「社会学講座」アーカイブ

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講義一覧

7/31 文化人類学「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(2)〜スプリント・早食いの部」
7/30 
教育実習事後指導(教職課程)「教育実習生の内部実態」(8)」
7/29
文化人類学「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(1)〜早飲みの部」
7/28 
社会経済学概論「セレクトセール2002開催(3・番外編1)」
7/27 
競馬学特別講義「目指せ回収率アップ! 馬券学基本講座(1)」
7/25 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(7月第4週分)
7/24 
教育実習事後指導(教職課程)「教育実習生の内部実態」(7)」
7/23 教科教育法(高校地歴)「実録! 平成15年度兵庫県教員採用試験レポート(3)」
7/22 教科教育法(高校地歴)「実録! 平成15年度兵庫県教員採用試験レポート(2)」
7/21 教科教育法(高校地歴)「実録! 平成15年度兵庫県教員採用試験レポート(1)」
7/19 歴史学(一般教養)「短期集中企画・駒木博士の歴史覚え書き(4・終)」
7/18 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(7月第3週分)
7/17 歴史学(一般教養)「短期集中企画・駒木博士の歴史覚え書き(3)」

 

7月31日(水) 文化人類学
「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(2)〜スプリント・早食いの部」

 今日は「2002年度フードファイター・フリーハンデ(以下、FFハンデと略)中間レイト」の2回目、「スプリント・早食いの部」をお送りするのですが、その前に一昨日お届けしました「早飲みの部」(レジュメはこちら)で訂正がありましたので、先にお伝えしておきます。

 まず、詳細な記録が不明であった事によりレイティングを控えておりました、青木建志選手の「ペットボトル早飲み」カテゴリのポイントですが、その記録が判明しましたので、レイティング58を追加しています。
 また、白田信幸選手の「ペットボトル早飲み」カテゴリのレイティング60も追加しています。これは、「フードバトルクラブ3rd」の準決勝第2ラウンドでのウーロン茶1.5L早飲み対決を失念していたものでした。
 いずれも既にレジュメでは加筆修正済みですが、再度お確かめ頂ければ幸いです。

 
 ──さて、では今日の「スプリント・早食いの部」に移らせて頂きます。
 この「FFフリーハンデ」では、“食べる”競技のカテゴリを5つに細分化して、それぞれのレイティングを行っています。その5つのカテゴリは、以下の通りになります。

◎スプリント=5分以内 
◎早食い=5分超15分以内 
◎早大食い=15分超30分以内 
◎大食い45分=30分超60分未満 
◎大食い60分=60分以上

 このカテゴリ分けは、いわゆる“早食い”と“大食い”との間に引くべき境界線を設定する…という意味合いがあります。
 “早食い”と“大食い”の解釈は識者の間でも分かれているのが現状で、未だ定義づけの決着を見ていません。しかしこの「FFフリーハンデ」では一応の解釈として、「(人が胃袋の限界まで食べる事が出来ないような)短い時間内で、どれだけたくさんの量を食べられるかを競う」ものを“早食い”系競技そして「一定の長時間をかけてたくさんの量を食べることで、食べるスピードだけでなく消化能力や胃袋の大きさを競う」ものを“大食い”系競技として扱います。
 そして、“早食い”系競技の中でも競技時間によって細分化を図ります。超短時間での瞬間的なスピードを競う5分以内の競技を「スプリント」、スピードの持続力が要求されるような競技時間のものを「早食い」としました。
 また、“大食い”系競技でも、競技時間によって「早大食い」、「大食い45分」、「大食い60分」と分けています。これは、競技時間が長くなるにつれて、求められる能力が食べるスピードから胃の容量や消化能力にシフトしていくという事を考慮したものです。

 ……と、いうわけで今日は“早食い”系競技を対象にした2つのカテゴリについて、各選手のレイティングとその解説をお届けします。解説文は選手名敬称略、及び文体を常体(だ、である調)に変更します。


「2002年度・FFフリーハンデ・中間レイト」
〜スプリントカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
66.5 白田 信幸
66 小林 尊
65 山本 晃也
64 高橋 信也
63.5 射手矢 侑大
  63.5 小国 敬史
  63.5 立石 将弘
62 新井 和響
58.5 木村 登志男
10 56.5 ヒロ(安田大サーカス)
11 53.5 加藤 昌浩
12 49.5 山根 優子
  49.5 植田 一紀
  49.5 高橋 明子
15 49 渡辺 勝也
16 48.5 駿河 豊起
17 48 土門 健

 ※主な競技結果※

FBC3rd 1stステージ
寿司40カンの部

ハンデ(上位5名)
()は他競技での最高値

選手氏名
66.5 白田 信幸
66 小林 尊
64(65) 山本 晃也
63.5 射手矢 侑大
62.5(64) 高橋 信也

FBC3rd 1stステージ
カレー1kgの部

ハンデ(上位5名)
()は他競技での最高値

選手氏名
65 山本 晃也
64 高橋 信也
63.5 小国 敬史
63.5 射手矢 侑大
63.5 立石 将弘
FBC3rd 準決勝第1試合
第1、3ラウンド(餃子)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
60(66.5) 白田 信幸
59(65) 山本 晃也
FBC3rd 準決勝第2試合
第1ラウンド(チーズケーキ)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
58(66) 小林 尊
48 土門 健
FBC3rd 準決勝第3試合
第1ラウンド(チーズケーキ)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
57(64) 高橋 信也
53.5 加藤 昌浩
FBC3rd 決勝
(スプリントカテゴリ競技総合評価)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
66.5 白田 信幸
66 小林 尊
58.5(64) 高橋 信也

 

〜早食いカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
67 小林 尊
60.5 エリック=ブッカー
60 オレッグ=ツォルニツキー
56.5 河津 勝
56 羽生 裕司
  56 原田 満紀子
  56 近藤 菜々
  56 夏目 由樹
  56 大石 裕子

 ※主な競技結果※

全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
第3ラウンド(早食いカテゴリのみ)

ハンデ
()は他競技での最高値

選手氏名
56.5 河津 勝

ネイサンズ 国際ホットドッグ早食い選手権

ハンデ(上位3名)
()は他競技での最高値

選手氏名
67 小林 尊
60.5 E・ブッカー
60 O・ツォルニツキー

 

 昨年から日本のフードファイト・シーンで急速に進めれられた競技の高速化・記録のインフレ化の流れは、昨年末の時点で記録のインフレ化が一応の限界を迎えた辺りから、今度は競技の高速化のみに絞られてレヴェルの向上が図られるようになった。即ち、競技の早食い化からスプリント化への転換である。
 その競技のスプリント化を大きく進展させたのは、昨年、それまで大食い系競技の従属物に過ぎなかった早食い系競技の地位をフードファイト界の中で確固たるものにした事で知られる、TBS主催の「フードバトルクラブ」であった。
 今年から「フードバトルクラブ」は、春に早食い系オンリー(実際は早飲み競技とスプリント競技だが)の競技会を開催し、フードファイトでのスピードの限界を追求する姿勢を露わにした。そして選手たちも、既に限界に近いと思われていた従来の記録を大幅に更新してその期待に応え、早食い系競技のさらなる地位向上に貢献した。各選手のレイティング値をご覧頂ければ分かると思うが、トップ選手の平均的レヴェルは、既に大食い系競技のそれを凌駕していると言って良い。
 だが、好事魔多しとはよく言ったものだ。「フードバトルクラブ3rd」放送から間もなくして、フードファイト番組(恐らく「フードバトルクラブ」の事だと思われる)を観て早食い競技の真似をした中学生が食べ物を喉に詰まらせて窒息死するという事故が報道され、状況は一変してしまったのである。
 この、恐らくは1人の通信社記者が好奇心にまかせて配信したたった1本のニュースにより、早食い系競技だけではなく、フードファイト全体にも「危険である」というレッテルが貼られてしまい、激烈なイメージダウンを被ってしまった。実はこの際、フードファイト業界内から一般層へ向けての対応が余りにも不味かった事が、そのイメージダウンに拍車をかけてしまったという側面もあるのだが、それは総括に譲ることにしよう。とりあえずここでは起こった出来事の流れだけを追っていくことにする。
 この一連の事故報道の直後から、まずは全国各地で開催が予定されていたフードファイト・イベントが次々と中止となった。この種のイベントは、一般層へフードファイトの何たるかを認知させるという効果を持つと共に、世間一般のフードファイトに対する好感度の現われでもある。そんなフードファイト・イベントが中止になったという事は、即ち、一般層へのイメージを何よりも重視するテレビ局──メジャー系フードファイト競技会の主催者でもある──の態度を硬化させてしまう最悪の事態に繋がってしまう。TBSとテレビ東京で予定されていたネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権に関する特番は放映中止となり、テレビ東京主催の予選会も中止。そればかりか、今秋以降のフードファイト競技会と番組放映の実施すら白紙に戻されてしまったのである。
 もっとも、秋以降のスケジュールに関しては、未だ「中止」と明言されていないだけに、どうやら比較的イメージの悪くない大食い系競技会から“復活”させていくのではないか…という楽観的な推測が多数意見を占めている。少なくともフードファイトそのものがTV業界から抹殺されるという最悪の事態は避けられそうではある。
 しかし、それでも今回の一連の騒動は、せっかく隆盛を極めるところまで成長した早食い系競技に致命傷を負わせる“痛恨の一撃”であった。ひょっとしたら、今回が“スプリント・早食いの部”としての最後の解説文となるかもしれない(ネイサンズ国際がある限り、カテゴリが消滅する事は無いだろうが)。この本文中では希望的観測も込めて、これからも早食い系競技が国内のメジャー競技会で実施されるという前提の下で筆を進めるが、これをご覧の方も一応の“覚悟”を持って読み進めて頂くようお願いする。
 
 
 昨年下半期から始まった小林尊の苦悩は、今年になってもまだ続いていた。
 日本初の早飲み・スプリント系競技会となった「フードバトルクラブ3rd」。そのレギュレーションの内容から「小林尊絶対有利」の下馬評が圧倒的多数を占めたこの大会で、彼は三度、白田信幸の前に屈した。しかも予選から本戦決勝に至るまで、全ての競技で白田の後塵を拝するという屈辱的な完全敗北であった。これまでは、勝ち上がり過程ではダントツのトップを取りながら、決勝だけ白田得意の大食い系競技で敗れて準優勝…という“惜敗”パターンだっただけに、早飲み・スプリント系競技で喫したこの完敗は、非常にダメージの深いものであったと言える。もう今では誰も彼を“最強のフードファイター”とは認識していないだろう。彼の第一期黄金時代は完全に終焉を迎えたと言える。
 だが、ここで簡単にフェードアウトしないのが小林の小林たるところ。彼は、国内で“アンチ・フードファイト”のムードが収まらない中でも黙々とリベンジのチャンスを窺っていた。そして7月、満を持して彼は、手元に唯一残されたメジャータイトル・「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」の防衛戦に臨むため渡米したのである。
 現地での彼は、当日までマスコミ取材等の殺人的スケジュールに引きずりまわされた上、大会会場が気温37℃の屋外という最悪のコンディションに晒されていたが、鍛錬に裏打ちされた実力と彼の精神力が、そんな悪条件を見事に克服した。昨年のこの選手権で記録した12分間で50本という大記録を僅かに更新する50本1/2をマークし、堂々の二連覇、そして1年ぶりのメジャー大会優勝を達成した。それはタイトル防衛であると共に、彼が小林尊である事の防衛でもあった。
 小林の最大の持ち味は、何と言ってもフードファイター随一の嚥下力とその持続力である。彼は、寿司やホットドッグといった固形物でも、ほとんど咀嚼せずに10分以上にわたって飲み込み続けることができる。この事は、例の痛ましい死亡事故を見るまでも無く、人間にとっては体に大きな負担を与えるものであって、常人に真似できるものではない。他の一線級フードファイターでも、4〜5分ならともかく、10分以上の無咀嚼嚥下は無理難題と言って良いものであると思う。それを可能にするまでに自らの体をそこまで鍛え上げた努力と、それを支える彼の才能には脱帽する思いである。恐らくこれからも、少なくとも早食いカテゴリでは、彼の優位は揺るがないものと思われる。
 だが、そんな彼にも弱点が無いわけではない。以前にも少し指摘した事があったが、彼の食べ方は良く言えばワイルド、悪く言えば荒っぽいのである。これは昨年末に「フードバトルクラブ」でファウル制度(食べこぼし、食べ残しが記録無効になるルール)が導入されてから、再三その“お世話”になっている事でもよく分かる。勿論他の選手もファウルを犯しているが、小林のファウル回数は全選手中トップクラスである事は確かだ。
 実は、今回のネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権でも、小林はファウル(=失格)ギリギリのプレイで、あわや失冠するところだったのである。
 その出来事は、小林が2位以下に24本余りの大差(!)をつけて圧勝のまま競技を終了しようという、その間際に起こった。12分もの間、極限状態で競技を続けていた疲れが出たのだろうか、小林が口に頬張ったホットドッグの嚥下に失敗し、むせ返ってしまったのである。
 ここで小林は、何とか競技時間内に内容物を口から吐き出す事は防いだものの、鼻からはいくらかの吐瀉物(?)を噴き出してしまった(そして、試合終了直後には口からも吐き出した)。これを見ていた2位のエリック=ブッカーは、小林がネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権のルール・「一度食べた物を吐き出したら即失格」に抵触するとして運営者サイドに抗議。あわや小林尊は失格か、という事態に陥ってしまったのだ。
 結局、運営者であるIFOCE(国際大食い競技連盟)サイドは審議の結果、
「小林は鼻から吐瀉物を噴いたが、テーブルを汚したわけではない」、
「吐き出した物は胃から吐いたものではなく、嚥下する直前の物がゲップをした弾みで吹き出たものである(だから規則違反ではない)」
「口から吐き出したのは試合終了後であり、小林は最後まで持ち堪えた」
 ……という、(少なくとも初めの2つはかなり苦しい)公式見解を出して、「小林、失格に至らず」と判定。ここでやっと小林のタイトル防衛が確定したのである。
 恐らくIFOCEサイドは、小林が記録上大差で勝利している事などを考慮して、このような判定を下したのであろうが、もしこれが判定に厳しい「フードバトルクラブ」ならば、かなりの確率で失格を覚悟しなければならないところであったはずだ。まさに危機一髪という状況だったのである。
 ……同じファウルでも、これが実力で劣る選手がイチかバチかの挑戦をした挙句のファウルならまだ良い。しかし小林のファウルは、今回の件も含めて、やらなくても良い場面で犯すファウル(またはその未遂)が多いのだ。恐らくこれは、常に限界に挑む事を旨とする彼のポリシーの現れなのであろうが、それで積み上げて来たものを失ってしまっては何にもならない。今はまだ深刻な結果に結びついてはいないが、このままの危うい競技スタイルを維持していこうとすると、近い内に破綻が訪れるだろう。それが果たして、プロ選手として相応しい事なのだろうか? せめて、少しは食べ方の改良くらいは挑んでみてもよいと思うのであるが──。

 総合レイティング値では小林尊に及ばなかったものの、国内メジャータイトル4連覇の偉業を成し遂げて、最強の王者の名を欲しいままにするに至ったのが白田信幸であった。
 彼の体のパーツのことごとくがフードファイトに適応したものであるという事は、これまでも再三述べてきたが、彼の“最大”の武器は、スプリント系競技でも絶大なる威力を発揮した。いや、これまで使いこなせていなかった力を使えるようになったと言うべきだろうか。
 「フードバトルクラブ3rd」の1stステージ・寿司40カン早食いにおいて、白田はそれまで同種の競技では無敗を誇った小林尊を僅差ながら粉砕。ついに早食い系、大食い系両方の競技で小林越えを果たしたのである。
 その時のタイムは36秒14。1皿(2カン)あたりの平均タイムは1秒81という、文字通り破格の好記録であった。そしてその記録を支えたのは、これまでの競技生活で鍛えられた一流の嚥下力もさることながら、一度に寿司8カンまで納められるという彼の大きな口であった。これは現行の「口に納めた時点で完食とする」というルールが存在する以上、決して揺るがないアドバンテージである。
 これを「不公平だ」と言う事は簡単だが、これをリーチが長いボクシング選手や、ジャンプ力の優れたバスケットボール選手と同じ事だと考えたらどうだろうか。そう、白田はフードファイトに冠する天賦の才能を持って産まれて来た男である、ただそれだけの事なのである。
 これで国内のメジャータイトルを独占した白田は、大食い系競技会の集中する秋シーズンで、空前絶後のメジャータイトル7連覇に挑む。現在、フードファイトに集中できる環境に居ないことだけが不安材料だが、それも卓越した技術と才能でフォローしてくれるだろう。

 さて、“2強”の前に圧倒される形になってしまったが、3番手以下の選手たちも着実にレヴェルアップを果たして奮闘している。
 早食い系スペシャリストの第一人者である山本晃也は、寿司やカレーライスといった早食い系競技定番の食材で次々に好記録を連発した。小林、白田の牙城を揺るがすまでに至らないのがもどかしいが、実力そのものは着実にスケールアップしている。
 高橋信也は、「フードバトルクラブ3rd」決勝での消極的な戦いで大いにミソをつけたものの、並み居る強豪を抑えて結果を残しているのだから、もっと自分を評価して良いはずだ。彼の課題は“脱・バイプレーヤー”。そのためには何よりもアグレッシブさが欲しいところである。
 引退を撤回して「フードバトルクラブ3rd」に出場した射手矢侑大の頑張りも評価できるものであった。苦手としていたスプリント系競技での善戦健闘は、さぞかし自信になっただろう。魔が差したようなファウルで勿体無い事をしたが、その悔しさを秋シーズンに繋げて欲しいと思う。大食い系競技では、唯一、白田と互角に争える実力があるだけに期待大だ。
 あと、成長度が目立った選手を挙げるならば、小国敬史立石将弘も該当するだろう。胃容量が“割れて”しまっている立石はともかく、小国には大食い系競技に対する未知の魅力もある。
 そんな中で、一抹の寂しさを覚えたのは新井和響の大不振であった。大食い系競技の集中する秋シーズンでの活躍は望めないため、リベンジの機会は最短でも年末の「フードバトルクラブ・キングオブマスターズ」での話となる。果たしてその時の彼はどのような姿を我々の前に見せてくれるのであろうか?

 一方、土門健らの登場で話題を呼んだ早飲み系競技とは対照的に、早食い系競技においてはルーキーが大不作であったと言わざるを得ない。
 「フードバトルクラブ3rd」では、ある程度の記録を残して56.5のレイトを獲得したヒロを除いては軒並み“素人大食い自慢”の域を越えなかったし、「大食い選手権」の新人戦でも、名古屋予選第1ラウンドで1.6kgの天むすを8分で完食した通過者5名が、それぞれ56ポイントを獲得したのみに終わった。これはネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権の予選会が開かれなかった影響や、前年の2001年デビュー組が大豊作だった反動が出ているのだと思われるが、それにしても寂しい限りであった。
 ただ、その代わりと言っては何だが、大食い系カテゴリの方ではスーパールーキーと呼んで良い逸材が登場した。これはまた、次回の解説文で紹介しよう。

 最後に外国勢。「フードバトルクラブ」の外国人招待枠が消滅したため、国内における外国人の活躍は見られなかった。だが、それでもネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権において、中嶋広文・新井和響全盛期の世界記録に相当する好記録をマークしたエリック=ブッカー(記録26本)とオレッグ=ツォルニツキー(記録25本1/2)が現れて、アメリカにおけるフードファイトのレヴェルアップが窺えたのは収穫だった。いずれ、彼らのような実力者の何人かが日本のメジャー大会に逆上陸して来る日も近いであろう。


 以上、「早食い・スプリントの部」をお送りしました。次回は大食い系競技のレイティング「早大食い・大食いの部」をお送りします。お楽しみに。(次回へ続く) 

 


 

7月30日(火) 教育実習事後指導(教職課程)
「教育実習生の内部実態」(8)」

 これまでのレジュメはこちらからです。↓
 第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回


 ……さて、今回は駒木の授業実習体験、そして担当教諭からのダメ出し体験のお話をしてみましょう。

 以前から色々な講義でお話しておりますように、駒木は教育実習の時点で、既にキャリア3年のアルバイト塾講師でありました
 自分で言うのもアレなのですが、キャリア3年ともなれば「桃栗3年」でありまして、とりあえずは塾の中でも講師として一人前扱いしてもらえるくらいの技量が身についています。教員免許はありませんが、「無免許運転、3年やってりゃ上手くなる」みたいなもんです。

 そんなわけで、他の実習生にとっては泣きを見るほどの試練である授業実習も、教壇に立って喋ったり板書する事だけに限って言えば、駒木にとってはそれほど大した苦労ではありませんでした
 確かに慣れないシチュエーションに少しは緊張もしますが、それでも新人講師の頃に先輩講師や上司10数人の前で模擬授業をやらされた時の恐怖と比べると雲泥の差。駒木はすっかりリラックスした態度で、淡々と授業をこなしたのでした。
 そうやって、なかなかの授業内容に我ながら満足していた駒木だったのですが、さすが担当教諭のT先生、駒木が授業の“イロハ”をマスターしているのを察知するや、すかさず“ニホヘ”を要求して来たのでした。

 「えー、細かい事ばかりで恐縮なんですが……」

 T先生は恐縮した口調でこのような前置きをすると、次から次へと上級編のダメ出しを連発なさいました
 そのダメ出しの内容は、駒木が授業中に喋った世界史の話全般について。少しでも誤りを含んだ部分や、誤解を招く恐れのある部分は片っ端から指摘を受けました。しかもこれがまぁ、出て来る出て来る。いかに駒木の知識が不足していて、それをハッタリで誤魔化して授業をしていたか、嫌でも気付かされる事になりました。

 こうなれば、駒木の目標は「めざせ! ダメ出しゼロ」であります。50分間の授業に耐えうるだけの大量かつ正確な知識を求めて、連日複数の本屋を彷徨い歩くことになりました
 しかし、ここでまた駒木の前に立ちはだかる高い壁。本がいちいち高すぎて買えないのです。いや、当時の経済状況を考えると、安くたって大変でした。何しろ当時の駒木は、まだギャンブルが「下手の横好き」だった頃で、なけなしのバイト代の大半を競馬と麻雀で失っている情けない状況だったのです。
 ですから、いくらT先生に「塩野七生さんの『ローマ人の物語』は参考になりますよ」と言われても、ハードカバーで1冊3000円だの4000円だのする本など買えるわけがありません。結局は全て立ち読みで済ませるという力技に走るしかありませんでした。「毎日足が棒になるまで頑張りました」と言っても、頑張るベクトルが明らかに別方向の日々全国のラーメン食べ歩きを、食い逃げだけで達成しようとするみたいなものです。

 それでも苦労の甲斐あってか、日を追うごとにT先生からのダメ出しは減っていきました
 ただそんな中でも、吉村作治教授のクレオパトラにまつわる本を読んで、そこから得た知識をそのまま授業に使ったところ、T先生から「それは違います」とダメ出しを受けてしまい、「この墓荒らしめ、ピラミッドの角で頭カチ割ったろか!」……などと殺意を抱いてしまった事もありました。
 駒木ハヤトは、吉村作治の教授昇進に最後まで抵抗した大槻教授を応援しています。

 

 ……結局、駒木がダメ出しゼロを達成したのは一番最後の授業の時でした。今から思えば、これはT先生が駒木にくれた“卒業証書”だったのかも知れません。

 さて最後に、世界史の授業に関しては一切の妥協を許さないT先生ならではのエピソードを1つ
 世界史の知識不足に喘ぐ駒木が、T先生に、
 「世界史の知識を身に付けるためにはどうすれば良いですか?」
 と、質問したところ、T先生からサラッと返って来た答えはこうでした。

 「とりあえず、通史のシリーズ(『世界の歴史』全24巻みたいなヤツ)を3種類読破して下さい。それで知識のバックボーンが出来ますから」

 駒木がこのアドバイスを実践するのに丸2年かかりました(何しろ、3シリーズ合わせて70冊ありますので)。そのおかげで採用試験1次通過も果たしたりしたので、アドバイスに従って良かったと思っているのですが、ただ、この話を他の世界史の先生に話すと、その度に引き攣った笑みを浮かべられるんですが、何故?

