「社会学講座」アーカイブ

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講義一覧

1/31 文化人類学「2002年度フードファイター・フリーハンデ」(1)
1/30 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(1月第5週分)
1/29 歴史学(一般教養)「学校で教えたい世界史」(27)
1/27 労働経済論「役に立たない? アルバイト時給案内」(6)
1/25 競馬学概論「駒木博士の“埋もれた(かも知れない)名馬”列伝」(3)
1/24 
スポーツ社会学「スポーツ選手・引退の姿あれこれ」
1/23 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(1月第4週分)
1/22 労働経済論「役に立たない? アルバイト時給案内」(5)
1/20 歴史学(一般教養)「学校で教えたい世界史」(26)
1/19 特別演習「『週刊少年サンデー』この1年」(3)
1/18 競馬学概論「駒木博士の“埋もれた(かも知れない)名馬”列伝」(2)
1/1
6 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(1月第3週分)

 

1月31日(金) 文化人類学
「2002年度フードファイター・フリーハンデ(1)〜早食いの部・確定レイト」

 実に5ヵ月半ぶりの文化人類学(フードファイト関連)講義となりました。諸般の事情を考慮すれば致し方ないのですが、去年の今頃はこの分野が当講座の看板講義だったことを考えると、我ながら寂しく思ってしまいます。

 そんな今回の講義は、2002年度の「フードファイター・フリーハンデ(以下、『FFフリーハンデ』とする)」の年間総括版です。
 当講座では昨年8月に上半期(7/4のネイサンズ国際を含む)までの競技会を対象にした「中間レイト」を公開していますが、今回はそれに下半期分の成績を加味した2002年全体のレイティングということになります。

 では、まずここで、「FFフリーハンデって何?」という受講生の皆さんのために、この「FFフリーハンデ」についての説明を致しましょう。
 以下の囲みに記したのは、8月の「中間レイト」のレジュメに掲載した説明文を再録したものです。そちらを既に受講済みの方は読み飛ばしてもらって結構です。

 まず、元々の「フリーハンデ」とは、その能力比較をしたい競走馬たちを、とある条件で全て同時に走らせた場合、ゴール前で全馬が横一線になるにはどうすれば良いのかを想定して各馬に負担重量を設定し(例:芝2400mでのハンデ…馬A:61kg、馬B:59.5kg、馬C:57kg)、その数値の高さで各馬の能力を測定・比較できるようにするものです。
 この「フリーハンデ」は、同じ条件で凌ぎを削った競走馬同士の実力比較だけでなく、活躍時期の違いや得意とする条件の違いにより直接対決が不可能な馬同士でも、その数値の高さによって実力比較が可能であるという利点があります。
 よって、この「フリーハンデ」をフードファイトに適用する事で、同じ年に活躍した早食い系選手と大食い系選手の実力比較や、直接対決の無い「大食い選手権」系選手と「フードバトルクラブ」系選手との実力比較、さらには昨年の活躍選手と今年の活躍選手との能力比較が可能になるわけです。

 それでは、以下に「FFフリーハンデ」を編集するにあたっての規定を記しますので、あらかじめよくお読み下さい。

◎数値は本家の「フリーハンデ」に倣って、競走馬の負担重量風のものを使用します。重量の単位は、最近ではポンド換算が主流ですが、ここでは旧来のキロ換算の数値を使用します。ただし、競馬と違って、キロという単位に意味は有りませんので、「〜ポイント」と呼ぶ事にします。数値は0.5ポイント刻みです。
 ポイント設定の大まかな目安としては、
 ・50ポイント……フードファイター(選手)と、大食い自慢(一般人)との境界線
 ・60ポイント……「フードバトルクラブ」「大食い選手権(オールスター戦)」決勝進出レヴェル
 ……と、します。ちなみに、常識外れのビッグパフォーマンスが無い限り、65ポイントを超える事は有りません。
(逆に言えば、65ポイントを超えると、普段から一般人離れしているフードファイトの世界においてでも、常識から外れた物凄いパフォーマンスという事になります)

 また、選手間のポイント差については、
 ・0.5ポイント差……ほとんど互角だが、僅かに優劣が生じている状態
 ・1ポイント差……優劣が生じているが、逆転可能な範囲
 ・2ポイント差以上……逆転がかなり困難な差

 ……と、解釈してください。

最終的に各選手に与えられるポイントは、「FFフリーハンデ」対象競技会における、ベストパフォーマンスの時の数値を採用します。
 そのため、直接対決で敗れている選手の方が、「FFフリーハンデ」では高い数値を得ている場合もあります。その場合は、敗れた選手が他の競技会で、よりレヴェルの高いベストパフォーマンスを見せた、ということになります。

◎ハンデは以下に挙げる7つのカテゴリに分けて設定します。
 瓶早飲み/ペットボトル早飲み(以上、食材が飲料の競技)/スプリント(5分以内)/早食い(5〜15分)/早大食い(15〜30分)/大食い45分(30〜59分)/大食い60分(60分以上)(以上、食材が食べ物の競技)

最終的に各選手へ与えられるポイントは、7つのカテゴリの中で最高値となったポイントを採用します。
 
これにより、早飲み選手、早食い選手、そして大食い選手との間での、間接的な能力比較が可能になります。

◎他、細かい点については、その都度説明します。

 ……というわけで、今回も7つのカテゴリにわたって「FFフリーハンデ」を編集・公開してゆくわけなのですが、皆さんもご存知の通り、昨春にフードファイトごっこで中学生が窒息死したニュースが報道されて以来、テレビ各局はフードファイト関連の番組の製作と放映を自粛してします。
 その影響で、2002年の秋と年末にはTV局主催のメジャー系競技会は全く開催されていません。この「FFフリーハンデ」は、原則として競技の模様がTVで放映されたメジャー競技会のみを対象とするものですので、本来ならば2002年度の「FFフリーハンデ」は中間レイトがそのまま横滑りして確定するところでした。
 しかし、去る02年の大晦日に富士急ハイランドで実施された非公式の競技会・「Q−1グランプリ」は、

 ・食材がグラム単位で正確に計量され、選手間に全く不公平が無いように調整されている。
 ・手動計時ながら秒単位でタイムが計測されていて、「TVチャンピオン」と同程度の正確さが確保されている。
 ・出場者がいずれもメジャー競技会で優勝または上位入賞の経験がある選手であった。
 ・叩き出された記録が極めてハイレヴェルであった。

 ……などといった好条件が揃っており、今回は特別に“メジャー系競技会に準じるもの”として「FFフリーハンデ」の対象競技会とすることにしました。
 この「Q−1グランプリ」は早食い系競技会でしたので、記録されたフリーハンデ値も早食い系カテゴリに限られています。よって、今回の年間総括では「スプリント」と「早食い」の早食い系2カテゴリのみを改めて採り上げ、残る早飲み系・大食い系の5カテゴリについては「中間レイト」をそのまま2002年全体の成績として追認する形をとります。
 なお、次回の第2回講義で7カテゴリの確定レイト一覧表を発表しますので、総合成績についてはそちらを参照して下さい。

 それでは、これから「スプリント」と「早食い」のフリーハンデ値とその解説をお送りします。解説文では人物名を敬称略とし、文体を常体に変更しておりますので、ご承知おき下さい。
 
 ※「2002年度FFフリーハンデ」の対象となる競技会は、以下の通りです。
 ・「フードバトルクラブ3rd ザ・スピード」
 ・「TVチャンピオン・全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦」(本戦および地方予選)
 ・「『なにコレ!?』なにわ大食い選手権」
(兼全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦・近畿地区予選)
 ・ネイサンズ・国際ホットドッグ早食い選手権

 ・第1回Q−1グランプリ


「2002年度・FFフリーハンデ」
〜スプリントカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
1 67 山本 晃也
66.5 白田 信幸
66 小国 敬史
  66 小林 尊
65.5 射手矢 侑大
64.5 高橋 信也
  64.5 立石 将弘
62 新井 和響
61.5 山形 統
10 58.5 木村 登志男
11 56.5 ヒロ(安田大サーカス)
12 53.5 加藤 昌浩
13 49.5 山根 優子
  49.5 植田 一紀
  49.5 高橋 明子
16 49 渡辺 勝也
17 48.5 駿河 豊起
18 48 土門 健

 ※02年下半期の競技結果※

Q-1グランプリ
(スプリントカテゴリ関係分)

ハンデ
()は他競技での最高値

選手氏名
67 山本 晃也
66 小国 敬史
65.5(66.5) 白田 信幸
65.5 射手矢 侑大
64.5 高橋 信也
64.5 立石 将弘
61.5 山形 統

 

〜早食いカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
67 小林 尊
60.5 エリック=ブッカー
60 オレッグ=ツォルニツキー
57 山本 卓弥
56.5 河津 勝
56 羽生 裕司
  56 原田 満紀子
  56 近藤 菜々
  56 夏目 由樹
  56 大石 裕子

 ※02年下半期の競技結果※

Q-1グランプリ
(早食いカテゴリ関係分)

ハンデ

選手氏名
57 山本 卓弥


 繰り返し述べて来た事だが、2002年下半期のフードファイト界は、01年から02年春の大ブーム期から一転して未曾有の大氷河期に突入した。
 詳細については次回の総括に譲ることにするが、フードファイトを取り巻く状況は間違いなくここ10年で最悪のものである。しかもそこから再浮上するキッカケすら掴めてはいないのが現状だ。

 しかし、世の中何が起こるか分からない。この大氷河期の最中に実施されたメジャー級競技会・「Q−1グランプリ」において、フードファイト史に残る大記録──カレー3kgを2分04秒で完食──が山本晃也の手(と口)によって叩き出されたのである。
 山本(晃)は以前から早食い系競技のスペシャリストとして活躍し、この「FFフリーハンデ」においても絶えず上位の成績をキープしていた。が、この時の彼は半年間の海外留学から帰国した直後という不完全なコンディションであり、しかもこれまでメジャー級競技会では優勝争い一歩手前に甘んじて来たという経歴がある。それに当日の会場は厳寒の屋外という悪条件だ。そんな中で山本(晃)が乾坤一擲のビッグ・パフォーマンスを見せたのだから、驚きを隠さずにいられない。
 3kgという重量は一般人には到底完食が無理な量であり、いわゆる“素人大食い自慢”でも長時間かけて食べ切るのがやっとのはずだ。そんなまとまった分量を常識外れのタイムで完食したのだから、この記録は非常に価値がある。かつて樹立されたカレーライス競技のスーパー・レコード──小林尊の“6.37kgを6分6秒完食”や、白田信幸の“10kgを18分44秒完食”──に匹敵するものと言って間違いないだろう。
 これで山本(晃)は、スプリントカテゴリでは史上初の、全カテゴリでも小林尊・白田信幸に続く史上3人目の67ポイント獲得者となった。テレビ局主催のメジャー競技会では3位が最高で未だ無冠という減点材料は有るものの、これでフードファイト版パウンド・フォー・パウンドを争う有資格者の仲間入りを果たした事になる。現時点でなかなか活躍の場が作れないのがもどかしい限りだが、今後もスプリント界の第一人者にふさわしい活躍を期待したいものである。

 一方、7月のネイサンズ国際で2連覇を達成し、“フードファイト大国・日本”の健在ぶりをアピールした小林尊だが、02年秋シーズンの彼は「Q−1グランプリ」をはじめとする国内競技会には全く出場しないままで年を越した。
 小林は、以前から“大食いイベント”的なローカル系競技会には出場しない旨の意思表示をしており、それを考慮すればこの“全休”も致し方ないものではあるが、それでもせめてフードファイト競技会としての諸条件が整っていた「Q−1」くらいは出場してもらいたかったというのが正直なところである。
 ところで、ネイサンズ国際のタイトルを獲ってからの小林はたびたびアメリカに渡ってTV番組に出演しているが、つい最近もアメリカのバラエティ番組の中で熊とのソーセージ早食い競争をしたそうである。
 かつて日本のバラエティ番組で新井和響が動物と早食い対決をした時には新井を激しく批判していた小林だが、今回は番組制作サイドの「アスリート代表として参加してくれ」という口説き文句に応じて出演を決めたそうだ。
 しかしながら、アスリートとしてだろうがタレントとしてだろうが、番組の中で実際にやっている事は「さんまのナンでもダービー」的お遊びでしかないのは明らかで(何しろその番組では、小人40人と象の力比べなどという色モノ企画まであったのだ)、恐らくこの番組に出演していた“アスリート”たちも一種の余興として参加したに過ぎないだろう。こう言っては語弊があるかもしれないが、今回の小林は“ブタが上手におだてられて木に登ってしまった”感が否めない。
 高邁な精神的理想を追い求めるのは結構な話かもしれないが、どうも現在の小林は自分を無条件で賞賛してくれる者だけを頼り、その結果視野狭窄に陥って迷走しているように思えてならない。小林には今一度客観的な視点で自分の立場を見詰め直し、フードファイトの普及のために本当は一体何をすればいいのかという事をじっくりと考えてもらいたいと思う。いくら実力ナンバーワンの座を白田信幸に譲って久しいとは言え、彼は未だ特別な存在──日本フードファイト界のシンボル的存在なのである。小林無しにして日本のフードファイト復興はあり得ない。時には耳に痛い苦言も聞き入れて、自分の役回りに相応しい活動をしてもらいたいものである。進むべき道は茨の道である。

 さて、先に名前が出た現在の実力ナンバーワン選手にして国内メジャータイトル総ナメ中の王者・白田信幸であるが、彼の「Q−1グランプリ」での成績は山本(晃)から44秒差の3位に終わった。一発勝負の競技会とは言え、久々の敗北である。 
 白田は現在某有名料理専門学校で“修行中”で、「Q−1」は02年春の「フードバトルクラブ3rd ザ・スピード」以来8ヶ月ぶりの実戦であった。そういう意味では調整不足も敗因の1つに挙げられようが、それでも全ての責任をその1点に負わせるわけにもいかないだろう。
 彼のスプリント競技における最大の武器は寿司8カンを放り込めるだけの大きな口であるのだが、分量3kg・所要時間2〜3分の勝負になると肉体的なアドバンテージだけではトップクラスには通用しなかった…と解釈するのがより妥当と思える。
 これまで弱点を露呈するたびにそれを克服してきた白田だが、この度は一体どうなるのだろうか? 今後とも彼の動向には注目が必要であろう。

 話が前後したが、「Q−1グランプリ」では伏兵・小国敬史が白田を上回るタイムで準優勝を果たし、スプリントカテゴリでは小林尊に並ぶ66ポイントのレイトを獲得した。
 小国は01年秋の「フードバトルクラブ2nd」でメジャーデビュー(2回戦敗退)し、その後も競技会のたびに記録と成績を伸ばして来たのだが、今回ついに超一流クラスの一角に食い込むところまで昇り詰めることとなった。
 ほぼ1年前の「フードバトルクラブ・キングオブマスターズ」では、1回戦で射手矢侑大相手にジャイアントキリングを果たしたものの総合力ではトップクラスとの地力差が目立っていただけに、この成長力にはただただ脱帽の思いである。
 ただ、彼の場合は他の一流選手と違って大食い系競技の経験が皆無に近く、いわゆる胃力が悪い意味で未知数なのが気になるところではある。早食い系競技を中心に活動していくとしても、胃力はフードファイト競技をしてゆく中で重要なバックボーンとなる能力なので、彼の胃容量が果たしてどこまで広げられるものなのか非常に興味深い。フードファイト氷河期の現在では本格的なトレーニングも覚束ないだろうが、更なるステップアップのためにも胃力面の増強を念頭に置いたチャレンジを続けてもらいたいと思う。

 「Q−1」では、この他にも射手矢侑大、高橋信也、立石将弘といったトップクラスの選手たちがそれぞれ好記録をマークして健在をアピールした。
 特に射手矢の早食い能力の向上ぶりはここ最近顕著であり、大食いのスペシャリストから極めてレヴェルの高いゼネラリストへと脱皮を遂げようとしていると言えよう。ただし射手矢にはペットボトル早飲みという大きな課題が残されており、これが「フードバトルクラブ」が復活した際には大きな足枷となる可能性が高い。ペットボトル早飲みは肺活量が要求されるものの、トレーニングで記録を伸ばせる余地の大きな分野ではあるので、今後も第一線で活躍する意志があるのならば、是非とも克服して欲しいウィークポイントである。
 一方の高橋と立石は、他の選手たちに合わせて着実に記録を伸ばしているものの、記録のインフレについて行くのがやっとの現状であるところがもどかしい。永遠のバイプレイヤーと化しつつある彼らにも、先に紹介した小国敬史のような飛躍を果たす可能性はどこかに必ずあるはずである。月並みな言葉であるが、更なる奮闘を期待したい。

