦える余地は十分にあると思いますよ。


 ◎読み切り『トトの剣』作画:大久保彰

 ●作者略歴
 1980年3月11日生まれの現在24歳。
 00年9月期「天下一」で最終候補に残り、“新人予備軍”入り。岸本斉史さんのスタジオでアシスタント修行を積んでいたが作品を発表する機会に恵まれず、今回がようやくのデビューとなる。

 についての所見
 絵が達者な作家さんのスタジオでアシスタントを務めた成果がストレートに表れた、高度に洗練された絵柄になっていますね。ただし、やや描写が細か過ぎなのが気になります。線の強弱のメリハリに欠け、絵から伝わる躍動感が薄い嫌いもあったりしました。

 ストーリー・設定についての所見
 まず疑問なのが、このストーリーでわざわざ現実と全く異なる架空世界を舞台にする必要があったのかな? ……という点です。今作のストーリーや設定ならば、ディティールを少しいじるだけで現実世界(または中世ヨーロッパや日本の江戸時代など過去の現実世界)を舞台にした伝奇モノにアレンジ出来たはずで、どうも手間を掛けてわざわざ読み手にとって馴染の薄い、つまり作品の内容に没入し辛い設定にしてしまったような気がしてならないのです。
 これがもし、“石の文明”社会を舞台にした連作短編の1つというのなら話も変わって来るのですが、今回のストーリーに、このオリジナルの世界観がそれほど噛みあっているとは思えないんですよね。

 また、これは作品内でセルフツッコミが入っているのですが、主人公の「小さな危険から逃げながら大きな危険を冒す」という行動パターンはやはり矛盾していますよね。名工オーケンの剣を奪い返すのは構わないのですが、それなら目先の危険からも逃げちゃ駄目でしょう。
 恐らくはストーリーから逆算して設定を組み上げたが故の構造的欠陥だと思うのですが、この辺りはもっと練りこむ余地があったような気がします。主人公に説得力の無い行動を取られては、ストーリーにも説得力が出て来ませんからね。

 そしてもう1つ、ヒロインと敵役のキャラ設定の練りこみが随分と甘かったのも気になった点です。主人公も含めて、登場人物がストーリーを成立させるための記号に留まっている感が否めません。

 ……と、欠点ばかり述べる結果になりましたが、岸本さん直伝の構成・演出力にはかなり見所がありました。キャラクターとストーリーに恵まれれば、この長所はもっともっと活きて来るでしょう。

 今回の評価
 設定やストーリーの構造的欠陥は大きな減点材料となりますので、評価は厳しくB寄りB−とします。ただ、かなりのポテンシャルを秘めた作家さんだとは思いますので、あとは空回りした歯車が噛み合い始めれば…といったところですね。

 ◎読み切り『WONDER HEAD』作画:新井友規

 ●作者略歴
 1983年3月12日生まれの現在21歳
 02年11月期「天下一」で審査員(鈴木信也)特別賞を受賞して“新人予備軍”入り。その後、03年12月期「十二傑」で『HURL KING』が十二傑賞を受賞し、この作品が「赤マル」04年春号に掲載されてデビュー。
 今回はそれ以来、2回目の増刊登場となる。

 についての所見
 デビュー作と悪い意味で変わらない、『スラムダンク』になり損ねたようなハンパなクオリティの絵柄ですねぇ……。新人賞の応募作ならともかくとして、プロデビュー後の絵としては、やはり不満が残ります。
 背景や特殊効果等の描き込みは手馴れて来た感じですが、もっと人物作画に丁寧さと緻密さが欲しいところですね。今のままでは普通に描かれた絵がまるで軽くディフォルメされているように崩れているので、どんなシリアスな話をしても妙な軽さが滲み出てしまいます。

 ストーリー&設定についての所見
 ストーリー・設定の方も、相変わらずの『スラムダンク』リスペクトですね。まぁ今回は単なる桜木花道パターンでなく、「先生、バスケがしたいです」が物凄く生ぬるい感じで融合されてる感じですが(苦笑)、それはそれでまたゴマンと先例があるパターンですしねぇ……。
 しかも、キャラクター設定の妙で若干のオリジナリティが感じられた前作と比べると、今作はストーリーからキャラクターから徹頭徹尾“黄金パターン”の模写……いや、キャラクター設定がなおざりになっていたり、主人公の心境の変化が「ストーリーの都合に合わせました」的な強引なモノになったりしている事を考えると、これはもう模写にもなっていないですね。スポーツ物の肝である試合シーンも極めて平凡ですし、ちょっとこれは辛いですね。
 まぁ確かにストーリーそのものは上手くまとめられているので、1つの作品としてはキチンと成立しているのですが、これもこの“黄金パターン”を築き上げた先人たちのお蔭であり、新井さんの作家性は微塵も感じられません新人の内からここまで創作意欲に欠けていて、果たして今後はどうなっちゃうんでしょうか?