 ひょっとして自分は、ガチンコファイトクラブから世界チャンピオンを目指すような事してないか? ……などといった疑問を抱きつつ、次回に続きます。
 次回はいよいよ最終回。実習最終日の出来事についてお話したいと思います。(次回へ続く) 

 


 

7月29日(月) 文化人類学
「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(1)〜早飲みの部」

 今日から週1〜2回ペースの不定期で、「2002年度・フードファイター・フリーハンデ中間レイト」をお送りします。

 この企画は、今年の2月にお送りした「2001年度・フードファイター・フリーハンデ」の続編にあたるもので、本来、競走馬の客観的な絶対能力比較に使用される「フリーハンデ」を、フードファイター(早飲み、早食い、大食い選手)の能力比較に応用しようとする試みです。
 詳しい事は、「2001年度フードファイター・フリーハンデ」ハンデ一覧表)を実際に読んで頂く方が早いのですが、時間の無い方のために、ここでも簡単に説明しておきましょう。

 まず、元々の「フリーハンデ」とは、その能力比較をしたい競走馬たちを、とある条件で全て同時に走らせた場合、ゴール前で全馬が横一線になるにはどうすれば良いのかを想定して各馬に負担重量を設定し(例:芝2400mでのハンデ…馬A:61kg、馬B:59.5kg、馬C:57kg)、その数値の高さで各馬の能力を測定・比較できるようにするものです。
 この「フリーハンデ」は、同じ条件で凌ぎを削った競走馬同士の実力比較だけでなく、活躍時期の違いや得意とする条件の違いにより直接対決が不可能な馬同士でも、その数値の高さによって実力比較が可能であるという利点があります。
 よって、この「フリーハンデ」をフードファイトに適用する事で、同じ年に活躍した早食い系選手と大食い系選手の実力比較や、直接対決の無い「大食い選手権」系選手と「フードバトルクラブ」系選手との実力比較、さらには昨年の活躍選手と今年の活躍選手との能力比較が可能になるわけです。

 ──というわけで、この企画の内容、及び意義がご理解頂けましたでしょうか?

 それでは、以下に「フードファイター・フリーハンデ(以下:FFフリーハンデとする)」を編集するにあたっての規定を記しますので、あらかじめよくお読み下さい。

 

◎数値は本家の「フリーハンデ」に倣って、競走馬の負担重量風のものを使用します。重量の単位は、最近ではポンド換算が主流ですが、ここでは旧来のキロ換算の数値を使用します。ただし、競馬と違って、キロという単位に意味は有りませんので、「〜ポイント」と呼ぶ事にします。数値は0.5ポイント刻みです。
 ポイント設定の大まかな目安としては、
 ・50ポイント……フードファイター(選手)と、大食い自慢(一般人)との境界線
 ・60ポイント……「フードバトルクラブ」「大食い選手権(オールスター戦)」決勝進出レヴェル
 ……と、します。ちなみに、常識外れのビッグパフォーマンスが無い限り、65ポイントを超える事は有りません。
(逆に言えば、65ポイントを超えると、普段から一般人離れしているフードファイトの世界においてでも、常識から外れた物凄いパフォーマンスという事になります)

 また、選手間のポイント差については、
 ・0.5ポイント差……ほとんど互角だが、僅かに優劣が生じている状態
 ・1ポイント差……優劣が生じているが、逆転可能な範囲
 ・2ポイント差以上……逆転がかなり困難な差

 ……と、解釈してください。

◎今回の「FFフリーハンデ・中間レイト」の対象となる競技会は、以下の通りです。
 ・「フードバトルクラブ3rd ザ・スピード」
 ・「TVチャンピオン・全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦」(本戦および地方予選)
 ・「『なにコレ!?』なにわ大食い選手権」
(全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦・近畿地区予選)
 ・ネイサンズ・国際ホットドッグ早食い選手権

 

最終的に各選手に与えられるポイントは、「FFフリーハンデ」対象競技会における、ベストパフォーマンスの時の数値を採用します。
 そのため、直接対決で敗れている選手の方が、「FFFハンデ」では高い数値を得ている場合もあります。その場合は、敗れた選手が他の競技会で、よりレヴェルの高いベストパフォーマンスを見せた、ということになります。

◎ハンデは以下に挙げる7つのカテゴリに分けて設定します。
 瓶早飲み/ペットボトル早飲み(以上、食材が飲料の競技)/スプリント(5分以内)/早食い(5〜15分)/早大食い(15〜30分)/大食い45分(30〜59分)/大食い60分(60分以上)(以上、食材が食べ物の競技)

最終的に各選手へ与えられるポイントは、7つのカテゴリの中で最高値となったポイントを採用します。
 
これにより、早飲み選手、早食い選手、そして大食い選手との間での、間接的な能力比較が可能になります。

◎他、細かい点については、その都度説明します。

 

 ──それでは、今日はこれから「瓶早飲み」と「ペットボトル早飲み」のフリーハンデ及びその解説を掲載します。なお、解説文中では、人物名を敬称略、文体を常体に変更してお送りします。


 

「2002年度・FFフリーハンデ・中間レイト」
〜瓶早飲みカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
64 白田 信幸
62.5 小林 尊
62 射手矢 侑大
  62 山本 晃也
61.5 ヒロ(安田大サーカス)
  61.5 土門 健
  61.5 駿河 豊起
61 渡辺 剛士
59.5 新井 和響
10 59 植田 一紀
11 58.5 高橋 信也
  58.5 立石 将弘
13 58 青木 健志
  58 渡辺 勝也
15 57.5 山根 優子
16 57 木村 登志男
  57 柴田 綾太
  57 加藤 昌浩
19 56.5 高橋 明子
20 56 小国 敬史
21 55.5 渡辺 高行
  55.5 渡辺 宏志
  55.5 三井田 孝敏
  55.5 福元 哲郎
  55.5 山形 統
  55.5 平田 秀幸
27 55 関 絵梨

 ※主な競技結果※

FBC3rd プレステージ

ハンデ(上位5名)
()は他競技での最高値

選手氏名
63(64) 白田 信幸
62.5 小林 尊
62 射手矢 侑大
62 山本 晃也
61.5 ヒロ
FBC3rd 
決勝第8ラウンド・牛乳ステージ
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
64 白田 信幸

 

〜ペットボトル早飲みカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
66.5 土門 健
63.5 加藤 昌浩
63 山本 晃也
  63 ヒロ(安田大サーカス)
  63 小林 尊
62.5 渡辺 勝也
61 渡辺 剛士
60.5 高橋 明子
60 小国 敬史
  60 白田 信幸
11 58 青木 健志
12 54 駿河 豊起

 ※主な競技結果※

FBC3rd・1stステージ・ペットボトルの部

ハンデ(上位5名)
()は他競技での最高値

選手氏名
66.5 土門 健
63.5 加藤 昌浩
63 山本 晃也
63 ヒロ
62.5 渡辺 勝也
FBC3rd 準決勝第1試合
第2ラウンド(ペットボトル)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
62(63) 山本 晃也
60 白田 信幸
FBC3rd 
決勝第3ラウンド・水ステージ
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
63 小林 尊

 

 早飲み系競技が初めてメジャー級のフードファイト競技会に採用されたのは、昨年末の「フードバトルクラブ・キングオブマスターズ」だった。しかし、その時の早飲み系競技の位置付けは、まだ早食い系・大食い系競技の補助的な役割に過ぎず、早飲みだけに長けた選手が活躍できる余地は与えられていなかった。

 だが、事態はわずか4ヶ月で急転を迎えた。
 今春に開催された「フードバトルクラブ3rd ザ・スピード」では、予選に純粋な瓶早飲み競技を採用し、本戦に入ってからも、早飲み系競技を勝敗の重要なポジションになるようなレギュレーションに設定したのである。
 これにより、早飲みのスペシャリストに早食い系・大食い系の選手を破るチャンスが与えられる事になったし、逆に、これまで活躍して来た早食い系・大食い系選手たちにとっては、早飲み系競技を克服しない事には成績上位が望めないという事になってしまったのである。それは間違いなく、フードファイト界の大変革であった。

 もともと早飲み系競技は、早食い系・大食い系競技とは求められている能力が全く違う。それ故、これまでのレギュレーションでは台頭しようにも出来なかった早飲み系の選手たちが、この「フードバトルクラブ3rd」で多数“発掘”される事になったのである。
 彼らは自分たちの土俵から離れると途端に脆さを露呈してしまったが、純粋な早飲み系競技では無類の強さを発揮し、これまで第一線で活躍していたフードファイターたちを次々と破っていった。
 しかし、まだフードファイト界には「フードファイト=大食い、早食い」という認識が根強いし、「フードバトルクラブ3rd」のレギュレーションも、準決勝・決勝では早食い系選手が有利なものとなっていた。そのため、いくら早飲み競技でスペシャリストたちが活躍しても、十分な評価が与えられないというのが現状である。
 とはいえ、早飲み系競技には、早食い系・大食い系の競技に比べて危険性が少なく、また「食べ物を無駄にしている」という批判にさらされ難いという長所がある。そのため、早飲み系競技が今後さらにフードファイト界での地位を向上させていく可能性は十分にあるわけで、それを考えると、「早飲み系競技はフードファイトではない」…などといった偏見は無くしておくべきだろう。勿論、この「FFフリーハンデ」では、早飲み系競技は他の競技と全く対等のものとしてレイティングを行っている。

 

 さて、そんな時代の要請によってフードファイト界に現れ出でた多くの早飲み系スペシャリストの中で、早くもフードファイトの歴史にその名を残す大偉業を達成する者が現れた。土門健である。
 彼は他の早飲み系スペシャリスト選手と同様、これまで全くフードファイトの世界と無縁であったのだが、「フードバトルクラブ3rd」が早飲み系選手を大々的に公募したのを機に、自らの足を大舞台へと踏み入れたのだった。
 まず土門は、予選のコーヒー牛乳180ml瓶10本タイムアタックを100名中6位という好成績で通過した。この瓶早飲みという競技は、才能よりも練習量がモノを言う競技であると言われており(事実、土門より上位にランクインした選手は、十分に準備期間を置いて訓練を積んだトップ選手たちと、早飲み芸を生業としている芸人のヒロであった)、それを考慮すると、土門の予選6位という成績は、この時点で考え得る最高の成績であっただろう。
 そして、本戦1stステージの第1ラウンド・ペットボトル1.5L早飲みタイムトライアルにおいて、土門が秘密裏に育て上げていた自らのポテンシャルを、一気に開花させることに成功した。
 土門は、1回目の試技こそ飲みこぼしでファウルにしたものの、2回目の試技では、独自で開発した完全オリジナルのペットボトル捌きを披露して、なんと4秒88というとんでもない新記録を叩きだしたのである。昨年末時点での大会記録が山本晃也の14秒43であったから、実に10秒弱の記録更新ということになる。陸上の100m走で言えば、いきなり現れた新人選手が8秒台を記録してしまったようなもので、まさに常識外れのビッグ・パフォーマンスであった。実は、このタイムトライアルでは、土門が2回目の試技を行う前に11秒台の新記録が誕生していたのだが、この4秒台の記録の前には余韻も含めて何もかも吹き飛ばされてしまった。
 この土門のスーパーレコードの秘密は、やはり何より彼が独自に開発した、“土門スタイル”とも言うべきペットボトル捌きテクニックである。
 「フードバトルクラブ」で採用されている1.5L入りペットボトルは、よく我々が目にする清涼飲料用のものではなくて、醤油などの調味料を入れる柔らかめの物である。このボトルは確かに扱いやすいのだが、中身を飲みすすめていく内に“吸い潰されて”しまい、最後の方になると思うように内容物が吸い込めないという構造的な欠点があった。
 だが、土門はこの欠点を“コロンブスの卵”的な手法で克服する事に成功した。
 彼の“土門スタイル”は、まず瞬間的にペットボトルを吸い潰すまで中身を喉に流し込んだ後、今度は潰れたペットボトルに息を吹き込んで一気に膨らますのである。こうすることによって、終盤の効率の悪さが解消されて大幅にタイムロスを解消する事が可能になる。短縮された10秒弱の内、その半分以上は“土門スタイル”の恩恵であり、それは土門の2回目の試技の後、見様見真似で“土門スタイル”に挑んだ選手たちが大幅な記録短縮を果たした事からも証明されている。まさにこれは、かつて中嶋広文が発明したホットドッグ早食いテクニック・“トーキョー・スタイル”に並ぶ、フードファイト界屈指の大発明であると言えよう。
 しかし土門の才能は“土門スタイル”の発明だけに留まらない。彼は、自らが発明した“土門スタイル”の利点を活かすために必要な才能をも持ち合わせているのである。
 先程から説明している通り、この“土門スタイル”は従来のペットボトル早飲みで生じていたタイムロスを無くし、ボトルの中身を5秒弱で一気に体内へ流し込む事を可能にしたものである。が、それは逆に言えば、1.5Lもの大量の液体を一気に飲み込むだけの能力が無ければ“飲みこぼし→ファウル”という事になってしまうわけで、決して万能の武器ではない。安全に記録を残したいのであれば、“土門スタイル”はむしろ危険とも言える諸刃の剣なのだ。
 その点土門は、一気に1L近くをボトルから吸い込んでしまう桁外れの肺活量と、それを受け止めるための、喉を完全に開いてしまう技術を兼ね備えていた。これによって、彼の“土門スタイル”は初めて無敵の武器たりえたのである。他の選手たちが見様見真似で“土門スタイル”に挑んだところで、土門の記録を脅かすことすら出来なかった理由はここにあった。土門は二重の意味で天才である。1つは“土門スタイル”を確立した独創性において、そしてもう1つは、それを誰よりも活かしきる事のできる身体能力において。
 さて、これからの彼の展望であるが、早食い・大食い競技で素人同然と言う現状では、今のようレギュレーションで「フードバトルクラブ」が行われる限り、その制覇は極めて困難であろう。これは、土門とは全く逆のタイプ──早飲み競技が苦手な早食い・大食い系──の選手が「フードバトルクラブ」での活躍が困難となってしまったのと同じ事である。
 しかし、もしも早飲み系競技オンリーのメジャー大会が開催されたとすれば、間違いなく優勝候補の筆頭に挙げられるであろう。今後の彼とフードファイト界の動向にはしばらく目が離せない。

 そんな土門健のセンセーショナルなデビューに、やや影が薄くなってしまったが、早食い系・大食い系の選手たちの中にも、いち早く早飲み競技に適応し、好パフォーマンスを見せつける選手も少なからずいた。
 その代表的な存在は、やはり国内メジャー大会4連覇を果たした“無敵の巨人”白田信幸だと言えるだろう。
 初めは大食い系選手として表舞台に立ち、その後は徐々に早食い能力を伸長させて、遂には早食い系タイトル・“スピードマスター”まで手にしてしまった白田であるが、彼はまた早飲みでも偉大な存在に登りつめることになった。
 彼は昨年末の「フードバトルクラブ・キングオブマスターズ」でペットボトル早飲みにも一定の適性を示していたが、「フードバトルクラブ3rd」では瓶早飲み競技で抜群の才能を発揮し始めた。予選では他の有力選手のファウルに助けられた面はあったものの堂々のトップ通過で、決勝での900ml大瓶牛乳一気飲みでも小林尊、高橋信也を全く寄せ付けず圧勝した。ペットボトル早飲みでは、調整不足のために記録が伸び悩んだが、これも間もなく“土門スタイル”をマスターしてトップクラスへ踊り出てくるだろう。
 彼の早飲みにおいての武器は、瓶の中身を吸い込んで流し込む力と、その巨体に兼ね備えられた大きな口である。特に彼の口の大きさは900ml入りの大瓶の口を完全に覆ってしまえるほどで、これにより全く中身をこぼす恐れもなく、一気に内容物を体内に流し込む事ができる。コンマ数秒単位の争いとなる瓶早飲み競技において、このアドバンテージは非常に大きい。競技会のたびに思う事だが、本当に彼の体はフードファイトをするために生まれて来たような体である。
 彼の活躍と天賦の才については、またスプリント・早食いカテゴリの解説で述べることにしよう。

 人間と言うものは、ひょっとした弾みで隠されていた才能が表に出てくる事があるものだが、「フードバトルクラブ3rd」における加藤昌浩の“早飲み開眼”は、まさにそれにあたるだろう。
 加藤はこれまでも大食い競技を中心に活躍していたトップ級の選手であったが、早飲み系競技とは無縁の存在。今春の「フードバトルクラブ3rd」が“早飲みデビュー”となっていた。
 そんな加藤の予選結果は18位。本戦進出は勝ち取ったものの、記録ではトップ通過の白田信幸と12秒以上も離されており、調整不足が否めないところだった。
 しかし、1stステージの第1ラウンド・ペットボトル早飲みの最終3巡目に突如エントリーした彼は、見様見真似の“土門スタイル”を駆使して9秒台の好記録を叩き出してしまった。これで彼はこのラウンドを2位で通過。まさに値千金のグッドパフォーマンスであった。(追記:その後、指摘を頂きまして、ビデオで再検証しましたところ、加藤選手のスタイルは“土門スタイル”では無いものでした。訂正いたします)
 加藤の勝因となったのは、おそらく趣味のトライアスロンなどの運動で鍛えられた心肺能力であろう。どこで何が幸いするか、本当に分からないものである。
 これで加藤は大食い能力に加えて、もう1つの大きな武器を手に入れた。これを突破口にして、これからも第一線で活躍を続けて欲しいものだ。

 さて、ここで昨年度の「FFフリーハンデ」の「早飲みカテゴリ」で高いレイティングを獲得した選手たちの動向を俯瞰しておこう。
 まず、昨年度「早飲みカテゴリ」レイティング1位の山本晃也は、トップこそ守れなかったものの、大会前に入念なトレーニングを積んだ成果が現れて、瓶・ペットボトルの両方で相当の好記録をマークした。今後は、肺活量や喉を開くといった、通り一遍のトレーニングだけでは克服不可能な部分に苦しむ恐れはあるものの、それでもトップクラスの地位は維持し続けてくれるものと思う。
 小林尊も、昨年末よりは早飲み能力において着実な進歩をして来たものの、土門健や白田信幸らの牙城を崩せずに不本意な結果に終わった。その最大の敗因は、彼の最大の弱点であるファウルの多さで、「フードバトルクラブ3rd」でもどれくらいの好記録をファウルでフイにしてしまったか分からない。これだけ「フードバトルクラブ」などでもファウル規定が厳しくなってきている昨今、そろそろ彼もこの問題に目を向ける時が来ているのでなかろうか。小林のこのファウル癖に関しては、また「スプリント・早食いの部」の解説文で詳しく述べる。
 ところで、曲がりなりとも記録を伸ばして来た山本や小林と対照的に、伸び悩みを見せてしまったのが小国敬史だった。予選の瓶早飲みではボーダーラインスレスレの20位、そして1stステージのペットボトル早飲みでは記録を残した10人中8位に終わってしまった。もっとも、小国は早食い系競技の実力を伸ばしてきているので、今回は単に早飲み競技の調整が不足していたのかもしれない。だが、小国は元々早飲み競技で台頭してきた選手だけに、彼の伸び悩みに一抹の寂しさは拭えなかった。

 この他の若手・ベテラン選手たちの中では、見事に苦手の早飲みを克服した射手矢侑大や、以前から早飲みが得意であると公言していた駿河豊起が目立ったところだろうか。予選では高橋信也新井和響もある程度の記録を残して気を吐いたが、トップクラスとは水を開けられてしまう格好になった。

 話題をルーキーたちに戻そう。土門健ばかりが目立ってしまった感のある早飲み系スペシャリストのルーキーたちだが、それでも特筆すべき活躍を残した選手たちは他にもたくさんいた。
 中でも、元力士で現在早飲みを芸として活動しているコメディアンのヒロは、実力は勿論、その独特の容姿や持ち前の愛嬌もあって抜群の存在感を発揮した。彼は(残念ながら)タレントとしてはあまり知名度が高くなかったために大会前は全くのノーマークで、彼が好記録を叩き出すたびに場内は驚きに包まれたが、何のことは無い、普段の実力をそのまま発揮しただけであった。彼としては早飲みで準決勝進出を果たせなかった事は無念だろうが、その悔しさをバネにして、これからも“芸”に磨きをかけてもらいたいものである。
 この他、記録としては霞んでしまったが、“土門スタイル”が公開される直前にペットボトル1.5L早飲みで11秒台を叩きだした渡辺勝也、員数合わせのタレント出場者の中で唯一気を吐いた渡辺剛士、女性として始めて早飲みで60ポイントのレイティングを受けた高橋明子、さらに予選で高橋信也らを押しのけてベスト10入りを果たした植田一紀らが有力な早飲み系ルーキーだった。
 残念な事に、(土門健を含めて)彼らは早食い系競技では全くの実力不足で、現状のレギュレーションではメジャータイトル奪取が望める地位にはいないという事である。せっかく早飲み系選手でも飛躍の機会が与えられたのだから、彼らには早飲みの世界だけに安住する事無く、早食い・大食いの世界へと足を踏み入れる勇気を持ってもらいたいものだ。


 ……と、いうわけで今回は以上です。また次回の「スプリント・早食いの部」をお楽しみに。(次回へ続く

 


 

7月28日(日) 社会経済学概論
「セレクトセール2002開催(3・番外編1)」

 ここ数日、特編カリキュラムにより中断していたシリーズを次々と再開させているわけですが、この社会経済学概論もまた、2週間ぶりのシリーズ再開となります。
 未受講の方、講義の内容を忘れてしまったという方は、過去2回のレジュメ(第1回第2回)をご覧下さい。

 さて今回は、この講義の本筋から飛び出して、“オークション(セリ市)による投資にまつわる悲喜こもごも”を述べる予定だったのですが、採り上げる予定の題材について、講義に向けて下調べをしていたところ、その題材において行われる投資が、原則的にはオークション形式で行われる投資ではない事が判明してしまいました我ながら物凄い杜撰さだったと思います。申し訳有りません。

