「社会学講座」アーカイブ

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講義一覧

8/29(第30回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(8月第4週分)
8/23(第29回) 
演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(8月第3週分)
8/17(第28回) 人文地理「駒木博士の05年春旅行ダイジェスト」(1)
8/11(第27回) 
演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(8月第2週分)
8/9(第26回) 人文地理「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(11・最終回)

8/6(第25回) 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(7月第6週/8月第1週分)
8/3(第24回) 
人文地理「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(10)

 

2005年度第30回講義
8月29日(月) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(8月第4週分)

 いつにも増して公私共にバタバタしておりまして、またしてもゼミの実施が1週間遅れ……。元々そんなのありませんが面目ありません。

 今回は講義実施日基準で先週分、つまり8/22発売の「ジャンプ」関連のゼミです。「サンデー」関連は、読み切りも新連載も連載回数キリ番も無いので、今週もお休みですね。若手作家さんの読み切りが載ってもアレなケースが多い「サンデー」なんで、それはそれで平和だという気もするんですが、ここまで凪の状態が続くとやっぱり寂しいもんですね。
 前みたいに連載作品から何作品かをピックアップして感想述べても良いんですが、アレは結局採り上げる作品と感想のニュアンスが固定化されて、毎週同じ事ばっかり言ってる事になるので、やってる自分が真っ先に嫌になっちゃったんですよね。
 例えば今の駒木だと、毎週『絶チル』『結界師』を褒めて、あとは特定の作品と特定の編集者を皮肉るだけになるという、実に受け皿の狭い内容になる事必至なわけでして。これが自分としては余り好ましくないんですよ。
 ほらあるでしょ、政治の話始めると自分の支持政党の良い所ばかり注目して、逆に反対勢力政党の悪い所ばかり抜き出して腐すのをルーチンで繰り返してるブログとか(笑)。ああいうの嫌いなんですよ。その人と波長が合えば気持ち良いんでしょうけど、一度ズレたら毎回の更新が拷問に近いんですよ。特に支持政党とか主義主張って歩み寄りようの無い分野ですからね。
 当講座ではタクシー運転手の世間話ルールに倣い、政治と宗教と野球関係の悪口は極力避けているんですが、実はマンガの話も突き詰めれば似たような事になっちゃうのかな……と思う今日この頃でして。だったら、ただでさえ言いたい放題言ってて殺伐とした雰囲気になりやすいゼミなのに、殊更それを助長する事も無いだろうという結論に至ったわけです(笑)。
 ……まぁそういうわけで、講義のボリュームが少ない場合も、「あぁ今週は平和だったんだなぁ」と思って遣り過ごして頂ければと思います。

 ──では、今週分のゼミに参りましょうか。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

※もうここで情報を扱った“次号”は既に発売されているんですが、備忘録代わりに掲載しておきます。

 ★新連載&読み切りに関する情報 

 ◎「週刊少年ジャンプ」では、次号(39号)に「第2回金未来杯」エントリー作として、『バカ in the CITY!!』作画:大石浩二)が掲載されます。
 大石さんは新人賞の受賞を経ないまま、04年に代原暫定デビュー。同年「赤マル」夏号で7ページの掲載ながら正規デビューを果たすと、同年末発売のギャグ増刊、週刊本誌05年7号とステップアップして、今回の金未来杯エントリーとなりました。
 「ジャンプ」ギャグ枠における出世の難しさは既に周知の通りですが、今回はその狭き門をアイシールド21よろしく一気に駆け抜けるための貴重なチャンスとなりました。

 ◎「週刊少年サンデー」では、次号(40号)より『クロスゲーム』作画:あだち充)が第2部連載開始(再開)となります。
 プロローグ的な第1部でヒロイン候補が死んでしまうという衝撃の展開で迎える第2部は、やはり数年後まで時間を進めて始まる模様ですね。ストーリーの進行が極めて遅い“あだちメソッド”が採用される可能性が極めて高いですので、当ゼミでは、再開初回の内容については、とりあえずチェックポイント枠で扱う予定です。

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…1本
 「ジャンプ」:読み切り1本
 「サンデー」
:レビュー対象作なし
 ──なお、今回も採り上げる対象の作品が無いため、“チェックポイント”はお休みとさせて頂きます。「サンデー」関連記事は無しとなりますのでご了承下さい。

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2005年38号☆ 

 ◎読み切り(第2回『金未来杯』エントリー作品)『スマッシングショーネン』作画:大竹利明

 作者略歴
 1983年2月15日生まれの現在21歳
 03年上期「手塚賞」にて佳作を受賞し“新人予備軍”入り。デビューは「赤マル」04年冬(新年)号掲載の『勇とピアノ空』で、週刊本誌05年新年1号では『デビルヴァイオリン』を発表した。
 今作は、手塚賞佳作受賞作と同タイトル(改作?)のデビュー3作目。
 
 についての所見
 
やや線が弱々しい嫌いはありますが、以前に比べるとグンとリアリティのある洗練された絵柄になって来ました。以前は一目見ただけで異色作扱いされそうな、ちょっと稚拙さの目立つ絵でしたので、これは大きな進歩と言えるのではないでしょうか。
 問題点としては、表情の変化や動的表現がややぎこちないという点でしょうか。今回は作品全体のトボけた雰囲気とこの絵柄が合致していたので、それほど目立ちませんでしたが、次回作では色々な意味でもう少しメリハリのある絵になってもらいたいです。

 ストーリー・設定についての所見
 まず、短いページの中でキャラクター設定が上手く決まっていたと思います。特にヒロイン格のバドミントン部マネージャー・遥の我田引水な性格が良い効果を挙げているんじゃないでしょうか。
 この作品、何かにつけて強引さに満ち溢れているのですが、このキャラが余りにも天然な強引さでストーリーを引っ張ってしまうため、本来読み手が抱くはずの違和感が相当に軽減されています。また、主人公と敵役の位置関係が良い意味でシリアスさに欠ける“まったり感”を醸し出しており、どことなくトボけた作品の雰囲気を補強出来ています。

 ただ、ストーリーの内容に関しては、主人公の特殊設定に固執し過ぎて、作品全体の軸となるテーマ性がボヤけてしまったかな…という感じです。スポーツを描いたわけでも、主人公の求めた“青春”を描いたわけでもなく、「鳥がメチャクチャやって来る頭」を描いた話になってしまったような気がするんですよね。主客が転倒していると言えば良いのでしょうか。
 まぁ、作品全体の雰囲気と個別のギャグを眺めて楽しむ“娯楽作品”として見れば、結構良く出来た話だとは思うのですが、何かと欲張りな駒木と当ゼミの評価基準に従うと、少々つける点の辛くなる内容だったですね。 

 現時点の評価
 評価はB+としておきます。ヒロインの天然でブラックな性格を除けば読み手を不快にさせる要素の無い作品ですから、作品の内容以前で嫌われる事はないと思います。あとは積極的にファンになってくれる層をどれだけ掘り起こせるか…でしょうね。

 

 ──というわけで、短いですが8月4週分のゼミをお送りしました。多分、何年か後にこの週のアーカイブを見たら「ああ、この週の『ジャンプ』と『サンデー』は平和だったんだなぁ」と思う事でしょう(笑)。

 なお、8月5週/9月1週分のゼミは週内実施を最低限の目標に準備作業を進めて行きます。どうぞ今しばらくをお待ちを。

 


 

2005年度第29回講義
8月23日(火) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(8月第3週分)

 年に3度の「赤マル」レビューのお時間がやって参りました。大変ですけど、最後まで頑張ります。
 実は春にヒーローズ増刊もチェックしていて、余裕があればレビューしようと思っていたのですが、余裕が全くありませんでした(苦笑)。秋の増刊「ジャンプ・レボリューション」は実力派作家競作もあるようなので、是非ともレビューしたいと思っていますが。
 それにしてもその秋の増刊、予告を見る限りでは、「ジャンプノベル」のマンガ版っていう感じですね。伝奇モノ、超能力モノ、SF、ちょっとヌルめの青春ラブストーリーというラインナップも、そういう雰囲気を醸し出しているような……。

 ……さて、戯言はそれくらいにして、レビューへと参りましょう。今回も現役連載作品の番外編の類はレビューから除外します。また、完結が4ヶ月順延した『武装錬金』は、作品の性格上“チェックポイント”扱いで感想を述べるに留めます。

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

◆「赤マルジャンプ」05年夏号レビュー◆

 ◎『武装錬金ファイナル』作画:和月伸宏

 “ファイナル”にも関わらず「冬号へ続く」という、大人の事情が機能した痕跡丸出しの展開となりました(笑)。ファイナルなのに終わらないのは、「ファイナルファンタジー」とアントニオ猪木・ファイナルカウントダウンぐらいなものだと思っておりましたが、まさかこんな所から……。
 確かに、連載終了数ヶ月経てなお単行本売上げは衰えず、しかもこの作品と入れ替わりにスタートした新連載が軒並み不振。編集部が和月さんに対して譲歩するだけの材料は余るほどありますからね。……まぁ理由は何にせよ、作者サイドが要求したページ数で完結編が描かれるのは喜ばしい事であるのは間違いありません。

 また、こうしてページ数が大幅に増えた事によって、この完結編の持つ性格も大きく変わることになりました。即ち、“打ち切り作品の敗戦処理”から“長編連載作品のエピローグ”への大転換です。
 週刊連載の時とは違い、製作に費やせる“持ち時間”が増えますし、まとまったページ数を(毎週ごとの“引き”を意識せず)大胆に使えるので、シナリオを立てる上での制約も小さくなりました。「話を完結させるためのエピソードを描かなければならない」という一点を除けば、むしろ以前よりも環境に恵まれているとさえ、言えるかも知れませんね。勿論、この段階でのストーリーの完結を望まない向きにしてみれば、“完結編”が描かれている事自体が、何を引き換えにしても我慢出来ない苦痛ではあるはずですので、難しい問題でもあるのですが……。

 さて、そんなヤヤコシい話はさておき、今回の「ファイナル」の内容は実に素晴らしいモノであったと思います。
 まず、この作品のキモであったカズキと斗貴子の相互補完関係を恋愛成就という形で明確にし、それをバトルシーンにおける動機付けに強くリンクさせる…という、ベタながら最強に近い“黄金パターン”が遂に完成。これによって、彼らの行動やストーリー展開に確かな説得力を持たせる事に成功しました。個人的には、連載第2〜3回の時点で「こういうパターンにハマれば凄い作品になるかも」と思っていましたので、「やっと来たか!」という感じです(笑)。
 また、連載当初からのウィークポイントであったバトルシーンもここに来てクオリティが急上昇。(作品世界内における)最高レヴェルでの一進一退の攻防戦から、常識的には挽回不可能な大ピンチへ持ち込む…という、「ジャンプ」系バトルマンガの王道を地で行く“熱い”展開になりました。
 惜しむらくは、未回収の伏線処理が性急で、いかにも“手っ取り早くまとめてます感”のあるシーンがまま見受けられた事ですが、これも許容範囲を逸脱した失点ではないでしょう。全体的に見て、連載開始以来最高の水準に達したと申し上げるべきだと思います。

 幸か不幸か、全ての面において完結編に突入してからピークを迎えてしまった感がある『武装錬金』ですが、ここまで来たら、せめて最高のエンディングを我々に見せて貰いたいですね。主人公・カズキが絶望的な状況で“冬号に続く”となった今回の『ファイナル』ですが、果たしてハッピーエンド至上主義者の和月さんが、どのようにしてケリをつけるのか。最後の最後まで、熱く注目したいと思います。

 ◎読み切り『妖怪学校オルフェノ・ライフ』作画:夕樹和史

 ●作者略歴
 79年生まれで今年26歳。誕生日は非公開。
 00年12月期「天下一漫画賞」で最終候補に残り、“新人予備軍”入り。翌年、「赤マル」01年夏号にて『福楽木町怪盗奇話』を発表し、デビューを果たす。
 その後、「赤マル」には02年春号にも『泥棒ネコライフ』を発表したが、その後3年のブランクを作る。週刊本誌05年16号掲載の『RARE GENE 4』で復帰し、今回が復帰2作目。
 現在、沖縄に在住して創作活動をしているという、若手作家としては異色の存在。 

 についての所見
 
対象年齢を低めにした今作、パッと見の印象でも“子供向け”をアピールするためか、3等身のディフォルメ体型を基準とするキャラ造型でした。“子供中心の世界”を強調する効果も果たしていますし、この試みそのものは悪くないと思います。
 ただ、全体的に線が弱々しく雑な印象で、リアル感の無さだけが目立つ絵柄になってしまったかな……といったところ。作品のクオリティ全体に悪影響を与えるほどの失点はありませんが、及第点ギリギリぐらいの出来でしょうか。