 では最後に、「Q−1」で下位に甘んじた選手にも少し触れておこう。
 山形統は、春シーズンでは「フードバトルクラブ3rd ザ・スピード」で1回戦敗退したために瓶早飲みカテゴリでしか記録を残せなかったが、「Q−1」に出場して記録を残し、前年と同じ61.5ポイントのレイトを獲得した。他の選手たちと比べてやや伸び悩みが見られるものの、依然として上位グループの一角を占める存在である。
 「Q−1」出場者の内、唯一ルーキーとして参加した山本卓弥だったが、結果は大差の最下位であった。しかし、観戦者のレポートによると、序盤にカレールーを食べ過ぎて最後はライスだけ残ってしまったとの事なので、これは能力面ではなくてペース配分の失敗が敗因だったと言える。「Q−1」は、山本(卓)にとって初めての早食い系競技会であったし、それも止むを得ないかとも思う。
 しかし、そんな最悪の状況の中でも02年デビュー組の中では最高のレイトを獲得しているわけだから、やはり山本(卓)は、この年のルーキーの中では力が図抜けているのである。03年度での活躍の場は限られて来ようが、せっかくこれだけの才能があるのだから、積極的に競技活動を続けてもらいたいし、またそうすべきだとも思う。


 ……というわけで、今回は早食い部門の年間総括でした。次回はフードファイト界全体の年間総括です。どうぞよろしく。(次回へ続く

 


 

1月30日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(1月第5週分)

 今月最後のゼミですが、時期的なものもあって内容のボリュームは今一つになってしまいそうです(苦笑)。今週は“チェックポイント”の内容を増やして、少しでも受講生の皆さんに楽しんでもらおうと思っていますが……。
 あと何週間かすれば、「ジャンプ」の新連載シリーズが始まりますので、また忙しくなるんですけどね。

 さて、今週もまずは情報系の話題から。

 まずは訃報です。先週のゼミでもお伝えした通り、24日に「週刊少年ジャンプ」編集長・高橋俊昌さん記者会見の途中に倒れてお亡くなりになるという痛ましい出来事がありました。
 新聞報道によると、死因はクモ膜下出血の可能性が濃厚であるようです。倒れた場所が船上であったために救命救急が遅れてしまったのも不運だったように思えますが、予想不可能な出来事だけに誰も責める事は出来ないでしょう。本当に不幸な事故でありました。
 高橋さんはまだ44歳。編集長就任2年目とまさに人生これからだっただけに残念でなりません。改めて心からご冥福をお祈り申し上げます

 さて、今後の「ジャンプ」についてですが、誰が編集長(またはその代理)になったとしても、しばらくは現状維持が精一杯ではないかと思います。特に例年通りなら数週間後には“高橋体制”でラインナップを決めた最後の新連載シリーズが始まりますので、全てはこれを乗り切ってからではないでしょうか。
 そんなわけで、当ゼミではしばらく様子を静観したいと思います。

 次に「週刊少年サンデー」の新連載情報を。
 まだもう少し先ですが、2/19発売の12号から黒葉潤一さんの作品(タイトル等は不明)が短期集中ながら新連載となります。黒葉さんは昨年に『煩悩寺のヘン!』というタイトルの読み切りを発表していましたが、連載の形では99年8号に『ファンシー雑技団』の連載が終了して以来4年ぶりとなります。これを足がかりに再び連載作家の座を射止めることが出来るのか、注目したいと思います。
 ※このニュースは『最後通牒・半分版』さんを情報元にさせて頂きました。

 
 ……さて、それではレビューと“チェックポイント”へ移りましょう。今週のレビューは「サンデー」から新連載第3回の後追いレビュー1本のみです。「ジャンプ」は今週も“チェックポイント”のみになりますが、悪しからずご了承下さい。

☆「週刊少年ジャンプ」2003年9号☆

 ◆「ジャンプ」今週のチェックポイント◆

 ◎『BLEACH』作画:久保帯人【開講前に連載開始のため評価未了/雑感】

 シリアスバージョンの話が始まった……はずだったんですが、緊迫した場面の割にはおもくそコメディタッチですねぇ。
 キャラクターたちがちょっと緊張感抜けすぎな気がしないでもないですが、でもやっぱり久保さん、コメディの才能ありますよ。バトルシーンを除けば、原則的にはこのノリでいいんじゃないでしょうか。

 ◎『アイシールド21』作:稲垣理一郎/画:村田雄介【現時点での評価:A/雑感】 

 うわー、進の描写が凄い。んで、その後のセナ&モン太のコントとのコントラストも凄い(笑)。
 しかし、モン太のキャラクターがどうもご都合主義的になっているのが気になります。セナがあれだけ派手に行動しても全く何も気付いていない事になってますし、かと思えば「賊学のアメフト部の主将で──」と、これまでアメフトとラグビーの区別がつかなかった人間とは思えないセリフを吐いたり……。
 まぁそれ言い出したら『HUNTER×HUNTER』なんて矛盾だらけですから、あまり目くじら立てる点ではないのかも知れませんけどね。でもこれまでキメ細かく伏線を張って来た作品だっただけに“?”マークが打ち消せません。

 ◎『いちご100%』作画:河下水希【現時点での評価:/雑感】

 突如新キャラ登場、しかも男。かなりアレンジはしてますが、じれったいラブコメにありがちな恋敵役ですね。これでテニスが得意で歯がキラリと光れば完璧なんですが(笑)。
 しかし、その恋敵が東城にロック・オンしたという事は、この作品の正ヒロインはやっぱり東城ということになるんですかね

 ◎『ヒカルの碁』作:ほったゆみ/画:小畑健現時点での評価:A/ちょっとした余談】

 北斗杯に登場する外国勢が揃って美形である事がちょくちょく巷の話題になっていますが、これは噂によると、アニメを子供と一緒に見るお母さん対策なんだそうです(笑)。つまり最近の仮面ライダーとか戦隊モノのパターンですね。
 ……てことは、その路線を続ける限り奈瀬さんの出番は無いって事か。くそー。

 ◎『Mr.FULLSWING』作画:鈴木信也【開講前に連載開始のため評価未了/雑感】

 先生! 鈴木信也さんの画力では、いくら女子キャラ脱がせてもサービスカットにならないので諦めた方が良いと思います!

 ◎『プリティフェイス』作画:叶恭弘【現時点での評価:B+/雑感】

 先週、掲載順が実質最下位で「すわ、打ち切り候補?」と思ったのですが、こちらも突然の新キャラ登場。しかし乱堂の正体を知るキーパーソンでありながらお色気要員とは便利な役ドコロですなぁ。
 ストーリー展開的に言って、新キャラ・夏緒は男に戻った乱堂との初恋を成就させるため、本物の由奈探しに協力するようになると踏んでるんですが、どうでしょうかね。

 

☆「週刊少年サンデー」2003年9号☆

 ◎新連載第3回『俺様は?(なぞ)』作画:杉本ペロ【第1回時点での評価:B− 

 前回のレビューでは、ツッコミ役の笠井(野菜)少年のキャラの弱さを主な原因としたチグハグさを指摘させてもらいましたが、その後の第2回、第3回と同じノリの話が続いたこともあって抱いた印象には大差ありません。ワンパターンのギャグが必ずしも悪いとは言いませんが、問題を抱えた状態でのワンパターンはいかがなものでしょうか?
 また、今回(第3回)の分を読んでいて思ったのは、「このマンガのキャラって、人の話を聞かない連中ばっかりだな」…ということ。人の言う事に聞く耳持たずに勝手にボケたり茶々を入れたりしてしまうので、恐らくは作者の杉本さん自身もキャラクターを統制する事が出来なくなっているのではないか…と思うのです。

 では、ここからどうやって良い方向に持っていけば良いのか? ……などと問われると辛いところなのですが、早めに新キャラを出すなどしてテコ入れをした方が良いとは思います。または今回の5ページ目から6ページ目にかけて見られた、“ハイスパートなボケの絨毯爆撃”をトコトン追求していって、テンションの高さで押し切ってしまう作品にするのも一つの手ではないでしょうか。

 現状に変化が見えない以上は評価もB−に据え置きです。まったく見込みの無い作品とは思えないんですが……。

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 ◎『金色のガッシュ !!』作画:雷句誠【開講前に連載開始のため、評価未了/雑感】

 この作品に出てくるイタいキャラって、そのイタさよりも面白さの方が勝ってるんですよね。だから嫌らしさが無いわけで。でも、さすがに今回のパティの回想シーンはシュール過ぎると思いました(笑)。

 ◎『焼きたて !! ジャぱん』作画:橋口たかし【現時点での評価:/雑感】

 「いくら魔物とはいえ…」
 「…ブリを生のままかじりついたりするのはどうだろう…」

 同意すると共に激しく笑いました。お見事。
 しかし同時に、いくらマンガとはいえブリをデッキブラシで洗ったりするのはどうだろう…とも思いましたが(笑)。

 ◎『ワイルドライフ』作画:藤崎聖人【第1回掲載時の評価:

 破天荒系マンガの揚げ足なんぞいちいち取っちゃイカンと思いながらも……うぅ、我慢できん。
 まず、氷点下28℃の世界にしては、皆さんおもくそ軽装なんですけど、あれで大丈夫なのでしょうか。なんか、スキー場か普通の雪山登山みたいな格好なんですけど……。
 あと、突然変異の子熊ですが、アルビノである以前に、眉毛がある時点で既に恐ろしい遺伝子異常だと思いますが、どうなんでしょうか?
 ……瑣末な点は置いておくにしても、もうちょっとリアリティがあっても良いと思うんですけどねぇ、この作品。そろそろ評価を下げるべきなのかも知れません。

 ◎『美鳥の日々』作画:井上和郎【現時点での評価:B+/雑感ほか】 

 今回も着衣・脱衣ともにサービス満点でありますが、今日は内容よりも単行本の話について。発売されたばかりの1巻がなんと全国的に品薄状態のようです。2月早々に重版が決定したとか。
 通常、第1巻は初刷を抑え気味にするんですが、それでも「サンデー」系の作品で速攻完売状態は珍しい話です。もうこの時点で少なくともスマッシュヒットの域には達していると言って良さそうですね。余程のしくじりが無い限りは長期連載確定となりそうです。

 ◎『DAN DOH !! Xi』作:坂田信弘/画:万乗大智【開講前に連載開始のため、評価未了/雑感】

 全英オープン打ち切り&サシ勝負に変更とは、また思い切った事しましたねぇ。でも、小学生を全英オープン勝たせるのはマンガの世界でも現実感無さ過ぎなので、これはこれで英断だと思います。『Xi』になる前から換算すると相当の長期連載作品ですが、いよいよクライマックスに突入ですね。


 ……というわけで、今週は“チェックポイント”を当社比2倍にしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
 次週ですが、明日金曜の発売号から始まる、『週刊コミックバンチ』の「世界漫画愛読者大賞」最終候補作レビューを今年も実施する方向で検討中です。「バンチ」が金曜発売になってしまったので、ほぼ1週間遅れになってしまうのが泣き所ですが……。

 ──それでは今週のゼミを終わります。

 


 

1月29日(水) 歴史学(一般教養)
「学校で教えたい世界史」(27)
第3章:地中海世界(8)〜ギリシアの盟主・アテネの成立とその歩み

※過去の講義レジュメ→第1回〜第19回第20回第21回第22回第23回第24回第25回第26回

 前回はスパルタの社会制度が確立されるまでを見届けたところまでをお送りしましたが、スパルタとはひとまず別れを告げまして、今回からは古代ギリシア世界でスパルタと並び称される大型ポリス・アテネの成立と社会制度の変遷をお話してゆきます。
 アテネというポリスは何度となく政体がダイナミックな変遷を遂げた事で知られ、その様は政治学の実験教材と言っても良い程であります。色々な社会の形に注目して、当時のアテネの姿を垣間見て頂きたいと思います。

 アテネアッティカ地方──ギリシア中部の東に出っぱった部分に位置したポリス。地理的条件の関係で暗黒時代の混乱があまり見られなかった…という事を第24回にお話しましたが、覚えていらっしゃるでしょうか。
 ただし、暗黒時代に人口流入が激しかったためか確固たる共同体の成立は遅れ、都市国家・アテネの成立はスパルタよりも遅い紀元前8世紀頃ではないかと言われています。伝説上の建国者は、あのミノス宮殿のミノタウロスをやっつけたテセウス王子だと言われていますが、これは時代が全く合いませんので、どうもフィクションに限りなく近い話というのが妥当な線のようです。

 建国当初のアテネに関しては、文献資料が非常に乏しいために詳細は漠然としていますが、他のポリスがそうであったように王政からスタートしたようです。そして、数十年して貴族政(寡頭政)に転換していったのも同じであったとされています。
 アテネの貴族政は、由緒の確かな家柄から1年任期で選び出された9人のアルコン(統領)が行政・軍事・祭事を統括するもので、それを他の貴族から成る議会・長老会議が補佐したと言われています。後にアテネを象徴する存在となる一般平民による民会は、まだ当時は権限が与えられていませんでした。
 当時は貴族と平民の間には確かな身分格差があり、それは特に司法分野で強く見られました。この頃のアテネには成文法(=文書の形で詳細が明記された法律)が存在せず、裁判は不文律を規定する権限のある貴族側へ極めて有利に展開していました。つまり、この時代における平民にとっての裁判とは、W杯サッカーで名を馳せた悪徳レフェリー・モレノ氏に裁かれるアウェイ試合のようなもの。逆転を許すまでロスタイムが続行する試合のような裁判であっては、平民たちにまず勝ち目は無かったのです。

 ……アテネでは、このような社会システムがしばらくの間機能していたわけですが、これが数十年すると、現在の日本と同様に構造的な問題を抱えるようになりました。
 この時代に起こった最も大きな変化は、商業の発達による貨幣経済の発達でした。それまでの貴族政社会は農業を社会の根幹とした現物経済でしたので、これはまさにコペルニクス的転換でありました。これまでの貴族は大きな土地を所有する事で経済的優位を保ち、それを基盤にして権力を発揮していたのですが、ここに至って経済的優位も権力の基盤も大きく揺らぐ事になってしまったのであります。要は家柄がモノを言った時代から「世の中ゼニ」の社会へと変わっていったわけです。
 そんな社会の同様がストレートに現れたのが、それまでの貴族優位を象徴する存在だった司法分野でした。“法の下の不平等”に不満を持った平民勢力──特に経済的に力をつけた富裕層が貴族たちを激しく突き上げ、紀元前620年頃、遂に成文法の成立となります。これを制定者の名を取って「ドラコンの成文法」と呼びます。
 この出来事は貴族政社会の崩壊と民主政社会誕生に至る過程の第一歩というわけですが、この時点では政治的権力はまだ貴族たちの手にありました。政権は彼らにとって既得権益。そう簡単に手放せるものではないのあります。

 ただ、社会の変革がそれだけならば害は少なかったのですが、商業と貨幣経済の発達は平民、特に貧困層に致命傷と言うべき打撃を与えてしまいました。輸出用農作物を確保したい富裕層が、カネにモノを言わせて土地を買い漁ったり、そのために農民への融資の利息を釣り上げるなどしたために、破産する中小農民が続出する惨状となったのであります。
 破産した中小農民は債務奴隷(財産奴隷)と呼ばれる身分に堕ち、貸主の下で文字通り“借金を体で払う”立場となります。借金相当額を“返済”すれば自由身分に戻れましたが、そうなっても既に彼らには土地は無く、何の力も持たない無産市民として食うや食わずの暮らしを強いられたはずであります。いや、それならまだマシな方で、中には他のポリスに売り飛ばされてしまった人々もいたでありましょう。事実、この時代には債務奴隷による人口流出で軍事力が減退したとの説もあるくらいなのであります。

 経済と権力の地盤を失いながら、既得権益にしがみついてこれを離さない貴族
 そんな貴族を凌ぐ力を確保したものの、依然としてイニシアティブを握れない平民富裕層
 そして、同じ平民身分でありながら、そんな富裕層のワリを食う形で虐げられている平民貧困層

 ……紀元前7世紀後半のアテネは、このような歪んだ三極分化の真っ只中にありました。有り体に言って暴発寸前の社会であります。一刻も早い抜本的な改革が必要なのは誰の目を見ても明らかでありました。
 そこへ1人の貴族出身の政治家が登場し、このアテネに大ナタを振るいます。時に紀元前594年、その政治家の名はソロン世に言うソロンの改革の始まりでありました。

 ソロンは極めて現状把握感覚に優れた政治家でありました。社会の中で修正しなければならない部分についてはキッチリと修正し、逆に無理に変えてはマズい部分に関しては、現実にあわせて制度の方を改正させてゆく…という手法を採用しました。近現代で言えば保守政党的な改革者といったところでしょうか。

 彼がまず手をつけたのは、先ほど述べたところの破産した中小農民が債務奴隷となってしまう問題の解消でした。既に債務奴隷になっていた人々は、借金が棒引きされると共に自由の身へ。また、貸主が新たに借主を債務奴隷にする事を禁じる法律を明文化しました。これにより、債務奴隷を原因とするアテネの国力低下を食い止める事に成功したのでありました。
 また、ソロンは司法改革を進めた事でも知られています。それまで死刑だらけで「血で書かれた法律」と言われていたドラコンの成文法を大幅に改訂し、殺人罪を除く罪の刑罰から死刑を原則撤廃したり、あるいは第三者による告発制度を設けたりなどしました。この他にも家長が保護下の女性を売却する事を禁ずる法律を定めるなど、ソロンは現代で言うところの人権派政治家であったようです。

