「社会学講座」アーカイブ

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講義一覧

4/29 現代社会学特論「椎名林檎、高らかに現役復帰!(12)」
4/28 
広報産業概論「駅の吊革広告に『ときメモ』」
4/27 競馬学特論「G1予想・天皇賞(春)」
4/26 現代社会学特論「椎名林檎、高らかに現役復帰!(11)」
4/25 
演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(4月第4週分)
4/23 
現代国際情勢 「紛争地イスラエルに日本人バカップル参上」
4/22 現代社会学特論「椎名林檎、高らかに現役復帰!(10)」
4/21 行動社会学「駒木博士の縁日アルバイト日報(6・最終回)」
4/20 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(11)
4/19 現代社会学特論「椎名林檎、高らかに現役復帰!(9)」
4/18 
演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(4月第3週分)
4/16 行動社会学「駒木博士の縁日アルバイト日報(5)」

 

4月29日(月・祝) 現代社会学特論
「椎名林檎、高らかに現役復帰!(12)」

 祝日だろうが講義を実施する、我が社会学講座、今日も平常業務です。ただし、明日はウィークデーですので、短めの講義になります。ご了承下さい。

 ↓レジュメへのリンク一覧です
第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回(事故で消失しました)第9回第10回第11回

 

 さて前回は、『ここでキスして。』で初のスマッシュヒットを達成した林檎さんが、さらなる音楽活動を進めるも入院加療を余儀なくされて……というところまでお話しました。

 肝心なところで戦線離脱を余儀なくされた林檎さん。しかも1stアルバム『無罪モラトリアム』の発売は目前に迫っていました。当時の林檎さんの心情といったら、無念でたまらなかったと思われます。

 しかしこの時既に、“椎名林檎”という一本の木に大きな実をつける準備が全て整っていたのです。
 そう、それはまるで、保守党の松浪“水撒きチョンマゲ”健四郎代議士が、「選挙活動なんてのは公示日の時点で全部終わってるんや。あとは当選するだけや」と言っているのと同じ状態なのでした。
 ……とはいえ、純粋に実力で勝負しているのと、税金と公共事業をバラ撒いているだけなのとで大きな断層がありますが。

 1999年3月第2週のオリコン・アルバム週間ランキング、この週に初登場となった『無罪モラトリアム』は、いきなり2位にランクインしました。
 これは業界内外で話題の的となりました。シングルチャートで10位に入るのがやっとの新人アーティストのアルバムが、並み居る大物アーティストを押さえて2位に入ったのですから。しかも内容と言えば、素晴らしいクオリティながら、これまでの売れセンとは対極にあるような楽曲の数々です。
 何せ、収録曲を演奏している3つのバンドの名前からして、「絶倫ヘクトパスカル」「絶叫ゾルフェージュ」「桃色スパナ」です。林檎さんも「椎名“サディスト”林檎姫」と名乗る始末で、本来、最もCDを購入する年代であるローティーン層を拒絶するようなプロデュース方針でした。
 これはまるで、少年ジャンプコミックスでありながら、表紙にヒロインの全裸イラストを持ってきた『BASTARD!! 暗黒の破壊神』のような“冒険”でありました。

 そして『無罪モラトリアム』は、当の林檎さんが療養中であるにもかかわらず、何週間経っても滞る事無く売れ続けてゆきました。大半のレンタル店は仕入れの数を読み違え、何週間経とうと全てのCDが“レンタル中”状態で、ようやくレンタルできた頃には歌詞本がセロハンテープで補強されている有様でした。
 折悪しくと言うか、同時期に宇多田ヒカルの『First Love』が化物じみた大ヒット(764万枚)を記録してしまったがために、一般社会的にはあまり目立たなかったのですが、それでもJ-popシーンに与えたインパクトは相当なものだったのは言うまでもありません
 以下に紹介するのは、アルバム発売から半年間のオリコン週間ランキングです。通常、一度落ちた順位は回復しないセールスチャートで、再三にわたってランクアップを果たしているのが大変印象的です。
 
 2→2→4→8→12→18→18→20→22→17→16→18→20→25→36→32→40→43→49→49→40→(3週50位以下)→35→42→46→49

 結局、この『無罪モラトリアム』は、通算78週100位以内にランクイン。累計売上枚数も143万枚と、デビューアルバムにして見事ミリオンを達成しました。

 そして、療養から復帰すると同時に、J-popのメジャーアーティストの仲間入りを果たした林檎さんは、大ヒットに奢る事無く、さらに精力的な活動を続けていきます

 まずは初の全国ツアー・「先攻エクスタシー」をスタート。今ではお馴染みとなった拡声器を初めて使用したのがこの時です。その他、当時のトレードマークであったSM用ムチはもちろん、タンポンやコンドームもライブの彩りを添えたと報告されています。
 この時期には「先攻エクスタシー」の他にも数回のライブハウスでの小規模ライブやシークレットライブが行われています。後々まで続く林檎さんの小会場主義はこの辺りから既に顕著と言えそうです。

 さらには松任谷由美──ユーミンのトリビュート・アルバム『DearYuming』収録の『翳りゆく部屋』に参加するという名誉にも与ります。これは、椎名林檎という名前が業界の隅々にまで浸透していた事を証明する出来事でもありました。

 そしてこの時期、最も印象的な出来事は秋にありました。
 1999年10月7日、赤坂ブリッツで行われた東芝EMIの業界向け新人紹介イベント「ミュージックトークス」において、“東芝EMIガールズ”なる耳慣れない女性デュオがステージに上がりました。
 彼女らはカーペンターズの名曲・『I want last a without you』をピアノ伴奏のみという半アカペラで歌い上げ、2000人もの音楽関係者を唸らせたのです。

 この“東芝EMIガールズ”、1人は宇多田ヒカル、そしてもう1人が椎名林檎さんだったのです──

 この時の歌は、一般人シャットアウトのシークレットライブだったにも関わらず、どこからともなく録音テープが流通し、やがて大ブームを迎えた“ナップスター”を媒介に、全国各地のハードディスクへと行き渡っていきました。この曲聴きたさに“ナップスター”をダウンロードした人も多いと言われ、まるでVHSに対する『洗濯屋ケンちゃん』のような存在になったという伝説が囁かれています。

 デビューから1年余、デビューに失敗したはずの新人アーティスト・椎名林檎は、いつの間にか押しも押されぬトップ・アーティストの地位を確立していました

 ですが、この時、彼女の心中にはある1つの決心が秘められていたのでした── (次回へ続く) 

 


 

4月28日(日) 広報産業概論
「駅の吊革広告に『ときメモ』」

 受講生の方でも、日頃よく電車を利用される方も多いと思います。
 特に通勤や通学などで、連日電車を利用されている方にとって、「電車の中でいかに時間を過ごすか」という事は、かなり頭を悩ませる事でもあります。

 駒木などは、必ずカバンの中に文庫本や雑誌を“完備”しておりますので、電車は一種の図書室のような役割を果たしており、有意義に時間を過ごしています。
 ただ、時には満員電車に持ち込んだ文庫本が『宦官』という歴史本で、さらに折悪しく、「鋭い鎌のような刃物で、局部を一気に……」などという記述にぶち当たってしまい、人いきれの中で卒倒寸前、という経験をした事もありました。

 ちょっと話がズレましたね。
 駒木は読書の合間に時折、他の乗客の方が車内でどのような時間の過ごし方をされているかチェックする事があります。
 見てみますと、大抵の方は駒木と同じように読書、または仮眠の時間に充てられているようです。そして、複数人で乗車している場合は談笑されている方も多いみたいですね。
 そしてさらに、座席が一杯で立ったまま乗車している人の中には、いわゆる車内広告をご覧になっている方も多いように思えます。特に身動きの取れない満員電車の中では、その比率は大幅に上がるようです。

 そんな車内広告で代表的なものといえば、やはり週刊誌などの雑誌広告でしょう。まさに車内広告の花形とも言えます。
 何しろ、雑誌の車内広告は雑誌のダイジェスト版とも言うべき、センセーショナルな見出しが所狭しと羅列されています。
 その計算されたコピーは乗客の購買意欲を大いに煽るように出来ており、10分でも広告を眺めている内に、山崎拓自民党幹事長の変態プレイの中身であるとか、某狂言家元が業界内で浴びせられている批判だとか、10年越しで乳首解禁を表明した柏原芳恵のヌード写真集の中身などが気になって仕方が無くなるようになってしまうのです。
 そして、駅に着くなり売店へオヤジ族を走らせて、タバコ1箱をガマンするのと引き換えに車内広告が掲載されていた雑誌を購入させてしまうのです。まさに恐るべし、車内広告といったところでしょうか。

 と、そんな消費行動に絶大な影響を与える車内広告に、一風変わった広告が登場しています。

 列車内を「ときメモ」キャラが埋め尽くす!
 4月20日より1ヶ月間、JR山手線列車内の吊革部分に「ときめきメモリアルタイピング」の広告を掲載します。掲載列車は3編成(※)。ぜひ「ときメモ」列車を見つけてください!
(「ときめきメモリアルタイピング」公式サイトより)

 ……なんと、 元祖ギャルゲー・『ときめきメモリアル(以下、『ときメモ』と略)(以下、『ときメモ』と略)のタイピングソフト広告が、東京は山手線の吊革のカバー部分に掲載されるというニュースです。広告の内容は、『ときめきメモリアルタイピング」のロゴと、『ときメモ』に登場する女の子キャラがバストアップで描かれたイラストで構成されています。
 広告が掲載されるのは、山手線を走る12両立ての車両50の内の3つということで、運と時間帯に恵まれない限りは、なかなか『ときメモ』電車に乗る事は出来ないようですが、それにしても画期的な試みではあります。

 ただ、この『ときメモ』吊革広告、目を引く事は確かなのですが、実効性としては疑問が残ります
 吊革広告という事は、やはりターゲットはラッシュ時に電車を利用する通勤族が中心。キーボードどころかマウスにも翻弄され、社内のOLに「この電子メールは今日中に届くのかね?」と訊いてしまいそうなオジサンたちをターゲットに、果たしてどこまでキャラクター物のタイピングソフトの販促が見込めるかというと、やはり首を傾げざるを得ないでしょう。
 わずかに、出張で乗車した“ひかりレールスター”のモバイルシートでイヤホン装備してエロゲーに立ち向かうような若手社員の猛者たちには効果があると思われるかも分かりませんが、そういう人たちにとっては
 「タイピングソフト、しかも“ビジュアルノベル”という言葉の使用権をエロゲーソフト会社から強奪しようと目論むコナミのギャルゲーソフトなど買ってられるか!」
 ……というのが本音かもしれません。まるで和歌山2区衆議院議員補欠選挙のように歪んでいる、ギャルゲー購買層の心理構造が見え隠れする消費行動であります。

 …この広告の成否は、後々までの販売成績を見た後に判断しなければなりませんが、このままいくと、結局は山手線の車内を、ピンクチラシで溢れた電話ボックス状態にしただけで終わってしまいそうな気がします。大丈夫でしょうか。

 

 それにしても車内広告には、『ときメモタイピング』ばかりではなく、色々と変わった業種のものも存在します。
 比較的知名度が高いのは、学習塾大手の日能研。小学校や中学校の入試問題をそのまま広告に掲載し、乗車時間中に解答できなかった人を、“ゆとり教育”支持者に転向させてしまうプロパガンダ広告で有名です。
 その他にも、沿線にある理髪店や家具店、さらには病院、葬儀社に至るまで、実効性の程は別にして、まさに“ゆりかごから墓場”的に様々な業種の広告が、車内には張り巡らされています

 しかし、そんな多種多様な車内広告業界の中でも、とてつもなく異彩を放つ車内広告が存在します。主に神戸市営地下鉄や神戸電鉄でしかお目にかかれないローカル広告ですが、そのインパクトは明らかに世界ランカーのそれであります。
 その広告とは「有馬ビューホテル」の車内吊り広告。電鉄会社の阪急グループが経営している、宿泊施設付きヘルスセンターの宣伝であります。

 この「有馬ビューホテル」は、高級ホテル並の天然温泉浴場を完備し、宿泊者向けの料理も準一流クラスの旅館と遜色ないものを提供しているのが本来のウリ。まさにヘルスセンターの域を凌駕している、無闇矢鱈に凄い施設なのですが、何故か車内広告ではそこの部分には大して触れられていません
 広告の大部分を占めるのは、館内のショー・ステージで連日上演される歌謡ショーやアトラクションの案内なのです。
 受講生の方はここまでお聴きになって、「おお、ホテル並の施設に加えてショーまでやってるのか。だとすると、かなり凄い人たちが集まって来るのだな」……と、お思いになるかもしれません。
 その推測は、ある意味正しくて、ある意味大きな勘違いであります。
 いや、論より証拠。それでは受講生の皆様に、「有馬ビューホテル」が誇る、“凄いラインナップ”をご紹介しましょう!

 まずはこの方から。
 アマチュア時代に各地のマジック大会グランプリを総ナメ。“和妻”や“パラソルイリュージョン”などの大ステージ向けマジックを得意とする実力派マジシャン……

 

マジック中島&ひろみ

 

 ……こら、そこのキミ、「誰?」とか言わない! この中島さんは、小林旭の歌マネという、他のマジシャンには不可能な得意技を持った凄い人なんだぞ。 
 この他、この「有馬ビューホテル」では、桂南光に似たマジシャンとその奥さん、ジャッキー藤田&つや子も熱演中であります。

  

 では続きまして…。日本音楽シーンの革命児! 全てのジャンルを超越した“ニューロック民謡”を標榜し、日本各地を拍手の渦に巻き込む凄い奴ら、その名も……

 

天馬鈴若とその一味!