 ストーリー&設定についての所見
 まず、妖怪学校や妖怪たちを取り巻く世界観の設定が優秀ですね。ドタバタコメディとの相性も良いですし、それでいて“妖怪と人間との軋轢”というシビアなテーマにも対応出来るような内容も組み込まれています。
 また、この世界観を読み手に提示する際に、文字情報による“説明”に頼らず、極力絵を用いた“描写”が出来ているのもポイントが高いですね。この辺は低年齢層を意識した製作姿勢の副産物でしょうか。

 ただ、逆にストーリー面では少々「どうせ子供向けだから」という部分に甘えてしまったように感じました。心象描写や行動の動機付けといった作品の“奥行き”を広げる努力を怠り、予定調和に偏り過ぎたのではないでしょうか。
 確かにお話は作品のテーマに沿う形でまとまっているのですが、そのテーマにもう少し説得力を持たせるような配慮が欲しかったです。“低年齢層向け”というコンセプトを実現するのに、“引き算”──低年齢層読者に必要ではない部分を削っていく──の発想ではなく、その反対の“足し算”の発想で最後まで勝負して欲しかったです。

 今回の評価
 評価はB+。今後はどういった作風で勝負するのかは分かりませんが、今回は一つの可能性を見た気がします。


 ◎読み切り『剛腕!“エナメル”ケンマ』作画:森田雅博

 ●作者略歴
 1979年6月16日生まれの現在26歳
 
00年12月期の「天下一漫画賞」で審査員(尾田栄一郎)特別賞を受賞し、“新人予備軍”入り。翌01年の「赤マル」夏号にて『ペース・メーカー』でデビュー
 その後、「赤マル」03年冬(新年)号週刊本誌03年35号と、競馬を題材にした作品を発表するも、その後2年のブランクを作ってしまい、今回が復帰作となる。 

 についての所見
 
全体的に見れば十分合格点の出せる水準ではないでしょうか。人物作画だけでなく、動的表現や背景処理といったテクニックも確かです。ただ、“不良”という記号を表現するための人物造型や、感情を表すための表情の変化のパターンが少々オーバーなので、好き嫌いが分かれそうな画風ではありますね。

 ストーリー&設定についての所見
 まず目を引くのが、「週刊少年チャンピオン」の『バキ』シリーズを彷彿とさせる特訓シーンやケタ違いの強さの表現ですね。確かにツッコミ所満載のハッタリではありますが、それが「バカ正直にツッコんだら、むしろ不粋」という所まで突き詰められており、良い意味の開き直りが利いているな…といったところです。
 ただ、問題はそれ以外の設定やストーリーが実に矮小なスケールで、しかも陳腐である点。そのために、先述したスケールの大きなハッタリが不自然に浮き上がってしまいました。『バキ』のような、ある種トンデモな設定を用いるのなら、世界観やストーリーの全てに至るまで同じぐらいトンデモでハッタリの利いたモノに統一すべきではなかったでしょうか。でないと、“非現実性”という、読み手が作品世界に没入し難い要素ばかりが目立ってしまうと思うのです。

 あと、「このマンガは専門的・本格的なボクシング物です」というのをアピールするためかどうか知りませんが、一般的には殆ど知名度の無い外国人選手の名前(だけ)を連発するのは、ボクシングに興味の無い読者を敬遠させるだけなので避けるべきでしょう。せめてタイソン級の知名度を持った伝説の強豪、それかむしろ、フィクションの強みで架空の日本人世界王者をでっち上げた方が説得力も増したのではないでしょうか。

 今回の評価
 「失敗作」というほどメチャメチャな作品でもないですし、評価はBとしておきます。どうしようもない競馬マンガばかり描いていた頃に比べると一皮剥けた感じではありますが、それでも週刊本誌で成功するようになるには、まだもう一皮二皮剥けないと苦しいのではないでしょうか。

 ◎読み切り『サムライスラッシュ』作画:加持君也

 ●作者略歴
 1977年9月7日生まれの現在27歳
 97年3月期「天下一漫画賞」で佳作を受賞、その受賞作『天翔騎馬』が「赤マル」97年夏号に掲載されてデビュー。
 その後は「赤マル」99年春号(三条陸さん原作の漫画担当)00年冬(新年)号、週刊本誌00年18号にそれぞれ読み切りを発表。それから2年のブランクを経て、週刊本誌02年43号に『暗闇にドッキリ』を発表すると、これが翌年連載化された(03年18号〜35号まで1クール半17回で打ち切り)。
 連載打ち切り後1年余りのブランクがあったが、週刊本誌04年50号に『ストライカー義経』を発表して復帰。今回はそれ以来、8ヶ月の間を空けての新作発表となる。

 についての所見
 
昨年末の前作の時も同じように感じましたが、絵柄はもっぱら悪い意味で“相変わらず”という感じですね。「見るからに下手クソ」というような所は無いのですが、線が細く安定味に欠け、顔やバストアップになるとデッサンの細かい歪みも見受けられます。構図の取り方も、やや“引き”過ぎで違和感も残りました。
 ただ、今回は背景などに濃い目のスクリーントーンを多用しているので、線の弱さが幾分カモフラージュ出来ていたのではないでしょうか。まぁミもフタもなく言えば、道具の力で誤魔化しただけでもあるのですが……。

 ストーリー&設定についての所見
 端的に言ってしまえば、オリジナリティと意外性のカケラも無いストーリーと設定の作品、と言わざるを得ません。ここまで全編に渡って既視感に溢れたマンガも珍しいでしょう。「誰でもデジャヴが体験出来ます」という触れ込みで紹介出来るぐらいです。
 確かにシナリオは起・承・転・結が決まっていますし、そこに“タイムスリップして来たサムライ”という設定を絡めて、話の内容にアクセントを加えようという姿勢も窺えます。1本のストーリーとしては破綻はなく、一定の完成度は認められるですが、いかんせん、作品を構成する全ての要素が“既製品”の寄せ集めだとすぐに判ってしまえるのが致命的です。
 また、「初見から怪しい人物が案の定本当に怪しかったという、映画『天河伝説殺人事件』犯人・岸恵子テイスト溢れるヒネリの無さもエンターテインメント的には大きな減点材料になりますね。どんでん返しが全然どんでん返ってないんですから……。

 前々から思っていた事ですが、加持さんは“王道”──過去作の優れた部分を踏襲する──と“陳腐”──過去に使い古された要素を使い回す──の区別がついていないように思えてなりません。どうせ真似するなら、良い所だけ真似て欲しいものです。

 今回の評価
 評価はB寄りB−としておきましょう。既にキャリアも8年。そろそろ2回目の連載を狙わなくてはならない時期ですが、この現状ではかなり厳しいでしょうね。

 ◎読み切り『キャッチクラブ』作画:宮本和也

 作者略歴
 83年5月8日生まれの現在22歳
 04年下期「手塚賞」で準入選を受賞し、週刊本誌05年18号にて『TEAM』でデビュー。今回がそれ以来のデビュー2作目となる。

 についての所見
 
デビュー作から画力の拙さは大きな懸念材料でしたが、全般的にまだまだ稚拙な印象が抜け切らない感じですね。線やデッサンの歪みの度合いを見ると、「粗い」とか「雑」というよりも、単に「下手」と言った方が良さそうな……。
 背景処理や動的表現などの基礎テクニックも随分とぎこちない印象で、まだ完全に実力不足。今後はアシスタント修行を積んでこの辺の課題克服を急ぐべきだと思います。

 ストーリー&設定についての所見
 とにかく設定やストーリーを構成する要素のことごとくに現実感が無く、無理があり、整合性に欠ける……という感じです。16歳の若者2人がプレハブ小屋で立ち上げた“キャッチクラブ”といい、高度経済成長時代のマンガの香りが漂う兄妹離別シーンといい、銃声が聞こえても騒ぎ一つ起こらない高級ホテルといい、通知と非通知が都合良く(悪く)入れ替わる携帯電話といい、8階から飛び降りた2人分の落下エネルギーを片手で楽々支える生身の人間といい、もうどこを指摘して良いのやら……といったところですね。
 フィクションというのは確かに架空のウソ話です。ただ、読み手が作品世界に没入するための取っ掛かりには、それなりのリアリティやディティールが必要になるわけで、それがまったくの皆無では、ストーリー以前の問題で立ち往生という事になってしまいます。

 話の組み立て的には、一応は起承転結が完成しており、伏線も上手く使えていて、評価出来る点も有るんですが……。今回は先に述べた通り、それを評価しようの無い別の大きな問題が重く圧し掛かっている感がありますね。

 今回の評価
 評価はB−。まだデビュー半年のキャリアではあるのですが、ここまでの2作を読んだ限りでは、前途多難なのではないでしょうか。


 ◎読み切り『ふぁんしい討魔伝』作画:彰田令貴

 ●作者略歴
 生年月日は未公開だが、05年上期「赤塚賞」応募時点の年齢から推測すると、現在23〜24歳なお、以前は彰田櫺貴名義で活動していた。
 週刊本誌04年44号にて『メガネ侍』で代原暫定デビューを果たすと、「赤塚賞」の04年下期で最終候補、05年上期で佳作を受賞。今回が増刊ながら晴れて正規デビュー作となる。
 

 についての所見
 
暫定デビュー当時に比べると、全体的に垢抜けてスッキリして来ました。確かに一線級のストーリー作家さんに比べると見劣りは否めませんが、ギャグ作品を描く上においては、画力・テクニックとも及第点以上の水準に達していると思います。リアル風のタッチと完全ディフォルメのタッチの使い分けも効果的です。
 これでもう少しリアル風タッチの絵に緻密さがつき、美醜のコントラストがつくようになれば言う事ありません。 

 ギャグについての所見
 まず、序盤のネタの密度が薄いのが残念でした。少ないページ数の作品で、スタートから最初の大ネタが登場するのが4ページ目というのは……。その後は1ページにつき1〜2ネタのペースで展開しているので、余計に惜しいですね。
 ネタの見せ方やテクニックなどは概ね良かったんじゃないでしょうか。もう少しページ跨ぎの大ネタを使って欲しかったですが、大ゴマの使い方や言葉の使い回しなどは申し分なく、特に“間”で笑わせるギャグのセンスは特筆モノでした。

 これで小ネタをもう少し増やしてページ辺りのネタ密度を濃くし、登場人物にもう少しキツめの個性が持たせられるようになれば、週刊本誌で活躍するチャンスも生まれて来るでしょう。

 今回の評価
 今回の評価はB+とします。彰田さんには失礼ですが、意外な所からホープが出現した…という感じです。

 ◎読み切り『闘魂パンダーランド 〜あんたパンダの何なのさ〜』作画:ポンセ前田

 ●作者略歴
 生年月日は未公開だが、「赤塚賞」受賞時の年齢から推測すると現在25〜26歳
 03年下期「赤塚賞」にて、水溜三太夫名義で佳作を受賞。その後現在のペンネームに改名し、週刊本誌04年33・34号に2週連続掲載された『機動球児山田 〜めぐりあい稲木〜』でデビュー。その後、04年秋発売のギャグ増刊、週刊本誌05年7号にて『おれたちのバカ殿』を発表した。
 今回は05年春発売のヒーローズ増刊に掲載された作品と同タイトル・同設定の新作。
 

 についての所見
 
デビュー時に比べると、全体的にペンタッチが洗練され、徐々に良くはなっては来ていると思います。ただ、今年1月の時に述べた、「動的表現が甘く、背景の描き込みも少々不足気味。人物の表情のバリエーションも増やして欲しい」……という問題点はそのままで、これは残念でした。この辺はギャグを効果的に見せるために必要な要素だけに、もうちょっと頑張ってもらいたいのですが……。

 ギャグについての所見
 ヒーローズ増刊版(レビュー未済)に比べると、パンダの特徴に関連したネタがガクンと減りました。「ヤクザの世界に擬人化したパンダが馴染んでいる」という違和感で読み手の笑いを誘う余地はあるものの、せっかくの題材なのに、それを活かし切れてないのは勿体無いなぁ…といった感じです。
 ネタの密度が薄い事や、笑いに繋がらないセリフやコマが多過ぎる印象もあり、少なくとも今回に限っては失敗の範疇に入るデキだったのではないでしょうか。

 今回の評価
 ヒーローズ増刊版ではB+以上はあるかな、というデキだったのですが、今回はB評価が精一杯です。週刊本誌で成功するためには、もうちょっと念入りなネタ繰りが欲しいところです。

 ◎読み切り『オウルサムス』作画:安藤英

 ●作者略歴
 1979年6月2日生まれの現在26歳
 01年9月期「天下一漫画賞」で特別賞を受賞し“新人予備軍”入りし、更に02年上期「手塚賞」では佳作を受賞
 同年、「赤マル」02年夏号にて『リ・サイクルZ』でデビュー。03年冬(新年)にも『マルジャガルダ』を発表するが、今回復帰するまで2年8ヶ月ものブランクを作った。