 今回の評価
 評価は基礎点B評価から絵の稚拙さとオリジナリティ・作家性の欠如を差し引いてB−としておきます。極私的な趣味嗜好で評価して良いならもっと厳しい点をつけますが、一応は作品として成立している事を考慮して一線は越えずに踏みとどまります。


 ◎読み切り『メガネのベクトル』作画:大江慎一郎

 ●作者略歴
 1981年10月11日生まれの現在23歳
 02年4月期「天下一」で最終候補に残り“新人予備軍”入りし、特別賞以上の受賞歴がないまま、今回のデビューを迎えた。

 についての所見
 デビュー作相応と言うべき、まだまだ発展途上といった感じの絵柄ですね。人物作画もそうですが、特殊効果や背景処理なども粗く、これはかなり改善の余地を残している感じです。

 ギャグについての所見
 勢い勝負のボケを、ろくにツッコミもいれずに徹底してスルーしっ放し。自分のギャグの魅力を自分で台無しにしているような展開にむず痒さを感じてしまいます。ボケを無視して“間”で笑いを取る…という手法は確かに有効ではあるのですが、それは1作品に1回限りの“奇襲攻撃”的なギャグで、あまり乱発すべきものではないでしょう。
 また、ビジュアルで見せる“一発ギャグ”も画力不足が祟って見せ方が上手くいっていませんし、セリフ回しによるギャグもまだまだ。残念ながら及第には程遠い内容に終始した印象です。

 今回の評価
 画力もアレですし、評価はC寄りB−に留めます。こちらも、もう少し理詰めで笑いを取るテクニックの習得を急ぐべきでしょう。素質の有る若手ギャグ作家さんは、多くは有りませんが連載枠が埋まるぐらいは揃っているのですから。

 ◎読み切り『紅熛 -クレナイノヒョウ-』作画:及川友高

 ●作者略歴
 1977年2月27日生まれの現在27歳
 02年4月期「天下一」で最終候補に残り“新人予備軍”入りし、「赤マル」03年冬(新年)号にて『神様のバスケット』でデビュー。今回は2年ぶりのデビュー第2作となる。

 についての所見
 デビューから2年。線が若干スッキリしたのはキャリアの成せる業でしょうが、どうも画力(デッサン力)が伴わないまま、画風だけが固まってしまったような気もします。顔の造型のパターンも物足りませんし、表情の変化もかなり硬く、いかにも見栄えのしない絵柄になってしまっています。これでは本誌進出、連載獲得は厳しそうですね。

 ストーリー&設定についての所見
 “「ジャンプ」式読み切りフォーマット”と言うべき定番パターンに落とし込んだシナリオで、一応はお話として成立していますが、クオリティ的には全体的に物足りなさが残ります。
 先ほどの『トトの剣』と同様、この作品もわざわざ壮大な架空世界を1つでっちあげるにはシナリオの内容が物足りない感じで、更には不要な設定や、固有名詞先行で説明不足のまま理解に苦しむ設定も散見されます。有り体に言ってかなり独り善がりな世界観を見せられた…という印象です。
 登場人物の扱い方も随分荒っぽいと言うか、主役級を持て余し気味のストーリー展開に終始。また、主人公のキャラ付けも『テニスの王子様』を見ているかのような決めゼリフ先行型で、かなり乱暴だったように思えます。
 また、これは画力不足のせいもあるのですが、演出面もやや物足りなく、どこにでも転がっているような話を、どこにでも転がっている作品のようにまとめてしまったかな…といったところでしょうか。

 今回の評価
 画力の減点も有りますし、評価はギリギリでB−といったところ。次回は、もうちょっと設定を整理し、演出に力を注いだ作品を見せてもらいたいものですね。


 ◎読み切り『流れ星ポロン』作画:佐藤真由

 ●作者略歴
 1983年11月20日生まれの現在21歳
 03年9月期「十二傑」で“最終候補まであと一歩”、同年12月期「十二傑」には最終候補に残って“新人予備軍”入り。04年3月期でも最終候補まで残った後に7月期には十二傑賞を受賞し、更に04年上期「手塚賞」でも佳作を受賞した。
 今回は十二傑賞受賞作でのデビューとなる。