 

  ……いや、「だから誰だよ?」とか言わない! 
 キミには理解できないのか、モーニング娘。に“。”が付く10年以上前からユニット名に“!”をデフォルトで付けているこの斬新さ。このユニットが無ければ、モー娘。も無かったかも知れないんだ。元祖ハロープロジェクトなんだぞ。

 ……では次に………え? もういい? 
 むー、まだまだ80年代中〜後期、5年間の平均順位が5.8位だった頃のヤクルトスワローズを思わせるようなラインナップが続くのですが、ブーイングが聞こえてきましたので、あとはダイジェスト的にお送りします。

 どじょうすくい梅月流の重鎮・中西梅月

 故・春日八郎公認の後継者で、今は有馬を拠点に故人の遺業を語り次ぐ実力派歌手・柏木三千雄

 テイチクレコードが誇る、北神戸一のデュエット・神戸文彦新井由美! 神戸文彦さんは、なんと舞踊ショーの主演男優でもある、2足のわらじの芸達者。まさに演芸会のチョコボール向井であります。

 そして、このステージを取り仕切る司会者は、「ワシじゃ、ワシじゃ」でお馴染みのものまね漫談師・坂本良

 ……どうですか。この、全員の知名度を足しても「素人名人会」の“ごもくめし”とドッコイドッコイ、という凄まじいラインナップ。
 この人たちに加えて、不良債権と化したCDの在庫を抱えて全国キャンペーンショー・ツアーを展開する演歌歌手の皆さんを交え、連日上演されるのが「有馬ビューホテル」のオン・ステージなのです。

 ……と、このオン・ステージのお知らせが広告の大部分を占める「有馬ビューホテル」の車内広告。そのインパクトや絶大であります。ステージを見たい見たくないは別にして、広告を見た乗客全てに鮮烈な印象を叩き込むこの広告、まさに車内広告のお手本と言うべきものでありましょう。
 駒木が日々利用している神戸市営地下鉄では、6両編成の2両目が、全て「有馬ビューホテル」の広告で埋め尽くされた、軽い拷問のような電車が走っています。
 一体、阪急電鉄はどんな野望を抱いてこのような試みに走るのでしょうか?
 宝塚ファミリーランドと神戸ポートピアランドを捨てても、この「有馬ビューホテル」だけは手放すまいとする執着心には、もはや畏敬の念すら覚える次第です。

 今からでも遅くありません。『ときめきメモリアルタイピング』の車内広告は、「有馬ビューホテル」とのコラボレーション広告に変更し、乗客に問答無用のインパクトを叩きつける意匠で勝負するべきであります。

 広告業界の明日はどっちだ!? といった、無用の波紋を巻き起こしつつ、今日の講義を終わります。(この項終わり)

 


 

4月27日(土) 競馬学特論
「G1予想・天皇賞(春)」

◆天皇賞(春) 予定調和と裏切りの中で◆

 あれはいつだったろうか。研究室で珠美ちゃんがこんな事を言っていた。

 「春の天皇賞って、良いですよね。馬券は獲りやすいし、レースそのものも、大抵はハッピーエンドで終わるじゃないですか。良いレースが観られて、少しだけでもお金が増えるなんて、“ささやかな幸せ”って感じで良いと思いません?」

 珠美ちゃんが競馬を見始めたのは高校に入学した1996年の春からだが、当時は完全な初心者で、レースの印象どころじゃないはずだから、彼女が話の前提としているのは翌97年以降のレースだと考えていいと思う。
 確かに97年以降の天皇賞(春)の成績を見てみると、珠美ちゃんの言う通り、馬券的に平穏で、レースも見応えがあって、なおかつハッピーエンド的結末というレースが続いている。シルクジャスティスが凡走した98年だけが例外と言えなくともないが、それでも当時中・長距離で最強と言われたメジロブライトが勝っているところを考えると、許容範囲内と考える方が自然だろう。

 では、僕も珠美ちゃんと同じ考えかというと、実はそうでもない。この天皇賞(春)というレースで僕は、ハッピーエンドとほぼ同じ数だけのバッドエンドを見せられている。96年のナリタブライアン−マヤノトップガン不発の時なんて、精神的にも経済的にも大いにダメージを受けたものだ。当時の僕は、量産型・福沢諭吉の肖像画を馬券販売機に突っ込んでしまう青臭いガキだったのだ。
 そう、僕にとっての天皇賞(春)は、予定調和と裏切りがアンバランスなハーモニーを奏でる、どうにもこうにも複雑なG1レースなのである。

 それにしても、このイビツなハーモニーはどこに根源があるのだろうか。とりあえずはその理由を探るため、少しばかりこのレースの分析を試みてみたい。

 過去10年の天皇賞(春)を振り返ってみると、各年度のメンバー構成によって、10のレースが大きく分けて4つのパターンに分類される事に気が付いた。

 (1) 1頭の馬に人気が集中している“一本被り”
 (2) 2頭の馬が人気を分け合う“一騎討ち”
 (3) 3頭の有力馬による“三つ巴”
 (4) 有力馬不在による“群雄割拠”

 普通のレースでは、“卍どもえ(4頭で接戦)”や“実力伯仲(今年の皐月賞のような大接戦)”というパターンも見受けられるが、少頭数で個々の出走馬間の実力差が比較的大きい天皇賞(春)では、なかなかお目にかかれないようだ。

 まず、(1)の“一本被り”パターンに当てはまるのが、93年(1番人気:メジロマックイーン)、94年(同:ビワハヤヒデ)、01年(同:テイエムオペラオー)の3回で、これらは3度とも平穏な結果に終わっている。即ち、1番人気馬の2勝2着1回、平均馬連配当443円である。

 次に(2)の“一騎討ち”パターン。これは92年(メジロマックイーンVSトウカイテイオー)、96年(ナリタブライアンVSマヤノトップガン)、98年(メジロブライトVSシルクジャスティス)の3回。
 こちらは対照的に人気馬の成績が悪い。人気2頭の成績を挙げていくと、92年は1着-5着、96年は2着-5着、98年は1着-4着で、マッチレースの実現は一度もない。平均馬連配当は2517円。3ケタ配当の多いこのレースでは破格と言える高額配当が続いている。

 (3)の“三つ巴”はどうだろうか? こちらは97年(マヤノトップガン、サクラローレル、マーベラスサンデー)、99年(スペシャルウィーク、メジロブライト、セイウンスカイ)、00年(テイエムオペラオー、ラスカルスズカ、ナリタトップロード)が該当する。00年に関しては(1)パターンに足を半分突っ込んでいるが、人気馬の成績などを考慮すると、こちらの方に入れた方が良いと判断した。
 これらの3つのレースの結果はと言うと、なんと全てのレースで人気上位3頭が上位3着を独占している。平均馬連配当は387円。
 人気3頭による名勝負が繰り広げられ、馬券も平穏。どうやら珠美ちゃんの天皇賞(春)に対する認識は、ここから来ていると見て間違い無さそうだ。彼女が観てきた5回のレースの内、3度がこのパターンである。

 最後の(4)、“群雄割拠”パターンは95年。レース直前にナリタブライアンが戦線離脱をして、一気に混迷の度を深めたレースである。今に比べて最強馬クラスの故障が多かった当時には時折見られる光景であった。
 この年の結果は、1着に古豪・ライスシャワー、2着には2年前の菊花賞2着馬・ステージチャンプが滑り込んだ。4番人気と6番人気の組み合わせとなって、馬連は4090円。やはり天皇賞(春)にしてはかなりの高額である。

 人気通り収まったのは(1)と(3)のパターンで10年間に6度。荒れるのは(2)と(4)のパターンで4度。見事なまでに“イビツなハーモニー”といったところだろう。
 特に、戦前の期待が高まりやすい(2)のパターンが全て不完全燃焼に終わっているのが印象深い。これではバッドエンドがより目立ってしまうのは仕方がない話だ。

 一騎討ちが成立しないとしては、ただ単に「2頭とも凡走しない確率が低い」という理由の他に、人気馬の騎手が相手を潰しにかかるからでもあるのだろう。騎手は己が勝つことが最優先。客がどんな馬券を握ってようが関係無いのである。
 対して、三つ巴がことごとく成立する理由としては、1頭で他の有力馬2頭を同時に潰す事が出来ないため、自然と正々堂々とした実力勝負になってレースの紛れが少なくなるのだろう。

 …というわけで、僕がこのレースに抱く印象は、おそらく(2)のパターンが大きく影を落としていると言えるのではないかと思う。
 まさに予定調和と裏切りの繰り返し。まるで人生模様を見ているか……いや、ここは競馬界の偉大な先輩に倣って、「予定調和と裏切りの繰り返しだなんて、人生は競馬に似ているなぁ」と言うべきなのだろう。

 さて。では今年の天皇賞(春)はどうか。
 各馬の実績や単勝オッズを見る限り、どうやら(3)のパターンに当てはまると見て良さそうだ。となると、今年も過去の例に従って、人気上位3頭による名勝負が繰り広げられるのであろうか。

 まずマンハッタンカフェは、年明け緒戦となった前走の日経賞で、自身を除けばオープン特別のようなメンバー相手に不可解な惨敗を喫した。
 レース中に蛯名騎手が後ろを振り返るなどしたため、一時は「故障か?」とも思われたが、どうやら荒れた馬場に足を滑らせたというのが真相のようだ。
 それにしてもこの馬、以前にも競馬学特論で述べたが、非常に騎手泣かせの“異議申し立ての多い馬”である。3コーナーから4コーナーでの脚の使い方が非常に難しく、ここでヘソを曲げるとどうしようもない。しかしながら、このポイントを上手に切り抜けられた時の瞬発力は菊花賞と有馬記念で発揮した通りで、どんな相手やペースだろうが問答無用の末脚を見せつける。
 信じられないような惨敗と目の覚めるような好走を繰り返すタイプとしてはマヤノトップガンがいた。菊花賞と有馬記念を制しているところまで、この馬とよく似ている。血統は全く違うが、“他人の空似”にしては非常に面白い2頭の関係とも言える。

 次はナリタトップロード。いやはや、それにしてもナリタトップロード、である。
 京都記念→阪神大賞典を快勝という、2年前にテイエムオペラオーが通過してきた轍を踏みしめて来たというのに、この馬から滲み出てくる“大物感の無さ”は何なのだろう。「一応はこの馬だってG1馬なのに……」と、G1実績を語る際には何故か“一応”と付けてしまうのがこのナリタトップロードという馬なのである。
 この馬に付き纏う頼りなさの原因は、やはりG1レースでの成績にあるのだろう。
 10戦して1勝、2着1回で、3着がなんと4回。さらに生涯3度ある6着以下の惨敗が、3度とも最も注目の高い有馬記念である辺りに、この馬の得体の知れぬダメッぷりが凝縮されているように見えてならない。今回の当面の相手であるマンハッタンカフェとジャングルポケットにも、それぞれ1度ずつ完敗を喫している。地力の面で考慮すると、この馬が3強の中で3番手である事は否定できまい。阪神大賞典の快勝も、使った馬の強みがあったからだと言う事もできる。
 しかし、困った事に(敢えてこう書く)今シーズンにおいて一番チャンピオンらしいレースをしているのは、紛れも無くこの馬なのである。さらに、今回ではスローペースの絶好位を追走できる強みもある。考えれば考えるほど、この馬が有利なのである。問題は、果たしてこの有利さが成績に繋がっていくかどうか。これまでチャンスを幾度と無く潰してきただけに、容易に信用ならないのである。遅咲きの王者誕生か、やっぱりナリタトップロードなのか、事の顛末を見届けさせてもらう事にする。

 さて、3強最後の1頭はジャングルポケット
 ダービーを勝ち、ジャパンカップではテイエムオペラオーを完封。文句のつけようの無いパフォーマンスで年度代表馬にも輝いたこの馬だが、意外とみっともない敗戦も多いのが気にかかる。
 特に気がかりなのは、2度の3000m戦での不甲斐なさである。いずれも直線で伸びあぐねて土壇場で失速。2400mでの強さと父トニービンという血統から、これまで「3000m級でも安心」と、根拠薄弱な思い込みをしてきたが、ひょっとするとこの距離では実力が発揮できないのではないかと疑うようになって来た。
 下馬評では「乗り替わりの武豊騎手に期待」とする声もあるが、前走の鞍上・小牧太騎手は武豊騎手と遜色ない実力の持ち主であり、もっと言えば、前走のように手応えが悪くて伸びあぐねる馬を強引に押し上げていく技量というのは、パワー優先の地方競馬で活躍している小牧太騎手に一日の長があるとも言える。乗り替わりによって生じるプラス要素は決して大きくは無い。
 今回はマンハッタンカフェをマークしながらの差し・追い込み作戦か。菊花賞で末脚勝負に敗れた相手にこの舞台で挽回なるかは微妙なところ。陣営にしてみれば、真っ向勝負で勝ちたい反面、完敗するくらいなら他力本願(相手の凡走待ち)ででも勝てれば御の字という気持ちも強いだろう。

 

 ところで、三つ巴の枠外に置かれた8頭はどう扱えば良いだろうか。
 これまでの例によれば、三つ巴になった場合、4番人気以下の馬に出番が巡ってくる可能性は、確かに著しく低い。
 だが、今回の3強は、どうも例年の三つ巴に比べると、各馬とも死角が多すぎるような気がしてならないのだ。ひょっとすると、今回のパターンは(3)の三つ巴ではなく、変形の(4)、“群雄割拠”ではないかとも思えるのである。
 そうなると、当然人気中〜下位の馬にもチャンスが巡ってくる。
 今回の人気中〜下位の馬の特徴として、中・長距離の前哨戦、またはその更に前哨戦を勝って来ている馬が多いという事が挙げられる。ここでは、各馬が勝ったレースの過去の勝ち馬の傾向から、今回のレースにおける展望を行ってみたいと思う。

 阪神大賞典はナリタトップロードが勝っているので詳しくは割愛するが、天皇賞(春)への影響度はダントツであるとだけ述べておこう。

 阪神大賞典と並ぶ、天皇賞(春)のステップレース・日経賞を勝ちあがったのはアクティブバイオ。条件馬の身分から、大金星を挙げた形である。
 ここ10年の日経賞勝ち馬から2頭の天皇賞馬が出ている。阪神大賞典組の5頭には及ばないものの、なかなかの成績といえるだろう。
 ただし、日経賞1着経由で天皇賞を勝った2頭はいずれも1番人気で日経賞を勝った馬。穴を開けて勝った馬は軒並み討ち死にしている。
 もともと日経賞は、有馬記念と同じでコーナーのやたら多い中山の2500mを舞台としているせいか、やたらと波乱が多い。紛れに乗じて身分不相応な実績を挙げてしまった馬にとって、淀の3200mという舞台は少々荷が重過ぎるのであろう。

 もう1つのステップレースとされている大阪杯。これを勝ったのはサンライズペガサス。1番人気での快勝の上に、エアシャカールを破ったという付加価値も大きい。
 しかしこの大阪杯は、やたらと天皇賞(春)との相性が悪い。安田記念や宝塚記念などへの別路線を歩む馬が多い事もあるが、過去10年間の大阪杯勝ち馬から天皇賞馬は出ていない。93年メジロマックイーンの2着が唯一の連対例だ。
 競馬界には時々、このようなジンクスがつきまとう。特に有名なのは天皇賞(秋)の1番人気が勝てないジンクスだったが、他にもNHKマイルCの前身、ダービートライアル・NHK杯勝ち馬が、本番で10年以上勝てないままだったというものがあった。
 どのような怪しげなジンクスでも、10年以上続くという事は、何らかのデジタルな要因があると考えた方が自然であり、恐らく大阪杯から天皇賞(春)というローテーションは、一気の距離延長や詰まったレース間隔などが微妙に馬の調子を狂わせてしまうのだろう。
 そう言う意味では、このサンライズペガサスは新たな“犠牲者”になってしまう可能性が高いと言わざるを得ない。昨年の菊花賞で惨敗しているのも悲観材料の1つに挙げられよう。
 だが競馬とはおかしなもので、そのように理詰めで考えると、どうしても実力が1枚足りない馬に限って、いざレースになるとスルスルと抜け出してしまったりするものなのである。この馬には最後まで頭を悩ませられそうだ。