 そしてもう1つソロンが手をつけたのは、先述した歪んだ身分制度・政治制度の改革であります。権力基盤を失ったものの既得権益にすがりつく貴族と、その逆の立場にある平民富裕層の対立が深刻なものになっていたのは既にお話した通りですが、彼はこの問題に真正面から立ち向かって構造改革を進めたのでありました。
 ソロンはこの複雑な問題に対して、画期的な新制度を設ける事で対応しました。後に財産政と呼ばれるものであります。
 この財産政とは、不動産を中心とする財産の額に応じて市民を4つのクラスに分け、クラスが上がるにつれて政治的権力が増す事を制度化するものでありました。
 具体的に言えば、最要職のアルコンをはじめとする主要官職に就くのは富裕層である第1、第2のクラスに属する者に限られ、いわゆる中流層からなる第3のクラスには下級の行政職が振り分けられました。そして最下層の第4のクラスにも民会における投票権が与えられたのであります。
 それまで貴族が独占していた要職が平民富裕層に解放され、彼らを補佐する議会での投票権は全面解放に。これにより、時代遅れの貴族政は名実共に崩壊する事となったのであります。
 また、バランス感覚に優れていたソロンは財産政を導入するにあたって、財産に応じた兵役制度も確立させます。第1、2身分には騎兵として、第3身分には重装歩兵、第4身分には軽装歩兵か軍艦の漕ぎ手としての軍役が義務付けられ、その経費は自弁とされました。つまり、財産と政治的権力に応じた額の軍役負担が義務付けられたわけであります。このあたりは近世以降のイギリスにおける“ノブレス・オブ・リッジ”を思わせる要素でもあり、アテネの、そしてソロンの先見性が窺えるところであります。

 この他の分野でもソロンによって改革が進められています。その中には、土地を失った農民の失業対策として新植民市を建設したり他のポリスから商工業者を好条件で誘致するなどの、後の資本主義の導入を思わせるほどレヴェルの高い施策まであり、21世紀の人間としても「よくぞここまで」と唸らされる思いであります。

 こうしてソロンによって大改革が施されたアテネはたちまち立ち直りを見せ、大混乱はみるみる内に収束しました。
 しかし、ソロンの改革は余りにも的確過ぎ、また現実的過ぎたためか市民の間での支持率は低かったようです。現代でもそうでしょうが、誰もが「世の中ゼニ」だと分かっていても、それを大っぴらに肯定されるとムカつくものなのでありましょう。
 なるほど、ソロンの改革は「貧乏人は麦を食え。麦なら思う存分食わせてやる」というようなものであり、近代社会で導入されて非常に不評であった制限選挙制度に似たところがありました。
 実は「麦じゃなくて米が食いたい」と思っている貧困層にとっては我慢出来ないところも多々あったことでしょうし、貨幣を軽んじて不動産を重視した財産政の制度が“貨幣成金”の大商人に不評を買ってしまったという側面もありました。
 そういうわけで、一度は安定を取り戻したかに思えたアテネではありましたが、ソロンが政治の第一線から引退した後は再び混沌とした情勢に引き戻されてしまったのであります。

 混沌した社会は新たなリーダーを要求し、生み出します。そしてこの時のアテネにもまた、新たなリーダーが彗星の如く現れるのであります。
 ソロンの改革から50年弱。アテネにまた新たな政治制度が確立されようとされていました── (次回へ続く

 


 

1月27日(月) 労働経済論
「役に立たない? アルバイト時給案内」(6)

※前回までのレジュメはこちらから→第1回第2回第3回第4回第5回

 毎度の事ながら予想外に長引いたこのシリーズも、今回からいよいよ最終章に突入します。もはや乗りかかった船ですので、ここはジックリと攻めてみたいと思います。

 これからお話するのは、駒木が2ヶ月勤務した中古ゲーム屋でのエピソードです。
 ゲーム屋業界の裏話は、既にこれまで様々なウェブサイトで紹介されています。が、ここでお話する駒木の勤めたゲーム屋というのが、いわゆる“平均像”とは程遠い強烈な店でして、それだけに溢れ出したエピソードもハンパではありません
 業界に縁の薄い方は純粋に“ゲーム屋業界裏話・外伝”として、業界内の方も「うわぁ、ウチの店がこんなじゃなくて良かった」…などと思いつつ笑ってもらえれば幸いです。

 さて、当時の駒木の状況を説明しておきましょうか。当時は前回お話したマンガ喫茶での仕事をしていた頃から8〜9ヶ月後。高校の教壇に立つ事を夢見ながら歴史の勉強に勤しむ毎日でありました。マンガ喫茶から転じた情報教育指導補助員(第1回を参照)の任期を終えた春からは、3度目の教員採用試験に備えて家庭教師以外の職を辞していたのです。
 しかし、採用試験のヤマ場と言える1次筆記試験が終わったところで貯えが丁度底を尽き、いよいよ観念してアルバイトを探す事になりました。近くのコンビニでアルバイト情報誌を入手し、すっかり手慣れたページ捌きでチェックを入れてゆきます。

 駒木流のアルバイト探しの方法としましては、まず始めにページ上部にある最小サイズの広告枠に注目します。
 こういう小さな求人広告を出す所は個人経営の店が多く、職場の雰囲気もアットホームな上に待遇面の融通も利き易いのです。時給が安いケースが多いのが玉にキズですが、細々と親切にしてもらえる分を総合すると、損して得を取っているケースもままあります。“ババ”を引くととんでもない事になるかも知れませんが、そういう場合は即辞められられるのがバイトの特権です。ちなみに、前回話題にしたマンガ喫茶もこの類です。
 しかし、この時は最小サイズの求人枠にめぼしいモノがなく、仕方無しに今度はページの下部、大枠の求人広告に目を遣ります。このエリアは大手チェーン店の求人が多く、多少柔軟さには欠けるものの“長いものに巻かれろ”的な安心感があります。これまでお話した中ではバレンタイン要員の洋菓子店バイトがそうですね。

 ──で、この時はその枠から、中国地方を本拠地とする某準大手ゲーム屋チェーン店の新規店舗オープニングスタッフを求める広告を見つけ、応募するに至りました。今では時間の都合もあって“開店休業”中ですが、駒木もかつては「ハイパーオリンピック」ファミコン版の無差別級王者として校内に君臨したゲーム少年。TVゲームに囲まれて仕事をするというのは長年の夢でもあったのです。

 しかし、まさかこの時の“夢”を追う行為が、地獄のような2ヶ月を招く事になろうとは全く思いもしませんでした……。

 ──ですが、ここはとりあえず時系列に沿って話を進めましょう。
 電話でアポを取り面接の予約をした駒木は、その電話での指示に従ってバイト先となる現場へと向かいました。
 地下鉄に乗ってバスを乗り継ぎ、目的地に辿り着いた時、駒木は思わず声をあげました。
 「バ、バカな……!」

 ……あ、いや、高橋陽一か車田正美の作品のようなベタな展開ですいません。「ジャンプ」のアンケートなら初回から20位を割って、早々と10回突き抜けが確定するような構成だと自覚しております。でも、本当なんです。
 その場所は、奇しくも駒木が家庭教師先へ向かう際にクルマを走らせる“通勤経路”にあった店舗──当時は改装中の空店舗でしたが──で、前からその廃れっぷりが気になっていたのです。

 そこはマンションの1階にある物件で、以前は某中堅コンビニチェーンの大型店が入居していたのですが、経営不振に陥り撤退を余儀なくされていたのです。
 交通の便が悪いながらバス停の前であり、駐車場も完備。すぐ側には学習塾もあって勉強帰りの小・中学生の動員も見込める所でもありました。第一、マンションの1階です。「これで流行らなければおかしい」と言える程の条件が揃っていたはずです。バブルの頃なら板東英二が即金で買い取るような物件です。
 それなのに、在りし日のそのコンビニはいつも閑散としており、エアコンの空調だけとは思えない寒々しい空気が漂っていたものでした。何と言いますか、店内で輝く白色蛍光灯を死兆星と錯覚してしまいそうな、神谷明の「お前はもうすでに死んでいる」が有線のスピーカーから流れて来そうな、次いで千葉繁の「あべしっっ!」も聞こえてきそうな、そんな生気の感じられない空間だったのです。

 ……そんな“呪いの物件”を前にして、さすがに少々怖気付いた駒木だったのですが、ここまで来てしまって引き下がるわけにはいきません。深呼吸をし、意を決して、まだ改装中で打ちっぱなしのコンクリートが剥き出しになったままの店舗へと足を踏み入れて行ったのでした。

 さて、面接は改装工事中であった商業スペースの奥、控え室用に設けられていた4畳半の和室で行われました。面接を担当していたのは、容貌がドロンズのデブの方によく似たいかにも人の良さそうな男性で、年齢は30歳前後といったところ。一目見て誰もが「あぁ、この人と一緒の職場だったら楽しそうだな」という印象を抱きそうな、明るくて爽やかな雰囲気を持った人でした。
 で、その脇には、前世は絶対にカマキリだったと思しき顔立ちの、『ナニワ金融道』で連帯保証人の判を突いてしまったがために家屋敷を全部取られて号泣する脇役キャラのような冴えない中年女性と若者のペアが無言で座っていました。ドロンズ似の兄さんとはまさに好対照です。
 実はこの中年女性がオーナーで、若者の方がその長男で店長だったのですが、その時は面接の様子を仏頂面で眺めたまま自己紹介も無かったので(!)その時の駒木には知る由も有りません。ちなみに駒木の彼らに対する第一印象は、「誰や、この変なオバハンとニイチャンは? なんか関わりたないなぁ」…でした。駒木の願いも空しく、この母子にはそれから2ヶ月執拗に関わられる羽目になるのですが……。

 さてさて、幸か不幸かドロンズ似の男性(これも後から判った話ですが、彼は本社勤務のフランチャイズ担当社員でした)との面接は非常にスムーズに進行してゆきます。
 こう見えても駒木はバイト面接の“勝率”が極めて高く、倍率2ケタを超える時でも平気で通ってしまうほどだったりするのです。まぁバイト限定の「面接の達人」など、よくよく考えたら大して威張れるようなスキルでも無いのですが、とにかくこの時の面接も、今は亡き「電波少年」のナレーションの如く「好感触」のまま終了となりました。
 世紀を跨いだ今なら「この時面接に落ちてさえいれば……」と思うのですが、当時哀れにも何も知らない駒木は、「あのドロンズに似た“雇われ店長”やったら、エエ感じで働けそうやな。店が流行るかどうか不安やけど」…などと呑気に構えていたのでした。戦争物やパニック物の映画などで、後のシーンとのコントラストを出すために、前もって平和な光景を挿入する事がありますが、それみたいなもんですね。

 果たして面接から3日後、“ドロンズ兄さん”から「開店準備があるので2日後から来てくれ」との電話がありました。採用決定です。いよいよ地獄の門がきしいだ音を立てて開かれたのでした── (次回へ続く) 

 


 

1月25日(土) 競馬学概論
「駒木博士の“埋もれた(かも知れない)名馬”列伝」(3)

※前編(新馬戦〜共同通信杯まで)のレジュメはこちら中編(若葉S〜有馬記念)はこちらからどうぞ。

珠美:「十分な実績をあげながら、それに見合った人気を得ることが出来なかった名馬たちにスポットを当てるこの企画、今日もビワハヤヒデ号の現役生活を振り返ります
駒木
:「今日は古馬になってからのビワハヤヒデ。念願のチャンピオン・ホースになったはいいけれど、ライバル不在ということもあって砂を噛むような思いを強いられてしまう……そういう時期の話をしてゆく事になるね。正直、話すのが辛い出来事もあるんだけど、そういうのも含めて紹介するために始めた企画だから仕方ないね」
珠美:「では、改めてビワハヤヒデ号の成績一覧表をご覧下さい。詳しい成績はリンク先(Ya!horse Japanさん)からどうぞ」

ビワハヤヒデ号・全成績(略式)
<詳細はこちらのリンク先を参照>
日付 レース名 着順 騎手 1着馬(2着馬)

92.09.13

新馬戦

/14

(テイエムシンザン)

92.10.10 もみじS /10

(シルクムーンライト)

92.11.07 デイリー杯3歳S(G2) /8 (テイエムハリケーン)
92.12.13 朝日杯3歳S(G1) /12 エルウェーウィン
93.02.14 共同通信杯4歳S(G3) /9 マイネルリマーク
93.03.20 若葉S(オープン) /8 岡部 (ケントニーオー)
93.04.18 皐月賞(G1) /18 岡部 ナリタタイシン
93.05.30 日本ダービー(G1) /18 岡部 ウイニングチケット
93.09.26 神戸新聞杯(G2) /9 岡部 (ネーハイシーザー)
93.11.07 菊花賞(G1) /18 岡部 (ステージチャンプ)
93.12.26 有馬記念(G1) /14 岡部 トウカイテイオー
94.02.13 京都記念(G2) /10 岡部 (ルーブルアクト)
94.04.24 天皇賞・春(G1) /11 岡部 (ナリタタイシン)
94.06.12 宝塚記念(G1) /14 岡部 (アイルトンシンボリ)
94.09.18 オールカマー(G2) /8 岡部 (ウイニングチケット)
94.10.30 天皇賞・秋(G1) 5/13 岡部 ネーハイシーザー

駒木:「今回は京都記念から、結果的に引退レースになった秋の天皇賞までってことになるね。珠美ちゃん、進行よろしく」
珠美:「……ハイ。ではまず京都記念ですね。天皇賞のステップレースとしてビワハヤヒデの陣営が選んだのがこのレースでした」
駒木:「普通なら、ステップレースと言えば阪神大賞典か日経賞なんだけどね。前の年の神戸新聞杯もそうだけど、ビワハヤヒデ陣営は2ヶ月間隔のローテーションがベストだと考えてたみたいだ。
 あ、あとこの年は京都競馬場が全面改装中で、この京都記念は阪神競馬のレースとして行われたって事を付け加えておくね。これは後で話す春の天皇賞も同じだよ」
珠美:「その京都記念ですが、ビワハヤヒデは単勝1.2倍の1番人気に応えて、菊花賞を思わせるような圧勝。終始2番手から直線抜け出して7馬身差をつけました」
駒木:「この時は阪神競馬場で生観戦してたんだけどね。大雪が降った週で、除雪作業をしてレースをやったんだけど、寒かったなぁ。レースには関係無いけど(笑)。
 で、レースは珠美ちゃんの説明してくれたそのまんま。単勝オッズが示す通り、余りにも相手が楽すぎた印象があったね。2番人気がスランプ中のライスシャワーだったって言えば、どれだけ寂しいメンバーだったか分かってくれるだろうか?」
珠美:「前回の講義で博士がおっしゃっていた、ライバル不在の構造が始まってしまっているわけですね?」
駒木:「そう。今の大相撲で言う朝青龍的ポジションだね、当時のビワハヤヒデは。仕方ないのかも知れないけど、本人に責任が無いだけ可哀想だったなぁ」
珠美:「そしてビワハヤヒデは、予定通り中2ヶ月で春の天皇賞に出走します。このレースには、前走の目黒記念で復調なった3歳時のライバル・ナリタタイシンなど、その時点では目一杯のメンバーが揃ったのですが、ここでもビワハヤヒデは単勝1.3倍の1番人気に推されました」
駒木:「日頃は人気が無いのに、レースでは支持されるんだよな(苦笑)。まぁ、好き嫌いを抜きにして馬券を買わせるくらいの強さがあったって事なんだけどね。
 ……で、この時のレースも展開的には京都記念とおんなじ。逃げるルーブルアクトを直線入口で交わして、一気に抜け出す優等生的なケイバをここでも見せた。確かにワンパターンではあるんだけど、気性が余程良くないと出来ない芸当だから、本来なら“地味だけど凄い”って言われなきゃおかしいんだけどね。
 というわけで、このレースも1着。この時はナリタタイシンやらムッシュシェクルやらがいて、さすがにそれほど差は開かなかったけど、まぁ着差以上の完勝と言って良いんじゃないかな」
珠美:「着差は1馬身1/4でした。確かにレースを観ると、永久に詰まりそうにない差という感じがしますねー。
 ……そしてビワハヤヒデはまたも中2ヶ月のローテーションをとって、春の総決算・宝塚記念に出走しました」

駒木:「またメンバーが、いかにも宝塚記念って感じでねぇ(苦笑)。せっかく揃い始めたライバル馬がまとめて回避しちゃったんだよ。出走馬中、この時点でG1を勝ってた馬がビワハヤヒデ以外には牝馬2冠のベガしかいなくて、しかもベガが体調万全って感じじゃなかったもんだから本当に寂しいメンバーになっちゃった。
 だから、レース前から若干シラケていた感は否めなかったね。この宝塚記念よりも、半年後に実現するはずだったナリタブライアンとの兄弟対決が楽しみだ…とか言われちゃってた(苦笑)」
珠美:「ネーハイシーザーとかサクラチトセオーとか、後になってG1を勝つ馬なら結構いるんですけど、当時は知りようがありませんものね(苦笑)。
 で、このレースも単勝オッズは1.2倍とダントツ。私の感覚で言えば、こんな高い支持にアッサリと応えてしまうなんて、本当に凄いと思うんですけど……」