 についての所見
 
「十二傑」の際には画力で“◎”評価を獲得していましたが、なるほど背景処理や特殊効果などは、新人作家さんにしては達者な部類に入ると思います。ただ、人物作画、特に顔のデッサンはかなり歪み気味で、もうちょっと緻密さを持たせる必要があるでしょう。動的表現にも、もう少しスムーズさが欲しい所ですね。

 ストーリー&設定についての所見
 まず、ネーム(セリフ、モノローグ、ト書き)の量を削り、絵で見せる演出に力を注いでいるのは非常に好感が持てます。実際、演出面に関しては成功していると言って良いでしょう。
 プロットや人物キャラ設定に関しても、ボリュームを抑え気味にして、代わりにクオリティを意識した仕上げ方で、こちらも上手くまとめられているのではないでしょうか。

 ただ惜しいのは、主人公・ポロンがシナリオの中では“お客さん”的なポジションに終始し、エピソードの中で浮き気味になってしまった所です。せっかくの回想シーンも挿入のタイミングがいかにも取って付けたような感じで、アンバランスな印象を受けました。もうちょっとポロンを上手く揉め事に巻き込む方法が無かったものでしょうか。
 また、ポロンの特殊能力もバトルの駆け引きに活かし切れないままで、せっかくの多彩な能力も蛇足で終わってしまっています。敵役の能力をもうちょっと強くした方が良かったですね。

 今回の評価
 評価はB+。演出面を中心にセンスを感じさせてくれる作家さんですので、次回作以降での大化けに期待が持てますね。


 ◎読み切り『カミサマの手』作画:高橋英寿

 ●作者略歴
 1983年6月生まれの現在21歳
 投稿時代は“高橋英里”名義で、03年4月期「十二傑」で最終候補に残った後、04年5月期に十二傑賞を受賞。今回が受賞作掲載によるデビュー。

 についての所見
 
単刀直入に言って、デビュー作としては上々の水準には達していると思います。森田まさのり作品風の表情描写といい、アングルや距離感の使い分けといい、良いセンスの絵ですね。特にセリフと人物の表情が上手くマッチしているのが好印象です。
 これであとは全体的にもう少し緻密さが出て来れば良いですね。そうなれば週刊本誌に入れても遜色の無いレヴェルになるでしょう。

 ストーリー&設定についての所見
 地味で小じんまりとした内容ながら、プロット・シナリオが良く練られている佳作だと思います。“起承転結”の流れも見事ですし、主要登場人物の数を絞って、その分主人公のキャラクター描写にページ数を費やしたのも好判断でしょう。
 ただ、これは「十二傑賞」の講評にもあったのですが、主人公がボランティアのような“カミさま業”を本格的に乗り出すようになった動機付けや回想シーンが、あと1つ欲しかったですね。ストーリーの説得力がやや殺がれ、画竜点睛を欠いた印象が残りました。

 今回の評価
 評価はA−寄りB+としておきましょう。高橋さんは玄人ウケするような、地味で確実な仕事の出来る人…という印象で、これで何か題材に恵まれれば、すぐにでも大きなチャンスが来ると思われます。

 ◎読み切り『CRUSH』作画:松本佑介

 ●作者略歴
 1981年8月14日生まれの現在23歳
 03年2月期「天下一」で“最終候補まであと一歩”、03年4月期「十二傑」で最終候補に残って“新人予備軍”入り。04年1月期「十二傑」では最終候補に残れず足踏みするも、同年6月期で十二傑賞を受賞してデビュー権を獲得。今回はその特典を行使しての受賞作掲載。

 についての所見
 人物が背景に紛れるような感じで、多少ゴチャついた印象はありますが、人物造型などはいかにも今風で、好感度の高い絵柄ではあると思います。特殊効果や動的表現なども全く問題なく、これでもう少し線が洗練されて来て、スッキリした見栄えの絵になれば、出世争いにおいて大きな武器になる事でしょう。