 貴重な3200mの重賞レース・ダイヤモンドSを勝ったのはキングザファクト
 このダイヤモンドSの勝ち馬には、マチカネタンホイザ、センゴクシルバー、エアダブリン、ユウセンショウ、ユーセイトップランなど、阪神大賞典や天皇賞(春)で人気の一角を占めた馬が多数名を連ねるが、その割には成績がイマイチである。結局は二線級によるハンデ戦という条件が、いわゆる“お山の大将”を生み出してしまうのだろうか。

 現在、日本の平地レースでは最長距離のレース・ステイヤーズSを勝ったのはエリモブライアン
 このレースでは、97年にメジロブライトが大差勝ちを飾って、翌年の天皇賞制覇に繋げた例が挙げられるものの、他の勝ち馬はダイヤモンドSと似たり寄ったり。最近ではむしろG1で実績を残している3歳馬が苦渋を舐めさせられるレースになってしまっている。天皇賞へ繋がるレースというよりも、独立した特殊なレースという性格が強いのかもしれない。

 変わったところではオープン特別の万葉S。今年の勝ち馬はアドマイヤロードだが、かつてラスカルスズカが圧倒的人気に応え、後の天皇賞2着に繋げたケースもあり、全く無視は出来ないであろう。
 しかし、この馬はその後がいけない。ダイヤモンドS、阪神大賞典と完敗を喫していては頭打ちと判断されても文句は言えないだろう。

 さらに変わったところでは、ダービー4着が勲章というボーンキング
 過去のダービー4着馬で主だったところを羅列すると、マチカネタンホイザ、ホッカイルソー、ロイヤルタッチ、エリモダンディー、オースミブライト、トーホウシデンといった、非常に味のあるメンバーが揃っている。セイウンスカイもいるが、この馬は前後の成績を考えると別格と考えて良さそうだ。
 ダービー4着馬は、G2上位、G1出走の常連が揃っていながら、イマイチ存在感が薄い連中の集まり、といったところだろうか。中途半端な進学校の同窓会みたいな、これまた微妙なむず痒さが走ってしまう。

 結局、3強への挑戦権を獲得出来そうなのはサンライズペガサスだけ、ということになるのではないか。本来はエリモブライアンも圏内に入れなければならないのだろうが、あまりにも臨戦過程が悪すぎる。調教で走れない馬が、3200mのレースで番狂わせを演じるだなんて、ちょっと虫が良すぎる話だ。

 さて、ちょっと長々と文章を書き連ねすぎた。そろそろまとめに入ろう。

天皇賞 京都・3200・芝外

馬  名 騎 手
    トシザブイ 池添
  × ボーンキング デムーロ
    ホワイトハピネス 小原
マンハッタンカフェ 蛯名
ナリタトップロード 渡辺
    アクティブバイオ 四位
ジャングルポケット 武豊
    キングザファクト 後藤
サンライズペガサス 安藤勝
    10 エリモブライアン 藤田
    11 アドマイヤロード 須貝

 結局、本命は地力の最大値を買ってマンハッタンカフェとした。しかし、もちろん他の3強の2頭と差は無い。
 馬券的にはサンライズペガサスからが勝負になるか。儲け優先で考えるなら、9番から流し馬券というのも一考だろう。しかし、僕自身は正攻法で4.5.7のBOXと4-9とする。

 珠美ちゃんは珠美ちゃんなりのハッピーエンドを思い浮かべているようだ。それもまた、良し。
 4.5.7のBOXは僕と同じだが、7-9と2-7の2点にフトコロのハッピーエンドを賭けているところが微笑ましく思える。

 貴方のハッピーエンドは、もう浮かんでいるのだろうか? 

 


 

4月26日(金) 現代社会学特論
「椎名林檎、高らかに現役復帰!(11)」

 いやはや、いつの間にか11回目ですよ。
 レジュメを読み返してみると、3月の時点では「今週中にどうにか」とか、「8〜9回で完結」とか言ってますね。何を考えてたんでしょうか(笑)。
 問題は、果たして現在の見込みである15回で完結できるかどうかなんですが……これも微妙になって来ましたかねぇ。まぁ、できるだけ面白い講義を提供する事だけは保証いたしますので、何卒。

 ↓レジュメへのリンク一覧です
第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回(事故で消失しました)第9回第10回

 

 さて、先程の冒頭部分を、さりげなく「何卒」と締めましたが、このフレーズは林檎さんが『歌舞伎町の女王』のキャンペーン活動中、意識的に使用していたフレーズでありました。
 この頃の林檎さんは、マイクを握っても、ポスター等にメッセージを書く事を求められても、とりあえず「何卒」
 そうやって、10代女性アーティストには普通に合わないこの言葉を多用する事で、“新宿系自作自演屋”のキャラ作りをしようとしていたのでしょう。まさに「小さな事からコツコツと」。素晴らしいまでの西川きよしイズムであります。きよし師匠の12年にも渡った草の根政治活動は、ここJ-popシーンでも花開いたのであります!

 ……と、そうした林檎さんの孤軍奮闘にも関わらず、2ndシングル『歌舞伎町の女王』のセールスが不発に終わってしまった事は、前回の講義で述べた通りです。
 しかし、林檎さんはもうメゲませんでした
 自らの不遇に腐る事無く、現時点で自分ができる最大限の事をやり抜いて行こう。…と、そんな林檎さんの心の声が聞こえて来るような地道な活動を、オファーが来るままに、次から次へと重ねてゆきます
 以下に挙げるのは、林檎さんが98年秋から99年初頭にかけて展開していったプロモーション&音楽活動の中で主なものを、箇条書きの形で記したものです。

 ・ 渋谷 ON AIR WESTで初ライブ。挨拶はやはり、「何卒、椎名林檎をよろしく」

 ・ 地元福岡のローカルFM局で、レギュラー番組『椎名林檎の悦楽巡回』スタート。勢い余って生理の話題まであけっぴろげ。

 ・ 広末涼子に、シングル『ジーンズ』収録のカップリング曲の提供。→アニメ『金田一少年の事件簿』のタイアップ獲得もあって、オリコン最高週間4位・売上14万枚を記録

 ・ 椎名林檎フリーペーパー創刊。web版も公開開始。

 ・ ファッション雑誌の取材で、思い出の地ロンドンへ行き、そこで何故かSM用のムチ購入

 ・ 「ミュージッククエスト」でグランプリを争った福岡時代の友人、谷口崇のアルバム『becoming』で、1曲だけコーラス担当→オリコンランキング圏外で大不発

 ・ TOKYO FMの『クリスマスイブ・ライブ』に出場。

 ・ NHK FMの『ライブ・ビート・99イチオシ祭』に出場。『丸の内サディスティック』を唄い、NHK主催のイベントにも関わらず、ロンドンで購入した例のSMムチを振り回す。

 地道な活動ながら、さりげなく危ない橋も渡っている辺りが、いかにも林檎さんらしくて素敵です。また、図らずも、広末涼子と谷口崇の間における歌唱力とCDセールスの不整合が垣間見えてしまい、ややブルーにさせられたりもしますが。
 しかし、天下のNHKも、よくムチの使用を許可したものですよね。いくらFMラジオの企画とは言え、漫才コンビ・浅草キッドに「『玉袋筋太郎』という芸名は止めてください」と、本名の使用を強制した放送局とは思えない英断でした。

 更に、こうした一連の活動と並行して、林檎さんは3rdシングルの製作に力を注ぎます。
 2曲連続でセールス不調に終わり、いよいよ正念場を迎えた林檎さんは、ついにここで伝家の宝刀・『ここでキスして。』の投入を決意します。そして『眩暈』『リモートコントローラー』という、カップリング&アルバム未収録曲にしておくには惜しすぎる2曲を追加。こうして、その時点での実力を余すところ無く表現した、非常に完成度の高いマキシシングルが出来上がりました。
 こうした林檎さんの努力が幸運をも呼び込んだのでしょうか、この『ここでキスして。』は、日テレ系の全国ネット高視聴率番組『ダウンタウンDX』のエンディングテーマという大きなタイアップをゲットします。しかも、ビデオクリップの一部も一緒に毎週放映されるという破格の条件でした。
 大ブレイクへのお膳立ては全て整いました。この時の林檎さんは、恐らく「万事を尽くして天命を待つ」という心境だったでしょう。

 そして、年が変わって1999年。
 予言された日付が迫って来たら迫って来たで、すっかり現実感が無くなってしまった恐怖の大王の襲来を約半年後に控えた1月末、ついに“天命”が訪れます

 3rdシングル『ここでキスして。』は、発売からオリコン週間ランキングで11→11→13→10→17位と渋太い売れ行きを見せました。一見地味な売れ行きに感じられますが、当時のある音楽業界人の言葉を借りると、「これまでの常識では全く“売れセン”じゃないこの楽曲でこの順位は驚異的。こんな(J-popらしくない)曲がオリコンでベスト10に入ったらアカンやろ、と思った」という、快挙ならぬ“怪挙”だったようです。
 結局、この『ここでキスして。』はオリコン100位以内に28週ランクインし、売上は通算30万枚を突破ついに林檎さんは一流アーティストへの足がかりを築く事に成功したのです。

 この成功で、これまで本来とは逆に回転していた運命の歯車が面白いように回り始めます。一気に増えたTV番組への露出、初めての単独ライブ敢行など、今までにも増して精力的な活動が目立つようになりました。

 しかし、名古屋での単独ライブを終え、1stアルバム発売を目前に控えた2月、生まれつき丈夫でない体での激務が祟ったのか、林檎さんは“急性化膿性炎症”という病気で入院加療を余儀なくされてしまいます
 自分の分身のようなアルバムの発売を前にした戦線離脱。さぞかし無念だった事でしょうが、もう既にこの時には、林檎さんが体を酷使しなくても十分なほど、彼女の魅力は多くの人に浸透していました

 椎名林檎大ブレイクの時は、もう間近に迫っていたのです。 (次回へ続く) 

 


 

4月25日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(4月第4週分)

 週に1度のゼミの時間です。
 いよいよゴールデンウィークという事で、今週から再来週くらいまでは、合併号などの、いわゆる“ゴールデンウィーク進行”となります。
 週刊マンガ誌は軒並み発売日が変動するのですが、とりあえずここでは主にレビューで扱っている2誌の発売日について。
 まず「週刊少年ジャンプ」は、来週月曜が祝日のため、次号は今週の土曜日発売で、これが合併号になります。
 次に「週刊少年サンデー」は、今号が合併号ですので、次号は再来週の水曜日ということになります。どうぞ、混乱する事の無いように気をつけて下さい。

 そう言えば、先々週辺りから終わる終わらないで混乱してしまってた『サクラテツ対話篇』ですが、案の定というか今週で打ち切り最終回となりました。藤崎竜さんは連載3作目にして2度目の打ち切り。残る1つが、あの『封神演義』でしたから、まだまだ週刊から追い出される事はないでしょうが、次回作で正念場になるような感じですね。

 では、今週分の作品レビューに移ります。今週のレビュー対象作は4作品(「ジャンプ」2作品、「サンデー」1作品、“その他”1作品)です。レビュー中の7段階評価の表はこちらをどうぞ。

☆「週刊少年ジャンプ」2002年21号☆ 

 ◎読み切り『ヒカルの碁・番外キャラ読切シリーズ・倉田厚』作:ほったゆみ、画:小畑健

 不定期シリーズ連載の第5弾です。ちなみに次号で藤原佐為編が掲載されます。まだ和谷とか、葉瀬中編のキャラクターが結構残ってますので、まだしばらくこのシリーズは続きそうですね。(とか書いてると、佐為と和谷で終わり、とか発表されそうで怖いんですが)

 で、今回はプロ編、そして来るべき第2部のキーパーソンとなりそうな、巨漢強豪若手プロ棋士・倉田にスポットを当てた番外編です。

 しかし、今回はもはや囲碁マンガじゃなくて競馬マンガになってしまってますねぇ。囲碁の対局シーンが出てくるのは最後の方の数コマだけ。まぁそれでも、主人公のヒカルを絡めながら、ちゃんとプロ棋士・倉田のルーツを探るという筋立てになってますので、違和感はほとんど無いんですが。このあたりはいつもながら感心させられます。

 それにしても、このシリーズが始まるまで全く意識してなかったんですが、原作者のほったゆみさんって、かなりギャンブル系の話が相当好きみたいですね。少年マンガとしては、もはや異質と言っていいくらいです。ひょっとしたら、『ヒカ碁』が大団円を迎えた後は青年誌でギャンブルマンガでも始めるかもしれませんね。
 『ヒカ碁』の中のギャンブル描写としては、本編で詳しく描かれていた、碁会所で行われる“ニギリ”(賭け碁)が印象的だったんですが、今シリーズではさらにそれがエスカレートしている感があります。三谷編で麻雀(しかもイカサマの“ブッコヌキ”まで)、そして今回では競馬シーンがかなり詳しく描かれているのには、正直言って驚かされました。

 ただ、競馬学の講師として言わせて頂くと、ディティールにおいて若干のミスが見受けられますので、指摘させて頂きます。
 まず、教育実習が行われている5月〜6月に、秋のレースである「シリウスS」がメインの競馬新聞が出てくるのはおかしいです。それに、「シリウスS」は関西のレースですから、東京が舞台のこのマンガとは整合性がありません。(ただ、これはマンガ担当の小畑さんのミスかもしれません。ウインズの中の描写も、細かいところで結構ミスがありますので)
 それから、「ウインズ新宿で単勝に350万円買った奴がいる」というのは、ちょっと色々な点で無理があるかな、と。平場のレースで350万も単勝買ったらオッズがガクンと下がって、儲かるモノも儲からなくなっちゃいますし。まぁ少年誌である事を意識して、確信犯的に過剰演出に走ったのかもしれませんが。
 同じ意味で、ベテラン騎手がムチの持ち替えが出来ないほど苦手ってのも無理がありますね。それが勝負の決め手になるのも疑問符が付くところです。

 しかしそんな細かいミスをあげつらうよりも、作品全体の完成度を素直に評価するべきでしょうね。競馬のレース描写なんかも、「週刊少年マガジン」系の競馬マンガより余程リアルだったりしますし(笑)。
 評価はB+寄りのA−にしておきましょうか。

 