駒木:「それはリアルタイムで馬券を買う立場に居なかったから言えるんだよ(苦笑)。このレースだって、8番人気馬との組み合わせで馬連たったの12倍だからねぇ。確かに逆恨みのような悪感情を買ってもおかしくない位の存在ではあったのは確かなんだよね。でも、それで本当に存在そのものを嫌悪していいのかどうかってのは別問題だけどね」
珠美:「レースの方は、もはや“定番”と化した先行抜け出しになりました。レコードタイムで着差5馬身。もう本当に手がつけられない感じですね」
駒木:「道中、淀みの無い平均ペースで流れているのに、上がりの3ハロンで各1ハロン11秒台のロングスパート決められたら、もう並の馬じゃ対応できないよね。2〜3番手で控える先行馬だったんだけど、レース振りそのものは逃げ馬に近いんだな。それもミホノブルボンみたいな強烈なタイプのね」
珠美:「……これでビワハヤヒデはG1レース3勝目。他のライバルたちに完全な勝負付けを決めた形になりまして、いよいよ兄弟対決の期待される秋シーズンに突入してゆきます」
駒木:「まさかこの時は、あんな事になるとは思っていなかったんだけどねぇ……」
珠美:「……とりあえず話を進めますね。堂々たる成績で名実共に現役最強古馬となったビワハヤヒデは、3ヶ月の休養の後、オールカマーで秋緒戦を迎えます。秋の天皇賞の前哨戦としては京都大賞典か毎日王冠が“正規ルート”なんですけど、またまた間を開けたローテーションとなりました」
駒木:「まぁ、これまでも独特のステップレース選びをして来たわけだし、今更驚くことじゃあないよね。それに、当時のオールカマーはG3だったんだけど、公営所属馬のジャパンカップ・トライアルも兼ねていたから馬齢重量戦でね。ビワハヤヒデみたいな超実績馬にとっては斤量面でもメチャクチャ有利なレースだったんだよ。
 それにこの時は、やや衰えたりとは言えウイニングチケットが参戦していたし、それなりには盛り上がったレースだったんじゃないのかな」
珠美:「レースの方は、やはり前年のダービー1・2着馬による一騎討ちムード。ビワハヤヒデが逃げるロイスアンドロイスの2番手から抜け出すと、ウイニングチケットが早めのケイバでそれに迫るというレース展開になりました。結果はビワハヤヒデが余裕を持って1馬身3/4の差をつけて1着。単勝1.2倍という相変わらずの圧倒的支持に応えました」
駒木:「枠連で1.3倍だったんだよなぁ。2点買いで当てて損したレースは余り記憶にない(笑)。レースの方はまぁ、順当だろうね。スローペース&ロングスパートの展開になったのに、ウイニングチケットもよく走ってるよ。このあたり、さすがG1馬の実力の片鱗ってところかな。」
珠美:「ビワハヤヒデはこれで年明けから4連勝。新たなライバル候補が現れることもなく、圧倒的優勢との下馬評を維持したままで、運命の天皇賞・秋を迎えます」
駒木:「ちょっと待った。その前に言っておかなくちゃいけないエピソードがある。
 このオールカマーから天皇賞までの間に、ビワハヤヒデを管理した浜田調教師から、『年内はあと2戦。天皇賞と有馬記念。ジャパンカップは来年出ます』って発表があって、これがファンやマスコミ連中の轟々たる非難を買ってしまったんだ」
珠美:「この年のジャパンカップを自重するという話だったんですね」
駒木:「そう。ビワハヤヒデが開いたローテーションで走るって事は規定路線だったし、この頃は“天皇賞→ジャパンカップ→有馬記念”のローテーションは鬼門のようなものだったからジャパンカップを回避する天皇賞馬も多かった。だからこれはむしろ常識的な判断とも言えたんだけど、浜田調教師が外野に気を配りすぎて天皇賞の前に発表しちゃったのがマズかったんだな。『逃げるのか』とか酷い事を言われるようになっちゃった。テイエムオペラオーが“海外遠征しない宣言”した時と状況が似てるかな」
珠美:「『逃げるのか』って、そんな酷い……」
駒木:「まぁ、ファン……というかファンの名を借りた野次馬がブーブー言うのは、まぁ仕方ない。ビワハヤヒデは前から人気があるわけじゃなかったしね。
 でも僕が酷いと思うのはマスコミの方。この時はちょうど“競馬マスコミバブル”の頃だから悪質な競馬ライターが多かった事もあったんだけど、とにかくまぁ誹謗中傷に似た非難を書きまくられた。中には当時続行中だったデビュー以来連続連対記録を持ち出して、『連続2着が途切れるのが怖くてジャパンカップを逃げるとは、ファン無視も甚だしい』とか書くアホウまでいた。誰が2着目指してG1回避するんだよ(失笑)。
 ……それにね、このマスコミのビワハヤヒデ・バッシング、浜田調教師が明らかに叩いても大丈夫そうな人だと分かってて非難してるからムカつくんだよ。これがもし、野平祐二厩舎とか境勝太郎厩舎とかの馬だったら絶対そこまで言ってるかな?」
珠美:「……何だか嫌な話ですね」
駒木:「ヤな話だね。大体、この業界は良識派のライターさんが活躍する余地が狭すぎるんだよ」
珠美:「では、時間も有りませんし、天皇賞のお話をしますね。……そうやって色々と騒がれたビワハヤヒデですが、このレースでも単勝1.5倍の圧倒的1番人気。体調も万全と、必勝ムードでレースに向かいました。
 しかし、現実は厳しいものでした。ビワハヤヒデはレース途中に脚を痛め、直線で失速。生涯最初で最後の着外・5着に敗れました」

駒木:「レース直後に岡部騎手が下馬してね。あの時は頭が真っ白になった。結局は屈腱炎ということで命には別状がなかったんだけれども。
 レースの内容は分析が難しいね。勝ちパターンの直線抜け出しが出来なかったのは確かなんだけど、直線の時点では痛みに耐えながらのレースだろうからね。何が敗因なのかは永遠の謎だろう。幻に終わっちゃった弟のナリタブライアンとの直接対決の行方も含めてね」
珠美:「この直後にビワハヤヒデは引退。翌春より種牡馬として活動中です。ただ種牡馬としての成績は、現役時ほどには恵まれていないみたいですね」
駒木:「重賞入着馬は出てるんだけどね。現時点の代表産駒は、日経新春杯2着のサンエムエックスということになるのかな。まぁ、父親のシャルードが“一撃必殺”型だったし、いつか超一流の産駒が出てくることを期待しよう」
珠美:「……というわけで、3回にわたって紹介してきましたビワハヤヒデについての講義はこれで終了です。次回はどの馬を採り上げられるんですか?」
駒木:「今のところ、次回はライブリマウントを…と考えているよ。ダート競馬が黎明期から発展期へ向かう端境の英雄。まさに『埋もれた名馬』の決定版だね」
珠美:「ハイ。それではまた来週ですね。皆さん、お疲れ様でした♪」
駒木:「ご苦労様」 (この項終わり/次回へ続く

 


 

1月24日(金) スポーツ社会学
「スポーツ選手・引退の姿あれこれ」

 受講生の皆さんもご存知の通り、大相撲の横綱・貴乃花が引退しました。
 報道や識者の談話などでも既に散々語られていますが、歴代4位の優勝22回などの大記録を幾つも残して来た偉大な力士としては、確かに寂しい印象が否めない引退劇ではありました。しかし、貴乃花の場合は年齢的な衰えではなく致命的な怪我で能力を突然喪失した…という部分があり、当の貴乃花としてもなかなか区切りをつける事が出来なかったのではないでしょうか。
 今回の引退劇は、自ら決断しない限り永久に最高位が保証される──つまり、永久に最高位に相応しい実力を保たなくてはならないこの「横綱」という地位が、現実に横綱となった人の去就にとっていかに厄介であるかを証明したエピソードだと思います。「横綱を返上しても長く現役を続けたい」と思っても叶わない立場の厳しさが、単なる傍観者に過ぎない駒木の胸にもヒシヒシと堪えます。 
 しかしこの「横綱」という“永世名誉チャンピオン”的地位があるからこそ相撲が面白いのも事実であり、このジレンマにも似た問題はこれからも相撲関係者を悩ませ続ける事になるのでしょうね。

 ……ところで、今回の貴乃花ほどではありませんが、角界での力の衰えた力士の去就というのは、絶えず大きな話題になるものです。
 大体力士の引退には2パターンあります。1つが全盛期かそれに近い時期が終わったらスッパリ辞めるパターンで、もう1つがプロとして最低限の働きが出来なくなったところで静かにフェードアウトする“燃え尽きパターン”です。
 大相撲の場合、前者のパターンを採らざるを得ない横綱は別にして、最近では後者の道を選ぶ力士が大半を占めるようになりました。普通の関取が幕下陥落まで勤め上げるのは昔からの話ですが、力が衰えて番付回復の見込みが無くなった元・大関ですら、幕内に留まる限り現役を続けるようになったのは興味深いところです。少し前では霧島小錦がそうですし、現在でも貴ノ浪が長年の苦闘の末、今場所は小結として健闘中です。

 さて、これを他の格闘技に目を向けてみますと、どうでしょうか?

 例えばボクシングの世界では、その選手が属するレヴェル(世界ランク、または日本ランクなど)で最高峰が目指せなくなった時点で見切りをつけるパターンが多いようです。特にボクシングでは1度の敗戦が選手に与える心身、及び興業面でのダメージが極めて大きいため、敗戦を機に引退を決めるパターンが多くなってしまいます。
 昨年末には辰吉丈一郎選手が長いブランクから復帰を果たして話題になりましたが、それには彼が2度にわたる無残な敗戦から復帰を志した事自体が極めて珍しいということが影響しています。

 K−1やいわゆる総合格闘技など、同じ格闘技でも新興ジャンルに属するものについては、まだ歴史が浅いせいか、まだそれほど一流選手の引退例が多くありません。
 ただ、数少ない例をピックアップして見ますと、やはり相撲などと同じように、引退のタイミングは早いか遅いかかなり極端に分かれるようです。
 例えば、ヒクソン=グレイシー戦に惨敗したその場で現役を去った船木誠勝氏は“スッパリ辞めた”パターンの代表例ですし、同じくヒクソン=グレイシー相手に惨敗を喫しながら、その後も数々の惨敗を喫し続けて40歳まで現役を続けた高田延彦氏などは典型的な“燃え尽き”パターンでしょう。
 あ、例外的な存在として、“K-1→総合格闘技→プロレス”と、己の実力が通用しなくなったジャンルに次々と見切りをつけていき、現在は67歳のブッチャー相手に前座レスラー(しかも負け役専門の色モノ)を務める佐竹雅昭のような人もいますが、これはもう本当に心底どうでもいい存在なので放っておきましょう。

 今、話題に出たのでプロレスラーの去就についても語っておきましょう。
 “ジャンル内ジャンル”が多様化したプロレスの場合は、たとえどれだけ体が衰えても、その時の体に応じたプロレスが出来ますので、レスラーの引退は大相撲とは逆の意味で本人の裁量に任されます。そのため、本当の本当に燃え尽きるまで現役を続けるケースが大半を占めていますね。
 中でも文字通り「生涯現役」を貫き、死後にリングシューズだけで引退試合を務めたジャイアント馬場さんなどは“燃え尽き”パターンの究極と言えるでしょう。他にも70歳過ぎてから蝶野正洋選手相手に試合をし、元祖STFや高速バックドロップを決め(させてもらっ)たルー・テーズなどが代表例です。
 また、プロレスの場合は“引退→復帰”が1つの定番パターンとして受容されている部分もあり、“せっかくスッパリ辞めたのに、復帰してしまい燃え尽き切れず燻って……”という人も多くいます。この代表例としては、日本では大仁田厚選手、アメリカではテリー・ファンク選手が挙げられるでしょうか。大仁田選手の場合は、1度目の引退が「膝が壊れて直角以上に曲がらなくなった」、2度目の引退が「体を切り刻みすぎて殺菌用の抗生物質が効かなくなり、扁桃腺腫らしただけで死にかけるようになった」…という事情がそれぞれありましたので、仕方ないと言えば仕方ないかも知れません。が、復帰するたびにここでも言えないような金銭トラブルを起こすのは止めてもらいたいものですね。
 ちなみに、大仁田選手は参議院議員としても活動中ですが、公設秘書は自分の子飼いレスラーの矢口壼琅選手と中牧昭二選手。どうでもいい話ですが、税金を使って子分の生活保護をするのは、道義的問題とかいう以前にセコ過ぎると思います。

 一方、女子プロレスの世界では、かつて全日本女子プロレスで25歳定年制という変わった制度が存在していました。「まだ人生やり直せる内に実家にお返しする」…という物凄い理由で設定された内規だったのですが、その後の時代の変遷もあって10年以上前に廃止されています。今ではほとんどのトップ女子レスラーが30歳を過ぎてから円熟期を迎えるようになっていますので、こちらも“燃え尽き”傾向が強くなっているようです。
 ただし女子プロレスで最も多い引退パターンは、デビュー間もない新人が人間関係(特に上下関係)に押し潰されて辞める…というもので、これは業界全体の成長を妨げる大きな問題として横たわっています。
 全体的に見て、一世代の上下である“先輩・後輩”の関係は良好なのですが、二世代差の“師匠・弟子”関係になると途端に間柄が険悪になってしまうのです。そのためほとんどの女子プロレス団体は、“多くのベテラン、若干の若手、そして絶滅寸前の新人”という、真打ちだけがやたら多い落語業界のような世代構成になってしまっています。
 これには先輩レスラーの陰湿な後輩イジメや、上下関係に対応できない後輩レスラーの精神的な弱さなど様々な理由があるのですが、それより何より、新人が少ないからといって、ロクにスカウト活動もしないまま、現役を続けられる見込みのも無いルーキーを次々とデビューさせてしまう業界の姿勢にも問題があるでしょう。何しろ、普通に運動しているだけで貧血を起こして昏倒するような子をデビューさせたこともあるくらいです。そんなの、いくらボブ・サップとアーネスト・ホーストにメインイベントでプロレスごっこ遊びさせる業界だからと言っても「ンな無茶な」って話ですよね。
 
 ……とまぁ、格闘技業界のお話はそんな感じですが、他のプロスポーツ界でも、引退のパターンには大差が無いようです。50代の現役選手がゾロゾロいる公営ギャンブル系スポーツの世界でも、第一線を退くと同時に早々と引退してしまう中野浩一のような選手もいました。
 しかし、例外的に選手の去就を巡る動きがやたら複雑な世界も存在します。それはプロ野球業界です。

 プロ野球界の特徴としては、現役続行か否かを最終的に決める権利を持っているのは、ほとんどの場合、当の選手ではなくて球団側である事が挙げられます。そのため、選手が「燃え尽きるまでやりたい」と思っていても球団側が「それまで面倒見切れない」という事態が起こり、それがドラマティックな展開になってゆく場合もままあります。
 その具体例を最近のケースから引っ張ってくるならば、昨秋ついに現役を引退した元阪神・ロッテの遠山奨志投手が挙げられるでしょうか。

 ドラフト1位で阪神に入団→伸び悩んでロッテへ転出→投手として戦力外となるも、野手に転向してまで現役に固執→その甲斐も無くロッテを解雇→野村阪神で投手として再雇用→巨人キラーの中継ぎとして大活躍→燃え尽きて遂に引退

 ……といった波乱万丈の野球人生は多くのファンの心を打ったものでありました。

 しかしそんなプロ野球業界の中には、もっとインパクトの強い、「これは(色々な意味で)誰にも真似できない」という経緯で引退した選手が存在します。
 その選手の名は福本豊。往年の阪急ブレーブス(現:オリックスブルーウェーブ)で不動の1番バッターの座を長年保持し、13年連続盗塁王に輝くなど幾多の記録を残した名選手です。今、当たり前のように使われている投手のクイックモーションが、実は福本さんの盗塁を阻止するために当時南海(現:ダイエー)の監督だった野村克也氏が広めたものであるという事は知る人ぞ知るエピソードと言えるでしょう。
 この福本さん、現在では、ズラリと“0”が並んだスコアボードを見た感想を問われて「なんや、(0の形が)タコ焼きみたいでんなぁ」…という感想を述べるような迷解説者として知られていますが、その独特のセンスは現役時代から健在でありました。
 福本さんは現役当時、あまり3塁への盗塁はしない選手でした。全球団の投手のクセを完全に掴んでいた(!)福本さんですから、スコアリングポジションから盗塁を敢行する事など造作も無い話だったのですが、敢えてしようとしなかったのです。しかも、その理由というのが、
 (3塁盗塁は)簡単に出来過ぎて面白ないから、やらへん」
 ……だったからです。さすがは自分のドラフト指名をドラフト会議の翌朝にスポーツ新聞を読んでいた同僚から教えてもらった豪傑です。

 その福本さんの引退劇は、折しも阪急ブレーブスがオリックスへ身売りされる秋の、しかも本拠地・西宮スタジアム最終戦の試合終了後に予告無しで幕が上げられました。
 プロ野球ファンの方ならご存知でしょうが、本拠地球場でのシーズン最終戦には監督がスタンドに詰め掛けたファンに挨拶をします。まぁ、大体は定番通りに“ファンへの感謝の意”を表明して終わりになるのですが、この年の阪急ブレーブスは区切りの年であるという事で、当時の上田監督の挨拶も熱が入ったものになりました
 そして、その挨拶も佳境に入り、その年限りで引退する山田久志投手(現:中日ドラゴンズ監督)を紹介する場面で、その“事件”は起こりました。
 予定では、上田監督はこのように喋る予定でした。