 についての所見
 
純粋な画力はなかなかのものです。ペンタッチやスクリーントーンの使い方が『遊☆戯☆王』風で、「リアル風ながらリアルじゃない」…という違和感もあるのですが、絵のクオリティそのものは問題ありませんね。
 ただ、表情の変化のバリエーションが乏しく、動的表現がぎこちないため、コマとコマの間の連続性に欠ける印象もありました。駒木はマンガと言うよりもイラストの集合体に見えてしまったんですが、他の方はどうだったのでしょうか……。

 ストーリー&設定についての所見
 単刀直入に言って「読み手に対して非常に不親切な作品」ですね。舞台背景や状況設定について提示される情報が極めて不足しており、読み手がストーリーを追い掛けるのに大変な困難を伴う作品になってしまいました。
 確かに、設定の明確な提示を必要最低限に抑え、その代わり、作中の会話や出来事の中から読み手に推察させる…という手法は存在します。が、この作品は推察する材料すら与えないというレヴェルで、いわゆる5W1Hすらあやふやです。
 また、登場人物たちの(灰鉄を倒す事を手段として達成する)目的や危険な軍務に就いた動機付けも全く不明で、その上、作品全体を通じて読み手に伝えたいテーマも明瞭ではありません。言ってみれば作品のバックボーンと言うべき部分が欠けているわけです。そこへ追い討ちをかけるように、雰囲気をぶち壊すギャグまで乱発されている始末。
 これでは、読み手を戸惑わせる事は出来ても、作中世界に没入させたり登場人物に感情移入させたりする事はとても無理でしょう。そのため、本来なら盛り上がるはずのバトルシーンのクライマックスにも、全く説得力が感じられませんでした。

 作品全体を俯瞰すると「人間たちが、ただ何となく命がけで怪物を倒すお話」とまとめる他無く、残念ながら完全な失敗作と断ぜざるを得ません。

 今回の評価
 評価は厳しくC寄りBとしました。ただこの作品、もう少しネームをいじれば、傑作とまではいかなくとも普通に読める作品にはなったと思うんですよね。どうしてこの作品にダメ出しもせず、プレゼンもアッサリと通ってしまったのか、作者よりもむしろ編集サイドの姿勢を咎めたいです。

 ◎読み切り『HAND’S』作画:板倉雄一

 ●作者略歴
 1982年2月15日生まれの現在23歳
 01年10月期「天下一漫画賞」で特別賞を受賞し、“新人予備軍”入り。その後も投稿活動を続け、03年12月期「十二傑」では最終候補に残っていた。
 今回は“新人予備軍”入りしてから4年弱を経てのデビュー作となる。

 についての所見
 
途切れがちの線、白っぽい画面構成、モブキャラの過度の省略…と、パッと見では手抜き工事のように思われる絵ですが、よくよく見ると描くべき所は概ね描けており、細かい部分の描きこみも施されています。
 また、ディフォルメや動的表現、更には画面構成の工夫といった辺りのテクニック面もかなりのもの。まだ完全とは言い難いものの、とてもデビュー作とは思えない水準に達していると言えるでしょう。

 ストーリー&設定についての所見
 “ヤクザが溺愛する娘に惚れた男子の悲劇”、“スポーツ初心者が、いきなり失敗の許されない場面で試合に出場”、“天然ボケの彼女と、そのボケに巻き込まれる彼氏”…など、作品を構成する要素1つ1つは、確かにどこかで見た事があるようなモノばかりですが、これをありそうであまり無いパターンに組み合わせて“手垢感”を払拭する事に成功しています。また、コメディ色を強くする事によって、話のスケールの小ささが目立たなくしたのも良い狙いだったでしょう。
 そして、ストーリーテリングの力量もかなりのもの。まず最初はインパクトを与える事だけに重点を置いてコメディ色を強調し、後からシナリオの展開に必要な部分のディティールを追加して、ストーリー物としての説得力も損なわないように配慮されています。そういった部分を支える脚本・演出の技術も確かです。
 また、話の最終目的を競技シーンの勝利に置かず、作品本来のテーマである主人公の恋の方にスポットを当てたのも良かったのではないでしょうか。単純な勧善懲悪に走りがちな新人・若手作家さんの読み切りの中で、こういった違う切り口からのアプローチがあるだけで、随分と新鮮に映るものです。

 ただし、いくらコメディ要素で誤魔化しているとはいえ、やや話が出来過ぎで無理があったり、余りにも物騒で現実感の無いヤクザたちの描写など、ツッコミ所というか、読み手が白けてしまう可能性のある要素も少なからずありました。これはやはり若干の減点材料となるでしょう。 しかしそれが作品全体の完成度・クオリティを大きく押し下げるかというと、そこまで厳しく見る必要も無いのではないか…というのが駒木個人の判断です。

 今回の評価
 というわけで、評価はA−。デビューまでは随分と時間がかかりましたが、今回の成功で、それなりに報われるのではないかと思います。近い将来、週刊本誌で活躍する事を陰ながら祈ります。

 ◎読み切り『なぞなぞの魔法!』作画:沖田修治

 ●作者略歴
 1980年1月16日生まれの現在25歳
 04年下期「手塚賞」で最終候補に入賞し“新人予備軍”入りし、今回デビューを果たした。

 についての所見
 
人物作画の細かい歪みや、全体的に洗練されていないペンタッチなど、いかにもデビュー作らしい粗さが窺えますが、それでも全体的に見れば及第点の出せるレヴェルではないでしょうか。
 背景処理や動的表現、ディフォルメ・人物の表情のバリエーションなど、マンガの絵を描くためのテクニックは問題無いですし、難しいアングルからの描写もソツなくこなせています。これでもう少しキャリアを積み、線が洗練されてくれば、週刊本誌でも十分勝負出来る水準の絵になると思います。

 ストーリー&設定についての所見
 まず、なぞなぞと魔法を結びつけるアイディアと、それをストーリーの中で上手く絡めた構成力は高く評価出来ますね。それに、魔法世界と現実世界を平行して描き、それを自然な流れで噛み合わせた辺りにも非凡なセンスを感じます。
 また、説明臭さを感じさせない設定の提示や、登場人物の行動の動機付けや心象描写がキチンと出来ているのもポイントが高いですね。これらの仕事をこなすには、脚本や演出の技術が優れていないと出来ないわけで、そういった点でも、沖田さんのテクニックの確かさを推し量る事が出来ます。

 しかし、非常に残念だったのが、この良く出来ていたはずのストーリーが、クライマックスから急失速してしまった事ですね。
 バトルシーンの決め手が余りにも呆気なく、また、「後からやって来た大人たちが全てを解決出来る能力を持っていた」…という最後に明かされた事実は、主人公とヒロインが成し遂げた事の価値を胡散霧消してさせてしまいました。「終わり良ければ全て良し」と言いますが、この作品はその真逆を行ってしまったような気がします。

 今回の評価
 評価はB+。最後のバトルシーン以後が上手くまとまってさえいれば、この作品もAクラス評価だったのですが……。

 ◎読み切り『トラ!! the goal-d Gravi-ruler』作画:石岡ショウエイ

 ●作者略歴
 生年不明の7月19日生まれ。
 「週刊少年ジャンプ」では、新人賞や作品発表の履歴が無いが、「月刊少年ジャンプ」の01年夏の増刊号の“新人読み切り”枠で作品を発表しており、これがデビュー作か。しかし、その後4年間の活動歴は資料不足のため全く不明。

 についての所見
 
線がスッキリとしていて、一枚絵としては見栄えのする画風ではあるのですが、マンガ記号としての機能が果たせているかと言うと……。
 まず、人物の顔やポーズのバリエーションが少ないために、出て来る人物の表情や姿勢がいちいち不自然に映ります。また、動的表現も集中線の上に止め絵を載せているようにしか見えず、まるでセル画の圧倒的に足りないアニメを観ているようでした。
 そしてこれが、この作品のハイライトであるサッカーシーンへモロに悪影響を与えてしまっています。躍動感が全く感じられない所に距離感の無さも相まって、まるでサッカーをしているように思えない微妙な場面の連続となってしまいました。サッカーを題材にした作品として、この画力不足は致命的欠陥と申し上げて良いでしょう。

 ストーリー&設定についての所見
 今作を読んでの第一印象は「内容が薄い」でしょうか。起承転結の“起”の部分でページ数を食い過ぎて間延びし、その代わりに話のヤマ場であるサッカーシーンからクライマックスが随分とアッサリし過ぎていた印象がありました。
 また、ストーリーの進行もいかにも平板と言うか、起伏に欠けているような気もします。思い出話を披露するだけで主人公は簡単にチャンスを掴み、サッカーのバトルでも特にピンチらしいピンチも無く、一芸だけで楽々と勝利。有り体に言って、エンターテインメント性がかなり低いシナリオではないでしょうか。
 フォーマットがしっかりしている「ジャンプ」の読み切りらしく、起承転結の体裁は整っていましたが、そこからの上積みに欠ける、残念な作品でした。 

 今回の評価
 ストーリーだけならB〜B−といったところですが、絵の減点を加味するとC寄りB−になってしまいますね。
 年齢的、キャリア的にも今後の展開が厳しくなって来る時期でしょうし、今回か次回作が実質的なラストチャンスになるかも知れないですね。

 ◎読み切り『Strength』作画:彩崎廉

 (受講生の皆さんへ:この作品は評価Cとなりました。結果的に読み手の感情を損ねる論調のレビューになっている恐れがあります。この作品のレビューをご覧になるかどうかは皆さんでご判断下さい。

 ●作者略歴
 1984年7月生まれの現在21歳
 05年2月期「十二傑」で十二傑賞を受賞。今回はその特典を行使しての受賞作掲載デビュー。

 についての所見
 
一見『D.Gray−man』を思わせる、雰囲気のある絵柄で、扉ページの“イラスト”もなかなかの見栄えです。
 ただ、作中では得意なアングル・ポーズと、そうでない所のクオリティの格差が結構大きく、ディフォルメ表現も“素”の絵柄を正確にディフォルメしていない印象で、微妙な違和感が残りました。絵柄自体もまだ洗練の余地を残していて、マンガ家としての画力を見た場合はギリギリで及第といったところでしょうか。
 あと気になった点としては、人物の表情。バリエーションに乏しい上に、表情が全般的に下品過ぎるのではないかと思います。

 ただ、この辺は今後アシスタント修行や色々な経験を積む事によって改善されて来ると思います。今回は低い評価を付ける他無いですが、次回作以降の成長に期待します。

 ストーリー&設定についての所見
 まず、全般的に無駄な部分が多過ぎますね。特に序盤では、省略したりアッサリと飛ばすべきシーンに大ゴマと長セリフを使っており、大変冗長な印象が残りました。
 次に、脚本や演出面にも課題山積です。セリフがやたらと説明的なのも気になりますし、伏線の処理にしてもわざとらしいやり方になってしまっていて、全く“伏”線になっていない状態です。
 そしてストーリーテリング面にしても稚拙な印象が拭えませんでした。登場人物の行動の動機付けが全く不明瞭ですし、主人公と“森の男”グラントの会話からバトルシーンに至るまでの過程も不自然な点が多すぎます。一応のテーマである“力”にしても、村の少年に「力こそ全て」という仰々しいフレーズを使わせた割には、そのきっかけは「大工仕事が手伝いたいのに出来なかった」では……。大掛かりなテーマに説得力を持たせるには余りにも物足りないでしょう。

 ──と、いろいろ述べてきましたが、一言にまとめると、文字通り「お話になってない」という状態です。いくら「十二傑賞」受賞作とは言え、これは商業誌に載せる作品ではないと、個人的には思っています。

 今回の評価
 かなり厳しいジャッジではありますが、これほどストーリーが崩壊している作品をフォローする余地も見出せず、評価Cとさせてもらいました。ネット界隈では、作画の方で他の作品からトレースをしたという疑惑も持ち上がってますが、この作品に関してはそれ以前の問題のような気がしています。

 ◎読み切り『JIKANGAE』作画:普津澤画乃新

 ●作者略歴
 1985年4月13日生まれの現在20歳
 00年9月期「天下一漫画賞」で、弱冠15歳にして最終候補に残り“新人予備軍入り”。その後、01年「天下一」特別賞03年5月期「十二傑」最終候補04年3月期「十二傑」審査員(河下水希)特別賞と、デビュー間近の所で停滞するも、05年3月期「十二傑」で佳作(十二傑賞)を受賞して遂にデビュー権を獲得した。

 についての所見
 
「十二傑」の編集部講評で「記号化されたような独特のタッチの絵は賛否が分かれそう」というような記述がありましたが、なるほど、写実性を完全に無視した独特の絵柄ではあります。しかし、人物作画だけでなく、背景や効果音を表現するための描き文字にまで同一のタッチで統一されていますし、線もスッキリと洗練されています。個人的には不思議と違和感の無い絵柄だと思いました。
 背景の細かい描き込みも手抜きせずにキッチリと施されており、難しい構図からの大ゴマにも積極的にチャレンジするなど、意欲的ですね。ただ、ちょっとゴチャゴチャし過ぎかな、とも思いましたが……。