 ◎読み切り『HAT HAT HAT』作画:吉津遼

 『HUNTER×HUNTER』の代原です。今週は休載理由が、いつもの「作者都合のため」ではなくて「急病のため」とあるので、かなり切羽詰った事情がありそうです。

 それはさておき、この作品の作者・吉津遼さんは、第61回(2001年上半期)の「手塚賞」佳作と第58回(01年5月期)「天下一漫画賞」佳作の受賞者という、駆け出しの新人さん。「天下一──」の受賞作が増刊「赤マルジャンプ」に掲載されて以来の作品掲載という事になるのだと思います。

 それでは、この作品は詳細にレビューを。
 絵…というか、作風全体がそうなんですが、かなり年代モノの雰囲気を持っています。“昭和”というよりも“戦後”の香りがします。昭和30〜40年代のマンガの絵を今風にアレンジしたような感じでしょうか。多少クセがキツい気もしますが、立派な個性である事は間違いないので、今の内はこれで良いでしょう。絵のレヴェル自体は、新人としてはなかなかのものでしょう。

 次にストーリーなんですが、う〜ん…………。
 ページ数が少ない事もあるのですが、話の構成がいかにも無責任すぎです。5W1Hの説明もほとんど無いまま、何の脈絡も無い、ただワケの分からない荒稽無謄なアクションシーンが始まって、延々と続いて、最後にステレオタイプなオチがあって終わり。
 作者の「こういうモノが描きたいんだ!」という意欲は買えるのですが、その意欲が余りにも強すぎて、読者が置いてけぼりになっている感が否めません。「何がなんだか」と思ってる内にお話が終わってしまっては、感情移入のしようがないのです。

 評価はB−有り体に言えば、こういう作品を“独り善がり”と言うのでしょうね。悪くない素質を持っているだけに残念でした。今後はもう少し、読者に向けたサービス精神を持つように心がけてもらいたいものです。自分が「面白い」と思える作品を描く事も大事ですが、それが“自分だけ「面白い」”作品になってしまっては、雑誌に載せてお金を貰う意味は有りません

 

☆「週刊少年サンデー」2002年21、22合併号☆

 ◎新連載『一番湯のカナタ』作画:椎名高志

 『GS美神極楽大作戦!!』で大ヒットを飛ばし、その前後に発表された作品でも好評価を得ている椎名高志さんの連載復帰作になります。

 ストーリーの大筋は、「サンデー」本誌の表紙に載っていたキャッチコピーが的確なので、そのまま引用させて頂きます。
 “エイリアンご迷惑コメディー”
 このコピーに椎名さんの作風(ドタバタ、ちょっとお色気、派手なアクションetc……)をダブらせてもらえれば、作品そのものを読まなくても大体の雰囲気は分かって頂けると思います。逆に言えば、それだけで作品の大まかな形が想像出来るという事は、どれだけ椎名さんの作風が個性豊かで特徴的かという事を証明しているわけなんですが

 絵に関しては、当然ながら特に指摘する点も無いのですが、よくよく考えてみれば、椎名さんはこれだけたくさんの作品を描いている割には、キャラの描き分けがしっかり出来ているんですよね。マンガ家さんによっては、どの作品でも同じような顔が出てくる事があったりするのですが、椎名作品でキャラ顔のダブりというのは意外と少ないんじゃないでしょうか。

 そしてストーリーですが、これが完成度が高くて驚きます。いや、本当は驚いてはいけないんでしょうけど。
 まず、1ページに1つのペースで見せ場が有り、それもギャグありアクションありでバリエーションに富んでいて、しかもテンポも良いのです。伸び悩んでいる新人マンが家さんにとっては、この作品がバイブルになるんじゃないかと言う分かり易さが心憎いです。
 さらに、詳しい5W1Hの設定説明が必要なSFファンタジーでありながら、説明的なセリフが一切無く、全て自然なエピソードの流れの中でさりげなく情報が読者に提供されているのも、これまた見事としか言いようがありません。
 この第1回だけで、マンガ家・椎名高志の真骨頂を見たような気がします。今後、この作品がどのような展開を見せるか分かりませんが、たとえ1回限りだとしても、これくらい高い完成度の作品が描けるのであれば、椎名さんは一流マンガ家のポジションを維持していけることでしょう

 評価はとりあえずA−。今後、新キャラが登場して話が更に盛り上がっていくならば、当然評価が上がる余地は十分にあります。読むのが楽しみな作品がまた1つ増えました。

 

《その他、今週の注目作》

 ◎新連載『医龍-Team Medical Dradon-』(ビッグコミック・スぺリオール2002年10号掲載/作画:乃木坂太郎) 

 今回は「ビッグコミック・スペリオール」から注目作を紹介させていただきます。

 まず作者紹介。乃木坂太郎さんは、1999年に「少年サンデー」の月刊増刊でデビュー、その後、2000年11〜12月に「週刊少年サンデー」で『キリンジ』という作品を短期集中連載していますが、人気が出ずに長期連載には至らず。その後は主だった活動は伝わって来ませんでしたので、恐らく今作が1年5ヶ月ぶりの復帰、及び青年誌への移籍第1作になるのだと思われます。

 この作品は、一言で言えば医療モノ。それも「腐った大学病院医療に一石を投じる」というスタンスの作品です
 ここまでで「あれ?」と思われた受講生の方も多いと思います。そう、『ブラックジャックによろしく』と同じコンセプトなんです。
 こういう題材がカブった作品の場合、たいてい後発作品が二番煎じで“スカ”になってしまうのですが、この作品はなかなか侮れません
 といいますのも、この作品はシビアな問題を取り扱っている割に作品のムードが明るいのです。『ブラックジャックに──』の、時折顔を背けたくなるような暗さに比べると、まさに好対照。つまり、同じコンセプトながら作品の個性を維持できているわけです。
 また、主人公を敢えてスーパーヒーロー的な天才医師にしたところも正解でした。『ブラックジャックに──』のように、徹底的に業界の暗部にスポットライトを当てるのも正解ですが、リアリズムを維持した上で王道の勧善懲悪に持っていくのも1つの好手でしょう。
 『ブラックジャックに──』でささくれだった気分を、この『医龍──』で癒すという黄金パターンが出来そうで楽しみです。

 とりあえずの評価はA寄りのA−。是非、ご一読を。

 

 ……以上が今週分のレビューでした。それでは、また来週。

 


 

4月23日(火) 現代国際情勢 
「紛争地イスラエルに日本人バカップル参上」

 西アジア中東はイスラエル・パレスティナ自治区内の紛争が、ここ最近激しさを増していっています。
 今週に入って、ついに今回の紛争での犠牲者の数が2000人を超え、もはや民族紛争とかテロとか言う以前に、事実上の戦争状態と言ってしまってもおかしくない状況に突入してしまいました。

 このイスラエルとパレスティナ(アラブ系イスラム教徒)の紛争は、ムハンマド時代以来のイスラム教とユダヤ教との対立に端を発し、20世紀初頭のイギリス二重外交のせいで泥沼化した領土問題が加わり、もはや根本的な解決は不可能と思えるほどにこじれてしまっています
 ……この辺りの背景について詳しく述べると、また完結まで半月以上の長期シリーズが始まってしまうので、ここでは差し控えさせて頂きます。とにかく、中東のイスラエル人とアラブ人は全般的に言って仲が悪いとだけ知って頂ければ結構です。

 さて、そんな緊張の糸が張り詰めたイスラエルから、下痢をしているケツの穴も緩んでしまいそうな、何とも間の抜けたニュースが世界中に向けて発信されました。それもあろう事か日本人関連のニュースだったのですから、まったくもって始末の悪い話です。

 ベツレヘムより日本の恥を世界に発信−。内部に多数のパレスチナ人が立てこもり、イスラエル軍が包囲して緊迫した事態が続くべツレヘムの聖誕教会。その教会を何も知らず観光しようとして、現地の人々をア然とさせた日本人カップルの姿が海外通信社に相次いで配信され、世界中に恥をさらしているのだ。(夕刊フジより)

 すぐ側で銃撃戦やら自爆テロが頻発しているまっただ中を観光案内のガイドブック片手にほっつき歩いていたのは、東京在住で半年がかりの世界旅行を楽しんでいたナカノ君(28)と彼女のタカハシさんの2人連れ。
 彼ら2人は、恐らく厳戒態勢であったろうイスラエルの空港からタクシーを飛ばして最も紛争の激しいベツレヘム市に到着するや、入口の検問を悠々と突破。さらに周囲のパレスティナ人が彼らを唖然眺めるにも気付かず、ガイドブックに掲載されていた“観光地”に乗り込んで行ってしまいました

 彼らの目当ては、ベツレヘムのパレスティナ人自治区にある“生誕教会”。古代ローマ帝国でキリスト教を初めて公認したコンスタンティヌス帝が、イエス=キリストが現世に生誕したとされる洞窟の上に建てたもので、その由来や建築年代(西暦325年)から考えると、世界遺産級の建造物であります。
 しかし。
 実はこのバカップルがこの地に辿り着いた時、この“生誕教会”は、とんでもない事になっていたのです。

 もともとこの教会は、中世の十字軍によって要塞として改築されており、有事の際には格好の篭城用施設となっていたのでした。
 そしてこの紛争が激化した今月初頭、本当に女性・子どもを含むパレスティナ人200人が立て篭もって、包囲するイスラエル勢力と現在戦闘中だったりするから大変です。
 こんな状態の“生誕教会”に観光に行くなど、江戸時代の日本に来た外国人が、ノコノコと反乱真っ最中の島原へ見物にやってくるようなものであります。「シロー・アマクサ・ブラボー!」などと言ってる場合ではありません。ましてや、「オー! サムライ・シロー!」などと叫ばれてしまっては、もはや天草四郎ですらなくなります。既にジャンピングでもないヒップアタックと、腰の入ってないパワーボムで、どうやって幕府軍を倒す事が出来ましょうか。…というか、「サムライ・シロー=越中詩郎」と分かった受講生はどれくらいいたんでしょうか? もう10年以上前の一発ネタであります。

 ……と、いつの間にか話がズレておりました。
 まぁ、とにかく日本人バカップルが目指した場所は文字通りの修羅場だったわけですが、不幸中の幸いと言いますか、すんでの所で報道カメラマンたちに“発見”され、速やかに保護されました

 ↑保護される直前の彼らの姿です。
 建物がバズーカ砲か何かで破壊され、あわれ瓦礫と化した時に出来た天然の(?)ベンチに座ってホッと一息ついているこの様子、そこはかとなくシュールですよね。女の方が何だかダルそうにしてるあたりに妙なリアル感が感じられるのもグッドです。

 ……とまぁ、何はともあれ、彼らはどうにか命を永らえる事が出来ました。しかし、そのために支払った代償はかなり大きかったようです。
 と言いますのも、この恥丸出しの映像は、世界のニュースネットワークを駆け巡り、イギリスのBBC、アメリカのCNNなど、各国の主要マスコミで報道される事となってしまったのです
 そして当然、日本のマスコミ・評論家筋からも手厳しい“洗礼”を受ける事になってしまいました。

 例えば、ほとんど小説の執筆もしないくせに「作家」を名乗り、「とにかく毒舌でモノ書きゃあいいや」とTV番組や政界を斬りまくるコラムを書いてばかりいる“作家”の麻生千晶さんは、このバカップルをこう評しました。

 「今の日本にはマンガとバラエティー番組しか見ず、体だけ大人で頭は幼児の連中が闊歩している。中東のような生きるか死ぬかの地域に、そういう人が旅行に行くこと自体もってのほか。流れ弾に当たって懲りたほうがよかったのでは…。まったく情けない国辱もの」

 いつもながらツッコミどころ満載の辛口評であります。
 「そもそも、日がなTVばっかり観てばかりいるアンタに言われたくねぇよ」
 とか、
 「アンタはマンガをえらく蔑んだ言い方するが、同じ“作家”で、それもアンタより随分と格上の高橋三千綱さんもマンガの原作を書いておられるが、それを知ってて言ってるんか?」
 ……などと、言いたい事はたくさんあるのですが、よく考えてみれば、こういう偉そうな発言をされてしまう余地を作ったのはこのバカップルなわけです。それを考えると、不肖・駒木も「お前ら、もういっぺん観光に行って、今度はホンマに逝って来い」辛口コメントをぶつけたくなってしまうものであります。

 ……というわけで、受講生の皆さんはくれぐれもこのようなバカな真似はしないようにして頂きたいと思います。
 え? そもそも自分は外国に行かない?
 いえいえ。このような「何も知らずに行った場所が実は危険だった」という話は、何も国外だけに限ったものではありません。国内にも危険は潜んでいるのです

 例えば、駒木が目撃したものでこのような出来事がありました。

 あれは昨年の夏、神戸三ノ宮に「とらのあな」という、主に成年向けのマンガと同人誌を扱うチェーン店がオープンした時の話です。
 元々、ここ三ノ宮には普通マンガを扱う大型書店も多くあり、そう言う意味において、この「とらのあな」は非常に紛らわしい存在でもありました。そう、普通のマンガ専門店だと思って、本当は来てはいけない客が店内に入ってしまう恐れがあったのです。

 そして、それは開店間もなくして現実となりました。

 小学校中学年と思しき男児とその母親が、ベツレヘムにチン入したバカップルよろしく、「とらのあな」店内の奥深くに足を踏み入れてしまったのです!
 そして足を踏み入れてから数秒後、この母子は、ようやく自分たちが来てはいけない所に来てしまった事を悟りました。しかし、既にもう手遅れでした。

 そう、そこには四方八方、どこを振り向いても視界に飛び込んでくるのは、

 エロ絵! 

 エロ絵!

 エロ絵!

 

 ……哀れにもこの母子は、「可愛らしい少女が、顔面いっぱいに“放送禁止用語を使用しないと説明できない汁”を浴びせ掛けられた絵」を凝視したまま、その場で立ち尽くし硬直してしまったのです……。

 …いかがでしょうか? 正にこれこそ日常に潜む罠であります。
 受講生の皆さんには、どの場所を訪れるにしても、出発前に最低限の下調べは済ませた上で目的地に向かわれる事をお薦めいたします

 ……と、時間が来ました。今日はこの辺りで講義を終わりたいと思います。では、くれぐれもお気をつけて。(この項終わり)

 


 

4月22日(月) 現代社会学特論
「椎名林檎、高らかに現役復帰!(10)」

 “コスタリカ方式”の片方、行動社会学は終了しましたが、こちらの方はまだしばらく続きます。

 今日は時間の都合で短縮バージョンとなりますが、どうぞよろしく。レジュメは以下のリンクからどうぞ。
 ◎第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回(事故で消失しました)第9回

 

 前回では、ついにデビューを果たしながらも、レコード会社との呼吸が合わずに散々なCDデビューをする事になってしまった林檎さんのお話をしました。今回は、捲土重来を期して、まさに孤軍奮闘する林檎さんのお話をしてゆきたいと思います。

 ……さて、先にも述べました通り、林檎さんは名曲『幸福論』を引っさげてデビューを果たしながらも、オリコンランク外の“大ハズレ”の屈辱を味わう羽目になりました。その原因は何処にあったのでしょうか?