 「──阪急ブレーブスと共に球団を去る山田。(間を置いて)そして福本は……」

 …ところが、感情が昂ぶり、熱が入りすぎた上田監督はこのように口を滑らせてしまったのです。 

 「阪急ブレーブスと共に球団を去る山田そして福本!」

 突然の福本豊・引退発表に球場内は騒然。特に色めき立ったのが阪急の選手全員が待機していた1塁側ベンチでありました。

 「ちょ、ちょっと、ふ、福本さん、引退するんですか?」
 「えー、ワシ、知らんでぇ !?」

 実は福本さん、この時点ではあと1〜2年現役を続行する予定だったのです。
 ベンチに戻って来た上田監督はミスを指摘されて平謝りだったそうですが、とにかくマスコミに事態を説明しなければなりません。そこで急遽、記者会見が開かれる事になりました。
 ここで福本さんが自分の口から「いや、ワシ辞めまへんでぇ」とでも言えば単なる笑い話で済んだのですが、そこは福本さんです。少しの間、考えてみてこう思ったのです。

 「まぁ、辞めてしもてもエエかぁ」

 釈明会見は、そのまま引退会見となり、福本さんは本当に引退してしまいました。これほど間抜けな……いやいや、唐突な引退劇は空前絶後であることでしょう。

 
 ──というわけで、今日はスポーツ業界の引退について色々とお話をして来ました。まぁ、引退にまつわる話は人それぞれでありますが、出来る事なら惜しまれる内に辞めてほしいものだよなぁ…などと水島新司作品のキャラクターたちを思い浮かべつつ、講義を終わりたいと思います。(この項終わり)

 


 

1月23日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(1月第4週分)

 さて、今週もゼミの開講です。今週は世を忍ぶ仮の本業の事情もあり、極力無駄口叩かずに講義を進行させていきますので、どうぞよろしく。

 では早速情報系の話題から。今週は賞レースの話題が盛りだくさんです。

 まず、昨年(平成14年)度の小学館漫画賞の受賞者・受賞作が発表になりましたので、紹介しておきましょう。

◎少年部門
雷句誠『金色のガッシュ!』(「週刊少年サンデー」連載)

◎一般部門
浦沢直樹『20世紀少年』「ビッグコミックスピリッツ」連載)

◎少女部門
矢沢あい『NANA-ナナ-』(「月刊Cookie」連載)
渡辺多恵子『風光る』「月刊flowers」連載)

◎児童部門
樫本学ヴ『コロッケ』「月刊コロコロコミック」連載)

 裏事情をご存知ない方の為に説明しておきますと、小学館漫画賞はその名の通り、実質上は小学館が出版する雑誌に連載された作品を表彰するアワードです。ただし、元は小学館の子会社である集英社と、同じく集英社から生まれた白泉社の作品も表彰される事もあります。
 とはいえ、少し前までは「週刊少年ジャンプ」系の作品が受賞を打診された場合などは、「ジャンプ」編集部主導で受賞を“なかった事”にするケースが多かったようです。ただ、冨樫義博さんが編集部の反対を押し切って受賞を“敢行”してからは、当たり前のような顔をして受賞するようになりました
 あと、一般部門は作家が複数の出版社を掛け持ちする場合が多いので、それほど神経質にはならないようです。

 今回で目に付くのは、やはり講談社漫画賞との2冠という、プロレスで言うならIWGPヘビーと三冠ヘビーを統合してしまうような偉業を達成した浦沢直樹さんでしょうか。というか、この人がまだ審査員側に回っていないのがおかしいと思うんですけどね(笑)。
 このゼミと関わりの深い少年部門は、アニメ化が決まって絶好調の『金色のガッシュ!』。数ヶ月前、駒木が何気なしに予想した通りになってしまって正直驚いてるんですが、まぁ今の状況から考えると順当と言えば順当でしょうね。

 では次に、「ジャンプ」「サンデー」両誌が主催する月例新人賞の発表もありましたので、こちらも受賞者を紹介しておきましょう。

 まずは「天下一漫画賞」の方からどうぞ。

第75回ジャンプ天下一漫画賞(02年11月期)

 入選=該当作無し
 準入選=該当作無し
 佳作=該当作無し
 審査員(鈴木信也)特別賞=1編
  
・『魔天狼の男』
   新井友規(19歳・東京)
 編集部特別賞=2編
  
・『マッハ100枚カード』
   山口甚八(21歳・兵庫)
  
・『BEAST』
   暁ユウト(16歳・長崎)
 最終候補(選外佳作)=5編
  ・『ダンス 華麗なる返信』
   森本(22歳・北海道)
  ・『望月由太の恋愛波乱万丈記』
   桜庭恭平(25歳・千葉)
  ・『SAMURAI Future TV』
   MA-39(24歳・埼玉)
  ・『神なしどき』
   麻湧(22歳・北海道) 
  ・『草原のムートン 』
   おやつおやお(29歳・神奈川)

 次に「サンデーまんがカレッジ」の方も。

少年サンデーまんがカレッジ
(02年11月期)

 入選=該当作なし
 佳作=1編
  
・『Anti Champ』
  海老根一樹(25歳・東京)
 努力賞=1編
  ・『Web』
   田中猛士(27歳・埼玉)
 あと一歩で賞(選外)=3編
  
・『影武者』
   鈴木清仁(30歳・千葉)
  ・『帰宅最前線』
   塩村聖雪(21歳・東京)
  ・『Versus!』
   寺本直子(23歳・兵庫)

 なお、受賞者の過去の経歴は以下の通りです。

 ・「天下一」最終候補麻湧さん……第8回(02年度)「ストーリーキング」ネーム部門最終候補
 
「まんカレ」佳作海老根一樹さん……01年に「週刊少年チャンピオン」の新人賞で入賞し、既に短期集中連載も経験済み。
 ・「まんカレ」選外寺本直子さん……02年6月期「まんカレ」でも選外

 

 あと、「サンデー」関連で今週気になる話を2つばかり聞きましたので、こちらも紹介しましょう。

 まず1点目、先日発売された『きみのカケラ』作画:高橋しん)の単行本1巻ですが、なんと全体の約2/3にあたる120ページほどの加筆訂正が行われているとのこと。(ネタ元:高橋しんさんのインタビュー記事
 まぁ、高橋さんの“加筆グセ”『最終兵器彼女』の時から少し話題になってはいましたけど、ここまで加筆しちゃったら、「じゃあ雑誌連載の意義って何?」って感じになっちゃいそうな……。まぁ、噂を聞くと話の筋そのものは変わっていないらしいんですけどね。(駒木は物理的事情でチェックできていないんですが)
 『きみのカケラ』は、今週号でまたも掲載順最後尾になってしまいまして、恐らくは春の新連載シリーズでの入れ替え候補に入ってしまっていると思います。老婆心ながら、単行本の加筆とかする前に連載用のネームを思う存分練った方が良いと思うんですが、いかがなもんでしょうか?(苦笑)。

 もう1点は、先週から連載の始まった『俺様は?(なぞ)』作画:杉本ペロ)なんですが、杉本さん本人の談話によると、この作品が始まったのは、前作『ダイナマ伊藤!』の単行本売り上げが芳しくなかったためのテコ入れという裏事情があるそうです。
 そう言えば、去年打ち切りになった『一番湯のカナタ』作画:椎名高志)も単行本の売り上げがイマイチだった…という話を小耳に挟んだ事がありますし、「サンデー」の連載作品入れ替えには単行本売り上げが少なからず影響しているようですね。
 ……あれ、だとすると、さっきの『きみのカケラ』の大幅加筆は残留対策になっているんですね。う〜む……。

 なんだかスッキリしないお話でしたが、興味深いものだったので採り上げてみました。で、以上が情報系の話題でした。

※臨時ニュース※

 1月24日、「週刊少年ジャンプ」編集長の高橋俊昌氏が急逝されました。映画『ONE PIECE』の製作発表記者会見の最中に倒れ、病院に搬送されたものの亡くなられたそうです。死因は現時点では不明。まだ44歳の若さでした。追加情報:報道によると、いびきのような音を立てた直後に昏倒した…ということですので、脳卒中など急性の脳疾患である可能性が高そうです)
 前任者の鳥嶋氏から編集長職を引き継いで約1年半。まさにこれからと言う時でしたから、さぞかし無念であったろうと思われます。この悲しい出来事の後も「ジャンプ」が発展する事と、故人のご冥福を心からお祈り申し上げます。

 

 ……さて、それではレビューに移りましょう。今週は「週刊少年サンデー」から、新連載第3回の後追いレビューと、短期集中連載の総括レビューの計2本をお送りします。今週号でレビュー対象作の無かった「ジャンプ」は“チェックポイント”のみお送りします。

☆「週刊少年ジャンプ」2003年8号☆

 ◆「ジャンプ」今週のチェックポイント◆

 ◎『ONE PIECE』作画:尾田栄一郎【開講前に連載開始のため評価未了/雑感】

 実質18ページで5場面同時進行、しかもほとんどが戦闘シーン……。最近ずっとこんな感じなんですが、ハッキリ言って限界超えてるような(汗)。4ページの週刊連載を5本同じ雑誌に連載してるようなもので、色々な意味で無茶だと思います。『キン肉マン』で言えば、正義超人VS悪魔超人の5対5を毎週同時進行でやってるようなモノですよ、これ。
 逆に言えば、これくらい無茶やってても破綻させない程の技量を持ってるんですから、尾田さんには正攻法で勝負してもらいたいんですけどねぇ。

 ◎『アイシールド21』作:稲垣理一郎/画:村田雄介【現時点での評価:A/雑感】 

 ちょっとミエミエの展開で間延びした感の有ったWR(ワイドレシーバー)獲得編も何とか終了先読みできる展開を演出の凄さで良く魅せるマンガだけに、こういうエピソードは向いてないのかも知れませんね。
 これでラインズマン(栗田)、クォーターバック(ヒル魔)、ランニングバック(セナ)、ワイドレシーバー(モン太)と揃って、残る主要ポジションはキッカー&パンター(ムサシ?)のみですね。出来ればあと1人、オールラウンドなスーパーサブがいれば、試合の内容に幅を持たせる事が出来そうなんですがね。
 ここからしばらく、この作品が本当に成功するかどうかの分岐点になりそうです。要注目。

☆「週刊少年サンデー」2003年8号☆

◎新連載第3回『MÄR(メル)作画:安西信行【第1回時点での評価:保留 

 第1回時点では評価を先送りしていたこの作品ですが、いよいよ世界観らしきモノも見えてきましたし、現時点での評価を下したいと思います。

 どうやらこの作品のファンタジー世界は、アイテム・ÄRMを介しているものの、事実上は正統派ファンタジーと言って良いようです。ハッキリ言って「大変な道を選んだなぁ」…って感じですよね(苦笑)
 ただ、いきなり鎧を着た剣士や“いかにも”な魔法使いが出て来るようなコテコテ展開ではなく、またファンタジー作品にありがちである自己満足的な設定のひけらかしも見られないなど、若干は評価できるポイントもあると思います。「オリジナリティはあまり感じられないが、独自色はある」といった感じでしょうか。

 ただ、この作品の最大の問題点として、主人公のキャラ造型に大きな欠陥があるのではないかと思えてなりません。
 『のび太の宇宙開拓使』パターンで簡単に能力を成長させ過ぎたのに白けてしまう読者も多そうですし、また、(特に高年齢層の)読者にとってはありがちで「ワクワクしない」光景なのに、主人公が「ワクワクし過ぎている」という事にギャップが生じ、その結果、読者の感情移入を疎外してしまいそうな気がします。
 27歳の駒木にはもう小学生の感覚は掴めないのですが、もしも小学生までがこの“ワクワク感のギャップ”を感じているようならば、この作品の前途は多難と言う事になって来るでしょう。

 全体的な評価としては、プラス・マイナス合算してマイナスの方が勝っているということで、B+寄りBにしたいと思います。

 
 ◎短期集中連載総括『少年サンダー』作画:片山ユキオ【第1回時点での評価:B− 

 短期集中連載と言う事で、今回の5回目で一応の最終回となりました。これからアンケートの結果を受けて本誌連載となるかどうかが決定するわけですね。

 5回通じての感想ですが、全体的な印象としては、第1回のレビューで述べた“間の悪さ”が最後まで修正しきれなかったかな…といったところでしょうか。ネタ振りに“タメ”を利かせるか、もしくは『ボボボーボ・ボーボボ』のようにボケのインパクトを極限にまで高めるかすれば良い作品になったと思われるのですが……。
 第4話などは、「ひょっとしたら傑作に──?」と思わせるシーンも有っただけに惜しかったです。もしもこれで本誌連載のチャンスが掴めた場合は、そういった部分の修正を施してもらいたいですね。

 評価は第4回の“一瞬のきらめき”の分を少しだけ加点して、B寄りB−ということにしましょう。

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 今週の「サンデー」は偶然でしょうけど、異様にアツい場面が多かったですね。いつもこういう感じだと良いんですけどねぇ。

 ◎『史上最強の弟子ケンイチ』作画:松江名俊【現時点での評価:B+/雑感】

 これほど説得力のある不純な動機も珍しい(笑)。師匠連の反応もリアルで笑えるなぁ。最後に少年マンガっぽい理由で取り繕ってますが、こっちは全然説得力が無いです(苦笑)。
 しかし、兼一って既にもう普通の高校生としてはメチャクチャ強いところまで上達してるんですよね。

 ◎『からくりサーカス』作画:藤田和日郎【開講前に連載開始のため評価未了/雑感】

 今週は“後付けの名手”藤田和日郎の面目躍如といったところでしょうか。それにしても、この設定の素っ飛ばし方は凄いなぁ。どう辻褄を合わせてくれるのか、期待して待ちたいと思います。

 ◎『うえきの法則』作画:福地翼【開講前に連載開始のため評価未了/雑感】
 
 最近人気上昇中との呼び声高いこの作品ですが、今週はラストシーンで魅せてくれました。良い笑顔だなぁ。
 ただこの作品のバトルシーンは、策略合戦というより姑息な小細工合戦になっている嫌いが有って、それが多少気になっていたりします。例えば終始力技で圧倒するバトルなんかがあれば、メリハリが利いていて良くなると思うんですけどね。

 
 ……というところで、今週のゼミは終了です。次回はレビュー対象作が少ないんですが、一応通常通りの内容でお送りする予定です。

 


 

1月22日(水) 労働経済論
「役に立たない? アルバイト時給案内」(5)

※前回までのレジュメはこちらから→第1回第2回第3回第4回

 何度も申し上げていますように、本当に気楽に始めてしまったこの労働経済論講義ですが、ズルズルと回を重ねてしまっただけでなく、前回の講義はいくつかのウェブサイトで話題にして頂き、有り難い限りです。残り2〜3回だと思いますが、最後までどうぞお付き合い下さいませ。

 ……さて、今回からは時給750円だった3つの仕事についてお話します。ただし、その中の1つ「デパートの縁日(露店)臨時要員」に関しては、実際に働いていた昨春にほぼリアルタイムで講義の題材にしています(レジュメはこちらから)ので、ここでは重複を避けたいと思います。
 というわけで、2つの業種が残るわけですが、今日はまず「マンガ喫茶店員」の業務内容について紹介することにします。

 このマンガ喫茶での仕事、誤解の無いように言っておきますが、店によって仕事の質・量は大きく異なります。なので、ここでお話した内容を真に受けてマンガ喫茶のアルバイトを始めても「話が違う!」となる可能性が大きいです。その辺りはよく注意して受講して下さい。
 あ、ちなみに言っておきますと、店ごとの業務内容には大差が有っても、時給にはそれ程店ごとに差が有りません時給700円を平気で割るような店もありますので、応募の際はお気をつけて。

 ……で、駒木が勤めた店がどんなだったかと言いますと、それは神戸の繁華街…からほんの少し外れた雑居ビルの3階にあった小規模なお店。ビルの窓から外を見ると人通りが多いのに、中に入って来る人はほとんどいない…というかなり微妙な場所にありました。
 そんなわけで、客入りは正直言って今一つ。閑散としている店内では時代遅れの有線放送受信機から洋楽のヒット・ナンバーがエンドレスで流れ、そこはかとなく弛緩した雰囲気が漂っていたりしました。
 そういう状況ですから、店内にいる従業員・アルバイトは常時1人。普段はレジで待機し、暇を見て(というか、暇ばっかりですが)灰皿を替えるなどの簡単な雑務をこなすのが仕事内容のほぼ全てでした。マンガ“喫茶”と謳っておりながらドリンク類は自動販売機によるセルフサービスということもあり、業務内容はハッキリ言って働けば働くほど体が鈍ってしまうくらい楽です。そのため、一日の大半をレジ前で粗末なパイプ椅子に座って過ごす事になり、接客業なのに腰痛と痔の心配をしなくてはならない…などという奇妙な事態も発生します。