 ストーリー&設定についての所見
 格上の敵役を相手に、使用条件が極めて限定された切り札を持つ主人公が挑む…という、バトル描写の基本フォーマットに忠実な作品ですね。やや敵役のスケールが小さかったような気もしますが、ただ倒されるために用意した記号としての敵役ではなく、キチンと必要最小限のキャラクター描写が為された人物を配置したのにも好感が持てました。
 ただ、ストーリーの中身がほとんどバトルで占められていて、ボリュームの面で物足りなかったのも事実。これで親子愛なり、何か確固たるテーマを設定し、それをラストシーンでクローズアップする事が出来れば、シンプルかつ重厚な良作になれたと思うので、非常に残念でした。

 今回の評価
 評価はB+。「十二傑」結果発表時の講評では「大不作の回」といった印象があったのですが、いやいやなかなかの素質の持ち主とお見受けしました。次回には、シナリオを慎重に練った作品を期待します。


 ◎読み切り『バスチル』作画:木村泰幸

 ●作者略歴
 1978年9月5日生まれの現在26歳
 03年11月期「十二傑」で最終候補に残って“新人予備軍”入りし、、今回はその権利を行使しての受賞作掲載。次いで04年9月期に十二傑賞を受賞してデビュー権を獲得

 についての所見
 ストーリー向けのシリアスタッチとギャグ向けのディフォルメを上手く使い分けており、いかにもコメディに向いたタイプの絵柄ですね。美醜男女の描き分けもなかなか達者ですし、潜在能力はかなりのモノと見ました。絵柄のタイプ的には、“うすた京介+のりつけ雅春(『中退アフロ田中』)÷2”といったところでしょうか。
 欲を言えば、これでもう少し線が洗練されて、見た目がスッキリしてくるといよいよ本格的なのですが、これは次回作でのお楽しみとしておきましょう。

 ストーリー&設定についての所見
 辻褄合わせのディティール描写をバッサリとカットし、とにかく勢いに任せてアツい話を描き切った…という感じですね。プロットそのものは昔からあるパターンではありますが、過ぎたるは及ばざるが如し的な潔さが奇妙な爽快感を生んで、読後感の良い作品に仕上がりました。
 ただ、やはり全体を通じでの完成度という面では今一つ。動機付けと能力・性格設定を不明確なままに主人公を暴走・活躍させたり、御都合主義的なストーリー展開など、多くのツッコミ所を内包した内容になってしまっています。もっとも、純粋な一読者として楽しむ上では、このような細かい所を気にするのは野暮というものでしょうね(笑)。まぁ、当ゼミのようにクソ真面目な評論をするのでもなければ、低予算のB級娯楽Vシネマを観るような感じで楽しめば良いんじゃないでしょうか。

 今回の評価
 評価は、やや完成度の低い「名作崩れの人気作」ということでB寄りB+。とりあえず、早いうちにもう1回新作を読んでみたいですね。

 ※総評…A−以上の評価はゼロということで、開講以来の3年では一、二を争う大不作という事になりました。非常に残念です。
 中でもキャラクター設定やシナリオに深刻な矛盾のある作品や、必要以上に壮大な世界観で矮小なエピソードを描いたファンタジー系の失敗作が目立ったような気がしました。もう少し設定やストーリーに一貫性を持たせる事と、ストーリーの身の丈にあった世界観を舞台にするという認識を持って頂きたいと思います。壮大な世界観の架空世界を舞台にするのなら、それ相応のスケールの大きな、その世界観でないと不可能なストーリーを用意しないと、結局は架空世界の馴染の薄さだけが前面に出てしまいます。
 とはいえ、B+評価を出した作品の作家さんは、いずれも荒削りながらA級のポテンシャルを感じさせる人たちばかりでした。これで順調に才能が開花してくれれば、後々に連載で活躍出来るようになると思います。


 ……という事で、やっと終わりました。でも、これからすぐに年明け合併号のレビューをやらなくちゃいけないんですよね。あー、分身の術が使えたらなぁ……。
 とまぁ、そういう事で、また後ほど。

 


 

2004年度第78回講義
1月2日(日) 人文地理
「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(1)

 今年最初の講義は前年に続き、年末の弾丸旅行レポートとなりました。当初は「現代マンガ時評」の予定だったのですが、実は旅行と「赤マル」の発売日が重なってしまって作品チェックが遅れに遅れ、まだゼミが実施出来る状況じゃなかったりするのですよ。
 「赤マル」は旅行中に読破するという手もあったのですが、何分“弾丸旅行”なもので荷物を最低限に抑えなければならず、あんな馬鹿みたいに分厚い雑誌を持ち歩く余裕が無かったのです。