 それは、イメージ戦略であります。

 高度に商業化された現在の音楽業界では、歌そのものよりも、“消費者の購買意欲をかき立てるイメージ”が重要であります。多くの人の目を釘付けに出来た人だけが、耳をも釘付けにできるというわけです。
 その意味において、デビュー曲での林檎さんは、耳を釘付けにする以前に目を背けさせてしまった、というわけです。中途半端にアイドルチックなJポップアーティストというコンセプトでは、目の肥えたリスナーには訴えかけるモノが極めて不足していたのでしょう。

 なので、現状のコンセプトを維持していては、浮かばれる者も一生浮かばれません。林檎さんには大幅なイメージチェンジが急務でありました。
 ただイメチェンと言っても、デビュー時のイメージが露骨に捏造されたイメージだっただけに、コンセプトの変更自体は極めて簡単に出来ました
 ただ“素”に戻せば、それでいいのです。
 そもそも林檎さんは、プロへの切符を掴んだ「ミュージッククエスト」で、あの『ここでキスして』を歌って受賞を果たしているのですから、それに忠実にしてイメージ戦略をやれば十分対応できるはずなのです。しかし、それをどうした事か変にイジってしまったのがデビュー曲での失敗だったわけです。まさに東芝EMIここにあり、といったところでありましょうか。

 そんな中でのイメージ戦略の転換は、林檎さん本人を中心に動き出しました。
 これは後述するキワドい理由もあるのですが、大きな理由としては、“売れないアーティスト”にいちいち指図するほどスタッフも暇じゃなかった、という事もあったのではないでしょうか。この推測が正しいとするならば、全く皮肉な事に、林檎さんはデビュー曲で大コケした事で、逆にセルフプロデュースできる自由を手に入れてしまったというわけです。死中に活を求めるとはこの事ですね。

 そんな中で98年9月に発売が決まった2ndシングルのA面は『歌舞伎町の女王』に決定。いよいよ“新宿系自作自演屋”椎名林檎の誕生です。当時流行りの“渋谷系”に対抗して考案されたこのコピーは、怪しくてアングラ的な魅力を持つ彼女のイメージにピッタリのモノであったと言えるでしょう。

 さらに、『幸福論』の時にはプンスカプンな出来に終わったビデオクリップも、ここで大幅にテコ入れが行われます。
 この『歌舞伎町の女王』のビデオクリップは、東京下町の寂れた神社の一角で、“新宿系”の林檎さんがギター片手に曲を実演するというもの。アーティストのイメージを強調する一方で、実力派シンガーの片鱗をもアピールする味の有る演出になっています。
 前回の下手糞なイメージビデオのような出来から大進歩。それもそのはず、この時のビデオクリップは、林檎さん本人が構成を考えて、映像化したものなのです。
 しかも、この時のビデオクリップのプロデュースを担当した人は、後に林檎さんとの不倫現場が写真週刊誌に報じられたアノ人だと言われています。まぁ、よく考えてみれば、そこまでの関係でもなかったら、駆け出しの売れないアーティストが自分のビデオクリップをセルフプロデュースする事など、出来るはずもありませんよね。まさに体を張った大勝負であります。天晴れとしか言いようがありません。さすがは林檎さん!

 しかし悲しいかな、ここまで売れる条件を自力で備える事に成功しても、最終的にセールスをかけるのは、あの東芝EMIであります。終わり良ければ全て良し、と言いますが、逆もまた真なり。終わりがスカなら全てスカなのであります。
 結局、東芝EMIの営業サイドは、林檎さん自身がここまで売れる土壌を作り上げたにも関わらず、全国的なTV露出やプロモーション活動を展開する事が出来ませんでした。2ndシングル『歌舞伎町の女王』は、“知る人ぞ知る、しかし多くの人は存在すら知らない”という知名度の低さが最後まで響き、肝心のCDセールスの方はオリコン最高位50位と、スマッシュヒットにすら届かず終わってしまいます。

 予期せぬ2連敗。いよいよアーティストとしてシャレにならない立場に追い込まれた林檎さん。
 ですが、この絶体絶命のピンチに至って、桶狭間の織田信長よろしく、遂にその名をメジャーシーンに轟かせる時がやって来るのです……が、それはまた次回のお話とさせて頂きます。(次回に続く

 


 

4月21日(日) 行動社会学
「駒木博士の縁日アルバイト日報(6・最終回)」

 さて、駒木流自分探しの旅、縁日アルバイト日報も今回が最終回です。果たして受講生の皆さんに興味を抱いて頂けたか、最後まで掴めないままでしたが、とりあえずお付き合い頂けて幸いです。

 前回までのレジュメはこちらから→第1回第2回第3回第4回第5回

 それでは、最終回のレポート本文に入ります。例によって文体を常体に変更してお送りします。


 3月30日(土)

 再び10時〜18時シフト。今日の担当は射的、ジャンボ輪投げ、スーパーボールすくい、「つりぼり」(第1回参照)を時間帯によって掛け持ちするという、なかなかハードなシフト。普通の縁日で言えば3つ4つの屋台を掛け持ちしているようなもので、ある意味本職のテキヤ以上にヤヤコシイ事をさせられている。メチャクチャと言えばメチャクチャだし、今のご時世を象徴しているとも言えるが。

 今日で営業5日目。いよいよ客として来る子どもたちの頭の良し悪しまで分かるようになって来た。昨日までで理解出来るようになっていた育ちの良し悪しと複合させると、9割以上の確率で、その子どもが「良いヤツ予備軍」なのか「ヤなヤツ予備軍」なのか、判断できてしまう。あな、恐ろしや。
 駒木でこれなのだから、会社や役所の人事担当者なんか、開始数十秒で“明らかに採用できないヤツ”を判断できてしまうんだろうな、と思う。背筋が凍る。
 色々な類型に分けられるが、一番タチが悪いのは、
 「ワガママで頭が悪くて、なおかつ甘やかされて育ってるガキ」

 これだ。もう最悪。職人気質のラーメン屋の頑固オヤジみたいに「金はイイから帰ってくんな!」と塩撒きたくなる。
 受講生の皆さんは、「でも、そんな落合の馬鹿息子みたいな子ども、そんなにいないでしょ?」なんて思われるかもしれないが、かなりの割合でいる。日本の将来を悲観したくなるくらいいる。
 この手のガキの行動形態を説明すると、まずワガママだから、親の財布顧みずに「アレやりたい」「コレやりたい」と喚き散らす。だけど、頭が悪いからどんな遊びでもロクに出来やしない。金魚すくいなんか5秒で終わる。んで、それが悔しくてたまらないもんだから二度三度と親に「もう1回」とねだる。それでいて親が甘いからそれが何度と無く繰り返される
 もうね、その光景を眺めてると、「お前はタイトルマッチで負けたプロレスラーか」と思ったりする。セコンドに支えられながら立ってる状態で、人差し指立てて「もう1回だ」みたいな。 
 将来、自分の子どもを育てる時、せめてワガママで甘ったれのガキにだけはしないようにしようと心に誓った。頭の良し悪しはどうしようもないが、後天的な性格くらいはどうにかしてやりたい。結局は子ども自身に跳ね返って来るんだしね。
 そういう意味ではお手本みたいなお母さんたちもいた。子どもがいくらダダをこねようが、一切の妥協を許さないパワフルママさんたち。
 一番素晴らしかったのが、縁日初日に出会った親子連れのこのやりとり。

 「あ〜、ママ、ママ、金魚(すくい)やりたい〜」
 「あぁ!?(と、値段表を見る) 300円? 
アホか!!

 …強烈。五・一五事件並の問答無用。ガキのワガママに一切の妥協は禁物という鉄則を完璧に理解している。ダメな時はダメ。これが大事。その上で余裕が有る時は回数決めて遊ばせてあげればいいのだ。
 それに、確かに縁日の遊びで1回300円というのは「アホ」と言えば「アホ」ではある。今時の点5フリー雀荘なんか、半荘1回平均35分遊んで、さらにソフトドリンク飲み放題でも同じ300円なのである。意外とオトナの遊びの方が割安だったりするのだ。

 さて、そんな“人生の再発見”がありながらも、昼過ぎまでは至って平穏に時は過ぎた。
 しかし、ここに来て遂に起こってしまう。この縁日で最大の事件が。

 少し客が引けて来た午後3時ごろ、ちょっと気まぐれに金魚すくいのブースに足を運んでみた。今日の金魚すくい担当は、数少ない男子アルバイター仲間のM君だったので、「どないや?」くらいの声をかけようかな、と思ったわけである。
 しかし、ブースまで辿り着いてみたら、声をかける前に金魚の水槽に異変が生じているのに気付く。
 明らかに金魚たちが水面の天辺と底に分かれているのである。
 つまり、死にかけて沈んでいるか、死んでしまって浮いているかどちらかなのである。そして、気が付いてみたらM君のすぐそばには大量の金魚の死骸が水揚げされている。
 おいおいおいおい、それってエラい事になってないか?
 「どないや?」どころの話じゃないぞ。
 慌てて「一体どうしたんや?」と訊こうとしたが、その前にM君がカルキ抜きのボトルを持ったまま呆然としているのを目にして、全てを把握した。
 ははぁ、こいつ、水道水を直で水槽に継ぎ足しやがったな。塩素まみれの水の中なんかで金魚が生きていけるはずがない。人間で言えば地下鉄にサリンみたいな破壊力である。
 で、改めて「カルキ抜きは(どれくらい)入れたか?」と訊くと「入れてません」と信じられない回答おいおい、見殺しかい! しかもそのまんまで客に金魚すくわせてどないするんじゃ。すくった金魚、3匹までプレゼントするんやぞ。
 20歳過ぎた男が居て何しとるんじゃい、一人前なのはチ○チ○だけかい、などと下品な罵声を心の中で浴びせつつ、M君からカルキ抜きのボトルを奪い取って大量に液体を撒く。撒きすぎて死ぬなら仕方ないってくらい思い切り撒く。
 んで、折悪しく外出中だった現場責任者のHさんを呼び戻して金魚の救出作業開始。当然、金魚すくいの営業は中止だ。

 それから日没まで数時間の悪戦苦闘の末、なんとか半分くらいの金魚の命は救われた。明日の早朝、Hさんがペットショップからエサ用金魚を仕入れて来れば明日の営業には支障が出ないで済みそうなラインには落ち着いた。一件落着である。
 ホッと一息ついて、バックヤードに引っ込むと、何故かすぐ近くの洋菓子店で売られているシュークリームが置かれている。そしてそれを取り囲むように立っている女子アルバイターたち。何だぁ?
 「え〜、差し入れだって」
 と、茶髪にピアスという今風の風貌をした女子アルバイターの1人が答える。いや、それは分かるけど、誰の?
 「分かんない。いつもの人じゃないの?」
 実はここまで5日間、ほぼ毎日差し入れがあったのだ。最初はHさんかと思ったが、すぐにそうではないと判明し、謎となっていたのである。
 「あー、でもねぇ──」
 今度は、トミーフェブラリー似の、別の女子アルバイターが口を開く。
 「M君じゃないかなあ。今日のお詫び、みたいな」
 その発言に、回りの女の子から「えー、どうしてぇ?」なんて反応が返ってくる。いや、駒木も同感だ。何故にM君が?
 「だって、これまでの差し入れも、全部M君経由なんだよね。彼は『いや、上の人から』とか言ってたけど、これまでの差し入れもM君じゃないのかなぁ」
 なんと! …いや、確かにそう考えた方が自然なのである。まず、Hさん以外に差し入れする立場の“上の人”なんていないし、そのHさんは差し入れを否定している。それに、これまでの差し入れは、貰っておいてアレだが、やけに安っぽかったのである
 例えば初日の差し入れはノド飴。よく考えれば、どうしてノド飴を上司がM君経由で差し入れるのか。ノド飴もおかしいし、差し入れるならHさん経由だろう。
 さらに3日目にはミスドのドーナツ。普通、ミスドの差し入れと言えば、フレンチクルーラーとかオールドファッションとかが定番なのだが、その時の差し入れは、メニュー中最安値の「トーフドーナツ」60円也。しかもそのドーナツだけが7〜8個ほど。数も中途半端だし、バリエーションも無さ過ぎる。余程、予算を切り詰める必要が無ければこんな買い方はしない。例えば金欠中の大学生やフリーターでもない限り

 謎は全て解けた!(死語)

 ううむ、それにしても恐ろしいのはトミーフェブラリー似の彼女だ。絶対この娘と付き合った男は浮気なんて出来んな、とまだ見ぬ“生贄”の冥福を祈ったりした。

 しかし、それ以上にアッチョンブリケなのがM君である。いや、シュークリームを振舞うのはいいが、物で、しかも俺らに詫びてどうすんだ。損害を与えたのはHさんと会社なのだから、謝るならそっちが筋だろうに。それに、バイト仲間にコッソリ差し入れなんてどういう思惑だ?
 いやはや、世の中色んな人がいる。まぁ、M君が憎めないドジなヤツというのは分かった。一緒に酒を飲むのは構わないが、仕事仲間としては頭が痛い存在なんだろうなぁ、などと考える。
 それにしても自分はこの年になるまで、何てガキっぽい使えない人間だ、などと思っていたが、年下に囲まれてみると、意外と自分が成長してる事に気付いたりした。26歳の自分は、それなりに落ち着いた大人になりつつあるらしい。いや、また未熟者なのは変わりゃしないんだけど。

 その後、「フアフア」の撤収作業なんかでいつも以上に汗をかきつつ、そんなこんなで日が暮れて……と、いうことでこの日の業務も終わり。いよいよあと1日。そう考えると名残が惜しくなっちゃうんだよな。

 

 3月31日(日)

 いよいよバイト最終日。正確に言えば、翌日に撤収作業があるのだが、その日は駒木が休みを貰っていたので(面接の時点では4月からの身分が確定しておらず、常勤講師になった場合は4/1から出勤だった)、駒木にとってはこれで仕事納めとなるわけだ。

 この日は縁日会場のすぐ近くで「忍風戦隊ハリケンジャーショー(サイン会、写真撮影会付)」が朝・昼の2回行われる。お互いがお互いの客を寄せるという相乗効果が期待できるため、準備作業は営業開始時刻を1時間前倒しした上で、物品等の用意も大入りを想定したものになる。
 そんな最終日での駒木の担当は、三度、金魚すくいとザリガニ釣りとなった。何故か知らないが、射的よりもこっちの方が性に合う。
 売上げ面の主戦力になる金魚すくいは2つ目の水槽も投入し、そこに今朝仕入れた金魚と昨日の生き残りを混ぜてぶち込む。
 その金魚すくいの貴重な客寄せ役になるザリガニ釣りのほうもスタンバイO.K. 頼もしいザリガニたちは、今朝も2匹の同志を日本赤軍ばりに“総括”するなど、食欲も満点だ。ついでに、今朝になって死んでしまっていた金魚を数匹ザリガニ水槽に投入してみると、それらは瞬く間の内にバッファローマンの攻撃で分解されたミートくんのように7分割された水槽の底でキラキラと光る金魚の鱗が何ともシュールな光景を醸し出す。

 インターネット業界では、「(昨年度の)『ガオレンジャー』の方がインパクトが強かった」などというネガティブな声も聞かれる今年の「ハリケンジャー」だが、それでも子どもたちの人気は絶大なものがあり、開演1時間前からステージ前で場所取りをする家族連れが多数見受けられる。その数、軽く数百人
 この家族連れがショー終了後、一斉にこちらに流れ出すのだ。こちらも少しは人員増強をしているが、果たして対応できるかどうか。まぁ、やってみないと分からんので変に気負うのは止めておこう。

 さて、戦隊モノのショーと、事情が知らない人が聞くと、いかにも子供だましのように思われるかも分からないが、いやいや侮る無かれ、これが良く出来たエンターテインメントなのである。
 メインの殺陣はもちろんの事、敵の怪人幹部役が繰り広げる、やけに手慣れたMCが非常に完成度が高いのである
 例えば、

 「まずは男の子、オイッス!」
 (会場の男の子から反応あり)
 「声が小さい! もう一度、オイッス!」
 (大きな反応あり)
 「よーし、次は女の子だ、オイッス!」
 (女の子からも大きな反応)
 「ん〜、いい感じだ。よし、次は大人だ、オイッス!」
 (全く反応なし)
 「何だ何だ、何を恥ずかしがっている! 
こっちの方がよっぽど恥ずかしいんだ!