 ひょっとすると、かつての藤崎竜さんのように、必要以上に絵柄で読者層を狭める可能性もありますが、純粋な力量的には週刊本誌の連載陣に混じっても遜色ないレヴェル。さすが、15歳から5年間弛まぬ努力で腕を磨いて来ただけの事はありますね。これだけの実力でまだ20歳、将来に期待が持てそうです。

 ストーリー&設定についての所見
 “ジカンガエ”という能力のアイディアや、世界観の描写は秀逸だったと思います。脚本や演出にも確かな技術と才能を感じさせてくれました。天然ボケ系の主人公という難しいキャラクターも上手く描けており、これが作品の魅力を増しているのは間違いないでしょう。
 ただ、敵役に個性や悪事を働く動機付けを持たせ切れなかったのはマイナス要因でしょうし、壁に犯行計画を書くとか、それを主人公たちが偶然発見するといった辺りは無理のある展開だったと思います。また、クライマックスのアクションシーンも、どこかで一度大ピンチに陥る場面があれば、もっとクオリティが上がったはずです。

 今回の評価
 総括すると、総合的な実力は優秀ながら、やや今回は要所要所で小さな失敗があったかな…といったところ。ただ、将来性と素質は十分に感じられ、ひょっとすると早い段階で週刊本誌進出や連載獲得という事になるかも知れませんね。評価はストーリー面の失点を勘案してAクラスはとりあえず見送り。A−寄りB+としておきます。

 ◎読み切り『weisse Maria』作画:René Scheibe

 ●作者略歴
 現在20歳の現役大学生。ドイツのライプチヒのブックフェアにて開催された、「SHONEN JUMP BANZAI! PRIZE」──「週刊少年ジャンプ」と月刊「BANZAI!」誌(独版「ジャンプ」)が主催した新人マンガ賞──を受賞し、今回はその受賞作掲載。  

 についての所見(※8/24、27に、事実誤認によりそれぞれ一部修正しました。お詫びいたします)
 
最初は「あれ? えらくまたマンガの基本文法から外れたフォーマットで描かれてるな」…と思っていたのですが、受賞者インタビューを読むと、意図的に日本風とは違う趣向で描いたとの事。どういう考えでこうしたのかは分かりませんが、なるほど是非は別にして目を引く事は確かです。

 では、具体的に画力を評価するにあたってのポイントを羅列しておきます。
 ペンに慣れていないせいか全体的に線が不安定。ただ、デッサンの崩れはそれほど目立たない。
 それでも背景処理は“日本水準”。
 喜怒哀楽の表現はなかなか上手い。
 ただし、動的表現は今ひとつ。
 ──と、いったところでしょうか。キッチリとしたマンガの絵にはなっていませんが、画力そのものは、ある程度の水準に達していると言えそうです。

 ストーリー&設定についての所見
 内容的には、残念ながらストーリーマンガの真似ゴトといったところでしょうか。どちらかと言うと子供向けのちょっとした絵本のような単純なストーリーで、本来なら到底「ジャンプ」系の雑誌に掲載されるようなものではないでしょう。
 ただ、ラストシーンの余韻の残し方など、未熟さを隠せない中にキラリと光るセンスのようなものも感じられました。ほぼ有り得ない話ですが、これで本格的な修行を数年積めば、ひょっとしたらひょっとするかも知れません。

 ……まぁともかくも今回は、オリンピックで言うところの「参加する事に意義がある」的な“記念出場”という解釈をするのが妥当ではないでしょうか。

 今回の評価
 とりあえず今回は日本基準で評価する事の是非から問われそうな内容ですので、評価なしとしておきます。この作品の水準では、「ドイツから『ジャンプ』連載作家誕生!」……とするには厳しいでしょうが、将来的にはどういう展開があるんでしょうね。
 以前「ジャンプ」では、香港から「手塚賞」準入選を受賞して増刊デビューした人が、日本への人が連載目指して長期滞在してアシスタント修行してた事がありましたね。結局「ジャンプ」連載デビューには至らず、「世界漫画愛読者大賞」へ流れちゃったわけですが……。

 ※総評…『武装錬金』が良過ぎて、それと否応なしに比べられてしまう新人さんは可哀想でしたね(笑)。それでもA−評価が1作品、そして近い将来の飛躍が期待できるB+評価作品がいくつかあり、全体的なレヴェルとしてはマズマズだったのではないでしょうか。
 ただ、年齢と内容の薄いキャリアだけを重ねていっている“ベテラン若手”の作品が総じて低調だったのは、何とも言えない切なさを感じてしまいますね。完全実力主義のマンガ業界の厳しさが伝わって来る夏号の「赤マル」でした。

 ──ということで、大変遅くなりましたが、以上「赤マル」夏号レビューでした。なお、今週分のゼミも遅れる可能性があります。詳しくは“観察レポート”をご覧下さい。

 


 

2005年度第28回講義
8月17日(水) 人文地理
「駒木博士の05年春旅行ダイジェスト」(1)

 先日の東京旅行でお会いしたり、「駒木研究室」スペースに来訪下さった皆さん、どうも有難うございました。席を外していた早い時間帯にいらっしゃった方、ご挨拶出来ずですいませんでした。せめて差し入れのお礼ぐらいは申し上げたかったのですが……。
 皆さんのお陰で、また冬まで頑張る気力が沸きました。今日が早くも冬コミのサークル参加申し込みの締め切りだったんですが、無事郵便局にて投函しております。僥倖に恵まれれば、またビッグサイトでお会い出来る事でしょう。 

 ──さて、今日からお送りするのは、その数日前に終わった最新の旅行……ではなく、今年3月のコミケットスペシャルに合わせて敢行した春の弾丸旅行のレポートです(苦笑)。いや本当にスイマセン。
 いっそのことスルーする事も考えたんですが、実はこの旅行のレポートは、mixiの方で春先から備忘録代わりに途中まで殴り書いていたモノがあるんです。これを皆さんにも公開しないままお蔵入りさせるのもどうかなぁという話もありまして……。まぁ特別蔵出し企画みたいな感じで生温く眺めて下さればと、こういう次第です。

 とりあえず今日は“殴り書いていたモノ”の範囲まで。次回以降は書き下ろしですが、全2回か3回で終われるように努力します。なお、例によって文中においては文体は常体、人物名は現地で実際にお会いした方以外は原則敬称略とします。


 3月18日午後8時過ぎ、いつも通りJR三ノ宮駅で「青春18きっぷ」の入鋏を受けて、2泊5日の旅をスタートさせる。米原で乗り換えて、とりあえずはMLながら出発の地・大垣駅まで。
 今回の旅の友となった本は『永遠の仔』(著:天童荒太)の文庫版4・5巻と、小学館ライブラリー版「日本の歴史」12巻。この頃は、夏の採用試験(結局は採用ゼロで中止)に備えて、日本史の勉強に力を入れていた。
 数十人の現役または元職の講師が数個の枠を巡って骨肉相食む最近の高校世界史の教員採用試験、本来メインのはずの世界史問題では差がつかなくなって来ている。世界史の教員を選ぶのに、何故か合否の決手は日本史と地理の知識…という本末転倒なせめぎ合いが展開されているのだ。つまり、実務経験も知識も一定以上の水準に達している人間が余りまくっていると。国もニートの就職支援する前に、全国数万人の教採浪人を何とかしてくれよと思う。

 往路では、万が一に備えて余裕を持ったタイムスケジュールを採用したため、大垣駅で小一時間の待ち合わせ。ただ、MLながら愛好者ならご存知だろうが、この大垣駅周辺は暇潰しスポットが極めて少ない。22時以降になると、それこそコンビニと本屋1軒ずつくらいしか開いていないので大変往生する。
 結局、一旦改札を出て、駅近くのコンビニで買出しがてら立ち読みをして時間潰し。幸いにも、この頃興味はあれど未読だった『のだめカンタービレ』が1巻から揃っていたので、ここぞとばかりに読破開始。うむ、確かに良く出来ている。乱暴に喩えると音大版『動物のお医者さん』という感じで、専門知識が無くても専門的な内容を楽しめるように演出されているのが秀逸だった。
 2巻まで読破したところで時間が迫って来たので、買い物を済ませて駅へ逆戻り。今回はトイレに出辛い窓側の席なので、水分を控える意味で酒はビール1本だけ。あとはデザート類とドリンクを適当に仕入れておいた。

 で、何事も無く23時19分発のMLながら(正規便)に乗車し、一路東京へ。今回はお気に入りの臨時便は残念ながら1日違いで運行しておらず、相性の悪い正規便に乗らざるを得なかった。
 出発当初の車内は、名古屋乗車組を待つ指定席こそ空席が目立つものの、デッキに立つ指定席券を持たない通勤帰り客が鬱陶しいことこの上ない。上りの「ながら」は全席指定で、本当はこういう行為はNGのはずだが、なし崩し的に黙認されているのだ。
 まぁ「ながら」が終電と始発を兼ねているというのは事実なので、それも仕方ない話ではあるが、そういう立ち客がトイレや洗面所の入口を塞いでしまうのは勘弁して欲しい。ついでに混んでるからってコミケシーズンのMLながらに乗ってる客の悪口言うのも勘弁してくれ。混雑してるのは指定席券持たずに乗ってるあんたらのせいだろうが。本当なら乗車率キッチリ100%で快適な列車なんだよ「ながら」は。
 そんなストレスの溜まる環境の中、読書しつつ、酒呑んで肴食ってデザート食って……で、いつの間にか午前1時半。東京まであと3時間少々。ここでちょっとは寝ておかないと到着後の過密日程に耐えられないと判断し、ほろ酔いの力を借りて仮眠を摂る事にした。鼻孔拡張テープを装着し、ビタミンBの錠剤を飲んで睡眠効率を高める努力も惜しまない。

 数十分の浅い眠りを何度か繰り返し、ハッキリと目が覚めたのは横浜駅を通過した辺り。まぁ往路の正規ながらでこれだけ眠れたら上出来だろう。夜行慣れしてない内は1時間も眠れなかったもんなぁ。
 日付はとうに変わっていて3月19日午前4時40分過ぎ、品川駅で「ながら」を下車。駅のトイレで歯を磨いて京浜東北線に乗り換えて大井町駅へ。常宿のホテルに荷物を預けて、いよいよ今回の旅行が本格スタートである。
 最初の目的地は冬旅行に続いて、早朝の築地市場。JR京浜東北線で大井町から有楽町まで移動し、ここからは徒歩。夜明け前の東京は肌寒いが、地下鉄銀座駅の地下通路に入ってしまえば暖か。ホームレスの人も快適そうに眠っていた。 
 東銀座駅との連絡通路はまだ開いてなかったので、そこから再び地上へ。歌舞伎座の前には、既に勘三郎襲名披露公演の当日券を求める人の姿がいくつか。一瞬「おお、こんな朝早くから」と思ったが、よく考えたらコミケでこの時刻なら、もう万単位で人が並んでるんだよな。 

 2度目の訪問とあって、築地市場へ向かう足取りも極めてスムーズ。慣れた足取りで、業者さんが慌しく出入りする市場正門をくぐって市場の中へ。
 今回の訪問先第一候補は、築地通なら誰もが薦める「高はし」で、第二候補は冬に行って文字通り美味しい思いをした「天房」。ところが2軒ともシャッターが閉まっていて愕然。ただ、「高はし」は午前7時開店を告げる張り紙があったので、近くで時間を潰して再訪する事にする。 
 近くのコンビニで「ジャンプ」など当日発売のマンガ雑誌をチェックして時間を潰し、6時40分頃「高はし」前に戻ると、既に1組のカップルがイチャイチャしながら開店を待っていた。朝っぱらから築地市場で……どっかの業者のターレットでもハンドル操作間違えねえかなぁと不穏な事を考えてしまう。
 ほぼ定刻通りに開店となり、店内へ案内される。カウンターには「お待たせしたお詫びに」と暖かいお吸い物がスタンバイされていて、この辺はさすが評判No.1のお店。やがて店員さんが注文を取りに来たので、この店一番の名物であるアンコウ煮を定食で注文する。一応は時価だが、この時期は2300円だと店頭に掲示してあった。聞いた話によると、この時期は旬が少し過ぎた分だけ値段もやや下がるのだとか。 
 しばらくして出て来たのは、一言で説明すると「アンコウの和風シチュー」みたいな一品。ダシの出まくった煮汁や、いわゆるアンキモの部分は確かに大変良いお味。ただ、駒木の貧乏舌のせいか、それとも旬を過ぎつつあるせいか、どうも全体的に味気が薄いような……。何人か隣に座っていた常連の業者さんが同じような指摘をしていたので、見当ハズレでは無いとは思うのだが。 
 それでも多分、肉よりも魚料理の方が好きだという人ならば、問答無用で「ンマ〜イ」な料理なのだろう。この辺は相性の問題なのかな…と思いつつ、出された物を平らげた。何やかんや言って腹一杯。やっぱり市場で力仕事してる人のための食堂なので、ボリュームが凄いんだよね。定食のごはんとか大盛りだもの。 
 夏の旅行の時は、いっぺん寿司を食ってみようかと思っている。ただ、築地市場でも、美味い寿司を食おうと思えば1人前3000円は覚悟しないといけないので、ちょっと躊躇う部分もあるが……。すぐ側の銀座なら5000円以上は取られるクオリティの寿司を3000円で食えるのだから、コストパフォーマンスは申し分ないのではあるけれども。 