 ……まぁそういうわけで、今日は鮮度の高い題材を使った講義でご機嫌を伺おうかと思います。例によって遅々とした進行になるかと思いますが、どうぞ気長にお付き合い下さい。ちょうど、春休みまでには終わるんじゃないでしょうか(笑)。

 それでは、27日夜の自宅出発から話をスタートさせます。レポート文中においては、いつも通り文体は常体、人物名は現地で実際にお会いした方以外は原則敬称略とします。


 ◎初日(12月27日)

 19時過ぎ、自宅を出発。もう少し余裕を持って家を出るつもりだったのだが、旅行先に関する調べ物や何やらでやたらと時間を取られてしまった。
 特に今回はコミケ出展関連の忘れ物のチェックを念入りにやった。細かい雑貨は東京の100円ショップかどこかで現地調達する予定なので荷物そのものは多くないのだが、サークルチケット等、忘れたら致命傷になる物が結構多くて気を遣う。注意力を極度に一極集中させる癖のある駒木、恥ずかしながら30手前にして忘れ物が結構多いのである。
 どれくらい知名度がある話か知らないが、サークルチケットを忘れた場合、一応は“当日券”を発行してもらって入場・参加は出来るのだが、ペナルティとして次回申し込み時はほぼ100%の確率で落選する羽目になる。この「次回」ではなく「次回申し込み時」というのがまさにペナルティたる所で、この制度を考えた方は凄いと思う。横浜・佐々木投手の愛人が、昔ドラマでやってたように無駄に喩え話をしてみると、これは半年後以降に1回告白して振られない限り恋人が出来なくするようなもんである。わざわざ1回、大きな手間と失望を経験させるというこの嫌らしさが素晴らしい。
 ちなみに駒木、そっち方面ではどこで何のご機嫌を損ねたか、かなり重篤なペナルティを課されているらしい。片想いの相手から浮気の後処理の相談を受けるという痛恨事から早1年余り経つのだが、いい加減に解除の方向へ向かって欲しい。

 ……まぁどうでもいい話はさておき、念入りに荷物チェックを終えて出発である。背中にはバックパック、肩には例によって仕事・レジャー兼用の肩掛けカバン。詰め込めばバックパック1つに入るのだが、こうしておくと東京では不急不要の品物をバックパックに詰めて預け、肩掛けカバン1つで街をブラつく事が出来るという寸法だ。
 ただしこの格好、中途半端な時刻に自宅近くの生活道路を歩いているとあからさまに浮いた存在になるという難点もある。私服で会社に行った帰りにその足でハイキングに行くようなこの異様な佇まいは、住宅街では殊のほか怪しい。まぁ“弾丸旅行”の場合、出発・帰着の時刻は人通りが少ない時間帯になる事が多いから、別段問題は無いのだが。

 最寄の駅まで徒歩、そこから神戸市営地下鉄で三ノ宮駅へ。JRの改札で「青春18きっぷ」に27日付のスタンプで入鋏してもらい、駅構内の売店で缶チューハイ2本を購入。いつもなら1本で止めとくのだが、今晩乗る夜行では少々呑み過ぎてトイレが近くなっても支障の無いように通路側の座席を確保してあったりする。こういう細かい所で抜かり無くやるのが、旅行を快適に進める秘訣でもある。
 三ノ宮駅から夜行「ムーンライトながら」の始発駅・大垣駅までは在来線を乗り継いで2時間半程度。車中では例によって文庫本を広げて読書タイム。今回は『蒼穹の昴』『ローマ人の物語』が旅のお供だ。ただ、最近は心身が夜行列車というものに慣れて来たせいか、結構スムーズに眠れてしまって読書が余り進まない。普段まとまった読書の時間が取れない駒木にとっては痛し痒しといったところ。
 大垣駅では約30分の待ち合わせ。駅から歩いて数分の所にあるコンビニで最終の物品調達。この店、夏の時点では酒類を扱っていなかったのだが、いつの間にか結構な品揃えをするようになっていた。大垣駅には酒類の自動販売機が置いてないので売店が閉まる夜にこれは貴重。店主もこれまでその事に気付いていないはずはなく、恐らくは「念願の」という酒類販売開始だろう。駒木も記念とばかり、もう1本、今度はスパークリングワインを購入。これで調達した酒は悪酔いしそうなリキュール系ばかり3本となった。この、何かしら無茶をしないと旅行した気にならない性は、まだ若い内に修正しないといかんのだろうな。