 もしこれが繁盛している大規模店、しかも最近流行りのフリードリンク&自前で調理した食事を提供する所などになると、店員はみんな立ちっぱなし、動きっ放し、机拭きっぱなし、ペアシートでまったりしているカップルにムカつきっ放し…といった事になるそうです。
 更にチェーン展開している大型店になると、店内業務だけでなくチラシやティッシュ配りに駆り出されたりもしますので、これではたまったものではありません。
 当然、このような大型店では店内の本棚にギッシリと詰められたマンガを読む暇などあるはずが有りません。よくバイトの広告には「マンガ好きには最適の仕事!」…などと書かれていたりしますが、これはむしろ逆です。客が眺める「週刊少年ジャンプ」の最新号を横目で垣間見ながら働かねばならないわけですから、まさに蛇の生殺しです。風俗好きの男が風俗店の平店員になるようなものであると言えばお分かりになるかと思います。

 しかし、駒木が勤めたような客入りの芳しくない小規模店になると事情は一変します。店内にいる従業員は自分1人だけですし、本棚・雑誌棚はほとんど手付かず。何の気兼ねも無しに数万冊を誇る蔵書を読み漁る事が出来ました。時給は750円でしたが、この場合は働きながら代金会社持ちで客をやっているようなものですので、実質時給は1000円以上であったと言えるかも知れません。正直、メチャクチャ美味しい仕事でした。
 ところでこういう時に問題となって来るのが、膨大な蔵書の中からどんな作品を読んでいくかです。さすがに現在雑誌連載中の人気作品を客から横取りするのは気が引けるため、自然と旧作・過去作中心のチョイスになってゆくのですが、駒木の場合はその中でも超長編を中心に読破していきました。これらの作品は、金を払って読もうとするとかなりの費用を覚悟しないといけないわけで、タダ読みするには最適であったのです。
 この時に読了した主な作品は、『ドカベン』、『大甲子園』等の水島新司作品や『じゃりん子チエ』などのなかなか全巻まとめてお目にかかれないマイナー誌系長編などなど。比較的短期で辞めてしまった(この後、時給2000円の“情報教育指導補助員”の仕事が入ったのです)ので、『ゴルゴ13』や『浮浪雲』に手が出せなかったのが心残りでした。

 ちなみに、駒木が勤めていたその店、今はもう既に在りません
 駒木の勤めた職場は大抵潰れるか、上司が逮捕されたりするのですが、この店も例外でなかったというわけです。
 まぁよく考えてみたら、雰囲気気まずいわ、サービス良くないわ、店員は仕事するよりマンガ読む方に熱心だわ…では、店が続くはずがありませんよね(苦笑)。他の店員もみんなそんな感じだったので、それほど危機感を持っていなかったんですが、潰れるのは必然だったと言えます。

 ……というわけで、皆さんがマンガ喫茶を選ぶ時には、客としてなら流行っている大型店、店員になるとするなら閑古鳥の鳴いている小規模店を転転とするようにアドバイスさせて頂きまして、今日のところは講義を締めさせてもらいます。次回は、世にも恐ろしい中古ゲーム屋のお話をします。どうぞお楽しみに。(次回へ続く

 


 

1月20日(月) 歴史学(一般教養)
「学校で教えたい世界史」(26)
第3章:地中海世界(7)〜軍事都市国家・スパルタの成立《続》

※過去の講義レジュメ→第1回〜第19回第20回第21回第22回第23回第24回第25回

 前回から古代ギリシアのポリス(都市国家)の全体像についてお話をしていますが、今回のテーマも、前回に引き続いてスパルタの国家システムについて。前回お話したメッセニアの大反乱(紀元前7世紀後半)が起こってから、スパルタはどのような都市国家に変遷していったのでしょうか。今日はそこにスポットを当ててお話をしてみることにしましょう。

 ──奴隷階級・へロットを中心とするメッセニアの反乱を辛うじて鎮圧したスパルタ人たちですが、ここに至って彼らも、自らを取り巻く状況がのっぴきならない所まで来てしまった事をしみじみと痛感するところとなりました。
 支配する側よりも支配される側の人口の方が10倍以上多いという、バランスを著しく欠いたスパルタの国勢。異常な国を統治するためには、もはや異常な手段を採る事しか手段は残されていませんでした。世界史上に残る超厳格な軍国主義国家システムの開始がそれです。彼らは、他の全てを犠牲にしてでも、少数のスパルタ市民によってへロットたちを支配し、ポリスの“国体”を維持する道を選んだのでありました。
 この、紀元前7世紀から始まるスパルタの軍国主義システムの事を、伝説上の改革者の名前をとって“リュクルゴス体制”と言います。

 リュクルゴス体制になって、まず大きく転換されたのが対外政策でありました。
 先述したように、それまでのスパルタの対外政策は、隣接するポリスを征服して新たなスパルタ領にしてしまう“膨張主義”でした。しかし、それは領土だけでなくへロットという反乱分子まで膨張させてしまうという欠点が有った事も既にお話した通りです。
 そこでリュクルゴス体制下のスパルタでは、戦争で他のポリスを破ったとしても、領土と人民を直接支配下に置く事はしませんでした。その代わり、スパルタに敗れたポリスは、スパルタを盟主とするペロポネソス同盟という連合体に加盟させられ、絶えず監視下に置かれると共にスパルタが戦争をする時の支援を義務付けられました。これによって、スパルタは人口バランスを狂わせる事無く実効支配地域を広げる事に成功したのであります。これがやがて、アテネ率いるデロス同盟との間に始まることとなる大戦争で絶大な威力を発揮する事になるのですが、それはまた別の機会にお話する事としましょう。
 また、スパルタは文化交流や貿易の分野では徹底した“鎖国”主義を採りました。これは後に詳述する厳格な軍国主義が、他のポリスの「退廃的な」文化に触れて堕落するのを避けるための措置。質素にして剛健な国家を作るためには、芸術品やぜいたく品、さらには学問でさえも不要であったのです。闇貿易すら出来ないように、スパルタでは鉄などの卑金属でしか貨幣を鋳造しなかったと言いますから、本当に徹底しています。

 このようなスパルタの学問嫌いについて、こういうエピソードがあります。
 あるアテネの弁論家が「スパルタ人は無学だ」と馬鹿にした際、それを聞いたスパルタ王・プレイストアナクスはこう応えたそうです。
 「貴殿の言葉は正しい。そう、我々はギリシア人の中で唯一、貴殿たちから(学問などという)悪い事を学ばずに済んだのだよ」
 ……文武両道ですら邪道と見なしたというスパルタ人の気質を見事に表現した言葉であります。

 そして、リュクルゴス体制で変わったのは対外政策だけではありません。国内の政治システムも大きく様変わりをしました
 中でも特筆すべきものは、監督官(エフォロイまたはエフォロス)を中心とする直接民主政の導入でしょう。これは、それまでの貴族政的な長老制に代わって導入された、民会で選出された1年任期の5人の監督官が中心となって軍事や政務にあたる制度です。
 この制度における監督官は極めて立場が強く、いわゆる三権の全てが軍隊の統帥権も含めて全て委ねられましたが、重大な失政が行われた場合などは任期終了後に民会から訴追される責任も負いました。ある意味、現代の民主主義国家よりもチェック・アンド・バランスが行き届いた体制と言えるでしょう。もし、今の日本でこのシステムが採用された場合、何人の元首相が退任後も無事でいられるでしょうか?
 この新しいシステムは、貴族政に特有である政策の硬直化と身分間の断層を防ぐ事ができ、また、1年ごとにリーダーを入れ替える事で、極めて時勢に合った政治を実現させる事も可能となります。まさに一石二鳥の優れモノでありました。

 ──このように、スパルタ人は古代としては極めて合理的かつ機能的である国家体制・リュクルゴス制を完成させ、膨大な数のへロットたちを屈服させると共に他国との接触を絶ってまででもそれを維持しようとしました。
 しかし、スパルタ人たちが最も重視していたのはリュクルゴス制そのものではありませんでした。彼らが何よりも腐心していたのは、その制度を支える人材──強い愛国心を抱きいた団結力のある軍人の育成でありました。
 社会というもの、いくら優れたシステムを備えていたとしても、それを期待された通りに動かす人材が欠けていては何の意味も為しません。この事は、“世界史上最も民主的な憲法”を擁した第一次大戦後のワイマールドイツにおいて、徹頭徹尾民主的かつ合法的な手段でナチス独裁政権が成立してしまった事でも明らかでありましょう。
 そういう意味からすれば、スパルタ人の国家運営に関するセンスは極めて高いレヴェルにあったと言えます。彼らは確かに無学でありましたが無能ではなかったのです。

 そんなスパルタ人の人材育成は、産まれた赤ん坊が産声を上げた瞬間から始まります。支配階級たるスパルタ市民の出産には必ず長老や監督官が立会い、産まれたばかりの赤子が成人した後に勇敢で頑健な兵士になれるかどうか、または丈夫な子を産む母親になれるかどうかを判断するのです。
 もし、虚弱児であると判断された場合、その子はそれ以上生命を保つ余地はありません。赤ん坊はその場で母親から剥奪され、ポリスの側にある山に捨てられる事になります。当時は子供の“間引き”が公然と行われている時代ではありましたが、ここまで徹底されているケースはやはり珍しいでしょう。

 長老たちのお眼鏡に適った子供は、その後7歳まで親元で育てられますが、それからは男子と女子で進む道が異なります。
 まず男子は、7歳になると親元から引き離されて集団生活に入ります。要は寄宿制の国立軍学校に“入学”させられるわけです。そこでは冬でもマント一枚で生活する事を強いられ、厳しい訓練にも関わらず満足な食事も与えられない日々を送る事になります。これは、将来戦争で厳しい環境に置かれた場合を想定してのもので、苦痛に耐える事や飢えや寒さに慣れると共に、「足りない物は自分で調達せよ」というメッセージの現れでもあります。事実、少年たちがペリオイコイやヘロットから食料等を盗む事は公認されていたそうで、「狐を盗んだ少年が、その狐が暴れて腹を食い破られてもジッと我慢し、呻き声の一つもあげないまま死んでしまった」…といった逸話が残っています。
 この過酷な訓練は成人年齢の20歳まで続き、成人した後もなお、軍務に服しながら30歳になるまで集団生活が義務付けられます。スパルタ人男性の多くは成人になって間もなく結婚して子をもうけるのですが、例え世帯持ちであっても30歳までは妻子と共に一夜を過ごすことは許されませんでした。せいぜいが夜コッソリと抜け出して密会する程度です。
 また、齢30を過ぎて第一線から退いても、夕食だけは指定された食材を持ち寄って軍隊で食事を摂りました。とにかく生活の中心は軍隊であり、その全てにおいて一致団結する事を求められたのであります。軍務の前には家族の団らんなど取るに足らないモノだったのです。

 余談ですが、この軍隊で摂る食事というのが、栄養価だけは十分ながらメチャクチャ酷い味の料理だったそうで、他のポリスの人間にはとても食べられるものではなかったそうです。
 ある時、とある国の王が“スパルタで一番の料理”を所望したのは良いのですが、やはり不味くて食べられない。その王が「スパルタで一番の料理と聞いたが、これではとても食べられん」と不満を漏らしたところ、給仕をしたコックは平然と、
 (スパルタを流れる)エウロタスの川で産湯を使った人間にしか、この料理の味は分からないものなのです」
 ……と言ってのけたとのこと。スパルタ人のプライドが垣間見れるエピソードであります。

 一方、男子と違って女子は7歳以後も家庭にとどまって“花嫁修業”に勤しんだそうでありますが、この“花嫁修業”もやはりスパルタ式。丈夫な子を産むために、女子も頑健な体を作るために過酷な肉体トレーニングを積み、男子に混じってスポーツ競技会に参加する事さえしたそうです。
 家庭に入った後も、参政権こそないものの女性の地位はなかなか高く、事実上不倫まで公認されていたというから驚きです。史料の中には、「スパルタでは姦通は一切見られなかったらしい」とする文献もあるそうですが、そりゃそうです。姦通とは「男女間の不義の交わり」。不倫が不義で無い以上、スパルタに姦通が存在しないのは当たり前の話です。もっとも、このような不倫の公認は、長い戦役で夫が何年も不在となった時でも子の誕生を激減させないようにするための緊急措置だったようではありますが……。

 
 ──と、このように厳しい掟でがんじがらめになりながらも、スパルタ人は逞しく生き抜いていました。そうやって、反乱の危険性が絶えない国内を厳格に統治し、あまつさえ国外にすら睨みを利かせていたのであります。
 そしてそんな窮屈な思いをした甲斐あって、スパルタはやがて古代ギリシアの盟主にまで上り詰めることになるのでありますが、それはまた例によって別の機会にお話する事としましょう。

 では、スパルタについての話は一旦ここで区切りを入れまして、次回からしばらくの間は、古代ギリシア・ポリス社会のもう一方の雄・アテネの歴史についてやや詳しく紹介することにしましょう。 (次回へ続く

 


 

1月19日(日) 特別演習
「『週刊少年サンデー』この1年」(3)

 ※前回までのレジュメはこちらから→第1回第2回

 「現代マンガ時評」レビュー対象雑誌の年間回顧シリーズも今回がいよいよ最終回です。今日は長期連載作品の動向を追いかけ、最後に少しだけですが「サンデー」全体について述べさせてもらおうと考えています。

 ところで、前回の講義の中で若手マンガ家・荻晴彦さんのウェブサイトにリンクを貼らせて頂いたんですが、図らずも相当のアクセスが流出してしまい、更には脚色された日記の内容を字面のままで紹介してしまったせいか、荻さんをやや困惑させる結果になってしまいました(苦笑)。この場を借りて荻さんにお詫びを申し上げておきます
 荻さん曰く、増刊号の連載は原則的に短期であると最初から決まっていて、終了後の予定が決まっているケースは稀であるそうです。読み切りすら増刊にいつ載るか分からない「ジャンプ」系の新人・若手作家さんも大変ですが、やっぱり駆け出しのマンガ家さんってキツい立場ですよねぇ。ふと、往年のトキワ荘でキャベツ炒めとチューダー(安焼酎のソーダ割)といった“清貧”メニューが宴会の定番だったのを思い出しました(苦笑)。

 ……さて、辛気臭い話はそれくらいにしまして、本題に移りましょう。「サンデー」の年間回顧です。
 まずは、01年以前から連載されていた作品についてまとめた表をご覧頂きましょう。

長期連載作品一覧

☆2003年に越年を果たした連載作品
 ◎95年以前連載開始
 
『名探偵コナン』作画:青山剛昌
 『MAJOR』
作画:満田拓也
 ◎96年連載開始
 『犬夜叉』作画:高橋留美子
 ◎97年連載開始
 『からくりサーカス』作画:藤田和日郎
 『モンキーターン』作画:河合克敏
 ◎98年連載開始
 『かってに改蔵』作画:久米田康治
 ◎99年連載開始
 『天使な小生意気』作画:西森博之
 『ファンタジスタ』作画:草場道輝
 ◎00年連載開始
 『DANDOH !! Xi』作:坂田信弘/画:万乗大智『DANDOH』としては95年から)
 ◎01年連載開始
 『金色のガッシュ !!』作画:雷句誠
 『うえきの法則』作画:福地翼
 『KATSU!』作画:あだち充

☆2002年に連載終了した長期連載作品
 ◎95年以前連載開始
 
『烈火の炎』作画:安西信行/9号までで円満終了)
 ◎97年連載開始
 『ARMS』作画:皆川亮二/20号までで円満終了)
 ◎99年連載開始
 『ダイナマ伊藤!』作画:杉本ペロ/47号までで次回作との連載切り替えのため終了)
 ◎00年連載開始
 『リベロ革命!』作画:田中モトユキ/18号までで次回作との連載切り替えのため終了)
 『トガリ』作画:夏目義徳/11号までで打ち切り《?》終了)
 『動物のカメちゃん』作画:噲西けんじ/52号までで打ち切り《?》終了)
 ◎01年連載開始
 『HORIZON』作画:菊田洋之/33号までで打ち切り終了)
 (パンゲアの娘)KUNIE』作画:ゆうきまさみ/30号までで打ち切り終了)
 『どりる』作画:石川優吾/30号までで打ち切り《?》終了)

 ……それではまず、02年限りで連載終了となった作品について述べてゆきましょう。打ち切り作品でも半年〜1年は命脈を保つ「サンデー」らしく、9作品終了というダイナミックな結果となりました。この点が、「サンデー」と「ジャンプ」両誌の編集方針の中で最も異なる部分でしょう。

 5年以上の長期連載となった『烈火の炎』『ARMS』に関しては、ストーリー展開や作品の「サンデー」への貢献度からして“円満終了”と見て良いでしょう。
 両作品ともアニメ化を果たすなどしてヒット作の仲間入りをし、徐々に人気や勢いにやや翳りが見え始めた辺りというファンから惜しまれるギリギリのタイミングでソフトランディングを決めた格好になりました。ヒットし過ぎると完結出来る話も出来ない少年マンガの世界の中では、“天寿を全う”した稀有な作品たちと言えるでしょう。特に『烈火の炎』は「既存の作品からの影響が強すぎる」という批判に晒され続けましたが、“パクり”だけでは7年間の連載を辻褄合わせて全う出来るはずも無いわけで、それなりの評価を与えるべきではないかと思います。
 ちなみに、両作品の作者2人は既に次回作を「サンデー」に連載しており、これからも同誌の主戦力としての活躍が期待されます。最近の「サンデー」ではベテラン勢の劣勢が続いていますが、その悪い流れにストップをかける立役者となって頂きたいものです。