 ……で、どうしようかと(笑)。

 いや、本来はどうしようもクソもなくてお蔵入りなのですが、その題材、調べれば調べるほど当社会学講座の講義スタイルに合っていまして、お蔵入りさせるのは非常に勿体無いんです。それに、「投資による悲喜こもごも」という部分だけは、確かに前2回分の講義と関連性があるんですね。
 ──なので、思い切ってそのまま講義を進める事にしました。講義タイトルともこれまでの内容とも全く関わりの無い話になりますが、一種の番外編だと思ってもらえれば、と思います。要は、講義内容と関係の無い雑談だけで講義が終わってしまう…という、よく教室やキャンパスありがちな展開だと解釈して下さい。

 ──と、いうわけで話を始めます。
 今回、お話するのは外国映画の買い付けについてのお話です。

 先日、駒木は映画館で『少林サッカー』を観て来ましたが、この映画はご存知の方も多いように香港映画、つまり海外から日本に輸入された外国映画です。
 普段、駒木も含めて我々は、ごく当たり前のように外国映画を映画館で観ていますが、実は外国映画が映画館で公開されるまでには、小学校の理科教科書に載っている、「雨つぶぼうや、海までの旅」のような長い長い行程を辿って来ているのです。まずはそこからお話する事にしましょう。

 さてさて。受講生の皆さんは、よく外国映画の紹介で「○○配給」とか、「配給会社:○○」…などといった言葉が書かれているのを目にしませんか? 
 ほとんどの方は「あ〜、見た事ある」とお答えになるでしょう。しかし、この配給会社が何をする会社であるかをご存知の方は、果たしてどれくらいいらっしゃるでしょうか?
 実は、我々が日本で外国映画を観る事ができるのは、全てこの配給会社のおかげなのです。

 そんな配給会社の仕事はまず、外国映画を外国の製作者から日本での上映権やビデオ・DVDの販売権などの諸権利を買い付けるところから始まります。つまり、日本国内に限定はされていますが事実上の映画の買い取りですね。
 この買い付けは、得られる権利がデカい分だけ、そのお値段も大きいです。そしてそのお金を回収するには、日本の映画館でたくさんの人に見てもらって入場料金を稼ぎ、ビデオやDVDを買ってもらわなければなりません。もしも買い付けた映画が大コケした場合は、その会社はン千万から億単位の損害を負う事になってしまいます。
 ですから、買い付ける配給会社も必死です。良い映画、集客能力が高そうな映画を見つけようとして、世界中の映画祭やフィルムマーケットを飛び回ります
 しかし、黙っていても客が入ってビデオも売れるハリウッド系の外国映画は、既に本国の大手映画製作会社と直結している子会社や系列の配給会社(メジャー系と呼ばれます)が独占していますので、日本の配給会社はそれ以外の映画の中から、ハリウッド映画に対抗できるものを探し出してこなければなりません
 というわけで、この配給会社の買い付け担当者は、巨人やダイエーにドラフトの目玉選手を逆指名で根こそぎ奪われた後から将来有望な高校生を探し出さなければならない、広島東洋カープのスカウトのような存在と言えるでしょう。
 ちなみに、『少林サッカー』を買い付けた配給会社は、クロックワークスギャガ・ヒューマックス
 前者は激安価格で買い付けた『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』で大儲けをして会社の基盤を整えた新興配給会社、後者も『セブン』『グリーンマイル』などでヒットを飛ばして成長著しい新興配給会社です。やはり歴史の浅さゆえのフットワークの良さが、『少林サッカー』のような素晴らしいバカ映画を発掘・買い付けに至らしめた要因なのでしょう。

 そして、買い付け契約が成立次第、映画のフィルム(業界用語で『プリント』と言う)は海を渡って輸入されます
 しかしこの輸入の際には、非常に煩雑な事務処理が発生するらしく、いくら日程的に余裕を取っていても、気が付けば試写会ギリギリ、なんてことも頻繁にあるそうです。何だか、テレビ東京のアニメみたいな話ですね。
 また、この際に税関のチェックを受けますので、日本の法律上、公衆の面前に晒してはいけない部分はここで修正を入れられます。その修正たるや杓子定規で厳しいものですが、それでも時々、股ぐらにぶら下がった皮付きフランクフルトが修正されずに税関を潜り抜けてしまって論議を呼ぶ事があります
 
 そうして、アレとかナニとかにボカシを入れたところで、ようやく翻訳作業&字幕入れが始まります。戸田さんの出番なわけですね。
 しかし、先ほども述べました通り、スケジュールがギリギリのカツカツであることもしばしばですので、かなり余裕の無い状況で字幕が入れられる事も、ままあるようです。
 そして、その翻訳にしても、ただ直訳すれば良いわけではありません
 字幕がスクリーンに映っている時間から計算して決められた字数制限がありますのでトルシエの通訳はこの時点でアウトですし、外国流のジョークやダジャレを日本流のそれに言い換えるという難儀な作業も待ち構えています。
 この作業がどれくらい難しいかというと、話は逆になりますが、「痔持ちの偉いさんが7人集まって会議を開いたんだよ。これ、痔セブン(G7)て言うんだよ」……という、ケーシー高峰師匠の必殺ギャグを英語やフランス語に翻訳する難しさを考えてみれば、よく理解して頂けるのではないかと思われます。
 ──と、こうした無理難題をクリアして翻訳が終了した時点で、ようやく晴れて完成品となります。しかし、まだ映画を劇場で公開するまでのハードルは残されています。そう、映倫です。

 映倫…つまり、映画の内容を倫理的な観点からチェックするこの団体は、実は業界の自主規制団体であり、法的な拘束力はありません。(外国映画の場合、法律上のチェックは既に税関でクリアしていますし)
 しかし、日本の主要な映画館は“全興連”という団体に加盟しており、なおかつこの団体は映倫通過作品しか上映してはいけないという内規があるそうなのです。なので、映画の興行収入で利益を上げようと思ったなら映倫を通過させておかなければならないのです。
 最近たまに見られる、“R15指定”(=15歳未満鑑賞禁止)“R18指定”(=18歳未満鑑賞禁止、X指定とも言う)などのレイティングをつけるのも映倫です。『バトルロワイヤル』をR15指定にして、映画の存在価値そのものを葬り去るという荒業をカマして顰蹙を買ったのは記憶に新しいところであります。
 ただこれも、厳しすぎるアメリカのレイティングに比べるとまだマシかも知れません。日本の名作アニメ『もののけ姫』は、アメリカではR指定(=日本のR15指定)ですし、余程の人畜無害映画で無い限りは、「12歳未満の子供は保護者同伴推奨」という“PG12”がついたりします。ちなみに「ピージー12」と発音します。ここで「ペログリ12」と読んでしまうと、田中康夫が12発ヤッたことになってしまうので注意が必要です。

 ……と、ここまで紆余曲折を経て、ようやく劇場公開の準備が整った事になりますが、ここでようやく配給会社の本業である“配給”の仕事になります
 “配給”とは、そうやって買い付けて輸入して翻訳して映倫に見てもらった映画を、映画館に上映してもらう契約を結ぶ事。つまり映画館に映画フィルムを配給するわけです。
 先ほども述べましたが、買い付けた映画代金を回収するためには映画館でたくさんの人に入場料金を払って観てもらわないといけませんから、資金回収のためにはより多くの映画館で上映してもらう必要があるわけです。しかし、入場料収入で食っているのは映画館の方も同じなわけで、どうせ上映するなら『スターウォーズ』などの客を呼び易い映画を上映したいのが本音。日本の配給会社が買い付けてきた、ヒットするかどうか怪しい映画を上映したがる映画館はあまり多くありません。ですから、ここから配給会社の血のにじむような営業活動が展開される事になります
 ただ、中には買い付け値段の比較的安い映画を専門に扱う小規模な配給会社もあり、そんな会社、都市部の小さな映画館のみに配給して、その買い付け値段なりの利益を追求する場合があります。これがいわゆる単館上映と言われるものです。この講義の本題である競馬で喩えるならば、トレーニングセールで200万程度で買い叩いた馬を地方競馬で走らせて細々と数十万単位の賞金を稼ぐようなものですが、稀にこういう映画が大ブレイクを果たしてしまう事もあります。ただ具体的な話は、講義も長引いてきましたので次回の講義に回す事にしましょう。

 と、こうして上映する映画館も決まったところで、次は宣伝活動です。広報の仕事も配給会社が受け持つんですね。本当に色々な仕事をやらされるものです。便所用の柄付きタワシを作ってる会社が、便器とウォシュレットもまとめて作って出荷しているようなもので、本当に頭が下がります。
 宣伝活動として真っ先に思い浮かぶのは、「タモリ倶楽部」に出演して底抜け脱線ゲームに参加……ではなくて、試写会ですね。あれはマスコミに対するパブリシティに加えて、口コミで映画の良さを広めてもらうという目的があるわけです。
 試写会の中には、力と金を注いで有名な映画評論家などをゲストに呼ぶ場合
もありますが、下手に浜村淳先生などを呼んでしまうと、映画上映前に3時間半にも及ぶ映画内容の99%までを喋られてしまって、結局は逆効果になってしまったりするので注意が必要です。
 この他、大枚を叩いてTVコマーシャルを打ったり、雑誌にPR記事を載せてもらったりするのも宣伝活動の一貫ですね。

 そうやって万事を尽くしてついに劇場公開の時がやって来ます。やっと投資したお金を回収する時なのですが、やはりというか、ここから更に厳しい現実が待っています
 もしも上映した映画が客入り好調であれば問題が無いのですが、公開間もなくから客席スカスカという映画も結構な数に上ります。メジャー系の映画でも、「かかったお金30億、入った観客30人」…などという惨事が発生したりするくらいですから、その他の映画の行く末となると推して知るべしです。
 映画館も入場料で食っているというのは先述しましたよね。だから客入りが悪い映画を抱えてしまった映画館は、できるだけ早く、他の客入りが望めそうな映画を上映したいと思うようになります。つまりは上映打ち切りです。一概には言えないそうですが、初日の客入りが悪いと、その時点で短期間での打ち切りが確定するそうで、まさにマンガ界で言うジャンプシステムそのものですね。
 もちろん、上映が短期間で打ち切りの憂き目に遭うと、配給会社は大損害です。だから配給会社はここまで必死に頑張ってきたわけなのですが、それでも必ず報われるとは限らないのがこの世界の悲しさのようです。

 劇場公開が終わると、映画館と入場料金の分配をして、今度はビデオやDVDの販売をすることになります。中にはビデオなどの販売権(二次使用権)を売りに出して手堅く資金を回収する場合もあるそうですが、どちらにしろ、ヒットした映画では大儲けできて、大コケした映画では傷口に塩を刷り込まれるケースが多いようです

 

 ……とまぁ、これが外国映画に資金が投資されてから、それを回収するまでのお話だったわけですが、いかがだったでしょうか?
 外国映画の投資というモノが、いかにバクチであるかがよくお分かり頂けたと思います。この辺り、まさにサラブレッドの購入と賞金での資金回収のエピソードと重なる部分も多く、非常に興味深いところです。

 ところで、この外国映画の配給会社の中で、歴史に残る大コケと大ヒットを立て続けにやってのけたという、非常に珍しい会社があります。
 次回もこの番外編の続きとして、外国映画投資の醍醐味を皆さんに知ってもらうために、そんな1つの映画配給会社のお話をしてみたいと思います。それでは、次回に続きます。ではでは。(次回へ続く

 


 

7月27日(土) 競馬学特別講義
「目指せ回収率アップ! 馬券学基本講座(1)」

駒木:「さて、今週から毎週土曜日の競馬学講義を復活させる事にするよ。……と、いうわけで、珠美ちゃんも今週から競馬学講義のアシスタントに復帰ということになるね。」
珠美:「ハイ。皆さん、これからもよろしくお願いします♪」
駒木:「で、今週からの講義なんだけれども、僭越ながら馬券についての基本講座をやらせてもらう事になったんだ。
 本当は僕みたいなダメ講師が引き受けちゃいけないようなヘヴィーな講義なんだけれども、『回収率75%を割っている人が、できるだけイーブン、つまり回収率100%に近づけるようにする』…というコンセプトの講義にすることを条件に引き受けさせてもらったんだ。
 これならハードルも低いし、意外と実用性がある内容にする事が出来るからね。負け額が月1万円、年12万円減るだけでどれだけ生活が楽になることか」
珠美:「そうですよねー(実感込めて)。私、バーゲンじゃない時でも、気に入った洋服とか靴を衝動買いしてみたいです(苦笑)。他にも色んなことが出来るかと思うと、もう……!(拳を握り締める)」
駒木:「(笑)。あ、そうか、この講義の企画は、もともと珠美ちゃんが僕に相談して来たところから始まったんだよね」
珠美:「そうなんです(苦笑)。私、この社会学講座の助手に就かせていただいてから、博士からアドバイスもあって、馬券の収支をつけ始めたんですね。でも、そうしたら回収率(総払戻し金額/総投資額)の悪さが嫌と言うほど分かってしまって、ビックリしちゃったんです。
 いくらかの額を負けてるっていう自覚はあったんですけど(苦笑)、でも、それなりの回収率は維持できていると思っていたんでショックを受けちゃいまして……」

駒木:「えーと、珠美ちゃんの回収率はどれくらいなんだっけ?」
珠美:「えーと、60%弱ってところでしょうか。特に最近はG1レースの勝率が悪くて(苦笑)」
駒木:「なるほどね。確かに60%切ると、ちょっと頭抱えたくなるよね。しかし、よく頑張って収支をつけていたよなぁ。普通の人なら絶対投げ出してるよ(笑)」
珠美:「本当は投げ出したかったんですけど、『投げ出したら博士に絶対叱られる』と思って頑張ってきたんです(苦笑)」
駒木:「おいおい、受講生の皆さんが誤解するような事を(苦笑)。あ、でも、投げ出してたら絶対叱ってたかな(笑)。
 まぁでも、もう大丈夫。珠美ちゃんくらい競馬を熱心に勉強してる人が今回の講義の内容を実践できれば、必ず回収率は最低でも80〜90%まで上がるから」
珠美:「本当ですか!?」
駒木:「本当だよ。しかし、力入ってるね(笑)。何か買いたい物でもあるのかな?」
珠美:「実は付属高校時代の同級生と、今年の冬に卒業旅行へ行くんです。私は飛び級進学で2年早く卒業しちゃったんですけど、旅行は一緒に行こうって前から約束してて……」
駒木:「へぇ〜。どこへ行くの?」
珠美:「年末の香港国際カップ見学ツアーです(笑)」
駒木:「(爆笑)。女子大生の卒業旅行で行くところじゃないよ、それ(笑)。でもまぁ、仁経大らしいと言えばらしいけどねぇ」
珠美:「旅行費用は今のままでも何とか捻出出来そうなんですけど、このままだと向こうに行ってからのお小遣いが…(苦笑)。なので、今からしっかり勉強して、冬までには少しは貯金しておこうって、そう思ってるんです。だから今日は助手というより受講生代表みたいなものですね(笑)」
駒木:「了解。それなら遠慮なくビシビシ行かせてもらうよ。覚悟しておいてね。
 えーと、この競馬学特別講義は今日と来週の2回シリーズで、今回は“基礎編”で、次回は“実戦編”という事にさせてもらうよ。
 今回の“基礎編”は、回収率アップを目指す人全てに実践してもらいたい基礎的な馬券戦術や心構えをレクチャーするつもり。どれも地味で楽じゃない事ばかりだけど、大切な事ばかりだから是非参考にしてもらいたいと思うんだ
 そして次回の“実戦編”では、“本命党”とか“穴党”とか言われている馬券戦術のスタンスごとに、実戦に即したいくつかのアドバイスをさせてもらおうと思っている
 ただ、誤解して欲しくないのは、今回の講座は『馬券で勝つための必勝法講座』ではなくて、『馬券の負けを減らすための経費節減講座』なので、それだけは分かっておいて欲しいんだ。
 何しろ日本の馬券っていうのは、普通に賭けてたら、100円投資して75円弱しか返って来ないシステムになっている。こんな暴利なシステムでコンスタントに勝つなんて神業に近いんだよ。悪いけど、僕の馬券の腕前ではそこまで面倒見られない。ヒントめいた物は提供できるとは思うけど、必勝法は期待しないで欲しいんだ。
 ……と、いうわけで、それじゃ「基礎編」行ってみようか」
珠美:「ハイ。よろしくお願いします♪」

 基礎編1:自分の馬券収支を必ずつけよう!

駒木:「これは珠美ちゃんはもうクリアしてるんだけどね」
珠美:「あーでも、私の知り合いでも『いつも3月くらいで嫌になって止めちゃう』って子が多いですよ(苦笑)」
駒木:「確かに辛いんだよねぇ。誰でも負けた記録を自分で書き留めたくはないってのはよく分かる。『ヒカルの碁』読んでたら、囲碁のプロテストでも勝敗記録をつけるのは必ず勝った方だったりするしね。
 でもね、これは絶対にやっておかなくちゃならない事なんだよ。人間ってのは、勝った記憶だけ鮮やかで、負けた記憶は曖昧になっちゃうように出来てるからね。
 昔、作家の浅田次郎さんがこんな風に言ってた。
 (馬券の収支をつけていない人が)勝ってるって言う時は、実際は良くてトントン。トントンって言う人は必ず負けてる。ちょっと負けてると思っている人はかなり負けてるはずなんだ』
 ……ってね(苦笑)。まぁ、人間そういうもんなんだよ」
珠美:「私も『ちょっと負けてると思ったら、かなり負けてた』ってパターンでした(苦笑)」
駒木:「ってことだね(笑)。収支をつけておけば、自分の馬券の腕前がどの程度なのかを自覚できるし、そうすれば珠美ちゃんみたいに『上手くなりたい!』と向上心を持つ事だって出来る。全てはそこから始まるんだ。だからまず皆さんも、簡単で良いから馬券収支をつけるところから始めていただきたいな、と。いくら賭けていくら戻って来たかを手帳にサラっと書くだけで十分だからね。
 あ、そう言えば、PAT(電話投票)会員だと、インターネットで電話投票した分の馬券収支が閲覧できるようになったんだよね」
珠美:「私も博士のデータを見せていただいたんですが、あれは便利ですよね。競馬場別の的中率・回収率とか、色々なデータが見られるんですけど、特に各騎手に賭けた額が分かるデータが面白かったです
駒木:「そうなんだよね。どうしてこんなに福永に賭けてるんだ、とか思っちゃったよ(苦笑)。デムーロ騎手と武豊騎手に随分お世話になっていた事が分かったりとか、池添金返せとか(笑)、色々興味深い事が知る事が出来て面白かった。
 だから収支つける自信が無い人は、PAT会員になって、全ての馬券を電話やネット投票で買うというのも手だね。競馬場行っても電話で馬券買ったりしてると、ノミ行為してるみたいでアレだけどね(笑)」
珠美:「(笑)」
駒木:「まぁとにかく、自分の回収率も把握できていなかったら、自分の現状も上達度合いも分からないんで、これは絶対にやってもらいたいところ。難しいのは百も承知。でも、馬券を当てるよりはどれだけ簡単な事かって考えたら…ね」

 基礎編2・馬券戦略の基礎は頭に入っているか再確認しよう!

駒木:「これも珠美ちゃんはクリアしてるのかな?」
珠美:「あーでも、どうでしょう? 基本的に独学ですからね、そういうのって」
駒木:「まぁ、『初心者のための競馬入門』みたいな、非オカルト系の本の内容が完璧に頭に入っていたらクリアだよ」
珠美:「あ、それなら何とか……」
駒木:「やっぱり何事も基本が大事だからね。特にギャンブルは“基礎中の基礎”って内容を押さえておくだけで随分と成績が違ってくるものなんだよ。競馬なんかの三競オートもそうだし、特にカジノ系のギャンブルは基礎戦略が大事。何しろブラックジャックなんかは、基本的なセオリーをちょっと覚えるだけで、1プレイあたりの回収期待値が100円当たり99円前後になるんだからね。
 これは逆に言うと、ギャンブルっていうのは、基礎中の基礎やセオリーも知らない人が当てずっぽうでプレイをしても、十分に勝ち負けを楽しむ事が出来たりできてしまうモノなんだってこと。もちろん、そういう人は徐々にだけど確実に負けていくから“カモ”と呼ばれるけれども(苦笑)。
 そして、ギャンブルの基礎戦術の1つにこういうのがある。『少しずつ確実にカモから搾り取る事』(笑)。だからカモになっちゃいけない。せめて搾り取られない立場にはなりましょうよ。そういう事だね
珠美:「でも、競馬の場合は、他の馬券を買っている人と勝負するわけじゃありませんよ?」
駒木:「それが違うんだ。僕たちは間接的にだけど、お互いに勝負してるんだよ
 競馬でも何でもそうだけど、『美味しいオッズ』ていうのがあるだろう? あれは予想される的中率の割にオッズが高い、つまり回収期待値が高い事を意味しているんだけど、それは他の客が割に合わない馬券を買ってくれているから起こる現象なんだよ。つまり、言い方は悪いけど、JRAがカモから回収した賭け金のオコボレを頂いてるってわけさ。カモが負けてくれたお陰でこちらが勝つ、つまりは間接的な勝負をしてるってわけだね。
 ただ、『美味しいオッズ』って言われるモノの大多数はただの勘違いなんだけどね(笑)。そもそも、美味しかろうと不味かろうと当てなきゃ意味が無いわけだしさ。まぁでも、それに気付くか気付かないだけでも、期待値的には大きいとは思うんだよね」
珠美:「なるほど。競馬って複雑ですね(苦笑)」
駒木:「まぁ、そんなヤヤコシイ事は抜きにしてもね、展開予想が出来ない、競馬用語が分からない、競馬新聞が読めない、『血統って何?』…これじゃあ回収率を上げようったって無理って事さ。
 確かに予想印とコメントだけ参考にして馬券買うだけでも馬券は当たるし、万馬券獲って儲けたりも出来るでしょ。でも長い目(数年単位)で見たら必ず回収率は75%に届かないよ。そういうもんだって、ギャンブルは」
珠美:「えーと、この『基礎編2』では、具体的には何をすればいいんでしょうか?
駒木:「話の軌道修正ありがとう(笑)。そうだね、とりあえず大きな本屋へ行って、そういう馬券の入門本を2〜3冊、立ち読みで良いから通読してみて、自分がその内容をしっかりマスターできているかどうかを確認してもらえれば良いんじゃないかな。それが出来ていれば問題ないし、出来ていなければ、その本を買って勉強すればヨシ。これはそんなに難しくないね。その本の代金ぐらい、すぐに元が取れるから大丈夫」

 基礎編3:競馬新聞はくまなく読もう!