 腹ごしらえも済んだところで、今日の“昼日程”である松戸競輪へ。築地からは徒歩でJR有楽町まで戻り、そこから上野→松戸→北松戸と乗り継ぐのだが、時間にまだ余裕があり過ぎるので、とりあえず上野まで移動して、駅構内の本屋で1時間ほど立ち読み。時間を程よく潰して、松戸へと移動を開始する。
 松戸競輪場は北松戸駅から徒歩3分くらいの立地。サンサン(1周333m)バンクであるところといい、駅から徒歩圏内であるところといい、今は亡き西宮競輪場みたいな感じで初めて来た感じが全くしない。入場してみると、雰囲気が園田競馬場と(これも今は亡き)甲子園競輪場をミックスして新しくしたような感じで、これまた親近感抜群。ついでに客層の平均年齢が絶望的に高いのも同じ。本当に若者が少ないんだよな、競輪場は。やっぱりこの業界はお先真っ暗だ。 
 この日はG1・日本選手権競輪、通称競輪ダービーの4日目。3連休の初日だというのに、場内はスカスカで愕然。10年前、駒木が競輪を始めた頃は、いわゆるヒラ競輪でもこれくらい入っていただろうという客数で愕然とする。やっぱりこの業界は(以下略 

 去年の夏に立川で打って以来の競輪だけに、やはり勘がなかなか戻らない。しかも朝から10〜15年前に全盛期を迎えていた選手が奮起するなど、やっぱり将来に不安を残す展開のレースが続いていって、波乱連発。プロ野球で言えば、桑田が7回をシャットアウトしたり、清原が代打3ランホームランとか打つような流れである。勿論、車券など当たるはずも無く。
 レースの合間には、朝にガッツリ食ったので昼は抜こうかと思っていたが、モツ焼きとか見ていると、やっぱりどうしても食いたくなって買い食い。なかなか美味かったが、ホルモン焼きマイベスト2の西宮競輪場と高知競馬場のそれには及ばず残念。……しかし、このマイベスト2、廃止した所と来年にも廃止しそうな所ではないか。このままいくと幻の味になりそうだなぁ。

 さて、松戸競輪場の知られざる名物といえば、「山口国男ガイダンスコーナー」であろう。かつて弟・健治選手と共に関東、そして全国にもその名を轟かせた名選手が、一般の競輪客に懇切丁寧にアドバイスをしてくれるという、他の業界では考えられないほど気安過ぎる、非常に贅沢な企画である。中央競馬で言えば、PRコーナーかスタンド食堂あたりに全身ユニクロで固めた柴田政人が客と一緒にモニターテレビ見ながら予想と解説してるようなものだ。
 で、もっと凄い事に、この「ガイダンスコーナー」、客の大半が「ガイダンス」を必要としない上級者たちなので、企画が本来の目的から完全に外れ、「かつての名選手が、ファンと一緒に競輪を見て、昔話を交えながらダベってるだけのコーナー」になってしまっていた。「ラスト1周半、渾身のスパートで先頭に出たら、ラスト1周で追い抜かれた」とか自虐ネタで笑いを取る元関東競輪界のドン。色々な意味で凄まじい。
 しかし、これぞまさに究極のファンサービスと言えるのではなかろうか。たとえそれが本来許されない程にグダグダな企画倒れであったとしても。

 そんなこんなで、あっという間に時は過ぎ、最終レースを前に競輪場を離脱。車券の成績は、終盤にやや盛り返したものの、まぁ小口の賭けで良かったね、といったところか。
 さて、体の方は大分疲れを自覚できるようになって来たが、まだまだ1日は終わらない。次は後楽園ホールでボクシング観戦だ。松戸競輪場からは、北松戸→松戸→上野→秋葉原→水道橋という非常に面倒臭い乗り継ぎ。東京メトロ(旧営団地下鉄)を使えば多少便利になるのだが、せっかく青春18きっぷが生きているのだから、使わなきゃ損という弾丸旅行精神である。 
 で、ついでに「せっかく秋葉原に下りたのだから、寄り道しなきゃ損」という事で、微妙に空いた時間を利用して、コミケットスペシャルのカタログを手に入れるため、「とらのあな」や「アニメイト」に立ち寄る……が、どこも売り切れ。コミケット側はかなり参加者数を読み違えているんじゃなかろうか…という疑念が沸き起こる。そして、それは疑念ではなく事実であったことが翌々日に判明する。
 秋葉原駅からは黄色い総武線で水道橋まで。東京旅行に来るたびに立ち寄る所なので、今ではすっかり神戸の町をブラつくように歩けるようになった。 
 駅の側のマクドでハンバーガー類を単品で2つ買い、またその側のコンビニで酒を買うという地味に嫌な客を演じた後、後楽園ホールへ。プロ野球開催時は家族連れとダフ屋で溢れかえり、競馬開催時の昼間は競馬オヤジで溢れかえる、駅と東京ドームシティを結ぶ歩道橋も、今日は人通りが少ない。   
 後楽園ホールでの出来事詳細はプライベートのボクシング観戦記用ブログに載せているので、そちらを参照の事。日本ミニマム級と東洋太平洋ウェルター級のタイトルマッチがまとめて観れる、コストパフォーマンスの高い興業だった。

 試合が終わって、メシを食うべく駅前へ。亀戸までデンジャーステーキを喰いに行っても良いのだが、さすがにちょっと疲れた過ぎたのでDDTステーキで妥協する……つもりが、土曜日は定休日とのことでガックリ。 
 というわけで、駒木が旅行中の夕飯として“許容範囲ギリギリ”として心に決めている天下一品ラーメンで妥協の妥協。その天下一品水道橋店のすぐ隣が、格闘技バーの「コロッセオ」で、この日は店の外まで聞こえる大音量でK-1アジアGPを放映していた。で、いきなり決勝の判定結果を聞かされてゲンナリする。ガオグライ負けちゃったよ……というか、ガオグライと韓国版ジャイアント馬場って、どんなミスマッチなんだ。階級いくつ違うんだよ。 

 こうして東京初日の夜日程が終了。普通の旅行者が2日半かけてやるような事を1日で済ませた感じか。そのせいで、初日の夜は当たり前のように入浴後の晩酌中に爆睡。せっかくの「氷結グレープフルーツ」が2/3以上残ったままになってしまった。

 翌日(3/20)は風呂の営業時間(〜9:00)に合わせて8時過ぎ起床。以前の旅行記でも書いたが、旅行中で何が幸せかと言って、この朝風呂が一番の至福タイムである。今回は連休中だが、平日の朝なんかだったりするともっと幸せを感じてしまう。
 さて、この日の午前は珍しく時間に余裕がある。風呂から出て、しばらくテレビをザッピングした後、最低限の荷物だけ選んでカバンに入れ、部屋を出る。同じ部屋でもう1泊するので、原則的に荷物は放置したまま。
 朝食はホテルの1階のテナントに入っているマクドナルドで朝マック。定番のホットケーキセット+ソーセージマフィン。同じ1階にはカフェレストランチェーンの『PRONTO』があって、ホテルと提携して500円のモーニングを出しているのだけれど、食べ物の量が少ないので敬遠している。
 スポーツ新聞など読みつつ暫く時間を潰した後、今日の最初の目的地、この月限りで全店営業終了となる「談話室・滝沢」へ向かうため池袋へ。距離的には新宿の方が近いのだけれど、色々リサーチした結果、池袋店の方が居心地が良さそうという事で、そっちへ。
 移動はやはりJR。この日は18きっぷが使えないので、suica発動。何故、関西人のクセに、しかも仲間由紀恵さんのファンのクセにイコカでなくスイカなのか? と思われるかも知れないが、理由は明白である。そう、これを買った時は、コミケの時にりんかい線で使えるのはスイカだけだったのだよ(笑)。

 京浜東北線から埼京線に乗り換えて池袋まで。山手線使った方がかえって早かったのかもしれない。この辺が旅行者の悲しさで、未だにJRの早い乗り継ぎがよく理解出来ていない。
 実はこれだけ頻繁に東京旅行しておきながら池袋は2回目。一連の弾丸旅行では初めてだ。ちなみに渋谷も冬旅行の打ち上げで立ち寄った際の1回きり。実に偏った場所ばかり訪問している事が丸分かりである。
 そういうわけで、「滝沢」を探し出す前に多少道に迷う。見つけれみれば、あんなに目立つ佇まいの喫茶店なんてなかったのだが……。

 池袋ビッグカメラの程近く、とあるビルの地下1階に「談話室・滝沢」はあった。今となっては過去形というのが物悲しい。しかしこの、地上からは全く店の様子が窺い知れないという店の構造が、余計に「滝沢」を世間から隔絶させていたのだな、と思う。まぁ都会の喧騒から隔絶した環境を作り出すためには、そこまでしなければならなかったのだろうけれども。
 自動ドアを抜けて店内に入ると、スーツ姿のフロア係女性店員が丁寧なお出迎え。いきなりの“滝沢クオリティ”である。禁煙の2人用(1人掛けの対面)ブースに座ると、フロア係がスッと厨房へ伝令に赴き、すぐさま昭和の写真資料に出て来るようなオールドタイプな制服を着たウェイトレスさんが“お冷”と手拭を運んで来てくれる。見事なまでに隙が無い。
 テーブルごとに置かれているメニューを開くと、そこにはやはり「1000円」の一列縦隊が。あらかじめネットで写真を見てはいたが、現物を見るとやはり圧巻。寿司屋の「時価」並に圧倒されてしまう。ただ、セットメニューは異様に割安なのも「滝沢」の特徴で、ドリンクとケーキのセットは1100円(差額100円!)、更にアイスかヨーグルトが付くセットは1300円(差額300円)で済んでしまう。つまり単品価格1000円の大半はテーブルチャージという由。
 ここ「滝沢」は“談話室”なので、長時間居座っても決して文句を言われない。ここを書斎代わりにしていた作家の先生もいらっしゃる程なのだ。常識離れした価格設定にも確固たる理由があるわけだ。
 で、駒木はストロングコーヒーにチーズケーキ、ブルーベリーヨーグルトを付けるセットを注文。注文を受けるウェイトレスさんが、何もメモを取らないというのもポイント高し。噂を聞くと、かつて店員さんが全員寮住まいの正社員だった頃は、注文の品だけでなく、テーブルのどこに座った誰が何を頼んだかまでキッチリと暗記できていたそうだ。「滝沢」閉店の理由が「店員とサービスのクオリティを維持出来なくなったため」だったそうだが、確かにそこまでボーダーラインが高いのなら、この理由も納得である。唐沢俊一さんだったか、「『談話室滝沢』は元祖メイド喫茶だ」と言っていたけれども、これは言い得て妙だと思う。

 そう長くない内に注文の品も届き、しばしの間、歴史本を読む勉強タイム。喫茶店らしく各種新聞も常備されているので、気分転換にも事欠かない。また、ドリンクもデザートもなかなかのお味。コーヒーは“ストロング”の名に恥じないシッカリした風味だし、ケーキも昔ながらのチーズケーキのフォーマットを守っている。確かに本格的な純喫茶やケーキ屋に比べると少々劣勢だが、それでも安いだけが取り得のコーヒー屋チェーンとは文字通り一味違う。
 午前中はドリンク1杯おかわり自由のサービスがあったので、もう1杯ストロングコーヒーを所望し、ついでに抹茶大納言ケーキを追加注文(300円)。実は先刻の朝マックも含めて腹一杯だったのだが、これが一期一会かと思うと、注文の手を休めるわけにはいかないではないか。
 ちなみにその抹茶ケーキは、抹茶風味のカステラに小倉あんを底に敷いたもの。こちらも上品なお味。

 この後も予定が詰まっているので、滞在時間は2時間弱。名残惜しさもあったが、仕方なくホテルのフロントみたいなレジでお会計。せっかくの新しい「神戸に誘致して欲しいスポット」なのだが、残念ながらこれで見納め行き納め。本当に無念だ。2年前から通っとけば良かったよ。
 店を出て、再びJR池袋駅。行きとは逆のコースを辿って、今度は有楽町駅へ。「社会学講座」初の事前告知オフ会場・コスプレ雀荘・littlemsnへと向かったのである。(次回へ続く

 


 

2005年度第27回講義
8月11日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(8月第2週分)