 ……などといった、「ドリフからベタネタへの黄金連携」であるとか、子どもを観客席から拉致してきて(この時、泣き叫んで逃げ惑う子供たちも見モノ)無意味に自己紹介とかさせた上で、何故かお土産を持たせて帰すという本末転倒なプチイベントなど、見るべきところが非常に多いのが、この戦隊モノショーなのである。
 今回も、出演者の誰よりも度胸が据わっていたのが前説のお姉さんだったとか、拉致して来た子どもがマジで泣き叫んでしまい、悪の幹部が慌てふためく、などといった事なども絡んで、非常に味わい深いショーとなった。ただ、ショーの最後で、悪の幹部を蹴散らしたハリケンレッドが、
 「ではみんな、すぐ後のサイン会で会おう!」
 と言って去っていくのは正直どうかと。そりゃそうなんだけどさぁ。

 その後のサイン会は、本当に歌手とかのサイン会と変わらないものだった。ただ、パイプ椅子に座って、折りたたみテーブルの上でサインを書いているのが、全身着ぐるみの衣装を着たオッサンであるだけである。更にその後の写真撮影会も然り。ただ、色紙を売りつけたり写真撮影に金を取るところが生々しくてナニだが。
 何だか、ステッカーやCDを売りさばいてはワゴン車で全国のライブハウスを行脚する、往年の頃のインディーズバンドみたいな正義の味方だなと思ったりした。
 ちなみに、サインは英語の筆記体で“Hariken Red”と書かれていた。昔のウルトラマンの頃は正式なサインがあったと聞くが、今は随分と簡略化されてしまったようだ。まぁ、就学前の子どもにしてみれば、筆記体の英語なんて魔法の言葉みたいに見えるから、それでいいのかもしれない。

 で、予想通り、ショーが終わった途端に、こちらの縁日会場が修羅場と化した。
 数百人の親子連れが殺到して、どこのブースも黒山の人だかりに。なんと、普段は目を引くだけで客の数自体はゼロに近いザリガニ釣りですら、4本ある釣り竿が足りなくなって順番待ちという状況に。しかも、そういう時に限ってザリガニが釣れないものだから、釣ってる方も待ってる方も段々テンパって来る。殺気立った視線が一斉にザリガニに注がれるこの状況、日曜日の午前中だというのに、まるで『カイジ』みたいな雰囲気が漂っている。『カイジ』と違って、こっちは早くお客さんに喜んでもらいたいのに、勝手にミスられるのだからたまらない。
 結局、8人ほどを捌くのに1時間以上かかった。売上2400円、お持ち帰りになったザリガニが6匹ほど。非効率な事この上ない。テーブル1卓しかない田舎のフランス料理屋みたいな感覚である。

 これと同じような状況が、午後2時にあった2回目の戦隊ショーの後にも繰り広げられ、また1時間以上かけてザリガニ目当ての客を捌くハメに。働いてる時間を忘れられるというのは嬉しいのだが、精神的にヘヴィーな仕事である。
 で、状況がますますテンパってくると、こちらの子ども客に対する態度もやや強めになってくる。
 こういう時に勝手に釣り竿を持ち出すガキや、水槽の中のザリガニを強奪しようとするジャリとかが現れると、こっちも容赦なく「コラ」とドヤしつけたりする
 しかし、そうすると全ての子どもが見事なまでに一発で態度が豹変して“「ゴメンナサイ」モード”になってしまう。それまで母親の制止に聞く耳持たずにフザけてたガキも一発で沈黙だ。
 コレは多分、親以外の大人に叱られ慣れてないからなんだろう。無闇に他人様の子どもを叱り付けるのは感心しないけれど、必要な時はやっぱり誰かが叱ってやらんと、どんどん子どもって調子に乗るからねえ。
 いやホント、子どもって計算高いよ。「子どもは純真無垢」なんて考えてる人は、自分の子供時代を都合のいいように改竄しちゃってるんじゃないだろうか。稚拙な理屈ながら、子どもだって理詰めで物事を考えてるし、時には大人を欺こうとだってするものね

 さて、そんなこんなで、いつの間にか日暮れの頃に。長かったこの7日間もいよいよオシマイだ。
 今日は平日の3倍近い売上げがあり、現場責任者のHさんのご機嫌も良好。昼食時には臨時に昼食補助費が支給されたりと、こちらにも若干だが好景気が還元された格好になった。
 駒木にとって最後の閉店作業も淡々と。小説じゃあるまいし、こういう時はストーリー的な思惑と裏腹にアッサリと万事が終わっていくものだ。それが現実。
 今回のアルバイトは、ただ単純に「バイトしなくちゃ4月分の通勤交通費と昼食代が出ないから」という、26の似非社会人にとって悲しいくらい切羽詰った理由だった。だから仕事内容などに全く期待しておらず、「ちょっとシンドくても、1週間くらい耐えれるだろう」と思っての応募だったのだが、いやはや、これほど人生の教訓を得ることが出来るとは思わなかった。それが今回のレポートで少しばかり受講生の皆さん、特に駒木より年下の皆さんにおすそ分けできれば幸いである。


 ……と、いうわけで、最後にオチがつかないところあたりがいかにも現実というところで恐縮ですが、今回のレポートはこれで終わりです。長らくのご愛顧、どうもありがとうございました。また別の講義もよろしく。(この項終わり)

 


 

4月20日(土) 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック」〜“あの日、あの時、あのレース”(11)
1993年宝塚記念/1着馬:メジロマックイーン

駒木:「ほぼ1ヶ月ぶりになるのかな、この競馬学概論講義は……?」
珠美:「そうですね…。最近は競馬学特論の方も多いですから。
 あら、今日はメジロマックイーンの宝塚記念が題材なんですね。93年の6月というと、私が中学1年生の時ですねー(苦笑)。残念ですけど、ビデオでしか知りません」

駒木:「うわー、そうなるのかぁ。珠美ちゃんが中1! …何だか物凄く新鮮に聞こえるのは気のせいだろうか(笑)。えーと、受講生のみんなに代わって訊いておこう。ちなみに当時の制服は何だったの?(笑)」
珠美:「(苦笑)。ブレザーでした。ちゃんとエンジ色のネクタイ付きの。…って、どうでもいいじゃないですか、そんな事は。何言わせるんですか(笑)」
駒木:「はいはい。……しかしそうだよな、当時は僕も高校生だったんだ。珠美ちゃんが中学生でも当たり前と言えば当たり前か。まぁその時の僕は、ちゃんと馬券握って阪神競馬場で生観戦してたんだけど(笑)
珠美:「(笑)」
駒木:「さて、今回のレースは『名勝負』というより、『名勝負になりきれなかったレース』と言った方が良いかもしれないね。それでも自分の中で妙に印象深いレースなので採り上げさせてもらう事にした。あんまり広く知られていないレースでもあるし、講義で扱うに足りるレースだとは思っているよ。
 それじゃ珠美ちゃん、レースの紹介をどうぞ」
珠美:「……ハイ。このレースが行われたのは1993年の6月13日でした。当時は6月の中京開催と阪神開催の順序が逆で、宝塚記念の開催が今より4週間ほど早かったんですよね。
 えーと、宝塚記念の概要については、この競馬学概論の第4回で紹介していますので、その時のレジュメを参照してください。
 では取り急ぎ有力馬の紹介から。
 このレースの出走馬は11頭。G1レースにしては少し寂しい頭数と言って良いんじゃないかと思います。ただ、これには複数の理由があったみたいです。また後で博士に詳しく説明して頂きましょう。
 このレースでは上位2頭の人気がずば抜けていて一騎討ちムードだったんですね。しかもその2頭とも、日本を代表する生産者馬主・メジロ牧場の馬でした。
 まず1番人気はメジロマックイーン。当時(旧)7歳ながら、中・長距離で1、2を争う最強クラスの名馬でした。この時までに菊花賞、天皇賞・春を2回と、G1を3回制覇していますし、スタート直後の進路妨害で18着降着になったものの、天皇賞・秋でも1位入線の経験があります。
 この93年は、1年ぶりに故障から復帰した4月の大阪杯で快勝したものの、天皇賞・春ではライスシャワーの前に3連覇ならず。この宝塚記念で巻き返しを誓っての出走となりました。
 2番人気はメジロパーマー。こちらもマックイーンと同じ(旧)7歳馬ですね。
 デビュー当時は地味な戦績で、初重賞は(旧)5歳の札幌記念(当時はハンデ戦G3)。500万下からの昇級&2段階格上挑戦ということで、斤量50kgの軽ハンデを活かしての快走でした。
 その後、成績が伸び悩んで障害レースを走った時期もありましたが、(旧)6歳の宝塚記念で驚きのG1初制覇。秋シーズンも一時は大スランプに陥りながらも、今度は有馬記念を逃げ切ってG1レース2勝目をマークしました。
 93年シリーズは阪神大賞典でナイスネイチャ、タケノベルベットらを相手に驚異的な“逃げ差し返し”で優勝。続く天皇賞・春でも逃げて3着と大善戦しました。この宝塚記念は、人気・実績で勝る僚友マックイーンに挑戦状を叩きつけた……という感じでしょうか?
 あと、他の有力馬については簡単に紹介しておきますね。
 まずは3番人気のニシノフラワー。前年の桜花賞とスプリンターズSを制した快速牝馬です。この93年もマイラーズC(G2)を快勝し、ますますスピードに磨きのかかったところを披露しています。ただ、前走の安田記念では弱点の気性難が影響して10着惨敗。この精神面の弱さと2200mという距離に課題を残したまま参戦することになりました。
 次にもう1頭の牝馬、イクノディクタス。(旧)3歳の夏から精力的に活動を続けた、ここまで重賞4勝の(旧)7歳牝馬です。これまでG1クラスのレースでは苦戦続きだったんですが、前走の安田記念で14番人気ながら2着と大健闘。そこで足がかりを作っての春の大一番挑戦となりました。
 他には2年前の皐月賞2着馬・シャコーグレイドや関東で人気上昇中だったステイヤー・アイルトンシンボリなどがいました。
 ……私からは以上です、博士」

駒木:「はい、ご苦労様。そうだねえ、まずはやっぱり出走メンバーが寂しかった理由について話さなきゃいけないよね。
 …この年の宝塚記念はね、実はレース直前になって有力馬の故障が相次いでねぇ。トウカイテイオー、カミノクレッセ、ヒシマサルといったG1〜G2級の強豪が次々とリタイヤしてしまったんだ。それに加えて春の天皇賞馬・ライスシャワーが早々に欠場を発表していたし、メジロの2頭が強すぎるから、エントリー頭数も増えてこない。その結果、このレースはどうにも締まらないメンバーになってしまった。G1馬が3頭(マックイーン、パーマー、ニシノフラワー)いる他は、言っちゃ悪いけど皆、G2級の馬ばっかりだね。
 救いはメジロの2頭のマッチレースというドラマティックなサイドストーリーが出来て、一応は盛り上がりを見せたってところだろうか。確か2頭の馬連オッズが2倍ちょうどくらいだったんじゃないのかな。これでメジロの2頭で決まってたら、それなりにファンの記憶にも残る名勝負になっていたと思うんだけどね。でも。そんなに甘くないのが競馬なんだよね(苦笑)」
珠美:「当時の評判はどんな感じだったんですか? マックイーンが単勝オッズ1倍台で1番人気ですから、そっちの方が優勢だったのは分かるんですけど……」
駒木:「そうだねぇ。やっぱりマックイーンの方が格上っていう認識はあったよ。ライスシャワーには負けたけど、『それでも現役最強馬はマックイーンだ』って声は強かったし、実績だってダントツでマックイーンが上だからね。
 でもメジロパーマーも、この年の春シーズンは本当に強かったからね。阪神大賞典のレース振りは鳥肌が立つくらい強かったし、天皇賞の逃げ粘りも渋太かった。少なくともトップ・コンテンダーの資格は十分にあったし、このレースで逃げ切り、王者交代という事になったって、別におかしくなかったと思うよ」
珠美:「ニシノフラワーや他の馬についてはどうだったんですか?」
駒木:「う〜ん、どうだろ。ニシノフラワーはともかくとして、他の馬はちょっと力が足りないって認識だったと思うよ。余程の穴党じゃない限り手が出せないって感じかな。
 ただ、記憶では馬連オッズがかなり偏っていた気がするんだよ。メジロの2頭からでも4番人気以下の馬との組み合わせは軒並み20倍を超えてたからねえ。今から考えたら、馬券的に妙味のあるレースだったかもしれない」
珠美:「なるほど、わかりました」 
駒木:「それじゃあレース解説に移ろうか。ちょっと今回は資料不足なんで、若干大雑把な回顧になるけど、ご勘弁願いたい」
珠美:「ではスタートからなんですが、ロンシャンボーイがゲート入り完了後、スタート直前にゲートを突っ切って飛び出してしまいました
駒木:「あー、そうそう。これがあったね。どうもこれがレース全体に大きな影響を与えたっぽい。ロンシャンボーイはもちろん、気性に問題のあったニシノフラワーや、スタートに向けてテンションを高めていたメジロパーマー辺りが影響を受けてしまった感があった。これが無ければレースの結果は大きく変わっていたかもしれない。まったく、勝負は水物だよね」
珠美:「改めてゲート入りをやり直して、今度はちゃんとスタートが切られました。やはり逃げたのはメジロパーマー。メジロマックイーンはほぼ中団につけてレース全体を窺う構えです。ニシノフラワーは引っ掛かってしまって折り合いに苦しんでいたように見えました。
 この日の芝コースはかなり荒れていて、インコース側は土が丸見えの酷い状態でした。そのため、逃げていたメジロパーマーも含めて、ほとんどの馬は距離損を承知でコースの真ん中辺りに固まって走っていました。でも、ただ1頭、オースミロッチだけが内ラチ一杯を走っていました」