駒木:「これは、出来ているようで出来ていない人が多いんじゃないかな。僕も昔はそうだったんだけど、予想印見て、ここ何走かの着順をザッと見て、調教欄をチラっと見て、コメント一通り読んだらハイおしまい…こんな人、結構多いんじゃないかと思う」
珠美:「えーと、私も博士とお仕事始めるまではそうでした。博士の競馬新聞の見方を参考にしている内に、私も随分と時間をかけて読むようになりましたけど……。
 なんだか、いつの間にか博士に馬券の基礎を仕込まれていたんですね、私(笑)」

駒木:「(笑)。こっちは教え込んだつもりは無いんだけどねぇ(笑)。
 ……えーと、まずこれは、本当ならスポーツ新聞や夕刊紙じゃなくて競馬新聞じゃないとダメなんだけど、とりあえずはそこまで注文はつけないよ。スポーツ新聞でも競馬新聞に近い情報量の新聞は(少ないけど)あるし、どのみち、真剣に競馬の勉強をしていったら、より詳しい情報を求めて競馬新聞が欲しくなるはずだからね。
 ちなみに僕が使っているのは『競馬ブック』の関西版。関西地区は『競馬ブック』のシェアが大きいから予想印を見るだけで人気やオッズが読めるし、データも必要最小限にして最大限のものが載っているから予想立てるにも有効だしね。足りないのは平場レースの調教コメントくらいなものだけど、それはどの新聞でも同じだからね。
 ただ、競馬新聞は各紙で編集方針が大きく違うから、一度1つの新聞に慣れてしまうと別の新聞に乗り換えるのは難しいんだよね。だから僕も『競馬ブック』を薦める事まではしない。別に回し者でも何でもないし(笑)。
珠美:「私も『競馬ブック』を使っています。でも、女友達からは『珠美、オジサン臭いよ〜』って言われちゃうんですけど(苦笑)」
駒木「(笑)。……と、話がズレたかな。とにかく何でもいいから競馬新聞の中身は全部大切だから逃さず読もうって事だよ。
 とにかく出走馬のデータを1頭ずつ見てゆくことが大事。勝ち目の濃い・薄いは関係なし。全部見るんだ。
 まずコース別戦績、距離別戦績、芝・ダート別戦績ね。最近だと地方交流戦成績ってのもあるかな。で、実はレースによっては、ここまででもう消せる馬が出てくる。結局は時間の節約になるんだよね」
珠美:「でも、気を抜くと忘れちゃうんですよね(苦笑)」
駒木:「だね。僕も調子が悪い時は焦りの余りに忘れちゃう事がしばしばあるよ。だからヘボなんだね(苦笑)。
 で、過去5走とかの戦績もジックリと。着順だけでなくて、どれくらいの人気での着順だとか、敗因や勝因は何だったのか、とかそこまで気を配れるようにね。同じ条件の同じ着順でも全然意味の違うものがあるという事に気をつけて欲しいな」
珠美:「そこを見極めるのが、さっきの基礎知識ということなんですね」
駒木:「そういう事。展開の綾で勝ち負けした事とか、基礎知識が無いと分からないでしょ?
 そういう意味で言えば、調教欄のチェックでも基礎知識は大切だよね。例えば、中3週のローテーションで何回調教タイムを出していれば十分な調教が積まれているのが分かるのか…とか、基礎知識が無いとサッパリだろうし。
 それにね。調教欄は、“危ない人気馬”をチェックする絶好のポイントなんだ。例を1つ挙げると、実績があって印もグリグリ付いてて、厩舎サイドの景気も良くて…って馬が、コッソリと2週間本格的な調教を休んでいたりする事がある。で、そんな馬は9割方消える。どれだけ実力があっても消える。
 …そういう事があるからチェックのし甲斐があるんだよね。それなのに多くのスポーツ新聞や夕刊紙の調教欄は編集がいい加減なんだよ。僕が競馬新聞を薦めるのはそういうわけ。調教は競走馬能力分析の基本。それを軽く見ているマスコミ媒体にリスペクトは抱けない」
珠美:「…あと、厩舎や騎手のコメントはどう見たら良いんですか? どの厩舎も大体強気なコメントなので迷っちゃうんですけど(苦笑)」
駒木:「メチャクチャ簡単に言うとね、『強気なコメントは無視。弱気なコメントだけを消す材料に採用』…っていうのを基本にすればいいんじゃない? 第一、規則で『勝つつもりでなければレースに出走させてはいけない』って決まってるから、『ここは8着狙いで、目標は3走後』…だなんてバカ正直なコメントはもともと出せないんだしね。あくまでコメントは参考程度って事で。
 ほら、アレだよ。意味はまるっきり逆だけど、テスト前になったら、みんな一斉に『私、全然勉強してないからぁ〜』とか言い出すのと一緒
珠美:「なるほど(笑)。ありがとうございました」
駒木:「この他にも色々あるだろうけどね、ちゃんと載ってるデータや記事には目を通す事をお薦めするよ。 
 あ、でもトラックマンやタレント予想家のコラムは別だよ。他人の予想なんて何の参考にもならないし、厳しい事を言うけど、他人に頼ってギャンブルするくらいなら止めた方が良い。自分のお金なんだから、自分で全責任を負わないとね。
 あと、予想印人気のバロメーター代わりに使うだけにしておいた方が良いよ。そもそも印が打たれるのは枠順発表前の木曜夜だし、新聞によっては『お前は穴予想な』とか言われて、自分が打ちたくもないのにで打たされた印もある。そんなのをアテにして馬券を買うなんて札束を焼却炉に放り込むようなもんさ」
珠美:「とにかく大事なのはデータということですね」
駒木:「その通り。必要なのはデータ。集め過ぎたら集め過ぎたで弊害も出てくるんだけど、それは今回の講義で喋る範疇を超えてるからやめておこう。
 僕が今言いたい事は、必要最小限のデータも把握できていないのに良い予想が立てられるはずがないという事。別に偉ぶってるわけでも何でもなくて、当たり前の事を言わせてもらっているだけなんだよ」

 基礎編4:自信の無いレースはスルーする勇気を持とう!

駒木:「さて、基礎編もいよいよ最後だね。……あれ? 珠美ちゃん、どうしたの頭抱えて?(苦笑)」
珠美:「あー、分かってます、分かってますけどー。分かってるんですけど、これが出来ないんですよ〜(涙)
駒木:「うはは、どうやら珠美ちゃんのトラウマをえぐってしまったみたいだ(苦笑)。どうやら回収率低迷の原因の1つが見つかったみたいだね」 
珠美:「博士ってよくレースをスルーされるんで、1日に3〜4レースしか馬券を購入されないじゃないですか? で、私もそれを見て、一度やってみようと思ったりもするんですけど、どうしても一度予想を始めると、それを放棄するのがもったいなくて……」
駒木:「それは『スルーしたレースで、予想が当たってたらどうしよう?』とか思っちゃうんじゃないのかな?」
珠美:「(ぐさっ!)……うぅ、ご名答ですー……」
駒木:「そんなの気にしてちゃダメだって。たまにそういう事があったとしても、長い目で見たら『買わなくて助かったー』ってケースの方が多いはずなんだから。
 僕だって調子の悪い時には、スルーしたレースの予想がことごとく当たってて、馬券を買ったレースがボロボロ外れまくったりする事もあるよ。でもそういう目先の事で一喜一憂してちゃダメ。回収率アップには長いスパンで物事を考えるようにしなくちゃ大事なのは無駄な投資を抑える事だよ。
 大丈夫。何度か我慢している内に慣れちゃうから。慣れちゃったらこっちのもんだよ。慣れ過ぎて全く冒険しなくなっちゃうのも困りものだけど、それはちょっと意識すれば微調整が利くしね。とにかく『何点買っても当たらない気がするなぁ』ってレースの馬券を買っちゃうのを止めるだけで良いんだ。それだけでも回収率は大分上向くはず。それは保証するよ
珠美:「博士はどういう基準でレースをスルーしていらっしゃるんですか?」
駒木:「ん〜、僕の場合はスルーし過ぎかもしれないんで、あまり参考にならないだろうけどねぇ。何せ、『小倉競馬は相性悪いから2ヶ月休む』って人間だから(笑)。
 まず僕が必ずスルーするのは、個人的に相性が悪い新馬戦と未勝利戦、実力が拮抗していてワケの分からない1600万条件戦とハンデ戦ね。あと、勝手の分からない関東の競馬場の条件戦もスルーするかな。
 あと、気が向いたり、多分的中しそうな気がしない限り買わないのは、勝負の綾が大きすぎる障害戦と、実力が拮抗している上に各陣営の本気度が大きく違って混乱するオープン特別とG3の重賞戦。
 だから結局、僕が原則的に馬券を買うのは、関西開催の500万以下と1000万以下の条件戦と、G2以上の重賞だけになるね。それにしたって、3点買いまで絞りきれないレースが1/3くらいあって、そんなレースもスルーしちゃう。だから、1日で馬券を買うのは3〜4レースになっちゃうんだね。随分と競馬新聞を無駄にしてるもんだ(苦笑)。
 でも、競馬新聞代以上に無駄な投資額を減らせるし、1レースあたりの予想時間を増やす事もできるし、その分だけ集中力も維持できるし。やっぱりレースをスルーする事で得られるメリットは大きいと思うなぁ」
珠美:「なるほど…。そうお聴きすると、やってみようかなあっていう気になりますね。来週から頑張ってみます!」
駒木:「うん、頑張ってね。研究室で検討してる時は、ちゃんと見張っててあげるからさ(笑)。
 ……とにかく、回収率アップのために大切な事は、『知らなければいけないことは知っておこう』、そして『無駄なお金は使わないでおこう』の2点に尽きるんだ。そのためには馬券が的中する回数にこだわっちゃダメ。馬券的中の快感が何にも勝るって気持ちは分かるけど、それでも、馬券が的中する事と投資金を効率良く回収する事は全く別物だと理解して欲しい。それは次回の『実戦編』にも繋がっていくんだけどね」
珠美:「……さて、博士、随分と時間オーバーになってしまった気がするんですけど(笑)」
駒木:「あぁ、本当だ(苦笑)。それでは今週の競馬学講座を終わります。受講生の皆さんも、珠美ちゃんもお疲れ様、だね」
珠美:「お疲れ様でした。では、また来週です♪」(次回へ続く

 


 

7月25日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(7月第4週分)

 さて、今週もゼミの時間となりました。

 実は今週、採用試験明けという事で、色々な企画やら『エンカウンター』の再レビューやらも考えていたんですが、この忙しさの前に全てご破算になってしまいました(苦笑)。
 今週はどうやら、レビュー3本というあたりで落ち着きそうです。珠美ちゃんが日誌で「レビューの本数が多い」って言ってましたが、結局普通の数になっちゃいましたね。まぁその分、来週はもっとエラいことになっちゃうんですけど……。(来週は「ジャンプ」で新連載1本「サンデー」で新連載1本、第3回1本、さらに読み切り2本のレビューが既に確定してるんです。これで他誌に佳作が掲載されたり、『HUNTER×HUNTER』や『ROOKIES』が落ちたりすると、さらにレビュー対象作が……
ひぃ

 まぁ、とりあえず今週はレビュー3本ということで、どうぞよろしく。ではまず、情報系の話題を軽く。

 先週にも少し触れましたが、「週刊少年ジャンプ」の打ち切り2作目は、やはり『NUMBER10』(作画:キユ)でした。
 当ゼミでの第3回時点での評価はBで、巷の評判も悪くありませんでしたから、本来ならば生き残ってもおかしくない作品だったんですが……。ただ、今の「ジャンプ」には『ホイッスル』が連載中な上に、同時期に連載が始まったのが『プリティフェイス』『ヒカルの碁・第二部』でしたから、かなり新連載立ち上げのタイミングが悪かったかな、という気はします。
 あと、作品のクオリティ的な事を言うと、やはりキャラ立ちとストーリーのインパクトが弱かった事でしょうね。端的に言ってしまうと、“『少林サッカー』少林抜き”みたいなマンガでしたから……。
 これでキユさんは2連載2打ち切りちょっと「ジャンプ」で週刊連載復帰は難しいかも知れませんね。ひょっとしたら、「チャンピオン」などの他社他誌への移籍もありうるかも知れません。

 ……今週の情報系ネタはこれくらいでしょうか。それでは時間も切羽詰ってますから、早速レビューへと移りましょう。

 今週のレビュー対象作は「週刊少年ジャンプ」からの2本と、「週刊少年サンデー」からの1本です。今週から前・後編で掲載の『まじっく快斗』は、来週の後編掲載を待って2回分まとめてのレビューを行います。
 レビュー中の7段階評価についてはこちらをどうぞ。

☆「週刊少年ジャンプ」2002年34号☆

 ◎新連載『アイシールド21』作:稲垣理一郎/画:村田雄介

 「ストーリーキング」ネーム部門大賞受賞→3月に前・後編で本誌掲載…という経路を辿って週刊連載となりました、若手作家さん2人による大型新連載のスタートです。
 巻末コメントや「ストーリーキング」の募集カットなどを見ると、腕の良いアシスタントを編集部から紹介したり、念入りな取材を敢行したりしているようですね。これは実績の無い若手作家さんへの待遇としては破格のものであり、いかに「ジャンプ」編集部がこの作品に期待をかけているか分かろうというものです。
 恐らく、「ジャンプ」編集部はこの作品で『ヒカルの碁』に続く2匹目のドジョウを狙っているんでしょうね。比較的マイナーな競技がテーマだったり、「ストーリーキング」出身の原作者と絵の上手い作家のコンビによる作品だったり…と、状況的にはかなり似通ってる部分が多いですし。
 まぁ個人的な事を言わせて頂くと、駒木はアメフトのファンですので、これを機にアメフト人気が高まってくれれば嬉しいんですけれどもね。でも、ちょっとあざとい感じもしますよね(苦笑)。

 さて、お2人のプロフィールや読み切り版『アイシールド21』のレビューなどは、以下のリンクを辿ってご覧下さい。

 ◆村田雄介さんのプロフィールと、村田さんの読み切り『怪盗COLT』のレビュー……2月20日付レジュメ
 ◆
稲垣理一郎さんのプロフィールと、読み切り版『アイシールド21』前編のレビュー……3月6日付レジュメ
 ◆読み切り版『アイシールド21』後編のレビュー……3月13日付レジュメ

 ……長い間サボらずに仕事してると、いざという時に役立って、我ながらイイ感じです(笑)。

 では、レビューに移りましょう。

 まず絵柄に関しては何も注文つけなくてもいいと思います。むしろ、アシスタントを動員しているためか、以前よりもクオリティが上がっています
 しかし、今更気付いたんですが、村田さんも稲垣さんも(さらにはアシスタントさんも)、かなり鳥山明さんの影響を受けてますね。なんだか鳥山作品の21世紀版みたいな感じで、「いかにも『ジャンプ』だなぁ」って印象を受けました。

 そして肝心のストーリーですが……。
 実は読み切りの時点では、駒木はこの作品に対して、かなりの酷評をしていたんですよね。簡単に言うと、キャラと舞台設定の作りこみが浅過ぎる事と、作品全体のキーポイントであるアメフトの描写が甘すぎると指摘させてもらったんです。正直、これを連載に降ろすには相当荷が重そうだと思ったものでした。
 ところが、連載第1回を読んでみると、問題点のほとんどが解消されているじゃないですか! キャラクターや諸々の設定にも深みが出て来てますし、アメフト描写に関しても取材の効果が出たんでしょう、かなり印象度を増して来た感じがします。読み切りの時には、栗田とヒル魔が何故アメフトをやりたいのかすら描かれてませんでしたから、これは大きな進歩でしょう。
 読み切りからページ数の少ない週刊連載になった途端にスケールダウンする作品は多いんですが、その逆っていうのはあまり見た事がありません。この辺が若さゆえの柔軟さというところなのでしょうか。

 ただ、ここに来て新たな問題点も浮上しています
 まず1点目は、主人公より脇役の方が主役のようなキャラ立ちをしてしまい、主人公のサクセスストーリーにカタルシスが感じられ難い点。そして2点目は、読者の意表を突く場面が少ないために、ストーリーからやや平板な印象を受けてしまう点です。
 この辺りが“1匹目のドジョウ”である『ヒカルの碁』と違うところですね。これから第3回までにどうやって軌道修正してくるのか楽しみです。

 評価は、とりあえずB+としましょう。これからしばらく後には、いくつかの長期連載が終わりそうな気配ですので、あまり打ち切りの心配はしなくて済みそうです。それを考えると、キユさんってのは本当に間が悪い人ですねぇ……。

 ◎読み切り『もて塾恋愛相談』作画:大亜門

 今週は『シャーマンキング』の原稿が落ちて休載ということで、代原が掲載されました。
 この作品はどうやら、02年4月期の「天下一漫画賞」最終候補作・『もて塾へ行こう!』をベースに改稿、もしくは同じ設定を使い回して描かれた、新人さんの習作原稿のようです(結果発表のページに掲載されていたコマが、今回の作品では使用されていませんでしたので)こういう緊急事態がなければ掲載される事も無かったでしょうから、作者の大亜門さんは強運ですね。
 しかしこの作品、特徴のある題名だったので思い出しましたが、作家さんの名前がペンネームに変わっていたりもしたので、うっかり見逃すところでした(苦笑)。

 さて、それではレビューへ。

 まずは絵柄からですが、新人のギャグ作家さんにしてはなかなか作画が手慣れていますね。ギャグ作家としてなら十分プロで活動していける力は備えていると思います。大亜門さんの年齢が24歳という事を考えると、アマチュアなどで活動の経験があるのかもしれませんね。
 難を言えば、もう少し可愛い女の子が描ければ、大きな武器になるんですが、これは今後の課題という事なのでしょう。

 そしてギャグ全般の評価ですが、まず驚かされるのは、構図とテンポの巧みさですね。コマ割りやセリフ回しにおけるギャグマンガの基本形は完璧にマスターできています。ちゃんと見せ場では表現をオーバーにするなど、その辺りのセンスも非凡なものを持っていますね。あまりにも上手くまとめているので、やや古臭く感じてしまうほどです。新人なのに既にいぶし銀というのは非常に珍しいと思われます。
 キャラクターの数や設定作りも基本に忠実で、相当ギャグマンガの研究をした上でのこの作品、という事が伝わってきます
 ただ、惜しむらくは、読者のほとんどが馬鹿笑いできるようなホームラン級のギャグが無かった事で、それさえあれば立派に一人前のプロの作品に仕上がっていたはずなので非常に惜しいです。
 あと、既に『最後通牒・半分版』さんで話題になっていたんで恐縮ですが、冒頭のシーンにも触れておかなければなりませんね。この作品、1コマ目と2コマ目が完全に他作品のパロディで、しかも1コマ目で裸に剥かれている女の子キャラがどう見ても全員『あずまんが大王』主要キャラだったりするんですね(笑)
 こういう遊び心のパロディは、『ピューと吹く! ジャガー』なんかでもあったりするんですが、やっぱり人気連載作家だから許されるという面があったりしますので、新人・若手の内は控えて欲しいものです。

 評価は新人さんの習作としては高評価のを進呈。比べちゃアレですが、『シュールマン』のクボヒデキ氏よりはよっぽど将来性がありそうです。

 

☆「週刊少年サンデー」2002年34号☆

 ◎読み切り『カラス〜the master of GAMES〜』作画:佐藤周一郎

 新人・若手読み切りシリーズ「荒ぶれ昇龍!」の第4弾は、これが本誌2度目の登場となる新人さん・佐藤周一郎さんです。

 佐藤さんが以前本誌に登場したのは「サンデー特選GAGバトル7連弾」の時で、『ピー坊21』という作品を発表しています。
 その時の詳しい評価は、2月27日付レジュメを参照してもらえればお分かりになると思いますが、「将来性は感じられるものの、ギャグ作家の適性は疑問」というものでした。今回はそれを自覚されてかどうか分かりませんが、ストーリーマンガに活路を求めて、44ページの中編作品に挑戦という事になりました。こういう器用なことが出来るわけですから、確かにマンガ家としての素質はあるんですよね…。

 絵柄はまだ、以前からの課題であるタッチの堅さ…というかアマチュア臭さが抜けきれていないのですが、5ヶ月前よりは幾らかレヴェルアップしています。あとは、前作はゆうきまさみさんの影響が見てとれたのに、今回はそれがほとんど無くなっているのが気になりますね。この間、他の作家さんのアシスタントなどをして画風が若干変わったのかも分かりません。

 そしてストーリー。まず、かなりストーリーの引っ張り方が強引なのは否定できませんね。舞台設定もかなり無茶ですし、状況説明も不足しすぎです。ただ、話そのものは比較的分かりやすい流れになっているので、読み難いという事はありません。これに関しては一応の評価が出来ると思います。あ、オチはとても面白かったですね。ここも評価できるポイントです。
 で、もう1点気になったのは主人公のキャラ造型です。「ゲームコントローラーを握った時だけ強気になれる、普段は弱気なただのゲーム好き少年」という設定なのに、場面場面で作者の都合により(笑)、突然シリアスなキャラになってしまうんですよね。これはストーリー展開の強引さも相まって、かなりの我田引水な印象を抱いてしまいました。
 結局これは、自分の描きたいストーリーをそのまま描きたいがために、色々な矛盾点に目をつぶってしまった結果なのだと思います。駒木も小説描くので分かるのですが、作者が想定していたストーリーを無理に押し通そうとすると、どこかで不自然な点が出てきてしまうんですよね。例えば、大したきっかけもないのに主人公とヒロインが恋に落ちたりとか、次々と殺人事件の容疑者が自殺していったりとか(笑)。
 「マンガはキャラクターだ」なんてよく言われますが、その路線のなれの果てである『BLACK CAT』を見ていると、やっぱりストーリーマンガには魅力のあるストーリーがまずありきで良いと思いますよね。ですが、やっぱりストーリーだけじゃダメなんですよ。登場人物の個性などと符合するような話作りをしないと、本物のストーリーにはならない気がします。

 評価は一応を進呈しましょう。現時点では連載までの道は遠いと思いますが、どんどん才能を磨いていって欲しいと思います。

 ……と、いうわけで今日のゼミは以上で終わります。来週のゼミをお楽しみに。ではでは。

 


 

7月24日(水) 教育実習事後指導(教職課程)
「教育実習生の内部実態」(7)

 さてさて、約2週間ぶりの再開となりましたこのシリーズですが、今回含めてあと3回で終了の予定です。残り短いですが、どうぞご愛顧の程を。

 これまでのレジュメはこちらからです。↓
 第1回第2回第3回第4回第5回第6回

 中断期間が長いですので、時間に余裕のある方は復習される事をお薦めします。ただ、各回ごとの関連性は薄いですから、前回までの講義内容はサッパリ知らない、覚えていないという方でも大丈夫だと思います

 