 11日夜から恒例の東京旅行へ出発する関係上、ゼミを早々に水曜日から準備を始めて、この木曜午後に実施する事になりました。幸いにも「サンデー」にレビューとチェックポイント対象作が無かったので、何とかなりそうです。

 しかし、東京から帰って来ると、今度は「赤マル」レビューですか……。しんどいなぁ(ぼそ)。
 そういや、『武装錬金』が夏では終わらない、というソースの無い未確認情報がネット界隈を乱舞しているんですが、実際の所どうなんでしょう。時期的にもう本は出来ているはずで、いわゆる早売りは無いにしても、現物が業界近辺には流通しててもおかしくないのですが……。

 まぁその辺は実際に本見りゃ判るってことで、とりあえずお盆直前のゼミをお送りしましょう。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報 

 ◎「週刊少年ジャンプ」では、次号(38号)に「第2回金未来杯」エントリー作として、『スマッシングショーネン!』作画:大竹利明)が掲載されます。
 大竹さんは「赤マル」04年冬(新年)号でデビュー。週刊本誌にも05年1号に読み切りを発表しています。絵・ストーリーとも独特の作風で、これまでは音楽を題材とした作品を描いていましたが、今回は「手塚賞」で佳作を受賞した、バドミントンをテーマにした作品をリメイクして臨むようです。

 ★新人賞の結果に関する情報

第27回ジャンプ十二傑新人漫画賞(05年6月期)

 入選=該当作無し
 準入選=該当作無し
 佳作=該当作無し
 十二傑賞=1編
(週刊本誌or増刊に掲載決定)
 
 ・『ネコロマンサー』
   松本直也(22歳・東京)
 《天野明氏講評:召喚モノはたくさんあるが、新鮮で楽しく読めた。ペルのキャラクターが活き活きしていて良かったが、欲を言えばモカにもっと個性があればなお良かった。》
 《編集部講評:召喚というアイディアやストーリーはオーソドックスだが、読みやすくまとまっていた。召喚される猫のキャラも面白いが、最後に主人公自身のキャラが立つ形で終わって欲しかった》
 最終候補(選外佳作)=6編

  ・『町子の花火』
   北原奈津子(19歳・福岡)
  ・『スケルトラ』
   ベイビーボーイ(18歳・大阪)
  ・『Water'n Hazard!!』
   作:伊藤直也(24歳・京都)/画:梧桐柾木(19歳・京都)
  ・『TRICK STAR』
   赤西保(21歳・出身非公開)
  ・『ブレイクウォール』
   森伸市(19歳・福岡)
  ・『DRAGON HARD ROCK』
   石橋叩渡(23歳・埼玉)

 受賞者の過去のキャリアについては以下の通りになります(もしチェック漏れがありましたら、BBSでご指摘下さい)

 ◎十二傑賞の松本直也さん…05年1月期「十二傑」で最終候補。

 ……今回の「十二傑」は、十二傑賞受賞者の松本さん以外は、これが初めての入賞というフレッシュな顔触れでした。編集部の評価や講評を見ると、やや低水準かなという気もしますが、ここから荒削りの才能を編集者の力で細かく研磨していくという事なんでしょうね。

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…2本
 「ジャンプ」:新連載第3回1本&読み切り1本
 「サンデー」
:レビュー対象作なし
 ──なお、今回は“チェックポイント”はお休みさせて頂きます。「サンデー」関連記事は無しとなりますのでご了承下さい。

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2005年36・37合併号☆ 

 ◎新連載第3回『太臓もて王サーガ』作画:大亜門

 についての所見
 良い意味でも悪い意味でも概ね変わらず……といったところでしょうか。ギャグマンガとしてなら及第点以上の水準をキープしています。
 ただ、相変わらずの単調なタッチと、オチのコマ以外に動きのあるシーンが極端に少ないという事が、この作品をかなりビジュアル的な面で地味に映らせていると思います。せめて人物作画のポーズだけでもバリエーションをつければ、と思うのですが……。

 ギャグについての所見
 まず、新キャラ──プロトタイプ版にいたキャラのマイナーチェンジ再登場ですが──の投入によって、レギュラーが4人に増加。ボケ、狂言回し兼ボケ、ツッコミ、ボケ・ツッコミ兼業という、なかなか柔軟性のある構成になりました。
 これにゲストキャラを加えていけば、ギャグのバリエーションにかなり幅を持たせる事が可能でしょう。基本的にボケ2&ツッコミ1だった『スピンちゃん』と比べても進歩の跡が窺えます。
 この他、ネタの密度や構成、台詞回しなど、テクニック面については、大体の部分で優秀な水準を維持出来ていると思います。

 問題点を挙げるとすれば、ページ跨ぎの大ゴマで決める一発ギャグが、結構な確率でインパクト不足気味に感じられる事でしょうか。前々から薄々感じていた傾向ではありますが、ちょっと顕著になって来たかな…という感じです。
 これは絵柄が単調で地味である事も若干は影響しているでしょうし、他のパートでは台詞回しの冴えているツッコミが、この一発ネタの時だけボケを説明しているだけの単調なモノが多いのも原因になっているでしょう。作者サイドとしては小難しい言葉ネタだけでなく、誰でも理解できるネタを用意して幅広い読者層に訴える思惑があると思うのですが……。
 救いなのは、その後の1〜2コマでネタを更に転がしてフォローが出来ており、結果的にはそこまで含めて1本のネタとして巧くまとめられている事でしょう。が、このボケとツッコミのパターンは『スピンちゃん』で不発に終わっているものだけに、アンケート面の事を考えれば、もう少しマイナーチェンジが欲しい所です。

 あと、今回からやたらに増えたパロディネタも賛否が分かれるでしょうね。この辺は読み手によって評価が完全に分かれてしまうでしょうから、非常に評価が難しいところです。
 当ゼミのジャッジとしても、ここは「テクニック的には優秀だが、ネタによって読者を選び過ぎるというデメリットも無視できない」…という感じ。評価点としては、加点・減点互いに相殺する事になりますね。

 今回の評価
 非常に悩ましい所なんですが、ここで一度A−寄りB+と評価をAクラスから落として、10回まで経過を観察する事にします。加点材料、減点材料の解釈の仕方で随分と評価も変わってしまう作品なので、個人的な趣味嗜好を抜いたジャッジが本当に難しいです(苦笑)。

 ◎読み切り(第2回『金未来杯』エントリー作品)『カメとウサギとストライク』作画:天野洋一

 ●作者略歴
 1981年6月22日生まれ現在24歳
 02年上期の手塚賞で準入選を受賞。その時の受賞作『CROSS BEAT』週刊本誌02年35号に掲載され、いきなりの本誌デビュー翌03年21号にも『LIVEALIVE〜はじまりの歌〜』を発表したが、その後2年間はアシスタント修行に専念されたのか、マンガ家としてのキャリアを中断。今回が実に丸2年ぶりの復帰作となる。

 についての所見
 以前から画力には定評のある若手作家さんでしたが、今回も基本的には非常に見栄えのする絵柄だと思います。紙質の悪い「ジャンプ」に載せるにしては、かなり細かい線も使って描かれていますが、印刷に負ける事無く綺麗な絵に仕上げられています。
 随所に挟まれたディフォルメ表現や、スポーツ物には不可欠な動的表現・ハッタリを効かせた演出についても文句無し。むしろ、少々やり過ぎかと思えるようなインパクトのあるシーンを描き出せています。

 少し気になる点としては、基本的にリアルタッチな絵柄であるのに、人物の顔の造型で目だけが不自然に大きいという事でしょうか。読み手によっては違和感を感じるかも知れません。そして些細な点ですが、静物の細部の描き込みを、光の効果を効かせまくって誤魔化しているのも、ちょっと残念でした。煮込みうどんが透明感有り過ぎます(笑)。

 ストーリー&設定についての所見
 「実力・素質を認められずに虐げられていた主人公が、クラブのエースと対決して勝利する」……というプロット自体は、かなり手垢の付いたもの。多くの作品で使われて来たパターンだけに、ある程度はまとまった話になっていると思います。
 ただ、言い換えれば使い古されて陳腐化したストーリーだけに、魅力のある作品にしようと思えば、設定や演出等にオリジナリティや何らかの付加価値が無ければなりません。

 そういう意味で、この作品の付加価値に当たる部分はどうかというと、残念ながら「成功」と自信を持って推せる水準には達していないように思われます
 まず、各登場人物の人物像の掘り下げ、そして行動に対する動機付けが甘く、全ての設定がとって付けたように感じてしまいました。先にストーリーと起こる出来事ありきで、キャラ立ちが巧くいっていないという。登場人物が行動を起こすごとに「何故?」と思う事が多い作品でした。
 また、読み手にストレスを与えておいて、最後にカタルシスを与えて演出効果を高めるのは良いのですが、この作品の場合、最初に与えられるストレスが強過ぎるのではないかな…と思います。単に三球三振に討ち取ったぐらいで、読み手に与えられた負の感情が帳消しになるかというと、少々疑問が残りますね。
 それに関連して、野球の対決シーンに、もう少し勝負の醍醐味のようなモノが欲しかったです。ピッチャーとバッターだけの1打席勝負は制約が大きいのは分かりますが、ちょっとアッサリし過ぎかな、といったところです。
 
 今回の評価
 物足りない部分はかなり多いですが、破綻もしていないので、評価はという事にしておきます。絵の上手さが作品のクオリティにあまり直結していないのが勿体無いです。

 

 ──日程の問題もありますし、今日はここまでとしておきます。それでは皆さん、有明でお会いしましょう。

 


 

2005年度第26回講義
8月9日(火) 人文地理
「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(11・最終回)

◎前回までのレジュメはこちらから→ 第1回第2回第3回第4回第5回特別番外編第6回第7回第8回第9回第10回

 長期中断を挟んで半年以上も引っ張ってしまったこの企画も、漸く最終回を迎える事となりました。本当ならもう少し時間を頂いて思う存分語りたいんですが、時期的な事情もありますし、やや駆け足ではありますが今日お話できる分までで一応の幕とさせて頂きます。

 それでは、早速レポート本文へ参りましょう。12月30日の午前11時、東京ビッグサイト東館「駒木研究室」スペース内からスタートです。なお、文中においては文体は常体、人物名は現地で実際にお会いした方以外は原則敬称略とします。


 11時を回ると、「駒木研究室」のある評論・情報エリアにも人通りが多くなって来た。とりあえず大手サークルでの買い物を終えた人が増えたのだろう。
 これに応じて「駒木研究室」に来訪下さる人の数も、有り難いことに最初の1時間に比べると数割増しのペースになって来た。これが何故か平均ペースで、1分〜1分半ごとに1人、また1人いらっしゃっては本を1冊お買い上げ…といった感じ。
 するとこちらは、声を掛けて頂いて挨拶をし、それから本を渡してはお礼を述べる……という、まるで選挙活動中の候補者がするような一連の動作を、テンションが高止まりしたまま延々と繰り返す事に。勿論、大変やり甲斐のある事なのだが、これを1時間、2時間と続けると、さすがに物理的、精神的に息が切れてしまう。ひょっとしたら自我がどっか飛んでいった状態で応対してしまったケースもあるかも知れない(いや、きっとあった)。これに懲りず、今度の夏コミでも是非お声を掛けて頂きたく。
 あと、こういう、大勢の人に面と向かって続けざまに応援・支持されたり激励されたりした経験って無いので、ガラにもなく照れてしまって固まってしまうというのもある(笑)。まぁ次回以降は良い意味で慣れると思うので、どうか何卒。

 来訪者の多くは、やはり当講座の受講生さんが多くを占めるのだが、中には“一見さん”が足を止めて下さる事もあった。ただ、これは間違いなく流麗な表紙絵の力である。
 何しろ早足でスルーしようとしていた人が、表紙絵が視界に入った瞬間に『魔人探偵脳噛ネウロ』に登場する犯人のように不自然な体の捻り方をしてスペース前で静止するのだ。この光景に「うわ、すごい」という声を何度飲み込んだか分からない。この辺が集客における文字の限界、ビジュアルの可能性という事なのだろう。
 ただ、表紙と中身のギャップ(本文にはイラスト1枚も無し!)が物凄いので、中には謎を食った後のネウロみたいな顔をして、静かに立ち去る方もいらっしゃった(笑)。まぁ普通、あの表紙なら中にもイラスト満載だと思うわなぁ。それでも、結構な数の“一見さん”と思しき方にも本をお買い上げ頂いたので、立派な“看板”を掲げた意義も十二分にあったはずだ。

 そう言えば、受講生さんたちにも色々な方がおられた。本を手に取るなり即座に「1部下さい」とおっしゃる方。少しパラパラとページをめくって楽しそうに中身を確かめた後、本を所望される方。そして、かなり念入りに内容をチェックされ、こちらが「おや、一見さんかな?」と思った所で「いつもウェブサイト見てます」とおっしゃる方(笑)。 
 1番目、2番目のケースが嬉しいのは当然の事として、最後のパターンも当講座の受講生さんらしい行動だなと、感慨深かった。全ての物事はじっくりと吟味してから判断せよ、というのは確かに正鵠を射ている。
 あとは、以前から度々メールを頂いていた方から、カイロとお菓子の差し入れも。ただ、先に述べたように自我が飛び気味の時間帯だったので、今から考えるとかなり素っ気無い応対をしてしまった気もする。この場を借りて改めて厚く御礼申し上げたい。