駒木:「コーナー曲がるたびに順位が一気に上がるんだよね、オースミロッチ(苦笑)。まぁこの辺りは人気薄の馬の特権って言うか、一種の冒険だよね。大体こういうレースになると、走りにくいのを承知でインコースに突っ込む馬が1頭必ずいる。それがこの時はオースミロッチだったわけ。
 オースミロッチって変な馬でね。勝った8つのレース全てが京都競馬場で挙げたものっていう、コース適性が極端な馬だった。だから『普通にやっても勝てない』って考えが鞍上の松本騎手の頭の中にあったのかも知れない。まぁ、これは推測だけど」
珠美:「レースは淡々と3コーナーまで進んで行くんですが、4コーナー手前でもうメジロパーマーにムチが入り始めます。もうアラアラ一杯という感じになって失速です」
駒木:「これが原因不明なんだよねぇ。さっき挙げたロンシャンボーイの一件が影響してたのか、逃げ馬らしくないラチに頼らないレースをしたために馬がパニクっちゃったのか……。まぁとにかく、ここでパーマーは終わっちゃった。ニシノフラワーも引っ掛かった影響で反応が鈍かったし、にわかに波乱ムードが広がってきたね」
珠美:「直線に入って、メジロパーマーは後退。代わってメジロマックイーンが進出を開始します」
駒木:「あー、その前にインを通っていたオースミロッチが先頭に立った(笑)。ビックリしたよ。僕はラスト300mくらいの地点で生観戦してたんだけど、そこに先頭でオースミロッチが通過していくんだもの(笑)。マックイーン×オースミロッチの馬券は持ってたけど、でも『このままオースミロッチが粘るのはどうかしてる』って未熟者ながら危惧したのを思い出すね(笑)。オースミロッチの関係者各位には申し訳ないけれども」
珠美:「そんな駒木少年の心配をよそに(笑)、メジロマックイーンはラスト200mの地点で先頭に立つや、後は差を広げる一方で、1馬身3/4差で堂々の優勝。そして2着争いは、走り辛いインコースでモタつくオースミロッチを交わして、イクノディクタスが大外強襲を決めて2着を確保しました。
 人気を裏切る結果になったメジロパーマーはブービーの10着、ニシノフラワーも8着に大敗しました」

駒木:「結局、凡走した2頭の有力馬を除けば、当時の力量関係の通りだったって気がするね。それでも、3頭の有力馬の内、2頭が凡走したんだから、レースそのものは酷く締まらないものになってしまったんだけど……」
珠美:「その辺りがこの年の宝塚記念の認知度が低い理由なんでしょうか。……では、最後にこのレースに出た馬たちのその後について簡単に触れて頂きましょう」
駒木:「メジロマックイーンは、秋の京都大賞典で、(旧)7歳秋という年齢ながら生涯最高のパフォーマンスを示して圧勝するも、直後に故障を起こして無念の引退。G1レース4勝の実績を手土産に種牡馬入りを果たした。その後の活躍は、現在の競馬新聞を見ての通りだね。
 メジロパーマーはその後、またスランプに陥って勝ち鞍に恵まれなかった。でも、(旧)8歳1月の日経新春杯で、60kgを超えるハンデでムッシュシェクルの2着に粘って、現役生活の最後で貫禄を示した。この馬も今は種牡馬になってるね。
 イクノディクタスはその後もコツコツと賞金を稼いだりして、一時は歴代賞金獲得ナンバーワン牝馬の地位を得たりもした。その後、繁殖入りしたんだけど、初年度の相手はメジロマックイーンだったんじゃなかったかな。因縁深いと言うか何と言うか……。
 ニシノフラワーもその後はG1タイトルには恵まれず。主馬場が苦手だったのに、レース直前に大雨が降って、馬場状態が良から一気に不良になってしまう不運に見舞われたりもしたしね。引退後はもちろん繁殖牝馬。クラシック候補を輩出したり、なかなかの名牝振りを披露しているよ。
 そうそう、オースミロッチも引退後は種牡馬入りしているね」
珠美:「ありがとうございました。ちなみにこのレース、博士の馬券は?」
駒木:「それが、未だに信じられないんだけど○▲で的中。2370円の配当を200円か300円持ってたのかな。今より太い勝負してるよな、高校生のくせに(笑)」
珠美:「(笑)」
駒木:「それじゃ、講義を終わろうか。来週の競馬学は天皇賞の直前予想。お楽しみにね」
珠美:「では、また来週お会いしましょう♪」

 


 

4月19日(金) 現代社会学特論
「椎名林檎、高らかに現役復帰!(9)」

 では、第9回の講義です。今回からいよいよプロ・アーティスト椎名林檎さんの足跡を追っていきたいと思います。

 過去の講義のレジュメはこちら↓

第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回(事故で消失しました)

 

 ここまでダラダラとお送りして来た波乱万丈・紆余曲折の人生を乗り越えて、林檎さんはプロデビューを果たすべく、東京へ乗り込みます
 一度はスタッフとの軋轢で流れかけたデビュー。しかし、林檎さんは敢えて茨の道とも言える“世知辛い浮世”に足を踏み入れてゆきました。

 林檎さんが帰国してから、1stシングル『幸福論』をリリースするまでには、なんと1年2ヶ月を要しています。やはり覚悟は決めていたとは言え、再びスタッフとの軋轢が生じていました。当時の林檎さんを知る業界関係者は、当時の林檎さんが「オトナの世界って何だろう…?」と悩んでいたと証言しています。
 この時、林檎さんと東芝EMIサイドで一番揉めていた事柄は、やはりと言うか何と言うか、デビューを飾る1stシングルについてであったようです。
 椎名林檎ファンの間では既に周知の事実なのですが、驚くべき事に、このデビュー前の時点で現在の林檎さんの持ち曲の大半が完成していたというのです。ひどく大雑把に言って20〜30曲、若しくはそれ以上というところでしょうか。
 この中からたった1曲のデビュー曲を選び出すわけです。ただでさえ志向の違う両者(林檎さん×東芝EMI)ですから、当然のごとく選曲は揉めに揉めます
 まず東芝EMIがプッシュしたのは『幸福論』。そして林檎さんは、どうやら後に1stシングルのC/Wに収録されることとなる『すべりだい』を希望していたと言われています。
 しかし当時の力関係から考えると、当然ですが林檎さんの意見は、やんわりと確実に握りつぶされてしまいます。デビュー曲は『幸福論』に決定。しかも、林檎さんの志向とは全く異なるアレンジが施されてしまったのです。

 ところでこの『幸福論』という曲、ファンの贔屓目を抜きにしても素晴らしい名曲です。駒木が初めてこの曲を耳にした時の衝撃は今でも忘れません。聴けば聴くほどに、何か脳の中から幸せ系の脳内物質が分泌され、気が付けば数十回も繰り返して『幸福論』を貪り聴いていたのをつい最近のように思い出します。
 ですがこの『幸福論』という曲、林檎さんのディスコグラフィーの中では極めて異色な曲であります。この曲そのものは大変素晴らしいのですが、残念ながらそれが林檎さん独特の魅力や雰囲気を伝える事は大変困難であると申し上げておきましょう。

 楽曲そのものに内包された大きなハンデ。しかしそんな事など気に留めることも無く、東芝EMI側は、林檎さんにさらなる苦痛を強いたのです。
 まずジャケットその他で採用された売り出し用のビジュアル。今の林檎さんからは全く想像出来ませんが、この『幸福論』の時のビジュアルは、まるで“大学の演劇部で中学生のコスプレをさせられた新人団員”みたいな悪趣味なものでした。
 まずはセーラー服みたいな上着(自前だそうです……)とズボンにショートカット。そのくせ、指にはロッカー系の銀製指輪が複数はめられています。さらに衣装は中学生みたいでも、顔は今の林檎さんと大して変わらなかったりしますので、えも言われぬアンバランス感が漂ってしまいました

 清らかなアレンジの楽曲と、何とも不気味な容姿の少女・椎名林檎という、まことに対照的なプロデュース。当時のスタッフが何を考えていたのかは不明ですが、当時の林檎さんの無念・諦念を想起すると、もう涙・涙であります。駒木、当時のスタッフを見つけたら、
 「これはデビュー当時の林檎さんの分だ!」
 とか言いながら、メリケンサックを握りこんだ右拳をこめかみに深くめり込ませたい気分で一杯
です。

 さらにビデオクリップ(プロモーションビデオ)も、
 「この子を本気で売リ出す気あるんですか、まったくもう。プンスカプン!」
 ……と言いたくなるような出来栄えでありました。正直言って。
 これから追って紹介していきますが、林檎さんのビデオクリップは総じて出来が良く、なおかつ一言で言って「カッコいい」出来に仕上がっています。これまで2巻発売されているビデオクリップ集「性的ヒーリング」には、撮り下ろし作品も含めて多数の映像が収録されていますので、興味を持たれた受講生の方は、この“副教材”を購入またはレンタルしてみて下さい。後悔はさせません。

 しかし、であります。
 その中でも例外的な存在がこの『幸福論』のビデオクリップでした。

 まず、冒頭。
 2人組のコンパニオンスーツを来たキャンペーンギャルとそのマネージャーらしき男、さらに何故かゴリラの着ぐるみ(を着た人)が果物のリンゴを配っています。キャンペーンギャルの肩には、それぞれ「ミスりんご」「準ミスりんご」のタスキが……。

 なんと、いきなりのダジャレ・スタート

 しかもベタ過ぎです。

 「トミーズ健が関西ローカルのTV番組の中で、素人から馬鹿にされて逆ギレする状況」と同じかそれ以上のベタさ加減が炸裂しております。
 
こんなダジャレネタ、立川談志一門でやったら未来永劫破門です。快楽亭ブラックが全裸で亀甲縛りされたまま逃げ出してしまうような談志師匠の怒り顔が容易に想像出来ます
 
 さらに問題なのが、その次のシーンです。
 そのキャンギャル軍団が配っているリンゴ──手提げカゴに入ってたんですが──が、ふとした事からこぼれ落ち、彼らのすぐ近くにあった下り階段からゴロゴロと転がっていきます。
 場面転換。リンゴが転がっていったそこには、往来堂々、横向きに倒れたまま動かない1人の少女が。先に紹介した奇抜な自前衣装を着込んだ林檎さんです。ここで初めてアーティスト本人が映し出されたのですが、出たら出たで、目を見開いたままピクリとも動きません。当然ビデオクリップですから、もうこの映像が出た時点で歌は始まってますが、口も全く動きません。

 嗚呼! 椎名林檎、死亡!!

 死亡確認! …などと『魁! 男塾』みたいなセリフを口走りたくなります。
 改めて言っておきますが、これはデビュー曲のビデオクリップであります。まだ全国的には全く知られていない椎名林檎という19歳の若い女性アーティストを売り出していこうという目的で作られたはずの販促映像であります。なのに、いきなり殺してどうすんですかまったくもってプンスカプンであります。
 このビデオクリップの絵コンテ描いた人を呼んできて、「この、ポンカス野郎!」と、酒に酔った野々村誠の奥さんに罵ってもらいたい気分になります。

 この後、「死んでいる林檎さんを別場所で待ちわびる、林檎さん率いるバンドのメンバー」というシュールなシーンの後、曲が2番に入ってようやく死亡状態だった林檎さんが蘇生して歌い始めます
 でも生き返ったのは口だけで、体はピクリとも動かず、なおかつ顔も無表情のまま。
 ハッキリ言って怖ぇです。楽屋裏で嫁を怒鳴りつける宮川大助くらい怖い
 そして、さらに林檎さんが何の脈絡も無く完全蘇生して駆け出すもんですから余計に怖さ爆発です。ラストシーンで、ようやく待望のバンド演奏シーンなどが見られるのですが、そんなタイミングで失敗を繕われても、一度引いた客は戻って来ませんM−1グランプリでの“おぎやはぎ”を思わせるような惨敗ムードのまま、映像は終わってしまいます。

 ……と、このような、今年の千葉ロッテマリーンズのようなビハインドを背負った状況で、アーティスト・椎名林檎はCDデビューに踏み切ってしまいます。1998年5月27日のことでした。

 プラス材料は、まだ当時若干荒削りな林檎さんの才能だけ、マイナス材料はその他の全て、というこの状況。予想された事ではありますが、セールスは当初から非常に苦戦します。中には当然、林檎さんの才能と『幸福論』の持つエネルギーに魅せられる人たちも少なからずいたのですが、一般的な評価、およびライト・リスナーへの浸透は芳しくありませんでした。政治マニアにだけ評判の良い民主党の一般公募候補のような状況ですね。
 今となっては笑い話と言うか信じられない話ですが、当時たまたま『幸福論』を聴いたある人はこういう印象を抱いたそうです。

 あー、なんかまた、川本真琴のバッタモンみたいな歌手が出てきたなぁ

 あの椎名林檎もパクリ・アーティスト扱いされる時期もあったのです。知られざる下積みの苦労というところでしょうか。

 結局、このシングルCD『幸福論』は、一度もオリコン100位以内に顔を出すことなく、CDショップの8cmシングルコーナーの奥深くに沈没してゆきます。
 さんざん揉めた上にこの仕打ち、というわけで、この躓きは林檎さんの心に深いクサビを打ち込みました。これからしばらくの間、彼女がプロモーション目的以外のライブで、『幸福論』をオリジナルヴァージョンで唄う事はありませんでした。そういう意味において、一昨年の全国実演ツアー「下克上エクスタシー」のアンコールで、メドレーとは言え、彼女が正調『幸福論』を唄ったのは意味深な出来事でした。2年余の期間を経て、ようやく彼女の中で心のクサビが抜け落ちたのでありましょう。

 ……こうして大失敗に終わった、新人アーティスト・椎名林檎のデビュー。しかし、林檎さんは挫けませんでした。彼女自身が、そして、悪戦苦闘の中でも徐々に増えてきた彼女を支えてくれる才能ある仲間たちが、彼女をトップ・アーティストへの道を切り拓いてくれるのです。 (次回へ続く

 


 

4月18日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(4月第3週分)

 えーと、現代社会学特論で大きなミスがあったのはお伝えした通りなんですが、こちらでもミスをやっちゃいましたね。
 「週刊少年ジャンプ」の『サクラテツ対話篇』、推測とお断りしながらも「最終回?」なんて書いてましたが、違いました。もっとも、“打ち切りウエーティングサークル”と言っていい掲載順位なんで、早かれ遅かれ……という気がしないではないですが。しかしこの状況で、どうやって話をまとめてゆくんでしょうか…?