 ──では、今日は授業実習の話の続きを。

 高校の場合、例外を除いて授業時間は一律50分です。当たり前の話ですが、チャイムが鳴ってから、もう一度チャイムが鳴るまで授業が行われます。
 ただ、本職の先生になると、先生によって授業時間に微妙な誤差が現れたりします。始業チャイムが鳴る前から教室にスタンバイしている先生がいるかと思えば、チャイムが鳴り終わってから職員室を出る先生もいます。中にはチャイムがどうのこうのではなくて、職員用トイレで合掌してお経を唱え終わらないと全てが始まらない、という先生がいらっしゃったりするのですが、これは迷惑なので止めて頂きたいです。
 ちなみに駒木の場合は、終了2〜3分前には授業を終えるように努力します。やっぱり自分が生徒だった時を思い出してみると、授業終了間際には集中力が落ちてましたからね。それを考えたら、ギリギリまで授業をやっても効果は薄いような気がするんですよ。まぁ、本道は「時間を忘れさせるくらい面白い授業をやれ」って事なんでしょうがね(苦笑)。

 ……とまぁ、一度プロになってしまうと、授業時間も個性の内だったりするのですが、実習生だと、やはりそうはいきません。始業チャイムが鳴り終わると同時に教室に入り、終業チャイムが鳴り終わるまでは授業を続けなければ担当教諭に注意されるでしょう。これはまぁ、自動車教習所に通っている内は制限時速を必要以上に遵守しなきゃいけない、みたいなものです。
 でもまぁ、それはそれで構いません。構わないんですが、実は、問題はその後の事なのです。

 授業終わりのチャイムが鳴りますと、当然、生徒は休み時間に入ります。そして、通学途中に駅のキヨスクで買った「週刊少年ジャンプ」を読み始めたり、友人と「今年の有馬記念はどの馬が有力か」とか「三沢と武藤が試合をやったらどっちが強いか?」…などといった話題に花を咲かせたりします
 誰の高校生時代の事を言っているのかはご想像にお任せしますが。

 …しかし、受講生の皆さんにはあまり実感が無いでしょうが、休み時間は生徒だけが“休み”なのです。
 教職員にとっては休み時間と言えども労働時間の内なので(昼休みは除きます)、生徒と同じような休み方をするわけには行かないのです。
 もっとも、駒木のような非常勤講師は授業時間だけが拘束時間で“お客さん”扱いなので、空き時間の使い方をそんなにうるさく言われませんが、それでも職員室で「週刊競馬ブック」を広げてたら大変な事になります。
 そして、それは教育実習生にとっても同じ事です。いや、実習生にとっては、授業実習中よりも終業チャイムが鳴ってからの方が大変なのです。

 ──それは何故かと言うと、担当教諭からのダメ出しタイムが始まるからなのです。

 授業実習中の担当教諭は、教室の最後方から、じぃ──っと、教壇に立つ実習生を見ています。
 その眼差しの鋭さは、まるで若手芸人のネタ見せの審査をしているプロデューサーに匹敵するほどで、こちらが教壇から見ていると、心強くなるどころか逆に心細くなってしまったりもします。まぁ、それだけ真剣に授業をチェックして頂いているわけで、ありがたい事この上ないわけなのですが…。
 そして授業が終わり、職員室に戻ってくると、喋り方や板書から授業中の細かい内容に至るまで、みっちりとダメ出しが行われます。特に実習初期、技術的に授業らしい授業が出来ない時期などは、担当教諭からの指導が2時間以上にも及ぶ場合があります。「指導」と言っても、実習生にとっては一方的に責められてる時間が大半ですから、これは非常に辛い時間となります。
 でもこれは、別に実習生をイビってるわけではありません。前にも述べましたが、実習期間の最後には“研究授業”という名の発表会のような授業があって、その時点で仕上がってなければ恥晒しですし、第一、実習生は実習を終えると、もう次の年の春からは一人前の先生として頑張らなくてはならないのです。中途半端では来年以降の赴任校で迷惑がかかるというわけで、教育実習に中途半端な妥協は禁物なのですね。

 そういうわけで、実習生にとっては、トッティが「少林サッカー」のように御無体な展開で退場した後のイタリア代表のように辛い時間帯であるのが、このダメ出しタイムです。が、今こうして現役教員の立場になってみると、このダメ出しの大切さが身に沁みて分かるようになります
 学校現場では、人の授業を他の教員が観て、それを意見するということはまずありません。それが大先輩と新人の関係であってもです。だから、一度デビューしてしまったら、自分の授業のどこがおかしいか指摘してもらえる機会はほとんど無いのです。
 それに、現役教員として実習生の様子を見るようになってから分かるのですが、色々な先生に意見を聞いてくる(=ダメ出しを志願してくる)実習生ほど、成長というか授業の上達が早いのです。「若い頃の苦労は買ってでもせよ」というのは、少なくとも教育実習では正しいようです。
 そういえば駒木が実習をした時は、担当教諭のT先生が事あるごとに、「授業を観ていただいた先生に感想を聞きに行きなさい」と言って下さいました。「厳しい事するなぁ」と、その時は思ったものですが、今から考えると本当にいくらお礼を言っても言い尽くせないアドバイスをして頂いたものだと思っております。

 と、駒木が出て来たところで、ここから話は駒木の実習体験に展開してゆくわけなのですが、時間の都合で今日はここでひとまず講義を終える事にします。何だかプロローグ的な話をしただけで終わるのは心苦しいのですが、まだ平常カリキュラム復帰から調子が戻りきれていないという事に免じて、どうかお許しください。ではでは。(次回へ続く

 


 

7月23日(火) 教科教育法(高校地歴)
「実録! 平成15年度兵庫県教員採用試験レポート(3・最終回)」

 さて、予定をオーバーして第3回に突入してしまいました。やっぱり腹に溜まってるモノがあるせいか、講義のボリュームがやたらに大きくなってしまいました。ちょっと反省です。

 今日はいよいよ採用試験の正念場・専門教養試験についてのレポートです。昨日までに増して大きなボリュームの講義になりますが、どうか最後までお付き合いを。

 昨日までの講義内容は、こちらからどうぞ。
 →第1回第2回

 では、以下は文体を常体(だ、である調)にして、レポートの開始です。どうぞよろしく…


 専門教養試験が近付くにつれ、ますます体調がおかしくなる。

 まず胃の鈍痛。これは毎年出て来る症状で、昼休みから専門教養の試験開始までが痛みのピークであり、試験が終わって重圧から解放されると、いつの間にか痛みが消えている。ストレス性の胃痛なんだろうが、それよりも脳味噌に入りきらなくなった知識が胃に溜まってるような感じ、というのが実感だ。…って、俺は3年前まで売られてたメモリ32MBの特売パソコン

 で、脳味噌がそんな風に歴史だけに特化されてしまうので、考える事も自然と日常生活から乖離してしまうようにもなる。
 例えば、校舎に掛けられていた「伊丹高校創立100周年」という垂れ幕を見た瞬間に、
 「100年前、1902年……日英同盟か」
 …などと口走ってしまうのはまだ序の口。駒木の脳裏には、恐らく日本全国で500人くらいしか分かってもらえないような歴史ギャグが次々に勝手に浮かんでは消えてゆくのだ。
 「共産主義ゲリラをやっつけるために結成された、ヴェトナムのアイドルユニット。その名も
ゴ=ディン=ディエム娘。ゴ=ディン=ディエム娘。
 …こんな、タモリから「インパク知の2・2」なんてレアな評価を頂けそうなダジャレ。こんな下らないネタを勝手に思いついてしまうのだ。もう色んな意味で自己嫌悪の嵐である。

 昔、受験勉強しすぎて大学入ってから心や頭がおかしくなった人の話を聞いた時などは、「そこまで勉強しなくてもいいじゃないねぇ」…などと笑っていたものだが、まさか自分がその立場になるとは思ってもみなかった。本当、採用試験なんてロクなものじゃない
 かつて採用試験がヌル過ぎた頃は、教員の資質を持たない人間を大量に教壇に立たせてしまったが、今は教員の資質を持った人間の人格を、厳しすぎる採用試験で潰してしまっているような気がする。まぁ、採用試験に落ちっ放しの人間がこんな事を言ったところで世迷言に過ぎないのだが……。

 
 そんな自己嫌悪の昼休みがようやく終わり、いよいよ専門教養試験である。
 では、駒木が受験している「高校地理歴史科・世界史」の問題形式を解説しておこう。

 この試験は制限時間90分で、大雑把に分けて前後半に分かれている
 まず、その前半地理歴史科の共通問題になっていて、日本史、世界史、地理の問題がそれぞれ大問で1つずつ出題される
 このシステムだと、自然と専門外の大問が2つ出てくるわけで、これがまず大きなポイントとなる。いかにここを無難にまとめきれるかで、かなり明暗が分かれる事になる。
 ただし、世界史専門の人間は間違いなく日本史が大の苦手であり、同じく日本史専門の人間は世界史が大の苦手である。さらに言えば、歴史が専門の人間の多くは高校時代に地理を全く勉強していないし、地理専門の人間も歴史嫌いの人が圧倒的に多い。
 つまり、この共通問題というヤツは、受験生が生理的に受け付けない分野の知識を問うという、拷問のようなものなのである。だから、共通問題を完璧に解こうとすることは、ジャニーズファンが出川哲郎の大ファンになろうと努力することに近い
 もちろん駒木も日本史と地理は大の苦手なのだが、この度はそんな事を言ってはいられない。せめて教科書レヴェルの知識くらいはほぼ完璧にしたいと思って、色々と手を尽くしてきたのは言うまでも無い。

 そして後半は、専門教科(駒木の場合は世界史)の問題が延々と続く。前半の共通問題もそうだが、問題のほとんどは論述問題なので、半端な知識では全く通用しない。特に後半の専門問題は付け焼刃では全くダメで、現時点での知識量を丸裸にされてしまう。
 地理歴史科は、現役(大学4年生)受験生の合格率が特に低い。例えば一昨年で言うと、1次試験を通過した9人の中で、現役大学生はわずかに1人だけだった(そして、もちろん2次でブチ落ちた)。これは、対策不足の現役生は、大学受験のノリで中途半端な対策のまま試験に臨んでしまうことが多いからに他ならない。当然、駒木も1回目の受験はそうやって惨敗した宴会で羽目外してゲロ吐きまくりながら酒に強くなるようなもので、これは誰もが通る道なのだ。

 世界史の採用試験は1次試験段階でも厳しくて、倍率は15〜25倍程度にもなる。上位5%くらいに入っておかないとボーダーラインに乗らないのだから大変だ。専門外の共通問題で失点を最小限度に留め、世界史の問題をパーフェクトに近いデキでまとめるくらいでないと勝負にならない
 だから裏向けで配られた問題用紙を、「始め!」の合図と同時にめくる時は祈るような思いだ。「頼むから知ってるところが問題に出てくれよ」と心から願う一瞬である。

 「──それでは、始めてください」

 さぁ、今年も賽は投げられた。頼むぞ、共通問題──!

 問1.次の文章を読み、あとの問いに答えなさい。

 文化財保護法に基づき、国は文化財のうち重要なものを重要文化財、史跡などに指定し、特に価値の高いものを国宝・特別史跡などに指定している。京都府・奈良県をはじめ全国には歴史の解明に必要な文化財が多くある。兵庫県内に所在する指定文化財もその保護が図られ、歴史を身近にとらえることや地域づくりなどに役立っている。

1 文化財保護法が制定される直接の契機となった焼損した文化財は何か、答えなさい。
2 次の京都府・奈良県内の国宝に関する問いに答えなさい。
 (1) 唐招提寺「鑑真和上坐像」(国宝)と東大寺法華堂「日光・月光菩薩像」(国宝)の彫刻技法の違いを説明しなさい。
 (2) 「慈照寺東求堂」(国宝)に取り入れられた住宅様式の名称とその部屋の名称をこたえなさい。
 (3) 「平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像」(国宝)が製作された時代背景について、次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。
 末法  来世  社会不安  浄土教
3 次の兵庫県内の国宝・重要文化財に関する問いに答えなさい。
 (1) 兵庫県城崎郡香住町の「大乗寺障壁画」(重要文化財)は、江戸中期以降に活躍した円山応挙及びその系譜の絵師の作品である。丸山派の絵画の特徴を答えなさい。
 (2)姫路城は「姫路城大天守」ほか7棟が国宝、櫓等が重要文化財の建造物に指定され、姫路城中堀内が特別史跡に指定されている。国宝部分が建造された時期の城の役割・機能について説明しなさい。
 (3) 兵庫県小野市の「浄土寺浄土堂」(国宝)は、「東大寺南大門」と同じ建築様式で同時期に建設された。建造時期とその建築様式の特色を答えなさい。 

 問題見た瞬間、目の前真っ暗。
 ヤラレタ。日本史は、政治・社会史なら「なんでもかかって来い」のつもりでいたのだけれど、文化史・美術史は時間が無かった事もあって、全くのノーマークだったのだ。
 もうほとんどがチンプンカンプン。辛うじて、政治・社会史が絡んでいる2の(3)と3の(2)は何とか答えられそうだけれど、後はハッタリとカンで埋めるしかない。何だよ〜、開始5分でもう敗戦処理になっちゃうのか? 早かったなぁ、今年の採用試験。

 ……が、半泣き状態で答えを書いていく内に、1つの考えが頭をよぎって来た
 「この問題、難しすぎやしねえか?」
 そうなのだ。こんな問題、世界史専門の人間がホイホイ解けるとは到底思えない。いや、これは日本史専門の人でも結構歯ごたえのある問題のはずだ。
 これらの問題は、世界史に喩えて言えば、「ベラスケスの『官女たち』と、ワトーの『シテ島への脱出』の絵画表現技法の違いを説明しなさい」とか、「シャルトル大聖堂の建造時期と建築様式の特色を答えなさい」とか、そんなノリだろう。こんなの、共通問題の範疇を超えている。一般教養がオーソドックスだったので油断してたが、やっぱりアウトローな兵庫県はタダでは終わらせてくれない。

 そうなれば、もう解けない問題にいつまでも固執していられない。これに時間を取られて肝心の世界史問題が答えきれないなんて事になったら、そっちの方がシャレにならないじゃないか。
 というわけで、とりあえず書けそうなところだけ書いて、さっさと次の設問に移る事にした。そしてそれは結果的に大正解の決断であった。

 
 さて、次は世界史の共通問題。これは本当に完璧に解けないと先が思いやられる。

 問2 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

 右の絵(駒木注:ここでは省略します)は、イッソスの戦いにおける( A )大王(左の人物)と( B )朝のダレイオス3世の戦いを描いた(1)ポンペイ出土の壁画である。この絵に描かれた大王は兜をかぶらず、先頭に立って敵陣へ突入している。はなはだ危険な戦い方と思われるが、大王は約10年間の遠征で、西はギリシアから東はインダス川に至る(2)大帝国を築いた。戦いでは不死身だった大王も、遠征の帰途病没する。
 残された大帝国は大王の部下の将軍たちの争いによって、
(3)分裂した。しかし、大王の遠征によって生まれた東西文化の融合は(4)ヘレニズム文化という名で呼ばれ、(5)その後の世界に大きな影響を与えた。

 1 文中の空欄( A )、( B )に適する語句を答えなさい。
 2 文中の下線部(1)について、この都市は紀元79年に火山の爆発で壊滅した。この年のローマの政治体制を答えなさい。
 3 文中の下線部(2)について、この大帝国の各地に大王は彼の理想に基づいてどのような都市を建設したのか、簡潔に説明しなさい。
 4 文中の下線部(3)について、これらの分裂した国(王朝)の中で最も長く続いた国(王朝)は何か、答えなさい。
 5 文中の下線部(4)について、当時の思想の特徴を次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。
  世界市民主義  禁欲主義  エピクロス
 6 文中の下線部(5)について、次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。
  ムセイオン  ガンダーラ美術  幾何学

 今度は日本史と地理専門の受験生の心の慟哭が聞こえてきそうな問題だ。ホントに意地悪だなぁ、兵庫県。

 この中で、専門の人以外でもスンナリ解けそうだと思われるのは1と4くらい。それにしたって、1回は教科書なり参考書なりを通読しておかないといけないはずだ。
 年号をヒントに出すあたりが“素人潰し”だし、答えも「帝政」ではダメで「元首政」と書かないと点数はもらえないはずで、パッと見よりも難易度は高い。
 残る3、5、6は、偏差値一流半以下の私大入試なら、正答率25%を割るような難問の部類。特に5が意地の悪い問題で、キーワードを「禁欲主義、エピクロス」と並べておいて、書かせる答えは「禁欲主義を唱えたゼノンのストア派と、快楽主義を唱えたエピクロスのエピクロス派」なのだ。なんて手の込んだ引っ掛け問題だよ、ホントに

 しかし、これは世界史を専門にするならば、どうにかしてパーフェクトを取りたい問題。古代史は覚えなくてはならない用語や出来事が少ないので、勉強さえしておけば簡単に答えられる。だからここは満点かそれに近い成績でないと上位5%には入れないだろう。
 ただ駒木、ここでどうやら「禁欲主義のゼノン」を「禁欲主義のストア」とか書いちゃったかもしれないのだ。人名と学派を混同してしまってたわけ。
 この辺り、まだ日本史問題のパニックが尾を引いていたようで、冷静さを失っていたあー、もったいない。多分、少しの減点で済むだろうけど、つまらない減点だなぁ。授業を1度でもやってたら間違えようがない所なんだけど、ここはまだ一度も授業してない範囲なんだよな。キャリアの浅さが出てしまった感じ。情けない。

 
 で、次は地理の共通問題。これも年によって難易度や出題範囲が全く違うので困りモノなのだけれど……。

問3 インドに関する次の問いに答えなさい。

 1 次の表は農産物の生産量(1999年)で、インドが1位〜3位を占めているものをまとめた表である。表中のa〜eに該当する農産物を語群の(1)〜(5)から選んで、記号で答えなさい。

1位 2位 3位 4位 5位
中国 インド アメリカ フランス ロシア
インド 中国 スリランカ ケニア インドネシア
ブラジル インド 中国 アメリカ オーストラリア
中国 インド インドネシア ベトナム バングラディッシュ
中国 アメリカ インド パキスタン ウズベキスタン

 語群 (1)茶 (2)米 (3)綿花 (4)小麦 (5)砂糖

 2 次の表A、Bは、ニューデリーとコルカタ(カルカッタ)の月平均気温と降水量を示している。表A、Bは、それぞれどちらの年にあたるか書きなさい。また、表A、Bは、それぞれどちらの都市にあたるか書きなさい。また、表A、Bの気候の特色を説明しなさい。

 (※駒木注:気温と降水量の表は省略します。Aは月ごとの気温差が小さくて、Bは大きい、というのが顕著な違いで、ともに夏に雨が多くて冬に雨が少ないです。)

 3 インドは、複雑な言語社会を形成しているが、その状況を次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には、下線を引きなさい。

  公用語  準公用語  地方公用語

 
 「うわ。」

 思わず出そうになった言葉を何とか飲み込んだ。
 実は、地理の勉強で力を入れていたポイントは、各種農産物の生産量グラフの暗記と、世界の気候についての2点だったのだ。それがそのままビンゴ地獄待ちの国士無双を一発でツモったような、恐ろしいまでの豪運である。
 1の問題、まず駒木は、米、小麦、綿花の3つのグラフを暗記していたので、これは完全フリーパス。残るは茶と砂糖だけれど、全く系統の違う農産物の2つなので楽勝。うわー、こんなのってアリか? 
 (ちなみに正解を言うと、aが小麦、bが茶、cが砂糖、dが米、eが綿花。どれも4位、5位の国がポイントになる。さて、受講生の皆さんはお分かりになっただろうか?)

 2の問題も、答えるべきポイントを勉強していたので大楽勝。3も完全でないにしろ、かなりの部分点は期待できる答は書けたはず。これで日本史の失点はいくらかフォローできた感じだろう。しかし、色々あるなぁ、今回の試験は…

 
 これで共通問題は終了感触から言えばギリギリセーフというところか。これ以降、まとまった失点があるようなら本格的にヤバい気がする。

 …そんな状況の中、いよいよ試験は後半戦の世界史専門問題を迎えた。
 専門問題の難易度が半端ではないという事は先に述べたけれども、その中でも特にポイントになるのが、冨樫義博が1年間締め切りを守り続けるくらい難易度の高い“目玉問題”が毎年大問1つ分出題されることで、それをいかに凌ぐかが1次通過に関わる大きなポイントになってくる。
 これまでで一番衝撃的な“目玉問題”に遭遇したのは4年前、初受験の時だった。「解答用紙にあるアフリカの白地図に、1919年当時のイギリス植民地地域にG、フランス植民地地域にFと書き込みなさい」という問題に遭遇した時、「うわー、こりゃあ住んでる世界が違うわぁ」と、故・鈴木その子邸に初訪問した時に、ペットで飼ってた虎の咆哮を聴いた浅草キッドのような気分になったものだった。
 講義の構成上、先に言ってしまうが、今回の“目玉問題”は一番最後だった。その“目玉”をどんな気持ちで迎える事になったかも注目してもらいたい。

 それではまず、大問4から。範囲は近世〜近代のイタリア×ヨーロッパ関連史吉本若手芸人で言えばケンドーコバヤシのような、「通でないと存在すら知らない」というような渋い出題である。出題者の悪意を感じるぞ、ホントに。

問4 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

 イタリアの統一が遅れた要因には、大国の干渉が挙げられる。例えば、(1)15世紀末から16世紀半ばまで続いたイタリア戦争はその代表的なものである。この戦争は、イタリアの支配を巡って(2)フランスと神聖ローマ帝国が対立し、オスマン帝国も介入して複雑を極めた。また、(3)ナポレオン戦争後の統一後の動きも、オーストリアやフランスによって封じられた。19世紀の後半になって、ようやく統一の動きが活発化した。サルデーニャ王国の首相カヴールは(4)フランスとの同盟を成立させ、1859年オーストリアと開戦し、これを破った。しかし、フランスが単独でオーストリアと休戦したため、統一を完成できなかった。翌年、ナポリ王国を占領したガリバルディがこれをサルデーニャ王に献じ、イタリア王国が成立したが、イタリアが統一を完成するのは、(5)フランスがプロイセンに敗れたことによってであった。しかし、イタリア統一後も、トリエステなどの地域は、オーストリアの支配化にとどまり、イタリア人は、これを(6)「未回収のイタリア」とよび、併合を要求しつづけた。

 1 文中の下線部(1)に関して、イタリア戦争がイタリアの文化に与えた影響を説明しなさい。

 2 文中の下線部(2)に関して、オスマン帝国の介入が神聖ローマ帝国にどのような影響を与えたか、次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。
  スレイマン1世  イエニチェリ  プロテスタント

 3 文中の下線部(3)に関して、ナポレオン戦争後の統一の動きを、次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。
  カルボナリ党  二月革命  青年イタリア

 4 文中の下線部(4)に関して、この同盟はどのような取り決めによって成立したのか、具体的に説明しなさい。

 5 文中の下線部(5)に関して、どのような形でイタリア統一を完成させたのか、具体的に説明しなさい。

 6 文中の下線部(6)に関して、「未回収のイタリア」の問題が第一次世界大戦中のイタリアにどのような影響を与えたか、次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。
  三国同盟  連合国  参戦