 基本的にこの日は終日スペースに張り付いていたが、昼過ぎに小一時間だけ抜け出して自分の買い物をさせてもらった。藤井さんご夫妻が駐在しているスペースへご挨拶とか、島本和彦さんの新刊やここで買い逃すと入手困難な評論系の同人誌を買ったりとか……あと、ちょっとだけ、あんまり人前で話すべきでもない事とか(笑)、最低限の時間で最大限の用事をこなす。
 当たり前の話だが、その間もかなりの数の来訪者があったらしい。わざわざ駒木の所在を確かめたという方も少なくなかったそうで、本当に申し訳ない。朝から抜け出すタイミングを図っていたのだが、全然その機会が来そうに無かったので、時間的に限界ギリギリの所で一時離脱をカマす事になってしまった次第。
 結果的に一番人数が少なかった時間帯が10〜11時だったので、夏コミは開会当初の1時間ぐらいで色々動こうかなと思っている。なので、「駒木研究室」スペースにお出での方は、是非とも他の買い物や用事を済まされた後、午後になってからゆっくり……という事でどうか何卒。本も午前中で売り切れる事はまず有り得ないんで、どうか焦らずに。

 スペースに復帰してからも、ほとんど衰えないペースの来訪者さんとの応対が続く。余部は贈答用にキープしておく事にしていたので、200部で“完売”という事になるのだが、14時を過ぎた辺りで既にそれがハッキリと視界に入って来たような感じ。まさかまさかの慶事である。
 しかしこの時、駒木の胸の中に「自分の力で何かをやり遂げた達成感」的な物は全く無かった。あるのは駒木や、「社会学講座」を支えてくれた色々な方への感謝の念、ただそれだけだった。1人では全く無力な自分。沢山の人のお陰で、そんな自分にも今があると言う事が、痛いほど実感出来たのだ。これまでも「社会学講座」を支えてくれた方への感謝の念は持ち続けていたつもりだったが、とんでもない。自分は支えられていたどころの話ではない。生かされていたのだ
 泡沫サイトの管理人として必死にもがいていた4年前、サーバーとドメインを無償で提供してくれた平田さん。当講座の3人娘をプロデュースして頂き、この「社会学講座」の世界観構築に多大な貢献をして下さった藤井ちふみさん。ご自分のサイトで当講座を紹介して下さった方たち。そして駒木や「社会学講座」プロジェクトを理解し、有形無形のご支援をして頂いた受講生の皆さん。本当に、本当に、有難う。全ての物にはいつか終わりが来ますが、駒木ハヤト、それまでの間、微力ながら精一杯恩返しさせて頂きます。

 15時を過ぎると、さすがに人の数はガクンと減り、多くのサークルスペースでは店仕舞いを始めていた。こうなると気になるのが宅配便の申し込みだ。駒木は、あと数冊で200部完売すると言う状況のスペースを離れ、申込書とダンボール箱を入手するため宅配便の受付所へ。
 ところがここで生来の方向音痴が遺憾なく発揮された。ただっ広い東館を1周しても2周しても、目当ての場所に辿り着かない。焦っている内に、留守番をお願いしていたMさんから携帯へメールが来た。

 「完売しました」

 ──こうして、肝心要の瞬間に立ち会えないという、超絶な間抜けっぷりを披露して、駒木のコミケサークル参加は終わったのだった。何故あと数部売れるのが待てんか自分。

 閉会宣言を聞く頃には撤収を完了し、宅配便のダンボールに、贈答用の余部や手荷物にするには厄介なアイテムを詰めて自宅へ発送。ビッグサイト内でするべき全ての作業を終え、駒木は最後まで手伝ってくれたMさんと共に会場を後にした。人の殆どいなくなった東館は何とも言えない心細さを覚える程に広かった。
 その後、埼京線直通のりんかい線に乗って渋谷まで。そこで、先程お名前を挙げさせてもらった、当講座のサーバー&ドメイン提供者の平田さんと合流してささやかな宴会。まぁここは女ッ気皆無の呑み会ゆえ、多くを語る必要も無いだろう。
 女ッ気皆無と言えば、この日「駒木研究室」スペースを訪れた数百人の方たちの中で、女性は僅かに3名だった(笑)。ただでさえコミケ最終日、しかも男性向18禁サークルに囲まれた配置だったので致し方ないとは思うが、本来当講座の受講生さんには女性の方も結構いらっしゃるはずなので、これは(変な意味でなく)残念な話。ただ、今度の夏コミの評論・情報カテゴリは、学漫(学校の漫研)とJUNE(美少年同士を絡ませた創作)囲まれた配置になっているので、女性の方でも随分立ち寄り易いだろうと思う。まぁ来て頂いた所で居るのは駒木、という由々しき大問題が根底に広がっているのだが(笑)。

 さて、22時過ぎに宴を打ち上げた後は特筆すべき事も無し。本屋で適当に時間を潰してから品川駅へ移動し、ホームに入線したばかりの「ムーンライトながら」の臨時便に乗車した。
 更に酒の力を借りるまでも無く、発車間もなく疲れの余り眠りに落ちて、気が付けば終着・大垣駅も目前。この後は“大垣バトル”と呼ばれる乗り継ぎ列車の座席争奪戦に参加して、更にもう1回の乗換えを経て、ようやく神戸に着く事になる。最後まで慌しい弾丸旅行ではあるが、旅の終わる寂しさを実感する間も与えてくれないのは、この際有り難い。
 車内放送が大垣駅への到着を告げている。ショルダーバッグを肩に、バックパックを背中に、そしてたくさんの人から貰った最高の思い出を胸に。忘れ物が無いのを確認して、駒木は旅行客で溢れるホームへと駆け出した。(了)

 


 

2005年度第25回講義
8月6日(土) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(7月第6週/8月第1週分)

 日程も詰まり気味ですので、早速ゼミを始めます。来週は木曜日から東京へ出発しますので、カリキュラムは多少流動的です。「サンデー」にレビュー対象作が無いので、水曜実施も可能だとは思いますが……。


 「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年サンデー」関連の公式アナウンス情報

 ★新連載&読み切りに関する情報 

 ◎「週刊少年ジャンプ」では、次号(36・37合併号)から若手作家による読み切り競作企画・「第2回・週刊少年ジャンプ金未来杯(ゴールドフューチャーカップ)が開催されます。
 昨年度に「ジャンプ」では久々の新人・若手作家コンペテイション企画として開催され、後の連載作品3本を輩出した「金未来杯」ですが、今年もほぼ同じ内容で第2回が開催される事となりました。
 昨年度の第1回と同様、各作品はアンケートハガキの設問の中で「支持・不支持」を問われ、最多「支持」票を獲得した1作品が「金未来杯」を受賞する…という流れのようです。副賞や特典などは明記されていませんが、過去のケースから考えても、受賞作及び読者や編集部内の評価が高かった作品が長期連載化されるのは間違いないでしょう。

 さて、ではここでエントリー作家・作品と、掲載スケジュールを紹介しておきましょう。

「金未来杯」掲載ラインナップ

 ◎第1弾・36・37合併号(次号)に掲載
 …『ウサギとカメとストライク』(作画:天野洋一)
 ◎第2弾・38号に掲載
 …『スマッシングショーネン!』(作画:大竹利明)
 ◎第3弾・39号に掲載
 …『バカ in ths CITY!!』(作画:大石浩二)
 ◎第4弾・40号に掲載
 …『魔法使いムク』(作画:大久保彰)
 ◎第5弾・41号に掲載
 …『ナックモエ』(作画:村瀬克俊)
 ◎第6弾・42号に掲載
 …『@'oclock』(作画:やまもと明日香)
※機種依存文字が読めない方へ:1文字目は○中に1です。

 今年のエントリーは昨年より1つ増えて6作品。ただ、個人的な印象としては、昨年度エントリー5作品の作者の皆さん(福島鉄平、坂本裕次郎、田坂亮、西義之、中島諭宇樹、以下エントリー順敬称略に比べると、やや小粒な印象もありますね。期待半分、不安半分…といったところでしょうか。
 勿論、このエントリー作品は当ゼミで掲載週のレビュー対象作となります。そちらの方も、どうぞお楽しみに。

 ※今週のレビュー&チェックポイント
 ●今週のレビュー対象作…1本
 「ジャンプ」:新連載第3回1本
 「サンデー」
:レビュー対象作なし

 ※7段階評価の一覧表はこちらから。よくあるご質問とレビューにあたってのスタンスは04年1月14日付講義冒頭をご覧下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2005年35号☆ 

 ◎新連載第3回『みえるひと』作画:岩代俊明

 についての所見(第1回時点からの推移)
 まず、第1回時点に比べると背景の描き込みとトーン処理がシッカリして来ましたね。この辺は穿った見方をすると「良いアシスタントさんが補強されたのかな?」…と考えてしまうのですが(笑)、アシスタントの使い方も作家の才能の内ですから、これはこれで立派な前進でしょう。
 そして、背景のお陰も多少入ってるかも知れませんが、人物作画の方もメリハリが出て来ました。まだ若干立体感が欠けている気もしますが、こちらもパッと見で見苦しいという印象は全く無くなりました。
 全体的に見て、減点材料は概ね解消されたと判断して良いのではないでしょうか。

 ストーリー&設定についての所見(第1回時点からの推移)
 第2回・第3回の2週に渡って、新キャラの登場と世界観の補強を兼ねたショートエピソードが描かれましたが、今回のお話はどうにも淡白だという印象が強く残りました。シナリオのまとまりは問題が無かったのですが、要所要所で物足りない点が目立ったかな…といったところです。
 具体的に言えば、設定の提示のために説明的な台詞を多用した点、戦闘シーンの駆け引きや攻防、更には目を引く演出が不足していた点、そして心象描写が乏しかった点など。作品の内容を読み手の心に印象深く刻み込むためのテクニックが感じられなかったのが残念でした。

 全体としては「悪くない」作品ではあるのですが、「悪くない」程度では生き残れないのが現在の「ジャンプ」。打ち切りが近そうな作品が1つ2つある今の内に、テコ入れと読み手の望む方向性への舵取りをしていってもらいたいものです。  

 今回の評価
 評価は絵の減点材料の解消と、新たに生まれたストーリー面の懸念を相殺させてB寄りB+で据え置きます。次は連載10回の時に評価の見直しを実施します。

◆「ジャンプ」今週のチェックポイント◆ 

 今週の「チェックポイント」は、まず『切法師』の連載10回評価見直しから。

 ◎『切法師』作画:中島諭宇樹
 旧評価:A寄りA−新評価:B+

 掲載順も徐々に低迷しつつあるこの作品ですが、当ゼミでの評価も実質1.5ランクのダウンとさせてもらいます。
 パノラマ的な作画を多用した演出の巧みさ、心的描写の巧さとそれを活かしたドラマ展開など、見所のあるシーンも少なくありません。ですがそれ以上に、非常に高い割合のページ数を割いている戦闘シーンがどうにも平凡で、作品のクオリティを大きく押し下げている……という判断です。
 バトルがメインの作品であるならば、主人公が本当に死ぬ寸前・絶体絶命の窮地に追い込まれてからの逆転劇や、手負いの状態で格上の敵にギリギリの勝利を収める…といったような、勝ち負けが判っていてもドキドキするような展開で盛り上げて欲しいところです。この作品まではバトルよりもドラマで見せるタイプの作家さんだっただけに、その辺の戸惑いや準備不足もあったのでしょうか。
 また、ファンタジー物の設定を和風アレンジするのは良いのですが、そのアレンジを含めてやや陳腐であるような印象も受けます。この世界観でないと出来ない趣向が何か1つでもあれば全く見方も変わって来ると思うのですが……。

 果たして20回の評価見直しがあるのかどうか微妙な情勢ですが、何とかテコ入れが間に合う事を祈りたいですね。実力のある作家さんだけに、短期打ち切りは見たくないものです。

 ──そして今週号では『いちご100%』が完結を迎えました。当講座開講間もない頃に連載が始まった作品ですが、いつの間にか長期連載の部類に入る作品になっていましたね。そりゃ当講座スタッフもみんな年とるわけですね(苦笑)。

(※ところで、実はこの最終回総括は第2稿です。当初は普通のストーリー系作品と同様のスタンスからクソ真面目に総括評価をしたのですが、「そうして見る作品ではないですよ」という至極ごもっともなご指摘を受け、修正をしております)