 さて、今週は「少年ジャンプ」の月例賞・「天下一漫画賞」の審査結果発表から。

第67回ジャンプ天下一漫画賞(02年2月期)

 入選=該当作無し
 準入選=該当作無し
 佳作=該当作無し
  
 審査員&編集部特別賞=2編
  ・『ステップエアー』(荒木飛呂彦賞)
   安里千春(18歳・沖縄)
  ・『FLASH BACK』(編集部特別賞)
   石川晋(18歳・東京)
 最終候補(選外佳作)=6編

  ・『冥』
   森田将文(22歳・愛知)
  ・『GU(GREAT UTOPIAN)』
   古形未賄(17歳・宮崎)
  ・『チャイルドポリス』
   古瀬結花(20歳・愛媛)
  ・『チョーキン』
   梅尾光加(19歳・東京)
  ・『オンユアマーク』
   細谷奈緒(22歳・東京)
  ・『軍事生物ナガレ様?』
   糸曽賢志(23歳・東京)

 最終候補の『冥』を描いた森田将文さんは、「天下一漫画賞」の募集ページで“公開稽古”をつけてもらっていた人ですね。01年12月期に引き続いての最終候補。評価が上がっていないのは残念ですが、2ヶ月で1本完成原稿を仕上げて来る(しかも担当編集のダメ出しを経て)というのは意欲的ですね。22歳という年齢は、マンガ家志望者にとっては若くない年齢ですが、頑張ってもらいたいものです。

 それでは、定例のレビューを……。

☆「週刊少年ジャンプ」2002年20号☆

 ◎読み切り『ラーマゲドン 拉麺最終戦争』(作画:脊川つい)

 今週の「ジャンプ」からは1作品。『HUNTER×HUNTER』の代原作品です。

 どうやらこの作品、02年1月期「天下一漫画賞」の最終候補(選外佳作)作品・『グルマゲドン 美食最終戦争』を改題したか、若しくは加筆修正したかという作品だと思われます。というわけで、作者の脊川ついさんは新人さん。年齢は24歳とのことです。

 というわけでレビューなのですが、この作品も作者の脊川さんも、まだ“仮免”教習中の段階ですので、ちょっとトーンを抑え気味にいきたいと思います。

 まず絵なのですが、上手・下手以前にサインペンかロットリングのような物で描いている事が気になりますね。
 それが悪いとは言いませんが、線に強弱が出ない分、どうしても見た目の印象は不利になりますよね。ミもフタもない言い方をすれば「未熟なのがバレてしまう」というか……。特に紙質の悪い雑誌ではモロです。
 ペンを使わない作家さんに桜玉吉さんがいますが、玉吉さんは高校から美術学校で勉強してきた人ですから別格です。余程の才能があって絵を描き慣れていないと、ちょっと難しいですよね。

 続いて内容ですが、一応これはナンセンスギャグというカテゴリに入れれば良いんでしょうね。まだ“バカになりきれていない”という感がありますし、話の辻褄が合わない部分が1〜2あったりもしますが、散発的にギャグの才能の片鱗らしきモノも見られますので、これは今後の修行次第というところなのでしょう。
 次の登場は赤塚賞で入賞した時くらいでしょうか。とりあえず次回作をチェックしてみたいですね。

 評価はB−。新人の習作原稿とすれば、まぁこんなものなのでしょう。

☆「週刊少年サンデー」2002年20号☆

 ◎新連載『史上最強の弟子ケンイチ』作画:松江名俊

 駒木自身は、この講義が始まる前の話ですので記憶が薄いんですが、「月刊少年サンデー超スーパー」の人気作で、本誌でも1度掲載された読み切りが好評だった『戦え! 梁山泊 史上最強の弟子』という作品のリメイク作という事になります。
 作者の松江名さんは、これが実質的に本誌初登場ということになります。叩き上げの3A選手がメジャーへの切符を掴んだ、みたいなものでしょうか

 それでは例によって絵とストーリーの評価を。
 まず絵なんですが、上手いようで所々粗いかな、といった感じでしょうか。園田健一さんにウヒョ助さん(「スピリッツ」で『駐禁ウォーズ』連載中)をミックスして2で割ったような、そんな絵柄です。
 しかし絵柄云々は別にして、少年誌の巻頭4色カラーで女の子の乳首が浮き出たコスチュームはマズくないんですかねぇ(^^;;)。

 次にストーリーなんですが、今回は主要キャラ2人の紹介をしただけで、ストーリー的には全く進展がありませんので、今回の評価は保留という事に。それでも、なかなか無駄のないストーリーテリングを見せてくれましたので、あと2週間ジックリと読ませてもらいましょう。

 評価は保留としたいんですが、一応Bとしておきましょう。

 ◎読み切り『爆裂アナ 黒木一鉄』作画:藤井敦

 今週のサンデーにはギャグ読み切りが一本掲載されました。作者の藤井敦さんは、昨年秋に月刊の方でデビューを果たした新人さんです。

 絵に関しては上手いわけではないですが、見づらいわけではないので、まぁ許容範囲といったところでしょう。
 そして肝心のギャグなんですが、一言で感想を言うと、
 「ジャンプの『ミスター・フルスイング』で合間合間に挟まっているちょっと寒めのギャグだけの作品」
 ……といったところ
でしょうか。爆発力の無い分だけ、外した部分のマイナス面だけが目立ってしまった感があります。
 テンポそのものは、他のサンデーの作家さんの作品と同じような「小ギャグ→ツッコミ」の繰り返し。そういう意味では「サンデー」向けの作品ではあるんですが、テンションの割にはギャグの破壊力が薄いのが、やや残念です。このパターンでギャグの破壊力が低いと、ゴマカシが利かないんですよね。
 総合するとこの作品、面白くも無ければつまらなくも無い、といったところでしょうか。

 評価はB−寄りのB。この作品も、次回作を読んでみたい、という感じでしょうか。

 ◎読み切り(?)『育ってダーリン!!(完結編)』作画:久米田康治

 かつて、作者の久米田さんが新境地を開拓しようとしたものの、見事に行き詰まった挙句に“大人の事情”で打ち切りを余儀なくされたラブコメ作品の完結編にあたる前後編の読み切りです。

 まぁ、何と言うか、一言で表現すると「無難にまとめたな」という感じでしょうか。作品に対する情熱を完全に失った中で、プロの作家さんが描くべきレヴェルを維持しているのはさすがというところです。
 もっとも、完結編の割には打ち切りになった続きを描いたわけではないですし、本当にこの作品を描く必要が、そして「サンデー」本誌に掲載する意義があったのかは疑問ですね。単行本発売の宣伝に使うなら、もうちょっとやり方があったでしょうに……。

 おっと、作品レビューというより、編集方針レビューという感じになってしまいましたね。久米田さんの気持ちも汲んで、評価は永久に保留ということにさせて頂きます。


 ……というわけで、ちょっと駆け足でしたが今週の演習でした。それでは、また来週。

 


 

4月16日(火) 行動社会学
「駒木博士の縁日アルバイト日報(5)」

 もうこのシリーズも大概早く終わらせなきゃいけませんね。半月以上もの間、時事モノの講義をやってませんし、新しいシリーズの講義も計画中だったりしますし。
 まぁ、なんとか今日含めてあと2回で終わらせられそうです。この講義、「縁日アルバイト日報」というより、人生再発見の旅みたいになってますが、それもまたヨシかなと。人間、旅に出たり青年海外協力隊に参加したりしなくても、自分探しや人生再発見くらい簡単に出来るもんですね。
 結局は、物事に向かう姿勢の問題なのでしょう。人間、その気になれば、死体洗いとか新薬人体実験みたいな裏街道な仕事だろうが、交通量調査などのその日暮らし的で比較的楽な仕事だろうが、どんな仕事ででも人生再発見はできるんじゃなかろうかと思います。

 それでは5回目の講義の始まりです。過去の講義のレジュメはこちらから。
第1回第2回第3回第4回

 ※レポート文中は文体変更。


 3月28日(木)

 今朝も10時出勤。これで4連勤目になる。体が働く事を思い出してくれたのか、昨日までよりは幾分か体が楽に感じる。とはいえ、慢性的な寝不足ゆえ、爽快感は全く無いが。

 この日は再び金魚すくいとザリガニ釣りのブースに復帰。お客に貰われていって(客側の希望で金魚3匹、ザリガニ1匹までお持ち帰り可)すっかり数が寂しくなってはいるが、ザリガニ水槽の激しい生存競争は相変わらずだ。今朝も2匹のザリガニが上半身、しかも殻だけ残った変わり果てた姿で見つかった。
 …もう何というか、毎日が『ひかりごけ』『ゆきゆきて、神軍』の世界である。生まれ変わっても、カマキリとザリガニにだけはなりたくない。特にカマキリの場合、交尾の後でメスに食われるのも嫌だが、老衰で死ぬオスカマキリとかもっと嫌だ。

 テキパキと準備を終え、11時頃から営業開始。
 しかし、ここ数日の水仕事で、すっかり手がカサカサに荒れてしまった。実家住まいのため、普段の家事全般を母親に任せっきりにしているツケが回ってきている格好。
 で、自分の手が荒れてきて初めて気が付いたのだが、子ども客を連れてやって来るお母さん方の手もカサカサに荒れている事に気付いた。一瞬モデルさんかと見紛うような美人の若奥様でも、子どものゲーム代金を受け渡す際に偶然手が触れたりすると、物凄く生活感溢れる手になってしまっている。
 あー、外見モデルで家事そっちのけにしてそうな人でも、ちゃんと家では妻や母親の役割を果たしてるんだなぁ……などと思うと、何やら感慨深いものが。
 それに引き換え、どうだろう。男はちゃんと夫や父親の役割果たしてるんだろうか? いや、そもそも夫や父親の役割って何だ? 月1回、通帳の残高増やす事か? 
 社会学講座の受講生には主婦の方も多くいらっしゃるので、一度談話室(BBS)でお話を伺いたい気分になって来た。特に最近、身の回りで無能な男のせいで離婚に踏み切る人の話を頻繁に聴いてしまったりするので余計に。
 
 子連れの母親に気付く事があるのと同じくして、その子どもの態度にも気付かされるものがある。
 営業開始から3日目、仕事そのものに慣れてくると、子どもの相手をしながら、その子どもが普段、どのような躾や育てられ方をしているのか、分かるようになって来た(気がする)。 
 3歳児だろうが、礼儀正しい子は礼儀正しいし、小学校入っててもワガママで態度悪いヤツもいる。もうこれは完璧に家庭環境というか、親の性格と態度がモロに子どもに伝染しているんだろう。いかに他人を不快にさせないかという事を分かっている親の子どもは、三つ子の魂がしっかり身に着いているし、そうじゃないガキは文字通り「餓鬼」なのだ。中には駒木に「ちゃんと(ザリガニ入れる器)持っとかなアカンやないか!」と普通にダメ出ししてくる4歳児とかもいた。さすがに母親はバツ悪そうにしてたけど、まぁ自業自得だわね(自民党の青木参院幹事長風)。
 まぁ、自分の受け持ちの生徒でもない子どもにとやかく言うつもりは無いが、キチンと見られてますぜお母さん、とだけは言っておこう。

 あ、それと、この日もう1つ気が付いた事。
 金魚すくいに関する不思議な傾向として、

 ・金魚すくいは、全般的に男児より女児の方が上手い。
 ・年齢別に見ると、意外と上手なのは3歳位。その次に上手なのは小学校高学年以上で、一番下手なのは5歳〜7歳くらい。

 ……という調査結果(?)が出た。もっと長期的に見れば、覆る部分もあるかもしれないが、大まかに見てこれで正しいように思う。 
 まず、男よりも女の子優勢というのは、これはどうやら動物としてのオスとメスの違いが出ているような気がする。
 男児はとにかく、金魚すくいの枠を垂直(つまり水野抵抗を思い切り受ける形)に構えて金魚を追い掛け回してしまうので、あっという間にゲームが終わってしまう。一方、女児は自然と枠を水面と並行に構えるという金魚すくいのセオリーを守っている。そして、ソッと金魚をすくい上げるので、なかなか紙が破れない。
 なんか、男の子が金魚を追い掛け回す様子を見ていると、まるで“女の尻を追い掛け回すナンパ男”の姿とダブって見える。要は“お相手”を探す動物のオスなんである。それと好対照に、女の子が金魚を追い掛け回したケースはほとんど見られなかった。やはり少なくとも動物の世界では、メスは受身である事の現れだと言ってしまうのは暴論だろうか。
 この仮説を正しいと思って考えると、金魚すくいがヤケに上手い男の子というのは、将来恋愛関係がオクテになってしまうのではなかろうか
 ちなみに駒木は3歳の頃、金魚すくい100匹という大記録を打ち立てたことがある。駒木の女性関係については……まぁ想像にお任せしよう。

 低年齢児が少し成長した子どもよりも金魚すくいが上手いのは、恐らく征服欲というか優越感を望む心が育っていないんだろうと思う。それが5歳くらいになると、「金魚なんかに負けてられるか」なんて変な感情が芽生えて来て、逆効果になっちゃったりするんだろうな。

 ……しかし、金魚すくいから教育心理とか児童心理の検証が出来るとは思わなかった。心理学専攻で卒論書かなくちゃいけない学生さんは、縁日のバイトをやってみるといいかもしれない。

 この日の業務は、色々と気づかされる事はあったが、全般的に平穏無事。定時の18時には業務は終了し、4連勤目の1日が終わった。

 3月29日(金)

 この日は正午からのシフト。担当はやはり金魚とザリガニ。

 睡眠も比較的ゆったりと摂れ、労働意欲も充分あったのだが、昼過ぎから雨が降ってきて、文字通り水を差される格好に。

 結局、客足が急速に遠のき、15時で店じまい確定。たった3時間では特筆すべき事は無し。まぁ、天気予報とかだと丸一日雨の可能性があったので、少しでも働けたのは給料的にヨシとするか。


 ……と、ちょっとボリューム的にはアレですが、時間が来たのでここで切ります。
 次回はラスト2日分のレポート。講義に時間の取れる金曜日なので、中身の濃い講義が出来る事と思います。それでは、また。 (次回に続く) 


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