 野球で言えば、145km/hの直球と、135km/hのスライダーで攻めて来る、プロの一流半投手みたいな問題の連発。プロ対応の勉強をしていないと1問も答えられないものばかりで、教員採用試験としては良問と言えるのかもしれない。一般の方は1問でも正答できれば大したもの、と言っておこう。
 駒木にとっては一応、問題を見た時点で書くべき事が浮かんでくるような“打ちごろの球”が多く、部分減点を取られそうな細かいミスが1つあったものの、あとはほぼ完璧。ここは無難に切り抜けた格好だ。

 ただ、それはそれで良かったのだけれど、この辺りから別の悩みが出てきてしまった
 それは、書かなければならない事が多すぎて時間がかかって仕方が無い事と、狭い解答欄に細かい文字を書き連ねていく内に手首が悲鳴を上げ始めた事の2点。特に時間不足は深刻で、この時点でもう時間がかなり切羽詰った状況になっていたのだ。
 今回の試験、解答用紙がA3用紙に3枚という恐ろしいものなのだが、この辺りではまだ解答用紙は2枚目の1/2程度、つまり全体の半分くらいしか埋まっていない。それなのに試験時間は、もう50分を過ぎようとしていた。おいおい、どういう試験だよ、これ。日本史の問題が全部答えられていたとしても、今度は時間不足で世界史問題が完答できないじゃないか。恐ろしいブービートラップもあったもんである。日本史の問題を早めに見切って、本当に良かった。

 さぁ、サクサク行こう。次は大問5。

問5 義浄、マルコ=ポーロ、鄭和に関する次の問いに答えなさい。なお、右の略地図(駒木注:ここでは省略しました)は、3人の旅行路(海路)を示している。

 1 義浄について
 (1) 義浄は仏典を求めてインドを訪れたが、当時、中国には仏教以外にどのような宗教が伝えられていたか、3つ答えなさい。
 (2) 義浄は略地図Aの地域を中心に当時、繁栄していた王国について旅行記で述べているが、その国の名を答えなさい。

 2 マルコ=ポーロについて
 (1) マルコ=ポーロの旅行記が後世に与えた影響について、次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。
  ジパング  コロンブス  東方への関心
 (2) マルコ=ポーロは故郷のイタリアへ帰るため、海路で略地図中のBのホルムズまで行きそこから陸路をとった。この当時、ホルムズ周辺を支配していた国の名を答えなさい。

 3 鄭和について
 (1) 鄭和は7回にわたって南海遠征を行った。鄭和が行った南海遠征について、次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。
  対外積極策  朝貢貿易  アフリカ東岸  イスラム教徒
 (2) 鄭和は略地図中のCのメッカを訪れている。この当時、メッカを支配していた王朝の名を答えなさい。

 この社会学講座で「マルコ=ポーロは実在してなかった(と思われる)」なんて講義をした直後にこんな問題にブチ当たったものだから、思わず全身から脱力する。こんな不勉強な方々が作った問題に自分が裁かれるのかと思うと、デビ夫人に説教されるゴージャス松野になった気持ちがした
 問題は単純に知識を問う問題が多いのだが、題材そのものがマイナーなので、知識量が足りないとかなり苦戦しそう。先程の野球の喩えで言うと、140km/h弱のストレートが外角低めギリギリに入ってくるような感じだろうか。

 1の(1)は「東京フレンドパーク2」のクイズコーナーみたいな問題だが、答えを3つ書かなくてはならないのがミソ。答えになるべき候補は4つ(イスラム教、ゾロアスター教、マニ教、ネストリウス派キリスト教)しかないので、うろ覚え状態では苦しい。
 各問の(2)の国名を答える問題がイヤらしい。義浄の東南アジアの古代王朝なんて、アフリカやラテンアメリカの古代文明並にマイナーなところだし、ホルムズやメッカも、その時代の世界地図が頭に入っていないとかなり苦しい。こんなもん、知らなくたって授業5分前に地図見りゃエエやんか、と言いたいところではある。
 論述問題は、マルコ=ポーロの方はハッタリでも何とかなるだろうが、鄭和の方は教科書や参考書以上の知識がないと自信を持っては答えられないのではないかな。この時代、中国人がアフリカ行ってキリン連れて帰って来たなんて、普通は思わないもんなぁ。

 
 この時点で残り30分弱。まだ解答用紙はA3サイズが1枚丸まま残ってる。うわー、本当にギリギリだよ。

問6 十字軍について次の問いに答えなさい。

 1 第4回の十字軍は当初の目的から逸脱した行動をとり、これ以降十字軍は大きく変質した。この第4回十字軍の行動を、初期の十字軍と比較して、次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。
  ヴェネツィア ラテン帝国 イェルサレム 宗教的情熱 商圏拡大

 2 第5回の十字軍は、強行からの度重なる要請に従わなかった神聖ローマ皇帝が破門されて始めて結成したという経緯がある。ローマ教皇と神聖ローマ皇帝とはそれまでにもしばしば対立し、破門された皇帝も少なくない。両者の対立はどのような問題から生じたのか、11世紀に起こった有名な出来事を例にして説明しなさい。

 3 第6回、第7回の十字軍はともに、北アフリカを攻撃したが失敗に終わった。しかし、この十字軍を率いたフランス王は、国内のキリスト教の異端派の根絶には成功した。このキリスト教の異端派の名を答えなさい。

 十字軍問題だ。ここまで古代ヘレニズム、ヨーロッパ近世&近代、アジア文化交流史ときているから、中世ヨーロッパ史にあたる十字軍問題ならば、まぁバランスがとれているんだろう。ただ、今年はサッカーW杯日韓共催の年だから、朝鮮半島史で攻めてくるかな…とも思ったのだが、さすがにそれは無かったか。
 2年前、沖縄サミットや中東和平会談の真っ最中という事にちなんで、それに関する問題が出てビックリした事があったから、またあるかな、と思ったんだけどなぁ……。

 それにしても、十字軍問題とか言って、十字軍について訊いてるのは1だけじゃないか(苦笑)。普通、十字軍問題と言えば、1095年の第1回十字軍結成にまつわる話とか、第3回の欧州君主ドリームチームVSサラディン世紀の対決だったりするんだけど、よりによって、第4〜7回とは……。
 問題そのものの難易度は、採用試験としてはかなり低いレヴェル。これなら大学受験を控えた高校3年生でもどうにかなりそうだ。ただ、もうこの辺りからは時間との戦いの方が熾烈を極めているので、雑念を抱く事無く、とにかく書きまくるのみ。
 …ていうか、この大問、無かった方が色々な意味で良かったんじゃないか? ボーダーライン近辺の受験生は間違いなく完答できるから、“目玉問題”を前に貴重な残り時間を潰すしか意義の無い問題だぞ。でも、もしそれが真の目的なのだとしたら、本当に寒い話だとしか言いようが無い。

 
 ここで残り20分ほど。ちょっとだけ余裕が出来たかな、といった感じだが、まだまだ油断は出来ない。
 何しろ、次の問題は“目玉問題”なのである。しかも、用意された解答欄は、A3サイズのちょうど半分くらいの大きさで作られた巨大な枠のみ。どういう事かというと、こんな感じなのだ。↓

平15高等学校地理歴史(5枚のうち2) 

 

 

この部分が
大問7の解答欄

 そして、その巨大な解答欄に対して与えられた問題は以下の通りだった。

問7 1945年から1989年までの東欧の政治的・社会的な動きを、次の語句をすべて用いて説明しなさい。説明文中の使用した語句には下線を引きなさい。

  人民民主主義  プラハの春  スターリン批判  自主管理労組「連帯」 ベルリンの壁

 まさにシンプルイズザ・最強。
 最後の最後に強烈極まりない問題がやって来た。問題文を見てもらえれば分かるが、要するに、東ヨーロッパとソ連の45年分の歴史をサラッと書け、という事である。しかも余った時間で書ききれ、と。
 ただでさえ、高校などでは時間切れで授業を受けた覚えが無くて記憶しなければならない量が異様に多いため、意識的に時間をかけて勉強をしないと対応できない現代史なのに、そこへ加えてマイナーな東欧史、しかも45年間分全部である。「どないすんねん、コレ」な話である。
 しかもキーワードを見ると、「人民民主主義(=終戦直後の東欧全体)」、「プラハの春(=1968年チェコスロバキア)」、「スターリン批判(=1956年ソ連)」、「自主管理労組『連帯』(=1980年ポーランド)」、「ベルリンの壁(=1961年、1989年ドイツ)……と、各年代、各国まんべんなくなので手抜きが全く出来ない
 野球の喩えなら、時速160km/hで、おまけにホップしてくる球。投げられた球がどういう軌跡でやって来るのかは分かるけど、打つのは至難の技、というところだろう。

 だが実はこの分野、駒木は結構力を入れて勉強してきたところでもあるのだ。年号も一通り頭に入っている。問題見た瞬間に答えは浮かんで来た。ただし、時間切れになると全く点数がもらえないだけに、あとは時計との勝負になる最大の敵は歴史でも兵庫県でもなくて、時間相手に不足は無しである。

 そこからの20分は、まさに戦争映画のクライマックスシーンにも匹敵するスリル満点の大スペクタクルな戦いであった。

 

──ただ、傍からその戦いの様子を見たら、机に張り付いてカリカリやってる、メチャクチャ地味な光景でしかないのが悲しいが。

  

 ……結局、全ての回答を終えたのは試験終了1分前であった。多少、文章に気になるところはあるが、もう直しているヒマも無い。多分、全部の問題をくまなく答えようとしたら時間が5分くらい足りなかったはずだ。
 本当にどういうつもりで問題を作ったのか、担当者を小一年ほど問い詰めたい気分になる。が、まぁ終わってしまえばノーサイドである。今は怒りよりも開放感を味わいたい

 簡単な事後指導の後、受験生は晴れて放免と相成った。会場から出てゆく途中、受験生達が口々に感想を述べ合っている。やはり、他の受験生にとっても時間不足は厳しかったようで、最後の大問7を書く余裕が無かった者も結構な数いたようだ。それを考えると、少なくとも答えを書ききった駒木は恵まれていると言えるのだろう。
 結局、全体的な感触を言うと、世界史関連の問題では、減点を喰らいそうなポイントが2つほどあるものの、多分9割前後はとれていそうだ。あとは日本史の失点がどれだけ響くかだろう。
 試験はこの後、来る28日・土曜日に面接試験があるテーマを面接会場で発表しての集団討論試験だ。これは、アドリブ力と普段からの意識の積み重ねがモノを言う、マニュアルが全く通用しない試験であるので、出たとこ勝負で行くしかない兵庫県は面接の配点も高いので、ここでメロメロだとペーパーテストでボーダー以上を取っていても危ない。とにかく自分というモノをぶつけるしかないので、開き直って臨む所存だ。


 ……と、ここまで長々と3日に渡ってお送りしてきたレポートもこれで終わりです。
 受講生の皆さんにとって、この試験はどう目に映ったんでしょうか? また一度お聞かせ願いたいと思います。それでは、面接試験での健闘を皆さんに誓って、この講義を締めさせてもらいます。ご清聴、ありがとうございました。
(この項終わり)

 


 

7月22日(月) 教科教育法(高校地歴)
「実録! 平成15年度兵庫県教員採用試験レポート(2)」

 今日の講義は、前日に引き続いて教員採用試験レポです。昨日付講義を未受講の方はこちらからレジュメの閲覧を済ませてください。

 指摘が出そうなので先に述べておきますが、「平成15年度」というのは誤りではありません平成15年4月1日付採用の教員を選抜する試験ですので、これで正しいのです。

 また、今回のシリーズは高校地歴(専門・世界史)の問題を公開し、その問題を解いた過程などをお伝えする事になると思います。で、その中に、非常にマニアックな内容が含まれる事になると思いますが、気にしないで読み飛ばしてもらって結構です。別に知らなかったら恥ずかしい、というようなものではありませんので。ただ単に「住んでる世界が違うんだなぁ」という事が分かってもらえれば、それで十分です。
 あと、お願いですから「駒木のヤツ、知識をひけらかして悦に入ってやがる」なんて思わないで下さい(苦笑)。細かい歴史の知識を知ってたり覚えてたりしたからといって偉いわけじゃない、なんてのは駒木が一番良く分かってますんで。歴史の年号とか人名とかを覚えるより、ブラックジャックの基本戦略テーブルとかパチンコの釘の見方とかを覚える方が、日常生活でよっぽど役に立ちますんで、ハイ。

 というわけで、以下、レポートの続きです。独白形式という事で、文体を常体(で、ある調)に変えてお送りします。


 さぁ、いよいよ筆記試験のスタートであるが、ここで受講生の皆さんに今回の1次筆記試験の概要について少し解説しておこう。

 まず兵庫県という自治体には、毎年毎年採用試験の内容を大幅に変えて来るという厄介な習性がある。どのくらい大幅な変化かと言うと、田舎のごく普通の娘さんが、上京して1年経ったらAV女優になってた…という位の変化と言えば分かり易いだろうか。
 今から3年前、全国に先駆けて教職教養を筆記試験の範囲から外したのもそうだし、面接試験のシステムも1年ごとにコロコロ変わる。なので、参考書に載ってるような全国汎用的な試験対策はまるで役に立たないし、受験回数を重ねても試験慣れによるアドバンテージはほとんど無い。いや、毎年混乱させられる分だけ逆に不利かも知れない。
 この節操の無さはハッキリ言って迷惑極まりないのだが、それでも兵庫県には、他の自治体に大いに誇れるセールスポイントがあるから憎み切れない。
 それは、「全くコネが通用しない」という事。恐らく県内選出の大物国会議員が動いても難しいのではないかと思う。例えば、(政令指定都市なので)県と別枠で行われる神戸市の教員採用試験では、かつて助役の娘が小学校教諭1次試験の水泳が出来ずに落っこちた…という清々しい話が残されている。
 これが同じ近畿地方の某自治体になると、どれだけ大物の政治家にどれだけ金を積んだかの勝負になるというから恐ろしい。ちなみにその自治体では、地方議会の議長に一財産積むと、採用予定数が0であったとしても、往年のマラドーナよろしく“ゴッドハンド”が炸裂して採用枠1がたちまち誕生してしまうのだそうだ。

 ……と、他の自治体の話は別にして話を兵庫県のものに戻そう。
 さて、今年の試験で実施された一番大きな変化は、去年まで1次筆記試験で行われていた作文試験(800字程度の小論文を60分で書くもの)が1次試験から除外されて2次試験に回された事だろう。これにより、筆記試験は一般教養と専門教養(つまり駒木の場合は世界史)だけになった。
 受講生の皆さんもご存知の通り、駒木は作文が非常に得意であるので、正直言ってこの変更は激痛なのだが、制限時間と字数を守って起承転結をつけた小論文を書かなくてはならないプレッシャーは並大抵のものではなかったので、ホッとした気持ちも大いにある
 どうしてこんな変更が行われたのかは謎だが、恐らく「大量の作文に目を通さなければならないのが嫌になった」というのが正直なところではないのかと思う。あとは、「試験で上位に来る受験生は、そのほとんどがソツなく作文を書いてしまい、全く点数差が付かないからやっても無駄。でも一応形式的に2次で残しておこうか」…というのもあるはずだ。まぁ、倦怠期の夫婦が同じ部屋でベッドを別々にするようなものか。

 もう1つの大きな変更点は、一般教養試験の英語ヒアリングが廃止され、その代わり英語文章読解が新たに導入された事だろう。
 ヒアリングは一昨年の“大幅な変更点”で、2年間実施されていたのだが、昨年の試験で大問題が発生してしまい、今年から中止を余儀なくされたのである。
 その大問題とは、「セミの鳴き声がうるさくて放送の声が聞こえなくなり、ヒアリング試験そのものが無効になった」…という嘘のような本当の話。試験会場である公立高校は、空調設備が無いので窓を開け放して試験が実施される。そういうわけで、外からの騒音が何も遮られる事無く耳に届いてしまったのだった。
 また、昨年の筆記試験当日は参議院選挙の投票日だったのも不味かった。試験会場のすぐ側を、のべつまくなしに選挙管理委員会の街宣カーが走り回り、大音響を撒き散らしていたのだ。
 ただ、実際に試験を受けた者としての実感だが、騒音以前に昨年のヒアリングは根本的に難しくて聞き取り辛かった。それをセミの鳴き声のせいにして教育委員会に抗議した強者がいたという事なのだろう。実際、高校入試レヴェルの平易なものだった一昨年のヒアリングはセミが鳴こうが問題にならなかったのだし。
 つまり、ヒアリング廃止の要因はクレーマーということになる。何だ、クレームつけた者勝ちだったのか、採用試験は(苦笑)。なら「前の受験生の腋臭が酷くて試験に集中できなかった。再試験してくれ」とかでも有りなのかもしれない。ただ、もしそうなったら、その翌年から受験資格に「腋臭でない者」とか入ったりして居心地が悪い事この上なくなるが。
(追記:しかしよく考えたら、駒木は自分の受験した会場の事情しか知らなかったわけで、ひょっとしたら本当にセミの大合唱が凄かった会場が有ったかもしれませんね。ちょっと言い過ぎました、ハイ)

 やや説明が長引きすぎた。ここらへんで今年の試験内容に話を移そう。
 一般教養試験制限時間60分で、問題用紙は変形B4の小冊子14ページ強という、分量だけならばなかなかのボリューム。ただ、問題は3〜4択のものが多いので、実際には大分余裕があると言えそうだ。
 教員採用試験の一般教養は、自治体によってはジャンルバラバラの一問一答式問題が並んでいたりするところも多いようだが、さすがに兵庫県はそんな普通の試験は作ってこない
 5つある大問の内の最初の2つは、大学入試の現代文長文読解のように、まず評論や小説から文章を一部転載し、そこへ部分部分に下線を引いて、それにまつわる問題を設ける方式がとられた。
 この転載する文章にも結構クセがあり、今年は「プロジェクトX リーダーたちの言葉」が採用されていて少し驚いた。そして、それと共に、問題を作った教育委員会の偉いサンたちが、奥さんと年頃の娘さんたちで構成されたベルリン=ローマ枢軸のように堅固な共同戦線に圧されてリビングに居場所をなくし、西日のキツい6畳の書斎のTVで一人、350mlの発泡酒を呑みながら、かけがえの無い仲間を失いながらも男達が黒部ダムを作り上げるまでを涙流しながら見ている情景が頭に浮かんで来てしまい、なんだかこちらまで泣きそうになってくる。

 しかもその長文読解形式の問題は、形式通りに国語の問題というわけではなくて、全くのノンジャンルだったりする。結局、回りくどい事をして、他の自治体と同じようにジャンルバラバラの一問一答だったりするのは武士の情けで指摘しないでおこう。

 例えば、その「プロジェクトX」から出題された大問2はこんなものであった。一部を紹介しよう。

 問1 下線部1(駒木注:「気象庁」に下線)に関して、現在気象庁はどの省の外局になっているか、次のア〜エから1つ選び、記号で答えなさい。
 ア 国土交通省  イ 文部科学省 ウ 農林水産省 エ 環境省

 問2 下線部2(駒木注:「台風」に下線)に関して、台風について記述した次のア〜エの文のうち、正しくないものを1つ選び、記号で答えなさい。
 ア 台風は熱帯地方で生まれた低気圧が発達したものである。
 イ 「台風の目」とは台風の中心付近の風が弱く、雲がほとんどないところのことである。
 ウ 夏から秋にかけて発生した台風は日本に近づくものが多い。
 エ 日本に襲来する台風の雲のうずは気象衛星から見ると中心に向かって時計回りになっている。

 問3 下線部3(駒木注:「富士山」に下線)に関して、次の問に答えなさい。
 (2) 富士山を題材に「富嶽三十六景」を描いたのは誰か、次のア〜エから1つ選び、記号で答えなさい。 
 ア 菱川師宣 イ 東洲斎写楽 ウ 喜多川歌麿 エ 葛飾北斎

 問4 下線部4(駒木注:「電波」に下線)に関して、次のものに使われている電波のうち一番波長が長いものはどれか、次のア〜エから1つ選び、記号で答えなさい。
 ア AMラジオ放送 イ UHFテレビ放送 ウ 携帯電話 エ 電子レンジ

 問5 下線部5(駒木注:「気温」に下線部)に関して、気温は海抜が高くなるにつれて一定の割合で下がっていく。今、海抜200メートルのところで気温が18.8℃、海抜1,000メートルのところで気温が14.0℃であった。このとき富士山頂での気温は何℃か、富士山頂の海抜を3800メートルとし、小数第1位まで求めなさい。

 肝心の国語の問題がほとんど存在しないのはどうしたものか…とは思うが、よくぞ「プロジェクトX」からここまで話を広げてくるものである。
 中でも油断ならないのが、問5のような算数に近い数学の問題。普通の状況なら万に一つも計算ミスなどしない簡単な問題なのだが、極限状態になると人間何をしでかすかわからない。事実、駒木は最初、48÷8=
という信じられないミスをしてしまい、試験終了直前に辛うじて気が付いて事無きを得た。まったく、童貞と処女の初Hで「その穴は違います」みたいな話だ。最後までイッていたらシャレにならないところであった。

 ……下品な話はさておき。次は大問3だ。こちらはオーソドックスなノンジャンルの一問一答方式だった。長文読解形式では盛り込みにくいタイプの問題をここに集めて来たようだ。ここも一部を紹介することにする。

問2 世界貿易の拡大を目指す関税と貿易に関する一般協定(GATT)にかわり、1995年1月に発足した貿易に関する国際機関に、2001年中華人民共和国が加盟した。この国際機関は何か、次のア〜エから1つ選び、記号で答えなさい。
 ア WHO イ ISO ウ WTO エ NAFTA

問3 弦楽器・管楽器・打楽器の各種楽器を含む最も大規模な合奏形態をオーケストラという。管楽器を木管楽器と金管楽器に分類する時、次の4つの楽器の中で種類が他の3つと異なるものを1つ選び、記号で答えなさい。
 ア トロンボーン イ ホルン ウ トランペット エ フルート

問7 運動に関する次のア〜エの文の中から、正しくないものを1つ選び、記号で答えなさい。
 ア エアロビクスとは、酸素を体内に取り入れながら、運動を長い時間行うことによって心肺機能を高め、動きを持続する能力を向上させるために工夫された運動のことである。
 イ 激しい運動を行うと、血液中に筋肉の疲れの元になる疲労物質が生じる。この疲労物質を取り除くためには、完全に休んでしまうよりも軽い運動を続けるほうが効果的である。
 ウ ストレッチ体操ははずみをつけ、勢いよく伸ばし、その状態を保つ。伸ばしているときは息を吸いながら行う。
 エ 腹筋運動は、腰痛予防には効果的だが、ひざを伸ばしたままやると、かえって腰痛を悪化させたり背筋を痛めたりすることがある。