 この他、同じ作者による新連載作品との切り替えで終了となった作品に『ダイナマ伊藤!』『リベロ革命!』がありました。
 これらの作品入れ替えを円満終了とするか、打ち切りとするかは微妙なところでしょう。ただ、『リベロ革命!』の終盤のストーリー展開はいかにも打ち切りっぽいものでしたから、“打ち切りライン以上ヒット作未満”の作品を抱える作家に対するテコ入れの一環であったと考えるのが自然かも知れません。
 もっとも、ヒットを期して入れ替えた『鳳ボンバー』が(編集部にとって)予想外の苦戦を強いられており、この策は失敗に終わりつつあります。最近の「サンデー」は、創刊以来の“編集者の作品不介入”という伝統をかなぐり捨てた露骨なテコ入れ策が目立ちますが、その全てが逆効果に終わっているという点が気になるところです。この編集方針が03年以降にどうなってゆくのか、注目すべき点と言えるでしょう。

 一方、いわゆる“打ち切り”、またはそうであろうと思われる作品は5つありましたが、これらの中でも目に付くのは、何と言っても01年連載開始組の3作品でしょう。かつて「サンデー」や他誌で大ヒット、またはスマッシュヒット作品を送り出した経験のある中堅・ベテラン作家さんが枕を並べて“討ち死”の惨状となりました。ここ最近の“実績組”作家不振の先駆けとなる現象ですね。
 特に悲惨だったのはゆうきまさみさん『KUNIE』で、ゆうきさん曰く「風呂敷を広げきったところでの打ち切り決定」のため、想定していたストーリーを全て廃棄しての“撤収”を強いられる形となりました。ゆうきさんはその後、「ヤングサンデー」に移籍して『鉄腕バーディ』のリメイク版連載に挑んでいますが、この“大コケ”は、最近の「サンデー」の湿った雰囲気を象徴する出来事となったのは間違いないところでしょう。


 ……と、これまたどうしても気勢の上がらない連載終了作品たちについてはここまでにしましょう。
 ここで話を、03年も「サンデー」の誌面を飾る事になった作品群についてのものに切り替えましょう。この“生き残り組”に関しては、実はこれまでの話題とは違ってなかなかの好感触だったりします。

 まず、看板作品の座は今年も不動でした。今年連載9年目と7年目となる『名探偵コナン』『犬夜叉』です。
 両作品共に、看板作品の宿命でストーリーの引き伸ばしを強いられていますが、作者がキャリア20年クラスの重鎮作家さんだけに、その老獪な“延命策”が見事に成功しています。未だに低年齢層の読者を開拓しながらマンガ・アニメ両面から攻めているのも強みで、まだしばらくの間その牙城は揺らぎそうもありません
 このままのペースで、ここ2年ほどで育ちつつある新人・若手作家さんが“本物”になるまで看板を守りきれるのならば、「サンデー」は少なくとも勢力の現状維持を果たす事が出来るのではないでしょうか。(万一、逆のケースになれば“暗黒期”到来でしょうが──)

 更に見逃してはならないのは、この二枚看板を陰から支える良作・佳作の存在です。
 最近ストーリー展開が迷走気味と言われる『MAJOR』はとりあえず枠外に置いておくとしても、『からくりサーカス』『モンキーターン』といった高年齢層向けの良作・佳作、または『天使に小生意気』などのスマッシュヒット作品がガッチリと脇を固めており、雑誌のクオリティを高いレヴェルで維持させています。

 そしてまた、そんなベテラン勢の奮起の中で、着々と新たな才能も芽吹きつつあります。
 特に注目されるのは、間もなくTVアニメがスタートする『金色のガッシュ!』。いかにも低年齢層向けの作風ながら、高年齢層の鑑賞に堪える良作との評判が高く、現在のところ次代の看板作品第一候補と言って良いでしょう。
 この他にも、賛否両論激しいものの最近ネット界隈の評判が向上しつつある『うえきの法則』や、02年に新連載となった『焼きたて !! ジャぱん』、『史上最強の弟子 ケンイチ』、そして『美鳥の日々』などのヒット作候補が次々と名乗りを挙げつつあります。
 勿論、ここに挙げた作品の全てが本物のヒットに結びつくとは限りませんが、それでも近い内に“新陳代謝”が実現する可能性は高いと考えて良いでしょう。


 ……さて、時間も尽きてきました。そろそろ最終的なまとめに入りましょう。

 これまで振り返ったように、現在の「サンデー」は“実績組”作家さんの新作が次々に大コケし、思うように有望新人が育っている様子も見られないため、沈滞したムードが否めない状況になっています。長年『コナン』、『犬夜叉』に続くメガヒット作品が出て来ていないという点を考えると、両看板作品が未だ魅力が色褪せていないことを考えても、過渡期に突入しつつあるというのは間違いないと思われます。
 ただし、そんな中でも少数ながら有望な新人・若手が着々と育って来ていますし、長期連載を続けているベテランも健闘して雑誌全体の屋台骨を支えています。講義を進めていく中で駒木も驚いているのですが、いざ「サンデー」の全体像を振り返ってみると、意外にも全体のムードはさほど悪くはないのです。むしろ、“ブレイク待ち状態”にある数作品の中から今後新たな大ヒットが生まれた場合には、一気にそのムードが好転する可能性も十分有り得ます。
 これまで応援して来たベテラン作家さんの作品が打ち切られて、その作家さんたちが「サンデー」から離れていったりする事は寂しい話ではあります。しかし、本当に「サンデー」を愛するファンであるならば、もっと視野を広げて大局的な考えを持って、その様子を暖かく見守るべきではないでしょうか? 

 現在の「サンデー」は課題も多く残されていますが、それと同じ位の希望もちゃんと備わっています。しばらくの間はもどかしい展開が続くかも知れませんが、前途はまだまだ明るいものであると思いたいです。作家さん、そして編集サイドの皆さんたちの奮起に期待して、支離滅裂気味ながら、この講義を締めさせて頂きます。長らくの御清聴、ありがとうございました。(この項終わり)

 


 

1月18日(土) 競馬学概論
「駒木博士の“埋もれた(かも知れない)名馬”列伝」(2)
第1章:ビワハヤヒデ(中編)

 ※前編(新馬戦〜共同通信杯まで)はのレジュメはこちらからどうぞ。

珠美:「先週から始まりました新シリーズ・『“埋もれた(かも知れない)名馬”列伝』、今回もビワハヤヒデ号の現役生活を振り返ります。
 ……博士、今日はクラシック3冠レースが中心でしょうか?」

駒木:「そうだね。若葉Sから3歳末の有馬記念までってことになるかな」
珠美:「ハイ。では、ここで改めてビワハヤヒデ号の成績一覧表をご覧頂きましょう。詳しい成績はリンク先(Ya!horse Japanさん)からご覧下さいませ」

ビワハヤヒデ号・全成績(略式)
<詳細はこちらのリンク先を参照>
日付 レース名 着順 騎手 1着馬(2着馬)

92.09.13

新馬戦

/14

(テイエムシンザン)

92.10.10 もみじS /10

(シルクムーンライト)

92.11.07 デイリー杯3歳S(G2) /8 (テイエムハリケーン)
92.12.13 朝日杯3歳S(G1) /12 エルウェーウィン
93.02.14 共同通信杯4歳S(G3) /9 マイネルリマーク
93.03.20 若葉S(オープン) /8 岡部 (ケントニーオー)
93.04.18 皐月賞(G1) /18 岡部 ナリタタイシン
93.05.30 日本ダービー(G1) /18 岡部 ウイニングチケット
93.09.26 神戸新聞杯(G2) /9 岡部 (ネーハイシーザー)
93.11.07 菊花賞(G1) /18 岡部 (ステージチャンプ)
93.12.26 有馬記念(G1) /14 岡部 トウカイテイオー
94.02.13 京都記念(G2) /10 岡部 (ルーブルアクト)
94.04.24 天皇賞・春(G1) /11 岡部 (ナリタタイシン)
94.06.12 宝塚記念(G1) /14 岡部 (アイルトンシンボリ)
94.09.18 オールカマー(G2) /8 岡部 (ウイニングチケット)
94.10.30 天皇賞・秋(G1) 5/13 岡部 ネーハイシーザー

駒木:「しかし、何度見ても壮観な成績表だね」
珠美:「馬券を買う時は軸が定まって簡単そうです(笑)」
駒木
:「確かにね。でも配当がつかないんで嫌がられるんだよね、こういう馬は。大体ね、人気の無い実力馬は人気を背負ってそれに何とかして応えちゃう馬に多いんだよ。『レースが詰まらない』とか言われちゃうんだな。人気背負って良い成績残すほど大変な事って無いのに、おかしいよね。
 でも、今は3連複があるから、逆に強い軸馬が1頭くらいいた方が有り難がられるかも知れないね(笑)」
珠美:「さて、それでは今回もレース回顧の方へ移りましょうか。
 ……共同通信杯でまさかの2着惜敗となったビワハヤヒデ。ここで非情とも言える岸騎手から岡部騎手への乗り替わりがあり、心機一転でクラシック戦線に突入します。まずは皐月賞のトライアル──この頃は指定オープンって言ったんですね。中山・芝2000mの若葉Sに出走します。当時は皐月賞と同条件だったんですよね」

駒木:「まぁ、弥生賞も同じ条件だったんで、有力馬は大体そっちに行っちゃったんだよね。ナリタタイシンも、ウイニングチケットもそう。だから若葉Sはメンバーが随分と楽だったね。結局は持ったままで先行抜け出し、2馬身差。前走があんな感じだったんで一抹の不安も有ったんだけど、やっぱり直線の入口で勝負を決めちゃうと強いよね」
珠美:「……というわけで、ようやく体勢を立て直したビワハヤヒデ陣営は、いよいよクラシック第1弾の皐月賞にコマを進めます。朝日杯勝ち馬のエルウェーウィンは外国産馬のため、ビワハヤヒデが実質上の世代暫定王者といったところだったんですが、このレースは単勝3.5倍の2番人気1番人気は弥生賞勝ち馬のウイニングチケットでした」
駒木:「ウイニングチケットね。この時まで、デビュー戦をしくじったきりの5戦4勝。しかも中山2000mを重賞含めて3連勝中って言うんだから、そりゃあ人気になるよね。
 あぁ、そうだ。この年は“トニービン旋風”が吹き荒れていたんだよね。だから余計に人気になったんだね」
珠美:「“トニービン旋風”……ですか?」
駒木:「トニービンの種牡馬入りは、ブライアンズタイムの1年、サンデーサイレンスの2年先でね。この年の3歳馬にはまだブライアンズタイム産駒もサンデーサイレンス産駒もいなかったわけ。なもんで、この世代はトニービンの仔が片っ端から大レースをさらって行ったんだよね。今から考えたら、日本産の競走馬のレヴェルが飛躍的に向上しつつある時期だったんだろうね」
珠美:「しかし、このレースで勝ったのはリヴリア産駒のナリタタイシンでした。ビワハヤヒデは惜しくも2着に終わります」
駒木:「このレースは、本当ならビワハヤヒデの勝ちパターンだったんだ。4コーナーで先頭に並んで、直線で抜け出しを図る絶好の展開。ウイニングチケットも直線で脚が止まってしまうし、後は並んでいた先行馬を振り切るだけだと誰もが思っていたんだけどねぇ。
 そういう所へ、後方で脚を貯めていたナリタタイシンが進路が開いた一瞬を突いて一気に追い込んで来た。先行馬を競り落としたばかりのビワハヤヒデは奇襲を受けた形だね。ただでさえ鋭い脚が使える馬じゃないのに、出し抜けまで喰らわされたらお手上げだ」
珠美:「この時のファンの反応はどうだったんでしょう?」
駒木:「ビワハヤヒデに対してのかい? ……まぁ、『なんだまた2着かよ。面白ぇなあ』…って感じだったんじゃないのかな(笑)。この頃はまだ人気が有るわけでも無いわけでもなかったからね。ただ、ウイニングチケットの人気は凄かったね。強さと脆さが同居する儚げな雰囲気が受けたのかなぁ。僕はこの馬のファンじゃなかったからよく分からないけれども(苦笑)」
珠美:「──そして、舞台は東京競馬場の日本ダービーへ。ビワハヤヒデは、ウイニングチケットやナリタタイシンと共に皐月賞から直行でダービーへ向かいました。
 先ほど博士からウイニングチケットの人気についてお話がありましたが、確かにこのレースもウイニングチケットが1番人気になってますね」

駒木:「だね。ただ、この時はウイニングチケット人気と言うより、鞍上の柴田政人騎手(現:調教師)に『ダービーを獲って欲しい』という願いを込めた心情馬券の意味合いが強かったかな。
 ここ最近は武豊騎手がアッサリ勝ってばかりのダービーだけど、90年代の前半のダービーは、それまでダービーとは縁の無かった40代ジョッキーが、事実上のラストチャンスをモノにして勝つケースが多かったんだよね。一番有名なのがアイネスフウジンの中野栄治騎手(現:調教師)の時。レースが終わった後に、スタンドのファンが勝利ジョッキーの名前をコールしたのはこの時が最初だったはずだよ」
珠美:「そしてこの年のダービーは、その柴田政人騎手のウイニングチケットが見事な勝利を飾りますビワハヤヒデはまたしても惜しい2着でした」
駒木:「このレースは、もうウイニングチケットのレースだよね(苦笑)。
 まぁビワハヤヒデについて話をするならば、このレースに関しては直線入口で5番手グループだったから、本来のレースじゃなかったよね。引退レースになる秋の天皇賞でも似たような展開だったから、ひょっとするとコース適性か左回りに弱点があったのかも知れない。
 先に抜け出したウイニングチケット……この馬も大概末が甘いんだけどね。だけど、このダービーだけはよく粘った。一度バテかけたラスト400mからの200mでまたペースアップしてるんだよ。これでビワハヤヒデも、最後方から追い込んだナリタタイシンも脚が止まってしまった感じかな。まぁこのレースは柴田政人さんとウイニングチケットが天晴れだったって事さ」
珠美:「結局、春シーズンのビワハヤヒデは無冠に終わってしまいましたね……」
駒木:「皐月賞とダービーに関しては、勝った馬が相応のレースをしているわけだから仕方ない話ではあるんだけど、でも勿体無いよねぇ。三冠レースを2つ獲ったのか1つだけなのかでは、印象が随分と違ってしまうものだし」
珠美:「オリンピックなんかでも、銀メダルをたくさん獲っても金メダル1個と比べると金メダル1個の方が価値がある感じですものね」
駒木:「そういうことだね。で、この時の惜敗続きが、後に現役最強馬になってから人気にイマイチ火がつかなかった原因の1つじゃないかと思ってるんだけどね。イメージ的にアレだろ?(苦笑)」
珠美:「……と、こういう煮え切らない成績で春シーズンを終えたビワハヤヒデは、夏を北海道ではなく栗東トレセンで過ごして秋に備えました」
駒木:「この頃から夏の過ごし方に色々なパターンが使われるようになったのかな? ただ、今では育成牧場や外厩トレセンの設備が整って来たんで、栗東にずっと居残りっていう一流馬は減ったような気がするけど」
珠美:「そして、ビワハヤヒデの秋緒戦は神戸新聞杯。当時は菊花賞の開催時期が今よりも遅かったので、今の位置付けとは少し違いますよね?」
駒木:「そうだね。今の神戸新聞杯は当時で言えば京都新聞杯で、これは最格上のトライアルレース。でも当時の神戸新聞杯は、中山のセントライト記念と同日開催でイマイチ存在感の薄いレースだったね。夏競馬のチャンピオン決定戦みたいな感じで、超一流馬が出て来るようなレースではなかったはずだよ」
珠美:「博士のおっしゃる通り、相手に恵まれた格好のビワハヤヒデは単勝1.6倍の1番人気。そしてレースの方も、後に因縁の相手となる2番人気ネーハイシーザーの逃げを2番手から問題にせず差し切り勝ち。3着以下には大きく差をつけるレースで、まさに格の差を見せ付けるレースになりました」
駒木:「古馬時代のビワハヤヒデの得意戦法になる、2番手マークからの先行抜け出しだね。近代競馬のお手本と言うべきレース振りなんだけど、これについても『面白みが無い』って人気が無かった。もう、やる事為す事全部気に入られなかったんだね。2ch掲示板・コミックバンチスレ内の僕みたいな存在だなぁ。何だか親近感が沸くよ(笑)」
珠美:「(苦笑)」
駒木:「あと、このレースからは、それまで着けてたメンコ(音遮断用の耳覆いを兼ねた覆面)を外してる。精神的な成長があったって話だけど、恐らくはこの時期に肉体面も含めて大きく成長してたみたい。確かに3歳の夏って、競走馬にとって一番の成長期だしね」
珠美:「そんな“新生”ビワハヤヒデがついに栄冠を手にする時がやって来ます。クラシック三冠最終戦の菊花賞がその舞台でした」
駒木:「さっき言ったように、ビワハヤヒデが夏に成長を見せた反面、春のライバルたちはどうも成長度合いが今一つでね。ウイニングチケットは京都新聞杯で格下相手に大苦戦の辛勝、ナリタタイシンに至っては肺出血っていう難儀な病気に罹っちゃって、出走するだけで精一杯って感じになっちゃったんだよ。新勢力はネーハイシーザーに加えて、ラガーチャンピオン、ロイスアンドロイスといったところでいかにも小粒。まぁ、勝てる時はすべてが良い方向へ流れていくもんだよねぇ」
珠美:「人気は1番人気ながらウイニングチケットと二分する形ではあったんですが、レースは一方的でした」
駒木:「勝ちパターンの4コーナー先頭からの抜け出し。ウイニングチケットはスパートが遅れる悪癖が出て、他の馬は実力的に勝負にならなかった。結局5馬身差の圧勝、しかもレコード勝ち。多分、これがビワハヤヒデのベストパフォーマンスになるんじゃないのかな」
珠美:「これでビワハヤヒデは名実共に世代ナンバーワンになったわけですね?」
駒木:「そうだね。あんな圧勝劇を見せられたらどうしようもない。ただ、残念な事にそれが即、現役最強馬に繋がっていかなかったのが幸い中の不幸ってところでね」
珠美:「有馬記念……ですか?」
駒木:「そう(苦笑)。トウカイテイオー奇跡の復活にぶつかっちゃった。さっきのダービーもそうだけど、この馬って、アイドルホースの一世一代の大舞台によく遭遇するよね。それで綺麗に負かされちゃうんだ、これが(苦笑)」
珠美:「有馬記念は単勝3.0倍の1番人気に推されていたんですが、これは皆さんがご存知の通り、1年ぶりの復帰レースとなるトウカイテイオーが劇的な勝利を飾りましたビワハヤヒデは競り負けて2着です」
駒木:「これで勝ってれば、“劇的な世代交代”だったんだよねぇ。まぁ、逆にライスシャワー的な悪役になってたかも知れないけど(苦笑)。でも、人気の無い善玉よりは目立つ悪役の方がまだマシじゃないかい?(苦笑)」
珠美:「まぁそれは分かりませんけど……(苦笑)。でも、トウカイテイオーはこのレースを最後に引退したわけですから、結果的には世代交代になったわけですよね?」
駒木:「ところが、この時を境に、レガシーワールドとか他のトップクラスまで様子がおかしくなっちゃって、世代交代したはいいけど今度はライバルがいなくなっちゃったんだよ(苦笑)。勝負事で何がマズいかって、ライバル不在の王者が存在する構図が一番マズい。場は盛り上がらないし、チャンピオンの人気は今一つ。
 ……何だか、ビワハヤヒデの人気が無い理由が分かってきた気がするね?
珠美:「ですね(苦笑)。……というわけで、いよいよ次回が後編。ライバル不在の中を無敵の王者として君臨しつづけるビワハヤヒデの古馬時代についてお話をして頂きます」
駒木:「じゃあ、また来週だね。ご苦労様」
珠美:「お疲れ様でした♪」 次回へ続く