 会計を済ました後、コンビニ内でちょっとだけ立ち読みをして時間を潰して大垣駅に戻ると、間もなくして列車がホームに入線して来た。繁忙期限定の臨時便・「ムーンライトながら92号」だ。
 この臨時便、車両や設備は古いものが使われているのだが、個人的には何故か新型車両を使った正規便「ながら」の座席よりも体にフィットするので、こちらの方がお気に入りだったりする。予約も比較的取り易いし、全席指定で乗車中も快適だしで(正規便は途中から自由席になる上に、指定席券を持たない命知らずが多数紛れ込むので気が休まらない)、盆暮れの旅行では非常に重宝している。
 ホームに停車した「ながら」臨時便だが、何故か駒木の目の前に止まった部分の行き先表示幕には「東京」ではなく「宇都宮」の文字が。まぁ何の事は無いケアレスミスなのだが、そこへ次々とデジカメ持参でやって来てフラッシュを焚く“鉄”の人たち。彼ら的にはこれが絶好のシャッターチャンスなのだろう。
 まったく、コミケのコスプレ撮影といい、本当にデジカメというのは用途の幅が広いものだとしみじみ。これと同じ機械で戦争の悲惨さを全世界に伝えられるとは到底想像できない(笑)。

 23時00分、定刻通り列車は出発。名古屋まで乗車率は6〜7割程度で車内は閑散としており、ストレスの溜まらない状況で、早速酒をあおる。肴はコンビニで仕入れたビーフジャーキー。高タンパク低カロリーで食べ切るまで結構時間が保つので、これまた最近のお気に入りである。
 ところで、この日の車内はやたらと寒かった。暖房がほとんど効いていないようで、車掌が度々エアコンの送風口をチェックしている姿が見受けられた。果たして、小一時間経って名古屋に停車した所で「暖房が不調なので、現在設定温度を上げて様子見しています」というアナウンス。おいおい、カンヅメにして指定席料金まで取ってこの仕打ちかい。
 こうなったら体の内側から温めるしかあるまいと呑むピッチを上げ、1時間ほどで用意した3本の酒を飲み干すと、体が温まる前に脳が少々出来上がる(笑)。それと共にトイレも近くなり、その度に体温が奪われて寒気。まさに踏んだり蹴ったりの様相だ。何だ何だ、何か悪い事でもしたか俺。

 ◎2日日(12月28日)
 
 日付替わりの検札を受け、「18きっぷ」に28日付の入鋏を受けた後、フテ寝気味に目を閉じる。酔いのせいかスムーズに浅い眠りに入り、気が付いたら静岡駅。いつの間にか暖房の調子が戻っており、設定温度を上げたせいか今度は車内全体がうだるような暑さ。短時間で極端から極端へと、ほとんど嫌がらせだ。さっきから車内のどこかで東京六大学の学生を5人ずつ集めてガマン大会でもやってるのかね。
 仕方ないので上着を1枚脱いで、再び仮眠。次に目が覚めたら熱海だった。車内はまたエアコンの設定温度を下げたのか、ようやく適温になっていた。何はともあれ、これで東海道線で一番不快な時間帯(浜松〜熱海間)をほぼ“ワープ”出来た事になる。過酷な日程を前に、数時間でも寝られたのは収穫だろう。

 それからの1時間余りは何事も無く、4時38分に品川着。東海道線から京浜東北線のホームへ移動し、横浜方面の電車に乗り、常宿「アワーズイン阪急」のある大井町駅へ。ホテルのフロントで当日宿泊予定者の荷物一時預かりサービスを利用する。ただ、この時間にノーモーションでフロントへ突撃すると、かなり怪訝な顔をされるので初心者にはお薦め出来ない。
 階下のコンビニでペットボトルの茶を調達してから再びJR大井町駅へ。京浜東北線で新橋駅へ。28日付のスタンプが入った「青春18きっぷ」をここぞとばかりに活用しまくる。100円ソコソコの運賃でも積み重なればかなりの節約である。

 そして午前5時過ぎ、新橋駅着。朝夕にはサラリーマンで賑わうこの駅も、今はさすがに人通りもまばら。冬至を過ぎて間もない季節とあって、空は未だ夜の闇である。
 そんな中、駒木は手袋をはめ、防寒装備を固めて寒風吹きすさぶ街並みへと足を踏み出す。さぁ、3日間の強行スケジュールの始まりだ。よい子と肉体の衰えが隠せない大人は絶対真似してはいけない行程の幕は、満を持して切って落とされたのである。(次回へ続く


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