問8 衣類と洗剤の関係、洗剤の特徴などを述べたア〜エの文の中から、正しくないものを1つ選び、記号で答えなさい。
 ア 石鹸は弱アルカリ性で主に天然の油脂を原料としているが、水に溶けにくいので、温かい湯で溶かすのが良い。
 イ 合成洗剤のうち弱アルカリ性洗剤は、主に石油を原料としているが、冷水にもよく溶け、汚れ落ちはよい。
 ウ 毛、絹、綿のうち綿は塩素系の漂白剤を使って漂白しても色落ちしない。
 エ 合成繊維のうちアクリルとポリエステルは塩素系の漂白剤を使ってもよいが、ナイロンには塩素系の漂白剤を使うと黄変する。

問9 北は日本海、南は瀬戸内海、太平洋に面した兵庫県は、昔の播磨、但馬、淡路の国と丹波の一部ともう1つ別の国の一部から成り立っている。その国の名前を次のア〜エから1つ選び、記号で答えなさい。
 ア 阿波 イ 備前 ウ 伯耆 エ 摂津

 この他、省略した問題も含めて、結成当初のモーニング娘。メンバー間の心の距離くらいバラバラなノンジャンル問題が10題。
 中でも頭を悩ませたのは問8の家庭科問題。駒木の世代は、男子は高校では家庭科を履修しなかったのだ。そして卒業した後も、生活力が無いために実家暮らしの身分であるから、こんなの分かりようがない。自分の生き様を責められてるみたいで、思わず机上に突っ伏して呻きたくなってしまった

 ……続く大問4は、3年前から実施されているコンピューター関連問題だ。
 最近の当局の方針は、パソコンの基本操作も出来ないヤツが教員になってはいけない…というガッツ石松の人権を無視したものであるため、この問題は比較的配点も大きくて、一般教養試験の中でも重要な位置を占めている
 ただ、問題そのものは、普段からパソコンに触れている者にとっては非常に平易。中には「キミは私をバカにしているのかね」と、「ショムニ・ファイナル」の升毅のように尊大な顔をしたくなる問題まである。これも一部を紹介するので、受講生の皆さんにも呆れ果ててもらおう。

 問1 次の(1)〜(10)の問いの答えとして、正しいものをそれぞれ1つ選び、記号で答えなさい。

 (2) ネットワークを通じて、サーバやホストコンピュータからユーザ(利用者)の端末にプログラムやデータを転送することを何というか。
 ア オーバーロード イ アップロード ウ オンロード エ ダウンロード

 (3) 1ギガバイト(1GB)は1メガバイト(1MB)のおよそ何倍か。
 ア 10倍 イ 100倍 ウ 1,000倍 エ 1,000,000倍

 (5)ソフトウェアをたくさんインストールしたので、新しいソフトウェアをインストールするのに必要な記憶容量が不足している。新しいソフトウェアをインストールできる容量を確保するために増設するのにもっとも適当なハードウェアはなにか。
 ア ハードディスクドライブ イ イメージスキャナ ウ CD-ROMドライブ エ DVD-ROMドライブ

 問4 次のア〜エのコンピューターに関する文のうち、正しいものを1つ選び、記号で答えなさい。
 ア 作成した文書データを誤って消してしまわないように、こまめにCD-ROMに上書き保存をしておくことが大切である。
 イ 表計算ソフトの各セルには文字や数値を入れることができるが、計算式を入れることはできない。
 ウ Webページに画像データを貼り付けるときは、JPEG形式のファイルよりBMP方式のファイルの方が容量が小さいので都合がよい。
 エ 電子メールは、メールサーバの個人のメールボックスに届くので、相手のコンピューターは起動していなくてよい。

 最後の問題など、10年程前にはたまに見受けられた、上司が部下のOLに、「オイ、○○クン、今送ったFAXは今日中に届くかね?」と言ってオフィスを吉本新喜劇みたいな雰囲気にしてしまうようなやり取りが思い出されたりして微笑ましい。

 そして最後の大問5は、先に述べた英語の文章読解。どんなレヴェルの問題が出て来るのか少しビビっていたが、何のことはない、メチャクチャ簡単な大学入試みたいな問題であった。

 問1 次の会話文を完成させるのに最も適切なものを次の1〜4からそれぞれ1つ選び、番号で答えなさい。

 (1) A : What's the ploblem?
     B : I'd like to exchange this dress, please.
         A : (                        )
     B : Well, no. It was a present, but it's too small.

      1: May I help you?
      2: Yes, we have them in green and red.
      3: Cash or charge?
      4: Do you have a receipt?

 (2) A : How far is it from here to the nearest bus stop?
     B : It's about 15-minute walk.
     A : (         )  I'm afraid I have this heavy baggage to carry.
         B : Don't worry. I'll carry it for you.

      1: Good idea.
      2: That's pretty far.
      3: That's isn't far.
      4: It's good to walk.

 問4 次の英文の内容を表すものとして最も適切なものを1〜7の中からそれぞれ選び、番号で答えなさい。

 (1) So many men, so many minds.
 (2) All walk and no play makes Jack a dull boy.
 (3) Time and tide wait for no man.
 (4) Easier said than done.

 1:よく学びよく遊べ 2:意志あらば道は開ける 3:十人十色 4:類は友を呼ぶ 5:言うは易く行うは難し 6:多芸は無芸 7:歳月人を待たず 

 意外と歯ごたえの無い問題に戸惑いつつも、「どうせなら、“The examination is like a devil's work”で、『教員採用試験』が答、ってのはどうだろう」…などと思ったりした。

 
 ……結局、駒木は20分ほど時間を余して回答終了した。感触はかなり良い。
 例年なら、紹介したような問題に「直列つなぎにおける電流と電圧の計算」とか、「次の4つの音符の内、『荒城の月』はどれ?」…みたいな、文系受験生を泣かすためだけに出されるようなものが加わるのだが、今年は何故かそれは無し。積年の罪を自覚して宗旨変えしたかのように、かなりオーソドックスな一般教養試験だった。
 ただ、感触が良いのは他の受験生も同じらしく、周りの世間話を聞いていると、どうやら合格が狙えそうな受験生の平均点は8割〜9割程度、それもほとんど点差無しで互角の勝負のようだ。結局、勝負は午後からの専門教養に持ち越しという事であろう。完全に神経戦の様相を呈してきたと言えよう。

 時計は正午を回ったあたり。にわかに胃の奥から鈍痛がやって来た。体が「助けてくれ」と訴えかけている。昼食の握り飯を頬張りながら、「ホントに俺、命削ってるよな」…と心の中で呟き、1つ大きな溜め息をついた。(次回へ続く

 


 

7月21日(日) 教科教育法(高校地歴)
「実録! 平成15年度兵庫県教員採用試験レポート(1)」

 今月に入ってから、当講座は「駒木が教員採用試験に専念するため」という理由により、休講・短縮講義中心の特別編成カリキュラムで進行してまいりました。
 もっとも、その間もW杯関連の講義などで大きな反響を頂き、実質上平常カリキュラムと変わらない期間が続いたりもしました。が、それでもこの1週間は3回の休講を頂きまして、講義に費やす時間をほぼそのまま試験勉強の方へシフトさせる生活をさせてもらいました
 この間、受講生の皆さんには大いに御迷惑をおかけしたりもしましたが、おかげ様でほぼ満足の行く成果をあげる事が出来たように思えます
 そこでこの度は、受講生の皆さんへの事情説明や感謝の印も兼ねまして、今日21日に実施された、教員採用試験の中でも最も重要で熾烈を極める一次筆記試験についてのレポートをお届けしたいと思います。
 また、これは明日付の講義の内容になりますが、レポートに併せて、駒木が受験した世界史の専門教養試験の問題を全文転載して公開したいと思いますので、採用試験受験予定者の方は勿論、そうでない方も興味を持ってこのシリーズの講義を受講して頂ければ…と思います。

 それでは、以下はレポートの性格上、文体を常体(で、ある調)に変えてお送りします


 採用試験当日、受験生の朝はマサイ族並に早い
 試験会場での受付時間が9時から20分間だけ、更に遅刻は即失格という厳しい規則があるので、おのずと時間に余裕を持って行動する事を強いられるのだ。これは、受験会場が何故だか知らないが、交通アクセスがあまり良くない学校から選ばれる事が多いので余計である。
 今年の試験会場である県立伊丹高校は、JRの寂れた駅から1.5km歩くか、阪急電鉄の支線の終着駅から本数の決して多くないバスに乗って、最寄の停留所からさらに250mほど歩かなければならない所にあるという。江頭2:50なら教育委員会に全裸で物申すような地理条件と言えよう。
 それだけでも気が滅入るのに、採用試験の募集要項に掲載されている地図が非常にお粗末で、「いいから迷っとけ」と言わんばかりなのが余計に参る。どんな道でもタクラマカン砂漠を彷徨うが如くの方向音痴である駒木にとって、これは不安極まりないのだ。会場に辿り着くまでが試験の内だ…って、『HUNTER×HUNTER』のハンター試験じゃないんだから勘弁願いたい。しかし、採用試験でも、ハンター試験みたく、ルーキーが絶望する様子を眺めるためだけに試験を15回受け続ける男とか本当にいそうだから怖い。少なくとも、15回連続で試験を受け続けている人は本当にいるのだから。
 兵庫県での採用試験合格の目安は、「普通3年、高校地歴6年」と言われていた。ただ、それはまだ採用人数が今よりかなり多かった時代の話である。校種や教科によっては、今や司法試験より狭き門になりつつあるのが、この教員採用試験だ。

 ……さて、そんなわけで、時間にたっぷり余裕を持っての出発となった。休日の朝7時、人生に疲れた不倫旅行のカップルと出くわしそうな弛緩した雰囲気の電車に乗り、会場へ向かう。
 車内では生徒用の世界史資料集を広げて重要事項の最終チェックをする。兵庫県の採用試験では特に、資料集に掲載されている絵画や写真から出題されるケースが非常に多いのだ。いつもなら、衆人環視の中で高校生の教材を広げる事にはやや抵抗を感じるのだが、今日ばかりはそんな事言ってられない。もしもそこから出題されるというのなら、「コミック・ペンギンクラブ」だろうが「まんぞくニュース」だろうがガバッと広げてやる、の心構えである。

 …そうこうしながら電車を何度か乗り替えて、試験会場に近付いてゆく内、徐々に“それ”らしい雰囲気の人たちが見受けられるようになった。別にハッキリした目印があるわけではないのだが、何故だか雰囲気だけで「この人は採用試験を受けるんだな」というのが分かってしまう。
 まず、就職活動ルックの現役生(大学4年生)は一発で分かる。この夏の暑い中、しかも日曜朝の時間帯にリクルートスーツ着てるヤツは採用試験受ける以外に考えられない
 大体、スーツ姿の彼らは、顔が微妙に緊張しているのが特徴的である。また、全く役に立たない教職教養の参考書なんかを広げたりしていたりしているのも微笑ましい。一応「教員養成セミナー」なんかを買ったりなんかして通り一辺倒の知識は得ているものの、日本一のアウトロー路線を突っ走る兵庫県教育委員会の特殊性を知らないが故の過ちである。(このことについてはまた後で述べようと思う)
 彼らを見ていると、ちょっとアドバイスなどしてやりたい衝動に駆られるのだが、心を鬼にして黙っておく。採用試験は文字通りの修羅場なのである。勝手に潰れるヤツは潰れるに任せる弱肉強食・自然淘汰の世の中。嗚呼、なんて嫌な世界なんだろう。

 ルーキーたちと対照的なのが、ベテラン受験生たちである。彼らの特徴は、夏らしい軽装をしていること。フォーマルな方でもノーネクタイ・開襟シャツで、中にはアロハに短パンという信じられない格好の豪傑もいる。
 これは別に他意はなく、ただ「筆記試験の日は、誰も服装や態度なんか見てねぇ」という、よく考えたら至極最もな事に気がついて、機能重視で試験に臨んでいるだけなのだ。だからこの日の駒木もポロシャツにGパンである。
 これは、当たり前のような事だが重要な事。なにしろ学校の建物内はクソ暑いと相場が決まっている。スーツなんぞ着ていったら試験の前に暑さで悶絶する事必至だ。ちなみに、駒木が2年前に1次を通過した時の服装はTシャツとGパンだった。これでバンダナ巻いてバックパックを背負ったら、採用試験ではなくてメロンブックスとか行ってそうなオタクの出来上がりである。が、それでも点さえ取れれば受かるのがペーパーテスト。「外見にとらわれず、実力重視」と言えばいいのか、「テストの点ばっかり見ていて人間の本質を見てない」と言えばいいのかよくワカラン話ではある。まぁ、さすがに全裸にペニスケースとかで受験しようとしたら、公権力の限りを尽くして止められるだろうが。
 また、彼らベテランには、試験会場やその道すがらでやたら知り合いの受験生と出会って歓談を始める…という特徴もある。彼らにとって、採用試験の日はちょっとした同窓会なのだ。そして、毎年顔ぶれが全く変わらない(つまり合格者が1人も出ない)という事に内心ブルーになりつつも、それでもこの日1次筆記試験が終われば、即、居酒屋へ行って反省会兼残念会を前倒しでやったりする悟り開いてるんだか、ただのバカなんだか微妙なところではあるが、駒木も今年5回目の受験をするにあたって、何となく彼らの気持ちが分かるようになってきた。分かりたくなかったんだがなぁ……。

 それから試験会場までの話は、受講生の皆さんには面白くないだろうから割愛。案内標識があったので無事辿り着けた、とだけは言っておく。

 図らずも順調な行程で到着したため、駒木が会場である伊丹高校に到着したのは受付開始時刻の30分前だったが、既に多くの受験生が周囲に散らばっていた。この会場は、中学社会科&高校地理歴史科および公民科という、倍率のクソ高い上に女子受験生が少ない校種・教科の受験生だけを数百人集める、まるで無間地獄のような会場である。(他校種・教科は同日同時刻に県内の別会場で試験を実施)
 そんな会場入口前(要は校門前)では、教員養成予備校という世も末な学校の職員がチラシを撒いていた。チラシは“教職教養・重要事項最終チェック!”なる内容の小冊子に広告が付いているものなのだが、先にも述べた通にアウトローである兵庫県は、試験から教職教養を試験範囲から除外している全国でも数少ない自治体なので、実はこのチラシはただの紙クズなんである。しかし、会場内でそれを熱心に読みふける者も後を絶たないのが泣けて来る配る方も配る方だが読む方も読む方だ。ドイツから国際電話でカーン様に
「走れ、グズ共!」と叫んで頂きたくなる光景である。

 受験生の集まりが早すぎたため、受付開始が前倒しになっていて、駒木も到着してすぐに受付を済ませて会場へ。まだ試験開始までに1時間半の余裕が有るため、校舎内に入って所定の席に着くと、すぐに世界史・地理・日本史の教材を広げて1時間弱かけて最終調整。何だか勉強をやってもやっても足りない感じがするのだが、経験上、そういう時は良い結果が出る事が多いので、仕上がり自体は良いのだろう。あとは気持ちを落ち着ける事に専念するだけだ。
 そんな中、トイレに行った時に大学時代のゼミの先輩Aさんと出くわす。毎年1次試験会場で会ってしまう上、年によっては1次面接(集団討論)で同組となって潰し合いを演じてしまう事もある“悲しき腐れ縁”なのだが、今年もやっぱり出会ってしまった。駒木は先に述べたが今年で5回目、Aさんは今年が6回目の受験となる。つまり5年続けて試験会場で会っていることになる。できる事ならば、こんな所ではなくて初任者研修会とかで会いたいものなのだが、よく考えたら世界史の採用人数は1人しか出ないと思われるので物理的に無理な話であった。
 Aさんは、学生時代には駒木よりも格段に歴史の知識があった凄い人なのだが、不思議と試験運が無く、これまで1次落選を繰り返していた。しかし、どうやら話を聴くと、去年は2次試験まで進出されたとのこと。去年の会場では「今年は“捨て”て、来年に頑張ろうと思ってるんや」と言っていたのに、人生どうなるか分からないものだ。ただ、それにしても2次で落ちてはどうにもならないのであるが……。
 それにしても、Aさんはバリバリの体育会系で、講師の立場でも第一線で部活の顧問をしている人なのだ。採用試験に一番受かりやすいタイプであるはずなのに、それでも落とされるとは……。試験前にモチベーションの下がりまくる話を聴いてブルーになってしまった。嫌な感じだ。

 Aさんと別れたところで試験まであと15分ほど。何をするにも中途半端なので、受付の時に配られた会場分けのプリントを見て受験者数の確認なんかをして時間潰しをする。
 今年の高校地理歴史科の受験者数は、日本史209名、世界史130名、地理28名の計367名。ここから正規採用されるのは恐らく各科目1人ずつなので、合格予定者は計3名。よって、倍率は
122.3倍という事になる。立派な万馬券である。
 まぁ、実際は補欠合格が1人ないし2人出るので、実質倍率はもう少し下がるが、シャレにならない倍率である事は間違いない。唯一の救いは世界史受験者数が昨年から20人ほど減っている事なのだが、それにしたって、いつ合格してもおかしくない能力を持った人が10人以上はくすぶっているのだから、気休め程度にしかならない。そんな中で1次試験を通過できるのは、130人中、僅かに6〜8人程度。実力者の内で少なくとも数人が、完璧超人に秒殺されるリキシマンとブロッケンJr.のような悲惨な目に遭うことになる。

 すっかり気分がダークネスとなったところでようやく事前説明の時刻になり、試験官が教室にやって来た。
 この人たちは現役ベテラン教員や、教育委員会の職員なのだそうだが、彼らは一様に朗らかで、受験生へしきりにリラックスするよう促すのが、申し訳ないが余計に癪に障って仕方が無い。好意そのものは身に沁みるのだが、それは森田健作が戸塚ヨットスクールの生徒に「今日も頑張って行こう!」と元気ハツラツに声をかけるようなものなので、どうにかしてもらいたいのだ。

 ……と、教室中に人を何人殺せるか分からないようなストレスが充満したところで、いよいよ戦闘開始である。今年も天下分け目ならぬ人生分け目の戦いの火蓋が切って落とされた。(次回へ続く

 


 

7月19日(金) 歴史学(一般教養)
「短期集中企画・駒木博士の歴史覚え書き(4・終)」

 採用試験直前の苦し紛れで始めたこのシリーズですが、一応今回でひとまずの区切りとさせて頂きます。
 いや、講義そのものは楽で良いんですけどね(笑)、でも楽するために講義をしたんじゃ本末転倒ですので、戒めの意味もこめて封印とします。ただ、運良く採用試験を1次通過してしまったら、2次対策のために復活する可能性もあります。心有る受講生の方は、8月上旬の今シリーズ復活を祈ってくださいませ(苦笑)。

 覚え書き4・ギリシア正教がロシアの宗教になった理由とは?

 日本のように宗教色の薄い国は別にして、大抵の国には国教や、国民の多くが入信している宗教なんてものがあります。アメリカやイギリスにとってのそれは勿論キリスト教ですし、イスラエルを除く中東のアラブ諸国の多くはイスラム教が国教とされています。
 そして、それらの国が自国の宗教を持つようになった契機というものも当然あります。イギリスは中世初期のローマ教会によるゲルマン布教がきっかけですし、アメリカは、そのイギリスからの移民が作った国ですから、当然キリスト教の国になるわけです。中東各国は、もちろんイスラム教の教祖・ムハンマドのお膝元であった事が大きく影響していることでしょう。まぁ、大抵はマトモな理由で信仰を始めています。当たり前ですけど。
 しかし当然、物事には例外がありまして、中にはとんでもないというか、「これでいいのか?」という理由で、宗教を決めてしまった国もあります。今日はそんな国・ロシアのお話を。

 
 今はロシア共和国と呼ばれている国が、少し前まではソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)と呼ばれていた事は受講生の皆さんもご存知でしょう。ソ連は共産主義国家でしたので宗教はご法度。そのため、全くと言っていいほど宗教文化は発展しなかったわけですが、さらにその前身であるロシア帝国には、ちゃんとした国教が存在していました。それは東ローマ生まれの宗教・ギリシア正教です。
 ギリシア正教という言葉に耳慣れない方もいらっしゃるかも知れませんが、簡単に言うと、ローマ=カトリックと仲違いした兄弟のような存在の、キリスト教の一派です。
 そんなギリシア正教がロシアの国教になったのは、まだロシアが領土も小さく、キエフ公国と呼ばれていた10世紀末〜11世紀初頭の頃のお話です。

 当時の君主であるキエフ大公・ウラジミール1世は、我が手によって着実に成長しつつある自分の国を誇らしく思いつつも、1つだけ気になって仕方ない事がありました。
 それは自国の宗教というものが存在しない事。「信じている宗教が無い=野蛮」という印象が否めない時代でしたので、自分の国が野蛮人の国と思われる事が嫌で仕方が無かったわけですね。
 そこで大公・ウラジミールは考えました。自分の国も1つ、国教とすべき宗教を採用しよう。で、どうせ1つ決めるのなら、多くの宗教を比べてみて一番信じて都合が良さそうな宗教にしよう、と。合理的ではあるんですが、何だか苦笑いしてしまいますよね。

 で、一度決めたら話は早い。ウラジミールは様々な宗教の宣教師と面会してセールストークをさせる一方で、自分からも各国へ使いを出し、どの宗教の国が反映しているかリサーチを掛け始めました
 ウラジミールがお触れを出すや、1つの国の国民丸ごとが信者になるチャンスとあって、様々な宗教の宣教師がやって来ました。しかし、どの宣教師もなかなかウラジミールの心を打つまでには至りません。まぁそれもそうです。何せ、ウラジミールには宗教心がほどんど無いのですから。「どれ、自分の国に箔をつけるためだ。ナントカ教とかいうヤツを採用してやろうか」…ってノリなのですから、苦戦するのも必至であります。
 特に可哀相だったのはイスラム教で、宣教師役を務めたイスラム教徒が切々とイスラム教の素晴らしさを説明するのですが、ウラジミールは有り難い言葉など耳に入らない様子。挙句の果てにはこんな問答になってしまいました。

 「お前の話を聞いておると、イスラム教を信じてしまうと豚肉と酒を口にする事が出来んようだが、それは真か?」
 「はい、そうでございます」
 「ワシはな、美味い豚肉を肴に酒を呑むことが楽しみなのじゃ。それが出来んのであればイスラム教など信じる甲斐はないのう。もうよい、退がれ」
 「しかし大公様、我らの宗教の素晴らしさを…」
 「いいから退がれ!」

 ……というわけで、ロシアはイスラム教国にならなかったんですね(苦笑)。

 結局決め手になったのは、東ローマ帝国の首都・コンスタンティノープルとその宮殿が非常に華やかで豪華絢爛だったこと。そのリサーチ結果を聞いたウラジミールは、
 「そうか、ギリシア正教とやらを信じれば、そんなに国が繁栄するのか!」
 …と、ギリシア正教の採用を決めてしまったそうです。なんて単純……いやいや(苦笑)。

 結局、キエフ公国はロシア帝国に名を変えた後もギリシア正教の国として栄え、総本山の東ローマが滅亡した際には、最後の東ローマ皇帝の姪をロシア皇后として迎え、東ローマとギリシア正教の正統な後継者となることになったのでした。世の中、何がどうなるか分からないですね…というところで、今日はこれまでにしたいと思います。ではでは。