 


 

1月16日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(1月第3週分)

 ここしばらくゼミの実施が遅れ気味でご迷惑おかけしております。一番余裕の無い木曜深夜にゼミをやるというスタイルはいい加減限界に来ていますね……。
 社会学講座が開講した頃とは事情が全く違って来てますし、秋くらいに日程変更しておけば良かったと今更ながらに反省しています。とはいえ、来週限りで今講師をしている高校からは御役御免なので、そういう障害もあと1回なのですが……。

 さて今回の講義ですが、「週刊少年ジャンプ」が合併号休みのため、レギュラーのレビュー対象雑誌は「週刊少年サンデー」1誌になります。
 ただ、ここに来て買いそびれ寸前だった「赤マルジャンプ」の冬号が何とか入手出来ましたので、そちらに掲載された作品についても“チェックポイント”並のボリュームで簡単にレビューと評価をしてみようかと思います。「赤マルジャンプ」は毎回全作品レビューをしては、「面倒臭い。もう次はやらないぞ」…などと思うのですが、新しいのを読むたびに言いたい事が沢山出てきてしまう…という少し困った雑誌であります(苦笑)。

 では、今週はいつもより輪にかけて時間が押し迫ってますし、これといった情報系の話題も有りませんから、早速レビューの方へ移りましょう。
 今週のレビュー対象作は、「週刊少年サンデー」から新連載作品1本です。また、現在短期集中連載中の『少年サンダー』作画:片山ユキオ)は、連載終了週に総括の形で後追いレビューを行う予定です。

☆「週刊少年サンデー」2003年7号☆

 ◎新連載『俺様は?(なぞ)』作画:杉本ペロ

 数ヶ月前に『ダイナマ伊藤!』の連載を終えたばかりの杉本ペロさんが、この号から「サンデー」に連載復帰となりました。
 ウェブサイト上などでの杉本さんの談話を読むと、この“連載終了→数ヵ月後に復帰”…という一連の流れは、あらかじめ予定されたものであったそうで、どうやらこれはマンネリ防止か心機一転のための“フルモデルチェンジ”であったようです。
 杉本さんは1996年に第38回新人コミック大賞で入選して同年デビュー。1999年からは先述の『ダイナマ伊藤!』を「サンデー」本誌に3年間連載していました。都合、今回が2作目の連載作品と言う事になりますね。

 ……さて、それではレビューの方へ。
 ギャグ作品ですのでについてダラダラ述べるのもどうかと思いますが、一応。
 前作から通じての感想ですが、画力そのものは高くないものの、キャラクターの描き分けがなかなか上手なのがポイントですね。画力の割には見苦しくない…といったところでしょうか。

 で、肝心のギャグの中身についてなのですが、どうも初回に関してはチグハグとした印象が拭えませんでした
 その一番の原因は、ツッコミ役である笠井少年のツッコミが下手というか、笑わせる方に誘導していない点でしょう、
 この作品、主人公格の覆面小学生はもちろん、“国鉄”とか担任の先生までが常識の皮を被ったボケ役なのです。そうなると当然のこと非常にツッコミ役の“仕事”が重要になって来るわけですが、その彼が“職場放棄”して怖がってばかりだと、読者がどのように読んだら良いのかが掴めず、戸惑ってしまうような気がするのです。
 さらに、これは解釈に個人差が出て来るでしょうが、主人公格の覆面小学生の行動がまだ大人しいような気がします。ギャグ作品なんですから、もっと破天荒に常識外れな事をしても良いんじゃないでしょうか。ドア壊すくらいなら校舎丸ごと壊したりした方がドタバタ度が高くて良かったんじゃないかと思います。それを考えると少女型ロボットに地球まるごとぶっ壊させた鳥山明さんはやっぱり凄いですよね(笑)。
 ……まぁこの辺は回を追うごとにキャラクターが立って来て、作品全体のムードも変わって来るのでしょうが、現時点では物足りなさが否めませんでした。

 そういうわけで、現時点での暫定評価ですが、不条理・ドタバタ系のギャグとしては全体的にインパクト不足である…ということで、やや厳しめのB−評価とさせてもらいます。巻き返しに期待しましょう。

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 ◎『金色のガッシュ !!』作画:雷句誠【開講前に連載開始のため、評価未了/雑感】

 『凄ェ!』と思ったら良いのか、バカ笑いしたらいいのかよく分からない戦闘シーンでしたねぇ(笑)。あぁ、『凄い』と思いながらバカ笑いしたら良いのか。
 どうやら、もっと魔物の数が絞れて来たらチーム戦になる予感ですね。戦いながら生き残った敵が両サイドに分かれるってパターンでしょうか。この設定はさすがに後付けっぽいんですが、後付けの技術まで師匠譲りとは恐れ入ります。

 ◎『ワイルドライフ』作画:藤崎聖人【現時点での評価:/雑感】 

 “絶対眼力”ですか……。また、ミもフタも無い設定出してきましたねぇ(苦笑)。「マガジン」の余り良いとは思えない)マンガっぽいという意見があるみたいですが、駒木も同感です。
 ただ、大抵の少年マンガの主人公は“絶対第六感”を身に付けてるようなものですから、要はこれからの描写方法でしょうね。先人の中には“絶対第七感”まで捏造した凄い人もいらっしゃいましたし(笑)。

 ◎『DAN DOH !! Xi』作:坂田信弘/画:万乗大智【開講前に連載開始のため、評価未了/雑感】

 ずっと前から言われている事ですけど、万乗さんの少女に対する思い入れは物凄いものがありますよねぇ。特に今回はダンドーのナイスショットよりもエバの描写の方が明らかに力入ってますし。
 でもまぁ、少女に対する過剰な思い入れというのは、手塚先生、藤子F先生、宮崎駿氏の作品にも見られる話ですから、ひょっとすると万乗さんも巨匠の予備軍なのかも知れないとか……(笑)


 ……というわけで、「サンデー」のレビューとチェックポイントでした。続いて、「赤マルジャンプ」03年冬号の全作品(本誌連載作品のショート番外編は除く)の“チェックポイント”型レビューに移ります。

◆「赤マルジャンプ」レビュー◆

 ◎読み切り『ゲット☆ア☆ラック』作画:キユ

 ここに載ったと言う事は、「ジャンプ」追放は免れたわけですかね。今の「ジャンプ」は人材難ですし、3回打ち切りまで追放は猶予してもらえるようになったんでしょうか。
 でも確かにキユさんの作品は上手いです。画力も新人さんと比べたら際立っていますし、“料理”の難しい設定もちゃんと使いこなしていますし。
 ただ、『NUMBER10』の頃からそうなんですが、この人のお話には読者を驚かせる力が不足しているような気がします。今回も主人公の境遇がマイナスからゼロに近い点に戻った所で終わりですし……。猪木じゃないですが、もっとバカになって欲しいと思います。評価B+

 ◎読み切り『蹄鉄ジョッキーっ!』作画:森田雅博

 作者の経歴は、2000年12月「天下一」特別賞から翌年増刊デビュー。今回が約2年ぶり2度目の増刊掲載…といったところ。
 内容以前に、競馬の知識が『マキバオー』と『ダビスタ』程度のまま、プロとして競馬マンガを描こうとする姿勢に大きな疑問を抱いてしまいます。16歳で騎手デビューという時点で競馬ファンは白けますよ。
 レースシーンも非現実的というか非常識的。馬と人が会話するという着眼点はありきたりながら悪くないだけに、あとは森田さんの気構え次第でしょう。評価B−寄りC

 ◎読み切り『マルジャガルダ』作画:安藤英

 安藤さんは2002年上期「手塚賞」佳作から同年夏に増刊デビュー。今回がデビュー2作目となります。
 前作から気になってはいたんですが、とにかくセリフが無意味にクド過ぎます。接続詞の使い方が話し言葉になってないんですよねぇ。これを直させない編集さんも編集さんですが。他にも勢いで誤魔化してる設定の矛盾点もあったりと、まだまだ力不足感が否めません。評価B−

 ◎読み切り『SPARE DRAGON』作画:小椋おぐり

 小椋さんは2001年下期「手塚賞」佳作から、翌年春に増刊デビュー。今回が2回目の増刊登場です。
 まとまったページ数をもらって、複雑な設定の作品に挑戦したのかも知れませんが、惜しいところで消化不良といったところでしょうか。敵役の造型が杜撰になってしまったのが痛かったですね。展開次第では感動的な名作に持っていけたかも知れないのに残念です。評価はB。

 ◎読み切り『レインボー侍』作画:やまだたけし

 01年の夏ごろに代原作家としてデビューしたやまださんですが、今回が初の増刊掲載となりました。これも一種の出世ということでしょうか。
 作風は藤波俊彦さん(「スピリッツ」や「週刊SPA!」などで連載を持っていた人。キャバクラを題材にしたギャグが有名)とよく似た感じの不条理ギャグですね。「ジャンプ」には無い作風ですので、これは武器になると思います。ただ、今回は以前と比べるとボケの破壊力がやや大人しかったかな…という印象を持ってしまいました。まぁギャグマンガの評価は人によって大きく違いますから難しいところですが……。評価はBとしておきます。

 ◎読み切り『神様のバスケット!』作画:及川友高

 及川さんはこれがデビュー作。02年4月期の「天下一」最終候補からのステップアップという事のようです。
 話の流れそのものは悪くないんですが、主要キャラクターが多すぎたのが惜しかったですね。45ページ読み切りでは、主役格2人と数人の脇役をキャラ立ちさせるのは無理がありました。その分バスケシーンの攻防が圧縮されてしまい、醍醐味が削がれた感があります。
 それでもデビュー作としては上出来だと思います。頑張ってください。評価はB寄りB+

 ◎読み切り『激 !! 深紫高校ウォッポ部』作画:草壁達也

 01年春に増刊デビューの草壁さんですが、今回が1年半ぶりの復帰と言う事になります。作者名で検索してみますと、その間は『おジャ魔女どれみ』関連の同人活動やってたみたいで、思わず「ンな事してる間あったらネーム描け」とツッコミ入れたくなったりもしますが(苦笑)。
 ただ、この作品そのものは悪くないと思います。1つ1つのギャグが小じんまりしていたり、使い古されたパターンのものが多かったりしたのは残念ですが、コマ割りやページを使い方は確かにプロの仕事です。あとはパロディに頼らない独自のギャグパターンを身に付けることでしょうね。このままだと“プロ級の同人作家”で終わってしまいそうな気もしますし(苦笑)。評価はB寄りB+

 ◎読み切り『ZONE』作画:星野桂

 星野さんはこれがデビュー作。以前から本誌のカット描きなどをしていたようで、何かしら「ジャンプ」との繋がりがあったみたいです。
 印象から言うと、一昔前のパソコンゲーム雑誌によく載ってたようなマンガですね。メジャー系よりもマイナー系の雑誌の方で受け入れられそうな作風でしょうか。
 話の筋そのものはデビュー作としては上々でしょう。ただし、自己満足的な設定を詰め込みすぎたような気もしますけれど。もっとディティールをスッキリさせれば凄く良い作品になったと思うので、その点が残念です。評価B+寄りB


 ◎読み切り『サクラサク、15』作画:藤嶋マル

 昨年1月期の「天下一」佳作から、その受賞作で増刊デビューを果たした藤嶋さんの受賞後第一作。
 この作品、単刀直入に言うと中途半端です。ミステリみたいでもあり、オカルトみたいでもあるのですが両方になりきれてません。昔流行ったRPG風アクションゲームみたいです。謎解きが論理的でなく犯人の自供強要だけで終わってしまったのが致命的でしたか。
 あと、説明不足の“お約束”に頼り過ぎの傾向があり、雰囲気だけで誤魔化して読者を煙に巻こうとする“『エンカウンター』的作品”と言わざるを得ません。今の内から楽をする事を覚えてしまってどうするんでしょうか。前作の出来が良くて期待している作家さんだっただけに残念です。評価B−

 ◎読み切り『メガ高野球部』作画:郷田こうや

 01年上期「赤塚賞」佳作から代原作家となった郷田さんですが、ようやく正規コースでのデビューとなりました。
 しかし今回の作品は、面白いかどうかは別にして郷田さんの悪い点と言うべき、“同じタイプのギャグを同じペースで延々と続ける”…が出てしまいました。こういうタイプの作品は、ツボにはまる人だとバカウケなのですが、そうじゃない人の方が圧倒的に多くなってしまうんですね。前作の『青春忍伝! 毒河童』あたりではその欠点を克服したように見えたのですが、残念でした。評価C寄りB−

 ◎読み切り『獏』作画:田中靖規

 02年9月期の「天下一」佳作受賞作で、これが勿論田中さんのデビュー作となります。
 発表当時の選評「絵は抜群に上手い。説明的なセリフが多いが、それ以上に描かれた世界観の魅力が勝る」……というものでしたが、確かに大筋ではその通りだと思います。ただ個人的には、“喧嘩しながらダラダラ喋る”という橋田ドラマ的な展開が話の醍醐味を削いでいる気がしますし、そのセリフにもまだ文言の中身を練る余地があったと思います。
 でもデビュー作にしては上出来でしょうね。評価はB+寄りBです。
 

 ◎読み切り『ホイッスル!(特別編)作画:樋口大輔

 最終回で謎のままだった、主人公・将のリタイヤした原因と復帰までを描いた番外編です。
 今回感じたのは、樋口さんはページの使い方と話の持って行き方がやはり上手であると言う事。単純なシナリオで51ページを無駄なく効果的に使い切ったというあたりに確かな技量を見ることが出来ました。
 ただ、樋口さんの場合、その技量が“魅力に欠けるシナリオをフォローする”という部分にしか活かされていないんですよね。それがこの作品が打ち切りになった原因の1つでもあるように思えます。評価は甘めですがB+寄りA−としておきましょう。

 総評としては、今回は「工夫の跡が見られたが、完成までには今一歩」という作品が多かったように思えます。設定過多の傾向も気になる点です。
 それでも、夏号のようにステロタイプな勧善懲悪の連発よりはずっとマシですし、そういう意味では幾らかの収穫はあったと言うべきなのではないでしょうか。


 ……と、時間大幅オーバーとなりましたが、何とか終了です。次回は平常どおりのゼミにしたいと思います。では、また来週に……。


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