 さて、この作品は連載当初は正統派の青春ラブストーリーとして出発し、新連載時の評価もそういうスタンスで出しました。しかし、最終回を迎えた時点で作品全体を俯瞰すると、確信犯的にシナリオ・設定の内容充実を犠牲にし、その分商業的成績を意識した、いわゆる「名作崩れの人気作」的作品と考えた方がしっくり来るようです。複数の女の子に対して一生心の傷になりそうな事をした真中が最後までモテモテ…という御都合主義的なエンディングも、そういう解釈をすれば納得も出来ますし。
 ただ、それにしても主人公の性格設定や行動には“人気作”として問題はありはしないか……とも思うのですが、次々と現れたヒロインにそれを相殺するだけの魅力があり、また河下さんの見栄えする絵もそれを後押しするだけの力があったとも思います。という事で、少々甘いかも知れませんが、改めてB+の評価で総括とさせてもらいます。
 

☆「週刊少年サンデー」2005年36号☆

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 今週のチェックポイントは、『見上げてごらん』の連載20回評価見直しをお送りします。

 ◎『見上げてごらん』作画:草場道輝
 旧評価:B新評価:B(据置)

 連載20回の区切りですが、今回も評価は据え置きとします。現在、部内での5対5対抗戦が進行中ですが、試合シーンの内容が、どうにも薄味かな…という感じですね。高度に専門的な技術論や内容の深い駆け引きではなく、根性論や「正義は勝つ」というような根拠薄弱な精神面の部分ばかりをクローズアップしてしまったため、ストーリーや作品全体の説得力に悪い影響を与えているように思えます。
 また、単純に主人公サイドがアッサリと勝ち過ぎるというのも問題でしょうね。ただでさえ勝ち負けが読めるマッチメイクなだけに、もうちょっとピンチを煽るような場面があっても良かったでしょう。

 この作品、とりあえずあと10回様子を見て、それで内容が変わらないようでしたら、それで評価確定としたいと思います。

 

 ──といったところで、今週分のゼミはこれまで。また来週お会いしましょう。では。

 


 

2005年度第24回講義
8月3日(水) 人文地理
「駒木博士の東京旅行記04’冬 コミケ67サークル参加挑戦の旅」(10)

◎前回までのレジュメはこちらから→ 第1回第2回第3回第4回第5回特別番外編第6回第7回第8回第9回

 冬旅行記も10回目。長ったらしい回想シーンも終わり、いよいよ今日から2〜3回に分けて冬コミ2日目の模様をお送りする事になります。この旅行のハイライトシーン、どうぞじっくりとご覧下さい。 

 それでは、今回のレポートは12月30日の午前8時ごろ、りんかい線国際展示場駅からスタートです。なお、文中においては文体は常体、人物名は現地で実際にお会いした方以外は原則敬称略とします。


 昨日とは一転して晴天に恵まれた、この日の東京。駅前から慌しく歩を進める参加者の足取りも軽そうだ。
 夏コミの最終日は7月から続く真夏日連続記録をストップさせる鬱陶しい雨天だったが、今回は男性参加者の熱い熱い思いが雪雲を吹っ飛ばしてしまったようだ。

 そんな絶好のコミケ日和の中、駒木は同行をお願いしたMさんと共に東京ビッグサイトへと向かう。自然と早足になってしまうのは、抑えきれないテンションが足の先まで漏れてしまっているからだろうか。
 既にビッグサイトの入口付近はサークル入場者で結構な人の流れが出来ていた。何しろ1日あたりの参加サークル数は1万以上。そのサークル1つごとに3枚以上の入場チケットを配布しているのだから、こうして開会時間前に立ち入り出来る人数でさえ万単位なのである。まったくもって恐ろしいイベントだと言わざるを得ない。数え切れない程の奇跡が積み重なって、コミケの歴史が作られ、そして今もなお現在進行形で続いているのだと、しみじみと実感する。

 偽造防止のため、今や日本銀行券真っ青の精巧な印刷が施されているサークルチケットを、入口担当のスタッフさんに手渡し、いよいよ入場。「駒木研究室」のスペースがある東1〜3ホールへ直行する。
 ホールでは、早くもあちこちでスペースの設営作業が始まっていた。一般参加者のいない巨大なホールは数千人のサークル関係者を収容してもなお閑散としており、いかにも“ただいま準備中です”といった雰囲気を醸し出している。さすがは天下の東京ビッグサイトといったところだろうか。
 そんな感慨にふけりつつ、場内地図を参考にして、「駒木研究室」に与えられた“エ-19a”のスペースを探す。広大なホールの中で、1つのサークルに与えられる空間は僅かに折り畳み式長机1/2個分しかない。この“住所”通りに自分のスペースを探し当てるだけで、ちょっとしたオリエンテーリング状態だ。それでも、こんな苦労も自分がサークル参加しているとなると、微妙に嬉しく感じるのは何故だろう。

 「駒木研究室」が配置されていたのは、参加者の間では“島”と呼ばれる、原則縦・机6本分×横・机2本分の大きさで作られた長方形のエリアのど真ん中。マンガ『げんしけん』で、主人公たち現視研メンバーがサークル参加した時に配置された場所と、ほぼ同じ位置関係である。混雑・事故防止のために大手・有力サークルは端へ端へと配置されるコミケにおいて、“島”のど真ん中という事はすなわち……まぁ、これ以上は言うまい(笑)。駒木は実績ゼロのルーキーなのだから、この配置はスタッフさんの準備が正常に機能している証なのだ。
 両隣のサークルさんに簡単なご挨拶をして、設営作業に取り掛かる。まずは机の上に山積みになっている膨大な枚数のチラシをどけて、売り子用の椅子2脚を床に下ろす。……しかし、これだけ集中的にチラシを撒いたら宣伝効果としては逆効果ではないかと心配してしまう。
 そして机の下には、昨晩に搬入された同人誌「現代マンガ時評04年度総集編」の包みが。100冊の包み2つと余部サービスの小さい包みの計3つ。著者の特権で早速包みを開けて本の現物を確認すれば、鮮やかに印刷された表紙にまず感激し、更に同人とは言え自分の書いた文章が本になった事実に重ねて感激する。本当に印刷所さん有難う。
 あとは持参した小道具で簡単なディスプレイ作業。まぁディスプレイと言っても、敷布をして見本誌を本立てで立てたりするだけなのだが……。途中からは、この日は委託参加先のサークルさんで売り子をするという藤井ちふみさんが、同人誌の表紙絵を加工した看板持参で応援に来て下さって鬼に金棒。ちなみにこの看板は、本を買いに来て下さった方から、「いやー、この看板が無かったら見逃してましたよ〜」…と言われるほど役に立つことになる本当に感謝。

 さて、この時点でまだ時刻は9時を回ったかどうかといったところ。少々時間を持て余したかな、とも思ったが、次回の参加申し込み書を買いに行ったり、スタッフさんの巡回と見本誌提出を済ませたりしている内に結構な時間になって来た。
 ただ、今回は買い手としての行動は殆ど諦めていたので呑気なものである。開会したところで、こちらは“島中”。恐ろしい同人誌争奪戦が繰り広げられる壁際やシャッター前からは隔絶された銃後の世界なのだ。

 しかし、ここで予期せぬ来訪者が。開会に先立って目当てのサークルを下調べ(開会前の販売は禁止。だから「開場前会場内行列」が発生する)していると思われる方から、何と「駒木研究室」の頒布予定部数の問い合わせを受けたのだ。
 「え? 何故にウチみたいな“マイナーレーベル”に?」と、戸惑いを隠せなかったが、これもある意味名誉な事。「200部です」と答えると、何とその方は「うわー、微妙だなあ」という反応をなさった。この場合の「微妙」とは、「自分が買いに来るまでに本が残っているだろうか……?」という懸念を意味するのだろうが、これには更なる戸惑いと驚きを隠せなかった。
 何しろこちらは、04年夏の旅行記で書いたように「1%の確率で200部完売、数%の確率で100部以上売れて完売の目処立つ、残り90数%の確率で納品されたダンボール箱のまま宅配便送り」…という見積もりをしていたのだ。2年ぐらいかけてノンビリ売って行きますか…ぐらいに考えていたので、「え? 外からはそういう認識をされてるの?」という感じである。
 そう言われてしまうと、まず有り得ないであろう“瞬殺モード”になった場合の心配もしてしまうもので、念の為その方のために1冊取り置いておく…という事にした。ただ、「そんな凄い事にはなるはずねぇって」という卑下する気持ちも健在だった駒木は、「取り置くのは売り切れそうになってからでいいか」と生来の面倒臭がりな所を発揮。後でその方が本を買いにいらっしゃった時、普通に陳列している所から1部抜いて渡してしまい、えらくガッカリした顔をされてしまう事になる。
 ……この場を借りて、名前もお聞きしなかったその方に謝罪しておきます。お気持ちを考えない事をして申し訳有りませんでした。物が有ればいいやってもんじゃないですよね、この場合。

 やがて会場内のデジタル時計は10時を指し、「ただ今より、コミックマーケット67、2日目を開催いたします」の館内アナウンス。ホール全体から細波のように拍手が沸き起こり、あちこちから指笛の音も聞こえる。と同時に、ホール入口の方からは五臓六腑に染み渡る重低音を響かせて、一般参加者たちが場内に雪崩れ込ん出来た。これぞ年2回、夏と冬に東京は有明で自然発生的に起こるオタク民族の大移動である。かつてアンドレ・ザ・ジャイアントの入場を「一人民族大移動」と表現した古館伊知郎がこの様子を実況したら、その口から果たしてどのようなフレーズが発せられるのであろうか。
 開会を祝う拍手に代わって、スタッフさんたちの「走らないで下さい」という注意喚起が場内に響く中、シャッター前や壁際に配置された大手サークルには瞬く間に長蛇の列が築かれていった。超大手のサークルとなると、始発から入場待機列に並び、開会と同時に競歩選手のようなスタートダッシュを決めたとしても、目当ての本を手にしない内に行列の中で正午の時報を迎える事もある。まさに修羅場、まさに戦場。
 ただ、そんな中でも、“銃後”の世界は、やはり平和そのもの。「駒木研究室」の前には、やはり行列など発生するわけもなく、ただっ広く開けられた通路を、参加者の代わりに冷たい北風が駆け抜けていった。少しアングルを変えるだけで、コミケはまるで様相の異なる風景を曝け出すものだ。

 そんな中、駒木は相変わらず呑気に壁際やシャッター前の様子を遠巻きに観ながら、「おぉおぉ、やっぱり凄い人だぁ」…などと、田舎から集団就職で上京して上野駅前に降り立った昭和時代の“金の卵”のような感想を呟いていた。一般参加の時には最前線で戦う一兵卒だったのだが、今回のように立場が変わってしまえばまるっきり他人事である(笑)。
 ところが、そんな悠長なスタンスで開会を迎えたのも束の間、10時03分には早くも最初のお客さんが来訪! こちらは内心「えええ? こんな早い時間帯にマジですか?」という心の叫びを噛み殺しつつ、座っていた椅子から立ち上がって恭しく両手で同人誌をお渡しする。「駒木博士ですか? いつもウェブサイト見てます、頑張って下さい」という望外の激励まで頂き、こちらは恐縮するばかり。
 その方を静かに見送って、早くも1冊目が売れた喜びを感じていると、その喜びが余韻に変わる間もなく2人目、3人目、4人目…と断続的に同人誌を買い求める方が「駒木研究室」へいらっしゃる。その多くの方が駒木に激励の声を掛けて下さり、中には「これを買うためだけに来ました」という方までおられた。この方は一体朝何時に起きて、この時間にここへやって来たのだろう。まったく有り難いやら申し訳ないやら。

 そうやって1〜2分おきに同人誌を所望しに来られる受講生さんの応対をしている内に、気が付けば時刻は早くも11時。販売した部数は30冊で、平均するとちょうど2分に1冊のペースになる。このまま行けば、閉会までに150冊は売れる勘定になる。望外のハイペースだ。
 「……駒木さん、ちょっとは座ったらどうですか?」
 同人誌を手渡す度に立ち上がり、そのうち座るのが面倒臭くなって立ちっ放しになっていた駒木を気遣って、Mさんが声をかけてくれた。
 「いやー、モデム配ってる時の癖でね。接客する時は立ったままじゃないと、逆に落ちつかないんだわ」
 駒木は照れ笑いを浮かべながらその気遣いを辞退して、ふぅ、と一つ安堵の溜息をつく。と、そこへまた「駒木博士はいらっしゃいますか?」という声がかかる。
 「あ、はい僕です!」
 モデム配りの仕事で鍛えた反応の良さで、31人目の“お客さん”の方へ向き直る。でも、仕事の時と違うのは、この時に駒木が浮かべていた笑顔が、いわゆる営業スマイルではなくて、心の底から湧き上がった本物の笑顔だったという事だ。

 閉会まで、まだあと5時間。これから何回嬉しさと有り難さを噛み締める事が出来るのだろうかと、そんな事を考えながら、31冊目の同人誌を、また両手を添えて手渡したのだった。(次回へ続く


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