 


 

7月18日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(7月第3週分)

 特編カリキュラム中でも、ゼミだけは平常実施です。今週に入ってから受講生の数がジリジリ減っていて、メチャクチャもどかしい気分なんですけれども、これで休んでる受講生さんが復帰してくれれば……と思っています。どうぞよろしく。

 さて、まずは情報系の話題を手短に。
 まずは「週刊少年ジャンプ」の新連載シリーズのお知らせから。
 「ジャンプ」は、いつも直前になって新連載シリーズの発表をするので油断ならないのですが、まさか一番忙しい今週に来るとは(苦笑)。
 今回の新連載は2作品。共に今年「ジャンプ」本誌で読み切りが掲載された作品で、まず来週号(34号)から始まるのが、『アイシールド21』作:稲垣理一郎/画:村田雄介)で、そして恐らく次々号(35号)から始まるのが『SWORD BREAKER』作画:梅澤春人)です。
 読み切り掲載時の当ゼミでの評価は共にB(プロの作品として平均点。可も不可もなく)でしたので、個人的には半分不安、半分期待というところですね。

 作品別のポイントも挙げておきますね。まず『アイシールド21』は、読み切りではイマイチ踏み込んでいなかったアメフトシーンをどう描ききるかで完成度が随分と変わって来るでしょう。
 あと、『SWORD──』の方は、もはやマンガ界では半ばタブーと言っていい“剣と魔法のファンタジー”ですから、余程目新しいものを提示していかないと、『ベルセルク』を曾孫コピーしたような劣化したモノになってしまいそうな気がします。それをどうにかするのは作家さんのストーリーテリング力なんですが……おっと、これ以上は作品を読んでからにしましょう(笑)。

 新連載に伴って、入れ替わりに最終回を迎える作品も2つ。1つは以前から打ち切りが確実視されていた『少年エスパーねじめ』作画:尾玉なみえ)で、今週もう最終回を迎えてしまいました。また、もう1作品は、どうやら紆余曲折の上に『NUMBER10』(作画:キユ)で落ち着きそうな感じに。『世紀末リーダー伝たけし』も一時期は人気的にヤバそうだったんですが、ここまで来たら今のエピソードが完結するまで思う存分描いてもらう方針のようです。
 ゼミを始めてから、以前より熱心に打ち切りレースを見ているわけなんですが、同じくらい人気の無い作品群から打ち切り候補を決める時、最後にモノを言うのは実績なんですよね。そういう意味では新連載作品は、とにかくスタートダッシュが大事ということになります。既連載作と競り合ったら負けますからね。そういう視点で、前回の新連載シリーズでスタートダッシュに大成功した作品を挙げるなら『プリティフェイス』ですね。こう言っちゃ、ミもフタもありませんが、やっぱり絵が上手い作家さんがお色気路線に行くと、何かと得なんですねぇ…。

 次に、「週刊少年サンデー」の月例新人賞・「サンデーまんがカレッジ」の結果発表がありました。

少年サンデーまんがカレッジ
(02年5月期)

 入選=該当作なし
 佳作=該当作なし

 努力賞=1編
  ・『くろの称号』
   衣笠絵里(24歳・大阪)
 あと一歩で賞(選外)=3編
  ・『Make Money Spirit!!』
   肉団子(22歳・兵庫)
  ・『チープ・トリック』
   小林裕和(21歳・東京)
  ・『聖童のポートレイト』
   石井雅倫(19歳・大阪)

 1ヵ月分のみの発表ということで、やや低調な結果に。やっぱりこの辺に、「サンデー」の「ジャンプ」との新人開拓力の違いが出てしまっている気がします。こればっかりは構造的な問題なのでしょうね。

 さて、それでは今週のレビューへ。今週のレビュー対象作は、「サンデー」から2作品と、「週刊ビックコミックスピリッツ」から高橋しんさんの読み切り『LOVE STORY, KILLED.』をお送りします。

 文中の7段階評価はこちらをどうぞ。

☆「週刊少年サンデー」2002年33号☆

 ◎新連載『いでじゅう!』作画:モリタイシ

 先週のゼミでもお伝えしました通り、「サンデー」では今週から新連載とベテラン作家さんの読み切りシリーズが始まりました。今週はその第1弾ということになります。

 この作品の作者・モリタイシさんは、「少年サンデー超増刊」出身の若手作家さん。今年の2月に本誌で読み切りが掲載されていますので、ご記憶の方もいらっしゃるかと思います。モリさんのプロフィールや、その作品の詳しい評価、さらに画力についてのコメントは、こちらのレジュメを参照してください。

 …というわけで今回は、作品全体の完成度などに限定して話を進めて行きたいと思います。

 まず、この作品はコメディに近いギャグマンガですね。ごく普通の学校が舞台で、ごく普通の少年を主人公にし、そこへ変態チックな脇役を多数絡ませることで笑いを呼ぶ…という手法がとられています。
 実はこの手法には先例が存在しています。かつて「週刊少年ジャンプ」に連載されていた『ボンボン坂高校演劇部』作画:高橋ゆたか)がそれです。『ボンボン坂──』も純粋なギャグというよりコメディに近いライトな作品で、連載中は絶えず中程度の人気を維持して、無事に完結に至りました。打ち切りが多い高橋さんの作品の中でも、珍しく成功した作品と言って良いでしょう。

 では、この作品も同じような経路を辿って、マズマズの成功を収めるのか、というと、現時点ではやや疑問が残ります。
 と、いいますのも、実は先例である『ボンボン坂──』は、ギャグそのものよりも、主人公とヒロインのラブコメ的要素がメインテーマだったのです。多くの読者も「ギャグは大して面白くないけど、恋の行方は気になるぞ」というスタンスで作品を楽しんでいたのではないかと思います。
 そもそもこの、“普通の舞台、普通の主人公にボケの脇役”というパターンは、あまり爆発的な笑いが期待できない設定なのです。他の成功しているギャグ作品をチェックして頂けると判ると思いますが、爆発的な笑いが期待できるようにするためには、まず第一に“主人公、または主役格が壊れている”という事が大事なんです。主役がボケて、重要な脇役がそれをツッコむ…という形がベストというわけです。

 もちろんこの不利なスタイルでも、その不利さを覆して、爆発的な笑いを期待できる破壊力十分のギャグが出来ていれば問題ないわけですが、この『いでじゅう!』の現時点の完成度では、「悪くない」程度の評価は出来るものの、残念ながら爆発的な笑いが期待できるレヴェルには至っていないようです。
 しかも、まだ作品の確固たるテーマが固まっておらず、読者がどのようなスタンスで作品に接すれば良いのかもまだ手探りの状態で、さらにはヒロイン候補も不在
 …う〜ん、どうも課題山積といった感がありますね。

 ただ、モリさんは理詰めでギャグが作れる知性派のギャグ作家さんですし、余り描かないだけで女の子の絵も上手です。これから上手くテコ入れ出来れば、作品の質が大きく変わってきそうな余地も残っているはずですので、もう少し様子をジックリ見てみたいと思います。

 現時点の評価はBということに。あと2週で評価が大きく変わる可能性がありますので、次々回のレビューもお楽しみに。

 

 ◎読み切り『ニポリの空』作画:小山愛子

 この作品は、5週連続の若手・新人読み切りシリーズ「荒ぶれ昇竜!!」の第3弾という事になります。
 作者の小山愛子さんは、昨年秋から「少年サンデー超増刊」でデビューを果たした若手作家さん。問題作『365歩のユウキ!』の作者・西条真二さんのアシスタントとしても活動中です。

 そんな小山さんの絵柄ですが、どことなく師匠の西条さんの影響も見受けられますが、ペンタッチそのものの個性が強いため、よくある“絵柄を見るだけで誰が師匠か判ってしまう”というパターンには陥っていません。「模倣から始めて一歩先を」を上手く実現できているのではないかと思います。
 その他の特徴としては、所謂“喜怒哀楽”の特に“喜”の表現力が豊かな事が挙げられますね。これが少年誌らしい明るいムードを醸し出す上では良い方向に働いていると思われます。

 そしてストーリーの方ですが、こちらは“とにかく若さに任せて勢い良く突っ走ってしまおう”という、良い意味にも悪い意味にも取れる開き直りを感じさせますね。
 冒頭部分で、“空を飛ぶ鳥を釣りざおで釣る”という、見慣れない設定をスンナリと説明出来ている辺りに才能を感じさせますが、全体的にキャラクター設定やエピソードの底が浅いために、ストーリー全体の説得力や印象度が薄れてしまったのが残念です。
 特に、ヒロイン・クーが献身的行動をしたり、一応の敵役であるウォン爺が“西条節”全開で主人公・ニポリを毒づきまくったりする事について、どうしてそういう行動をとるのかといった、キャラクターの動きについての動機付けが甘いところが痛いですね。ここで話全体の魅力が半減してしまってると言っても良いと思います。もう少しプロット段階で話を練っていれば、立派な作品になるところだったのですが……。

 評価はオリジナリティを買って、B+寄りのBという事にしておきましょう。とりあえずもう1作品読んでみたいと思わせてくれる作家さんだと思います。

 

《その他、今週の注目作》

 ◎『LOVE STORY, KILLED.』(ビッグコミックスピリッツ33号掲載/作画:高橋しん

 今回の注目作は、高橋しんさんの『最終兵器彼女』外伝、『LOVE STORY, KILLED.』です。

 有名な作家さんですから、プロフィールや絵柄についての説明は不要でしょう。レビューはストーリーについての評価を中心にしてゆくことにしますね。

 ではレビューを始めるんですが、この作品、まずは話全体の完成度は極めて高い、という事を先に述べておきましょう。
 これだけ重厚なストーリーを描ける作家さんは、現役プロの中でもそうはいないと思います。ですので、レビューはそのことを踏まえた上で
、この作品の中のやや細かい所にスポットを当ててみたいと思います。

 ……さて、で、この作品なんですが、高橋さん本人も暗に認めてますように、マンガとしては極めて異色な作品だと思います。
 中でも特に特徴的だと思えるのが、これから挙げる2つのポイントです。今から順を追って紹介・解説していきましょう。

 まず1点目としては、「この作品は極めて文学的(小説的)である」という事が挙げられます。しかも、まるでエンターテイメント色の無い写実主義的な内容となっています。

 もともと高橋さんはネーム力・話の構成力のある作家さんですが、今回はそれをとことんまで突き詰めたような仕上がりになっていますね。無機物を語り手とする事で徹底的にモノローグを増やし、それをストーリーテリングの中心に据えています。その結果、極めて3人称小説に近いマンガという形になりました。
 また、マンガのお約束と言っても良い、“クライマックスで読者にカタルシスを与えること”を真っ向から拒否して、エピソードの始まりから終わりまでを淡々と描いています。この辺り、まるで夏目漱石の後期や三島由紀夫の小説を思わせるような表現方法でした。
 ……ただ、これらの方法が、マンガの表現方法として果たして適切だったのかどうかについては、やや疑問が残ると思います。
 やはり、大前提である“お約束”を破るからには、それなりの覚悟というか、“そうでなければならない重大な理由”というものが無ければならないと思うのですが、そこが感じられないのです。見えて来るのは、「こんな話が描きたかった」という高橋さんの考えだけなんですよね。
 同じ悲劇的なエンディングにするのであっても、もう少し起伏に富んだストーリーを提示しても良かったのではないかと思います。そうすれば間違いなく2002年度を代表するような傑作読み切りになったはずなのですが……。
 「描きたい」というところから、更なる高みへと脱却する事の難しさは駒木もよく判っているのですが、もうバリバリのプロとしてヒット作も飛ばしている作家さんだけに、手抜きはしてほしくなかったなぁ…などと思ってしまうのです。

 そして2点目は、“死”の概念の描き方についてです。

 第一線で活躍している作家さんは、個々それぞれの“死”の描き方に対するスタンスを持っています。

 例えば、アニメ版『エヴァ』や『ふしぎの海のナディア』の監督を務めた庵野秀明さんは、“死”をとことんまで重たく描くことに長けた人で、どの作品においても、「人が死ぬ」=名場面と言ってもいいほどです。
 それと対照的に“死”を軽く、というか日常の一風景として描いてしまう作家さんが、『HUNTER×HUNTER』冨樫義博さんや『ガンダム』シリーズ富野由悠季さんです。特に冨樫作品は意識的に命を軽く扱って、それで本来の残酷さを少年マンガ用に薄めるように調整している節が見られたりします。富野さんは…天然でしょう(苦笑)。
 “死”の描き方が少し変わっているのが手塚治虫先生で、手塚作品では結構頻繁に“死”がテーマとして出てくるのですが、これが重くも軽くも無い等身大の“死”なんですよね。そして読者に質問を投げつけるんです。「命って何だ?」と。
 これを継承しているのが佐藤秀峰さんの『ブラックジャックによろしく』なんですよね。題名に違和感を感じさせないのは、そういうところも影響しているのでしょう。

 で、この『LOVE STORY, KILLED.』はどうかといいますと、滅亡寸前の地球、しかも戦場が舞台ということもあって、かなり命を軽く扱っているように見えます。勿論、それはそれでいいんですが、何だか、どうにも作品全体から漂う違和感が拭えないのです。
 それは何故かと考えてみたんですが、まずこの作品は、殺人の場面はあっても死体の描写が無いんです。そのせいか、死が“軽い”というより“希薄”なんですよね。つまり死を死として実感し難いのです。
 で、これは駒木個人の抱いた印象なんですが、高橋さんは、実は命を重いものだと考えているような気がするんです。でも、この作品では命を重く描いてはいけないわけで、そこで葛藤があったと思うんですね。で、その結果、命を重いままで“薄く”描いてしまったのではないかと。これが違和感の根源なのかな、と思っています。

 あと、この作品では“死”、つまり“殺す”描写の他に“犯す”描写も随所に見受けられます。戦争では殺人と強姦が付き物ですからそれはそれで正しいんですが、あくまでも事象としての重さは「殺人>強姦」でなければならないんですよ。物の理として。
 でも、この作品は「殺人≦強姦」というスタンスなんですよね。これは高橋さんが意識的に殺人行為を希薄に描いてしまった事と、レイプを殺人以上に嫌悪感を抱く行為だと認識しているからだと思うんですが、この事もどうにも得も言われぬ違和感を抱かせてしまう原因だったのではないかと思っています。もう少しご自分の心をコントロールして作品に転化していれば良かったのですが……

 今まで述べた事を一言で表現すると、「こんな重たいテーマの作品なのに、それを描くにあたっての作者の覚悟が足りない」というところでしょうか。そのため、話自体は素晴らしいのに、演出方法でズレを生じさせてしまって、読者にストレスを与えるものになってしまいました非常に勿体無いと思います。

 タラタラと述べてきましたが、ここで評価を。
 評価はB+寄りA−ということに。ベースはとても優れた話ですので、もっと評価する人もいらっしゃるかと思いますが、駒木は違和感とストレスを感じた以上、これより高い評価を与えるわけには行きません。


 ……と、少々冗長すぎた嫌いがありますが、今週のレビューは以上です。次週からレビュー対象作も増え、ますます充実した内容のゼミをお送りできると思いますので、どうぞお楽しみに。

 


 

7月17日(水) 歴史学(一般教養)
「短期集中企画・駒木博士の歴史覚え書き(3)」

 覚え書き3・もう1つの歴史教科書問題!?

 学校現場で歴史に関わっていると、時々思いがけない事態に遭遇してしまったりします。
 今年、駒木が身をもって体験したのは、
 「教科書によって書かれてる内容が大きく違う分野がある」
 ……ということでした。いや、あの某右翼チックな団体が作った教科書の事を言ってるのではありませんよ。あれは中学の歴史教科書で、今回のテーマは高校の世界史の教科書です。

 「世界史用語集」をお持ちの方はご存知でしょうが、現時点で刊行されている世界史B(普通の世界史と考えてください)の教科書は、全部で18冊もあります
 しかし、これらは同一基準の検定を通過していますので、ほとんどの内容は似たり寄ったり。相違点を挙げるならば、写真や挿絵などが違ったり、分野ごとのまとめ方が違ったりする程度でしょうか。
 だから、原則的にはどの教科書を使っていても、覚える内容には大差はありません。いや、あったら大事です。
 だって、学校の教科書は大学受験用の虎の巻でなければならないのですから。教科書ごとに内容がバラバラだったら、どの教科書を信じて受験勉強をすれば良いのか、はたまた大学側もどの教科書を参考にして問題作りをしたらいいのか分からなくなってしまいます。

 ところが、教科書によって、内容が大きく違う歴史の一分野が存在するんです。年号、登場人物、歴史上の出来事、もう全てが大違い。どっちを覚えれば受験に対応できるのか、非常に頭を悩ませる羽目に陥ってしまってます。

 そんな人騒がせなのはどの分野かといいますと、それは中世モンゴルの歴史なんです。そう、チンギス某とかフビライ某とかが出て来るモンゴル帝国の歴史です。
 例えば、「モンゴル帝国」という国の存続した年号からして教科書によって違います。一方は「1206〜1271(年まで存続)」と書いてあるのに、別の教科書には「1206〜1388とか書いてあったりします。また他にも、一方の教科書では歴史上の大事件として扱われている「ハイドゥの乱」という内乱が、別の教科書では、まるで無かったかのように扱われていたり…なんて事も。
 一番極端な例としては、「モンゴル帝国内はモンゴル人第一主義と呼ばれる厳格な身分制度があった」という教科書と、「そういう風によく言われてるけどなぁ、そんなの本当は無かったんだよ」という旨が明言されている教科書があったり。歴史に詳しくない人が両方の教科書を見比べたら、一体どっちが本当なんだよって混乱する事間違いナシです。

 どうしてこんなヤヤコシイ事が起こったのかというと、それには深いようで結構単純な理由が潜んでいたりします。

 理由をごく簡潔に言うと、実は今、モンゴルの歴史は大胆に書き換えられている真っ最中なんです。

 おそらくここ10〜20年くらいの話だと思うんですが、日本の歴史学界でモンゴル史を深く研究しようという気運が高まり、しかもその中で重要な史料が次々と研究対象になっていって、これまでは全く知られていなかった事実が色々と判明して来ました。
 しかもその新たに判明した事実というのが、ことごとく旧来の定説とは全く違っていたり相反する内容だったりしたので、歴史業界は大混乱になってしまいました。それがモンゴル帝国の年号だったり、ハイドゥの乱の有無であったり、身分制度の有無であったりするわけです。

 しかしこうした混乱も、モンゴル史学者の先生方の頑張りのおかげで、新発見された事実が歴史業界内に浸透したためようやく終息へ
 最新の通史シリーズ『世界の歴史』中央公論新社版でも、モンゴル史学研究の大将格の先生がモンゴル史を執筆されていて、旧来の定説が完全に覆された事が印象付けられました

 でも、それで「メデタシメデタシ」にならないのが歴史業界の辛いところ。これだけモンゴル史が見直されたりしても、一部の教科書は未だに旧来の定説がそのまんま載っていたりするんですね。だから冒頭で述べたようなイタい出来事が起こったりするんです。
 しかも、タチの悪い事に、最も多くの学校で使われていると思われる山川出版社の教科書が旧説が満載なものですから、余計に話がややこしくなるわけです。

 あまり知られてませんが、歴史教科書って結構いい加減に作られてるんです。
 著者には歴史学会の重鎮・長老が名を連ねていたりしますが、先生ご自身がペンを執るなんて事は稀大抵は自分の研究室の院生に書かせたり、時にはロクに調べもせずに前の教科書本文をそのまま転用しちゃったり。その結果、実はもう学会では古臭すぎて使いようの無い説が堂々と教科書に掲載されていたりするわけです。
 で、キャリア30年とか言って、実は30年前の知識をそのまま授業で披露しているだけのベテラン高校教員がそんな教科書を使って授業したりすると、間違ったモンゴル史を垂れ流すだけで終わる…という最悪の事態になってしまうわけです。

 駒木は幸いにも大学時代に新しいモンゴル史を1年間受講していたので、旧説の教科書を使って新しい説のモンゴル史を教える…なんていう力技も出来たりします。ただ、それにしても「受験用には教科書の内容も覚えておけよ」なんて注意もしなきゃいけないんですけどね。いやはや、全くムチャクチャな話ですよ。

 ……ところで、新しく塗り替えられたモンゴル史の中で、特に旧来の説から大転換されたものがあります。

 それは、西欧からやって来た大商人・マルコ=ポーロについてのお話です。

 皆さんもご存知ですよね? マルコ=ポーロと彼の著書である『東方見聞録(世界の記述)』。知らないとは言わせませんよ。義務教育ですからね。
 彼の経歴を簡単に説明すると……

 マルコの父と叔父(共に商人)が、仕事中のアクシデントのためにモンゴル支配下の中国へ流れ着き、そこで中国の素晴らしさに目覚める。
 ↓
 彼らは帰国するなり、当時まだ少年のマルコに中国の素晴らしさを切々と語る。それを聞く内、マルコは中国への羨望を抱くようになる。
 ↓
 成人したマルコ、お供を連れて中国へ。そこでフビライ=カァンに面会し、大層気に入られて大元王朝の役人となる。
 ↓
 役人としての仕事は、東南アジア貿易の顧問や都市の太守など。10数年間にわたってフビライに仕えた後、彼の反対を押し切ってヨーロッパへ帰還。
 ↓
 帰国後、戦争とそのトラブルに巻き込まれて投獄される。そこで中国やアジアについての体験談等を口述筆記で記録してもらう。これが本になったのが『東方見聞録』。

  ……というもの。そのリアルな経歴の内容に加え、マルコの精密な肖像画まで残されていたため、長年にわたってマルコ=ポーロと『東方見聞録』に関する話はマジ話として伝えられて来ました

 しかししかし、最近の研究で、大元王朝時代に残された大量の歴史資料(中国において歴史編纂は国家事業なので史料は掃いて捨てるほどある)を調べてみたところ、意外な事実が判ったんです。
 なんと、どの史料をあたってみてもマルコ=ポーロ、またはそれに相当する西洋人が当時の中国に存在した痕跡が無いのです。
 そう、マルコ=ポーロは実在しない(または実在が著しく疑われる)人物だったのです。我々は長い間、まんまと騙されてしまっていたわけなんですね。

 じゃあ、“マルコ=ポーロ著『東方見聞録』”とはどんな本なのかといいますと、これはどうやら当時の旅行家たちが掻き集めてきたアジアの情報や見聞をまとめた本のようなのです。つまり、マルコ=ポーロとは合作のペンネームだったわけですね。今で言えばCLAMPさんみたいなものですか。
 多分、マルコ=ポーロの経歴なんてのは、当時の『東方見聞録』編集スタッフがシャレで作ったギミックだったんでしょうね。まさか設定を作った人も、数百年後に自分が作った偽設定が歴史事実と認定されていたとは思わなかった事でしょうね。

 …と、とりとめもなくダラダラとお話しましたが、今日はこれまで。このシリーズはとりあえずあと1回くらいで一区切りにしたいと思います。ではでは。(次回へ続く


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